ソードアート・オンライン 黎明の女神   作:eldest

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第29話 Scrooge

 《血盟騎士団》入団から一夜明け、僕はギルド本部である尖塔の――それも、最上階に設えられた個室を訪れていた。

 部屋の内装は執務机に黒革張りのソファーが一つという、とても私室としても使っているなどとは思えない程、無機質で生活感というものがまるで感じられないものだった。しかし、このヒトの温もりとでもいうべきものが著しく欠落しているこの部屋は、ある意味部屋の主の性向を色濃く反映しているとも言っていい。

 目の前のこの男と対峙するのは、果たして何度目だろうか。きっと、数える程しか――それこそ、片手の指で収まる程度だろう。にも関わらず、何度も顔を突き合わせ、戦い続けているような錯覚に陥る。いや、少なくとも、目の前のこの男と戦い続けていること自体は、僕の錯覚などでは決してない。

 

「おはようございます、団長」

 

 落ち着いた声音でそう言って、軽く頭を下げる。すると、ヒースクリフは少しばかり目を見張った。

 当たり前の話ではあるが、仮想世界は現実の現象を完璧に再現出来ているわけではない。水の感触を始めとした触覚、そしてプレイヤーの表情――この二つが、その最たるものだろう。特に表情の場合、プレイヤーの感情を過敏に察知し、過剰に表現するという性質がある。だから、僕のような表情を作る人間にとっては、どれだけ笑うか、どれだけ怒るか、などというさじ加減が非常に難しい。しかし、不都合なことばかりでもなく、有益なことも少なからずある。――――例えば、一晩泣き明かしても、瞼を赤く腫らさなくて済むこととか。

 頭を上げ再び正面を向くと、真鍮色の瞳と目が合う。そして、ヒースクリフは口元を緩めると、口を開いた。

 

「おはよう、ティンクル君。昨夜はよく眠れたかな?」

「ええ、ぐっすりと」

 

 シニカルな笑みを浮かべ、淀みなく答える。

 動揺は無い。一晩かけて、気持ちの整理は付けたつもりだ。しかし、昨日の今日で再びこの男と二人きりになるとは思っていなかった。

 一つ大きく息を吸って、吐き出す。

 

「それで? こんな所に呼び出して、どういうつもりだ?」

 

 意識的に口調を切り替える。上司に対するそれから、仇敵に向けたものへと。

 

「態々、メールで呼び出して。しかも、こんな朝早くに」

 

 現在の時刻は午前六時二十一分。メールが届いたのが六時丁度。内容は、至急ギルド本部に来られたし、というもの。たとえ相手が茅場ではなくとも、こんな時間に一方的に呼び出しをかける奴と友好な関係など築けるはずもない。それでも相手が相手なだけに無視するわけにもいかず、僕は今こうしてこの男と相対しているわけだ。

 

「少々面倒なことになっていてね」

 

 溜め息を吐くでもなくそう言って、ヒースクリフは机の上で手を組んだ。

 

前衛(フォワード)部隊の隊長であるゴドフリー君からご指名だ。何でも、君の実力を自分の目で確かめたいらしい」

 

 ご指名というフレーズに思わず溜め息を吐きそうになり、かぶりを振った。そして、溜め息の代わりに疑問を口にする。

 

「……デュエルでもしようっていうのか?」

「いや。彼と君を含めた団員五人のパーティーを組み、ここ五十五層の迷宮区を突破して五十六層主街区まで到達する、という内容のようだ。KoBでは普段五人一組で攻略を行っていることから考えても、中々に実戦的だと言えよう」

 

 警戒心が僅かに揺らぐ。

 幾ら実戦的だとはいっても、所詮は五十五層――数日前まで最前線だった七十四層に単身潜っていたのだ――その程度、何の問題も無い。

 しかし次の瞬間、甚だ浅慮だったと思い知らされる。

 

「君ならば、何ら問題無いように思う。しかし、十分に留意してもらいたいのは、今回君を副団長に任命するのにあたって、団長としての強権で押し通した面が否めないという点だ」

 

 所詮アスナが戻ってくるまでの代理に過ぎないのに何を大袈裟な――とは、微塵も思わなかった。

 自分の意識の中で、警戒レベルが急上昇する。

 

「君にも以前言った通り、《血盟騎士団》はトップギルドとプレイヤーには認知されている。だからこそ、彼らにもそれ相応の自負心がある。――幾らアスナ君が不在の間だけとはいえ、新参者の君にサブリーダーになられては面白くあるまい。そして、彼らに滅多に口を出さない私が、君を獲得する為に強硬な姿勢を見せたという相乗効果で、彼らの君を見る目は生易しいものではなくなっている」

「ネットゲーマーは嫉妬深い、か……」

 

 小さくそう呟くと、ヒースクリフは頷いた。

 

「私が言うのもなんだが、気を付け給え。君には、最上層まで上がって貰わねばならないのだからな」

 

 自分の部下が、暗に何か良からぬことを仕掛けてくるかもしれないと言うヒースクリフに呆れそうになるが、そもそもこいつはプレイヤー側ではないのだと思い直す。

 

「解った。……話はそれだけか?」

 

 素っ気なく尋ねると、ヒースクリフは苦笑と解る笑みを浮かべた。

 

「いや、本題はここからだ。――昨日、一つ言い忘れたのだがね」

 

 そう切り出したヒースクリフの顔には、既に笑みは浮かんでいない。

 

「この世界に留まった君の意志力に敬意を表して、報酬としてどんな質問にも三つ答えよう」

 

 勿体振るわけでもなく、世間話でもするかのような気軽さで、大いなる選択を迫られた。

 

「……ッ!」

 

 息を呑む音が狭い室内に空虚に響く。

 矢継ぎ早に問い質しそうになるのを懸命に堪え、思案する。

 これは……又と無いチャンスだ。有益な情報をどれだけ引き出せるかによって、今後の動きに多大な影響を及ぼす。その情報が良きにしろ、悪きにしろだ。

 訊きたいことは山ほどある。特に、何で態々現実の姿を模したアバターに変えられたのか? そのせいで、一体どれだけ余計な苦労を強いられたことか!! ――だが、そんなことは……百歩譲って……いや、千歩譲って今はいい。そんなことを訊いても、到底納得出来る答えが返ってくるとは思えない。同様に、根本的な疑問――アインクラッドで死んだプレイヤーは現実でも本当に亡くなっているのか? ゲームをクリアすれば、本当にログアウト出来るのか? 等々――も省く。

 高速で取捨選択を繰り返し、選ばれなかった問いの骸が山となってそびえ立つ。

 一体、どれだけの時間、思考を巡らせていたのか。

 掴み取った問いをぶつける前に、別の問いを投げかける。

 

「これは、三つの問いには含めない。だから、答えたくなければ答えなくていい」

 

 そう前置きをした上で、真鍮色の瞳を睨み付ける。

 

「返ってくる答えが真実だと、信用して良いんだろうな?」

「……やれやれ。ここまでくると、用心深いというよりは猜疑心が強いと言った方がいいかもしれんな。私が信用出来ないという気持ちは、解らんでもないがね。――安心すると良い。嘘偽り無く、誠実に答えると約束しよう」

 

 鉄面皮、と言うほど表情に乏しいわけではないが、その表情からは真偽を窺い知ることは出来ない。

 信用するべきか否か? 少なくとも、信じなければ先には進めない、か。

 そうやって、無理やり自分の中で折り合いを付ける。そして、僕が最も危惧し恐れていることを口にする。

 

「茅場昌彦。あなた自身が、或いはあなたの意思で、僕の友人や知り合いを手にかける、ということは無いと思っていいのか?」

 

 そして、誰よりリズベット……里香に、僕の好きな人に。

 僕の心の内を透かしたわけではないだろけれど、返答は間髪を容れず返ってきた。

 

「無い、と断言しよう。私の意思で、諸君らプレイヤーの生死が左右されることは一切無い。……そして、たとえ君が誰かに私の正体を露見させようとも、その誰かに危害が及ぶことも決して無い。その点に関しては、絶対の保障をしよう。」

 

 “神は、何者にも公平である”。そんなフレーズが頭を過る。

 茅場がこの約二年間守り続けている公平(フェアネス)さは、至る所に表れている。例えば、ギルドの運営をアスナに任せ、自分は凡そ口を出さないこと。そして、先の《ラフコフ討伐戦》に参加しなかったこと。

 しかし、それにも例外はある。その例外がヤマナシ教授絡み……つまり、僕に対して、というのが信用出来ない理由でもあるのだが……それでも信用するしか――いや、信じたいと思う自分がいる。

 そして僕は、信じたいと思う自分に屈した。

 

「……解った。――残り二つの質問は、保留にしたい」

 

 様々な感情が脳髄を犇めく。もはや、さっきまでの余裕は何処にも無い。だからこその保留。

 

「良いだろう、賢明な判断だ。ゆっくりと考え給え」

 

 こうして、二度目の僕と茅場の直接対決は幕を閉じた。

 

 

「ガッハッハ! いや~待ってましたよ、副団長代理殿」

 

 集合場所と伝えられた《グランザム》西門に到着するや否やそんな声に出迎えられ、早々に溜め息を吐きそうになる。

 僕を待っていたのは、以前にも顔を合わせたことのある、もじゃもじゃの巻き毛に髭面の堂々たる偉丈夫だった。

 

「お待たせしてしまったようですみません。若輩者ではございますが、今日は宜しくお願いします、ゴドフリーさん」

 

 申し訳なさそうに頭を下げてから、柔和な笑みを浮かべ牽制し返す。

 しかし……何をしてくるか解らない、とは事前に警告を受けていたものの、まさかこう来るとは……。

 表情筋を笑みの形で固定したまま、何気ない口調で切り出す。

 

「ところで、ゴドフリーさん――――そちらの方は謹慎中だと伺っていたのですが、わたしの記憶違いでしょうか?」

 

 そう言って、ゴドフリーの隣に立つ男を流し目で見やる。勿論その男とは、数日前に小競り合いになったクラディールのことだった。しかし、思いの外自制心が働いているらしく、こちらの挑発に乗ってくる気配は無い。代わりに、渋い顔になったゴドフリーが口を開いた。

 

「あー……気持ちは解らんでもないですが、そういう態度は解せませんな。仮にも、これからは同じギルドの一員なのですから、不和のままでいるわけにもいきますまい」

「それはどうでしょう? たとえ同じ屋根の下で暮らしていても、会話の無い親子或いは夫婦――というのも殊更珍しくありませんし、今後一切関わらない、というのも一つの解決策なのでは?」

 

 拒絶と提案を同時に熟し、より一層笑みを深める。一方、ゴドフリーは対照的に表情を厳しくした。

 

「……噂違わず、難儀な性格をしとるようですな」

「つい最近、友人にお前は意地が悪いと言われましてね。……なので、一応自覚はしているつもりですよ」

「自覚していながら改めないのであれば、余計性質が悪いのではないですかな?」

 

 何故僕は初めて話すおっさんに、性格を改めろと言われているのだろう?

 そんな疑問を浮かべながら、しかし、首を傾げる代わりに忠告を口にする。

 

「性格や言動というものは、一日や二日で変わるようなものではないと、わたしは思いますけれど。もし変わるとすれば、それはその人の内面が変わったわけではなくて、変わったように見えているだけでしょうね。……それが、見る側の見方が変わったのか、見せる側が意図的に変えているのかは別にして、ですが。――そういうのがお望みでしたら、紳士から淑女まで幾らでも演じてみせますが、如何ですか?」

 

 実際、現在進行形で僕は演技の真っ最中だ。

 無論、むさいおっさんを口説く為ではなく――同じ境遇だとしても、男に対するものより女性に対するものの方が、何かと風当たりは強くなくて済むだろう、という我ながら少々狡い理由ではあったのだが。

 そんな内心はおくびにも出さず、淑女の笑みを湛えて小首を傾げてみせると、ゴドフリーは毒気を抜かれたように暫し呆然としてから、先ほどと同じように豪快に笑った。

 

「いやぁ、結構。始めから解っていたことですが、やっぱり私では貴女に弁では勝てんようだ。と言っても、剣技で負けるつもりは毛頭ありませんがね。――おっと! 私の武器は剣ではなく、この斧でしたなぁ~! ガッハッハ!!」

 

 そう言って愉快そうに肩を揺らすゴドフリーの背で、大振りのポールアクスが一緒に揺れる。

 果たして、僕の忠告はこの男に届いたのだろうか?

 そんな問いかけは言葉になるはずもなく、頭の隅へ押し流され、やがては消えていく。

 

「仰る通りクラディールは謹慎中でしたが、本人も心を入れ替え猛省したようなので、本日付で復帰させました」

 

 この答えを聞く為だけに、随分と遠回りをしたものだ、と心の中で苦笑を浮かべる。

 

「そうですか、解りました」

 

 そう言うと、クラディールがのっそりと前へ進み出てきた。

 思わず眉を顰めそうになるものの、どちらにせよ《圏内》では何も出来まいと思い直して警戒を解く。

 

「先日は……ご迷惑をお掛けしまして……。……二度と無礼な真似はしませんので、許していただきたい」

 

 クラディールの口から途切れ途切れに吐き出された言葉は、予想していた通り謝罪の言葉だった。渋々というわけではなく、心から反省しているように、恭しく頭を垂れるクラディールに関心するように、ゴドフリーは頻りに何度も頷いている。

 予期せず流れた問いの答えを得た僕は、意識的に苦笑と解る笑みを浮かべた。

 

「頭を上げてください。もういいですから」

「……ありがとうございます」

 

 そう言って、殊勝に頭を下げたクラディールの表情は、垂れ下がった長い前髪に隠れて窺い知ることは出来ないが、知る必要もないことだ。

 

「よし! これで一件落着だな!!」

 

 意図して省いた言の葉に、ゴドフリーもクラディールも気付いた様子は無かった。

 

 

 

 少し遅れて合流した団員は、セントルシア、バルバドスとそれぞれ名乗った。セントルシアは二十代と思しき女性プレーヤーだった。恐らく、男女比を考慮してバランスをとった結果なのだろうが、僕は男なのだからセントルシア一人が女性という状態だ――といっても、態々それを指摘するつもりは無いのだけれど。

 

「じゃ、今日は宜しくね。私のことはルシアって呼んで」

 

 人懐こそうな笑みを浮かべて気さくに話しかけてきたのは、僕を女の子と思っているからか、はたまた僕が不安に感じていると思ったからか。どちらにせよ、悪い人ではなさそうだ。

 

「宜しく、ルシア。わたしのこともティンクルでいいから」

 

 そうやって無難に返してから、こちらも笑みを浮かべる。

 ルシアに比べ、僕はといえば少なくとも良い人ではないだろう。嫌だ嫌だと思いつつも、誤解を解く気は更々無いのだから。しかし、悪人というほどでもないだろう。どちらかといえば、悪い人というより人が悪いという方が正確だ。……まあ、そんな風に他人事のように思っている時点で、十分悪い人なのかもしれなかったが。

 

「もしかして、ルシアとバルバドスって付き合ってたりします? そうじゃないにしても、現実でもお知り合いなのでは?」

「えっ? ……そうだけど、何で解ったの?」

 

 戸惑いの声を上げたのは、ルシアではなくバルバドスだった。そして声には出さずとも、同様にルシアも驚いている。

 

「セントルシアとバルバドスって、どちらも英連邦王国の国名だから、偶然とは思えなくて」

 

 そう指摘すると、どうやら正解だったらしく、バルバドスは照れくさそうに笑った。

 

「いやぁ~名前だけでバレたのは君が初めてだよ。まあ、別に隠しているわけじゃないんだけどね」

 

 どうやら、二人の関係は前者だったようだ。だからといって、何が変わるというわけではないのだが、先ほどよりも距離が縮まったように感じるのはこちらの思い上がりではないだろう。

 

「よし! 親睦も深まったところでそろそろ出発――っとその前に、諸君らの結晶アイテムを全て預からせてもらう」

 

 雑談はそこまでだ、という風にゴドフリーがそう切り出したのだが、その内容は眉を顰めたくなるようなものだった。

 

「目的を聞かせてもらえませんか?」

「うむ。今日の訓練は限りなく実戦に近い形式で行おうと思うのだが、危機対処能力を測るのが目的の一つなのでな……結晶アイテムの回収は、そういった意図で行う」

「そうですか、解りました」

 

 素直に了承したのが意外だったのか、ゴドフリーは眉を片方吊り上げる。

 こちらの真意を探るような不躾な眼差しを浴びせられるが、その程度で気分を害するほど繊細な質ではない。

 ストレージから各種結晶アイテムを実体化させ、ポーチの分も合わせて差し出す。《回復》《解毒》《転移》《回廊》《記録》……合計四十近いそれらにゴドフリーは見るからに面食らったようだが、何も言わずに受け取った。しかし、ルシアはそういうわけにもいかないようで、唖然とした様子で口を開いた。

 

「貴女、普段からそんなに持ち歩いているの……?」

 

 その疑問はもっともだろう。所持出来るアイテム数は、個数ではなく重量で決まっているものの、流石にこの量は多過ぎる。

 特に隠す必要も無いので、正直に答える。

 

「わたし、限界までストレージ拡張してるんだけれど、普段は基本的にソロだから必要以上に持ち歩く癖がついてるんだよ。ほら、備えあれば患い無しってね」

 

 もはや座右の銘と言っても過言ではない格言を口にして、片目を瞑ってみせる。

 

「なるほどね」

 

 そう言って、ルシアは納得したように頷く。

 バルバドスも感心したようにこちらを見詰めていたが、ルシアの意味有り気な視線に気付いて目を逸らした。

 同じように僕以外の三人からも結晶アイテム――三人とも個数は一ケタだった――を回収し、ゴドフリーは満足気に頷いた。

 

「よし、確かに預かった。念の為にポーチの中も確認したいのだが宜しいですかな?」

 

 そう言われ、反射的に断りそうになるが――そもそも、見られて困る物など入っていない。それに、痛くもない腹を探られるのは後々面倒なことになるかもしれない。

 そう思い、ポーチの口を広げて見せる。

 

「指輪……ネックレス……それにピアス――……こんなに貴金属を詰め込む必要はあるんですかな?」

 

 お前はこれから何をしに行くつもりだ、と言わんばかりの呆れたような物言いに、そんなもの個人の勝手だろう、と思ったのだが――

 

「女の子なんだからどんな時でもお洒落したいと思うのは当然よ! バルもそう思うでしょ!?」

「お、おう!」

 

 それを口にする前に、そういう話題に敏感であろうルシアから思わぬ援護射撃が。……残念ながら、弾丸は綺麗に的外れではあったが。しかし、ルシアの剣幕に押されるように、バルバドスも慌てて同意する。

 こう言われると、男としては何も言い返せない。

 

「そんなもんかねぇ……? 女性心理ってのは、私にはほとほと解らんですなぁ……」

「そんなんだからモテないんですよ、まったく! ――ってことでティンクル、この筋肉ダルマの言うことなんて全然気にしなくていいからね?」

 

 筋肉ダルマって……。

 擁護してくれるのは嬉しいけど、お洒落が目的ってわけじゃないし……――それに、流石にその言いようはあんまりだろう。

 ゴドフリーのことが同じ男として不憫に思えてきた僕は、やんわりとルシアを窘める。

 

「ルシア、流石にそれは言い過ぎかなぁ~……なんて」

 

 声に力が無いのは、自信の無さの表れか。それも当然と言えば当然だろう。何しろ、僕だって女性心理なんて解らない。だから、どうしても自己弁護のようで気が引けるのだ。

 しかし、そんな僕の自信無さ気な態度がどう映ったのか、ルシアは瞳を煌めかせ、何かを抑えるように口元を押さえた。

 

「ちょっと、ウソ……天使だ、天使がここにいる……!」

 

 耳を疑いたくなるような世迷言だが、この世界の音声は脳に直接データを送って出力しているものなので、基本的に“聞き間違い”というのは起こらない。“意味の取り違え”なら現実同様受け手話し手次第で起こり得るが、この文脈では間違いようがない。

 それでも否定したい気持ちが強く、半ば願望混じりに尋ねる。

 

「え~っと……誰が?」

「勿論貴女のことよ!! 天使がダメなら聖女と言っても良いわ!! こんな筋肉ダルマにまで優しく出来る人なんてそうそういないって……。女が男に優しくするのって、大なり小なり下心あるからだし。まあ、逆もまた然りかもだけど」

「うわぁ……」

 

 もの凄く嫌そうな顔で呻くように声を上げたのは、勿論彼女の恋人のバルバドスだ。きっと、僕もここまで露骨じゃないにせよ、似たような表情をしていることだろう。実際、ゴドフリーも顔を顰めている。一方、さっきから会話に全く参加していないクラディールだけは無表情を貫いている。

 このままこの話題を続けると、これ以上の異性の暗黒面(ダークサイド)が顔を覗かせそうで……――そう思ったのは僕だけではないらしく、僕ら男三人の意思は完全に一致していた。

 

「よし、では出発!!」

 

 そう言って強引に会話を終了させたゴドフリーに異論を唱える人間は、少なくとも表面上はこの場に存在しなかった。


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