ついに、雁夜さんと時臣との会見の日がやってきた。
事前に打ち合わせした通り、葵さんと雁夜さんの二人で時臣に説明することになっている。
まあ、雁夜さんが持っている盗聴器経由で、隣家(自宅)にいる僕も会話を聞き取れるようにしてもらったけど。
……そう、さすがは魔術師の家というべきか、電波は完全に素通りだったんだよね、これが。
魔術師が機械を使わなくても別に構わないけど、盗聴とかの対策は必要だと思うけどなぁ。
「さて、急に一体何のようかな?
葵から大事な話があると聞いたが、一体何事かね?」
時臣は、原作通り威厳のある(偉そうな)態度で対応していた。
「ご無沙汰しています、間桐雁夜です」
対する雁夜さんの声はかなり固かった。
「ああ、久しぶりだね。
元気そうで何よりだ」
時臣の方も言葉は優しいが、冷たい声だった。
やっぱり、時臣も『魔術を継ぐことを拒否した雁夜』が嫌いなんだろうな。
「それで私に何の用かね?
葵も一緒と言うことは、葵にも関係あることなのかな?」
「私も関係あるけど、雁夜君にも関わりがあることよ」
「葵さん、後は俺が話すよ。
時臣さん、いきなりですいませんが、あなたに伺いたいことがあります」
雁夜さんは気圧されることなく、時臣に対峙している。
何と言うか、僕でさえ頼もしさを覚えるぐらい気迫に満ちている。
「ふむ、何かね?」
「すでにご存じでしょうが、……間桐家は弱体化の一途をたどり、甥の慎二君は魔術回路がなく、それなりでしかありませんが魔術回路を持っている俺も間桐とは縁を切っています」
「ああ、それは知っているよ。
私としては君のお兄さんが新しい妻を迎えて、二人目の子供を作るものと思っていたがね」
まあ、それが普通の考えなんだろうなぁ。
「それなら話が早い。
俺が調べたところ、臓硯は貴方の娘を間桐家の養子として迎え、間桐の魔術を継がせようと考えているらしい。
本日伺ったのは、臓硯から養子の依頼があった際に、貴方はどう対応するつもりか知りたかったからです」
「そうか、それは良かった」
時臣は予想通り、雁夜さんの言葉に喜んでいた。
時臣のその答えに葵さんは動揺したらしく、何かにぶつかる音が聞こえた。
「良かった、だと?」
「ああ、そのとおりだよ。
君の言葉が事実なら、私は間桐家へ桜を養子に出そうと思っている」
「なぜ、……ですか?」
時臣の回答に激昂しかかったが、雁夜さんはぎりぎりで冷静さを保てたみたいだ。
「――問われるまでもない、愛娘の未来に幸あれと願ったまでのこと」
「……それは、桜ちゃんを魔術師にするため、か?」
「その通りだよ。二子を儲けた魔術師は、いずれ誰もが苦悩する
――秘術を伝授しうるのは一人のみ。
いずれか一子は凡俗に堕とさねばならないというジレンマにね」
その発言に対して、二人とも何も言わず、……いや何も言えなかったのか?
ともかく、邪魔が入ることもなく、時臣の説明は続けられた。
「とりわけ、葵は母体として優秀過ぎた。
凛も、桜も、共に等しく稀代の素養を備えて産まれてしまったのだ。
娘たちは二人が二人とも、魔導の家門による加護を必要としていた。
いずれか一人の未来のために、もう一人が秘め持つ可能性を摘み取ってしまうなど――親として、そんな悲劇を望む者がいるものか」
う~ん、『力を持つ者は、力を完全に捨てるか封印しない限り、自衛できる力を持たないと他者の獲物にしかならない』というのはこの世界の魔術師の常識らしいから、仕方ないといえば仕方ないのかもしれないけど。
……もうちょっと、融通を利かせられないのかなぁ?
「わ、私のせいなの?
凛と桜を必要以上の素質を持った体で産んでしまったから、あなたはそんなことをしようとするの?」
「何を言っているんだね。
私たちの子供が稀代の素質を持って生まれたのは、喜ばしいことに決まっている。
……しかし、魔性は魔性を招き寄せる。
本人が望まずとも、否応なしに関わることになるだろう。
そのような運命に対処する手段はただ一つ――自らが意図して条理の外を歩むことだけだ」
「……だから、だから、桜ちゃんを間桐家へ養子に出すのか!?」
「そうだ。聖杯御三家である間桐家からの養子の話が事実なら、まさに天恵に等しい。
これが実現すれば、桜も凛と同じく一流の魔導を継承し、二人とも自らの人生を切り拓いていけるだけの手段を得られるだろう」
時臣の言葉は自信と喜びに満ちていて、一切疑問を持っていないようだった。
対照的に雁夜さんは、怒りと憎しみが声から滲み出ている。
「……桜ちゃんが、凛ちゃんと同じく優れた魔導の才能を持っているから、自分の身を守るため、自ら魔導を継承しなければいけないのは理解できる。
他人に守ってもらうとしても、絶対はあり得ない。
ならば、自衛できるだけの知識と力を持つことが、一番確実だからな」
まさに、クロノアイズ方式だけど、この理屈は僕も納得できる。
原作の雁夜と違って、僕が『桜ちゃんが魔術師にならない場合の危険性』を事前に説明済みということもあり、狂気に犯されておらず冷静に判断できた雁夜さんはこの説明をすんなりと受け入れていた。
そのおかげで、まだ雁夜さんは冷静に対応できているようだ。
「だが、それなら、お前が桜ちゃんにも遠坂の魔術を教えればいいじゃないか!
魔術刻印を継がせることはできなくても、魔術の知識と技術を教えることは問題ないはずだ!!」
「君は自分が何を言っているのか理解しているのかね?
秘術を伝授しうるのは一人のみ。
この原則は、魔術師ならば絶対に守らなければならない。
……無論、秘術に含まれないレベルの魔術関連の知識と技術を教えることは可能だが、……それだけでは自衛の力として不十分だ」
さすがに最後の言葉は、悔しさが滲んでいた。
時臣も、『桜ちゃんに自分が魔術を教えること』は検討だけはしていたらしい。
「一応確認しておくが、桜ちゃんが間桐家でどんな目に会うか理解しているのか?」
「……ああ、君が心配しているのはそのことか。
水属性を持たない桜では、マキリの業をそのまま修めることはできないだろうが、……マキリの業は水属性を持つ可能性が高い桜の子供に継がせ、桜には桜の属性に合わせた魔術を教えてくれると考えている」
「つまり、桜ちゃんの意志を無視して、間桐家に嫁がせることは認めるのか?」
「そのとおりだよ。
魔術師は、『自らが受け継いだ遺産を子に受け継がせること』が義務だ。
桜もまた魔術師の家に生まれたからには、そのことを理解しているはずだ」
「俺が間桐家に戻らない限り、ほぼ確実に慎二君が桜ちゃんの夫になるんだぞ?
本当にそれでいいのか!?」
そろそろ冷静さを失いかけて声を荒げる雁夜さんだが、時臣はひたすら冷静に答えていた。
「確かに、魔術回路を持たない者が桜の夫になるのは不安だが、……なに禅城の血を引いているからな。
凛や桜と同じく、慎二君に眠るマキリの素質を最大限引き出した、優秀な魔術師の素質を持つ子供を産んでくれるだろう」
そういうことか!
何であそこまで時臣がおおぼけだったのか不思議だったけど、『臓硯は禅城の能力を一番必要としている』と思い込んでいたせいだったのか!!
雁夜も相当怒りを感じたらしいが、必死で冷静さを保って声を絞り出しているようだ。
「これも念のため確認しておくが、代々間桐の家に嫁いできた女性が、……どんな目にあってきたか知っているか?
当然、桜ちゃんの身にも未来において同じことが起きるだろうな」
「……そういえば、君の母や義姉には会ったことがなかったな。
いや、確か、……子供を産んだ後に揃って亡くなっていたか。
もしかすると、これは、……偶然では無いのかね?」
ここまで雁夜さんに言われて、さすがの時臣も不自然な状況だと気付いたらしい。
「ああ、偶然じゃないさ。
何せ子供を産んで用済みとなった女は、全員臓硯によって蟲の餌にされたんだからな」
「なんだと!?」
「それだけじゃない。
マキリの修行とは、体をマキリの蟲に慣らせること。
女を『子供を産む道具』としか考えない臓硯のことだ。
桜ちゃんを養子にとったその日から蟲に凌辱させ、水属性になるように徹底的に体を改造するだろうさ!!」
「馬鹿な、そんなことをすれば桜の素晴らしい素質が……「マキリの子供を産むだけの道具に、そんな配慮あるわけないだろ!
例え寿命が縮むような無茶な肉体改造であっても、『子供を産むまで生きていれば問題ない』とやりたい放題するだろうさ!!」
さすがの時臣も完全に予想外の話に動揺したようだが、雁夜さんは容赦せずに言葉の矢を続けて放った。
「……いや、待ちたまえ。
確かに『間桐家に嫁入りした女性達が出産後に亡くなっていること』は事実だが、それ以外に君の説明を証明するものはない」
しかし、さすがは遠坂家当主と言うべきか。
時臣はすぐに冷静さを取り戻し、雁夜さんの話の弱点を突いてきた。
「ああ、そうだな。
『俺が臓硯に聞いたこと』と、そして『俺がこの目で見た、兄さんが受けてきた修行という名の拷問の記憶』だけがあるだけで、証拠は何もないのは事実だ。
……兄さんも臓硯を恐れているから、問い詰めたとしても事実を話すはずもないしな」
しかし、この程度のことは想定の範囲内の回答だ。
「遠坂家の伝承に、『臓硯の所業』や『マキリの修行』について書かれているものはないのか?」
「私の知る限りでは、ない。
……だが、本当に桜を養子にするつもりなら、絶対に確認する必要がある」
「俺の言うことには、証拠がなかったんじゃなかったのか?」
雁夜さんの言葉を少しは信用したような口ぶりに、雁夜さんも不審を感じたようだった。
「証拠はないが、……『間桐家に嫁入りした二人の女性が出産後に死亡していること』や『臓硯が蟲使いであること』は事実だ。
『マキリが聖杯御三家としての当初の悲願を失っていること』は、私も認識している。
考えたこともなかったし、考えたくもないが、……臓硯が狂ってしまっているのなら、君が言ったことが行われている可能性は否定できない。
全てはこれからの調査結果次第だ」
次の瞬間、歩き出す音が聞こえた。
言葉通り、臓硯そしてマキリについて調査するために部屋を出ようと歩き出したのだろう。
「いくら間桐家が衰えたとはいえ、臓硯が健在なのは変わらない。
戸籍を調べれば、間桐家に嫁入りした女性が全員出産直後に死亡したことは分かるだろうが、『あいつが何をしてきたのか?』、『桜ちゃんに何をするつもりなのか?』なんて本当に調べられるのか?」
雁夜さんの鋭い質問に、足音はすぐに止まった。
たぶん、時臣も雁夜の言葉を否定できなかったのだろう。
「だが、そうなると、……君の言葉を証明するものは何もないということになるぞ?」
「別に問題ないだろう?
臓硯が養子の話を持ちかけてきても、その場で断ればいいだけのことだ」
「それは、……できない」
苦渋に満ちてはいたが、時臣は雁夜さんの提案を拒絶した。
「なんだと!」
「どうしてなの!?」
さすがに葵さんも我慢できずに抗議したか。
「明らかな証拠があるのならともかく、『状況証拠』と『間桐家を勘当された者の証言』だけでは、盟約に依った依頼を断るわけにはいかない」
ふん、『嫁入りした女性全員の出産直後の不審死』だけで理由としては十分だろうに。
時臣自身、聖杯戦争では監視役と組んでルール違反しまくる(予定の)くせに、何を言っているんだか。
「頭の固い奴だな!」
「あなた!」
当然、雁夜は怒り、葵さんは失望の声を上げるが時臣の回答はない。
しかし、……こんなこともあろうかと!
そう、こんなこともあろうかと、すでに雁夜さんに秘策を伝授済みなのである。
「そうか、なら賭けをしないか?」
「賭け、だと?」
予想外の台詞に、時臣は意外そうな声で尋ねた。
「ああ、そうだ。
俺が桜ちゃんの養子入りの話を知ったのは、偶然会った予知能力者から話を聞いたからだ。
彼から聞いていなければ、このことを知ったのは桜ちゃんが養子入りした後だっただろう。
彼はそれだけではなく、聖杯戦争に関する情報も少しだけ教えてくれた。
『お前が召喚する予定のサーヴァントを当てたら、桜ちゃんの養子入りを断る』というのはどうだ?」
「面白い話ではあるね。
だがそれだけでは、間桐家への桜の養子入りを断る理由にはならない」
「分かっているさ。
予知能力者が教えてくれたことに、優秀な魔術師、正確にはそうなるであろう存在があった。
そして俺はその子と会って事情を聞き、桜ちゃんを助ける方法を見つけたんだ」
雁夜さんの話に嘘はないぞ。
『予知能力者』=『優秀(?)な魔術師の卵の存在』と言っていないだけだからね。
「ほう、一体それは何かな?」
「彼はまだ凛ちゃんと同い年だが、優れた知性と素質、そして受け継ぐ予定の魔術刻印と代々伝わる魔術書を所持している。
彼は優秀な魔術師に弟子入りする対価として、師となる魔術師に魔術書の内容を全て公開する覚悟があるらしい」
「……正気かね?
幼いとはいえ、君が認めるレベルの優れた知性を持っているのだろう。
代々伝わる魔術を他者に提供するとは、一体何を考えている!?」
さすがの時臣も、完全に予想外、というか魔術師にとって常識外、いやキチガイ的な提案に動揺を隠せないでいる。
「簡単な話だ。
彼の家は、禅城と同じくかつて魔術師だった家系だ。
そして、長い間その家において、魔術回路を開ける者は存在しなかった。
しかし、その家の最後の魔術師が、『魔術書と魔術刻印を箱に封印したもの』を家宝として受け継がせ、『魔術回路を持っていて魔術刻印を継承可能な素質を持つ彼』が、その箱を開けることに成功したのさ」
「……なるほど。
その状況では、優秀な魔術師に弟子入りを希望するのは無理もないか。
そして、対価として提供できるものは、受け継がれた魔術そのものしかない、というわけだね」
「そういうことだ。
言うまでもないが、独学で魔術を身に着けるのは、困難を通り越して無茶と言える。
……いくら、魔術書が手元にあるとしてもな。
ならば、『先祖から受け継いだ魔術』を師となる魔術師に提供し、その魔術師に先祖の魔術を教えてもらおうと考えたらしい」
「ふむ。それが事実なら、十分私にとって利益のある話ではあるが、それが桜の養子入りの話と何の関係が……、まさか?」
「そのまさかだ。
どうせ先祖の魔術を提供してしまうなら、そのまま師となる魔術師の分家となることを考えているらしい。
つまり「桜の婿になりたいのか?」
「そういうことらしいな」
「馬鹿な! 私が認めるとでも思ってるのか?」
さすがに時臣も、魔術を提供するぐらいでは、娘の婿に迎えることは認めないか。
だが、その程度のことは予測済みなんだよね。
「彼もそう簡単に認められるとは思っていないよ。
だからこそ、先祖の魔術の情報を提供し、お前に弟子入りして一人前の魔術師となり、魔術刻印を継承したいと考えているわけだ。
彼が『桜ちゃんを守れるだけの力を身に着けた、あるいは将来身に着けられる。かつ、桜ちゃんの婿に相応しい』とお前が判断したのなら、桜ちゃんの婿として認めればいい。
それには役者不足だと判断したのなら、その時点で改めて桜ちゃんの養子入りの話を探せばいいだろう。
……ああ、それまでの間、桜ちゃんにも彼の家の魔術を一緒に教えれば、桜ちゃんの自衛力も高められるだろう。
元々他家の技術なんだ。
例え桜ちゃんが他所の家に養子へ行くことになってその魔術が流出しても、他家の技術ならそう惜しくないだろう?」
問われた時臣は、しばらく何も言わなかった。
雁夜さんの言葉の真実性と、話の内容を検討したのだろう。
主観的にはかなり長い時間が経った後、時臣はやっと答えた。
「……いいだろう。
私が召喚する英霊の候補は決めているが、それを君が知ることは絶対にできない。
それを当てることができたのなら、その子の弟子入りを認めよう。
……もちろん、魔術の提供などで嘘があれば話はそれまでだ。
そして、話が全て事実であり、その子が桜を託すに相応しい人格と能力、あるいはその素質を持っていれば、……しばらくは桜を養子に出す話は保留とする。
これでいいかね?」
「ああ、十分だ」
時臣の提案に雁夜さんも承諾し、ここに契約は成立した。
「あなた、ありがとう」
葵さんも一先ず桜ちゃんの養子の話が保留となり、かなり嬉しそうだった。
「さて。……それでは、私が誰を召喚するつもりだったのか言ってみるがいい」
「お前が召喚する予定のサーヴァントは、英雄王ギルガメッシュ。
召喚に使う縁の品は、……『歴史上初めて蛇が脱皮した化石』だったか?」
時臣からは回答は無かった。
どうやら驚きのあまり言葉も出ない様子だと想像できる。
「その顔からすると、俺が聞いた話は当たっていたようだな」
「……認めよう。確かに私はギルガメッシュを召喚するための縁の品を探していた。
……賭けは君の勝ちだ。
君が推薦した子の弟子入りを認め、彼が桜の婚約者候補となるだけの資格を持っている限り、桜を養子に出すことはしない。
……間桐家については、可能な限り情報を収集する。
無論、動かぬ証拠が見つかれば、絶対に桜を間桐家へ渡さないことを約束しよう」
ふう、後は僕が認められて桜の婚約者に確定すれば、桜救出ミッションはコンプリートだな。
ちなみに、事前の相談において『桜の保護者兼婚約者に私がなる』と言った際、雁夜さんからすごい目で睨まれた。
「君は、ロリコンか?」
「それはひどい言い方ですね。
確かに、前世で美少女にも魅力を感じていたのは事実だけど、今の私はこの通り幼い子供ですよ。
肉体年齢が近い相手を探すのは当然でしょう?
……精神年齢から考えると、まごうことなきロリコンになってしまうのは否定できませんけどね」
雁夜さんと話す時は、僕が『前世モード』と呼んでいる、大人としての話し方を使っている。
「まあ、精神年齢に合う女性と付き合う方が、世間一般的に問題が大きいのは事実だな」
そう、僕の精神年齢は30代だが今の僕の体は幼児なので、精神年齢と釣り合う女性となるとまさに親子ほどの年齢差になるのである。
さすがにそれはありえない。
「しかし、そうなると……」
「何か?」
「光源氏でも気取るつもりか?」
雁夜さんの言葉は皮肉たっぷりだった。
「……ま、まあ、結果として光源氏計画になる可能性が高いのは否定しませんけど、決定済みなのは桜ちゃんの保護者になることだけですよ。
婚約はしても、実際に結婚するかどうかは桜ちゃんの意志を尊重するつもりです。
それに、どうせ時臣は桜ちゃんを魔術師の家に養子に出すつもりだったんです。
当然、桜ちゃんの意志など無視して、養子先の家によって結婚相手を決められたでしょうね。
私が実質的に婿養子となり、桜ちゃんの婚約者となり、同時に護衛にもなることで、桜ちゃんは家族と離ればなれになることもなく本人の希望通り魔術師になれるんだから、ほぼベストの選択と言ってもいいんじゃないですか?
それとも、……他に対案があるんですか?」
僕の反撃に対して、雁夜さんは反論できなかった。
「……いや、君の言う通りだ。
婚約者が選べないことを除けば、桜ちゃんの幸せと安全がほぼ完全に保証される素晴らしい案だ。
……残念だが、俺ではそれ以上のアイデアは思い付けない。
だからそのプランに賛成するし、実現に協力する。
その代わり、……いいか、絶対に桜ちゃんを守り抜いて、幸せにしろよ!」
「ええ、全力を尽くすことを約束しましょう」
もちろんだ。
あれだけひどい環境で、あれだけ気立てのいい美少女に育ったんだから、この世界でも教育を間違えなければ心身ともに素晴らしい美少女になるだろうからね。
……マキリの肉体改造がないせいで、葵さんや凛と同様のスレンダーな体になる可能性があるけど、……それはしょうがないしな。
……なんなら、僕が豊胸体操を教えて幼い頃から実行させてもいいし。
そんなことを思い出していると、時臣は意外な言葉を続けていた。
「ただし、間桐家との盟約は存在するため、養子に相応しい娘を紹介することにはなるかもしれないが」
「あなた!!」
「安心しなさい。
私も紹介した以上は、養子となった娘の環境にはある程度責任を持つことになる。
時々でいいから養女になった少女に面会し、間桐家の養女として相応しい待遇を与えられているかどうか確認できるように交渉するつもりだ。
雁夜君の説明が事実なら、この条件を伝えることで、臓硯の方から私を通じて養女を探すのは諦めるだろう」
それを聞いて葵さんは安心していた。
しかし、間桐家が独自のルートで養女を探すのは自由だから、原作の桜の位置に別の少女が入るだけなんだろうなぁ。
それを防ぐためには、臓硯を殺すか、臓硯に間桐家の後継者を諦めさせるしか手段がなく、前者は困難で後者は絶望的である。
雁夜さんもそれに気付いているようだが、僕と同じ結論に達したのか何も言わないでいた。
これ以降の話は魔術に関わる話だということで、葵さんには部屋から出て行った。
「それで、君が聞いた予知情報とはそれだけかね?」
「他の重要な情報としては、……そうだな、お前はギルガメッシュに裏切られて殺される可能性が高いらしいぞ」
「馬鹿な!
なぜギルガメッシュが私を裏切るのだ!!」
この言葉は完全な不意打ちだったのか、一瞬で時臣は冷静さを失っていた。
「根源に至るためには、7体のサーヴァントの魂が必要だと聞いた。
それをギルガメッシュが知れば、いくらマスターといえども許すはずがないだろうさ」
葵さんがいなくなったせいか、雁夜さんの雰囲気がかなり攻撃的になったように感じる。
一方の時臣は、またもや想定外の情報を提供され、相当焦っているようだ。
「臓硯か? それともアインツベルンか?
ギルガメッシュに正攻法で勝てないからと、そんな手で攻めてきたのか!」
「魔術師と手を組むのを良しとしない、聖堂教会関係者から漏れた可能性もあるぞ」
さらなる雁夜さんの追撃に、時臣は頭を抱えてしまった。
実際は綺礼がギルガメッシュにばらしたのだが、時臣がそのことを信じる可能性は低そうなので、『時臣が信じられるレベルの情報を伝えること』に決定済みだったのだ。
雁夜さんは、混乱状態の時臣とこれ以上話しても意味がないと思ったのか、「また明日来る」と言って部屋を出て行った。
正直、どこまで未来情報を時臣に伝えるか、相当迷ったのは事実だ。
あまり教えすぎると怪しまれるし、かといって情報が少なすぎて時臣が負けて、こっちにまで被害が来たら最悪だ。
まあ、原作通りの展開なら、『禅城家に避難する予定の僕たちへの影響』はそれほどないと思うけど。
ここまで介入した以上、時臣に勝ってもらったほうがいいが、聖杯が完成してアンリ・マユに復活されても困る。
よってベストの状況は、雁夜さんと時臣が生き残りつつ、原作通りセイバーによって聖杯が破壊される展開である。
……言うまでもないが、葵さん、凛ちゃん、桜ちゃんなどの非戦闘員も全員生き残るのが大前提だ。
まあ、僕程度で聖杯戦争を制御できるはずもなく、とりあえずは
1.僕
2.桜ちゃん:僕の婚約者(の予定)
3.凛ちゃん:将来の義姉?
4.葵:将来の義母?
5.雁夜:盟友(ほぼ確定)
6.時臣:魔術の師&将来の義父?
という優先順位で助かるように努力しよう。
ギルガメッシュと(綺礼とは教えていないが)教会関係者が裏切る可能性は教えたわけで、後は本人の努力に期待しよう。
いくら事実でも、時臣が信じず逆にこっち(雁夜さん)を不審に思うような事実については、時臣が信じられるレベルまで情報の精度を落としたけど、……まあ僕は悪くないよな。
さてさて、ここまでの雁夜の交渉はほぼパーフェクトで進んでいる。
これからも望みどおりの展開に進める為、さらに雁夜さんと協力して努力しないと。
いよいよ明日は、僕自身が時臣との交渉するときだ。
【備考】
2012.04.08 『にじファン』で掲載
【改訂】
2012.06.30 『優秀な魔術師に弟子入りする対価』を『魔術書の内容を全て師となる魔術師に公開する』に変更