たまにはノビノビしたいです
とある日のとある世界で柳は釣りをしていた。隣で釣り糸を垂らしているのは友人の一人であるリゼヴィム。従者達からはミラが同伴し。今は柳の膝の上で眠っている。暫く釣り糸を垂らしていた二人だったが、突然リゼヴィムが立ち上がった。
「あ~!! 釣れねぇな~! なぁ、柳ちゃん。場所変えねぇ?」
「……確かに釣れませんね。この前ゼノンさんと来た時には結構釣れたのに。まぁ、釣りを始めて数分で押し倒されましたが」
柳も不満そうに空の魚籠を見る。数時間に渡って釣り糸を垂らしたにも関わらず一匹も入っていない。次に柳が視線をやったのは自分の膝の上で幸せそうに眠っているミラ。彼女の口からはヨダレがこぼれ落ちそうになっており、柳はそれを慌ててハンカチで拭った。
「やっぱりこの子の気配を察してでしょうね」
「邪気が全開だもんね~。にしても珍しいじゃん。何時もは抑えてんのにさ」
リゼヴィムはそう言って首をかしげる。彼の知っている何時ものミラなら体から溢れ出す邪気を抑えているからだ。そして、眠っている間でさえ抑えているというのに、今回に限っては邪気を全く抑えていない。もっとも、純潔悪魔の中でも強力な力を持つリゼヴィムやミラの気を何度も注ぎ込まれて体が変質している柳には何の影響もないのだが。
「……あっ、そっか! 此処は異世界だった。そりゃ、抑える必要ねぇか」
リゼヴィムは納得した様な顔をする。彼の視界に入った草花はドレもコレも異様な姿をしており、長生きをしているリゼヴィムでさえ初めて見るものばかりだ。そう、柳達はゼノンの手で異世界へと来ていたのだ。そして一人で納得しているリゼヴィムに対し、柳はミラを撫でながら口を開いた。
「……ええ、ミラが邪気を抑えなければあの世界は何れ滅びかねません。羽衣さんは兎も角、ゼノンさんも力を抑えていて下さいます。私が生まれた世界を壊さない為に。……私はそれが申し訳ない。神器の力で偶然とは言え私は彼女達と生まれた世界を引き離した。なのに私は平穏に固執して彼女達に我慢を強いています。自分でも最低だと思いますよ」
柳はそう言って溜息を吐く。その顔はどこか暗く、それを見たリゼヴィムは柳の隣に腰を下ろし直して顔を向けずに呟くように話しかけた。
「……それが柳ちゃんが生まれた世界を捨てる理由なの? ミラちゃん達にノビノビと暮らして欲しいから、異世界に移住すんの?」
「……ええ。まぁ、それだけではありませんけどね。リゼヴィムさんは私達の事をどういう奴らだと思っていますか?」
「頭のネジが外れまくった狂人。それも同じような奴らが互いに依存し合ってる。まっ、俺も人の事は言えないけどさ、柳ちゃん達は異常すぎでしょ」
「……否定はしませんよ。大切な者達を錯乱して殺した後に正気に戻ってしまい、また狂ったゼノンさん。我が子を再び産む事だけを目的としていたのに、その子供に地獄に落とされた羽衣さん。ハグレ悪魔に家族を皆殺しにされた私。そして……あれ? ミラは理由がありませんね。まぁ、そんな狂った私ですが生まれた世界は好きなんですよ。だから捨てるんです。壊してしまう前にね……」
「まっ、柳ちゃんらしいんじゃねぇ? あと、ミラちゃんは初めから狂っているって事で。おっ! 初釣果!」
リゼヴィムは柳の呟きに笑いながそう答え、柳もつられて笑う。それと同時にリゼヴィムの竿のウキが沈み、彼は一気に引き上げた。
「二人共、久しい」
リゼヴィムが釣り上げたのは体長数メートルのサメ。その胴体からはカニの様なハサミと足が生えており、その胴体にはゴスロリの少女がくっついていた。
「……全く! せっかく柳さんと二人っきりだと思ったのに、こんな奴まで連れてきて! ゼノンさんには後で文句言わないといけません!」
ミラは不機嫌そうにしながらもリゼヴィムが釣った鮫モドキを丸焼きにしている。やがて芳醇な香りがあたりを漂い出し、最初から一緒に来て居るのにすっかり存在を忘れられているリゼヴィムの腹が鳴く。オーフィスも香しい匂いにソワソワし始めた。
「まぁ、良いじゃん。あっ、俺はバター醤油ね」
「我はマヨネーズ」
「ご自分でどうぞ。あっ、柳さんは塩ですよね! すぐにご用意致します!」
二人に冷たく言い放ったミラは柳の世話をいそいそとし始める。やがて獲物を殆ど食べ尽くした所でオーフィスが口を開いた。
「リゼヴィム、柳、ミラ。グレートレッドを倒すのに力を貸して」
「あいつ倒したら世界に影響が出るのでパスします。倒すなら私が居なくなってからにして下さい」
「うわ~。やっぱ、君は狂ってるよ。自分の手でなけりゃ構わないなんてさ。……ワリィけど俺ッチもパス。俺も奴は倒したいけどさ~、今の副首領嫌いだもん。オーフィスちゃんも気を付けなよ? 今のアイツは危険すぎる。鹿でも追い詰められれば龍に角を突き立てるよ? 特にあいつは魂が摩耗しきってるからね。手段は選ばない。まっ、俺は俺で新しい組織作るから気が向いたらコッチに付いてよ。既に何人かは禍の団から引き抜き交渉済みだからさ。真面目な理想主義者の彼は世界の影響を与えない方法を模索するという条件で協力してくれるってさ。って! もうこんな時間かよ!?」
会話の途中でふと時計を見たリゼヴィムは慌て出す。彼が楽しみにしている番組がもうすぐ始まろうとしていた。
『ケツ龍皇 しりドラゴン!』
騒がしい音楽と共にその番組は始まった。内容はよくある特撮番組。ただ、その主人公は明らかにヴァーリをモデルにしていた。ヴァーリと良く似た体格の俳優の顔に映像編集によってヴァーリの顔をはめ込み、主人公が纏うヒーロースーツも白龍皇の鎧に酷似していた。主人公の名はヴァーリ・グリゴリ。流石にルシファーの名は使えなかった様だ。
「……なんじゃ、コリャ」
テレビの前に座っているフリードは唖然とした顔で番組を観ていた。今まで見ていなかったが、アザゼルに自分の組織が作った番組なんだから見ておけ、っと言われて観ているのだが無茶苦茶な内容だった。だが、冥界では子供と若いお母さんを中心に大人気らしい。なお、メインスポンサーはフェニックス家だ。
「しりドラゴン! 今日は私が力を貸しますわ!」
番組も終盤に差し掛かり主人公がピンチに陥いったその時、ヒロインの一人が現れる。そう、この番組ではヒロインが三人なのだ。ヒロインのモデルは小猫・ゼノヴィア・レイヴェルであり、それぞれヴァーリ同様に顔だけはめ込みにしている。なお、彼女たちは番組中では『ヒップガールズ』の名で慕われている。
「待ってたぞ、ヒップビショプ!」
今回のヒロインはレイヴェル。彼女の役名はヒップビショップ。ヴァーリが彼女を抱きしめて尻に手を回した瞬間、彼の体が光り出し、その両肩に砲身が現れる。このようにヒロインによって速度重視や攻防力重視の鎧に変化するのだ。
「……なぁ、大丈夫か?」
フリードは恐る恐るといった様子で後ろでソファーに座ってるヴァーリに話しかける。この番組が決まったと知らされた彼は血反吐を吐き散らかし、十日間生死の間を彷徨った。だが、今の彼は平然とした顔をし、両側に座った小猫とゼノヴィアを抱き寄せる。その手は次第に二人の臀部に行き、二人は蕩けそうな顔で彼に体を摺り寄せていた。
「ん? ああ、この番組かい? ははははは! 困ったものだな。この番組のせいで俺まで『ケツ龍皇』なんて名で呼ばれだしたよ」
「……いや、この番組の前から」
『全く迷惑な番組だ! 俺達とはなんの関係もないというのにな! これと同一視されるとは! まぁ、民衆などそんなものだ! 俺たちとは全く関係ないがな! ハハハハハ!』
「……あ、うん。現実逃避で楽になれんならそうしとけよ。俺からはこれ以上何も言わねぇ。そういえばアザゼルはどこ行ったんだ?」
「ハハハハ! ……ん? アザゼルなら墓参りと言ってたぞ」
「……そうか。アナスタシアがな」
「悪いな。俺が傍に居たの気が付けなかった」
アザゼルは死んだ息子夫婦と孫であるグリシアの墓の前でコカビエルにアナスタシアの裏切りについての報告をしていた。今まで言いづらくて話せなかったが、息子の命日が近いので墓参りのついでに言うことにしたのだ。それを聞いたコカビエルは杖に身を預けながら悲しそうに呟く。
「……いや、俺にも責任はある。俺の行動がなければアイツもそんな行動には……! 誰か来たようだな」
「この気配は……アナか! ……こいつらの墓の前だが、今のアイツは裏切り者だ。力尽くでも捕える」
アザゼルは絞り出すような声でそう言う。それは、まるで自分言い聞かせるような声であり、顔は悲しみに染まり、握りしめた手からは血が滲んでいる。そして、二人の前にアナスタシアが現れる。手には花束を持ち、その後ろには一人の幼児を連れて。
「コカビエルお祖父ちゃん! アザゼルお祖父ちゃん!」
その幼児は二人の姿を見るなり駆け出し、一番近くにいたアザゼルに抱きつく。思わずその子を抱きとめたアザゼルとコカビエルの顔は驚愕に染まっていた。
「グリシア……?」
「な、なぜお前が!?」
そう、その子は死んだ筈の二人の孫のグリシアであった……。
意見 感想 誤字指摘お待ちしています
次回更新は本当に魔法使いが終わってから あと数話で10巻を終わらせます
今回の結論 やっぱり主人公は狂人
番外編との違いは依存しあう関係かそうでないか 親父三人は我が強かった