そでは、第九十九話をどうぞ。
Side鏡夜
「ありがとう、燐。お前のおかげで少しは落ち着いたぜ」
地面に仰向けになって気絶している燐に、着ていた上着を掛ける。
殺しはしていないが、燐はボロボロだ。服なんかが、もう……ね。こんな姿男どもに見られたら襲われてしまう。……ボロボロにした俺が言えるセリフじゃないか。
「しかし、久しぶりだな、あんなに面白い事を知れたのは」
今の腹を抱えて笑い転げたいくらいだ。この展開は面白すぎる。
俺が創られた? 俺の感情は何者かに作られた? 記憶も作られた? ああ、確かにショックなことではあるだろう。まあ、記憶はアイツと会った所しか残っていないから、別段どうでもいいけど。
記憶は作られ、感情も作られ、己のものは何一つない。普通の人間であれば、発狂もの。もはや、生きる気力すら湧かないかもしれない。
「だが……」
だからどうした?
記憶は紛い物で感情すらも紛い物。だからどうした! 記憶が紛い物で何が悪い? 感情が紛い物で何が悪い? 紛い物だろうとなんだろうと、俺は俺だ。
この、俺は俺だの気持ちすらも作られた物だとしても、構わない。別にそんな事はどうでもいい。気にしないし、別段興味もない。
それに、紛い物だろとどっからか操られていていようと、今は感情も記憶も俺のものだ。例えどんな記憶だろうと感情だろうと、俺のものを一々気にする必要性もないだろう。
「だからこそ、今興味を持つべきものは……」
俺を作った者。それだけだ。
この俺を創り出し、この世に送り込んだ超常の存在。アイツしか想像つかないが、俺がこの世界に来る前の記憶が作り出されたものだとしたら、それは宛にならん。
故に、面白い。この世に来てから俺以上に超常のものは存在しなかった。神も、妖怪も、人間も、誰一人俺より上の存在はいなかった。つまり、俺を創り出した、俺以上に超常の存在がまだこの世にいるという事だ。
「どこにいる? さあ、早く姿を現してくれよ」
神よりも妖怪よりも人間よりもさらに超常の存在。アルレシャか? いや、違う。アイツはそういう風な事はしない。アイツはむしろ、命令を実行する部下の方だ。
という事は、アイツの上司が俺を生み出した……?
「そうか、ならば一年後、会えるということだな」
ククク、アッハッハッハッハッハ!! 楽しみだ! 少し前まで不安要素だった一年後が楽しみになるほど、俺を創り出した存在に出会えるのは楽しみだ!
「お兄ちゃ……! 燐! どうしたの!?」
内心笑っていると、地霊殿の方からこいしがやってくる気配を感じた。
「こいしか」
気配を感じた方に体を向けてみると、そこにはこいしが気絶している燐の頭を抱えていた。
「お兄ちゃんが、燐をこんな風にしたの……?」
「ああ、そうだ」
俺の返答を聞くと、こいしはキッと瞳を鋭くする。成程、この娘は身内がやられると何も考えずに突っ込んでくる娘なのか。これじゃあ、理由を話したところで逆効果か?
戦う覚悟を決め、少しだけ臨戦態勢に突入したが、どうやら俺の覚悟は杞憂に終だったようだ。
こいしは二三度首を振ると、キッと鋭くしていた瞳をやめて柔和な瞳に変わった。
「……ううん、違う。お兄ちゃんじゃない。お兄ちゃんみたいな優しい人がこんなことするはずがない。したとしても、何かしら理由があるはず」
「いや、案外わからないものだぞ? 気分的に燐をボロボロにしたかもしれないぞ?」
わざと挑発するように言ってみる。先程の気分が抜けてないせいか……。また戦いたいと疼き始めているのか、俺。
こいしは俺の挑発に首を振ると、ニコッと笑った。
「それは絶対にありえない。だって、お兄ちゃんは無差別に妖怪の女の子を襲う人でしょう?」
「……それは、無意識でそう思っているのか?」
「ううん、これは私自身が見たから思ったこと。それにお兄ちゃんは、私の事を可愛い少女って言ってくれたでしょ? 無差別に女の子を襲うなら周りから見えないはずの私を、鬼の目を盗んでどこかに連れて行って襲うはずだもん」
真剣な眼差しで言ってくるこいし。
この娘は、俺がどれだけ煽ろうとも戦いは仕掛けてこないな。むしろ、俺の方が悪いことをしてしまったな。いかんいかん。俺らしくもない。
こいしの下まで歩き、胸に片手を置き、片膝を着いてこいしに頭を下げる。
「こいしを試すような物言いをしてしまいすまない」
「えっと、お兄ちゃん、どうしたの……?」
こいしが驚いた声で聞いてくるが、俺は答えずに続ける。
「燐がこんな風になっているのは、どんな理由があれ俺のせいだ。こいしの家族を傷つけてしまったことには変わりない」
「どんな理由があれって、燐は何したの?」
さて、どうする? さとりのために俺を殺しに来たから迎え撃ったと言っていいものだろうか? 燐からしたら、さとりに言わずに来たのだから、言って欲しくない気がするんだが。
「……こいし様、ここからはあたいが説明します」
「燐!?」
どうするかと考えていると、気絶していた燐が起きた。かなりのダメージを与えたのにもう起きるとは……流石だ。
「こいし様、鏡夜は何も悪くないんです。全部、あたいが悪いです。鏡夜、頭を上げてください」
「ねえ、燐! どうして貴方が悪いの!?」
頭を上げると、そこには口の端から血が垂れている燐が。これはまずい。急いで俺特性の飴玉食べさせないと。
「こいし、その前に燐にコレを食べさせてやってくれ」
例の飴玉をこいしに渡す。
「これは?」
「傷と力が回復する飴玉だ」
俺の説明を聞くと同時にこいしは飴玉を燐に食べさた。
飴玉を舐める燐の体の傷が治り、力が戻っていく。ふむ、これで大丈夫だろう。
「ありがとう、鏡夜。……それで、こいし様。あたいは、鏡夜を殺そうとしました」
「お兄ちゃんを……殺す? どうして!」
「上の命令です。鏡夜を殺さなければ、さとりの旧地獄の管理人から下ろすと命令がきました」
「そんなの無視すれば……」
「ダメなんですよ、こいし様。旧地獄の管理人を下ろされるってことは、地霊殿にいられなくなるってことですよ。地霊殿が無くなったら、この鬼達がいる地底でどう生きていくんですか……」
泣きそうになりながら燐の話を聞くこいし。そんなこいしから燐は離れると、頭に手をポンッ置く。
「泣かないでください」
「でも、燐が……そんな命令されてたなんて……私達に言ってくれればいいのに……」
「言ったら、こいし様は止めるじゃないですか。こいし様の大好きな人間を殺すなんて言えば」
「それでも……教えて欲しかった」
……あーうん。悲しい話なんだが、ここで一つ思うことがあるんだ。別にさ。地霊殿出たら、紅魔館に来てもらえばいいと思うんだ。……でもダメか。さとりが俺と一緒に生活できないからな。
「ねえ、鏡夜」
「ん?」
なんて考えていたら、燐はこいしの頭から手をどけて立ち上がり、真剣な瞳で俺の目を見てきた。
「鏡夜は、私の事を殺すのかい?」
「……はい?」
殺す? 何故に? 殺す理由が一切見つからないのだが。むしろ、愛しますが? あれか、殺し愛でもしたいの?
「理由を聞いても?」
「だって、鏡夜を殺そうとしたんだよ? それに、私は鏡夜を殺さないといけないから何度も鏡夜を殺しに行くよ。だから、邪魔な私をここで殺さないと……」
ふむ、成程ね。でも、その理屈でいけば、俺はさっきの戦闘で燐を殺しているはずだが? そもそも、まず俺は殺しに来てくれるのは大に歓迎なんだが。最近、まともに命を狙ってくる奴がいないからな。
「いやいや、別に邪魔じゃないし。そもそもだ、燐。その理屈で行けばさっき俺はお前を殺していた」
「あ……」
呆けた表情を浮かべる燐。あんだけこいし達の事には頭回るくせに、気づいてなかったのかよ。
俺は一度をため息を吐いてから、燐の頭に手を置く。
「だから、俺は別に燐を殺すつもりはない。まあ、燐が殺しに来るのならば、喜んで迎え撃つが……ま、殺しに行こうなんて気が沸けばだが」
「「ッ!?」」
笑顔で言うと同時に、妖力のリミッターだけ軽く外す。漏れ出す妖力は、紫ちゃん並。要は幻想郷でトップの妖力だ。
燐の袖を掴み震え出すこいし。そんなこいしの手を掴み震え出す燐。あらら、少し大人気なかったか。
二人に対して苦笑いを浮かべ、すぐに妖力のリミッターを掛け直す。
「ま、そういうことだ。俺を殺せると思うならいつもで来な。相手してあげるよ」
そう言って、俺は踵を返して歩き出す。
……っと、そうだった。言う事が二つもあったんだ。
「なあ、こいし、燐。もし、俺を殺せなくて地霊殿を追い出されたんなら、俺の所に来いよ。いつでも、住んでいいから」
振り返って言ってやったら、二人はキョトンとした表情をした後、ふふっと微笑んだ。
「それと、こいし。さとりがなんて言おうと、俺の気持ちに嘘偽りはないぜ。アレは本心で言ったことだ。例え紛い物だろうと、俺の気持ちには変わりはないからな」
それだけ言って、再び踵を返し、スキマを開いて咲夜ちゃんがいる場所へと向かう。外は見えないが、もう夕方の時刻だ。退院に間に合えばいいんだけど。
「……あ、勇儀達に帰ること言ってなかったわ……ま、いいか。それよりも、俺の記憶の封印を今のうちに解いとくか」
一度立ち止まった俺は、スキマの中で記憶に関する封印を探しながら、再びスキマの中を歩いきだした。
Sideこいし
「こいし様」
お兄ちゃんがいなくなった後、私と燐は糸の切れた人形のように地面にへたりこんでいた。
恐ろしかった。でも、とても格好良かった。なんだろう、私って危ない人に惹かれるのかな。優しいお兄ちゃんも良かったけど、さっきの怖いお兄ちゃんの方が好みだった。……って、アレ? 私なんでこんなこと考えてるんだろう。
普段はこんなに人間……お兄ちゃんは人間って括りに入れていいか分からないけど、とにかく人間のことなんてこんな風に考えたことなんて今までなかった。考えたとしても、それは怨みや怒りからしか考えたことなかった。
だけど、今は違う。今は怨みや怒りから考えてない。そもそも、好みって、確かにお兄ちゃんは好きだけど……何この気持ち。
お姉ちゃんは好き。燐も好き。地霊殿にいる動物達も好き。でも、お兄ちゃんは? 好き? ……違う、この気持ちは好きっていう気持ちとはまた違う……。
「こいし様?」
「……え、あ、うん! なに?」
急に声をかけられたから、思わず裏声で返してしまった。
「なんか、顔赤いですけど、大丈夫ですか?」
「え、赤い?」
別段、赤くはないと思うんだけど……うわ、顔熱い! なんで、こんな風になってるの!?
顔を両手で触ってみたら、火傷しそうに熱かった。何でだろう。訳わかんない!
「だ、大丈夫だから!」
「そうですか? 風邪なら早く言ってくださいね」
「分かってるって! で、ほら、なに燐。何か言おうとしてたでしょう?」
両手をパタパタと上下に動かして顔に風を送りながら燐に言う。急いで、この熱い顔を冷まさないと。
燐は一度目を瞑って開くと、はぁと溜め息を吐いた。
「いや~あれは勝てませんわ。すみません、こいし様。もしかしたら、この地霊殿追い出されるかもしれないです」
暗い顔で言ってきたから、何かと思ったら、そんなこと別に大丈夫だよ。
「な~んだ、そんな事は別にいいよ」
私はピョンと立ち上がり、クルリと回って燐の目の前に行く。
「お兄ちゃんが言ってたじゃない。もし、この地霊殿を追い出されたらお兄ちゃんの下へ行けばいいんだよ」
「でも……」
歯切れの悪い燐。どうして、解決策があるのに悩むんだろう? もしかして、お姉ちゃんに悪いと思ってるのかな? 別に、お姉ちゃんはそんなこと気にしないと思うけどな~。
「もう、だからね燐……」
「追い出しなどしませんよ」
「「ッ!?」」
私が途中まで言った所で、第三者の声が私の後ろから唐突に割り込んできた。
燐を飛び越え、空中で回転しながら着地する。そして、すぐさまさっきまで私がいた所の後ろを見ると、そこにはあの人が……。
「久しぶりですね、古明地さとりの妹の古明地こいし」
「四季映姫」
緑の髪で帽子に二つの赤白のリボンを付けた小柄な人。私のお姉ちゃんに旧地獄の管理を任せている人物。何故、ここにいるの?
「ええ、そうです。……それで、先程の話ですが、貴方達にはまだこの旧地獄の管理は任せますよ」
「そうは言いますが、あたいは鏡夜を殺していませんよ」
「別にいいですよ。その命令はあくまで出来ればの話なので。それに、元から貴方に期待はしていなかったので」
期待していなかった……? なら、ならばどうしてお姉ちゃんを旧地獄の管理人を辞めさせるなんて言ったの?
「四季映姫、なら、どうしてお姉ちゃんを旧地獄の管理人を辞めさせるなんて言ったの!」
「さあ? 私は聞いていません。これは、上からの命令でしたので」
「じゃあ、お兄ちゃんを殺すってのも上の命令を直接燐に伝えたの?」
「ええ、もちろん――――――」
四季映姫の言葉が終わると同時に、私は四季映姫に殴りかかっていた。自分でも何故殴ったのかわからない。無意識の内に殴りかかっていた。
拳は真っ直ぐと四季映姫の顔面に向かうが、拳は四季映姫に受け止められてしまった。
「っと、危ないですね。無意識のため、貴方の不意打ちは分かりづらいのですよ」
「キャッ!」
「こいし様!」
四季映姫は拳を離すと、私のお腹に向かって真っ直ぐに蹴りを入れてきた。耐え切れない。お腹の中が全部口から出てきそう。
吹っ飛んでいく私の体を燐が受け止めてくれる。
「殴りかかるのはいいですが、時と場所を選びなさい」
「こいし様! こいし様!」
「だい……じょ、うぶ。へ、い……き」
吐き出されそうになる血を堪え、燐の肩を借りて立ち上がる。
お腹の辺りからバキバキって音がしてるけど、気にしない。今は、この怒りを何かにぶつけたい。
……あ、私が殴りかかったのって、怒ってたからなんだ。怒りの原因は多分お姉ちゃんとお兄ちゃんを傷つけられた、傷つけられそうになったから。
本来なら、四季映姫ではなく、四季映姫の上に怒りをぶつけるべきなんだけど、今はいない。だから、私は四季映姫にこの怒りをぶつける。……ようは、ただの八つ当たりだね。
「平気ではないでしょう。無理をするのはやめなさい」
「う、る……さ、い」
「そこまでして、私を殴りたいですか……ふむ、ならばこうしましょう」
四季映姫は人差指をピンと立てる。
「約一年後。この幻想郷に大きな異変が起こります。その時、幻想郷の賢者にでも頼んで三途の川に来なさい。そこでケリを着けましょう」
クルッと四季映姫は踵を返し歩いていく。逃がさない。一年後なんて待てない。今すぐ、四季映姫を殴る!
「こいし様、それ以上動いちゃダメです! それ以上動けば死んでしまいます!」
足を動かし、四季映姫に近づこうとした私は、燐に腰を抱きしめられて強制的に動きを止められてしまう。
振り払おうにも、体に力が入らない。燐を振りほどけない。
徐々に私と四季映姫の距離は離れていく。距離は開き、もう私がどうあがいても届かないといった距離まで四季映姫は歩くと、歩みを止めて振り返る。
「それに、三途の川には貴方の大好きなお兄ちゃんの大切なものがありますよ」
……なに? お兄ちゃんの大切なもの?
四季映姫は言い終えるとニコッと笑い、再び正面を向いて歩き出す。そして、四季映姫の体は見えなくなった。
「ま、て……」
「こいし様! こいし様!」
見えなくなった四季映姫に手を伸ばした所で、私の視界は真っ暗になった。
お兄ちゃんの大切なものって一体何だろう? ……分かんないや。でも、絶対に見つけてやる。そして、一発四季映姫を殴ってや……る。
重要ニュース。
実はこれ。記念すべき第百話だったりします。話数的には九十九話なんですが。お嬢様VSカロ戦の番外をいれると、これが百話なのです。
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