雁夜さんの誘拐事件が起きてから一ヶ月が経った。
雁夜さんは誘拐時の後遺症などは全くなく、新しく開いた魔術回路の訓練と魔術の修行に日々努力している。
問題は、やっぱり滴ちゃんの方だった。
メディアたちは滴ちゃんの記憶の調査や分析を行い、まずは『臓硯たちによる洗脳や暗示の記憶』のみを完全かつ強固に封印した。
当然、この記憶は一生思い出す必要はないので、メディアでも解除できないぐらい強力な封印が施されている。
『臓硯がどんな細工をしていようと、絶対に滴は思い出すことはない』とメディアが断言するぐらいのものだ。
多分、滴ちゃんが死ぬまで思い出すことはないだろう。
しかし、それ以外には記憶を弄ることもなく、精神に対しても不干渉のままだ。
その状態でしばらく様子を見たが、滴ちゃんは相変わらず完全に心を閉ざしたままで、食事や睡眠などの行動は行うものの、それ以外の行動や意思表示や会話は全く行わない状況が続いていた。
これにより、メディアはものすごく悔しそうだったが、滴ちゃんの精神の自然回復を諦めた。
そして、滴ちゃんの『間桐邸に入居した後から救出された日までの記憶』の封印を行った。
この記憶は、メディアだけが解放できる封印が施されている。
これにより、「心を閉ざす要因を全て封印したので、時間が経てば意識が覚醒するでしょう」とメディアは判断し、メドゥーサも同意した。
この結果に、雁夜さんは安堵し、タマモや真凛も喜んでいた。
滴ちゃんが自意識を取り戻すのを待つ日々を過ごしていた時、予想外のことが発生した。
それは、またもやタマモが原因だった。
「マスター、喜んでください。
ついに、ついに完成したんです!」
いつも通り夜寝て眠りにつき精神世界へ入ると、ハイテンションなタマモが出迎えてきた。
そんなタマモを真凛やメディアは苦笑して見ており、メドゥーサはいつも通りクール、いや少し喜んでいるように見える。
一体何事だ?
「いいから落ち着け、一体何が完成した?
というか、お前がそんなに喜ぶような物を、誰かが作っていたとは聞いていないぞ」
そう、メディアたちは滴ちゃんに付きっきりとなり、重要案件である『蒼崎橙子と接触して人形を作ってもらうこと』すら後回しになっているのだ。
可能性としてあるのは、……メディア達がホムンクルスでも作ったのか?
メディアのスキルなら、ホムンクルスぐらい作れても不思議ではないと思うけど。
……そういえば、ホムンクルス作成って錬金術ではよく聞くけど、『魔女の業』には含まれているのか?
「あっ、すいません。
……実はですね、完成したのは、何と二人目の仮想人格にして、マスターの第三の使い魔なんです」
スパーン
次の瞬間、私は具現化したハリセンでタマモを思いっきり叩いた。
「勝手に仮想人格を作るなと言ってあっただろうが!
……で、今度は誰の記憶を元にして、どんな人格を作ったんだ?」
ハリセンに驚いて眼を丸くしているタマモに、私は質問をぶつけた。
とはいえ、私はこの時点である程度予想はできていた。
タマモの持つ仮想人格作成プログラムは、『モデルとする人格の詳細な情報』を必要とする。
タマモ自身は、『私の記憶にある玉藻御前と琥珀さんの人格』を、真凛は『遠坂凛の人格』をモデルとし、さらに『凛ちゃんの記憶と人格』までコピーしている。
つまり、今回作成した仮想人格もまた、私の記憶に存在するキャラクターをモデルにしている可能性は高い。
そうなると……
「じゃじゃ~ん、はい、登場です!」
タマモの声に合わせて登場したのは、……20歳ぐらいの間桐桜(の外見をした女性)だった。
「やっぱりか。
……ああ、すいません。
前に同じことがあったのに、私の監督不行き届きでこんなことになってしまって」
「いえ、気にしないでください。
確かに最初は驚きましたけど、今は仮想人格とはいえ、この世界に存在できることを感謝しているんです」
……おいおい、この人さりげなくとんでもない発言をしていないか?
「誠に失礼ながら、貴女は今、自分の置かれた状況と自分自身の状態について把握していますか?」
「ええ、もちろんですよ。
私はタマモさんが作った二人目の仮想人格で、貴方の三人目の使い魔になるんですよね。
あっ、ご挨拶が遅れました。
不束者ですが、これからよろしくお願いします」
「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします」
はっ、思わずつられて返答してしまったが、なんだかこの人、『原作の間桐桜の人格再現性』がかなり高くないか?
「マスター、すごいでしょう?
メディアさんとメドゥーサさん、特にメドゥーサさんの協力があったおかげで、ここまで間桐桜さんの性格を再現できました」
タマモは自信満々に説明を始めた。
……こいつ、本当に反省しているのか?
全く反省していないか、反省よりも自慢の方が上回っているのか?
いや、今考えるべきことはそんなことではない。
「何だ。お前の独断じゃなかったのか?」
「はい、そうなんですよ。
滴ちゃんを助けることができたのは、議論の余地なくいいことです。
ですが、どうしても『滴ちゃんの治療や保護』に人手と時間を取られてしまいます。
ですから人手不足を解消し、さらに滴ちゃんをより理解できる人材を増やすため、間桐桜をモデルとした仮想人格をみんなと相談して作ったのです」
「すいません、自己紹介を忘れていました。
私の名前は、八神
真の桜と書いて、『まお』と読みます」
そう言って、真桜は私に微笑んできた。
「私が付けてあげたのよ。
私が真凛で、この子が真桜。
とってもいい名前でしょ?」
そう言って、真凛は真桜の隣でニコニコ笑っていた。
メディアやメドゥーサも真桜を優しく見守っているところを見ると、私だけ知らされていなかったらしい。
「マスターだけ内緒にするのは心苦しかったんですけど、『事前にマスターに教えると、説得までに時間がかかる可能性が高いから内緒にした方がいい』とアドバイスをいただきまして……」
「おいおい、私がそこまで反対しそうなことをしたのか?
もったいぶらずにさっさと全部吐け!」
「は、はい!
桜ちゃんの記憶と人格をコピーして、それをコアにして仮想人格を作ったのは真凛と同じなんですけど……」
そこまで言って、タマモは上目づかいで私の様子を伺った。
その仕草は可愛かったが、そんなことでは誤魔化されない。
『いいからさっさと先を続けろ』という意志を込めて睨み付けると、タマモは慌てて説明を続けた。
「そ、その、ですね。
メドゥーサさんの記憶にあった『間桐桜の記憶』も、真桜にインプットしてあるんです」
「……ちょっと待て、少し話を整理させてくれ。
まず、メドゥーサのことだけど、……メドゥーサは第五次聖杯戦争の記憶を持っているのか?」
「はい、召喚直後は思い出せませんでしたが、真桜の人格構築のため桜の記憶にアクセスした際に、聖杯戦争で召喚された記憶を思い出すことができました。
そして、その思い出した記憶を全て真桜に提供しました」
メドゥーサは桜のことを思い出せたのが嬉しいのか、微笑みながら答えた。
「そんなことがありえるのか?
エミヤという例外中の例外以外、『原作においてサーヴァントたちは、平行世界の聖杯戦争の記録も記憶も持っていた人はいなかった』と記憶しているんだが?」
第五次聖杯戦争のサーヴァントたちの態度と行動を見る限り、平行世界の聖杯戦争について何も知らなかったはずだ。
エミヤですら、覚えていたのは『生前に参加した聖杯戦争の記憶(の一部、断片)』だけで、『サーヴァントとして聖杯戦争に参加した記憶も記録』も持っていなかった。
これは間違いないはずだ。
「そうね。
少なくとも聖杯戦争で召喚されるサーヴァントは、平行世界の聖杯戦争の記録はもちろん、英霊の座の記憶も持っていない状態で召喚されるみたいね。
だけど、私たちは違うわ。
私は聖杯戦争の記憶や記録はないけど『英霊の座にいたときの記憶』は持っているし、メドゥーサにいたっては英霊の座にいたときの記憶はもちろん、聖杯戦争の記憶を持っているのよ」
「なんでそんなことが?」
「さあ?
そこまでは私にもわからないわ。
まあ、考えられることは、元々私たちの降霊はイレギュラーなものだったし、あとは術者であるあなたが『間桐桜の記憶を持ったメドゥーサ』の召喚を望んでいたことが影響したとも考えられるわね。
それに、エミヤも聖杯戦争に召喚された記憶はなくても、英霊になった後の記憶を持っていたのよ。
私たちだけが特別というわけではないわ」
うーむ、『イレギュラーの降霊と私の願いの相乗効果』が、メドゥーサの記憶にまで影響を及ぼしたのだろうか?
「リョウ、私は桜と過ごした記憶を思い出せたことに感謝しています。
ですから、貴方が悩む必要はありません」
「そっか、それならいいんだけど。
……ところで嫌じゃなければ、どこまで思い出せたか教えてくれないか?」
「構いません。
私が思い出せたのは、第五次聖杯戦争の記憶だけです。
もっとも、貴方が上位世界で見た期間だけですが……」
「……ってことは、まさか?」
「はい、貴方がセイバールート、凛ルート、桜ルートと呼ぶそれぞれの世界の記憶を持っています。
ただし、聖杯戦争を生き残り、桜と共に暮らしたはずの『桜ルートの世界の記憶』は、『聖杯戦争終了直後まで』と『3年後に皆で花見をした頃の記憶』だけしかありません。
……私としては、桜が幸せになれた記憶を思い出せただけでも十分ですが」
そいつはすごい。
『3パターンの聖杯戦争におけるサーヴァントたちとの戦闘経験』を持っていると言うのは間違いなく戦闘力向上に繋がるだろうし、何よりあの世界の記憶を持っているのなら、桜ちゃんのことをこの世界でも絶対に守ってくれるだろう。
「そっか、原作で描写されていた期間限定とはいえ、メドゥーサは記憶を思い出せたのか。
となると、その記憶をメドゥーサが持っていたのは、……どう考えても私が原因としか思えないね」
「その通りです。
……とはいえ、さすがに『hollow ataraxiaの世界』の記憶までは持っていませんが」
「まあ、あれは『アンリ・マユが作り出したバゼットの夢の世界』みたいなものだから、その記憶がないのはしょうがない。
で、その記憶を真桜にインプットしたわけか」
「はい、その通りです。
正確には、『それぞれの世界で私に流れ込んできた桜の記憶』を真桜にインプットしました。
ただし、聖杯戦争中の記憶はほとんどなく、あるのはそれ以前の記憶です。
『士郎や大河と過ごした幸せな日々の記憶』もありましたが、そのほとんどは『間桐家で過ごした絶望の日々の記憶』です」
そう言ったメドゥーサの声は、悲しみに満ちていた。
しかし、それを聞いた私はそんなことを気にする余裕は欠片もなかった。
「おいおいおいおい、そんなきつい記憶を受け取った真桜は大丈夫なのか?
というか、何でわざわざそんなことを?」
「正直、私も悩みました。
あの記憶はあの世界の桜もの。
いくら桜をモデルとした仮想人格を作るためとはいえ、勝手に桜の記憶を渡していいのだろうかと」
その気持ちはよくわかる。
それに加えて、『そんなきつい記憶を与えられた仮想人格が発狂したり、壊れたり、暴走したりしないのか?』についてもかなり心配だ。
「その気持ちは分かるけど、あの世界の桜の記憶を持った仮想人格がいればこの世界の桜ちゃんが同じ目に会うのを全力で阻止するだろうし、同じ境遇の滴ちゃんを一番よく理解し、立ち直る手助けをすることが可能になるわ。
『現在の滴の状況を知れば、あの世界にいた桜も記憶の提供を同意してくれた可能性は高いのでは?』
そう言って私が説得したのよ」
……なるほど、メディアが説得したのか。
『桜ちゃんの為』と言われれば、メドゥーサも反対できなかったんだろう。
言っていることも、一応正論だしな。
もっとも、私がこのことを知れば、真桜に客観的事実を教えることは許可しても、間桐桜の記憶そのものを真桜に渡すことは反対しただろう。
よって、説得に時間が掛かると判断して、私に内緒でことを進めたメディアの判断は正しい。
……なぜなら、万が一にも『桜の仮想人格が黒桜化すること』になったら、絶対に『創作者であるタマモ』や『マスターである私』にトラブルが降りかかることになる。
いくら、メディアやメドゥーサがフォローしてくれると約束してくれても、この世に絶対はない。
リスクが大きすぎて、よほどのことが無い限り私は説得に応じないだろう。
しかし、真桜という仮想人格が誕生した後なら、さすがに『記憶を消せ』とか『人格を作り直せ』など言うほど、私は非情にはなれない。
本当にメディアは私の性格を見抜いているなぁ。
それはともかく、これで、タマモ、メドゥーサ、メディアの意見は分かった。
「で、真凛の意見はどうだったんだ?」
「私としても仲間、それも妹的存在が増えるのは嬉しかったから、もちろん賛成したわよ。
もっとも、真桜とは違って私は『あの世界の遠坂凛の記憶』を全く持っていないから、真桜の姉とは言えないけどね」
「そんなことはありません。
真凛さんは私のもう一人の姉さんです」
残念そうに言った真凛に対して、即座に真桜は否定した。
「そう言ってくれると嬉しいわ、真桜」
喜んでいる真凛は置いといて、あと一つ確認が必要だな。
「『今は仮想人格とはいえ、この世界に存在できることを感謝しているんです』ってさっき言ってたけど、つまりそれは……自分を間桐桜のコピーだと自覚しているってことか?」
「はい、覚醒したときに『自分は間桐桜だ』と自覚していましたけど、同時に『タマモさんに作られた仮想人格であり、八神さんの使い魔である』とも認識していました。
おかげで、パニックになることもなく、すぐに落ち着いて自分の状況を受け入れることができました」
そういう場合、『SAO』みたいに『自分がコピーだと受け入れられなくて、自我が崩壊する』とか、『灼眼のシャナ』の坂井悠二のようにすさまじいショックをうけるのが定番なのに、すぐに落ち着けたとは大したものだ。
まあ、最初から『仮想人格』兼『使い魔』だと自覚していたようだし、同じ境遇の真凛もいたのがいい結果に繋がったのか?
「それにしても、『メドゥーサが持っていた間桐桜の記憶』があったとはいえ、……よくここまで人格を再現できたな」
「その理由は簡単よ。
タマモが持っている『人格構築プログラム』は、タマモ自身や真凛を生み出したようにかなり優れたプログラムだけど、まだ改善の余地があったから私が手を加えたのよ。
当然、辛い記憶を受け取っても、人格に悪影響を及ぼさないようにも手を入れてあるわ。
それと、桜とメドゥーサの相性が良くて、『聖杯戦争の間に、メドゥーサに大量の間桐桜の記憶が流れ込んでいた』という理由も大きいわね。
この二つが影響しあって、『間桐桜のコピー人格』と言っても過言ではないぐらいの仮想人格が生まれたのよ」
さすがは神代の魔術師。
八神家の技術の結晶をこの短期間で解析して改良までしてしまうとは恐るべし。
とはいえ、タマモとメディアとメドゥーサの3人の協力があれば、……確かにこれぐらいできてもおかしくないか。
んっ?
そういえば……
「おい、タマモ。
真凛はお前の
となると?」
「はい、真桜はマスターの
あっ、安心してください。
英霊の魂に比べれば、真桜が占める容量なんて微々たるものですから」
いや、そういうことを言いたいんじゃなくて、人の中に勝手に仮想人格、それも異性の人格を作ったことに文句を言いたいんだが……、言っても無駄か。
なら、建設的な行動を取るとしよう。
「真桜という人材が増えることで、信頼できる仲間は増え、真桜に滴ちゃんのケアを頼める。
それは嬉しいけど、私の
数は増加しても、一人辺りで使用可能な魔力量は減るわけだから。
その問題を解消するためにも、一刻も早く『魔術回路付きの人形の体』を皆に作ってあげたいところだけど、滴ちゃんの治療とかで忙しいから橙子とは接触できないしなぁ」
手数は増えても、魔力が増えない。
つまりは、総合的な戦力的な向上にほとんど繋がっていない。
メディア、メドゥーサ、真凛、真桜という優秀な人材がいるというのに、魔力量という制限で実力を発揮できないなんてものすごくもったいない。
「それなんですけど、……聖杯戦争まであと1年もないので『魔術回路を持った限りなく人間に近い人形の制作』は無理だと、メディアさんは判断されたそうです」
「そうなんですか?」
そうなると聖杯戦争が、魔力供給面でかなり厳しくなってしまう。
いくら強力なサーヴァントでも、魔力がなければ戦闘どころか、現界することすらできなくなる。
特にキャスターなんて、魔力がないと本気で『ただの役立たず』である。
「ええ、『これから橙子を探し、人形の作成を依頼する』となると、……残念だけど1年では足りないでしょうね」
「そうですか?
確かに『橙子が自分の人形を作る期間』は明記されていなかったけど、そんなに時間が掛かっているようには思えないけど」
『魔法使いの夜』の番外編で、事件終了の1年後に『橙子の人形』が三咲市に来ていたと言うことは、人形作りは1年未満で終わっていたはずだ。
「それは、作ったのが『自分の人形』だからよ。
私たちの、つまり他人の、それも魔術回路まで持たせた人形を作るとなると、モデルとなる肉体もないから完成までには相当時間が掛かるはず。
人形作りの技術を教わって私が作るのなら、もっと早く作れる可能性はあるけど……」
「普通、秘伝の技術を教えるわけないですね。
余程の対価を用意すれば、……いや将来ならともかく、今の私たちでは用意できないか」
下手に未来情報を与えて、余計なトラブルが起きたら面倒だしなぁ。
「そういうことよ。
まあ、将来の研究対象として人形作りは面白そうだから、時間があれば橙子とは会ってみるつもりよ」
「でも、それじゃあ、聖杯戦争までには人形は手に入らない」
「ええ、そうね。
それで代案として、真凛と真桜にはホムンクルスの体を作ることを考えているわ」
「ホムンクルスって、アイリスフィールみたいな?」
確かにアイリスフィールは生まれたときから成年時の肉体になっていて、その後短期間で普通に行動できていたらしい。
『人形作成が間に合わないから、ホムンクルスを作る』という代案は確かに有効だろう。
でも、
「メディアは【呪具作成】スキルを持っていますけど、……さすがにホムンクルス作成は対象外なのでは?
それとも、生前ホムンクルスを作ったことがあったんですか?」
「残念ながら、生前私が教わったものに錬金術は含まれていなかったわ。
だから、『ホムンクルス作成技術を含めた錬金術の知識』をもらってきたのよ」
「はあっ?
『錬金術の知識をもらってきた』って、一体どこから?
原作で錬金術を使っていたのはアインツベルンだけ……、ってまさかアインツベルン城を捜索して、ホムンクルス作成関連の魔術書とか手に入れたんですか?」
メディアの驚愕の発言に、私は驚きを隠せなかった。
確かに、冬木市の郊外、アインツベルンの森にあるアインツベルン城は、アインツベルンが聖杯戦争の時に使用する拠点。
そういった魔術書や魔術具、あるいはホムンクルスの調整施設とかが保管されていてもおかしくはないだろうけど。
「その手もあったわね。
なかなかいい発想だけど、残念ながら違うわ。
私が知識をもらったのは、ユスティーツァから、よ」
「……も、もしかして、『大聖杯の礎となった冬の聖女のユスティーツァ』のことですか?」
完璧に予想外の回答に私は頭が真っ白になってしまった。
「ええ、そうよ。
他ならぬ貴方が、大聖杯の調査を許可していたでしょう。
大聖杯からアンリ・マユの影響を排除した上で魔力を受け取るシステムの構築もしていたけど、並行してユスティーツァの記憶にアクセスできないかずっと試していたのよ。
そして、この間やっとユスティーツァの記憶にアクセスすることに成功して、彼女の記憶を見ることに成功したわ。
当然そこには、アインツベルンの魔術情報が含まれている。
ホムンクルスを作るのは初めてだし、何よりも時間がないからユスティーツァクラスのホムンクルスを作るのは不可能だけど……、聖杯戦争が終わるまで活動可能なホムンクルスを2体作るのなら、……多分間に合うわ」
さすがはメディア。
とんでもないことを、さらっと言っているな。
それにしても、『臓硯を捕まえて記憶を吸い出すこと』は考えていたのに、『ユスティーツァの記憶を見ること』を考え付かなかったのは迂闊だった。
200年前の記憶とはいえ、他ならぬユスティーツァというホムンクルスを作り出した技術の情報があれば、メディアにとって十分有効活用できるだろう。
その技術があれば、ホムンクルスの肉体を二人手に入れることが……。
って、
「なんで、二人だけなんですか?」
「それはもちろん、『凛と桜から髪の毛を提供してもらって、それを元にホムンクルスを作ること』で聖杯戦争に間に合わせるからよ。
サーヴァントの体すら持っていない私とメドゥーサを元にしたホムンクルスを作るのは、現時点の技術では不可能だわ」
ああ、なるほど。
確かに二人の髪の毛を提供してもらえば、ホムンクルスを作ることが容易になるわけか。
で、それを真凛と真桜の体にする、と。
「でも、まさか、『ホムンクルスを作るから髪の毛をください』とは言えないですよね」
「そうね。
できるだけあの二人を騙すようなことはしたくないから、……外出した時に抜け落ちた髪の毛を回収して、二人には秘密のままホムンクルスを作りましょう」
いいのか、それ!?
……いや、まあ、記憶と人格を勝手にコピーして仮想人格を作っている時点で今さらなんだろうけど。
「安心なさい。
真凛と真桜の主な役目は魔力供給役よ。
戦闘に参加するとしても、それは影の体のみ。
凛ちゃんと桜ちゃんの遺伝情報を元にしてホムンクルスを作ったことが、部外者にばれるようなことは絶対にないわ」
すでにメディアはやる気満々のようだ。
これは今さら止められないな。
……ま、まあ、メディアたちがすでに動いていることなら、僕にはどうしようもできないか。
そのとき僕は、会話に加わることもできず、どうするべきか迷っている様子の真桜に気づいた。
「ああ、悪い。
真桜の考えも教えてくれないか?」
「は、はいっ。
さっきも言いましたけど、仮想人格とはいえ私がこの世界に存在できることを感謝しているんです。
この世界には姉さんとメドゥーサもいて、私に優しくしてくれるメディアさんやタマモさんもいます。
ですから、マスターである八神さんに恩返ししたいと思っています。
そして、私が努力することで、この世界の私を守り通すことも、さらに私と同じ境遇だった滴ちゃんを助けることもできます。
体の方も、ホムンクルスや人形の体を作ってもらえれば、普通の人間と変わりません。
いえ、蟲をたくさん埋め込まれ、聖杯として改造されたあの世界の体と比べればよっぽど恵まれています。
ですから、八神さんの使い魔として作られたというわけではなく、私自身の意志で八神さんのお手伝いをしたいんです!」
あ~、なるほど。
あの世界の境遇があまりにも酷かったせいで、この世界のこの境遇でも十分恵まれていると感じているわけか。
本当に、間桐桜って不幸だったんだなぁ。
桜の悲惨な過去を実感し、思わず私も涙ぐんでしまいそうだ。
「わかった。
私としても君が協力してくれるのはとても心強い。
真凛と一緒に手伝ってくれ」
「はい、わかりました」
真桜は満面の笑顔で頷いた。
その笑顔は、私も一瞬くらっときたぐらい、とても魅力的な笑顔だった。
「それにしても、『八神さんが聖杯戦争に関わっていること』だけが違うのに、私の過去とは全く違う状況になったんですね。
……本当に驚きました」
「まあ、そうなるように努力したからね。
上位世界の情報もあって、『ちょっと努力すれば助けられそうな人』が身近にいたから、私にできる範囲で動いただけだけどね。
とはいえ、桜ちゃんを助けられたことは雁夜さんの助力が大きいし、タマモがいなければ君たちは存在しなかった。
きっかけが私であることは事実だけど、あとはドミノ倒し的に変化が広がっている感じだね」
「はい、雁夜おじさんが無事で本当によかったです。
私は、……雁夜おじさんが無理をして命を削っていって、最後には死んでいくのを見ることしかできなかったから」
そう言って真桜は悲しんで顔を俯かせた。
おや、この桜は小説版の桜の方かな?
アニメ版では、死んだ雁夜さんに対して「バカな人」と、追い討ちをかける非情な台詞を言っていたからなぁ。
いくらあの蟲地獄で心が荒んでいたとしても、さすがにあれは雁夜が可哀想だった。
まあ、雁夜も填められたとはいえ、『桜の母親の葵を殺しかけて、結局精神を破壊した』わけだから、そう言う意味では当然の報いとも言えるかもしれないが。
あっ、そうだ!
「君にとって、雁夜さんは『雁夜おじさん』が慣れた呼び方なんだろうけど、今後は『雁夜さん』で頼むよ」
「あっ、そうですね。
その呼び方は、この世界の凛ちゃんと桜ちゃんだけの呼び方ですものね。
わかりました。
今後は『雁夜さん』と呼びます」
「それと、まあ私が言わなくても変えるだろうけど、雁夜さん以外の間桐一族の呼び方も気を付けて」
「……そうですね。
気を付けます」
臓硯を『お祖父様』とか呼んだりして、関係者に聞かれたら絶対に不審に思われる。
上位世界の情報は絶対に秘密にしなければいけない情報である以上、不審に思われることはできるだけ避ける必要がある。
おっと、このことで念を押しとく必要があるな。
「そうそう、すでに知っていると思うけど、『私が上位世界の情報を持っていること』は時臣師にも話せないし、聖杯戦争中は表立って協力することはできない。
可能な範囲では手助けするつもりだけど、守り切れないことがあるかもしれない。
……それは理解しているかな?」
「はい、お父様の手助けはしたいと思いますけど、……一番大切なのは『アンリ・マユの復活阻止』であることは私も理解しています。
ですから、お父様への手助けの優先順位が下がってしまうことも理解できますし、何よりすでに八神さんは十分情報を提供し、魔術技術も提供してくれています。
それに、お父様もあれだけの情報と魔術技術を手に入れたのだから、後は大丈夫だと思います」
「綺礼とギルガメッシュが裏切らなければ、という前提がつくのよね、それ。
まあそれも、貴方から二人が裏切る可能性について知らされているから、それでも防げなかったら完全にお父様の自己責任なんだけど」
「そうですね。
あとはお父様のことを信じるだけです」
私が考えていたことを真凛が指摘してくれたが、真凛もこれ以上の助力は必要ないと思っているらしい。
真桜の方も納得しているようだし、これなら時臣師に何が起きても大丈夫だろう。
……いや、遠坂家の『うっかり』の伝統を考えると、どこかであっさりと殺されてしまいそうな気がするんだよねぇ、どうしても。
いい人だと思うし、この世界では桜ちゃんを守っているし、恩人でもあるわけだから、可能なら助けてあげたいとは思うけどねぇ。
……ああ、でも時臣師が生き残ったままだと、凛ちゃんの未来は『魔術を捨てる』か、『冷酷非情な魔女になる』かの、究極の二択なんだっけ。
私たちがずっと一緒にいれば三つ目の未来があるかもしれないけど、……どう転んでも時臣師の存在は凛ちゃんたちにいい影響は与えないような気もする。
……ま、まあ、今からそんな物騒なことを考える必要は無いか。
そういうことは、聖杯戦争が終わって時臣師が生き残っていれば対策を考えればいいか。
そんなことを考えていたが、真桜はまだ心配事があったらしい。
「……でも、雁夜さんがお父様と八神さんの協力者ですから、お母様に危害が加えられることはないですよね」
「もちろんよ、絶対にお母様には手を出させないわ。
お父様とは違って、お母様は聖杯戦争に一切関係ないから、メディアさんやメドゥーサさんも協力して守ってくれるから大丈夫よ」
そうだったのか!?
いつのまにそんな約束を。
……いや、まあ、この世界でも葵さんは一切悪いことをしていないから、メディア達も協力する気だったのか。
原作においては、『桜の養子入りを止めなかったこと』と『嵌められて雁夜へ精神攻撃を加えたこと』はしていたけど、……まあ葵さんだけではどうしようもないことだしな。
真凛の保証により、真桜は葵さんの安全については安心したようだった。
こうして僕たちのメンバーに、新しく真桜が加わった。
真凛とも本当の姉妹のように仲良くしているようだし、ホムンクルスの体を手に入れれば、頼りになる仲間(使い魔)になってくれるに違いない。
……一応確認したが、メディアが作るホムンクルスは『聖杯の機能は持たせず、肉体年齢20歳頃の凛や桜の体』を目指して作るらしい。
とはいえ、残り期間は1年もない。
メディアが持っているホムンクルスの情報はユスティーツァの知識のみなので、目標通りにはいかない可能性はある、とのこと。
もっとも、『目標通りにはいかない可能性はある』とは言っても、『失敗する可能性はある』とは言わないのはさすがだな。
想像するに、『凛と桜のホムンクルスを作ること』は成功させる自信はあるんだろうけど、聖杯戦争開始時点で『完全状態の20歳の凛 or 桜』まで成長させられるかどうかはわからない、といったところか。
僕にできることはないし、メディアのホムンクルス作成の成功を祈るしかないな。
それから少し時間が経った後、真桜の件に比べればインパクトは小さいが、普通に考えれば重大なことが発生した。
それは、雁夜さんのことである。
『魔術刻印に罠が仕掛けられていないこと』のメディアによる確認や、時臣師による『マキリの魔術刻印用の魔術刻印を制御する魔術』開発(メディアによるチェックも実施)、そしてそれを雁夜さんが覚えるのに時間が掛かった結果、魔術刻印の移植まで一ヶ月掛かってしまった。
まあ、一番時間が掛かったのは、雁夜さんが魔術を覚えることで、メディアの調査やチェックは当然時臣師には内緒だから、知るよしもないのだが。
そして、雁夜さんと時臣師の関係を内緒にするため、時臣師が魔術刻印の移植を行うわけにもいかず、メディアの存在を時臣師に明かすわけにもいかず、なんと雁夜さん自身が移植を行うことになってしまったのだ。
しかもご丁寧にも、逐一指示をしてくれる時臣師の使い魔のフォロー(僕たちにとっては監視)付きである。
監視がなければ、メディアにパパッと移植してもらえたのに。
ともかく、雁夜さんはしっかりと事前準備を行い、さらに時臣師から逐次アドバイスがあったおかげで、無事に魔術刻印の一部を移植することは成功した。
まあ、 PS2版の原作で『凛が士郎へ魔術刻印の一部を移植していた』ように、魔術刻印の移植作業はそれほど難しくはないのかもしれない。
そして移植が完了した瞬間、雁夜さんは急に右手を押さえて苦痛の呻きを漏らした。
『魔術刻印を移植した副作用がいきなり起きたのか?』と心配したのだが、雁夜さんの右手を見てすぐに疑問は解消された。
それは、雁夜さんの右手に令呪があったからだ。
雁夜さん自身もすぐにそれを目にして、徐々に状況を理解して喜びの表情を露にしていった。
「やった。やっと俺は、令呪を手に入れた!」
『おめでとう、雁夜君。
これで君もマスター候補だ。
後は少しでもバーサーカーを制御できるように、より魔術の訓練に励みなさい』
喜んでいる雁夜さんとは対照的に、時臣師は冷静さを保ったまま(使い魔を通して)雁夜さんを誉めている。
それにしても、このタイミングで令呪を受け取ったのは、偶然……ではないんだろうな。
原作では、『一定レベル以上の魔力を保有』して、『聖杯戦争に参加する意志がある者』に令呪を与えると説明されていた。
……聖杯戦争開始直前になってもマスターが揃わない場合は、(魔術回路を持っているだけの)龍之介や(聖杯戦争を知らない)士郎のような人がマスターになるが、あれは例外だしな。
ともかく、この二つの条件に加えて、描写されていなかった条件として、多分(遠坂家と間桐家については)『聖杯御三家の魔術刻印を持つ者を、聖杯御三家から参加するマスターと認識して優先的に令呪を与えるシステム』になっているのかもしれない。
魔術刻印なら『各家に絶対に一つしかない』わけで、『聖杯戦争開始直前に魔術刻印を保有する者がその時点での当主であり、聖杯戦争参加予定者』である可能性は非常に高い。
『聖杯御三家の血を引く魔術師』という条件だけでは、誤って予定外の(遠坂家 or 間桐家の)魔術師をマスターに選んでしまう可能性もある。
それに比べて、この条件ならば当主と次期当主以外がマスターになる可能性はなく、大聖杯に設定する『聖杯御三家のマスター選択条件』の一つとして相応しいと思う。
さらに言えば、御三家同士の争いを避けるため、『御三家からも参加するマスターは一人ずつ』という条件も当然設定されているのだろう。
そう考えると、この聖杯戦争において凛や桜が令呪を与えられず、素人の龍之介が令呪を手に入れた理由も納得できる。
まあ、原作の雁夜が令呪を得たように『間桐家の魔術刻印が無くても令呪は得られた例』が存在するが、聖杯戦争が始まる直前だったことを考えると、あれは聖杯御三家の特別枠ではなく、一般参加枠だったのかもしれない。
間桐桜も遺伝子をいじられたせいで、遠坂家の人間だと認識されなかった可能性が高そうだ。
ただ、その場合『衛宮切嗣が令呪を得て、アイリスフィールが令呪をもらえなかった理由』が不明だが、……まあ聖杯を作っている一族だし、聖杯システムに干渉して、特定の魔術師をマスターとして認定することが可能なんだろうな、多分。
そんな考察は置いといて、こうして雁夜さんはついに令呪を手に入れた。
『ランスロットを召喚する際に使用する縁の品(ランスロットの兜)』もすでに時臣師から受け取っており、後は『聖杯戦争が始まるまで、ひたすら魔術回路を鍛えるだけ』という段階に入った。
雁夜さんとしては、バーサーカーは魔力消費量が多いし、意志疎通もできないため召喚を急ぐ必要もなく、聖杯戦争開始直前に召喚する予定らしい。
となると、教会がバーサーカーとキャスター以外の召喚を確認した時点で、雁夜さんがバーサーカーを召喚し、その後に僕がキャスターを召喚すればいいかな?
後の問題は、……僕が無事にキャスターを召喚できるかどうか、か。
こればっかりは、時臣さんが作ったダブルキャスター召喚陣を信用するしかないが、うっかり間違えてしまう可能性がありそうなので、現在はメディアに解析を依頼中である。
ユスティーツァの記憶があれば、より完全なダブルキャスター召喚陣に作り変えることも可能だろう。
となると残る不安要素は、……僕ということになるか。
メディアたちとよ~く相談して、トラブルが発生する可能性が少しでも下がるように努力しておこう。
おかげさまで、評価が7点まで上がりました。
どうもありがとうございます。
また、感想を書いていただけると嬉しいです。
設定ミスや矛盾などの指摘があれば、可能な限り修正するつもりです。
【改訂】
2012.07.27 名前が間違っていたので『ユスティーツァ』に修正
【設定】
<パラメータ>
名前 :八神
性別 :女
種族 :仮想人格
年齢 :0歳(精神年齢は16歳、外見は19歳)
職業 :使い魔(仮想人格)
立場 :八神遼平の使い魔
ライン:八神遼平、タマモ
方針 :アンリ・マユの復活阻止
間桐滴の救済
自分の体(人形 or ホムンクルス)の入手
外見 :大人モード、黒猫モード、幼女モードの3パターン(影の分身の体)
備考 :4歳の遠坂桜の記憶と人格、そしてメドゥーサが持っていた間桐桜の記憶を核に、八神遼平の記憶を元にして(メディアが改良した)人格構築プログラムで作られた間桐桜の仮想人格
自分を間桐桜のコピー人格だと認識