「で、君は一体何者かね?」
僕が雁夜さんの紹介で、時臣に会った時の第一声がそれだった。
「君が『聡明な子供』という理由だけでは、雁夜君から聞いたことを信じることは不可能だ」
そこまで言うと、時臣は厳しい目つきで僕を睨みつけた。
どうやら、魔術師が子供のふりをしているとか疑っているのか?
これは下手な回答はバッドエンドになりそうだな。
「自分でも理由はわかりませんが、ある日気が付くと、学んでないこと、知らなかったことなどを理解していました。
その時に得た知識から判断すると、何らかの方法で誰かから知識や情報を受け取ったのではないか、いわゆるテレパシーで知識などを受信でもしたのではないかと判断しました。
しかし、家族がテレパシー能力を持っているようには見えなかったので、先祖に同じ能力を持った人がいないか調べていたところ、魔術書が入っていた箱を見つけたわけです。
とはいえ、当然ながら僕程度の知識と学力では、その魔術書をほとんど理解できませんでした。
雁夜さんと出会い、時臣さんを紹介していただけたのは本当に幸運でした」
嘘は言っていないぞ、嘘は。
一部隠して隠していることがあるし、言葉を選んでいるところはあるし、誤解しやすいような表現を使っているところはあるけど。
僕を睨みながら時臣はしばらく考え込んでいた。
「……ふむ、どうやら嘘は言っていないようだな。
となると、君の言う通り、無意識でテレパシーが発動して周りの人間から知識を奪って身に付けたか。
……あるいは君の先祖の魔術師が何らかの仕掛けを施しておいて、それが発動して知識を手に入れた可能性もあるな」
ああ、用意周到なご先祖様のことだから、実際にそういうことがあった可能性も否定できないな。
そこで、初めて時臣は睨みつけるのを止め、表情を緩めた。
「いきなり失礼なことを言ってすまなかったな。
もしかしたら、どこかの魔術師の罠ではないかと疑っていたのだよ」
そう言うと、意外にも時臣が笑顔を見せた
……まあ、どこまで本音かは分からないけど。
「それでは改めて。
ようこそ、遠坂家へ。
私が当主の遠坂時臣だ」
「初めまして。
僕の名前は、八神遼平です。
本日はお時間を取っていただき、ありがとうございます」
「ふむ、知識を得たとはいえ、年に見合わぬ聡明ぶりだな。
しかし、……八神?
もしかして、それは?」
「はい、私は遠坂家の隣に住んでいる八神家の子供です」
「まさか、隣に魔術師の末裔が住んでいたとは驚いたな。
まあいい、ともかく事情を聞かせてもらえるかな?」
「はい、わかりました」
こうして、何とか平和的にファーストコンタクトに成功し、僕たちは客間に入った。
が、穏やかな会話のスタートとはいかなかった。
「八神君と話す前に、桜ちゃんのことを話すのが先だ。
……その様子だと、何か臓硯について情報を得られたのか?」
客間に入り扉を閉めた瞬間、いきなり雁夜さんが発言してきた。
「その通りだよ。
君が話した状況証拠の補強にしかならないが、間桐家に嫁入りした女性がほぼ全員、間桐家を継いだ子供を産んだ直後に死亡していることの確認が取れた。
正確には、君は間桐家を継いでいないわけだし、魔術回路を持たない慎二君しかいないのに鶴野氏の妻はすでに亡くなっているが、嫁入りした女性が全員生きていないことには変わりはない」
「つまりそれは?」
「君の予想通りだろう。
間桐家を継ぐに相応しい第一子が生まれればその時点で母を処分し、そうでない場合は相応しい子供が産まれるまで生かしておいたようだな。
臓硯は、一体何を考えてこんなことをしているのだ!
……桜が同じ目に合ったかもしれなかったと、考えただけでもぞっとする」
取り返しのつかないミスを犯す前にそれを防ぐことができて、時臣は本当に安堵しているように見えた。
「全てはお前の調査不足が原因だろう。
これぐらいのこと、その気になればいつでも調べられたはずだ」
「……確かにその通りだ。
それについては言い訳のしようもないな」
意外にも自分の非を素直に認めると、時臣は改めて雁夜の方へ向き直った。
「このような結果となった以上、君の言う通りマキリの修行は、とても魔術の修行とは言えない内容に変わってしまった可能性が高そうだね。
……正直私は、間桐を継ぐのを拒否した君のことを嫌っていたのだよ。
しかし、間桐家において女性は『子供を産む道具』でしかなく、役目を果たせばすぐに処分され、後継者も『修行という名の蟲による拷問』を体験させられ、その結果が『臓硯の操り人形』でしかないならば、……確かにそんな環境ならば、私であっても後継者となることを拒否し、実家とは縁を切っていただろう。
『私ならば、実家とは縁を切った後に真っ当な魔術師に弟子入りして魔術師になっていた』と言いたいところだが、魔術についての知識がマキリの業しかなければ、……さすがに私でも魔術師を目指したかどうかは自信が持てない。
……本来、『臓硯を始末し、間桐家をあるべき姿に戻し、聖杯戦争を維持すること』が間桐の後継者の役目と言えるだろうが、……衰える一方の間桐の後継者に何百年も生きる臓硯を始末しろ、というのはどう考えても無理だと言わざるを得ない」
「ああ、俺の力で臓硯を殺せるのなら、とっくの昔に殺している」
「そうだな。
君にその力はない、か。
……間桐家はもう完全に終わってしまったのだな」
「何を今さら。
遠坂家が今までそのことに気付かなかったことがおかしいぐらいだ。
……いや、それだけ臓硯が狡猾だったのかもしれないがな」
二人はその後沈黙してしまった。
時臣は聖杯御三家の一角の実質的な崩壊を悲しみ、雁夜さんは自分の無力さを嘆いているのだろう。
「間桐家の話はここまでだ。
八神君の話に移ろう」
時臣は僕に鋭い視線を向けた。
「簡単な事情は雁夜君から聞いているが、改めて君から説明してもらえないかな?」
「わかりました。
それでは僕が魔術師の末裔であった経緯を説明します」
こうして僕は、次のことを時臣に説明した。
・家宝として伝わる『開かずの箱』を見つけたこと。
・『特殊な素質を持つ子孫だけが開けることができるから、開けることができた子が見つかるまで箱を受け継ぐこと』と言い伝えが残っていたこと。
・僕が試すとその箱が開いて、色々入っていたこと。
・箱の中にあった古文書によると、先祖が魔術師であり、先祖は管理地を追い出され、先祖の子供は魔術回路が閉じてしまった子孫のため、色々と対策を講じたらしいこと。
なお、旧仮名遣いで書かれていて理解できない部分が多かったので、雁夜さんに手伝ってもらって読んだこと。
・箱には『魔術書』『魔術刻印ごと切断してミイラ化した腕』『先祖伝来の知識を伝授した使い魔(封印中)』が入っていたこと。
・雁夜さんに魔術師の師として時臣さんを紹介してもらうことになったこと。
「なるほど。
君の先祖は子孫の為、最大限努力したのだね。
それは素晴らしいことだ。
管理地を奪われ、子孫が魔術回路を開けなくなったのは恥ずべきことだが、……これだけの物を残し、ついに後継者たる君の手に渡せたことは誇るべきことだ」
時臣の琴線に触れたのか、彼は僕のご先祖様を本気で褒めているように見える。
「そして『先祖から残された魔術を身に付ける為、君は私に弟子入りを希望し、対価としてその魔術を私に提供する』という認識で正しいかね?」
「ええ、その通りです。
ただ、後でトラブルが発生しないように契約書を作成してもらえますか?
雁夜さん、すいませんが手伝ってください」
「ああ、任せてくれ」
自分でもチェックできるとは思うがあまりにも異常なところを見せるのを避ける為、事前の相談通り契約内容のほとんどを雁夜さんに決めてもらった。
<遠坂時臣と八神遼平の契約>
・八神遼平が遠坂時臣に弟子入りし魔術を習う。
内容は、八神遼平に対して、魔術回路の作成、魔術の教育(八神家の全ての魔術を含む)、魔術刻印の移植の実施。
・遠坂時臣は、八神遼平の後見人となる。
・八神遼平は、遠坂時臣への対価として、八神家の魔術書に記載されている全ての魔術技術を提供する。
・八神家の魔術技術は、遠坂家の外部へ公開することを禁止する。
・遠坂時臣は、八神遼平と一緒に遠坂桜に対しても、魔術の教育を行う。
・遠坂時臣は、八神遼平を遠坂桜の婚約者候補として扱い、遠坂時臣によって取り消されるまでその権利を保持するものとする。
この契約書を作成し、時臣と雁夜さんが確認して問題がないことを確認し、僕は雁夜さんに分かりやすく説明してもらった後、その場で契約を締結した。
最初は、時臣に提供するものを『八神家の全魔術』としようかとも思ったが、よく考えるとそんなことを書いてしまうと、今後僕や僕の子孫が編み出した新しい魔術も全部遠坂家に提供しなければならなくなる。
さすがにそれはまずいので、『八神家の魔術書に記載されている全ての魔術技術を提供』とした。
これなら、今後新しい八神家の魔術を編み出したとしても、遠坂家へ提供する義務はなくなる、はずだ。
「では、まずは君が見つけた家宝の箱を見せてもらえるかな?」
「分かりました。
これが、僕が開けることができた家宝の箱です。
……僕は何もしていませんが、ご先祖様が何か仕掛けている可能性もあるので、気を付けてください」
「まあ、当然だろうね。
大丈夫、油断をするつもりはないよ」
そう言うと、時臣は油断せずに慎重に箱に触れ、魔術書を取り出すとすぐに読み始めた。
「……ふむ、確かに優れた魔術が記されているようだな。
じっくりと読みたいので、自室で調べさせてもらうよ」
こうして、八神家の魔術書に書かれた魔術技術の権利を手に入れた時臣は、八神家の家宝の箱を抱えて自室に籠った。
調査に時間が掛かりそうだったので、雁夜さんは葵さんたちと話し始め、僕は凛ちゃんと桜ちゃんと遊んですごした。
夕方になって、やっと時臣が自室から出てきた。
その表情は喜びを隠しきれずにいて、かなりの成果があったことが容易に想像できた。
僕と雁夜さんと時臣の三人で客間に入ると、すぐに時臣は僕に話しかけてきた。
「八神家の魔術は素晴らしかった。
まさか、これほどまでの魔術が人知れず眠っていたとは!」
「一体どんな魔術だったのですか?」
「英霊召喚だよ」
はっ、英霊召喚?
それって一体?
あまりに予想外の言葉に、僕は思考停止してしまった。
「正確には降霊術だな。
君の先祖は、『降霊術を使って英霊の力の一端を借り受ける魔術』を使っていたようだ。
そしていずれは、『完全な英霊の分身を召喚して根源に達する儀式を行わせること』で、根源の渦に至ろうと考えていたらしい」
おいおい、それってようは『聖杯戦争もどきを八神一族だけでやろうとしていた』ってことか?
いや、確かメディアは『魔法使いと同格かそれを上回る』レベルだったはず。
つまり、『メディアの召喚と現界維持に成功し、メディアの協力を得ることができれば、根源に至るのは十分に可能』だということか。
……まあ、時間とかお金とかはかなり必要となるだろうし、メディアが協力してくれるかがかなり怪しいし、それ以前に聖杯戦争以外で英霊の完全な分身を召喚&維持するなんて無理難題なんだけど。
とはいえ、ちょっと考えただけでも、英霊を召喚する聖杯戦争で有効活用できそうな魔術なのは間違いない。
冬木の地が一族に適していたのは事実だろうけど、子孫が魔術師として覚醒したら、聖杯戦争に参戦させてサーヴァント召喚のノウハウを奪わせるのもご先祖様の目的だっただろうか?
それとも、聖杯戦争に参加させ、八神家の降霊術を組み合わせて強力なサーヴァント(キャスター)を召喚して、聖杯戦争そっちのけで根源に至る儀式を行わせるつもりだったとか?
……この予想があっていれば、本当にどこまでも用意周到なご先祖様だったんだな。
「遠坂家も降霊術を修めているが、明らかに君の家の降霊術の方が優れている。
その代わりと言っては何だが、君の家は『降霊術』に特化しているらしいな。
降霊術以外の魔術は、全て降霊術のサポートのために使っていたようだ」
おやおや、八神家は一点特化型だったわけか。
それじゃあ、戦闘力が乏しいとか、応用が効かないとかで、管理地を奪われることになったのも納得できるな。
英霊の力の一端を借り受ける魔術だけでは、物量戦を仕掛けられたら勝つのは難しいよなぁ。
英霊そのものなら一騎当千とか宝具とかで物量戦相手でも蹂躙できるだろうけど、『人間の体に宿らせた英霊の一部の力』程度ではどう考えても物量戦に対抗するのは限界がある。
同じ一点特化型でも錬金術専門のアインツベルンの場合、戦闘タイプのホムンクルス投入によって物量戦にも対抗できるし、しかもホムンクルスによる特攻もありだから戦力と言う意味では比較にならないな。
「君のご先祖は、かなりのレベルで英霊の力を使うことができていたらしい。
……ところで、君は冬木の地における聖杯戦争について知っているかね?」
「はい、聖杯を手に入れる為、サーヴァントを召喚した7人のマスターが争う儀式だと聞いています」
「そうだ。サーヴァントとして英霊を召喚する技術は遠坂家が担当したのだが、遠坂家の専門は宝石魔術でね。
聖杯の力を借りない場合、遠坂家の降霊術だけでは、英霊を召喚することも、英霊の力を借りることもできない。
しかし、八神家の降霊術を習得すれば、サーヴァント召喚後に召喚したサーヴァントの力の一部を流用して、私がその力を使えるようにすることも可能になるだろう」
おおおおお、それが事実ならとんでもなくすごいことだぞ!!
……そういえば、原作で凛が「肉体面でもサーヴァントと共融して擬似的な『不死』を得たマスターがいた」とか言っていたな。
それが事実なら、『共融』ではなく、『降霊術』を使うことで似たようなことができても、……おかしくないか。
ただ、時臣がサーヴァントとしてギルガメッシュを呼ぶつもりなら、全く意味がないだろうな。
なにせ、視界の共有すら拒絶したんだ。
自分の力を貸し与えるなんてことするはずがないな。
……それ以前に、ギルガメッシュに戦闘用の技能はないから意味ないか。
「黄金律」スキルなら、個人的にはぜひ借りたいところだけど。
スキルではなく、パラメータ(身体能力)の一部を借りるのは、……どう考えても無理だな。
それはつまり、自分の体に桁違いに強力な強化魔術を行使するようなもので、制御に失敗して体が爆散するのが目に見えている。
「聖杯戦争で有利に戦うことよりも、サーヴァントに裏切られない方法を考えなくていいのか?
根源に至るためには7体のサーヴァントの魂が必要である以上、お前は自分が召喚したサーヴァントを絶対に殺さなくてはいけない。
そのことをサーヴァントが知れば、どんなサーヴァントであってもお前を裏切るだろうよ。
いや、お前の方が最初から裏切るつもりだったんだから、お前の本心を知ってサーヴァントが報復する、と言った方がいいか?
……一体、どうするつもりなんだ?」
雁夜さんに現時点の最大の問題点を指摘された時臣は、昨日と同じく頭を抱えてしまった。
雁夜さんはそれをいい気味だと笑って見ている。
「……正直まだ何も思いつかない。
君の言うとおりだ。
サーヴァントは、自らの望みを叶える為に聖杯の招きに答える。
それが、散々戦わせておいて聖杯を手に入れる直前で殺されると知れば、どんな英霊であろうと私を殺してもおかしくない。
……いや、殺すのが当然だろう」
まあ、それが普通だよな。
……あ~、満足できる戦いを求めて召喚に応じたクー・フーリンなら、最初に事情を説明して、思う存分満足できる戦いを満喫できれば、敵をすべて倒した後なら自害してくれるかもしれないけど。
……まあそれだって可能性は0じゃない、というレベルだしなぁ。
「いい解決策があるぞ?」
時臣が悩んでいる姿を思う存分堪能して溜飲を下げた雁夜さんは、僕がアドバイスしたアイデアを時臣に教えることにしたようだ。
「何かね、それは?」
「簡単なことだ。
まず確認だが、遠坂家の目的である根源に至るためには、7体のサーヴァントの魂が必要。
これは事実であり、このことを間桐家、アインツベルン、そして聖堂教会に知られているんだな?」
「その通りだ。
君の言う予知情報が事実なら、その3勢力の誰かがギルガメッシュに教えたのだろう」
「なら、対策は二つある。
一つ目は、次の聖杯戦争でサーヴァントを8体召喚させればいい。
そうすれば、ギルガメッシュを自害させなくても、7体のサーヴァントの魂が揃うだろ?」
「……8体だと?
いや、確かにその手があったか!
第三次聖杯戦争でエーデルフェルト家は姉妹で参加し、サーヴァントを善悪両方の側面から二体召喚していたとの記録があった。
これを今回も再現できれば、あるいは8人目のサーヴァントを召喚させることができれば、……確かに全く問題ない!」
確実性の高い解決策に気付き、喜びに打ち震える時臣を冷ややかに見ながら、雁夜さんは説明を続けた。
「二つ目は、協力者に強力なサーヴァントを召喚させ、ギルガメッシュが裏切る気配を見せたらすぐに自害させ、その後は協力者のサーヴァントが勝者となるように戦えばいい。
協力者とサーヴァントの許可があれば、サーヴァントのマスター権限を譲ってもらうのもありだな」
そう雁夜さんが言った瞬間、ぎくりとして時臣は雁夜さんを見た。
「君は、……知っているのか?」
「ああ、協力者の代行者についてなら予知能力者に聞いたぞ。
だが、彼にはアサシンを召喚させるつもりなんだろう?
ギルガメッシュのスペアとして、聖杯戦争に勝てるサーヴァント召喚するのは俺さ」
「君が、かい?」
「そうだ。
これも予知能力者に聞いたことだが、彼が見た未来において僕も聖杯戦争に参加したらしい。
聖杯を手に入れたら、間桐家から桜ちゃんを解放することを条件に臓硯に協力して、な。
ただし1年しか修業期間が無かったから、臓硯の元で相当無茶な修行をしたが、……今からなら普通の修行でも何とかなるはずだ。
お前は俺を新しい弟子として鍛え、俺はサーヴァントを召喚してお前のフォローをする。
……どうだ?
いい取引だと思わないか?」
「君は、……聖杯で叶えたい願いはないのか?」
「俺の望みは、凛ちゃんや桜ちゃん、そして葵さんの幸せだ。
そのためなら、お前に協力してやるし、聖杯もお前に渡してやろう」
時臣は少し黙り込むと、別の質問をしてきた。
「サーヴァントはどうするつもりだ?
サーヴァントも聖杯を求めて召喚に応じるのだぞ。
……いや、それ以前に、わずか1年しか鍛錬していない魔術師もどきが、未来において一体どんなサーヴァントを召喚したというのだ?」
「クラスはバーサーカー、真名は湖の騎士ランスロット」
雁夜さんは極めて冷静に答えたが、時臣は予想外の大物登場に驚愕した。
「なんだと!?」
「そんな大物をバーサーカーとして呼ぶなんて無茶をした結果、魔力供給だけで常に限界ぎりぎりだったらしいが、その分強さは折り紙つき。
幸運もあったが、聖杯戦争の終盤まで生き残ったらしい。
詳しいことは教えてくれなかったがね。
……とはいえ、結局聖杯を手に入れることもできずに死んで、臓硯の元から桜ちゃんを助けることはできなかったのは確からしい。
だが、俺がランスロットをバーサーカーとして召喚すれば、サーヴァントの裏切りは考えなくていい。
何せ理性を失っているんだ。
暴走する可能性は高いが、俺を裏切る可能性はないと言っていいだろう?
バーサーカーを維持する魔力量が唯一にして最大の問題だが、……こればかりは3年間の修行で努力するしかないな」
しばらく沈黙が続いた。
時臣は雁夜さんの言葉の内容を吟味しているのだろう。
「君の言うことを全て信じることはできないが、……君がマスターとなり私に協力してくれれば、聖杯戦争がさらに有利になるのは間違いない。
……問題は、君を信じきれないことだが「別に今すぐ聖杯戦争が始まるわけじゃない」
時臣はさすがに迷っていたが、雁夜さんは言葉を遮って説得に入った。
「予知が正しければ、聖杯戦争は大体三年後だったはずだ。
それまで僕をお前が魔術師として鍛え、信頼できると確信できたら協力させ、信頼できないと判断したら僕から令呪を奪って他の信頼できる奴に渡せばいいだろう?
……まあ、俺が本当に令呪を手に入れられるかどうかは、わからないけどな」
「……それが妥当なところか。
君のおかげで桜が、そして私たちが助かったのは紛れもない事実だ。
その対価として、君の弟子入りを認め、魔術師として鍛えることを約束しよう。
そして、聖杯戦争で協力してもらうかどうかは、君の言うとおり時間を掛けて見極めさせてもらうぞ」
「その件ですが、僕は雁夜さんにはお世話になっているので、雁夜さんだけでしたら八神家の魔術を伝授しても構いませんよ。
もちろん、締結した契約を修正して、八神家の魔術提供者に雁夜さんのみ追加とします」
「それは助かるな」
それを聞いた時臣は一瞬驚愕の表情を浮かべた後、すぐにその表情を隠した。
「いくら恩人だといっても、自家の秘伝の魔術を教えることは絶対にやってはいけないことなのだが……。
……とはいえ、協力者の手札が増えた方が有利なのは事実だ。
よかろう。八神家の魔術を、雁夜君にも教えるとしよう」
こうして僕と雁夜さんは時臣師に弟子入りし、魔術の基礎と八神家の魔術を習うことになった。
当然、僕と雁夜さんは完璧な初心者であり、同じく初心者である桜も一緒に教わることになった。
なお、雁夜さんからの提案ということで、聖杯戦争参加者はもちろん、聖堂教会からも『僕たちが時臣師の弟子であること』を隠すことになった。
これは、弟子であることすら隠すことで、聖杯戦争の際に時臣師の協力者であることをより完全に隠蔽する工作である。
当然これは、ラスボスの一人である綺礼から僕たちの存在を隠すためである。
その為、僕たちと時臣師は直接顔を会わせることをできるだけ避け、魔術の指導は可能な限り使い魔経由でしてもらうことになった。
修行場所は雁夜さんが冬木市に借りた一軒家で行い、そこに僕と桜ちゃんが遊びに行き、実は三人が時臣師の遠距離授業を受けるという形式である。
ちなみに、雁夜さんの家賃や生活費は、桜ちゃん救出の報酬の一部として時臣師から莫大な額の謝礼金をもらっており、それを充てることになった。
雁夜さんは仕事を辞め、近所との関係を最小限にして、偽名で暮らして存在を隠し、聖杯戦争開始までのほぼ全ての時間を修行に費やすことを決めていた。
……僕が焚き付けておいてなんだが、ものすごいやる気である。
直接時臣師を殺すつもりはなさそうだが、『予知情報通り時臣師が戦死したら、葵さんたちを守りつつ何としてでも聖杯戦争を生き残り、その後葵さんをゲットして幸せな家庭を作ろう』とか考えているのかな?
まあ、時臣師に対して不利益な行動を取るつもりがないなら問題ないし、どんなベクトルであれやる気があるのはいいことだ。
僕も置いて行かれないように、魔術の修行をがんばらないといけないな。
こうして、僕と桜ちゃんと雁夜さんの魔術初心者トリオによる魔術の修行はスタートすることになった。
そして、当然というべきか、僕の魔術に対する認識の甘さを、嫌と言うほど思い知らされることになったのである。
【備考】
2012.04.23 『にじファン』で掲載
【改訂】
2012.06.30 『遠坂時臣への対価として、八神家の魔術書に記載されている魔術技術を提供する』と訂正