漆黒の闇の中、二人の幼子が山中を必死で走っていた。その後ろから、蝙蝠の羽を生やした者たちが追いかけている。まるで、獲物を嬲るようにじわじわ追い詰めながら……
「お姉ちゃん。怖いよ。お姉ちゃん」
「大丈夫よ、グリシア。お姉ちゃんが付いているから。私が絶対に守ってあげるから」
姉は弟の手をしっかり握り締め、追跡者から必死に逃げる。しかし、追跡者との差は広がる事はない。幼子に慣れない山道は辛く、次第に疲労の色が見え始めた頃、追跡者も顔にも退屈の色が見えてきていた。そして、しっかり握られていた手が汗で緩んだ時、運悪く弟の足が木の根に引っかかり、転んだ拍子に離れてしまい
「あっ!」
「グリシア! 待ってて! すぐ……、え?」
弟を助けようと駆け寄った姉の顔に温かい物が掛かる。そして、先程まで弟がいた場所には赤い水溜りが出来ていた……
「ッ! はぁ、はぁ、……夢か」
一人で使うには少し広めの部屋にある大きめのベット。先程まで其処でうなされていた女性が飛び起きた。女性の顔色は悪く、大量の汗をかいている。女性は部屋にある冷蔵庫を開けると、ペットボトルの中身を一気に飲み干し、カレンダーに目をやった
「……そっか。もう、そんな時期なのね。もうすぐあの子の誕生日か……。お墓に何を持って行ってあげようかしら?」
「以上が中間報告です。引き続き彼女達の監視を続けます」
「お疲れ様です。……色々とご迷惑をおかけした様で」
家に戻った柳とミラは、ミカエルに対して依頼の報告を行っていた。悪魔との交渉の内容、聖剣計画の犠牲者が悪魔側に居て、ひと悶着あった事、そして、その後の物乞いなどの問題行動。ひとつ聞くたびにミカエルの口元が引きつっていき、物乞いの際の会話の時、ついに胃が痛み出したようだ
「信徒としての教育以前に、人としての教育が足りないんじゃないんじゃないですか~?」
ミラは面白そうに追い討ちをかけ、ミカエルの胃へのダメージは確実に蓄積されていった。今度ばかりは柳も止めずにそれを眺めていた。ついにミカエルが涙目になった頃、更に追い討ちをかける様な情報が入ってきた
「あっ、ミカエル様。彼女達、グレモリー眷属と協力するようですよ。あれ? ミカエル様?」
「ッ~~~~~~~~~~~~~~!」
余りの胃痛に悶え苦しむミカエルが復活したのはそれから数十分後だった……
「……お見苦しい所をお見せしました」
「何言ってるんですか。貴方達、天界が見苦しいのは前からじゃないですか。だって、貴方達がやっているのは詐欺同然でしょう? 神を信仰すれば神から愛を頂けるって言って、信者から寄付金を巻き上げて……」
満面の笑みで自分達の存在を否定する少女に対し、ミカエルは痛い所を突かれた、という沈痛な顔つきになる。今度ばかりは柳も聞き咎め、ミラに注意する
「こら、ミラ。言って良い事と、悪い事がありますよ」
「……は~い」
「……いえ、良いのですよ。そう思われても仕方がありませんから……。では、引き続きお願いします」
ミカエルはそう言って通信を切り、柳も食事の準備にとりかかった
「……いっその事、止めを刺してあげませんか?」
「……やめてください。天界が滅びたらお得意様が減りますから……」
「あぁん? 最近じゃ悪魔でも入信出来んのかよ?」
「んな訳ねえだろ。テメェを誘き出すための作戦だ! 俺達も聖剣奪還に協力してんでな」
エクスカリバーの強奪にフリードが関わっており、この地で神父狩りをしているという情報を手に入れた一誠達はゼノヴィア達から神父服を借り、おびき寄せようとしていた。この作戦に参加しているのはグレモリー眷属からは、一誠、祐斗、小猫。シトリー眷属からは匙が出ている。ちなみに、今回の事はそれぞれの主には秘密にしていた
一誠達の変装を見たフリードは一瞬固まり、次第に不機嫌さを増していった
「ちっ! つくづく教会ってのは腐ってやがんな。あんだけ悪魔は敵だ、倒すべきだ、って言っておいてよ、その悪魔と組んでんじゃねえか!」
フリードが腰から抜いた剣から聖なるオーラが迸る。それは悪魔が触れれば身を焦がし、斬られれば消滅させられる。一誠達が警戒する中、フリードは剣に憎悪の瞳を向ける佑斗に注目した
「……やっぱり、エクスカリバーに恨みがあるみてぇだな。仲間でもコレで消滅させられたのかよ?」
「……仲間が殺されたってのは当たってるね。僕は聖剣計画の生き残りだ。君だって、元エクソシストなら知っているだろう? あの計画の被験者がどうなったのかを。僕はエクスカリバーを破壊しなければならないんだ。僕を逃がしてくれた同胞達の為にも」
「……ああ、よ~く知ってるよ。あの計画の生き残りねぇ……」
フリードは後頭部を掻き出し、少し思案した後に口を開く。その顔に宿っているのは怒り。そして、僅かに悲しみが宿っていた
「んで、あの時、俺っちに戦いを挑んできたと。……分かってんのか? 俺っちの後ろに居るのは堕天使の幹部・コカビエルだぜ? 悪魔をさんざん殺している俺っちが言えた義理じゃねえけどよ、せっかく生き残れたのに死ぬ気かよ? ……ざけんな! なんで生き残ったのがテメエなんだよ!? なんであの人じゃねえんだ!」
「あの人? 一体何を言って……」
「馬鹿野郎! さっさと避けろ!」
激昂したフリードの言葉に気を取られた祐斗に向かって一誠が叫ぶ。我に返った祐斗は咄嗟に魔剣を創り出し、その一撃を防ぐ。魔剣は一撃で砕かれたものの、祐斗はなんとか回避し、フリードから距離をとった
「ちっ! やりそこねたか。せっかく生かして貰っといて死にたがる様な奴はさっさと殺そうと思ったのによ! ……あ~、ウダウダ考えるなんざ、メンドくせぇ。此奴等はどうせ悪魔なんだ。殺す理由なんざ、それだけで十分か」
「今だ! 伸びろ、ラインよ!」
フリードの一瞬の隙をつき、匙は手の甲に出現させたトカゲのベロを伸ばし、フリードの足に巻きつけた。フリードがベロを断ち切ろうとするが、実態が無いかの様にすり抜ける
「これが俺の神器
「ナイスだ、匙! ブーステッド・ギア!」
『Boost!!』
一誠の掛け声と共に力の倍加が始まる。今回の目的は祐斗の手によるエクスカリバーの破壊。その為、今回の一誠の役割は倍加した力を譲渡する事。その為に機会を伺っている時、祐斗が勝負に出た
「はぁあああああああああああっ!!」
二振りの魔剣を創り出した祐斗はフリードに向かっていき、フリードはその剣に向かってエクスカリバーを振り下ろす。たった一撃で片方の剣が砕かれ、もう一本の剣も追撃によって砕かれた。更に剣を創り出そうとしたその時、フリードの剣が振り下ろされる
「させるかよ!」
しかし、匙が咄嗟にラインを引張った為にフリードの体勢が崩れ、剣が僅かに逸れた。祐斗はその隙にその場から離れ、再び魔剣を作り出した。その光景を見た後、自分の足に絡まったラインに目をやったフリードは面倒くさそうに嘆息を吐き、呟いた
「……仕方ねぇ。少し本気出すか」
その途端、フリードに握られたエクスカリバーのオーラが増し、匙のラインを軽々と断ち切った。一同が動揺する中、フリードは殺気を漲らせ、剣を構える
「さ~て、ウザったいラインも消えた事だし、……そろそろ終わりにするか!」
「なっ!?」
フリードが叫んだ途端、その姿が無数に増え、一斉に襲いかかってきた。祐斗は手当たり次第に切り掛かるも剣は虚しく通り抜け、フリードの一撃が祐斗を襲う。祐斗の魔剣が全て砕け散り、その足から血が噴き出した
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「どうだい? 聖剣の味は。これが俺っちの
「黙れっ! 君に何が分かるって言うんだ! 僕の人生はその剣に狂わされたんだ!」
煙を上げている足を押さえ、苦痛に顔を歪ませながらも祐斗は立ち上がる。エクスカリバーへ憎悪を向けながら……。そして、その言葉を聞いたフリードも不機嫌さを増していった
「だ・か・ら! こんなの只の道具だって言ってるだろうが! テメエがやってるのは物に対する八つ当たりに過ぎねえんだよ! くっだらねえ!」
フリードの発した言葉に対し、あまりの怒りに祐斗が言葉さえ失う中、ついに一誠の力が最大まで倍加された。あとは射程距離まで近寄るだけだが、フリードが邪魔して上手く近づけない。どうしようか一誠が悩んでいる中、小猫がその体を掴み
「……行きます」
「こ、小猫ちゃん? うわぁぁぁぁぁっ!?」
祐斗に向かって全力で投げる。一誠は凄い勢いで祐斗に向かって行った
「こうなったらヤケだ! 木場ァ。受け取りやがれぇぇっ!」
『Transfer!』
「……これは凄いね。……
祐斗に力が流れ込んで行き、一誠はそのまま地面に激突した。祐斗は増加した力を確かめる様に手を握り、辺り一面に魔剣が咲き乱れる。フリードは自分に迫ってくる魔剣を切り飛ばしていくが、その隙に祐斗が接近し、
「悪いが此れで終わらせて貰うよ!」
辺りに鮮血が飛び散った……
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