部屋へと現れたヒースクリフの顔を凝視する。
リズがいるこの状況での登場……偶然にしては、余りにもタイミングが良過ぎるだろう。
自らの発言を違えることはないだろうと、そんな風に多少なりともある種の信頼を寄せていた僕が馬鹿だった。この男は一万もの人々の精神を監禁し、その内四千近い人間を間接的に殺した正真正銘の狂人なのだ。そんな人間の言うことを、信用出来るはずがなかったのだ。
「あんた、何が目的だ? こんな所に僕らを拉致して。プレイヤーにあんたの意思で危害を加えることはないんじゃなかったのか!?」
ようやく合点がいった。眠る前の記憶がないのは、何らかの理由で茅場が消したのだろう。この男なら、そのくらい可能だろうし、またやりかねない。
怒りで眉間に皺が寄る。
目の届く範囲に《月華》は見当たらないが、あったところで《圏内》ではどうすることも出来ない。そして、茅場にその制約はないに等しい。それでも、リズ――里香だけは、僕が何が何でも守ってみせる。
そう決意し、ベッドから起き上がろうとしたところで、ヒースクリフがそれを制した。
「まあ、待ち給え。私が信用出来ないのは当然としても――」
そこで一旦切ると、ヒースクリフは慣れた手付きでメニューウィンドウを開いた。
僕は一瞬びくりとするが、継いで彼の手の上に出現したバスケットを見て思わず目を瞬いた。何故なら、バスケットの中では色取り取りの果物が山になっていたからだ。
「少なくとも、誘拐犯が態々こんな物を持って訪ねて来るわけがあるまい。見ての通り、私は君の見舞いに来ただけだ。他意はないから安心するといい」
「――――」
誘拐犯。そのワードに心の何処かで引っ掛かりを覚えながらも、茅場が見舞いに来たという驚きで直ぐに上書きされる。
僕が唖然としていると、まるで医師が診察でもするようにふむ、と頷いてから――
「その様子だと、昏倒する前後の記憶が抜け落ちているようだな。……やはり、彼女の影響か。引き離したのは早計だったかもしれないな」
「え……?」
小さく聞き返す。ヒースクリフにしては珍しく、言葉の後半はぼそぼそとした呟きで聞き取れなかったのだ。
「いや、こちらの話だ。――それより、彼女をベッドの上で休ませてあげるといい。リズベット君はこの三日間、殆ど眠らずに君に付き添っていた。しかし、流石に限界が来たのだろう。先程、電池が切れるように眠りに落ちていったよ。だから多少動かしたところで、簡単に目覚めはしないだろう。それに何より、君のその態勢では多分に話し難い」
そう言われ、三日もの間自分が眠り続けていたという衝撃よりも、里香への感謝と申し訳無さで胸が一杯になる。
ゆっくりと上体を起こしてリズの身体を支えてからベッドを抜け出し、そのまま今度は彼女の身体を抱え上げてベッドへ寝かせる。男の僕が寝ていたベッドに寝かせるのは気が引けたけれど、ヴァーチャルだからと割り切った。
微かに寝息を立てて、心なしか幸せそうに見えるリズの横顔に手を這わせ、そっと囁く。
「ごめんね、心配かけて。それから、ありがとう」
「……少し外した方がいいのだろうか」
これまた珍しく、ヒースクリフは困惑気味に問うてくるが、僕は無言で首を横に振った。そして、リズの上に毛布を掛けてから振り返る。
「あなた、さっき言ったよね? 僕が、昏倒する前後の記憶を失っているって……。教えてくれ、何があったのか」
「構わないが、私に尋ねるということは、三つの質問の内の一つということになるわけだが良いのかね? 今回使えば、残り一回になるわけだが」
念を押すように言われ、逡巡するが――それも一瞬のことで、僕の答えは決まっていた。
「それで構わない。但し、あなたが今回の件で知っている情報は全て教えてほしい」
「良かろう。――では、話す前に簡単な質問をするが……ティンクル君、君は自分が意識を失う前まで何をやっていたのか何処まで覚えている?」
「……子供達との訓練を終えたところまでは覚えてる。でも、それ以降のことは思い出せない」
そう言うと、ヒースクリフは理解した、といった風に頷いた。
「どういった経緯でそうなったのかまでは私は把握していないが、君はシリカというプレイヤーにデュエルを申し込まれ、そしてそれを承諾した。戦闘は始終君の一方的な攻撃をシリカ君が受けるという展開になったが、それを見事に捌き切ったシリカ君に君は戦闘中にも関わらず話しかけた。そして、会話を交えている
恐らく、それは事実なのだろう。しかし、そこまで言われても記憶が甦ってくることもなく、取り敢えず“情報”として飲み込むことにした。
「そして、君は昏倒後今現在に至るまでずっと眠り続けていた……というわけではなく、実は昏倒から数分後に一度意識を取り戻している。――目を覚ました君は、縋り付いて泣いていたシリカ君に、『シリカちゃんは何も悪くない。だから、君が泣く必要なんてないんだよ』と言って、蒼白い顔をしながらも笑いかけたのだそうだ。只、その直後に力を使い果たしたかのように、その場で再び意識を失った。これが、君が失っている二つの記憶だ」
ここまで聞いてもやはり思い出せないが――きっとシリカちゃんのことだ……僕が再び気を失った後、同じようにわんわん泣いてくれたのだろう。
どういった経緯でリズにまで僕が倒れたことが伝わったのかは解らないけれど、リズに伝わっているということは多分キリトやアスナにも伝わっているのだろうし、寧ろアスナ経緯でリズに伝わった可能性が濃厚だし……きっと、色んな人に心配をかけてしまったのだろうと思う。
……不思議なものだ。殆どずっとソロでやってきたのに、気付けば僕の周りにもちゃんと人がいる。そう思うと少しだけ心が温かくなって、口元が自然と綻ぶ。
「……確かに、君のその表情は目に毒かもしれないな」
「へ?」
「いや、何……例のブログの主の気持ちが、私にも少し理解出来たかもしれない」
「……………………」
うん、聞かなかったことにしよう。
正直眩暈がしてきたが、恐らくは茅場なりの高度な精神攻撃なのだろう。実際、ダメージは甚大だし……そうでも思わないとどうにかなりそうだ。
「ところで――」
「ひっ」
ぞわり、と鳥肌が立ち、僅かに悲鳴が漏れる。もしかしたら、若干涙目になっているかもしれない。それでも気持ちで負けない為に、キッと睨み付ける。
「何だよ!?」
「君をこの宿屋へ運んだのは《アインクラッド解放軍》のコーバッツという名のプレイヤーなのだが、彼に君がキバオウ君との交渉で使うはずだったデータを提供しておいた。きっと、彼ならあのデータを上手く使うだろう。自浄作用というものに、今回は期待しようじゃないか」
「なっ」
何を勝手に、と続けることは出来なかった。
「それでは、私はそろそろお
抗議の声に耳を貸す気はないらしく、ヒースクリフは言うだけ言うと、僕に果物かごを押し付けて扉の方へと歩いていく。そんな彼の後ろ姿を目で追いながら、慌ててアイテムウィンドウを開きある物を取り出す。
「ヒースクリフ!」
呼び掛け、手で握った飲料缶を放り投げる。
銀色の放物線を描いたソレは、振り返ったヒースクリフの掌の上へと綺麗に落下した。
「……これは?」
「一応、お礼の代わり。口に合うかどうかは解らないけれどね」
そう言って肩を竦めると、ヒースクリフは尚も問うてくる。
「礼など不要だ。そもそも、君と私は無償の善意などが通用する仲ではなかろう?」
僕らの間で無償の善意は通用しない。それには概ね同意だ。でも……――
「そうかも知れないね。でも、もし仮にあなたが目の前で死にかけていたとしたら、きっと僕はあなたを助けようとすると思う。……人間、そんなものだよ。孟子の言葉じゃないけれど、結局、人を助けるのに理由なんて必要ないのかもしれない。――だから、そのまま受け取ってくれ。あんたに貸しをつくったままだと、何と言うか気持ちが悪いからさ」
性善説なんてらしくないことこの上ないが、どうやら言わんとしていることは察してくれたらしい。それこそ僕にとっては余程癪なのだが、こればっかりは仕方がない。
ヒースクリフは苦笑を浮かべると、今度こそ部屋を出て行った。
その手の中に、銀色の筒を握ったままで。
†
微睡みから覚醒し、ベッドの上で上体を起こす。
「ん……ふわぁ~……」
窓から射し込む陽光に目を細めながら、あたしは大きく欠伸を漏らした。
次いで部屋を見渡すが、人の気配は感じられない。ベッドの上に寝かされていたことから薄々そんな気はしていたが、どうやら今回も逃げられたらしい。
「何よっ! お礼の一つもなしってわけ!?」
あたしは頬を膨らませて唸った。
別に、「ありがとう」って言われたくて……感謝されたくてずっと張り付いていたわけじゃない。……そうじゃないけど、一言くらい何かあっても良いんじゃないかと思うのは、あたしの思い上がりだろうか? ううん、そんなことはないはずだ。
「……酷いよ。黙っていなくなることないじゃない……」
柄にもなく、漏れ出た声は濡れていた。
そっと目を伏せる。すると、毛布が妙に盛り上がっていることに気付く。
「え――」
まさかとは思いつつもその隆起に手を伸ばすが、あたしの手が触れる前に、毛布の中に潜んでいた人物はもぞもぞと這い出してきた。
目と目が合う。まるで身体を縛り上げられたかのように、その視線からは逃れられない。
吸い込まれそうなルビー色の瞳の持ち主は、あたしに向かって蠱惑的に微笑む。
「おはよう、里香」
吐息が耳を
艶めかしい程の白い肢体を包むのは、肩ひもが落ち着崩れした肌の色とは対照的な黒のネグリジェ一枚。小振りながも形の良い胸が布の隙間から見え隠れする。
顔がカッと熱くなるのを感じながらも、あたしは目を背けることが出来ない。
そんなあたしを面白がるように彼女は妖しく笑むと、銀の髪を揺らして四つん這いの恰好で更に一歩近づいてくる。もはや、鼻の先が触れあいそうな程に近い。
「……え? 何かおかしくない……?」
こんな状況にも拘らず、どこか冷静なあたしがもの凄い違和感を感じているのだが、そんな思考を振り払うように、彼女はあたしの頬に手を這わせてくる。
「何もおかしなことなんてないよ」
「あ……っ!」
優しく、それでいて強引に、彼女はあたしの顔を引き寄せた。そして、重力に引かれるように、唇と唇がそっと重なる。
「んっ……んんっ……」
舌と舌が絡み合う。くちゅくちゅ、くちゅくちゅと、淫靡な音を立てながら。
唾液が混ざり合う。只それだけなのに、想いが満たされていく。
ああ――――どうしようもなく、甘い。まるで、砂糖たっぷりの生クリームのよう。
「んんっ……ふあぁぁ……」
舌が
「はぁ……はぁ……」
息が荒い。
満たされていく、なんてのは嘘だ。まだだ。まだまだ、全然足りていない。さっきから、あたしの心は鈍く疼きっぱなしなんだから。
渇きを潤すように。穴を塞ぐように。あたしの心を、満たしてほしい。
「ね、ねぇ……ひか――」
名前を呼ぼうとして、しかし、彼女の人差し指が唇に触れ、強制的に口を噤まされる。
「里香」
そう呼ぶ声は酷く優しいのに――どうして、そんな風に悲しそうな顔をするの?
「ここまでが、わたしの限界だから。わたしには、里香を満たしてあげることは出来ないんだよ」
そんなことない、とは言えなかった。だって、あたしの口は、彼女によって閉ざされている。
「さぁ、早く起きなきゃ。彼が……里香が本当に会いたい人が、里香が目を覚ますのを待ってるよ」
彼? 本当に会いたい人?
……ああ、そうか。
あたしが理解すると同時、名残惜しそうに唇から指が離れていく。
離れていくから、両手を伸ばして彼女の手を包み込み、引き寄せ胸へと押し当てた。
「り、里香……?」
彼女が、面白いくらいに訳が解らないって顔をするから、あたしはニヤリと笑って言ってやる。
「前にも言ったでしょ? 女の子のあんたも、男の子のあんたも、あたしが纏めて愛してあげる、ってさ」
「ふふふっ……やっぱり、里香には敵わないな」
意識が白濁していく中、最後に見えた彼女は満足げに微笑んでいた。
瞼を持ち上げ、視線を彷徨わせる。どうやら、入れ替わるように今度はあたしがベッドの上に寝かされたらしい。
毛布を捲り上げ、上体を起こす。たっぷり眠ったせいか、夢とは違って欠伸は出なかった。また同じように夢とは違い、毛布の中に誰かが潜んでいるという気配もない。
それにしても……――
夢の内容を思い出し、カァァッと頬が熱くなる。きっとあたしの顔は今、恥ずかしさで真っ赤に染まっていることだろう。
「……な、なんて夢見てんのよ……あたしは」
あれはもう欲求不満とか、そういうレベルの話じゃないような気がする。
「夢?」
「う、うん……光が女の子でネグリジェ姿で兎に角エロくて……って――――――あれ?」
傍らからの声に自然と答えてしまったが、今この部屋にはあたし以外誰もいないはず。……いや、確かに昨日までこのベッドに横たわっていた眠り姫がまだこの部屋にいる可能性もゼロではない。ゼロではないけど……。
あたしは冷や汗が流れるのを感じながら、ぎこちない動作で声のした方向に首を捻る。
備え付けの椅子に腰かけてニコニコと笑みを浮かべていたのは予想通り、夢と同じように銀髪紅眼で……しかし、夢とは違って胸部はぺったんこ、服装もノースリーブのパーカーという出で立ちの女の子――にしか見えない男だった。
「へぇ、僕がネグリジェ姿でねぇ~」
その笑顔とは裏腹に、桜色の唇から発せられた声はやや低い。ただ、やはり成人近い男性の声とは到底思えない。
そんなことを考えていると、光はスッと笑みを消し、半眼をつくってあたしを睨む。所謂ジト目というやつだ。
「なんか、失礼なこと考えてる気がする」
遂に容姿だけでは飽き足らず第六感まで手に入れたのか、こちらの内心を見透かすようにそんなことを言い出す。
や、ヤバい……やっぱり怒ってる顔も可愛い。あれ? アバターでも鼻血って出るの? だとしたらヤバい、ティッシュが欲しい、勿論箱で。
「ご、ごめん……」
冗談は兎も角、夢とはいえそんな恰好をさせられて気分が良いわけもなく、取り敢えず素直に謝る。
しかし、光としても怒ってるというのはポーズだったのか、やれやれといった感じに苦笑した。
「冗談だよ。流石に僕だって、他人の夢にとやかく言うつもりはないよ。たとえその夢が、淫夢の類いだったとしても、ね」
「い、淫夢って……」
何でこいつは臆面もなくストレートに言えるんだろうか。もう少し、オブラートに包むってことをしても罰は当たらないんじゃないの? ……いや、まあ……正しいんですけどね、はい。
「うぅ……」
居た堪れなくなって視線を泳がせていると、お構いなしに光は話し始める。
「謝るのは僕の方だよ。ごめんね、心配かけて。それから、ありがとう、僕を心配してくれて。本当は里香が目を覚ましたら、真っ先にこれを言おうと思ってたんだけどね」
「すいませんね、順序乱して」
今度はあたしが膨れっ面で唸ると、光は「あははっ」と笑ってスルーする。いや、ホント何なのこいつ、ムカつく。
こっちは頬を膨らませているってのに、何でそんな風に幸せそうに顔を綻ばせてんのかしらね……。
「けっしからんなあ……その顔は」
「え?」
「いや、独り言」
はぁ~あ。こいつの笑顔見てたら、何か色々吹き飛んじゃったなぁ……。あれ? こういうのって普通男女逆じゃない?
「ところでさ」
そう切り出した光は、笑顔を引っ込め真剣な表情をしている。ただあたしはといえば、『あ、この表情はちょっと格好良いかも』と心のマイフィルムに焼け付けるべくシャッターボタンをカシャリと押していたりするので、その点は申し訳なく思う。いや、でもちょっとずるいよね、このギャップ。
「変なことを訊くようだけど、里香に僕が倒れたことを知らせたのってヒースクリフなんだよね?」
「へっ? ああ、うん。そうそう、あんたんとこの団長さんに聞いたのよ。正直胡散臭いっていうか、元々あんまり好きじゃなかったんだけど……直接話してみたら案外良い人だったわね。それに、この部屋に泊まり込んでる間、朝昼晩と食事持って来てくれたりして……トップギルドの団長って思ったより暇なのね」
あたしが慌ててそう言うと、何故か光は渋い顔をする。
「どしたの?」
「いや、なんでも。――じゃあもしかして、キリトやアスナにこのことは……」
「ああ、知らせてないわよ。折角の新婚なんだから、心配事を持ち込むのは良くないだろう、って」
「それもヒースクリフが……?」
「そ。案外あのおっさん、結構気配り出来る人みたいね」
だからこそ、トップギルドの団長を務めていられるのかもしれないが。
あたしが感心して頷いていると、光が何事かぶつぶつ呟く。
「あーあ……やっぱり全然足りないじゃん……」
「足りない? 何が?」
「いや、
誤魔化すように光は笑うが、それにしては苦味が効き過ぎているように思う。ビターを通り越してカカオ百パーセント、って感じだ。
「そうだ。シリカっていう娘が訪ねて来なかった? どうやら僕は、気を失う前にその娘とデュエルしていたらしいんだけど」
話題を変えたいのか、光は思い出したようにそう尋ねてくる。しかしその質問に答える前に、あたしには訊かなければならないことがあった。
「らしい……って……どういうことよ……?」
「実は記憶がちょっと飛んじゃててね……あははは」
何てことはないという風に光は笑うけれど、あたしはそういう訳にはいかない。
「り、里香……!?」
考えるより先に手が出ていた。
あたしは光の胸倉を掴むと、自分の方へと引き寄せる。
「シリカには言ったわよ、『普通デュエルで気絶なんかしないし、もししたとすれば、それは相手のせいじゃなくて気絶した本人の責任よ。だから、あんたが悪いわけじゃない』って。あんたも、シリカに似たようなこと言ってたみたいだったから」
そう。デュエルで気絶なんて、普通じゃない。でも、初めての過ちでここまで怒る程、あたしは理不尽な人間ではないつもりだ。
ああ、そうだ。あたしは、こいつに出会ってから今日に至るまでの間で、恐らく一番の怒りを抱えている。
「ゴドフリーって人に聞いたわ! あんた、今回が初めてじゃないそうねっ! 気絶までいかなくても、気分が悪くなることは前にもあったそうじゃない!! どうして? ねぇ、どうしてよっ!? あんた、自分がこうなることは薄々気付いてたんでしょ!? デュエルなんて無理に受けないで、断れば良かったじゃない!! 何でこんな無茶やってんのよ!? 意味解んない!!」
視界が霞む。きっと、あたしは今泣いているのだろう。それでも、あたしは嗚咽混じりに叫び続ける。
「そうやってヘラヘラしてられるってことは、多分忘れたっていっても微々たるものなんでしょ!? でも、もしかしたらもっと大切な記憶を失ってたかもしれないのよ……!?」
そしてそれはもしかしたら、あたしとの記憶だったのかもしれないのに。
「あたしのこと助ける為に崖の上から飛び降りるようなやつだもん……きっと、あたしが知らないだけで、今までだって散々無茶やらかしてきたんでしょ……? ――そんなあんたを、あたしはもう傍観なんかしていられそうにない。あんたが何と言おうと、あたしは……っ!」
力が抜け、ベッドの上にへたり込む。胸倉からは、とっくに手を放していた。
傍にいたい。たったそれだけなのに、素直じゃないあたしは言葉にすることが出来ない。それに、第二ラウンドは現実だと言い放った手前、それを今更になって撤回するのは気が引ける。
男だとばれるのは困るとか、あの時言った理由以外に光に何か事情があるのは何と無く解ってる。きっと、あたしのことも考えてくれているんだろうことも。
……結局、あたしは怖いのかもしれない。迎えに来てくれる、というあの約束が、嘘になってしまうことが。
「――どうすれば良いのか自分でも解らなくて、ずっと言い出せなかったんだけど……少し、事情が変わったんだ」
頭上から優しい声が降り注いで、あたしは俯かせていた顔をゆっくりと上げた。
「僕の手前勝手な理由に、君は解ったって言ってくれた。だから、こんなことを今更言うのは、とても酷いことで、嫌われても仕方がないと思うんだ。でも、言わなきゃいけないから……いいや、違うな――僕が言いたいから、言わせてもらうね」
声は変わらず優しいのに、その顔は何かに怯えているようで。
それでも、彼は決意するように、小さく息を吸って吐き出す。
「ねぇ、里香……傍に……君の傍にいても良いかな……?」
それは、奇しくもあたしと同じ願いで。
答えの代わりに、あたしはそっと彼を抱き締めた。
エンダアアアアアアアアアアアアアアアイヤァアアアアアアアアアアアアアアアア(´Д`;)って叫びたくなるようなラストになってると良いんですが、如何だったでしょうか?
今回のタイトルはDaybreakということで、黎明ともとれるんですが、今回は素直に夜明けという意味で使いました。
因みに、感想とか頂けると嬉しいです。
それでは、次回はもっと早く投稿出来ることを祈りつつ……。