では、第九十七話をどうぞ。
Side鏡夜
「勇儀、これからどうする?」
橋を渡り、再び活気ある場所へと戻ってきた俺達は、屋台に腰掛けて勇儀と話していた。妹は、俺の隣に座らせている。
「とりあえず、私は母さんの下へ行くよ。鏡夜は、妹を姉の下へ連れてって行ってくれないかい?」
「分かった。それじゃあ、妹よ。行こうか」
「私は妹って名前じゃないよ」
立ち上がり、妹に向けて手を差し伸べると、妹はそっぽを向いてしまった。
いや、まあ、確かに妹って名前じゃないだろうけど、なんて名前なんだ? 勇儀から特徴は教えられているが、名前は教えられてないぞ。
勇儀の方を見ると、煮込んだ大根を口に運ぶ形で固まったままの勇儀がいた。
「あ――――――ごめん、教えてなかった」
「……教えてくれ」
パクッと一口で大根を食べた勇儀はそっと俺の耳元で呟く。
「妹の名は古明地こいし。姉の名は古明地さとりだ」
こいしにさとりね。二人揃って可愛い名だこと。……? さとり? そうか。この子達は覚妖怪か。
勇儀の話では、さとりと話てる時、なんだか心を見透かされているような感じがしたと言っていた。って事は、さとりは心を読む妖怪の類。俺が知っている中で心を読むなんて出来る妖怪は、覚妖怪しかいない。名前もさとりだし。
こいしの方を向き、再び手を差し伸べる。
「こいし、お姉ちゃんの所に行こうか」
「……うん!」
手を繋いで一緒に立ち上がり、さとりがいるであろう建物を目指す。
「あ、勇儀、ここの代金は勇儀持ちで頼むな」
「え……? ちょ、ちょっと! 鏡夜聞いてないよ!」
俺の手を離して、クルクルと回りながら歩いているこいし。途中までは手を繋いで歩いていたんだが、突然手を離したかと思うと、急にクルクル周りながら歩き出してしまったんだ。
「こいし」
「な~に~?」
「どうして、突然離れたんだ?」
何気なく聞いてみると、こいしはピタッと動きを止めると、自分の両手を交互に見始める。
「あれ? 私なんで離してるんだろう?」
小首を傾げながら俺に聞いてくるが、俺にも分からん。むしろ、教えて欲しいくらいだ。アレか? 無意識を操る能力が関係しているのか?
「いや、俺は分からんぞ?」
「ん~? まいいや。お兄ちゃん、また手繋ご」
いつの間にか、お兄さんからお兄ちゃんに変わっているんだが……気にしてはダメか。
差し出された手を握り、再び歩き始める。……何故だろうか。妙にこいしが握る手に力が入っているんだが。
「なあ、こいし。何でこんなに力入れてるんだ?」
「だって、こうしてないと、またお兄ちゃんから離れちゃうかもしれないでしょう……」
「……そうか」
どうして、そんな悲しみに満ちた瞳で俺を見てくるんだ。やはり、俺一人ではこの悲しみに満ちた瞳は治せないか。
推測だが、多分こいしは能力のせいで誰にも相手にされない、もしくは疎まれてきたのだろう。姉や鬼達はそんなことはしないだろうが、弱い人間達がしたんだろうな。
だから、こいしの悲しみに満ちた瞳を治すには、大勢の人間か妖怪がいる。……俺の知り合いだけで満足してくれればいいんだが。
「お兄ちゃん。着いたよ」
「ここか……」
考え事をしている間に、どうやら着いてしまったらしい。まずいな。さとり対策の心を読まれる対策をまだしてないぞ。
俺の手から離れて走り出し、建物の前でクルリとこちらを向いたこいしは笑顔で言ってきた。
「ようこそ、地霊殿へ」
「ああ、お邪魔するよ」
まあ、対策なぞどうでもいいか。心を読まれて困ることもないしな。
「こっちこっち!」
「勝手に上がってもいいのか?」
片腕をこいしに引かれる形で地霊殿の中へ入ってしまった。一応、こいしはこの地霊殿の住人だから、勝手に上がってはいないのか? ま、入ってしまったのだから、気にする必用はないか。
薄暗い廊下をこいしと一緒に歩くこと数分、こいしが大きな扉の前で止まった。
「ここだよ!」
「ここに、さとりがいるのか?」
「うん! お姉ちゃん、ただいま!」
扉を開け、こいしは中へと入っていく。その後ろに続いて入っていくと、中には椅子に座って本に視線を落としている少女がいた。読書に集中しているせいか、こっちには気づいていないな。
桃色の髪に、こいし同様に胸元に目を付けている。しかし、こちらはこいしと対照的に目は開いている。あの少女が、こいしの姉のさとりか。
扉を開けて中に入ったこいしは、さとりの下へと一直線に入っていく。走る音に気づいたのか、視線を本から俺達に向けてきたさとりは一瞬驚いた表情を浮かべた。
「こ、こいし!?」
「お姉ちゃーん!」
「キャアッ!?」
椅子ごと真後ろへ。こいし、姉に飛びかかるのはいいが、もう少し力加減を考えたらいいと思うぞ。さとりの奴、思いっきり後頭部ぶってたぞ。
「こ、こいし! いつの間に帰ってきてたの!」
「ついさっきだよ」
後頭部を摩りながら起き上がってきたさとりは、こいしの肩を掴むと、思いっきり前後に揺さぶりながら聞く。
平然とこいしは答えているけども、アレ、やられたら結構気持ち悪くなるぞ。
「姉妹の話は終わったかな?」
「ッ! 貴方は、誰ですか?」
「こいしを連れてきた者ですよ」
「……こいし、そうなの?」
「うん!」
さとりの視線がジッと俺に注がれる。はて、俺は何か悪いことでしたかね?
「悪いことはしてませんよ」
おお、本当に心が読めるんだ。凄いね。
「褒めても何も出ませんよ。……貴方のお名前は?」
時成鏡夜。しがない人外だよ。
「そうですか、貴方時成鏡夜さんでしたか……鏡夜さん。こいしを連れてきてくれたのは感謝します。ありがとうございます。ですが、今すぐここから出て行ってください」
「お姉ちゃん!?」
こいしが叫ぶが、さとりはこいしを無視し続けて話してくる。
「おや、俺は何も悪いことしてはいなんじゃなかったのか?」
「ええ、貴方は何も悪くありあません。ただ、貴方の心が……いえ、なんでもありません。それより、早く出ていってください! この部屋からでもいいですから、早く!」
……どうやら、俺は何か迷惑なようだ。それでは、俺は退出させていただくよ。
「じゃあな、こいし。またいつか会おう」
「お兄ちゃん!」
二人に軽く手を振った俺は、踵を返して入ってきた扉から外へ出ていった。……一体、俺の心がどうしたというのだろうか?
Sideこいし
「お姉ちゃん! どうしてお兄ちゃんを追い返したの!? お兄ちゃんは私を怖くないって言ってくれたし、私を自力で見つけてくれた人だよ!」
お兄ちゃんが退出したあと、私は椅子を戻し、座り直したお姉ちゃんに詰め寄っていた。
折角、私を怖くないと言ってくれた人を、私を見つけたくれた人を見つけたというのに、お姉ちゃんが追い返してしまった。これには、妹の私でもお姉ちゃんを許せない。
「お姉ちゃん!」
「……こいし」
「お姉……ちゃん……?」
私がお姉ちゃんの肩を掴み詰め寄ると、お姉ちゃんは今までに見たこともないような怯えた表情をしていた。
私達が人間に虐められていた時にも見せたことがないような表情。いつも無表情を貫いているお姉ちゃんにとって、これは異常だ。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「こいし……ごめんなさいね。でも、こうするしかなかった」
「お姉ちゃん……」
ゆっくりと私の体を抱きしめたお姉ちゃんの手は……震えていた。
「ねえ、お姉ちゃん、どうしてお兄ちゃんを追い返しちゃったの? 教えて」
私もお姉ちゃんの体を抱きしめ、背中を摩りながら聞いてみる。すると、今度はお姉ちゃんの腕だけで無く体までもが震え始めた。
「無理しなくてもいいよ」
「いえ、言うわ」
ギュッと私の体を抱きしめたお姉ちゃんはゆっくりと深呼吸すると、ポツポツと話し始めた。
「鏡夜の心と記憶を私は覗いたわ……今まで、私が読んできた心はどれも普通だった。おかしくても、それは常識内でおかしいくらいだった。でも、鏡夜は違うわ」
再び震えだすお姉ちゃんの体をギュッと抱きしめる。
「それで、鏡夜はどう違ったの?」
「鏡夜の心は、ひたすら空虚だったわ。感情らしき物はあったけど、それは全て作り物、紛い物だったわ」
お兄ちゃんの心が空虚……感情は作り物で紛い物? そんな……嘘でしょう。それなら、私を怖くないって言ったあの感情は、作り物……?
「そんな、だって、お兄ちゃんは私の事怖くないって……」
思わず私も震えてしまう。
「それに、鏡夜の記憶を覗いたけど、鏡夜の記憶は封印されていたわ。でも、ほんの少しだけ記憶の断片を見てしまったわ。その記憶は……」
お姉ちゃんの言葉を聞いた瞬間、私の視界は真っ白になってしまった。それ程、お姉ちゃんの言葉が衝撃的過ぎた。
Side鏡夜
「俺は……そんな残虐な事をされていたのか」
扉の向こう側で話している姉妹の話を聞いていた俺は、思わず天井を見上げてしまった。
俺の感情は全て紛い物で、作り物……そして、俺は記憶を植えつけられて何者かによって人工的に作り出された人間。人格も、感情も、思考すらも、俺自身の考えではなく、全て他人によって作り出されたもの。
お嬢様達に対する愛情も、紫ちゃんに対する愛情も、ルナサちゃんに対する愛情も、紅魔館の面々、霊夢ちゃんに妖夢に魔理沙ちゃんにアリス。全てに対する感情すらも、作り出されたもの。何一つ、俺の感情は存在しない。
違う次元にいる親友に対する感情すらも、俺にとっては紛い物でしかない! ああ、くそが!
スキマに入った俺は、地霊殿の出口にスキマの出口を作る。
Side???
「バレてしまったか」
真っ白な空間の中で、青い髪の少女、アルレシャと一人の老齢な男が小さな水晶玉を眺めながら呟く。
「どうします? このままでは鏡夜は壊れてしまうかもしれませんよ?」
「大丈夫じゃろ。この程度で壊れてしまう程、脆くは出来ておらん。それにじゃ。もしこれで壊れてしまっても、それはそれまで男だったって事だ」
「そうですか……まあ、確かに鏡夜はこの程度で壊れる器ではありませんね」
「他の者達はこの真実を知った時点で壊れたがの……それよりアルレシャ。おぬしは調整は済んだのかの?」
「ええ、一通りは。強いて言えば、実践訓練ができればいいのですが」
「しばらく時間があるからの……少し他の場所に行って戦ってきてよいぞ」
「わかりました。では、時が来たらお呼びください」
ふっとアルレシャの姿消える。
残された老齢な男は水晶玉に目を落とす。水晶玉に写っているのは、老齢な男一人……ではなく、何人もの老齢な男が水晶玉に写っていた。
「儂達の娯楽にもう少し手伝ってもらうぞ、鏡夜」
残虐な事は、各々の中で最高にえぐい事を考えてください。
感想、アドバイス、誤字、お待ちしております。