それでは、第九十八話をどうぞ。
Side鏡夜
スキマを抜けて地霊殿の入口に戻った俺は、鬼達がいる場所へと向かおうとしていた。
「……」
地霊殿には多分、もう行かないかもしれない。俺が近づいただけでさとりがあんな風になってしまうなら、俺は近づかないほうがいい。もし、あんな風にならない方法が見つかったら、会うかもしれないがな。
「お兄さん、ちょいとあたいに付き合ってもらうよ」
道を歩き、鬼達がいる場所へと向かっていると、正面から少女に声を掛けられた。
二束の赤毛の三つ編み。黒のゴスロリのような服。そして、頭には猫耳。何者だ?
「何の用だ?」
「そんな怖い顔しないでよう」
軽快に笑う少女は俺に近寄ってくると、顔を覗き込んでくる。
「ふ~ん。貴方が時成鏡夜でいいのよね?」
「ああ」
「中々いい男だねぇ。死体になったらあたいに拾われてよ」
「死体になったらな。残念ながら、数千年は死体にならないつもりだがな」
死体……か。死体を好むということはこの娘は火車か。
少女は唇を尖らせると、俺から離れてそっぽを向いてしまった。
「ちぇっ、長いなあ。もう少し早く死んでくれない?」
「断る。生憎と、俺にはやることがあるんだ。……それで、結局何のようだ?」
そもそも、まだ俺は名前さえ名乗られてないのだが。
少女は尖った唇を緩めてニコニコと笑うと、再び俺の近くに寄ってくる。
「そうそう、実は貴方に用事があってね。あ、そういえばまだ名前を名乗ってなかったね。あたいは火焔猫燐。よろしく!」
「よろしく。それで、要件は?」
「それはねえ。ある人にお願いされたんだ」
お願いだと? 一体誰にお願いされたんだ?
ニコニコ笑顔の燐は俺の顔を覗くと、そっと胸元に手を置いてきた。
「その人にね。こう言われたんだ。『貴方がこのお願いを聞き入れてくれなければ、さとりを旧地獄の管理人から外します』って」
管理人という言葉から、旧地獄というのはこの地底の事だと予測する。それはいいのだが、一体誰がお願いした? さとりを管理人から外せるくらい偉い地位の者だというのは推測できるが、残念な事に俺はさとり達のトップを知らないからこれ以上は分からん。
「それで、そのお願いは俺と何の関係がある?」
「えーっとね。これは私の流儀に反するからあまりしたくはないんだけど、ごめんね?」
「な……!」
何をと言おうとした瞬間、俺の胸を燐の腕が貫いていた。
「その人のお願いっていうのが、貴方を殺せっていうお願いだったの。ごめんね。これもさとり様のためなの」
腕が引き抜かれると、俺の胸から鮮血が吹き出す。燐の腕には俺の心臓が握られている。不意打ちとはいえ心臓を引き抜かれるなんて、俺も油断しすぎていたな。
まだ脈打っている心臓から滴る血をペロッと舌で舐めた燐は、口元から真っ赤な血を垂らしながら微笑んだ。
「うん、あたいが見込んだ通り、お兄さんはいい男だね。お兄さんの血、暖かくて美味しいよ。……って、もう聞こえてない?」
微笑み、俺の心臓を丸かじりする燐。心臓の中から溢れ出る鮮血を顔に浴びた燐は恍惚とした表情を浮かべる。
「ああ、本当、お兄さん美味しい。このまま、死体としてじゃなくて私が食べちゃおうかな」
「……ふふふ」
ああ、良かった。
「ん? お兄さん、まだ喋れるの?」
「ハッハッハッハッハッハ!! アッハッハッハッハ!!」
本当に丁度良かった。
「お、お兄さん? なんで、生きているの?」
心臓を再生させ、血を作り出し、傷を塞いだ俺は片手で目を覆い声高らからに笑う。
ああ、最高だ! ちょうど良かった! この昂ぶりを沈められる!
一頻り笑い終えた俺は、嗤いながら燐を見る。
「燐、お前は俺の命を狙っている。つまり、俺の敵って認識でいいだよな」
「そ、そうなるね」
「ああ、ならば丁度いい。俺は今頗る機嫌がいい! 俺のこの気持ちの昂ぶりが収まるまで付き合ってもらうぞ!」
即座にカードを取り出して戦闘用のフィールドを展開する。さあ、戦闘の時間だ! 俺のこの昂ぶりを冷ましてくれよ!
Side紫
「紫様、どういう事なのでしょうか……」
「……分からないわ」
鏡夜が地底に向かって心臓を抜き取られるまでをスキマから覗き見していた私と藍は渋い顔をしていた。
確かに、鏡夜は色々とおかしかった。鏡夜は人間にあるにも関わらず、人間の寿命を遥かに超えて生き続けているし、妖怪だけが持っている妖力をその身に宿している。
人間も妖力を持とうと思えば持てるが、それは一定の妖怪と関係を持つか、自身が人間から妖怪に実を落とせば妖力はその身に宿る。だが、鏡夜は違う。生粋の人間なのに、妖力を持っていた。
他にも、鏡夜はこの日の本の国から出た事ないはずなのに、海を超えた向こうの世界。まだ、日の本の人間が行けなかった海の向こうの世界を鏡夜は知っていたのだ。
今思い出せば、おかしい事だらけだった。もしかしたら鏡夜は別次元の存在なんじゃないかとも考えていた。けれど、私はあえてその考えから目を逸らし続けていた。
あの鏡夜だから知っていてもおかしくない。そう思い込みながら自身の考えを否定し続け、鏡夜は私達と同じ存在だと思い続けた。
……だが、さとりの話から、私の否定し続けていた考えは真実味を帯びてきている。
あの時代の技術では鏡夜のような超常の存在を創りだすことは出来ない。創りだすとしても、出来る者はこの世界にはいない。つまり、彼はこの世界以外の者に創りだされた……それも、私がいくらいても届かないような高みにいる超常の存在に。
……なんて、真剣に考えては見たけど、こんなの至極どうでもいいわね。鏡夜が創られた? 鏡夜が別の次元の存在? 昔の私はなんでそんなどうでもいい事で考えていたのかしら。
運命も思いも考えも何もかも鏡夜じゃないとしても、私は鏡夜に出会えた。仕組まれた運命だろうと仕組まれた気持ちだろうと、なんだろうと鏡夜に会えたのだから、創られたとかそんな小さいことはどうでもいい。なんで、昔の私はそんな簡単な事に気づかなかったんだろう。
鏡夜もきっと、そう考えているでしょう。……いや、むしろ鏡夜の事だから、この状況を面白がっているんじゃないかしら?
「藍、支度して。鏡夜を殺すように命令した人に会いに行くわよ」
「紫様、誰が命令したか分かるのですか?」
「ええ」
旧地獄を収めているさとりにあんな事言えるのは、さとりと関係があり尚且、旧地獄を管理していた者。死後の世界への判決を下す閻魔大王ただ一人だけのはず。……四季映姫・ヤマナザドゥ。彼女が何か知っているはずだ。
「映姫、貴方は何を考えて鏡夜を殺そうとしたのかしら」
鏡夜は殺そうとして殺せるような相手ではない。それこそ、鏡夜以上の力を持った者を鏡夜にぶつけるしかない策がない。
何故、映姫は殺せもしない鏡夜に刺客を仕向けたのか……直接会って問いただすしかないわね。
準備を済ませ、あの世にある三途の川へとスキマを繋げる。
「紫様、私達はどこに向かっているのでしょうか?」
「あの世。三途の川へ向かっているわ」
「三途の川……つまり、今回命令した人物は閻魔か死神ということですか?」
「ええ。何かしらの関わりは持っているはずよ。……けど」
スキマの入口を見ながら言葉を切り、軽く舌打ちする。
「簡単には話してくれないでしょうね。多分、軽く戦闘に突入。或いは、本気で戦うことになるわ。なるべく穏便に済ませたいけど」
いや、本気で戦う事になるだけならまだいい。一番嫌な展開は、私が捕らえられて鏡夜に干渉できなくなることが一番の問題。
この幻想郷を覆って幻想郷を外の世界と隔離している博麗大結界は藍がいるから問題はない。しかし、博麗大結界よりも重要なことがある。それは、アルレシャという女の子が言った一年以内のこと。
あの時、強固な結界が張ってあったせいで鏡夜のいるスキマと繋げることが困難だったが、何故か急に結界が緩み繋げることができた。
そして、繋いだ時に見て聞いた言葉。アルレシャの一年以内という言葉。
アレが一番の問題だ。もし、映姫とあのアルレシャが関係していたら、捕まって一年以内に起きる何かしらに関与できないかもしれない。……最低でも藍だけは逃さないと。
「藍、出るわよ。覚悟しときなさい」
「了解しました」
さて、どこまで聞き出せるだろうか。
藍と共にスキマを出ると、そこは若干霧がかかった場所に出た。
何度来てもここは苦手だ。死者の国へと通ずる三途の川。辛気臭くてかなわない。
「……!まさか、もうお出ましになるなんて。想定外ですわ」
「貴方が来ることは分かっていましたから」
歩きだそうと足を上げると同時に、霧の向こう側から私の足元に小さな弾幕が打ち込まれた。
当てる気の無い一撃。だが、当たれば無事ですまないほどの威力だ。これは、交渉次第では最悪の展開になりかねない。
「それはそれは、こちらの情報は少しも漏らしたつもりはないんでしたが……まさか、閻魔様ともあろうお方が私達の生活を盗み見していたのかしら?」
「いいえ、まさか。私が情報を得たのは上からですよ」
霧の向こうから二つの人影がゆっくりと近づいてくる。
一つは小柄な体型。もう一つは大鎌を持った大柄な体型の人影。一人は映姫だとしても、もう一人は……死神か。
「上……閻魔様よりも上の位があるのですね」
「ありますよ。……さて、お喋りは終わりにしましょう。単刀直入に聞きます。紫、貴方は何をしにここに来たのですか?」
憐れみにも似た声が霧から聞こえると同時に、霧の中から二つの人影が出てくる。
一つは右側が長い緑の髪に帽子に紅白のリボンを付けた人物、四季映姫・ヤマザナドゥ。
もう一つは赤髪、赤目であり長身の体には半袖の着物のような服装を身に纏っている死神。確か、彼女は船渡しの死神だったはずだが? 何故ここにいる、小野塚小町。
「あら、私がここに来ると分かっているのならば、ここに来た理由もわかるのではありませんか?」
いつもの作り笑いを顔に貼り付け、こちらの表情を読めなくさせてから言う。人の罪を裁く閻魔に対して効果は無いと思うが、念のためだ
「ええ、分かりますよ。一応聞いただけです。……時成鏡夜の下に刺客を送ったことですね?」
「さて、どうでしょう」
「隠さなくてもよろしい。裁きを下す閻魔に隠し事や誤魔化し事は無いも同然ですよ」
やはり、閻魔相手に嘘や誤魔化しは効かないか。
「……ええ、そうです。どうしてあのような勝てもしない相手に刺客を送ったのでしょうか?」
「さあ、どうしてでしょうね。私は知りません」
……は? 知らないだと?
「それは、どういうことでしょうか?」
「言葉の通りです。私は上から命令されたため、さとりを利用して刺客を送りました。それ以外の事は何も命令されてませんし、話も聞いていません」
命令されたから鏡夜に刺客を送ったと。私の愛しの師匠である鏡夜を殺そうとしたと。ま、殺されるとは少しも思ってはいないけど。
「紫様、手を緩めください」
藍に言われて、思わず自分の手を見た。
掌に赤く血が滲んでいる。握りすぎてどうやら掌から血が流れてしまったようだ。……どうして? 私は何故ここまで力を入れてしまった?
体の底から、何かがフツフツと湧いてくる。これは、怒り? 私は今怒っている?
……ああ、これは怒りだ。私は今もの凄く怒っている。愛しの鏡夜が閻魔の上からの命令という理不尽な理由で殺されそうになった事に怒っている。
確かに人は死ぬ。それは、妖怪も変わらないことだ。その中には理不尽な理由で、他人の勝手で殺される又は死ぬこともあるだろう。鏡夜だけではない。この世の理といってもいい程世界には理不尽な理由、他人の勝手で死ぬものが溢れている。
故に私のこの怒りはおかしいものだ。この世の理といってもいい理不尽な死に、殺しに怒るなんて。目の前で何千、何万もの死を見て来た私が怒るなんておかしいことだ。
だから、私はこれを先程は怒りと言ったが訂正する。私はただ目の前にいる映姫に、理不尽に八つ当たりする。それならば、私はおかしくない。もはや、この考え自体が狂ってるかもしれないが。
だが、今ではない。今やってしまっては捕まってしまい元も子もなくなる。だから、映姫に八つ当たりするのはこの三途の川のどこからか感じた何かを見つける時だ。
「そうですか。なら、閻魔様から話を聞こうとしても、これ以上は無理ですわね。……今回はお暇させていただきますわ」
「そうしなさい、紫」
「ええ、それでは」
映姫に一度会釈してから自宅へのスキマを開き、中に入っていく。
「一年後」
「……」
僅かに聞こえた言葉に振り返る。
「一年後。貴方の知りたかった真実が全て分かりますよ」
「……そうですか」
真っ直ぐと。映姫の大きな瞳は私を見据えながら言ってくる。
やはり、全ては一年後。何が起こるというの、一年後に。……いや、今は一年後よりも、先ほど感じた何かを探さないと。
再び映姫に会釈しスキマへと入る。
Side映姫
「いいんですか、映姫様。紫に上からの命令を教えなくて?」
「いいんですよ、小町。今教えた所でどうしようもありませんしね。……それに、上からの命令にあった紫を計画の日に幻想郷に居させないという目的のためでもありますしね」
「ああ、計画のためですか。……あの計画って下手すりゃあ幻想郷滅びますよね?」
「滅びますね」
「そんな簡単に……でもまあ、大丈夫っすかね? あの人がいることですし」
「ええ、大丈夫ですよ。私達が愛した人間。鏡夜がいますからね」
「ふふ、久しぶりに会いたいですね。鏡夜に」
「ええ、会いたいですね。もし会うとしたら、物心つき始めた時以来ですね」
「そうですね。ああ早く会いたい。早く計画が実行されないですかね?」
「気長に待ちましょう。私達にとって一年なんて、瞬きと同じようなものですよ」
なんか、色々とごちゃごちゃになってきたきた感が……シリアスってむずい!
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