目の前で展開される光景に、正直僕は面食らっていた。
広間の中央に置かれた長テーブル二つに所狭しと並べられた大皿料理を頬張る二十数人の子供達。談笑というには些か喧噪の趣が強い食事風景に、対面に座った女性は大層気恥ずかしそうに苦笑した。
「毎日こうなんですよ。幾ら静かにしてって言っても聞かなくて」
言葉通りに受け取れば単なる愚痴だが、女性が子供達へ注ぐ視線は心底愛おしげで、彼女が彼らを大切に思っていることがひしひしと伝わってくる。
「サーシャさんは、きっと将来良いお母さんになるのでしょうね」
素直に微笑ましく思った僕の口からは、自然とそんな言葉が零れていた。だが、
「痛っ!」
ベシッ、と横合いから突然後頭部を叩かれ、その衝撃に思わず涙目になる。
しかし、痛くはないのに叩かれるというアクションに反応するなんて、これではまるでパブロフの犬のようではないか。今後のことも考えて、いい加減矯正した方が良いかも知れない。――いや、今はそんなことより、だ。
「いきなり何するの!?」
そう言いながら隣に目をやれば、シレッと何事もなかったかのように瞼を閉じてマグカップに口を付ける里香の姿が。
「このコーヒーとっても良い香りだけど、サーシャさん何時も何処で豆買ってるの?」
「え~っと……街のNPCショップのだけど。それに、これインスタン――」
「あれ? おかしいわね」
その態度は余りにも露骨過ぎて、怒る気力をなくしてしまう。
「……無視しないで貰えるかな」
「煩いわね。あんたの頭に蠅が止まってたのよ」
「そんな訳ないでしょ……。またわたし、何か怒らせるようなことしちゃったかな?」
「……っ。可愛く言ったって駄目よ! 自分の胸に手を当てて、じっくり考えてみなさい。その、薄っぺらい胸にね」
そう言って、里香は僕の胸を指差しながら半眼で睨んできた。
胸筋を鍛えているなら兎も角、一般的な男の胸は薄くて当然だろ。……僕はモヤシっ子じゃない。
それにしても、何故こんなことになっているのか。溜め息を吐きたくなるが、残念ながら、種を蒔いたのは僕自身だった。
僕と里香の二人は、早朝から《はじまりの街》東七区の教会を訪れている。目的は勿論、結婚式の準備の為だ。
式場にこの教会を選んだのは、先日の訓練の折り、去り際に今度
子供達に彼女の人柄を聞いていたのもあって交渉はスムーズに進み、昨日のうちに教会を使わせて貰う手筈は整った。只、唯一の誤算があったとすれば、それは子供達が僕を“お姉ちゃん”と認識していたのを失念していたことだろう。そのせいで、女性として振る舞う羽目になってしまったのだ。
「はぁ~……どうせわたしはド貧乳ですよー。その点、リズは結構あるから羨ましいかな?」
そういう事情を知りながら、男としては反応し辛いことを言う里香に対し、軽い仕返しのつもりでセクハラ紛いなことを口にする。
我ながら子供染みているとは思うし、自分の作った声に薄ら寒さすら感じるが、それは今更というものだ。それに何より、やられっぱなしというのは、僕の性に合わないのだ。
負けず嫌い。ああ、確かに、僕は昔からそういう人間だ。
――さて、里香の反応はどうかな?
「あっそ」
頬でも染めれば可愛いものを平然とそう返す里香。
やっぱりこの程度で狼狽えるような性格じゃないか、解ってたよ。はいはい、今回も僕の負けだ。
少し悔しく思いながらも、内心白旗を振る。だが、どうにも昨日から不機嫌続きの里香は、次の瞬間、予想外の重い打球を僕へと向けて放ってきた。
「《情報屋》が一昨日出した人気美少女ランキング第十九版で堂々の第一位だった癖に、唯一の欠点と言っていい胸まで完備したら、それこそ完璧じゃない。それとも、あんたまだモテたいわけ?」
「……人気、美少女ランキング?」
己の表情が凍り付いたのが自分でも解る。ピシリ、と幻聴が聞こえる程に。
「ええと……リズ? 美少女、ランキングなんだよね?」
サーシャさんの目も気にせずに、僕は少女にアクセントを置いて、敢えてもう一度尋ねた。それはもう、嘘であってくれと神に祈る気持ちで。
「そうよ。因みに先着購入特典で上位数名の内一人の写真付き。見事、あんたの写真当ててやったわ」
「ははは……あー……そう……ですか」
乾いた笑いが口から漏れる。
そういえば、このセカイで神といえば茅場のことだった。あいつに祈ったのがいけなかったか。
いや、いやいやいや! 例のブログといい、僕の肖像権侵害され過ぎだろ!?
思わずそう叫びそうになるが、鉄の理性で何とか押し留め、猫を被り直し再度問う。
「……じゃあ、一体全体リズは何位だったの? そっちだけが一方的に知っているなんてフェアじゃな――ん?」
言い終えるが早いか、一転、先程までの表情が嘘のように里香の顔に笑みが浮かぶ。
だが、何故だろう。妙な胸騒ぎを感じるのは。
「あんた、喧嘩売ってんの?」
表情は変わらず笑顔のままなのに、その印象ががらりと変わる。声のトーンが余りにも低いのだ。どうやら、そのランキングは里香にとっても気に障る内容だったらしい。
いや、考えるまでもなく、僕より順位を下に付けられた女性全員、ランキングの作成に関わった人間に怒る権利があるだろう。アンケートに答えたやつにも、それを元に勝手に格付けをして発表したやつにも。
全く、里香は何を気にしているのやら。君の魅力は充分に理解しているよ。
「さあ? 少なくとも、わたしにその気はないけれど、ね」
「ぐぎぎ……ッ!」
「ふふふっ、ちょっとリズ? 人に見せられない顔になってるよ?」
「うっさいわね!!」
「はははっ」
「笑うなぁ!!」
本当に、ここの男共は何処に目を付けているのだろうね。僕みたいな
――まあ、一矢は報いた。この辺で勘弁してあげようか。
そう思っていると、脇から微かな忍び笑いが聞こえてくることに気付く。黙ってそちらへ顔を向けると、彼女は随分慌てたようで、言い訳めいたことを口にし始める。
「い、いやっ……えっと……別に面白がってるとか、馬鹿にしてる訳じゃなくて……」
「ふふっ、わたしはまだ何も言ってませんよ。サーシャさんのそれは、問うに落ちず語るに落ちる、ってやつです」
にこりと笑ってそう言うと、サーシャさんは座りが悪そうに
……しまった。
我ながら、少し悪辣が過ぎたか。どうやら僕は、自分が思っている以上に気が立っているみたいだ。
「すみません、冗談ですよ。あの顔を見て笑うな、って言う方が無理だと思いますし」
「どういう意味よー!?」
「どういう意味って……そのままの意味?」
「このっ!!」
「……あははっ、本当に仲が良いんですね。まるで恋人同士みたい……」
「「え」」
サーシャさんの不意を衝く言葉に、僕ら二人の声が重なる。
「なーんて、冗談ですよ、冗談。さっきのお返しです」
「は……ははは……そうですか」
ああ、心臓に悪い。
僕が男とバレてあれこれ言われるのは自業自得だから仕方のないことだけれど、里香に変な嫌疑がかかるのは御免だ。
「ごめんなさい。サーシャさんとのお喋りも楽しいけれど、わたしはそろそろ支度をしないと。キッチンをお借りしても宜しいですか?」
「え? ええ、それは勿論。ああそれに、私でよければお手伝いしますよ?」
「ありがとうございます。でも、サーシャさんにはわたしの手伝いなんかより、もっと大切なことがあるじゃないですか。ほら、みんな遊んで欲しくて待ってるみたいですよ? ね、サーシャ先生」
「も、もう! からかわないでくださいよ! ティンクルさんって、見た目に反して余り性格は良くないみたいですね!」
「最近よく言われます」
「……この性悪」
「五月蝿いよ、リズ。君は《料理スキル》取ってないんだから、サーシャさんと一緒に子供達の相手でもしてなよ」
はいはい、という里香の投げやりな承諾が聞こえたところで、アイテムストレージから愛用の青いエプロンを取り出し実体化させる。
「さて、と。――それじゃあ、サッサと準備に取り掛かりましょうか!」
殊更明るくそう言って、気合いを込めるようにエプロンの後ろ紐を固く引き結んだ。
†
「ヒースクリフ!!」
「ち、ちょっと待ってキリト君!」
背中の二刀を鞘から抜き放ち、今にも飛びかからんとするキリト君の肩を掴んで慌てて止める。
「離せアスナ!! ここで会ったが百年目ってやつだ!!」
「全く、私も随分と嫌われたものだ」
「当たり前だろこのロリコン野郎!!」
「ろ、ロリ――!? ち、ちょっと待ち給え。如何やら、君は何か重大な誤解をしている」
「誤解もへったくれもあるか!! ティンクルは返してもらうぞ!!」
「だから待ちなさいってば!!」
先日買ってそのままストレージに入れたままになってしまっていた新品のフライパンを実体化させ、キリト君の後頭部を全力で殴打する。
「ガハッ――」
ゴンッ、という鈍い音が周囲に響き、キリト君は顔から地面に倒れ伏してしまった。
ああ、キリト君の可愛い顔に砂が……。でも、汚れた君も素敵だよ?
「ごめんね、キリト君。でも、キリト君が悪いんだよ? わたしの言うこと聞かないから」
「ママこわい……」
「あ、アスナ君、その辺にしておいてあげ給え。流石の私も、目の前で人がフライパンで撲殺されるのは見るに堪えない」
「嫌だなぁ団長。わたしがキリト君を殺すなんてそんなこと、あり得るわけがないじゃないですか。冗談でもそんなこと言わないでください。幾ら団長でも許しませんよ。それに、《圏内》でHPが減ることはないのは、団長だってご存知のはずでしょう?」
「う、うむ……そ、そうだな、済まなかった」
気のせいかな? 団長の顔色が悪いような……。具合でも悪いのかな?
「それは兎も角、キリト君は大丈夫なのかね? 先程から微動だにしないが」
「――ハッ! そ、そうだ! キリト君ッ!」
団長そう言われ、慌ててキリト君に駆け寄り助け起こす。
「キリト君しっかりして! キリト君!!」
「――……あ……アスナ……?」
「キリト君ごめんなさい。わたし少しどうかしてたみたいで……」
「変だな……アスナが三人に見える」
「つまり、キリト君は今凄く幸せってことだね――立てる?」
「突っ込まないぞ――ああ、大丈夫だ」
キリト君はそう言って自力で立ち上がったけれど何処かまだふらつくみたいで、仕方がないから後ろに回って彼を支える。
ああ……キリト君の背中……。可愛い顔してるけど、やっぱり男の子なんだね。
「ヒースクリフ……悪かったな、取り乱して。でもな、おっさんが女子高生と結婚するのは犯罪だぞ。諦めろ」
「ごめんなさい団長、擁護出来ないです」
「私はまだ三十代前半なのだが」
「おっさんだろ」
「……ごめんなさい」
「おっさん……そうか、私はもうおっさんなのか……」
団長にしては珍しく何処か打ち拉がれたような声でそう呟くと、はぁ~……、と凄く重い重い溜め息を吐いた。
「君達は大きな勘違いをしている。如何やらティンクル君の結婚相手が私だと君達は思っているようだが、それは誤解だと改めて言っておこう。そもそも彼女は私の趣味ではない」
「あんた正気か?」
「それはどういう意味かしら?」
「す、すまん」
全くもう……。――確かにティンクルさんは美人だけど! そこは否定出来ないけど! わたし以外の女の子に鼻を伸ばすなんて許さないんだからっ。
「それで団長、団長が新郎じゃないのなら、団長はどうしてここに? まだ式の開始には随分と時間があるはずですが」
「まず第一に、私は彼女から結婚式の案内など受け取っていない。つまり、この教会で結婚式が催されることを私は君達に聞かされて初めて知った、という訳だ。――それにしても、ティンクル君が結婚とはね。驚くには値しないが、彼女の性格を考えれば不自然ではある」
「あんたホントに嫌われてるんだな」
「キリト君はちょっと黙ってて」
叱り付けるようにそう言うと、キリト君はしょんぼりと項垂れてしまう。それを努めて無視して質問を続ける。
「キリト君がすみません。――え~っと……それではどうして?」
わたし達も受け取ったあの招待メッセージを受け取っていないのなら、何故団長はここにいるのだろう。そもそも、団長は攻略会議すら殆ど参加しないような人だ。ここへ偶々偶然散歩で通りかかった――なんて都合のいい話、あるわけない。
「実は、ティンクル君に話したいことがあるからとメッセージで呼び出されてね。デートのお誘いかと喜び勇んで駆け付けたというのに、見知らぬ誰かと結婚とはね。酷い仕打ちだとは思わないかね?」
「団長でも冗談を言うことがあるんですね」
「そりゃ、私だって冗談の一つくらい言うこともあるさ。――まあ、詰まらない冗談は置いておくとして、だ。私としては、突然結婚式が催されると聞かされて、率直に言って何が何だか解らない、という状況なのだよ」
そう言って、団長はやれやれとばかりに苦笑する。
正直、わたしは呆気に取られていた。団長が冗談を言ったことも勿論だけど、何より団長が解らないと口にしたからだ。
おかしな話だけれど、団長に解らないことなんてないんじゃないかと思っていた。先の圏内事件の時もそうだったが、キリト君でも知らないようなシステム細部に至るまで熟知しているし、実際不明瞭な回答が返ってくることなんて今までなかった。だからこそ畏怖の対象であり、非人間的な存在に見えていた。
でも、そうだよね。団長だって、わたし達と同じように人間なんだ。解らないことだって当然ある。それで当たり前なのに……。
わたし達は知らず知らずのうちに、団長に偶像を押し付けてしまっていたのかも知れない。それが辛くないはずがない。申し訳ない気持ちで一杯になる。
「――ところで先程からずっと気になっていたのだが、そちらの可愛らしい娘さんは
「え――あ、あれ? ユイちゃん……?」
言われ、傍と気付く。そういえば、ユイちゃんの姿が先程から見えない。一体何処に……?
視線を彷徨わせ、やがて振り返り背後に目を向けると、何時の間にそこに移動していたのか、体育座りのキリト君とユイちゃんが目に入った。
「何してるの……?」
「え? いや、ユイと二人で空――まあ、実際は天蓋だけど――に浮かんでる雲を眺めてたんだ。あれはドーナッツに見えるなぁ、とか」
「楽しそうね。――えっと、この子はユイちゃんって言う名前なんですけど、実は……」
団長の方に向き直り、事情を説明する。
二十二層の湖の畔で偶然出会い、そのまま倒れてしまったこと。記憶がないこと。システムにバグが発生しているらしく、コマンドが《アイテム》と《オプション》しか存在しないこと――等々。
「それでわたし達、少し早めに来てユイちゃんのご家族、乃至は記憶の手掛かりがないかどうか探していたんです」
語り終えると、団長は瞑目し、やがて首を振った。
「済まないが、私では力になれそうにない」
「そうですか……」
残念だけど手掛かりなし、か。
「しかし聞くところによれば、この教会では十歳前後の子供の多くが保護され集団で暮らしているそうだ。何か有益な情報を得られるかも知れない」
「……! ありがとうございます」
「いや、礼を言われるようなことは私は何もしていないよ。――さて、随分と話し込んでしまったが、そろそろ中に入るとしよう。私としても、“話したいこと”とやらの内容が気になるものでね」
「そうだな。俺としても、某の顔を早く拝みたい」
そう言ってキリト君はユイちゃんを抱きかかえて立ち上がる。
ま、まだ諦めないんだね、キリト君は……。
「では、意見も一致したところで、早々に扉を開けることにしようか」
団長が取っ手を掴み押し開けると、仄かに明るい室内が徐々に露わになっていく。
色取り取りの硝子が組み合わさって形作られたステンドグラス。描かれているのは天使だろうか。そこから一条の光が射し込んでいる。
中央には赤いカーペットが敷かれ、左右には木製の長椅子が並び、壁には大きな十字架が掲げられている。
確かに建物の外観の通りこじんまりとはしている。けれど、わたしはとても素敵なところだなと思った。
「誰も……いないみたいだね」
「多分、礼拝堂の奥に生活スペースがあるんだろ。ティンクル達もそこにいるんじゃないのか?」
お互い首を傾げていると、団長が独り教会の中に入って行ってしまう。
「……わたし達も行こっか」
「ああ――待てアスナ!!」
「え――きゃぁ!?」
入口から中に入った瞬間、横合いから何者かに押し倒され、身動きが取れなくなる。
「だ、誰!?」
「喋るな。そして《黒の剣士》、君も不用意な行動は慎むことだ。確かにここは《圏内》だが、痛めつける方法は幾らだってある。こちらとしても、余り手荒な真似はしたくはないのでね」
嘘……女!?
うつ伏せで拘束されてるせいで相手の顔は解らないけど、間違いなく女性の声だ。
「……ぐッ!」
今度は、男性の呻き声とどさりと何かが倒れる音。
「団長!?」
「喋るなと言っている。仏の顔も三度までと言うが、わたしは仏じゃないのでね。次は無いと思え」
低く、冷たい声が降り注ぐ。
相手は複数。まさか……《
「さあ《黒の剣士》、何時までもそんな所に突っ立ていないで中に入って来るといい。但し、おかしな真似をすれば容赦はしない」
「くっ!」
ツカツカと、こちらに向かってくる足音。
駄目よキリト君! そんな奴らの言うことを聞いては駄目!!
しかし、そんな内心の叫びも虚しく、扉の閉まるギィィという音が響き渡った。
「……お前達の目的は何だ……!?」
「そう焦るなよ、《黒の剣士》。こちらの要求はたったの三つ。それも、君の心掛け次第では、いとも容易く済んでしまうような簡単なことだ。しかも、お膳立ては既にこちらで済ませてある」
クククッ、とまるで銀幕の悪役でも演じるかのように忍び笑いを漏らす女。
一体、一体キリト君に何をさせるつもりなの!?
「大丈夫、怖くないよパパ」
「ゆ、ユイ……?」
「パパって――は? SAOのシステムって子供まで作れるのか……?」
「そんな訳ないで――ッ」
思わず口を開くと、言い終える前に顔を床に押し付けられて強制的に黙らせられる。
「どうやら、《閃光》には日本語が通じないらしい」
「止めろ、アスナに手を出すな!!」
「それは《黒の剣士》、君の行動次第だ。――では、まずは一つ目の要求だ。君にはこの場でこれに着替えて貰う」
「着替える……? 何を言って――なッ!?」
何!? キリト君に一体何を着させるつもりなの!? メイド服なの? チャイナドレスなの? それとも――って、こんな時に何を考えてるのよわたしは!
キリト君、そいつの言うことを聞いては駄目!
「――トレード成立。さあ、早くそれに着替えるんだ」
「こんなものに着替えさせてどうしようって言うんだ!?」
キリト君あんなに動揺して……どんだけ酷いコスプレなの!? この変態女!!
「着替えたぞ……。で? 次は何だ?」
「フッ……。そうやって強気な態度を取っていられるのも今の内だ」
ああ、ごめんなさいキリト君。わたしの為に恥辱に耐えてくれているのね。でも、これ以上相手の要求を受け入れては駄目よ。
それにしても、今度は一体どんな酷いことをしようというの!?
「では、二つ目の要求だ。この
「……これ、一体幾らするんだ?」
「余計なことを訊くな。君は、自分がわたしに対して質問の出来る立場だと思っているのか?」
は、運び屋……? コスプレさせて運び屋をやらせるつもりなの!? というか何を運ばせるつもりよ!?
「まあ、精々丁寧に扱うことだな。――それでは三つ目、最後の要求だ」
「…………止めろ」
き、キリト君……?
「頼む、止めてくれ……」
声が、震えてる。
……っ。
「キリト君に何かしてみなさい? わたし、貴女を絶対に許さない。何処まででも追いかけて、必ず報いを受けさせるわ……!」
「随分と勇ましいことだな、《閃光》。しかし、わたしは君と話している訳ではないし、決断するのはあくまでも彼自身だ。――さあ、《黒の剣士》! わたしからの最後の要求は、これから始まるパーティーに、君が主役として参加することだ。きっと会場は、わたし達観客の手によって真っ赤に染まることだろう!」
「駄目よキリト君! そんなの絶対に聞いては駄目! 君はこのゲームをクリアさせるんでしょう!? こんなところで死ぬなんて絶対に駄目よ!!」
「さあ答えろ《黒の剣士》、時間がないぞ? 選択肢は“はい”か“YES”だ」
「それ実質一つじゃない! 駄目よキリト君! ユイちゃんを連れて早く逃げて!!」
必死に、喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。
お願いだからキリト君……わたしに構わず逃げて……!!
「……解った」
「そんなっ!」
「デカルトに言わせれば、決断出来ない人間は、欲望が大き過ぎるか、悟性が足りないのだそうだ。君がそのどちらでもないようで助かったよ、《黒の剣士》」
「駄目よ、駄目よキリト君!!」
「それで、この茶番は一体何時まで続くのかね?」
――え?
「……団……長……?」
「茶番とは失礼な。田舎フロアに雲隠れするような誰かさんの退路を断つために、態々一芝居打ったのさ。我ながら、迫真の演技だっただろう?」
そう愉快そうに笑って、わたしを馬乗りになって押さえ付けていた女が立ち上がる。
「ごめんね、立てるかい?」
しかし、女はこちらの返事も待たず、勝手に起き上がらせる。
見れば、女は黒いフード付きのコートを纏っていて顔が解らない。
「それが茶番でなくて何だと言うのだ。……全く、《軍》のメンバーも一枚噛んでいるとはな。一体どうやって手懐けたのやら」
「巻き込んだのは済まなかったが、犬のように言われるのは心外だ」
あれって……コーバッツさん?
じ、じゃあ、まさか……。
「ティンクルさん……なの?」
「ふふっ、バレちゃったね」
先程までとは打って変わって、高く澄んだ明るい声が返ってきた。
目深に被ったフードを持ち上げるに連れて、銀色の髪がはらりと落ち、やがてNPCのような美貌が露わになる。
「さあ、役者は揃った。それでは、二人の為の
そして、芝居がかった口調でそう宣言してから、不敵に笑ってみせたのだった。
あけましておめでとうございます!年内に更新すると宣言します(キリッとか言っておいて、年を越してしまい、恥ずかしい気持ちで一杯です(泣)
そして、今回に至っても、未だに結婚式が開催されません。更に、蓋を開ければキリアスの結婚式でした。まあ、あのメッセージには誰が結婚するとは書いていませんので、ティンクルさんは嘘は吐いていません。しかし、作者も嘘は吐いていませんので、次回以降にご期待下さい。これ以上は言えません。
また、壬生咲夜さんのネタを一部使わせて頂きました。この場を借りてお礼を。ありがとうございます!
ではでは、2015年も黎明の女神をよろしくお願い致しますm(_ _)m