荀シン(何故か変換できない)が恋姫的世界で奮闘するようです   作:なんやかんや

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ドキッ☆凡人ばかりの冀州統治労組はないよ

株式制度――友若により提案されたそれは当初殆ど知られないままに始まった。

この時代の支配階級はの思想は儒教を基本としていおり、商売というものは軽視される傾向にあったのだ。

この要因の一つとして漢帝国が農業生産に立脚していたという事が上げられるだろう。

それぞれの土地で基本的に全てを自給自足している以上、生産能力向上に貢献する人員が最重要視さる。

土地から土地へ物を運ぶ商人というものもまた必要ではあったが、何よりも重視されるのは生産者の人員なのである。

株式制度というものが商人への援助を目的としているという題目もあって、友若と審配が周囲に株式の購入を呼びかけても冀州の豪族たちはそれに興味を示さなかった。

 

しかし、その一年後、株式により袁紹が莫大な収入を得つつも冀州の税収増大を実現したことで周囲の評価は一変する。

株式への投資は資産を増大させる有力な方法として見直されたのである。

帝国の権威が低下し、政情が不安定になっている状況下において、自分自身を守るためにも豪族たちは財をなすことを強く望んでいたのである。

豪族たちは挙って株式を買い集めた。

彼らの全てが成功した訳ではない。

株式会社の運営に失敗した結果として、投資した資金をそっくり失うケースは後を絶たなかった。

更に、悪質な詐欺師が株式を安く売るといって資金を集め、そのまま夜逃げするといった事件も何度か起きた。

だが、全体として、多くの豪族たちが短い期間で投資額を回収し利益を得ることに成功したのである。

 

そして、続けざまに友若の提案によって銀行制度が冀州に導入される。

これによって直接現金を動かさず、口座上で取引が可能になった。

これは、金銭や金塊を運びその安全を保証するためのコストを押し下げ、豪族等、資金を持つ人間達は積極的に投資を行うようになった。

また、友若の銀行では豪族から預かった資金の一部を市場に流す信用創造を行い、行政側もインフラ整備などに積極的に投資を行った。

結果として、冀州の市場における流通貨幣が増大した。

 

この時代の漢帝国は緩やかながらも慢性的なデフレに苦しんでいた。

これは資金を持っていた豪族たちが社会不安と不況を理由に金銭を貯めこむばかりで使わなかったからである。

これは流通貨幣の減少を招いた。

この恋姫的世界では衣服という巨大市場が存在していたが、異民族の侵攻及び政情不安によって市場の冷え込みは深刻な状況にあった。

資金を持つ権力者たちにしてみれば、デフレは溜め込んだ自らの資産価値の向上を意味していたため、この流れを止めようとする動きは起こらなかったのである。

だが、友若の立案によって始まった一連の政策は冀州の流通貨幣を数倍にまで持ち上げ、結果としてインフレへと導くことになる。

貨幣価値の低下が起こるインフレでは貯蓄はすなわち資産価値の減少を意味する。

資金を持った者達は積極的に株式を購入し、その資金は市場に流れて経済を流動させた。

 

株式制度の大きな成功はその立案者である友若の名を広く知らしめた。

友若は当時は卑しいこととされていた商売について非常に明るく、魔法のように冀州の税収を増大させた有能な行政官としての名声を得たのである。

そして、友若の奇抜な献策を採用し、支配下の領土を大きく発展させた袁紹の名声と冀州の噂は漢帝国全土に広まった。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「冀州の話を聞いたか」

「ああ、あそこは相当景気がいいらしいな。流民でもその日のうちに仕事にありつけて飯もたらふく食えるとか」

「本当か? このクソッタレな世の中にそんなうまい話があるかよ」

「いや、本当らしいぞ。俺の親戚が一家で田畑を捨てて冀州に行ったんだが、親父と息子がすぐに仕事にありつけたらしい。何でもあそこの袁州牧様が河の堤防を造る為に人を集めていたらしくてな」

「おい、それは本当かよ。俺たちを騙してるんじゃねえだろうな」

「いや、騙してなんかいねえよ。ここだけの話だが、俺達の家族も近いうちに冀州に行くつもりだ。あそこなら賊に怯える心配もねえって言うしな」

「だが、最近官吏様が脱走に厳しくなっているって言うじゃないか。何でも税収が落ち込んでいるとかで」

「だからだよ。連中は税収が減ったなんて諦めるようなお行儀のいい連中じゃねえ。出て行った連中の分、残った奴らから搾り取ろうとするさ。俺はそんなの真っ平御免だね」

「そ、それは確かにそうかもしれんが……だが、冀州だなんて俺達には何のツテもないんだぞ」

「それでも死ぬよりはマシさ。どのみちこんな村に留まった所で将来はねえんだ。俺は行くぞ。冀州へ」

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「このままでは商売なんてやってられねえぞ! あの強欲太守め! 何が人頭税を払え、だ! 税はこの前払ったばっかりだろうが!」

「全くその通りだ。今までも酷かったが、これじゃあどうにもならないぞ」

「どうやら、太守様とその上の州牧様は焦っているみたいだな。最近冀州が調子いいっていう噂は聞いているだろう。皇帝陛下とその取り巻きの宦官たちは冀州の袁州牧様みたいに税収を増やせって他の州牧達をせっついているみたいだぜ」

「なんだそれは!? ふざけるな。連中は俺達を金の成る木だとでも思っているのか!」

「それでだ、俺は冀州へ行くつもりだ。あそこはまともなコネがなくても商売ができるらしいからな」

「大丈夫なのか? あそこの税収が増えたってことはそれだけ州牧殿が税をむしり取っているってことじゃないか」

「いや、俺もそう思っていたんだが、どうやら違うらしい。むしろあそこの官吏は商人に寛容で税率もきっちり守っていて、賄賂の要求もないらしい」

「はあ!? 賄賂を要求しない!? そんな官吏がいるなんて信じられないね! そもそも、連中の給料は雀の涙だ。賄賂を受け取らずにやっていける官吏なんているわけないだろうが」

「どうにも、荀シンとか言うお偉方が冀州の官吏への給料として穀物ではなく株式を配給する制度を提案したらしくてな。聞いていると思うが、株式ってやつは商売が上手く行けば行くほどそれを持っている奴に金が入る仕組みだ。官吏たちにしてみても、下手に商売を邪魔して混乱させるよりも、俺達商人がやりやすいようにしたほうが儲かるのさ」

「なるほど、それなら確かに官吏達も俺達の邪魔はしないのかもしれないな」

「それで、だ。俺達も冀州へ行かないか。向こうで成功するには株式会社ってやつを作らなくちゃいけねえが、その認定を受けるためには結構な資金がいる。だから、俺たちが各々資金を出しあって共同で株式会社を作ろうと思っているんだが、お前たちは乗るか」

「それは……随分といいはなしに聞こえるな。他に誰がお前の話に乗っている?」

「おう、俺の嫁の実家の酒屋だな。魯子敬様は残念ながら不参加だ。まだ、他の連中は誘ってねえからそれだけだが」

「おいおい、あそこが参加するのかよ? じゃあ、俺も冀州へ行くぜ!」

「俺もだ! 冀州で俺たち呉人の力を見せてやる!」

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「どうしてこうなったし……」

 

日々増大していく書簡の山を前に友若は呟いた。

既に涙目である。

現在、冀州には成功の噂を聞きつけた人々が漢帝国全土から集まっている。

流民を放っておけば暴徒や盗賊となる可能性があったため、袁紹を始めとした官吏たちはその流民対策に追われていた。

州境で流民の立ち入りを制限しようとした試みは既に失敗に終わっている。

行商人に扮して、野獣の住む山を強引に越えて、河を泳いでまで冀州へと入ってくる流民を止めることは不可能だったためだ。

流民問題に仕事が増えた袁紹などは自らの治める冀州に薄汚い流民が入ってきたことに怒りを隠さず、流民を出した州の州牧へ文句の手紙を送っていたが、結局人々の流れを止めることはできなかった。

むしろ、民の流出に頭を悩ませている州牧などは袁紹に対して流民を受け入れないように抗議してくる始末である。

 

「んなの知らねえよ。てめえらが民の管理をしっかりやっていれば問題なんて起きねえだろうが。山岳地帯にまで見張りの兵を配置するとかできるわけ無いだろうが。どこぞの無能のところからは数千単位の集団で流民が来るし。連中、冀州に受け入れられなかったらそのまま暴れだしそうな雰囲気だったぞ」

 

書簡を前に友若はブツブツと呟いた。

その目の前には誰もいなかったが友若は気にもしていない。

割りと末期だった。

株式制度が袁紹に認められ、初期から投資を積極的に行なっていた友若はそれなりの財を成していた。

だが、資金面での成功とは裏腹にそれ以上の問題ばかりが友若に襲いかかっていた。

 

友若は株式制度の成功によって袁紹から田豊に次ぐブレーンとして扱われるようになった。

田豊が袁紹に対して友若を強く推薦したのである。

田豊は内心で袁紹には偏りはあるにせよ天才と思しき友若が必要であると考えていたのだ。

だが、友若にしてみれば罰ゲームにしか思えなかった。

 

友若の穴だらけの知識によれば、三国志の覇者は曹操と劉備、孫……堅?のはずである。

それ以外の連中はいずれこの三者に敗れる事になるはずだ。

実際に曹操を見た友若はその可能性が極めて高いと踏んでいた。

友若よりも年若く、彼と異なりチート知識も有していないはずの曹操は既に孫子の注釈をするとか訳の分からないレベルでの優秀さを示しているのである。

妹と同じような存在――人の皮をかぶったナニカに違いない、と言うのが友若の未来の覇者に対する感想である。

かつて友若は妹に完膚なきまでに叩きのめされた。

いくら友若が努力しても、転生知識というずるを使っても妹の足元にさえ手が届かなかった。

 

もちろん、友若は優秀な人間が存在することは知っていた。

だから、一度本を読んだだけで全てを完全に暗記してみせるという程度であれば、まだ友若は納得できただろう。

完全記憶といった能力を持つ人間がいることを友若は知っていたからである。

一瞬で正確に計算をしてみせるだけなら、友若は受け入れることができたかもしれない。

そうした能力を持つ人間がいるという話を友若は知っていた。

だが、殆ど前知識なく人々を指揮して農作業の所要時間を半減させるとか、駒の動き程度しか知らないはずなのに経験者に将棋で勝つとか、そうした事ができる存在は人間といえるのだろうか。

あれは人間などではない。それが友若の結論だった。

 

そして、その妹と曹操という存在が同じ種類のものであるならば――三国志の最終的な勝者であることから恐ろしいことに妹以上の存在であることが示唆されているそれに人間が勝てる訳がない。

大河の流れを人間が塞き止められないのと同じだと、友若は判断した。

ならば、友若が今仕えている袁紹も10年後に訪れる黄巾の乱とその後の戦乱に敗れ去って消えていくだろう。

友若の中でそれは必然だった。

 

だからこそ、友若は袁紹に近づきすぎることなく、精々そんな部下もいたよね程度の距離で金をためて戦乱の世の前に出て行こうと考えていた。

当初はあぶく銭と時間的余裕を前に趣味の骨董品収集に傾倒していたが、失敗から学んだ友若は積極的に投資を行い――と言っても、最近は袁紹が相変わらずサイコロを振って決めている銘柄に全てをつぎ込んでいるだけだが――資金を増やしているのだ。

順調だったはずである。

袁紹の腹心みたいな扱いになっていることを除けば。

 

「いやいや、まだ大丈夫。俺はただの新参者だし……新参だし……」

 

既に手遅れ状態ではないかという気がしないでもなかったが、友若は努めて無視した。

 

「黄巾の乱を前に若隠居すればなんとかなるはず……服商売をもう一度始めるのもいいかもしれないし……」

 

ついでに、目の前の書簡の山も無視しながら友若は呟いた。

 

「何遊んでるんですか。とっとと仕事しやがってください」

 

配下となった沮鵠から筆が止まっている友若に文句が飛んでくる。

絶え間なく流れ込んでくる流民の管理、その流民たちに仕事を与えるために始まった道路整備や共同施設の建設計画の執行管轄、取りこぼしの結果野盗となって暴れる賊達を倒すための州軍強化計画とその執行管理等、冀州の官吏の管轄する仕事はここ数年で数倍になっていた。

まともに休む時間すら無いのである。

袁紹の下をいずれ去るつもりの友若であったが、そのための計画を考えられる時間があるのか分からなかった。

 


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