Prologue
学校帰りの昼下がり。
週休二日制が消滅して久しい昨今。僕の通う進学校も言うに及ばず、今日も土曜日だというのに学校があった。午前中で終わるのが唯一の救いだろうか。
そして帰宅途中である現在、僕は電車のつり革にぶら下がり、うつらうつらと微睡んでいた。
僕の名前は
何処にでもいる平凡な高校生――などと言う気は全くない。僕ほど容姿にコンプレックスを抱いている人間は、そうはいないのではないだろうか。
只、一概にコンプレックスとはいっても、一般的に連想されるものでは恐らくない。自分で言うのもなんだが、目鼻立ちは二重だし整っている方だと思う。しかし整っているとは言っても、その顔立ちは男性的どころか中性的ですらなく、女性的ですらあると言っていい。早い話が、僕という人間は、一見すると……いや、僕の方から相手に明かさない限り殆ど気付かれないほど、容姿が女の子のようなのだ。
――いや、待ってほしい。これは決して僕の妄想というわけではない。現実は小説よりも奇なり、というやつだ。
僕のこの女々しい外見は、僕がまだ幼い頃に他界した母さんが北欧の生まれであることが少なからず影響しているとは思う。金髪に碧眼、純粋な日本人に比べれば明らかに白いこの肌は、確かに母さんからの遺伝なのだろう。
しかし、幾らハーフだからといって、容姿が女性的になったりなどしないはずだ。なのに僕の場合、睫毛は長いし線も細い。おまけに身長も百六十八センチと、同姓の友人達に比べれば小柄な方だ。更には、髭を始め無駄毛と呼ばれる類いのものが一切生えず、声変わりもしないまま、この歳まで来てしまった。流石に、これは幾らなんでも異常だろうとは自覚している。
そんな諸々もあって、短い髪はあまりに不自然だからと後ろ髪を肩甲骨辺りにまで伸ばしているのだが、そのせいで性別が余計に誤解され易くなる、という悪循環ぶりに陥っている。こんな
――と、ぞわりと突然鳥肌が立ち、
「……っ」
まさかとは思ったが、間違いない。……痴漢だ。
ジーンズ越しにでも解る、下半身を執拗に撫で回す、男のいやらしい手付き。……吐き気がする。
しかし、客観的に見て外国人にしか見えない相手に対して痴漢を働くとは……この男、随分とオツムが弱いらしい。相手が相手なら大量に慰謝料をふんだくられるだろうに。
社会的に抹殺されるのと一時の性欲の発散。天秤に乗せるまでもなく、どちらを優先するべきかは言うまでもない。そもそも、男に痴漢を働くとは……事実を知ったらトラウマものではなかろうか。
男に対して、相応の嫌悪感は勿論ある。寧ろ、同性だからこそ、一層汚らわしいと感じる。しかし、男の頭の悪さも込みで、少し哀れに思わってしまったのも確かだった。
……仕方ない、か。
全く嬉しくない経験だけれど、以前にも何度か被害にあっている僕は、同様の手段で対処することに決めた。
心を落ち着ける為、スッと息を吸い込み、徐々に吐き出す。そして、背後の男に向かって、ゆっくりと言い含めるように声を出した。
「
抑制された、やや高めのハスキーボイス。それが己の口から出たことに、内心肩を落とす。
男が内容を理解したのかは解らない。しかし、その効果は
下半身に伸ばしていた手がビクリと止まる。次いで、衣擦れの音。密着していた身体が離れていく。
男に悟られないよう、自然な動作で僅かに首を動かし背後を見やると、そそくさと何事も無かったかのように別の車両へと立ち去っていく後ろ姿が見て取れた。
外回りらしき背広姿の中年のおっさん。年齢はうちの父親と殆ど変らないように思う。
「はぁ~……いい大人が昼間から何をやっているんだ」
心の底から溜め息が漏れ出た。
本来なら取り押さえて駅員に突き出すべきなのだろうが、そうすると必然的に身分証の提示を求められるわけで、僕が男と解れば駅員だって対応に困るだろう。また何より、僕自身が嫌な思いをすることになる。
だから、この忌まわしい容姿を逆手に取って外国人の振りをした。これなら、周りの人間も下手に関わろうとは思わないはずだ。
「うっ……」
そんな風に言い訳めいた思考を巡らせようとも、生理的嫌悪感は誤魔化せなかったらしい。やはりどうあっても、気持ち悪いものは気持ち悪いのだ。
いっその事、感情を剥き出しにして殴ってしまえば良かったのかもしれない。しかし、理性がそれを拒む。己はあの男とは違う、一時の感情で何か大切なものを捨ててしまうような馬鹿な人間ではないのだ、と。
「気持ち悪い……」
口元を押さえ、思わずそう呟くと。
「
「……っ」
突然横からそう声をかけられ、危うく毒突きそうになる。
声の感じからして、僕とそう歳は変わらないだろう少年。発音も特別上手くなく、外国人という訳でもなさそうだった。
彼が、恐らく純粋な親切心で声をかけてくれたのだろうことは理解している。だが、正直に言って有難迷惑だ。今は、誰かと話すような気分じゃない。
それでも、流石に無視する訳にはいかないだろう。何とか記憶を掘り起こしながら、必要な単語を組み立てていく。
「
これ以上会話が続かないよう相手の顔も見ず、俯き加減にそれだけ言う。が、考えるまでもなく、嘔吐を催している人間がそんなことをすればどうなるか、なんてのは相場が決まっている。おまけに、電車というのは結構激しく揺れるものだ。
一層気分が悪くなり、胃の中のモノが迫り上がってきているのが自分でも解る。それでも浅く呼吸を繰り返し、何とか胃を落ち着かせた。
だが、どうやらそんな僕の様子に我慢ならなくなったのか、再度、先程よりも少し強い口調で話しかけてきた。
「お前、本当に大丈夫か?」
「――え?」
思わず、訊き返す。
態々英語で話しかけておいて、日本語で問い直すとはどういうつもりだ。こっちが日本人だと解っていながら敢えてそうしたのだとすれば、この男も中々に性格が悪い。
気が変わった。
悪態の一つでも吐いてやるつもりで、俯かせていた顔を上げ、不届き者の方へと首を回した。
「――…………
しかし、その顔は僕の見知ったものだった。
「熱でもあるんじゃないのか? 真っ青だぜ、光」
人当たりの良さそうな笑顔とは裏腹に、小馬鹿にするような声でそう問うたのは、僕にとっては数少ない友人の一人だった。
家が近所で、小中と同じ学校に通い、中学では同じ部活でエースを競いもした。恐らく、僕にとって一番親しい友人だと思う。しかし、高校は別の道を行き、最近疎遠になっていたのだ。
僕は久しぶりの再会を嬉しく思いつつも、記憶の中の彼と現在の彼とのギャップに少なからず驚いていた。
「さっきも言ったけど、大丈夫、問題無いさ。もう少しこうしていれば自然と治まるよ。それより陽人、お前こそどうしたんだ、その髪?」
中学時代は確かに黒かったはずの髪の毛が、明るい茶色に染まっている。
「何だ? 不良にでもなったのか?」
咄嗟に思いついたのは、そんな月並みな問い掛け。
「んなわけあるか。というか、今時髪染めたくらいで不良呼ばわりするのは田舎の婆ちゃんくらいだよ」
「悪かったな、年寄り臭くて」
不貞腐れてそう返す。
僕はまだ、お前と同じ十七歳だぞ。
「にしても、お前は全然変わらねぇな。相変わらず滅茶苦茶可愛い!」
ぽん、と陽人は僕の頭に手をやると、わしゃわしゃと撫で始める。
「止めんか!」
頭一つ分ほど差が開いてしまった身長。しかし感傷は頭の隅に追いやって、頭に乗せられた手を払い除ける。
「デカい声出すなよなぁ~注目されるぜ?」
「うっ」
周りを見回すと、確かにちらちらとこちらを窺い見ている乗客が何人かいる。
ああ……もう、知らん。
「はぁ……」
……あれ?
小さく吐息を漏らし、乱れた髪を
「ところでお前部活はどうしたんだ? この時間なら、普段はまだやってるんだろ?」
「ああ、今日はたまたま野球部とグラウンドの使用時間が交代になってな。軽くランニングだけしてお開きになったんだ」
なるほど。確かに改めて見れば、本人の言った通り部活帰りらしく、陽人は上下共にウィンドブレーカー姿だった。
対して僕はといえば、まだ十一月上旬ということもあって、薄手のコートに青のジーンズ姿だ。制服が存在しないうちの学校は、基本的には私服登校なのだ。
「そっか。……まだサッカー続けてるんだよな、お前は」
「当たり前だろ、スポーツ推薦で入ったんだから。それに何たって、先輩が引退したせいで今は俺が部長だからな」
どこか得意気にそう言ってから、陽人は何故か苦笑する。
「でも、お前がうちの学校に来てたら、俺が部長ってことはなかったと思う。正直言って、俺に人を纏めるのは荷が重い」
「……何かあったのか?」
「いや……まだ、何もない。でもお前も知ってるだろ? 俺がコミュニケーション壊滅的だってこと」
「ああ……まあ、そうだな」
……まだ治っていないのか。
虐め。ごく有り触れたこの言葉は、どんな場所にでも転がっている。それは学校、或いは職場……若しかしたら、本来は安まるべきはずの家庭の中に、ということも残念ながらあるかも知れない。
不思議なことに、どれ程優れ、また善良な人間であったとしても、所属する集団が虐めを始めれば、多くは自分も参加、
嘗て、アメリカのスタンフォード大学でこんな実験が行われた。新聞広告などで求人募集した一般人二十一人を看守役と受刑者役にそれぞれ別け、模型の刑務所内で二週間過ごす、というものだ。だが、実験はたった六日間で中止となる。看守役が次第にエスカレートし、禁止されていた暴力まで受刑者役に振るい始め、遂には受刑者役の家族達が弁護士を連れて中止を訴えたからだ。
実験の指導者であった心理学者のフィリップ・ジンバルドーは会見を開き、こう釈明した。自分自身もその状況に飲まれてしまい、危険な状態であると認識できなかったのだ、と。
結果としてジンバルドーは、実験終了から約十年間、それぞれの被験者をカウンセリングし続けることになる。
スタンフォード監獄実験と後に呼ばれることになったこの実験から解ったことは、権力への服従と非個人化だ。
僕は、この権力への服従と非個人化が、虐めが行われている集団にも発生しているのだと思う。弱者を虐げる悦びと、状況という名の空気に飲まれる加害者と被害者、そして傍観者。こう考えると、スタンフォード監獄実験と虐めは、根本的には何も違いがないことが解る。そして、たった六日間で十年間ものカウンセリングを必要としたこの実験と虐めに根本的な違いがないのだとすれば、一体虐めの被害者の心の傷は、完治するのにどれ程の時間を要するというのだろうか。
そして、陽人も小学生の頃……といっても、確か三年生から四年生までの二年間だったはずだが、クラスで虐めを受けていた。スポーツ万能で勉強も出来、おまけに容姿も良い――まるで物語の主人公のような彼への嫉妬が、小学生ながらに根深かったことをよく覚えている。ある意味、これ以上の標的はいないだろう。
そんな虐めの遠因は兎も角、切っ掛け自体は取るに足りない、ほんの些細なことだったと思う。だが、誰かを陥れる理由など、その程度のことで充分なのだろう。結局、陽人に対する虐めは五年生のクラス替えまで続き、彼の心に深い傷を負わせることになった。
結果として、陽人は人と上手く話せなくなった。人と目を合わせると、不意に当時の恐怖が甦るのだという。
スタンフォード監獄実験の被験者達がそうであったように、一度破壊された自意識はそう簡単に治りはしない。
「もし治るとすれば、それは――」
時は、苦しみや争いを癒す。何故なら人は変わるからである。もはや
「は? 何か言ったか?」
「いや、何でもない。只の独り言だよ」
頭に浮かんだ一節を、しかし口には出さずに打ち消した。
「そうか、ならいいけ――げっ」
言いかけ、突然呻き声を上げる陽人。
「どうした?」
尋ねながら、陽人の視線を追う。
その先には、くすんだ金髪と茶髪の――僕とはどうあっても相容れないであろう同い年くらいの私服の女子が二人。
どうやら向こうも気付いたらしく、こちらへ駆け寄ってくる。
「やっぱりぃ~影山君じゃん!」
「どしたの? まだ部活のはずでしょ?」
「え? ああ、いや……」
言い淀み、明らかに困惑している陽人。対して金髪と茶髪は媚びるような笑顔。
ああ……何と無くだけど、察した。
「野球部と練習時間が入れ替わったんだ。だから、今は一応部活帰り」
陽人が愛想笑いと一目で解る笑みを浮かべて事務的にそう言うと、それを知ってか知らずか彼女達の目の色が変わる。
「あ! じゃあさ、今から三人でカラオケでも行かない?」
「良いね、良いね! いこいこ!」
何が、じゃあなのか。
まるで僕のことなど目に入っていないかのような二人を醒めた目で見ていると、向こうも今やっとこちらに気付いたといわんばかりに僕へと視線を向けてきた。
「ところで影山君……その人、誰?」
僕に対し、あからさまな敵意を向ける声。
困惑した様子の陽人が答えられずにいると、片割れが結論を口にする。
「あれじゃない? きっと道に迷って影山君に教えて貰ってたんだよ」
「うわぁ! 影山君優しぃ~!!」
電車の中で道を尋ねる奴がいてたまるか。
やはり彼女達は、僕が会話の内容を理解していないと思っているらしい。
「陽人、こちらの二人は?」
僕は敢えて訛りを入れたりはせずに、普通に日本語を話す。たったそれだけで、二人は明らかに狼狽する。案外、根は素直なのかも知れない。
一方陽人とはといえば、僕の普段より幾ばくか高い声、そして口調に目を白黒させる。
「あ、ああ……白井さんと菊池さん。俺のクラスメイトだよ」
なんだ、クラスメイトの名前、ちゃんと覚えてるんじゃないか。
しかし、やはり陽人と彼女達が特別親しい――少なくとも放課後に遊びに行く程度の仲――という訳ではないらしい。というか、明らかに迷惑そうだしね。
続行、と口の中で呟いてから、柔和な表情をつくり二人に向かって会釈する。
「初めまして、わたしは
「「「は?」」」
僕の狂言に、三人分の疑問符が重なる。
……いや、そこでお前まで驚いちゃ駄目だろ。
「今日はこの後、陽人に東京の案内をして貰う約束なんです」
ニコリと微笑み、更に駄目押しで陽人の腕に抱きついた。
「「な!?」」
「え? 何これ……え?」
事態を未だ把握出来ていないらしい陽人は只々驚いているだけだが、二人の表情は明らかに異なっている。
『次は~――降り口は~……――』
さあ、最後の仕上げだ。
「もう、恥ずかしがっちゃって。――そういうことなので、お二人には申し訳ありませんが、陽人はこのまま貰っていきますね」
言い終えると同時、揺れと共に車両が止まる。
「それでは、お二人とも失礼します。さ、行こっ」
満面の笑みでそう言って、見せ付けるように陽人の腕をがっちりホールドしたまま電車から飛び出し、勢いそのままにホームをひた走る。
途中、ちらりと背後を伺い見たものの、流石に追ってくる気配はなかった。
それから人混みを縫うように駆け、改札を出たところで僕らはやっと足を止めた。
息は上がっていないが、僅かに額が汗ばみ、前髪が張り付いている感覚がある。思えば、全力で走ったのは結構久しぶりかも知れない。
「はぁ~……疲れた」
それにしても、最後のあの二人……もの凄い形相でこちらを睨んでいた。目論見通りとはいえ、二度と顔を合わせたくはないな。
そんなことを考えていると、何故か青い顔をしている陽人が、いきなり僕の両肩を掴んで揺さぶり始める。
「ひ、光だよ……な? 決して俺の親戚ん家に居候してるLysなどという外国人じゃないよな!?」
「落ち着け! というか痛いから!」
手にかなり力が入っているのか、掴まれた肩が痛い。
「わ、悪い!!」
「うわっ」
バッと音が出そうな勢いで離すものだから、今度は
「ぶっ」
勢い余って陽人の胸へと顔面から突っ込んでしまった。
「
鼻……鼻打った……。
鼻を押さえ、若干涙目になりつつ後退る。
「だ、大丈夫か?」
「ううっ……」
幾らサッカーを辞めて久しいとはいえ、ここまで足腰が衰えているとは思わなかった。情けなくて陽人の顔をまともに見れない。
……こうなったら、ジョギングでも始めようかな。
………………。
と、兎に角! 今は陽人が何かコメントを出す前に、強引にでも話を元に戻す。
「Lysってのはデンマーク語で光って意味。向うは僕のこと外国人……しかも女の子だと思ったみたいだったから、それに合わせたんだ」
「……焦ったぜ、遂にお前が壊れてしまったのかと」
「遂にって何だよ?」
まるで、前々から僕がどうにかなると思っていたかのような口振りじゃないか。
「こ、言葉の綾ってやつさ」
「絶対嘘だ」
「…………」
尚も胡乱気な眼差しを向け続けると、陽人はやがて観念したのか降参だとばかりに両手を挙げてみせる。
「はぁ……悪かったよ、けどまあ、正直助かった。俺、あの二人……苦手でさ」
「見れば解るよ。余りにもしつこい様なら、いっそ僕のことを彼女とでも言っておけ。その為に、あれだけ敵愾心を煽ったんだからさ。我ながら策士だろ?」
「――だから女は怖いよな」
誰が女だ、誰が。
反射的にそう思ったが、どうやら陽人は僕に対して言った訳ではないらしい。
真っ直ぐ陽人の顔を見詰め、耳を傾け次の言葉を待つ。
「いや、女だけじゃない。何て言うかさ……怖いんだよ。少し前まで悪意を向けられてたのに、何時の間にか好意に変わって。だけど、これも所詮一時的なもので、また悪意に変わるんじゃないかって。期待した分だけ、裏切られる時は辛いもんだろ?」
「陽人……」
それは、僕にはどうすることも出来ない。解決してやることも、力を貸すことも。
それがもどかしくて、思わず歯噛みする。
「でもさ……お前が全然変わってなくて、嬉しかった。昔から、お前だけは何も変わらない。……お前だけは、俺の知ってるまま変わらないでくれ」
そんな僕を余所に、子供ような無邪気な笑顔を浮かべる。そして――
目と目が合う。逸らされていた視線が交錯する。
それは友情の証明か。それとも、もっと別の何かなのか。
「何だよそれ、告白みたいだぞ」
「っ……な!? ……お前なぁ!!」
どちらにせよ、僕はそれを笑い飛ばす。
「変わらない物なんて、この世界には存在しない。お前も、お前の周りも、これからもまだまだ変わっていく。僕だって、勿論例外じゃない。それでも、それを受け入れて生きていかなきゃいけないんだ」
そして、それが癒しになる。きっと、お前は立ち直れるよ。
そんな祈りを込めて微笑んだ。
すると、陽人は一瞬惚けたような顔をして、何事かぶつぶつと呟き始めた。
「ホント、昔から変わらねぇよ、お前は。お前のそういうところが……」
「は?」
「いや、何でもないさ。……取り敢えず、今回は本当に助かった」
そう言うと、陽人は仕切り直すようにフッと鼻を鳴らし、とんでもないことを言い出す。
「ところで話は変わるが、来週の日曜日俺ら試合なんだ。結構デカい大会でさ。……それで、もし俺らが優勝出来たら、その暁には」
「その暁には?」
「お前がメイド服を着て、『……ご主人様……わたし、ご主人様のことが……好き!』と俺の耳元で囁いてくれ」
「――……は?」
ごめん、よく聞こえなかった。
いや、聞こえはした。だが、恐らくは幻聴の類いだろう。そうに違いない。
「だーかーら! お前のさっきの演技力をフルに使って『……ご主人様……わたし、ご主人様のことが……好き!』と――」
「阿呆か!!」
残念ながら幻聴ではなかったらしい。今度こそ怒りに任せ、右ストレートが陽人の顔面に吸い込まれる――と自分でも思ったのにも関わらず、寸前で急停止する。
……やはり、僕の中の理性の番人は、度し難い程に頑ななようだ。
けれども、それで良いのかも知れない。きっと相手を殴るときは、自分だって同じくらい痛いのだから。
「危ねぇなぁ~……別に減るもんじゃないし良いだろ? それにさっきは」
「それはそれ、これはこれだ。というか、僕がそんなことして嬉しいのか? 解ってるとは思うけど、男だぞ、僕は」
「大丈夫だ、問題ない」
いや、問題しかないだろ。そもそも何故こいつはメイド服をチョイスしたんだ……。
生憎、僕に女装癖はない。女物のコスプレなんて絶対に嫌だ。嫌だけど……。
もし、宣言通りキャプテンとしてチームを引っ張り見事優勝することが出来れば、嘗て失ってしまった自信を取り戻すことも可能なのではないか。そして、今僕がメイド服を着てやると約束することで、それが少しでも陽人のモチベーションの向上に繋がるのだとすれば――
「はぁ~……」
「あっ! おい!」
駅舎の中を出口に向かって早足で歩く。後ろは振り返らない。足音で付いて来ているのが解るからだ。
そして、扉を潜りようやく外へ出たところで、回れ右の要領でくるりとターンして陽人と対面する。
「解った、着てやるよ」
「は? ――え? マジ?」
不承不承という
呆れた奴だ。……自分で頼んでおいてそこまで驚くか。
「何だよ、嬉しくないの? それとも冗談だった?」
眉根を寄せて仰ぎ見ながらそう尋ねると、陽人はブンブンと音がしそうな勢いで首を左右に振る。
「いや、滅相もない!」
「ふぅん……まあ、なら頑張りなよ」
「お、おう! 超頑張る!!」
……良い返事だ。
軽い頭痛を覚えながらも、僕らは肩を並べて帰路を歩き始めた。
漆黒の復讐者を書いてる途中で思いついたネタです。
男の娘が好きな自分としては、GGOキリトをSAOに送り込むのも考えましたが、今回もオリ主ということになります。