では、第百十一話をどうぞ。
第百一話 僅かに欠けた月の下
Side鏡夜
アルレシャ及び、地霊殿での事があってから四ヶ月程が経った現在十月。俺は紅魔館で一人屋根の上に乗って月見酒を楽しんでいた。
「なんだかな~微妙におかしくないか、あの月」
月を見上げながら酒を一口。うん、今日も酒が旨い。
それはいいとして、肝心の月だ。今宵の月は満月であるはずなんだが、よく目を凝らして月を見てみると、僅かに月が欠けている。
見る角度によっては多少欠けているかもしれない。だが、俺は月を真正面から見ている。真正面から見ているというのに、月が欠けて見えるなんて事があるか?
「俺が間違っていたのか……て、これはこれは」
懐から日付付きの銀時計を取り出してみると、そこには驚きの数字が書かれていた。
十二時ピッタシ。短針が一分一秒動かない。長針もだ。壊れるはずのない俺の時計が完全に止まっている。
「時が止まっている……? だが、時が止まっているような気配は感じない」
何故だ? 何故時が動いていない?
「鏡夜」
思案に暮れていると、後ろから声を掛けられる。振り返ると、そこには帽子を取った状態のお嬢様達が月を睨みながら立っていた。
やはり、お嬢様達も感づいたか。
「今日の月は気持ち悪いね」
「そうでございますね。更に言えば――――――」
「時が動いていない……でしょ?」
したり顔で言ってくるレミリアお嬢様。
「流石でございますね」
「ふふ、褒めてくれてありがとう」
レミリアお嬢様は微笑みながら頭を俺の方に向けてくる。これは、アレだよな。頭を撫でろってことだよな。
優しく頭を撫でてあげると、レミリアお嬢様は微笑みながらおとなしく撫でられる。ああ、可愛い。この愛くるしさを語るには一時間位必要だな。
「うおっと」
レミリアお嬢様の頭を撫でていると、撫でていない方の腕が思いっきり引っ張られた。
引っ張られた方を見てみると、そこには頬を膨らませて俺のことを涙目で見ているフランお嬢様が。
「鏡夜、私も撫でて?」
「いいですよ」
何でだろうか。鼻の奥から血の味がしてきた。どうしてだろうね。フランお嬢様が可愛すぎるからかな?
レミリアお嬢様同様フランお嬢様の頭を撫でてあげる。すると、さっきまで涙目だったフランお嬢様は二パッと笑顔になった。
可愛いなあ。本当に可愛い。言葉にしようがない位可愛い。
しばらくの間頭を撫でてあげると、満足したのか二人共俺から離れて、月を見上げた。
「……それで、どうする鏡夜?」
「どうするとは?」
「今回私達は異変を起こす側ではなく、手早く異変を解決するつもりでいるわ」
ふむ、私達ということは、お嬢様達が異変解決に向かうのか。ならば、俺も解決しに行かなくてはならないな。だが、お嬢様達と行くことは避けたほうがいいか。いや、避けなくてもいいんだが、今回の異変の犯人を俺とお嬢様達はまだわからない。だから、お嬢様達と別れて異変の犯人を探すから避けたほうがいいってだけなのだが。
「何故手早く解決するのですか?」
「本来なら満月時に力が出る私達だけど、今回の満月だと何故だか力が出ないんだ。多分、他の月に関係する妖怪達は皆同じだと思う。だから、早く解決するの。このまま力だけが出ない状態が長く続くと、体調が崩れちゃうからね」
俺は月関係で力の左右がされないから関係ないが、やはり月関係で力が左右される妖怪にこの状況は気持ち悪いものがあるのだろうか。
「ならば、私も異変解決に向かわなければなりませんね」
お嬢様達の体調を崩させるわけにはいかない。もし、お嬢様達の体調が崩れたら、俺は泣くぞ。
「そう……なら、私とフランは神社の方から周ってみるわ」
「では、私は人里の方から周ってみます」
「じゃあ、鏡夜! また後でね!」
お嬢様達は手を振ると、屋根の上から飛び降りて博麗神社の方角に飛んでいってしまった。
……さて、じゃあ次は俺の番か。
どうするか? 俺一人で異変解決に行ってもいいが、俺一人だと時間が掛かるかもしれない。出来るならば、お嬢様たち同様二人くらいで行きたいんだが……誰を連れていくか。
咲夜ちゃんは今朝、霊夢ちゃんに呼ばれて神社に行ったきり帰ってきていない。パチュリー様と小悪魔は最近徹夜続きだったため、今は寝ている。となると、残っているのは美鈴かカロだけ。
……よし、ここは昔からの相棒であるカロと行くか。
「というわけで、行くぞカロ」
「は~い!」
言うと同時に、紅魔館の下から屋根まで一気にカロがジャンプしてきた。
「いや~久々だね~鏡夜と一緒に活動するなんて~」
「だな。しかも、異変解決に至っては初めてじゃないか?」
「そうかもね~」
本当初めてだと思う。何度か一緒に戦ったりはしたが、異変解決は一切ない。アルレシャのやつは別だ。アレは異変じゃない。ただの戦いだ。
……そういえば、カロは確か満月で力が左右されるタイプの妖怪だったはずだ。体に違和感とかあるのだろうか?
「なあ、カロ。確かカロは満月で力が左右されるよな?」
「う~ん~? そうだね~確かに左右されるね~」
「なら、今日の満月はどんな感じだ?」
「一言で言うなら気持ち悪いね~力が出そうで出ない~背中の痒い所が丁度掻けないみたいな感じ~」
「それは……気持ち悪いな」
「でもま~力の出る出ないは大して問題ないかな~満月の恩恵なんてちょっとした事だからね~」
大したことないのか。本人が言うならそうなんだろうな。例え力が出ないとしても、俺がカバーすればいいだけだし。
「そうか。なら、大丈夫だな」
「うん!」
「よし、じゃあ行くか」
意気込み、妖力の翼を作り出して空へと飛ぼうとして一旦やめる。どうしてだか、カロが飛ぼうとしないんだ。
アレ? カロって空飛べなかったっけ?
「カロ、行かないのか?」
「いや~私って空飛ぶの苦手なんだよね~」
そうなのか。なら、空を飛ばずに歩いていくか。……お、そうだ。いい事考えた!
「なあ、カロ。今って狼の状態になれるか?」
「なれるよ~」
笑顔で頷いたカロは両手を地面に着けて四つん這いになると、その姿を狼へと変えていった。
白銀の狼。大きさは抑えているのか、調子が出ないのかわからないが、大体三メートルくらいだ。よし、この位の大きさなら大丈夫かな。
「ガルッ!」
出来た、何するんだと言ってくるカロ。ふふふ、カロを狼に変身させたのはこうするだめだよ。
「よっと」
カロの背中へと跨る。ああ、このもふもふの毛並み。最高だわぁ。このままカロの上でのんびりとしたいが、そうしている時間がない。
「グル」
成程ねとカロ。出来るならば、狼の時にも喋れたらいいのに。……無理か。喋れてたらとっくに喋ってるわな。
「それじゃあ、カロ。行こうか!」
「アオ――ン!」
遠吠えと同時に、月に向かってカロが跳躍する。凄いな。一歩で紅魔館を出て霧の湖近くの森まで跳んだぞ。
ふわッと地面にカロは降りると、俺の方をチラッと見た。
「……ああ、最初は里の方へ向かってくれ」
そうだよな。行く場所分からないのに走れやしないよな。ごめん。
「グル」
カロは頷くと、一気に走り出す。おお、俺が自分で飛んでる時より早いな。地面には障害物が大量にあるっていうのに、よくこんな速度出せるもんだ。
「アレ?」
森の中を走り、徐々に森が開けてくる。だが、人里を見ようと目を凝らしてみたが、一向に人里が見えてこない。
「人里はこっちのはずだよな?」
「ガル」
「だよな……まあ一応行ってみるか。カロ、少し速度を上げてくれ」
森を抜け、人里へと辿り着いた。いや、正確に言うと、人里があった場所へとたどり着いていた。
「どういうことだ? ここに人里があったはずなんだが」
「ガル」
確かにこの場所に人里があったはずだ。だが今、人里があったはずの場所は更地とかしている。まるであたかも最初からそこには人里がなかったかのように。
「誰だ……って、鏡夜殿か」
「……慧音か」
人里があった更地をゆっくりと歩いていると、どこからか慧音が現れた。
「久方ぶりだな、慧音」
「そうだな」
慧音は前と会った時と変わらずの調子で歩いてくる。
「グルル」
「どうどう、カロ。敵じゃないよ」
唸りながら慧音を警戒するカロ。危ない危ない。俺がいなかったら慧音、襲われていたぞ。
「む……もしかしたら私はそっちに行かない方がいいのか?」
「いやいや大丈夫。来て大丈夫だよ」
「そうか……ん? 鏡夜殿が今乗っている狼は……」
「カロだけど、どうした?」
「ッ!?」
カロの名前を出した途端、慧音が歩みを止めた。どうした? 驚いたまま止まってしまったが、カロに何か問題があったか?
「カロとは……あの大妖怪のカロ様か?」
「さあ?」
何、カロって妖怪から見るとそういう認識なの? 今まで普通に生活していたから、そういうの分からないんだが。
まあ、カロと同じくらい生きている紫ちゃんが大妖怪って呼ばれるくらいだから、カロも大妖怪って分類になるのかな。
「ガル」
「な、やはり貴方様はカロ様なのですか」
どうやら、慧音はカロの言葉がわかるらしい。妖怪だとカロの言葉がわかるのか。
「ガル、ガルル! グル」
「はっ! 何故この場所に人里がないかというと、私の能力で隠したからでございます」
へ~慧音の能力って何かは分からないが、隠す系の能力なのか。初めて知った。
「ガル。グルル、ガルル」
「すみませんが、それは私にも分かりません」
どうやら、慧音もこの月の異変の首謀者は分からないらしい。ふむ、ならばここにはもう用はないな。次はどこに向かうか……。
「ですが――――――」
「ん?」
「何やら竹林の方で不穏な動きがあると、ある筋からの情報があります」
竹林でね。慧音のある筋ってのが若干気になるが、まあ気にしなくていいだろう。取り敢えず、次行く場所は決まったな。
「ガル、ガルルル!」
「ありがとう、慧音」
「いえ、ご武運を」
慧音に礼を言ってから、カロは再び走り出す。さて、竹林で何が行われているのか……急ぐか。
Side慧音
「……ふう、行ったか」
まさか、大妖怪であるカロ様が現れるなんて、想定外だった。鏡夜殿だけならば、慣れているため自然と話せるのだが、大妖怪のカロ様はある意味、我々妖怪の祖に当たる。半分白沢の私でも、一応、カロ様は祖に当たる。
そんな大妖怪であるカロ様が私の前に現れたのだ。これに緊張しなくてどうする。
「さて、では、私も行くか」
帽子を取り、月を見上げる。
彼女の宿敵である彼女が月から使者が来ないようにするために創り出した擬似的な月。月を形成している結界。
壊すには私では無理だ。この里を守るという仕事もあるし、壊しに行った所で返り討ちにされるのが目に見えている。
故に、私はここで待ちたい……のだが、行かなければならないよな。
「彼女が今育てているバク。十中八九鏡夜と戦うだろう。……私が面倒を見なければならないよな」
彼女が保護してくれるだろうけど、一応私も向かった方がいいだろう。もしかしたら、バクが妖怪に襲われるかもしれないし。
「……それじゃあ、行こう。鏡夜殿とカロ様に会わないようこそっと」
活動報告でこれからの予定などが書かれているので見てくださいね。
感想、誤字、アドバイス、お待ちしております。