二人の吸血鬼に恋した転生者   作:gbliht

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皆様、大変すみませんでした。感想の返信ができず、更には二週間も開けてしまい……。ですが、これからはもう少し早く掛けると思うので、頑張っていきます。

それと今回は、ちょっと試験的な意味で、第三者視点で二万字超えてます。それだけに読みにくいかと思いますが、どうぞ付き合ってくださいませ。

それでは、二日遅れバレンタインデーベントをどうぞ。


番外編 バレンタインデー

Side???

 

「初めまして……って訳でもないが初めましてじゃな」

 

真っ白な空間。それは、天も地もなく、唯宙に浮いている錯覚を受けるだけのような真っ白い空間。その中央……と言っていいのか分からないが、その中央に一人の老人が、金色の豪勢な椅子に深く座り込んでいる。

 

「いやはや、何回か登場はさせてもらっておるが、おおよそ儂の事は想像がついておるじゃろう?」

 

老人はこちらに微笑を浮かべると、そんな事を言いながら立ち上がり、掌に水色に輝く水晶球を取り出し、天へと放り投げ、それに向かって指を指す。

 

「まぁ、儂の事など二の次で良いわな。……さて、本題じゃが、先日はバレンタインデー。勿論、現実でもそうであるし、幻想郷でもそれは変わらん。そこでだ、今回は、幻想郷でのバレンタインデーを、この儂が語り部として語らせていただきたいと思う」

 

老人は、目の前にいる私に向かって丁寧に頭を下げ、放り投げた水晶玉を受け止る。

 

「では、僭越ながら語らせてもらおう。これは、鏡夜と幽々子。そして、その他の皆が宴会を終わらせた日から、一ヶ月程後の事……」

 

 

 

「馬連多淫デイ?」

 

「言葉がちょっと違う気がするけど、そうよ」

 

快晴の中、不謹慎にも博麗神社のとある一室にて、部屋に篭ってお茶を飲みながら二人の少女が、まったりと寛いでいた。一人は、紫色の服。もう一人は、脇を開けた紅白の巫女服。ここまで言えば分かるかもしれんが、この二人とは紫と霊夢。

 

何故二人がこんな事をしているかというと、紫が面白い話しがあるとのことなので、霊夢が部屋へと招いたのだ。

 

普段霊夢は厄介事しか持ってこない紫を部屋の中に入れるということはあまりしないが、この時だけは、有益な情報だと霊夢の感が働いた為中に入れた。

 

「で、その馬連多淫デイ、って何よ? 馬の連帯がなんか恋仲にでもなって盛ってる事でも言うの?」

 

「そんなわけないでしょう。バレンタインデーってのはね、チョコレートを渡す事を言うのよ」

 

「チョコレート?」

 

「そうよ」

 

今の幻想郷では、チョコレートと言うのはあまり存在しないためか、霊夢はチョコレートという言葉に首をかしげた。それはそうだろう。霊夢は生粋の日本人。しかも、人里に行っても、買うお菓子はおせんべい程度だ。そんな霊夢がチョコレートを知らなくても無理はなかろう。

 

不思議そうな顔で首を傾げる霊夢に、紫は頷きながら、霊夢の目の前にスキマを開き、一粒のチョコレートを落とした。

 

「これが?」

 

「そう、チョコレート。食べてご覧なさい」

 

見たこともない食べ物に、少し戸惑いながらも、霊夢は目の前のチョコレートを食べた。

 

「ふあ……!」

 

「どう、美味しいでしょう?」

 

「うん、美味しい」

 

最近、紫は見る事があまり出来なかった霊夢の笑顔を見れた事に、ちょっとだけ嬉しさを感じていた。

 

それはどうでもいいとして、霊夢はチョコレートを食べたことによって、頬を緩め、いつものキリッとした態度とは違う、年相応の少女の顔で笑顔になっている。

 

「で、これを他人にあげるの? 正直言って、他人にあげるより、自分で食べたほうがいい気がするんだけど?」

 

「そうね。でも、バレンタインデーってのは、女が男にチョコレートをあげるのよ」

 

「女が男に?」

 

紫は頷くことによって肯定する。

 

そう確かに、バレンタインデーは女が男にチョコレレートをあげる日だろう。だが、バレンタインデーの肝心な部分を、あえて紫は言わなかった。

 

「ってなわけで、霊夢もチョコレートを作って、男にあげなさい。こっちでチョコレートの作り方と、材料は用意したあげるから。あ、ちなみに、明日がバレンタインデーだから」

 

「あ! ちょっと紫」

 

紫は簡潔に纏めると、じゃあねとだけ言って、スキマの中に入り、それは入れ替わるように大量のチョコレートがスキマから落ちてきた。

 

カカオから、普通に板チョコ。酒の入ったチョコレートボンボン……と言ったかな? そんな数々のチョコレートとそれを加工するための調理用具からレシピまで、全てを置いていった。

 

その圧倒的な数のチョコレートを前にして、霊夢は一瞬面食らうが、すぐさま首を左右に振って、山のように積み上がったチョコレートを一つ持ち上げる。

 

「男にチョコレートをあげる……ね」

 

霊夢が一番最初に思いついた男は、主人公である時成鏡夜の姿。彼の姿のみが霊夢の頭の中で想像された。

 

『霊夢、愛してるよ』

 

『鏡夜……私も』

 

想像した霊夢の頭の中の鏡夜はかなり美化されてはいるが、まぁそれは彼女の妄想ということで……。

 

自分の妄想に、キスまでしようとして、霊夢はふと我に返って顔を真っ赤にして、頭を思いっきり降った。

 

「バカバカバカバカ!! 私ったら、何を考えているのよ……」

 

冷静になり、持っていたチョコレート見つめた霊夢は、一つため息を吐くと、そっと山に持っていたチョコレートを置いた。

 

「そんなね、私がチョコレートを作るなんてね……」

 

苦笑いを浮かべながら、霊夢は台所に行き、自らの闊歩着を着て、再び部屋に戻ってきた。

 

「そんなね……チョコレートなんて……」

 

なんて言いつつも、山いっぱいのチョコレートとレシピと器具を抱えた霊夢は、台所に行き、今日誰ひとりとも関わらない覚悟でチョコレート作りに励み始める。

 

さて、ここら辺で場面を交換しよう。次の場面は、三姉妹のとこにでも行ってみようか。

 

 

 

「ルナサ姉さん」

 

「なに?」

 

ちょっと人里から離れてはいるが、地味に紅魔館とは距離が近い、古びた屋敷の中。バイオリンを美しく奏でていた少女に、キーボードを奏でていた少女が声を掛けた。彼女らは、言わずとも知れたプリズムリバー三姉妹の長女と三女。ルナサとリリカだ。

 

一体何の為に声を掛けたとのか気になったルナサは、演奏を一旦やめると、リリカに向かって瞳を向ける。

 

「いやね~なんか人里ではバレンタインデーってのがやるらしいよ~?」

 

「バレンタインデー?」

 

「それなら、私も知ってるわ」

 

「メルラン?」

 

リリカの肩ごしから顔を出しながら、ニヤニヤとしながら少女が言った。彼女は次女のメルラン。

 

一体なんでそんな話を知っているのかと疑問に思うルナサであるが、それよりもこの二人が絡むと、ちょっと困ったことになるので、あまり絡んで欲しくないのが心の中の大半を占めている。

 

「なんでも~女がチョコレートを渡す日だってよ~」

 

「そうらしいわよ~」

 

「そうなの?」

 

それが一体私と何の関係があるのかと再び疑問に思うが、すぐさまこの二人が言いたいことがわかった。

 

「そ、それってもしかして……」

 

「そうだよね~女がチョコレートを渡す日だもんね~」

 

「だったら~姉さんも渡す人がいるんじゃないかな~?」

 

そう言われたルナサが想像したのは、やはり時成鏡夜。

 

『ルナサ、美味しかったよ』

 

『そ、それは、よかった』

 

『だから、このまま君を……食べちゃいたい』

 

『え、きょ、きょうや……!!』

 

「姉さん、姉さん~!」

 

「……ッ~~~~~!!!!」

 

妄想の中にトリップしていたルナサはリリカの言葉によって現実に戻ってきたが、自分の妄想していたことだと言うのに、自分で恥ずかしくなり、急激に顔を真っ赤にして、うつむいてしまった。

 

「あれれ~姉さん~何を考えていたのか~?」

 

「もしかして~言葉にできないこととか~?」

 

二人の茶化すような言い方に対応できず、ルナサはそのまま顔を真っ赤にして俯いたまま無言でいる。

 

これは相当アレな妄想をしていたなと、リリカとメルランは瞳だけで会話し、二人して同時にため息を吐いた。

 

「は~、さてっと、そんな姉さんにお知らせ!」

 

真っ赤になって俯きながらも、ルナサは瞳だけをリリカに向ける。瞳の先には、チョコレートが大量に積まれ、その近くに数冊のレシピ本が置かれていた。

 

「こちらなんと、素人でも簡単に作れるお菓子本だそうですよ、姉さん」

 

「これ使って、鏡夜さんにお手製チョコレート作ってあげなよ!」

 

「ま、異論は聞かないけどね。それじゃあ、頑張ってね~」

 

二人は言いたいことだけを言うと、そそくさと部屋を去ってしまった。

 

後に残されたのは、顔を真っ赤にしたルナサと大量に積まれたチョコレート。そして、数冊のレシピ本。

 

「うう、私、料理なんかしたことないのに……」

 

でも、やらないと、折角用意してくれた二人に悪いよね。と考えながら、ルナサは恐る恐るレシピ本に手を出し、この日、必死になって一人でチョコレートを作り始めるのだった。

 

さて、毎度のことながら、ここで場面展開と行こう。

 

 

 

「魔理沙は、バレンタインデーって知ってるかしら?」

 

「んあ? バレンタインデ~?」

 

日光があまり入らず、常にじめっとしている森こと魔法の森。その一角にある一般的な家の中に、二人の少女がいた。

 

一人は寝っ転がりながら、口にビスケットを咥えながら魔導書を読んでいる少女、魔理沙。それとは対照的に、黙々と人形を手縫いで作っている少女、アリス。

 

そんな少女たちが、昼下がりになった頃に、そんな会話をしていた。

 

「ん~知らないな~」

 

「そう。なんでも、女が男にチョコレートをあげる日のこと言うそうよ」

 

「へ~」

 

少しの興味も持たずに、魔理沙は答える。その姿にアリスは一つため息を吐いて、人形を更に作っていく。

 

「……って事は、それで、色々とチャラに出来るかな?」

 

二人して沈黙の中、先に沈黙を破ったのは魔理沙だった。先ほどの会話にあまり乗り気では無かっただけに、先ほどの話題を出してきたことにアリスは驚くが、至って平静に返す。

 

「さあ、できるんじゃないかしら? 物にもよると思うけど」

 

「そっか」

 

短く一言。それだけを言った魔理沙は魔導書を閉じると立ち上がり、持ってきていた箒と三角の黒い帽子を被って玄関まで歩き出す。

 

その姿に、ちょっと疑問を感じたアリスは人形作りをやめて、魔理沙に視線を向けた。

 

「あら、帰るの?」

 

「ああ、ちょっとだけ用事が出来た」

 

「そう、それじゃあ、バイバイ」

 

魔理沙は後ろを向いたまま、アリスに向かって手を振る。そんな魔理沙の頭の中に想像された男は時成鏡夜……ではなく、魔法の森にある、香霖堂と呼ばれるお店の店主。この男事については、今はいい為、後にしておこう。今後のお楽しみだ。

 

魔理沙を見送ったアリスは、隣にいた人形……上海に向かって、二言三言言って台所に行く。

 

「さて、魔理沙は帰ったことだし、私はチョコレート作りに励みますか」

 

腕まくりをし、料理がいつでも出来る状態になったアリスは、丁度よく材料を持ってきてくれた上海にお礼を言いつつ、調理の準備にかかっていく。

 

そして、今日この後、彼女の姿を見たものは、今日この日はない。

 

さて、お手数だが、後三つ程待っていただきたい。それによって、この話は終を迎えるからの。では、場面転換じゃ。

 

 

 

「バレンタインデーですか?」

 

「そうよ、妖夢もなにかしら用意しないのかしら?」

 

「はて、どうしましょうかね」

 

冥界のどこかにある白玉楼。そこに、半人半霊の妖夢と亡霊の幽々子が若干真剣な面持ちで話をしていた。

 

話の内容は勿論、件のバレンタインデーの事。それは、二人にとってはさして重要なイベントではないような気もするが……とんでもない。死んでいても心は乙女の幽々子にとっては大事なイベントだったりする。

 

前世の記憶がないが、自分が生きている時に恋をしたことはないことを漠然と悟っている幽々子。つまり、一度も恋をしたことないのに、亡霊になった今になって恋をしてしまった、それは、幽々子が本当の恋を知らない初心な乙女ってことなのだ。

 

それでは、何故このイベントが大事なのか? 

 

相手に告白できるから? それもあるだろう。

 

自分の乙女力をアピールできる? 確かにそれもそうだ。

 

恋した彼と楽しい会話ができる? それもだ。

 

そもそも、全てを幽々子は大事にしている。恋を知らない幽々子にとって、全てが大事なのだ。些細なことでも、全てが大事ならば、このバレンタインデーなんてイベントは、とても重要なものだろう。

 

「私はそうね……手作りチョコレートでも贈ろうかしら?」

 

「そうですか……じゃあ、私はそこら辺のゴミとか雑草とか混合したチョコレートでも送りましょうかね」

 

そう言って、妖夢は部屋の隅っこ、それも自分達からは丁度死角になっている場所に目線をやる。そこには、白髪で白いヒゲのお爺ちゃんがこちらを悲しそうな瞳で覗いているのだ。

 

彼は、魂魄妖忌。妖夢の祖父であり、重度の孫萌じゃ。一日二十三時間だが二十二時間だが監視して、風呂でもトイレでも覗いている変態。

 

「そう、それじゃあ、私もそれをひとつ作ろうかしら~」

 

「えぇ、その方がいいですよ。……では、時間も押してきてますし、そろそろ作りましょうか」

 

「そうね~。それじゃあ、妖夢、作りましょう」

 

二人は立ち上がる。その時、妖夢はえ? っと言った表情で幽々子を見て固まった。

 

その表情に、ちょっと失礼なことを考えていると見破った幽々子は、妖夢のデコにデコピンを放つ。

 

「痛!?」

 

「今、失礼なこと考えたでしょう?」

 

「いえ、失礼なことは考えてませんよ」

 

「じゃあ、何考えていたの?」

 

「幽々子様って、料理できましたっけ? みょん!?」

 

再び妖夢のデコに幽々子のデコピンが放たれる。奇妙な声をあげる妖夢だが、そんなことしるもんかとばかりに、幽々子は頬をふくらませてぷりぷり怒る。

 

「もう、妖夢ったら私を馬鹿にしているの?」

 

「はあ、すみません」

 

「一度も料理を作ったことがない私が作れるはずないじゃない」

 

何を言ってるんだこの人? と妖夢は本気で思ったが、口には出さず、苦笑いだけをしてその場を流した。

 

「だから、感で作るに決まってるでしょう!」

 

「ちょっ!? 幽々子様!」

 

片手を上に上げて、頑張るぞ~なんて言いながら台所まで走っていく幽々子の後を、割と本気で追う妖夢だが、幽々子の足は以外にも早くて追いつけず、台所についた頃には既に調理を始めている幽々子の姿があった。

 

そしてこの後、白玉楼から爆音を何度か聞いたことは言うまい。

 

あと二つで終わるからの、しばしお待ち。

 

 

 

「ばれんたいんでー?」

 

「バレンタインデーです」

 

紅魔館のいつも集合する部屋の中。その中には、時成鏡夜を除くこの館の全員が揃っていた。

 

ちなみに、鏡夜は用事を頼んで、今日は帰ってこない。その用事ってのは、文の所に行っての一日お泊りってだけなのだが。

 

「レミィ、バレンタインデーってのはね、女が男にチョコレートを渡す日のことよ」

 

「へ~そうなの」

 

「だから、お姉様、私達も鏡夜にチョコレートあげようよ」

 

「そうね」

 

フラン言葉に、レミリアは周りを一瞥してから頷く。周りの皆も、レミリアが見た時に頷いたので、了解ってことだろう。

 

「それで~何を作る~?」

 

「それはまぁ、各自でいいじゃない?」

 

「そうですよ! 皆さんが同じだとつまらないじゃないですか!」

 

元気いっぱいに言う小悪魔に、一同は頷いた。

 

そうして、一同は散会し、それぞれオリジナルのチョコレート作りへと移った。唯一この場に残ったのはレミリアとフラン。やはり姉妹なだけに、一緒にチョコレートでも作るのか?

 

「ねえ、フラン。私、いいこと考えてるんだけど」

 

「私もだよ、お姉様」

 

二人は悪い顔のまま笑顔でくつくつと笑い始める。もし、この場に咲夜でもいればため息でも出しただろう。

 

「それで、お姉様、いつやるの?」

 

「食後……かしらね」

 

「そう……楽しみね」

 

「ええ」

 

再び悪い顔のまま笑顔でくつくつ笑い出した二人はその後、ずっと悪いことを考えていたという。

 

さてさて、とうとう終わりが見えてきた所で、注意。ここからは、甘くなっていくぞ? それでも、良い方のみはお先に。……では、最終幕といきましょうか。

 

 

 

「ん……あ……んん」

 

バレンタインデーの名が幻想郷中に広がった次の日。女性たちは男にチョコレートを渡す為にドキドキし、逆に男も女性からチョコレートを貰えるかドキドキしている中、我らがリア充野郎である時成鏡夜は、天狗の文の部屋で布団にくるまってぐっすりと眠っていた。

 

仮にもバレンタインデーだと言うのに、この男は……。

 

「兄さん、兄さん」

 

「ん~? 後六千秒寝かせて」

 

「六千秒って……一時間四十分じゃない! って、そんなのはどうでもいいの! 起きて!」

 

「んん~」

 

鏡夜の布団に馬乗りになりがら、上下に踏みつけるように文は動くが、鏡夜は一切答えた様子がないように唯布団にくるまり続ける。

 

「む~!!」

 

その姿に、とうとう限界が来た文は、鏡夜の布団を片手だけ握ると、盛大に持ち上げ――――――

 

「起きろう!!」

 

「わひゃあ!!」

 

鏡夜のズボンを余ってる方の手でずり下ろした。ずり下ろしたといっても、肝心なところはキチンと隠されている。それでも、パンツ一枚だが。

 

急いで鏡夜は起き上がり、ズボンの位置を直すと、ズボンをずり下ろした文に向かって詰め寄った。

 

「文! 何すんだ!」

 

「おはよう兄さん! 晴れ晴れとしたお昼だよ!」

 

「ああ、確かに晴れ晴れとした昼だよ! でもね、起こすならもう少し優しく起こしてくれませんかねえ!!」

 

キレながらも、冷静に自分が悪いと理解しているので、最後の言葉はちょっとだけ優しく鏡夜は言う。でも、早起きの鏡夜がこれほどの時間まで眠っているのは理由がある。それは、昨日の夜遅くまで、文が眠ったあとに、文々。新聞の作成をしていたのだ。

 

それで寝た時間は朝の四時。昼まで寝ていても仕方ないだろう。

 

「まあまあ兄さん、落ち着いて。プレゼントがあるから」

 

「プレゼント?」

 

「そう、こっち」

 

疑問符を頭の上にでも掲げてるような顔しながら、鏡夜は今の方へと小走りで行った彩の後をのっそりと歩きながら追う。

 

そして、居間についた鏡夜の目の前には凄まじい光景が広がっていた。

 

「なんじゃこりゃあ」

 

「どう? 凄いでしょう?」

 

鏡夜の目の前なるのは、大量のチョコレート。ケーキから普通の四角いチョコレート。その他諸々様々なチョコレートが机を覆い尽くすほどに置かれている。

 

「えーっと、なんでこんなことに?」

 

「んっふふ~! 今日はバレンタインデー! 女の子が、好きな男にチョコレートを上げる日だよ」

 

「ああ、成程」

 

文の言葉を聞いて、鏡夜は目の前の光景に納得した。そう、納得はしたのだが、それでも、この目の前の量は異常ではないかとは思っていた。

 

「流石にこの量は……」

 

「これが、私の愛の大きさってことで! ささ、兄さん、食べてよ!」

 

何故かケーキを目の前に置かれたが、渡されたのは箸だった。なんでケーキに箸やねん! っとツッコミたい気持ちを抑え、鏡夜はケーキに箸をつける。

 

だが、一向に食べる気が起きない。何故なら今は寝起きで、更に夜更し。胃の調子は最悪で、甘いものなど入らない。入らない……のだが。

 

「ふふふふ~」

 

笑顔で反応を楽しみにしている文が隣にいる。満面の笑みで、それはそれはとても楽しそうに。ならば、ならばここはいくしかないだろう。

 

鏡夜は心を決めて、チョコレートで作られたケーキを一口食べた。

 

「……美味しい」

 

「でしょう!」

 

仄かな苦味に、スポンジのしっとりした甘さ。チョコレートを生かしつつ、スポンジの柔らかさを殺していない。とても素晴らしく、上品な出来だった。

 

そのまま箸を進めていき、気づけばケーキのワンホールを食べてしまっていた。

 

「ご馳走様」

 

「お粗末さまでした」

 

結局、ケーキをワンホール食べた後も、文によって残りのチョコレートを全て薦められて、全部食べきった。

 

当分、甘いものはいらない。なんて考えてる鏡夜だが、すぐにその考えを振り払った。何故なら、彼には本妻が二人もいるのだ。その二人が、自分にチョコレートを作っていないとは考えられないなから、鏡夜は一瞬で考えを振り払ったのだ。

 

「ふふ、良かった。兄さんに満足してもらえて」

 

「そうか。それは良かった」

 

今は帰る用の準備を整えて、文の玄関に向かっていた。

 

「っと、そうだ。文、ちょっと来い」

 

「何、兄さん?」

 

玄関へと手を掛けた鏡夜は、突然何かを思い出したかのように振り返り、文に手招きする。そんな鏡夜の手招きに、文は無防備に近づいていく。警戒心ゼロで。この男の性格を知っているはずなのに。

 

「これは、お礼」

 

「っ!?」

 

近づいて来た文を、そっと抱きした鏡夜は、無防備に近づいてきた文の唇を奪う。それはもう、いつも以上に体を抱きしめて。

 

文はそんな鏡夜の行動に、顔を真っ赤にして目を白黒させながら、鏡夜の体に抱きつく。こちらも、なんかいつものリミッターが外れたように。

 

そして、しばらくの間熱いキスを交わした二人はそっと離れると、互いに笑顔になった。

 

「じゃあね、兄さん」

 

「ああ、またな、文」

 

二人は軽く手を振りながら玄関で別れた。

 

「……うきゃあああ!!!!!」

 

鏡夜を笑顔で見送った文は、顔を再び真っ赤にすると、顔を両手で抑え、先ほどまで鏡夜が眠っていた、まだ鏡夜の温もりが残っている布団にダイブする。

 

「キスされちゃった! キスされちゃった! それも、濃厚に!」

 

鏡夜の寝ていた布団を抱きしめ、ゴロゴロと転がり続ける文は今日一日が終わるまで、ずっと鏡夜の寝ていた布団を抱きしめ、そのまま寝ていたという。

 

 

 

「さて、この調子だと、人里でも絡まれそうだな」

 

文の家を飛び出し、人里へと羽ばたいて向かっている鏡夜は、そんな事を呟きながら空を飛んでいた。

 

「まぁ、そんなに絡まれないと思うが」

 

この男は何を言っているのだろうな? 一体自分がどれだけのフラグを立てたと思っているのか……。

 

そんなツッコミは鏡夜に聞こえているはずもなく、鏡夜は段々と甘ったるい匂いと、甘い空気を放っている人里へと着いた。

 

人里へと降り立ち、周りを見れば、周りには愛の言葉を言いながら、照れくさそうに男にチョコレートを渡している女性のカップルが大量に溢れている。

 

そんな中で、男一人だけで立っている鏡夜は、どことなくこの甘ったるい空気から浮いている。ま、そんな甘ったるい空気は、紅魔館に帰れば、いつでも味わえるのだがの。

 

「……甘い。なんだこの空気。甘すぎる」

 

お前が言うなとツッコミたいが、ここで言っても関係なため、心にしまっとこう。

 

鏡夜は、この甘い空気が漂う中、一つため息を放って歩き始めた。特に理由もなくぶらぶらと。それはもう、周りから浮きまくりながら。

 

しばらくぶらぶらと人里を歩いていると、少し先で、物陰に隠れる小さな人影を見かけた。

 

「ん? 誰だ?」

 

「ど、どうしよう……!」

 

物影に隠れた人物……霊夢は胸を抑えて、必死に呼吸を整えていた。

 

霊夢は、鏡夜にチョコレートを渡すために人里を経由して、紅魔館へと向かおうとしていたのだ。だが、人里を経由する途中、周りの雰囲気がおかしい事に気づき、周りを観察し始めた。

 

そして気づいた。バレンタインデーとは、女が、好きな男に対してチョコレートを贈る日だということに。

 

(紫ったら、なんで大事なところを教えてくれないのよ!)

 

そんな大事なことに気づいた霊夢は、恥ずかしさのあまり、すぐさま家に帰ろうとしたのだが、その途中、向こう側からやってくる鏡夜に気づき、物陰に隠れてしまったのだ。

 

「顔真っ赤になってるし……ど、ど、どうしよう」

 

必死に顔が赤いのを戻そうとする霊夢だが、逆に、霊夢の顔は赤みを増し始める。

 

そうして、戻すことに必死になりすぎて、霊夢は近寄って来ている人物に気付けなかった。

 

「あれ? 霊夢ちゃん、どうしたの?」

 

「え?」

 

ギギギとまるで錆た人形のように顔を横に向ける霊夢。そこにいたのは、鼻先まで顔を近づけて、微笑んでいる鏡夜の顔があった。

 

「え、あう、き、きょうや?」

 

「そうだよ。ところで、こんなところで何してるの?」

 

鏡夜の言葉に霊夢は数歩下がりながら、自らの真っ赤になっている顔を隠すように俯く。そんな姿に鏡夜は首を捻るが、霊夢の顔が赤いことでこの前の記憶でも思い出したのか、霊夢の額に手を添える。

 

「ふえっ」

 

「顔真っ赤だよ? もしかして、この前の熱がぶり返した?」

 

額に手を置き、更には自分の額までもくっつけて霊夢の体温を測る鏡夜。

 

「あ、あうあう」

 

そんな鏡夜に、内心緊張しまくりで、心臓ドキドキの霊夢は冷静でいられず、口をぱくぱくと動かして、変な言葉しか出ない。そして、そんな平常心を極限まで失った霊夢がとった行動は――――――

 

「あ、あ、うわあああああん!!」

 

「グッ!?」

 

涙目に腰を落としての綺麗な正拳突きを、鏡夜のドテッ腹目掛けて放つ。霊夢との距離を殆ど詰めていた鏡夜は、まさかそんな突発的な攻撃が来るとは思わず、躱せずに鳩尾に霊夢の正拳突きを喰らった。

 

「ちょ、霊夢ちゃん?」

 

「うわあああああん!! 鏡夜の馬鹿馬鹿!! どうせ私は鏡夜が好きよ!!」

 

鳩尾を抑えて、苦悶の表情を浮かべている鏡夜の胸に向かって、押し付けるように手作りチョコレートを渡した霊夢は涙目になりながら、鏡夜に背を向けて走り去ってしまった。

 

そんな霊夢の後ろ姿に、貰ったチョコレートを見つめて、鏡夜は苦笑いを浮かべる。

 

「……全く、恥ずかしがり屋さんなんだから」

 

ため息混じり呟き、綺麗な赤色の包装を丁寧に取り、中に入ってるチョコレートを取り出す。形はハート型で、一切の型崩れもしていない。

 

そんなチョコレートを鏡夜は一口食べる。味はさして苦くもなく、かと言って甘過ぎもしない。丁度よくバランスが取れている。

 

「うん、美味しい。今度、お返しを考えておかないとな」

 

チョコレートを全て食べた鏡夜は、微笑を浮かべると、霊夢の走って行った方を見てから、踵を返して、甘ったるい人里の空気に紛れていった。

 

「うう、どうしてあんなことしちゃったのかしら」

 

そうして、走り去った霊夢は、部屋に入ると、後悔念にかられ、その日一日布団にこもっていたという。

 

そんな霊夢の次の日、鏡夜が家を訪れて、美味しかったよと言われて、また同じような行動をするのはまた別のお話。

 

 

 

「これで、霊夢ちゃんは終わったわけだけど、次は誰かな?」

 

更にもらえると思っている我らがリア充鏡夜は、まだチョコレートがもらえると思っているのか、未だに人里をぶらついていた。……くそ、もらえなければいいのに。

 

「お! あれは……」

 

ぶらぶらっと歩く鏡夜が見つけたのは、多数の人形を引き連れて歩く金髪少女の後ろ姿だ。

 

「ア~リス」

 

「あら、鏡夜」

 

鏡夜は片手を上げながらアリスへと声を掛ける。すると、声を掛けられたアリスは、至って平静に振り返り、鏡夜に軽く片手を上げる。

 

「珍らしいこと、アリスが人里にいるなんて」

 

「失礼ね。それじゃあまるで、私が引きこもりみたいじゃない」

 

「一ヶ月以上引きこもっていたのはどこの子だよ」

 

「……」

 

無言になるアリス。正当すぎて言葉が返せなかったのだろう。その証拠として、鏡夜から目線を合わせないようにしているし。

 

「そ、それで、鏡夜はなんで人里にいるのかしら?」

 

アリスは、強引に話を変えつつ、鏡夜と視線を合わせる。

 

「特に理由はないけど、しいて言うなら……チョコ貰い?」

 

「チョコ貰いって……もしかして、バレンタインデーの?」

 

「そうそう」

 

鏡夜は頷きながら、上海に小さな飴玉を渡す。アリスが操っているため、上海にあげたところで意味はないのだが、そこはまあ、気分の問題なのだろう。

 

「チョコレート、ね。……少し待って頂戴」

 

そう言って、アリスは人形たちを操り、どこからか小さなお菓子を持ってきた。その形は四角形で、淡いピンクの包装で包まれていた。

 

「これは?」

 

「貴方の望んでいたチョコレートよ。最後の一つだけど、親友の貴方だから特別にあげるわ」

 

「おお、ありがとう」

 

鏡夜は素直に嬉しく思い、淡いピンクの包装を剥がし、中に入っている真っ黒のチョコレートを一口で食べた。

 

このチョコレートは、先と違って苦く、人を選ぶようなチョコレートだった。しかし、基本、鏡夜はどんな感じでも好きなので、例えカカオ95%でも普通に旨いという。

 

「うん、ほろ苦くてちょうどいいね。美味しいよアリス」

 

「そう、それは良かった」

 

一瞬、アリスの瞳が鋭くなるが、鏡夜はそんな事を気にせず、チョコレートの味を味わっていく。段々と溶けていくチョコレートだが、溶けていくたびに、何か体に違和感を覚えた。

 

だが、それも一瞬。すぐに、鏡夜の体はそれに適応し、一切の違和感を無くした。

 

「……これもダメね。いい結果だわ」

 

「え?」

 

「いいえ、なんでもないわ」

 

なんかサラッと恐ろしいことを聞いた鏡夜は困惑するが、アリスのなんでもないの一言で、一応大丈夫だろうと自分の中で結論を出した。

 

そんな鏡夜に対して、アリスは心の中で笑っている。

 

(成程ね。これでもダメならもうちょっと改良の余地があるかもしれないわね。それに、これとはまた違う新たな改良法も……)

 

「アリス、アリスさ~ん、聞こえてますか~?」

 

「聞こえてるわよ」

 

家に帰ったら、早速新たな研究に着こうと結論づけたアリスは、鏡夜の言葉に冷静に返す。あくまで、自分は何もしてないとばかりに。

 

「それじゃあ、鏡夜。また今度会いましょう」

 

「あ、ああ、また今度会おう」

 

なんだか色んな疑問が残る鏡夜だが、アリスはそんな鏡夜を気にもしないでそれだけを言うと、さっさっと踵を返して帰ってしまった。

 

その時に、上海が頭を下げていたことに、ちょっとだけ、鏡夜は萌えた。

 

「……大丈夫だよね、俺の体」

 

自身の体が心配だが、すぐに大丈夫だろうと結論付け、鏡夜は何故かは知らないが、もうここにいても意味はないと考えて、紅魔館へと戻るのだった。

 

 

 

「これは……」

 

紅魔館へと続く森を歩いていると、鏡夜は三人の見知った気配を感じた。その気配は、自分から遠くもなく近くもない。ちょうど中間辺りをぴっちりくっついていた。

 

「ふむ、どうしたものか……」

 

歩きながら、どうしようかと考えていると、突然、鏡夜は腕を引かれて、森の中へと引きずり込まれた。さして抵抗もせず、鏡夜は為すがままされていると、胸のあたりに何かがぶつかってくる。

 

それは、確認するまでもなく、見知った気配の内の一人だった。その気配の傍にいる二人の気配に呆れつつ、鏡夜は自分の胸のあたりにぶつかってきた少女を優しく抱きしめる。

 

「で、今日はどうしたのかな? ルナサちゃん」

 

「え、うあ」

 

目を白黒させ、鏡夜にぶつかった少女、ルナサは赤面して、霊夢のようにくちをぱくぱくと動かして、変な声を出す。

 

(ああうう!! どどどどうしよう!! こ、これって渡す機会としては絶好の機会だよね。でも、でも、でもでもでもでも!! は、恥ずかしすぎる!!)

 

心臓バックバックで緊張しまくりのルナサは、頭の中ではチョコレートを渡す絶好のチャンスだと理解してはいるが、それを行動に移せずに、鏡夜に抱きしめられている。

 

そんなルナサの気持ちなど露知らず、鏡夜は更にルナサを抱きしめて、ため息を漏らす。

 

「は~またリリカとメルランの悪いイタズラか?」

 

「あ、え、あ」

 

(渡さないと、だって折角妹たちが作ってくれた、絶好の機会なんだから……)

 

鏡夜はキョロキョロと辺りに気配を巡らせて、リリカとメルランの居場所を探る。そして、見つけると、そこに向かって歩きだそうとするが、その歩みは、抱きしめていたルナサによって引っ張られたために阻止された。

 

「っとと、どうしたのルナサちゃん?」

 

「えっと、その、こ、これ……を」

 

「これって……」

 

顔を真っ赤にしながらも、ルナサは一旦鏡夜から離れて、両手で持っていたチョコレートを俯きながら鏡夜に向かって差し出す。

 

金色の刺繍が施された布に包まれた小さなハート型のチョコレート。それを、鏡夜はわずかに驚いた顔で受け取った。

 

鏡夜の表情をそういう風に受け取ったルナサは、少しだけ自分が落ち込んでいるのがわかった。やはり、自分のものなんて所詮……。そんな事を心に浮かんだが、次の鏡夜の意外な言葉によって、払拭された。

 

「ありがとう、ルナサちゃん。嬉しいよ」

 

「え? え? うれ、しい……?」

 

一瞬、鏡夜の言葉が理解できなかったルナサは、鏡夜に聞き返してしまった。

 

(え? 嬉しいって……幻聴だよね? 私なんかのチョコレートなんて……)

 

「嬉しいよ。だって、こんな可愛い子にチョコレートを貰えるなんてね」

 

「……!!!???」

 

鏡夜の発言に、ルナサは冷静になっていた表情を、急激に赤くさせて、両手で頬を抑えて俯きながら、笑顔になっていた。

 

(だ、ダメ。顔が、笑顔で戻らない)

 

必死に、笑顔をいつもの表情に戻そうとするが、ルナサの表情は、笑顔から戻らなかった。あまりにも嬉しすぎたのだ。それならば、笑顔のまんまでも仕方ないだろう。

 

「これ、食べてみていい?」

 

「え、うん」

 

鏡夜は丁寧に包装を剥がすと、中に入っている小さなハート型のチョコレートを取り出す。その形は、お世辞といえども、いい物ではなかった。角はとんがり、表面はボロボロになっている。

 

それでも、構わずに鏡夜はルナサのチョコレートを食べた。味は甘すぎる程に甘い。徹底的に甘くしたらこうなるんじゃないかなと言うくらいに、甘すぎる。

 

「……」

 

鏡夜の無言に、ルナサはやってしまったと頭を抱えそうになるが、その前に、あるものに頭を撫でられた。

 

「ふえ……?」

 

「慣れないのに、よく頑張ったね。美味しかったよ」

 

鏡夜は心に思っていたことを、そのまま口にした。女の子からもらったもの……それも、必死に自分の為に作ってくれたものだ。まずいはずがなかろうに。

 

目をパチクリさせたルナサは、顔を上げて、鏡夜の顔を見る。その瞬間、自分の中で何かが壊れた。

 

(ふふ、ふふふふふ!! やった! やった!! 鏡夜に褒められちゃった!! 嬉しい、嬉しい!!)

 

笑顔を隠さず、鏡夜の顔を見て満面の笑みになったルナサは、そのまま思いっきり鏡夜の胸に抱きつく。

 

「うおっと」

 

「ふふ、ふふふふ!」

 

「そんなに嬉しかったんだ」

 

鏡夜は微笑みを浮かべると、ルナサを抱きしめて、そっと頭を撫でた。そして、そこでちょっとだけ悪い考えが浮かぶ。

 

「ルナサ」

 

「え?」

 

ルナサはちゃん付けで呼ばれなかったことに疑問を感じて顔を上げると、腰を抱き寄せられて、後ろに反ったような体制になる。それで、目の前には鏡夜の顔が鼻先近くまである。

 

「ルナサ、美味しいチョコレートありがとう」

 

「え、うん。どうも」

 

「それで、俺、思っちゃったんだ」

 

「な、何を?」

 

心臓の鼓動が早くなる中、ルナサはもしかしてと心の中である考えが浮かんだ。それは、昨日考えていた自分の妄想。それと、同じような展開が今目の前で……。

 

「こんな美味しいチョコレートを食べちゃったからさ」

 

ゴクリと自分の唾を飲む音がルナサはひどく大きく感じる。

 

そうして、鏡夜から放たれた言葉は――――――

 

「ルナサ、君も一緒に食べちゃいたいくらいだよ」

 

言葉は違えど、自分の妄想に近い言葉鏡夜から放たれた。その瞬間、ルナサの頭は混乱していた。

 

(……え、え、え、ええ!! これってもしかしてもしかして、私の想像通りの言葉ってことでいいのか……な? でもでもでもでも、まだ、まだ心の準備が……)

 

「ルナサ」

 

「ま、まだ、早いよう」

 

徐々に近づいてくる鏡夜の顔。その顔に、ルナサは決心して、受け入れたように自分からも顔を近づけていく。そして、二人は唇を重ねた。いわゆるキスだよこの野郎。

 

「ふふ」

 

「ふ、ふわわ」

 

変な言葉がルナサから発せられると、目を回してルナサは気絶した。あまりにも突発的な展開に、脳がついていけなかったのだ。

 

「あ~りゃりゃ。流石にからかいすぎたかな?」

 

「お兄さん、ルナサお姉ちゃんはそこまで行くのはまだまだ早いよ」

 

「鏡夜さんって、意外と積極的なんですね」

 

そこら辺の茂みから、頭に草木を括りつけたリリカとメルランが森の中から現れた。その姿を見た鏡夜は呆れつつ、ルナサちゃんを抱き上げて二人に近寄った。

 

「二人とも、確かに嬉しかったけど、ルナサちゃんをあんまり無茶させないでよ」

 

「無茶させてるのは、お兄さんだと思うよ」

 

「いきなりのやる気は、ルナサ姉さんにはキツイですよ」

 

二人の言葉を聞き流しつつ、鏡夜は抱えていたルナサちゃんをリリカに渡す。

 

「それは、仕方のないことだよ。ルナサちゃんがそういう風に望んでいたように見えたからね」

 

「それは……そうだね」

 

「お菓子作りの時もそうだったわね」

 

「だろ? ……じゃ、俺はもう行くよ。二人とも、気を付けて帰るんだよ」

 

鏡夜それだけを言うと、ルナサの額にそっとキスして、片手を上げてその場を去った。

 

後に残ったのは、笑顔で気絶しているルナサと、苦笑いを浮かべているリリカとメルランのみだった。

 

「……敵わないね」

 

「えぇ、まったく、なんて人なんでしょうね、鏡夜さんは」

 

二人して、ため息を吐き、ルナサを見る。

 

「もう、ダメですよ~まだ早いですって……あ! そ、そこは」

 

「お気楽だね~」

 

「まぁ、気長に待ちましょう」

 

そうして、二人は再びため息を吐き、自分たちの家へと歩き始めた。

 

 

 

「ここからが、正念場か」

 

紅魔館の門の前に着いた鏡夜は、若干警戒しつつ門を開ける。普段ならば、ここまで警戒する必要はないのだが、今日は違う。誰でもこの紅魔館で、いつも以上に鏡夜に甘えてこれるのだ。それはレミリア、フランだけではなく、他の紅魔館の住人達も。

 

「最初は一体誰なのか」

 

警戒しつつ、玄関を開けると、向こう側から飛び込んできたのは――――――

 

「きょううううふぁああああああ!!!!!」

 

口元にチョコレートを咥えたまま、一直線に向かってくる小悪魔だった。

 

「こあくまあああああああ!!!!」

 

鏡夜もあえてそのノリに乗りつつ、小悪魔に向かって走り出す。そして、二人が近づくと、互いに抱き合い、その場で回り始めた。

 

「ほれ、チョフォレーフォ、あへる(これ、チョコレート、あげる)」

 

「ありがとう」

 

鏡夜は小悪魔が咥えているチョコレートを外して食べる……のではなく、キスをするように、小悪魔の唇を奪いながらチョコレートを食べ始めた。

 

「ん、鏡夜」

 

「ただいま、小悪魔。他の皆は?」

 

「皆集まってるよ。ただし、そこに行くまでには、数々の関門を超えなきゃいけないよ!」

 

「そうかい」

 

おうげさに手を横に広げて、小悪魔は扉を指差す。そちらに鏡夜は視線を移すと、そこには、『次はパチュリー』と書かれている。

 

「それじゃあ、次はパチュリー様か」

 

「そういうこと。じゃあね、鏡夜。鏡夜のキス、素敵だったよ」

 

「それは良かった。こっちも素敵なキスをありがとうね」

 

小悪魔の名前通りに、ちょっと魔性の笑を浮かべた小悪魔に鏡夜は手を挙げつつ、次の扉を開けて移動した。

 

「それで、次はパチュリー様ですか」

 

「えぇ、そうよ。っと言っても、私は普通よ」

 

パチュリーはそう言いながらも、鏡夜に詰め寄って、顔を近づけていく。

 

「私からのバレンタインデーのチョコレートはこれよ」

 

そんな事を言いつつ、パチュリーは胸元から、四角形のチョコレートを取り出す。なんでそんなところに入れているかと、鏡夜は聞きたくなるが、聞く間もなく鏡夜の口に、パチュリーのチョコレートが突っ込まれた。

 

「むぐ」

 

「どう、美味しい?」

 

「美味しいですけど」

 

もぐもぐと口を動かして、鏡夜は食べるが、なんか味がおかしい。こう、ちょっとなんか魔法的ななんかが掛けられているような。

 

「よかったわ。適当にそこら辺の雑草とか加えて作ってみたのだけれど、案外いけるものね」

 

「…………」

 

絶句。何も言えず、鏡夜はその場を後にして、次の部屋に向かった。パチュリーはそんな鏡夜の姿に、多少笑っていた。その笑顔は、まるでドSのように。

 

次の部屋に向かった鏡夜の顔は、次の部屋の名前を見て呆然としていた。

 

「なんで次が幽々子やねん」

 

ボヤきつつも、扉を開けた先には、幽々子とその隣に死んだように眠る妖夢と……変態がいた。

 

「あら、鏡夜。ようやく来たのね」

 

「あ、ああ。その~幽々子? その横に眠っているのは?」

 

「これ? これは妖夢と変態よ。不思議よね~私のチョコレートの味見をしてもらったら、二人ともこうなったのよね~」

 

幽々子の言葉を聞いた瞬間、鏡夜の背中に冷や汗が流れる。命の危機、それもとびっきりやばいタイプの危険信号が脳内でガンガン警報を鳴らしているのだ。

 

後ずさりしつつ、部屋から出ようとしたが、鏡夜が扉に手を掛けるが一切開かない。

 

(ちょっと、これはまずいぞ)

 

鏡夜は内心焦っていると、幽々子がゆったりとした動きで、手元に何か奇妙なものを持って鏡夜に迫り始める。

 

「さて、鏡夜。出来たわよ~私特性のチョコレート。食べてみて」

 

ダークマターと称せるような物体を目の前に差し出される。鏡夜はそれをなんとか食べずにすまないかと考えるが、幽々子のキラキラとした瞳に、食べる決意を決める。

 

スプーンで掬おうとするが……溶け落ちる。もう、先端からもうバッサリと。

 

(……ええい。ままよ!)

 

意を決して、鏡夜は一気にその謎物質を口の中に放り込む。口の中は色々な化学反応でおかしくなって、変な言葉が出そうになるが、それは男の意地やら何やら出さずに踏ん張り、飲み込む。

 

胃の中で、驚異的な分解力によって分解された謎物質に一息つき、鏡夜は自身の出せる最高の笑顔を作り、親指を縦に立てる。

 

「うまかったぜ」

 

「……ぷっ」

 

幽々子は、鏡夜の笑顔を見ると思わず吹き出してしまった。そんな予想外の行動に、鏡夜は呆気を取られていると、幽々子はお腹を抑えて盛大に笑い始める。

 

「あっはっは。嬉しいわ~あんな料理でも、美味しいなんて言ってくれるなんて」

 

「もしかして、わざとあんなの寄越したのか?」

 

「ええ、そうよ」

 

涙目になるほど爆笑した幽々子は、目尻に溜まった涙を拭きながら答える。そんな答えに、本日何度目になるかわからないため息を吐いて、鏡夜は肩を落とした。

 

「人が悪いぜ。……それで、なんであんなチョコレート? 作ったんだよ」

 

「あれは、妖忌のためのチョコレート。本命は、こっちよ」

 

そう言って、幽々子が取り出したのは、水色の包装がされたチョコレートだった。それを鏡夜は受け取ると、毎度変わらず丁寧に包装を剥がし、中のチョコレートを食べる。

 

ほろ苦いチョコレート。それでも、幽々子の心を込めて作ったせいか僅かに甘い。そんなチョコレートに頷きながら、鏡夜は幽々子の頭の上に手を置いた。

 

「旨い。けどな、最初のヤツはいらんだろ」

 

「ちょっとしたお茶目よ。許して頂戴」

 

「別に怒っていはいないけどな」

 

わしわしと幽々子の頭を撫でた鏡夜は、一旦手を離し、次の扉に目を向けた。

 

「あら、もう行ってしまうの?」

 

「すまないな、また今度ゆっくりとしようや」

 

「ええ、また今度。……そうだわ」

 

何かを思いついたような表情で幽々子は両手をパチンと合わせ、鏡夜の肩に手を置いた。そんな幽々子の行動に、扉を向いていた鏡夜は振り返ると――――――

 

「ん、また今度ね」

 

頬にキスされた。最近はずっと普通のキスばかりをしていた鏡夜は、不意に頬へのキスに少し驚くが、すぐに表情を笑顔にして、幽々子の頬へキスをし返す。

 

「ああ、また今度」

 

それだけを言って、鏡夜は次の扉に向かって歩き、扉を潜って次の部屋にいてしまった。

 

「……意外と、初恋でも大胆な事はできるものね」

 

一人呟いた幽々子は、自分の頬に手を当て、床に転がっている妖夢と変態を見て、ため息を吐く。

 

「どうしましょう。コレ」

 

幽々子が一人愚痴る中、次の部屋に向かった鏡夜が見たのは、白銀の体毛の狼と、中華服を着込んだ女性だった。

 

「次は、カロと美鈴ですか」

 

「ガル」

 

「ええ、まあ、貰ってちょうだいよ」

 

「ありがたくもらうよ」

 

カロは銀の包装がされた包を咥えながら鏡夜に渡し、美鈴は普通に赤い包装の物を鏡夜に渡す。

 

「中身は……肉??」

 

鏡夜が開けた包は両方共、燻製に加工された肉が入っていた。まさかの中身に、鏡夜は困惑していると、カロが鏡夜へと迫り、大きく口を開ける。

 

「……食わせろと?」

 

「ガル」

 

元気いっぱいに口を開けたまま頷くカロに、なんで俺が……っといった感じの顔をしながらも渋々と食べさせる。すると、カロ嬉しそうな表情を浮かべながら、燻製を頬張っていく。

 

「なあ、美鈴。これ、俺に一度渡す必要ってあるの?」

 

「さあ? カロの提案だからね。私は解らないわ」

 

カロが燻製を食べている中、美鈴は先程渡したチョコレートとは違う包を取り出し、鏡夜に渡す。

 

「はいこれ、こっちが本当の私からのチョコレート」

 

「ありがと」

 

チョコレートを受けとり、包を開ける。中に入っているのは、これまでの出会わなかった台形の形をしたチョコレートだった。そんなチョコレートの形に、本格的だなと思いつつ、鏡夜は一口食べる。

 

美鈴のチョコレートは、チョコレートの味に多少のアルコールの味。俗に言う、ウイスキーボンボンと言われるチョコレートだった。

 

これまで渡されたチョコレートでは、あまりなかったチョコレートに鏡夜は目を丸くしながらどんどん食べていく。

 

「ふむ、アルコールの入ったチョコとはね。珍しい物に手を出したこと」

 

「さして珍しくもないと思うけど?」

 

「いや、渡されたチョコレートの中では、今日が初めてだったよ。……ん、美味しかったよ、美鈴」

 

「それは良かった」

 

満足そうに頷いている美鈴を見ながら、鏡夜はちらっとカロの方を向く。カロは未だ燻製を食べているのだが、どことなく毛並みがよくっている気がする。

 

そんな些細な変化に、鏡夜が首を傾げていると、カロはとうとう燻製を全て食べ終えてしまった。

 

「ゲフッ」

 

全て食べきったカロの姿を見れば、先程から綺麗だった銀色の体毛が、よりいっそう輝きを放ち始める。

 

「うお!?」

 

「ガル、ガガル。ガルル」

 

「え? なになに」

 

更に銀色の体毛が綺麗になったカロは、低い唸り声を上げながら、鏡夜に擦り寄る。鏡夜は、カロの低い唸り声を聞くと、なんでカロが擦り寄ってきたのか理解した。

 

なんで狼に言葉なんか解るんだと思うが、彼は理解を出来る限界をなくしているのだ。狼の言葉程度理解するのは容易いのだろう。

 

「鏡夜、カロはなんて言ってるの?」

 

「なんか、私の体の体毛撫でてみ? 的なこと言ってる」

 

「? どういうこと?」

 

「さあ?」

 

カロの発言にどういった意図があるかは知らないが、鏡夜は言われたままにカロの体を撫ではじめる。

 

「こ、これは……」

 

撫ではじめた途端、鏡夜の体がわなわなと震え始める。一体どうしたのかと声をかけようと美鈴がするが、それよりも早く鏡夜はカロに抱きついた。

 

「もふもふだ――――――!!!!」

 

モサモサではなく、もふもふ。何故かは知らないが、カロの体毛は更に柔くなり、弾力を増した体毛へと変化していた。

 

そんなカロに抱きつき、ごろごろと床を転がりまわった。五m程もある狼だ。それはもう、とてももふりがいがあるだろう。

 

「はははははは!!!」

 

いつもの大人びた雰囲気はどこえやら。子供のようなどけない笑顔で、鏡夜はカロに抱きつて転がる。

 

流石のこの反応に、カロもドン引きなのでは美鈴は思い、カロを見るが、カロも満面の笑みで鏡夜に抱きついている。

 

「ガルルルル~~」

 

しばらく、カロの事をもふった鏡夜は、満足げな顔をしながら汗を拭った。カロは……疲れたのか、床に体を伸ばして眠っている。

 

「いや~いい体験させてもらったわ」

 

「昔一緒にいた頃、しなかったの?」

 

「あの時は、基本紫ちゃんがしてたからな」

 

「ああ、なるほど」

 

「さてっと」

 

汗を拭った鏡夜は、スキマを展開し中から毛布を取り出すと、カロに毛布を掛ける。

 

「これでよし。それじゃあ、俺は次の部屋に行くよ」

 

「わかったわ。それじゃあ。またあとで」

 

「おう、また後で」

 

片手を上げて、鏡夜はカロと美鈴と別れて隣の部屋へと行く。

 

「……いい友達だよね。鏡夜って」

 

ぼそっと誰にも聞かれないほどの小さな声で美鈴は呟き、カロの胴体に頭を載せて一緒になって眠るのだった。

 

「鏡夜さん、大好きです」

 

「これは……また直球だこと」

 

隣の部屋に行った鏡夜は、部屋に入ると同時に咲夜に、銀色の包装に包まれるひし形のチョコレートを胸に差し出されていた。

 

「ありがとう」

 

「大好きです、鏡夜さん。……なんて、言った所ですけどね」

 

「まあね」

 

鏡夜は咲夜の育ての親? みたいな者だ。そんな鏡夜に今更好きだと言った所で、何もなりはしない。好きだという気持ちは伝わるだろうが、それぐらいか。そもそも、一緒に住んでいるのだから、嫌いなわけはないだろう。

 

「ん、旨いね」

 

「それは、良かったです。実は、チョコレートって作ったの初めてなんですよね」

 

「へ~それでこの出来ってのは素晴らしいよ」

 

味は言わずもがな。形、色共に素晴らしい。それなのに初めてなのは、素直に感心する鏡夜。

 

「……ん、それで、咲夜ちゃん、お返しは何がいい?」

 

「お返し、ですか。……ないですね」

 

咲夜の言葉に、鏡夜は少し肩を落とす。そんな鏡夜の反応に、咲夜は少しオロオロしてしまう。

 

「あ、あの、え、え~っと」

 

「いや、そんな考えなくていいよ。……ん、何にするか」

 

笑顔を浮かべ、咲夜に答えながら、頭んの中で何をお返ししようか考える鏡夜。しかし、何故かいいアイデアが浮かばない。

 

「あ、えっと……それじゃあ」

 

「うん、なに?」

 

「次の部屋で、死なないでくださいね」

 

「……へ?」

 

ポカンとした表情で、咲夜の言葉を聞く鏡夜。一方、そんな言葉を言った咲夜の方は、苦笑いを浮かべている。なんでそんな表情を浮かべているのか。それは、次の部屋の看板を見たらわかった。

 

『次の部屋、レミリア、フラン』

 

「……成程」

 

これまでにあってきた誰よりも甘えてくるだろう二人組だとわかり、鏡夜は呆れたような顔でため息を吐いた。

 

「そんなに心配しなくていいよ。大丈夫だよ」

 

「だと、いいんですが……」

 

しかし、一体死ぬとはなんなのだろうか。……まぁ大丈夫だろう、と、結論付け、鏡夜は咲夜の頭を撫でた。

 

「じゃ、また今度お返しするよ」

 

「本当にいいですよ」

 

「いや、させてくれ」

 

「……じゃあ、お願いします」

 

頭から手を避けて、鏡夜は微笑みながら次の部屋へと向かった。そんな後ろ姿を、心底心配そうな表情で、咲夜は見送る。

 

「本当に、大丈夫でしょうか?」

 

次の部屋に待ち受ける最後の関門。多分、今回のバレンタインデーに置いて最大最高のインパクトを与えるであろう二人。……本当に大丈夫なのか。

 

「まぁ、大丈夫ですよ、ね?」

 

一人誰もいない空間で、首を傾げながら、静かに鏡夜の事を心配しながら、他の部屋への掃除へと向かった。

 

 

 

「さて、一体どうなるやら」

 

次の扉へと行く途中、鏡夜はそんな事を言いながら、扉を開けた。

 

彼はある程度覚悟はしていた。小悪魔みたく、口に咥えて渡してくるとか、渡した後にキスしてくるとか。しかし、だがしかし! 次の部屋へと入った鏡夜の瞳に飛んできた光景は、それを軽く凌駕していた。

 

「あら、早いじゃない」

 

「もう、もうちょっと待って欲しかったな」

 

明るく言うスカーレット姉妹。至っていつも通りの感じだ。見た目以外は。

 

次の部屋は少し広い浴槽であり、彼女らの見た目は真っ裸。生まれたまんまの姿といってもいい。そんな姿が、鏡夜の瞳に、ダイレクトに入ってきのだ。もう脳は若干処理落ちを起こしている。だが、ここまでは想定内。この程度は慣れっこだ。

 

そう、この程度ならばな。

 

「今から準備しようと思ったのに」

 

「仕方ないわ。フラン。さっさとやっちゃいましょう」

 

「はーい」

 

「んな!?」

 

スカーレット姉妹は、頷き合うと、浴槽の中に飛び込んだ。その時に浴槽から僅かに飛び出した物体に、思わず鏡夜は驚いてしまった。

 

浴槽から飛び出したのは、チョコレート。それもトロットロに溶け切ったチョコレート。そんなチョコレートの海とでも表現できる浴槽に入ったスカーレット姉妹は、つまり……。

 

「ぷは! はい、私達からのチョコレート」

 

「いっぱい舐めてね?」

 

スカーレット姉妹の全身はチョコレートまみれ。所々素肌が現れているが、それがまた色気を上げている。……いや、この場合は、妖艶さか? まぁ、ともかくその系統のものががってる。

 

「……グッ!」

 

そんな色気アップ、エロスアップなスカーレット姉妹に鏡夜は耐えれずはずもなく、口もとを抑えて、何かを吐き出した。こう、物理的なものではなく、精神的な何か。多分、理性とか?

 

「ほらほら、ハッピーバレンタインだよ」

 

「そうよ、ほら、存分に舐めていいわよ」

 

全身チョコレートまみれのスカーレット姉妹は、ジリジリと鏡夜へと迫る。ある意味最高の展開なのだが、今の鏡夜においては理性がブッ飛ぶ恐れがあるので、ある意味地獄だ。

 

ゆっくりと下がっていくが、そんなことは後ろの扉が許さず、すぐに後ろへと下がれなくなってしまう。

 

「さあ、舐めてよう鏡夜~」

 

「早くして頂戴? 貴方がやったら、私たちもやるのだから」

 

「う……」

 

迫りくるスカーレット姉妹。そのチョコレートまみれなのに、僅かに素肌が見えているエロティックな姿に、鏡夜の脳みそはショート寸前になっている。流石のこの男でも、美少女の誘惑には負けそうになるとう事か……。

 

必死に、それもう力のあらん限りを尽くして、必死に理性を抑えるが――――――

 

「う、うおおおおおおおおお!!!!!!!」

 

雄叫びを上げた……。

 

 

 

「ここで、この話はおしまいじゃ。……ん? もう少し詳しく教えろと? すまんのう、こっから先はR―18指定じゃ。故に、お主らの想像にお任せするよ。だが、これだけ入っておこう。スカーレット姉妹は、あの後も処女のままじゃよ」

 

長い長い話しが終わると、老人は持っていた水晶玉を握りつぶした。

 

「それに、これ以上は当人達の許可が無いのに、勝手に話すというのは、悪いじゃろう?」

 

老人はゆっくりと踵を返すと、座っていた豪華な椅子へと行き、深くギシリと音を立てながら椅子へと座る。

 

「さて、それじゃあ、今宵はこの辺で。また会う日があるかもしれんが……まぁ、その時まではさよならじゃ」

 

椅子に座った老人の隣に、私は音も無く移動し、老人の見ている虚空……と呼ぶのかわからないが、虚空に向かって手を振る。

 

「では、また会う日まで。できれば、早く会いたいがの」

 

柔和な笑を老人は浮かべると、虚空に向かってそっと手を振る。

 

それでは皆様、このような話に付き合っていただきありがとうごいます。皆様、お元気で。では、また会う日までのしばしのお別れです……。

 




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