悪魔は『悪』で『魔』なのだから、とことん邪悪でなければならない。他の種族に恐怖され、嫌悪されてこその悪魔。それがリゼヴィムの持論だった。魔王ルシファーの実子である彼は辺境へと追いやられた後は特に目標もなく過ごし、息子に孫を虐待させたりして退屈を紛らわせていた。
「んでさ、異世界の存在ってのに興味が湧いたから、柳ちゃんに会いに行ったんだけどよ、そしたら狂人同士で気が合ったわけよ。おかげで異世界侵略って目標も出来たし、万々歳だな」
そんなリゼヴィムは自室でワインを片手に話をする。彼の目の前には協力者となった曹操の姿があった。曹操は本日何度目か分からないほど聞かされた話に辟易しながらワインを流し込む。
「まぁ、俺は貴方が異世界で何をしようと知った事じゃない。俺は神器や三大勢力の為に苦しんでいる人を救えればそれでいい。ちゃんと協力してくれるんだろうな?」
「でひゃひゃひゃひゃ! 分かってるって! 俺の目標を達成する前に前払いで手伝ってやるよ。神器に関連するシステムの破壊と冥界と天界から人間界へ行き来できないようにする、だろ? オジちゃんに任せとけって。グレートレッドを倒す事で起きる世界への影響はゼノンちゃんが何とかするってよ」
ちなみにリゼヴィムには曹操と同年代の孫がいるのでオジちゃんは無理がある。そんな事が頭をよぎるも曹操はおくびにも出さずに残りのワインを飲み干した。
「お二人共。次のワインを持ってまいりました。漸く手に入れた高級品です」
「お~♪ 待ってました!」
ワインのボトルが空になった頃を見計らって次の一本を持ってきたのはリゼヴィムの側近であるユーグリッド。彼はワインのコルクを抜くと二人のグラスにワインを注ぐ。熟成された芳醇な香りが二人の鼻を擽り、
二人がワインを口にした瞬間、二人の口から血が溢れた。
「がふっ!?」
「おいおい…、何…しやがった…?」
どうやらワインに毒が入れられていた様で、悪魔であるリゼヴィムは膝をつく程度で済んでいるが、人間である曹操は死んではいないが床に倒れふしている。リゼヴィムは立ち上がってユークリッドに飛びかかろうとするも彼が隠し持っていた剣で心臓を刺し貫かれた。
「ひゃ…はは…。ま、悪魔の最後…らしいちゃ…、らしい…わな…」
側近に裏切られて事に対し、最後まで笑みを絶やさないままリゼヴィムはその生涯を閉じた。彼の胸から剣を引き抜いたユーグリットは悲しそうに呟く。
「貴方がいけないのですよ。たかが人間ごときに感化されて貴方は変わってしまった。もう、私が忠誠を誓った貴方は何処にも居ない」
ユーグリットは次に虫の息の曹操を担ぎ上げ、魔方陣の描かれた布の上に乗せる。すると魔方陣が光り輝き、曹操の体から一本の槍が出現し、それと同時に曹操の命の灯火も消え去った。
「……私はこの槍を持って貴方の志を継ぐ。変わってしまわれる前の邪悪な貴方のご意志を……」
ユークリッドは狂気に囚われた目でそう呟くと槍を強く握り締めた……。
「ご、ごめんなさい~! 私ったらとんでもない事を~!!」
「お、落ち着いてくださいミラ。動脈締まってます!」
大人の姿になったミラと柳の情事が行われた次の日の朝、子供の姿に戻ったミラは情事の際に柳の首に自分がつけた傷に包帯を巻いていた。ただ、涙目になってる事とショックのあまりに力加減ができず柳の動脈を締めてしまっていたが……。
「ミラ、柳死ぬ」
「動くなオーフィス。術式が乱れる。ミラも落ち着け。柳を殺す気か」
魔方陣の上に載っていたオーフィスが見かねて止めに入り、ゼノンの言葉もあってようやく自分の所業に気付いたミラは慌てて手を離すやいなや泣き出してしまった。
「ごめんなさぁぁぁぁぁぁい!!」
「はいはい、私は気にしてなんかいませんよ」
柳はミラを抱き寄せるとそっと頭を撫で、彼女が泣き止むまで抱きしめ続けていた。
「……本当にごめんなさい。あの姿になると性格が凶暴にになちゃうみたいでして。やっぱり柳さんに抱いて貰う事への興奮からでしょうか?」
「おそらく急激に成長したせいで邪龍としての本能が出てんでしょうね。……後、その姿で抱いたとか言わないでください」
今のミラの姿は十歳前後といった所。この場面だけ見たら柳が犯罪者にしか見えないだろう。柳が冷や汗を流す中、オーフィスが乗った魔方陣が光り輝き出しオーフィスを包み込む。光が収まった後のオーフィスからは先程までとは異質の気配が溢れ出していた。
「我、変わった? 前に戻った?」
そもそもアザゼル達が何故オーフィスが時空の狭間に戻る事を良しとしないのか。それはオーフィスの変質にあった。一昔前のオーフィスなら何の問題もなかったが、グレートレッドに時空の狭間を追い出されている間に変質してしまったオーフィスでは世界にどんな影響が現れるか分からない。故に柳もグレートレッドを倒すという、ゼノンには簡単極まりない事をさせず、たまにオカズに尻尾を奪ってくる程度に留めていたのだ。だが、
「オーフィスを元に戻せばよいのではないか?」
という提案を今更思いついたゼノンの手により、急遽元に戻す儀式が行われる事となった。ゼノンもオーフィスが気に入ってたので本人の望みを叶えつつ世界に影響を与えない方法を選んだのだ。……断じてグレートレッドを倒しても影響が出ないように結界を張るという曹操との約束が面倒臭くなったのではない。……多分。
「まだ時間が掛かる。まぁ、来年までには終わるから辛抱しろ」
「分かった。感謝する」
オーフィスはゼノンに頭を下げると消えていく。それと同時に朝食という名の謎の物体を手に持った羽衣が部屋に入ってきた。
「ほぅ、オーフィスが故郷に戻れるのはちょうど同じ時期なのじゃな」
「……ええ、私達がこの世界から出て行くのと同じ頃ですね」
羽衣から柳に投げかけられた『この世界から出て行く時期を早めないか』という質問。それに対し柳は肯定の意思を示した。既にゼノンが支配した世界での受け入れ基盤は完成しており、後はキリの良い時期を見計らってという事になっていた……。
一人の少年がトタトタと足音を立てながら廊下を走っていた。誰かを探しているのか時折キョロキョロ首を動かしている。そして漸く目的の相手が見つかったらしく、その人物に向かって一気に駆け出していった。
「お母さん!」
少年が飛び付いたのは少々キツそうな顔をした高貴な雰囲気の女性。彼女の服には至る所に深いスリットが入っていた。
「あら、どうしたのかしら? レオナルド」
「え~とね。ゲオルクさんが『カテレアを呼んできてくれ』って言ったの」
「……そう。なら行かなきゃね。貴方も徐々お勉強の時間よ」
「は~い」
少年は素直に返事をすると再び駆け出していき、女性は慈しむような目でその後ろ姿を見つめていた。
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霊感は明日更新予定です!!