荀シン(何故か変換できない)が恋姫的世界で奮闘するようです   作:なんやかんや

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何故か勝っている

袁紹軍と官軍、両軍の戦端は袁紹軍側の弩弓によって始まった。

両軍の距離は1里程度。

袁紹軍の左右それぞれ1万が放物線を描いて官軍に振りかかる。

それに合わせるように袁紹軍はゆっくりと前進を開始した。

戦いに慣れていない新参者は一斉に降ってくる矢にたじろいだ。

 

「落ち着け。大したことはない」

 

熟練の兵士たちがそう言って味方を励ます。

構造上弩に使われる矢というのは弓と比べて短く、軽い。

弓以上の射程を持つといっても曲射の殺傷能力は低い。

まともな鎧を着用していれば完全に防げる。

鎧がなかったとしても木の板程度の盾があれば良い。

そして、袁紹軍の放った矢は通常の弩と比べて小型であった。

流石に皮膚には突き刺さるが、それでも深く食い込む恐れはない程度のものでしかなかった。

もちろん、直接狙いを定めることで弩の威力は高くなる。

強力な弩ともなれば薄めの鉄板等をたやすく貫く。

とは言え、放たれた矢の形状から見るに、袁紹側の使用している弩は小威力のものであることが予想された。

軽装な鎧程度しか身に纏わない野盗程度なら倒せるかもしれないが、鉄板の小片を組み合わせることで作られた重装鎧を貫くだけの威力は無い、と皇甫嵩は判断した。

 

「袁紹は弩というものの扱いを知らないようだ」

「奴らがここで無駄射ちしてくれるのは助かりますね」

 

副官に話をするだけの余裕すらある。

 

「折角敵が有効射程外から矢の無駄射ちをしているのだ。連中は近づいてきているようだが、こっちも合わせて接近する必要はない。両軍の距離が半里を切ったらこちらも動き出すとしよう」

「豪族共の私兵の一部が騒いでいますがいかが致しましょう。一方的に射たれるというのは士気に関わります」

「ふむ、連中には落ち着くように伝えろ。適当な盾さえあれば被害を受けることはない。落ち着くように伝えておけ」

 

皇甫嵩は自分勝手な豪族たちを思い浮かべながらうんざりした様子で副官に答えた。

 

「それにしても、あの小娘め。無駄だと分からんのか、射ちまくっておる」

 

皇甫嵩は袁紹軍をあざ笑った。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「この距離で射っても対して効いていない様子ですね」

 

筒状の遠見鏡を構えていた許攸がそう言った。

 

「まあ、多少でも怯んでくれれば良いな、という程度のものだから」

 

友若が緊張を隠せない様子で答えた。

 

「むっ! いや、中央の連中は気にしていないみたいやけど、両翼の連中は結構慌てとるで。あいつらは豪族やな。まともに鎧を来ていない奴もいるみたいやし、案外あの失敗作も役に立っとるなあ」

 

審配が遠見鏡を覗き込みながらそんな事を言った。

 

恋姫的世界にはメガネレンズが存在する。

レンズ形状理論や測定能力のないため、こうしたメガネレンズは現物合わせによって作られている。

レンズの材料は当然、クリスタルであり、その研磨は熟練の職人にしかできないため、メガネとは高級品である。

 

ともかく、メガネの存在を知った友若は望遠鏡を作ろうと試みた。

屈折率の簡単な原理を覚えていた友若は複数のレンズを組み合わせることで、より遠くを見通すことが可能であると知っていたのだ。

だが、かつて実家で望遠鏡を作ろうとした時、友若は挫折を味わった。

現物合わせで作られるレンズを複数枚組み合わせて任意の場所に虚像を作ると言う事は困難極まりなかったのである。

こんな感じのレンズを作ってくれと言っても、それを上手く伝える図面技術もなければ検査する方法も確立されていない以上、うまくいく訳がなかった。

 

レンズの研磨職人が実家にいるわけでもなかったため、友若の望遠鏡開発は、

1.複数枚のレンズを遠方の研磨職人に発注

2.届けられたレンズを組み合わせて何とか上手い動作ができないか試行錯誤

3.2.で判明した問題を解決するために新たなレンズを発注

以下のループを繰り返し、瞬く間に資金が尽きた。

 

母親から大金を借りて何の成果も上げられなかった友若は荀彧に散々なじられた。

 

「何でこんなくだらない妄想ばっかりやっているのよ! いくら母上があんたに甘いからって、私の目の黒いうちはこれ以上妙なことはさせないわよ!」

「い、いや、でも、メガネで遠くのものがよく見えるなら、それを組み合わせることで、ほら、屈折率とか全反射とか――」

「その結果がこのがらくたでしょうが! もう少し、自分が何を出来るのか考えてから行動しなさいよ! 何時も何時も、あんたのやることは地に足がついていないじゃない!」

 

こうして望遠鏡を作ろうという友若の最初の試みは大失敗に終わった。

 

その後、冀州で財産を蓄えた友若は再度望遠鏡の開発に着手する。

緊急情報の伝達のために望遠鏡が有用であると期待されたからである。

友若は最初と同様のプロセスで望遠鏡の開発を試みた。

ここで、以前と異なっていた点は、莫大な財源を友若が保有していたことと、研磨職人の元に直接友若が赴いてレンズ開発に関われたということだ。

そして、友若は作業効率の大幅な向上と無数の失敗作の積み重ねによってまともに利用できる望遠鏡を完成させることに成功した。

さらに、友若はこの望遠鏡に利用されたレンズの型を取り、型とクリスタルのすり合わせによって同等品を生産できるようにした。

この望遠鏡は収差が激しく、長時間の利用に耐えられなかったため、手信号と組み合わせた通信網は結局見送られた。

しかし、肉眼よりも遥か遠くを見通せる望遠鏡は軍事を始めとした分野に幅広く利用されるようになったのだ。

 

数里先の人間達の様子すら視認できる望遠鏡は袁紹軍に官軍の状況を容易に伝えた。

 

「……袁紹様、取り敢えず、今利用している弩の攻撃目標を敵方の両翼に集中するべきです」

 

望遠鏡から視線を袁紹に向けた許攸が進言する。

 

「分かりましたわ。友若さん、田豊さん、敵方の両翼を叩くのです」

「畏まりました」

「了解です」

 

田豊と友若が袁紹の命令に答える。

 

「旗による伝令を。標的を両翼に集中させろ」

 

友若は伝令官に命じる。

伝令官は敬礼をすると、伝令用の旗手の元へ向かった。

黄色の旗と赤色の旗が掲げられ、赤色のものが左右に振られた。

暫しの時間をおいて、袁紹側の曲射は官軍の左右に集中することになった。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「見誤っていたのか……?」

 

皇甫嵩は苦々しげに呟いた。

袁紹側は一向に矢の射出をやめようとしない。

 

「く、くそ! 一方的にやられるだけじゃないか!」

「落ち着け! 冷静に対処すれば被害はない!」

 

数千の矢が絶え間なく降り注ぐことに兵士たちは同様を見せ始めていた。

 

しばらくすれば袁紹側も射程ギリギリの曲射に意味が無いことを悟るだろう、という皇甫嵩の見立ては外れたのだ。

これだけ射てば、曲射が意味をなしていない事など明白に分かるはずだ、と皇甫嵩は思う。

しかし、現実には袁紹側は愚直に曲射を止めなかった。

 

「応射しますか? 袁紹軍との距離も近づいております」

 

副官が皇甫嵩に尋ねた。

 

「豪族共が五月蝿いし、仕方あるまい。袁紹軍の矢が尽きる様子もないしな。しかし、これだけの矢を用意できるとは、連中元々官軍と戦うつもりだったのかもしれんな」

 

皇甫嵩はこの程度の矢に陣形を乱す豪族連合軍を横目に入れながら、渋々、応射を認めた。

士気を落とさないためとはいえ、この距離では弩は十分な殺傷力を持ち得ない。

矢の持ち合わせが十分とは言えない事と、装填に時間がかかることを思えば、有効射程に入るまで皇甫嵩は弩を温存しておきたかった。

だが、それ以外の要因は皇甫嵩に応射を要求した。

 

「射て!」

 

指揮官の号令の下にやられっぱなしだった官軍は応射を開始した。

とは言え、それは殺傷力を持つものではない。

 

「こんな攻撃が効くか!」

 

袁紹側の兵士たちは全員が軽い円弧を描く鉄片を布地に組み合わせた鎧を着込んでいる。

生産量の拡大の伴って価格の下落した麻や綿、鉄を買い支える必要があると判断した友若が率先してこの鎧導入に踏み切ったのである。

動機は経済政策であったとしても、袁紹兵の鎧は曲射による矢程度はものともしなかった。

 

そして、両軍の距離が半里を切った時、袁紹側の中央の兵士たちが一斉に弩を構えた。

 

「射て!」

 

号令とともに水平方向に放たれた矢は息をつく間も与えずに官軍の中央に到達した。

 

「ぐわっ!?」

 

その威力は凄まじく、重装鎧をたやすく貫き、中央に布陣した官軍の精鋭の命を奪っていった。

 

「馬鹿な!? この距離から重装歩兵を射ちぬくだと!? いかん! これでは一方的に射たれるばかりだ! 様子見はしてられん! ドラを鳴らせ! 全軍前進させよ!」

 

その様子を見た皇甫嵩が慌てて叫んだ。

袁紹軍の弩は官軍のそれの有効射を上回っている。

このまま座視すれば、一方的な展開になってしまう。

そうなる前に袁紹軍との距離を詰めて弩の応射及び、白兵戦に持ち込まなければならない。

距離さえ詰めてしまえば、連射に時間のかかる弩の脅威は半減する。

ここは多少の被害を覚悟してでも距離を詰めなければならない。

皇甫嵩はそう判断した。

 

伝令が届き、官軍側のドラが打ち鳴らされる。

兵士たちは一斉に吶喊の声を上げて前進を始めた。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「いよいよ始まったか……」

 

友若は恐怖に震えながら呟いた。

20万もの兵士たちが一斉に叫ぶ様子は大地が割れたかと感じられるほどだった。

 

――こうなったらやるしかない!

 

友若は自らに言い聞かせた。

この期に及んでやり直せるとは思わない。

ならば、後は戦いぬくしかない。

退路が断たれた以上、進むしかないのだ。

 

幸いにして、こちらの袁紹直属の3万が使う弩の有効射程は官軍側のそれを凌駕している。

官軍側の弩が有効射程に入るまでは一方的な攻撃が可能だろう。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

今回、袁紹軍で使用されている弩は大きく分けて3種類に分けられる。

 

一つが、最初に曲射を行った小型の連弩である。

予め矢を装填しておく構造になっており、背筋力で弦を引くことで、既存の弩とは比べ物にならない連射性能を誇る。

弩兵という兵科の問題点が連射にあるという話を聞いた友若が開発したものである。

転生チート知識にある自動弾込め機構を参考にしており、弦をひく必要性はあるものの、弓と同等レベルの連射性能を保有させることに成功した。

友若にとって自信作であった。

だが、これは現場で運用した際に致命的な問題があることが発覚した。

威力の欠如である。

友若の開発した小型連弩は弦を背筋力のみで容易に引けるように張力が通常の物と比べて小さい。

簡単な講習のみで誰でも使えることを重視した友若の連弩の張力は弓よりも少し強い程度であった。

当然ながら弩の威力は小さくなる。

張力を小さくしたことで威力が下がり、連弩は十分な飛距離を稼げなくなった。

そこで、友若は連弩に使用する矢を小型化した。

これにより、通常の連弩と遜色のない飛距離と弓並の連射性能を持つ友若の連弩が完成した。

後に、李典はこの連弩を次のように評価する。

 

「矢を放った瞬間の衝撃で次を装填する構造は画期的や! 足で先端を押さえて、取っ手を使うことで簡単に弦を引けるっちゅうのもポイント高い。正に革命的な絡繰や!」

 

……李典には武器として認識してもらえなかったらしい。

銀行の金銭輸送部隊に襲いかかる野盗を迎撃しようとした際、護衛部隊に配備されていた友若の連弩はその平和主義的性能を万全に発揮した。

つまり、大量の金銭を野盗に強奪されるという事態に陥ったのである。

厳しい訓練を課す友若の事を嫌っていた袁紹の私兵達は口々にこの連弩を馬鹿にした。

 

「木の板で防げる」

「木の葉で防げる」

「布の服で防げる」

「全裸でも防げる」

「刺さっても倒せない」

「殺傷力ゼロ」

「これって武器ですか?」

「相手の剣が届く距離なら殺傷力あるかも」

「でも、それって矢を討つより殴りかかったほうがマシじゃね」

「むしろ素手のほうが強い」

「私のほうが強い」

「すぐ壊れる」

「整備面倒くさすぎ」

「九七式57mmの再来」

 

自信満々の連弩を散々馬鹿にされた友若は逆ギレした。

 

「うるせー! ばーかばーか! この素晴らしい連射性能と飛距離を両立させるためにどれだけ苦労したと思ってるんだ! そんなにヘボいヘボいって言うなら、超高威力の弩を作ってやんよ! あと、チハたん馬鹿にすんな! あれは画期的なディーゼル車だぞ!」

 

ともかく、友若の開発した画期的な連弩はお蔵入りとなり、量産されていた弩とその予備分合わせて3万は完全に無駄になった。

しかし、袁紹軍は官軍との戦いにあたって、この失敗作を引っ張り出してきて義勇兵達の一部に装備させた。

ないよりはマシだろう、という判断である。

幸い、訓練も殆ど無く使えるように開発された連弩であるから射つだけなら難しくない。

戦闘が始まれば使いものにならないが、長距離射撃で相手の士気を下げられないかな、という考えによって袁紹軍側の曲射は実行された。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

2つ目の弩は袁紹の私兵3万に配備された弩であり、先の物よりも大型であり、弦を引くための巻き上げ機が取り付けられている。

連弩の開発失敗で周囲から白い目で見られるようになった友若が次に開発した大型の弩であり、兵士達には『真弩』と呼ばれている。

巻き上げ機が付いているものの、前回のものと比べて構造が単純化されている。

 

「散々威力がないって俺の連弩を馬鹿にしやがって。俺が威力の高い弩を作れないとでも思っているのか!」

 

そんな友若の言葉とともに開発された連弩は弓に鉄材と木材を組み合わせてあり、その張力は漢帝国の一般的な連弩を大きく上回っている。

矢も通常の弩に使われるものと比べて長く、径も太く、重い。

連射性能や扱いやすさを排除して、兎に角高威力を追求した結果である。

巻き上げ機の採用により、てこ式よりも発射準備時間が伸び、大きな張力に逆らって巻き上げ機を回すにはかなりの力が必要となる。

筋力の足りないものには扱えないという、それって弩としてどうなの的な武器であった。

そんな弩の試作機を作った友若は袁紹私兵の中でも精鋭部隊に渡して試射させた。

 

「ほーら、ほら。お前らの言う通りの弩を作ってやったぞ。これで文句はないだろう」

「く、っくそ!」

「あれー、満足に弦も引けないんですかー? へなちょこな弩なんぞ何の役にも立たないって言うから、強力なやつを準備したんですけどー」

「……」

 

巻き上げに大きな力を必要とするこの弩を初めて渡されて連射するのは鬼畜訓練に耐えてみせる精鋭達といえども厳しかった。

普段からさんざん走りこまされているが、腕の筋力を酷使する事が少なかったためでもある。

と言うか、友若は精鋭たちでも連射が難しくなるような張力で弦を張ったのである。

ただの嫌がらせであった。

最低である。

悔しさに涙を滲ませる女性の横で、どんな気持ちどんな気持ちと飛び跳ねている友若様子はア熊を思わせた。

 

「……一週間だ」

「ん?」

「一週間でまともに使いこなしてみせる!」

「……えー? 本当?」

 

精鋭兵士の言葉に友若は嫌そうに答えた。

友若としては、自信作をボロクソにこき下ろしてくれた生意気なゴロツキどもの鼻をへし折ろうと、この強力な弩を作ったのである。

これで、袁紹の私兵達を大人しくさせてから、例の連弩を張力向上により実用的に改善することを考えていた。

友若としては開発に苦労した自動装填機能を捨てるつもりはなかった。

下手にこの強力な弩を使いこなされると小型連弩の出番がなくなってしまう事を友若は嫌ったのである。

とは言え、さすがにこの弩を使いこなせるわけがない、と思った友若はいやらしい顔を浮かべた。

 

「ふーん、そこまで言うなら構わないけど。でも、もしさっきの言葉を守れなかったら今後は俺に文句を言わずに従えよ」

「……いいだろう。だが、もし私達がこの弩を使いこなしてみせたら、今後はその不真面目な態度を改めて、死ぬ気で袁本初様に尽くせ……それと、貴様の収集しているというぶどう酒を全て頂こうか」

「んな!? ちょっと待て! そうして俺がそんなもの賭けなきゃいけないんだよ!」

 

精鋭兵士の言葉に友若が慌てて言い返す。

友若はぶどう酒を愛しており、数年前に購入した自宅にの地下室にはぶどう酒の保管庫まで用意されている事は有名であった。

シルクロードが半ば崩壊しているため、ぶどう酒の流通は極めて限定的で、その価格は凄まじいものになっている。

実際、友若がぶどう酒に費やした資金は数千万銭に及ぶ。

それを賭けろという精鋭兵士の言葉にそう簡単に頷けるはずがなかった。

精鋭兵士は友若に詰め寄る。

友若は一歩引いた。

断固としてあのぶどう酒達は賭け事の対象にしない、と友若は決心する。

 

「あら、よろしいんじゃありませんの?」

「ほ、本初様!?」

 

だが、決心から僅かの間もおかずに友若は諦めざるを得なかった。

いつの間にか友若の元へやってきた袁紹に賭け事の話を聞かれたのである。

袁紹はサイコロ遊びから賭け事にはまっていた。

 

「私の兵士たちがこの弩を使いこなせるかどうか、という訳ですわね。面白いですわ。私も一口かませなさい」

 

そして、事あるごとに他人の賭け事に参加するのである。

袁紹が合法、非合法を問わず冀州にある賭場から出入り禁止指定されてから、増々その傾向が強くなった。

 

「私は精鋭たちを信じますわ! 賭けるのは袁家秘伝の酒。私が勝ちましたら友若さんのぶどう酒を頂きますわ」

「ううああ……」

 

友若は絶望とともに崩れ落ちた。

イカサマなどまるで考えもしないのに賭場から出入り禁止の指定を受けるほどの豪運を持った袁紹である。

賭け事で勝った例など一度も無かった。

こうして、友若は溜め込んだぶどう酒を全て失い、深い悲しみに包まれた。

もっとも、賭け事での勝利に上機嫌の袁紹に誘われて一緒にぶどう酒を飲めたため、友若は割とすぐに復活した。

ただ、この出来事で袁紹がぶどう酒の味を知り、買い求めるようになったせいで、ぶどう酒の入手が困難になった。

いくら稼いでいるとはいえ、袁紹と友若それぞれの娯楽に使用出来る金額上限は文字通り桁が違う。

具体的には二桁くらい。

その圧倒的な資金力により袁紹が買い占めへと動き出した結果、ぶどう酒の価格は急騰し、友若では手の届かないものになってしまった。

そのため、友若は事あるごとに袁紹と酒の席を伴にしてただぶどう酒を楽しむことにした。

見た目は美人で、なんだかんだで性格も悪くない袁紹と伴にぶどう酒を飲むのは友若にとって癒しの時間であった。

因みに、袁紹にぶどう酒の買い占めを進言したのは田豊である。

話は逸れるが、袁紹の買い占めで価格が高騰したことにより、これを好んでいた皇帝もぶどう酒を口にすることができなくなった。

皇帝が袁紹討伐を容認した理由はこのぶどう酒の価格高騰を止める狙いがあったのではないか、などとも噂されている。

 

弩に話を戻すと、兵士達が思いがけずも使いこなしてしまったことで、友若が適当に作り上げた弩が袁紹私兵の正式武装として採用されることになった。

訓練をつみ、ある程度の連射が可能になると、この大型の弩は凄まじい威力を発揮した。

友若としては全力を持って開発した小型連弩ではなく、兵士達の鼻っ柱を折るために適当に作った弩が採用されたことには複雑な気持ちだった。

何しろ、兵士達は技術の粋である小型連弩を『弱弩』、大型の弩を『真弩』等と呼称したのである。

小型連弩の採用を目指していた友若への嫌がらせであった。

実際、その破壊力と飛距離は兵士たちに大好評だった。

 

「木壁ごと敵を貫いた」

「重装鎧を半里の距離から貫いた」

「野盗の弓が届かない範囲から攻撃できる」

「真弩の殺傷率は15割。最初の敵を貫通してその後ろの敵を絶命させる可能性が5割りと言う事」

「あまりの殺傷能力に真弩を見た野盗は逃げ出すようになった。もちろん、追撃の矢で絶命させた」

「真弩は頑丈で整備も楽。どこかの戦いを知らない奴が押している弱弩とは比べ物にならない」

「接近すれば矢は放てまいと近づいてきた敵を殴り殺す鈍器としても使える」

「あまりに真弩が殺傷能力を持つので豪族から使用を控えるよう要請が来た」

「豪族に弩を突きつけて野盗と裏で結託していたのかと聞いたら泣いて白状した」

「真弩を使うようになってから彼女ができた」

「真弩を使うようになってから彼氏ができた」

「真弩を使うようになってから他人の幸福は毒の味だと思うようになった」

「真弩の威力は癖になる」

「火力最高!」

「私の真弩はさらに2倍の張力なの」

 

現場の人間から大型弩についてこれだけの好意的な発言が出てきては、さしもの友若も連弩を諦めるしかなかった。

こうして、袁紹の私兵に採用され、この戦いでも袁紹直属の精鋭3万が利用しているのが『真弩』であった。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

『真弩』によって半里の距離から放たれた矢は官軍の精鋭を容易く射抜いていった。

 

「前進せよ! 弩は装填に時間が掛かるから連射できない。敵が打ち終わった今が前進の好機だ!」

 

官軍側の小隊長達が兵士を励ます。

しかし、袁紹軍は間を置かずに次の矢を放った。

 

「ぐわっ!?」

 

指揮棒を振り上げて周囲の兵士達を鼓舞していた小隊長に矢の狙いが集中する。

 

「お、落ち着け! 前進するのだ」

 

全身を射抜かれて倒れる小隊長に代わり副隊長が兵士達に指示を出す。

 

「どうしろっていうんだよ! あいつら絶え間なく矢を射っているぞ」

「好機なんてどこにもないじゃないか!」

 

しかし、隊長たちの言葉と異なり、弩とは思えない間隔で矢を放つ敵に兵士達は動揺を隠せなかった。

 

「だとしても、今更止まれん! 全力で前進せよ!」

 

いくら予想外の出来事が生じたといっても、経験豊富な兵士達はすぐに状況を判断し、ただ前進を続けた。

多大な犠牲を出しながら。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「拙い」

 

皇甫嵩は歯噛みした。

袁紹軍側は兵士達の鎧の色を複数に分けて、色ごとに運用していた。弩兵部隊は3色の兵士で構成されており、それぞれの色の兵が弩の弦を引くこと、矢を装填して前方に進むこと、進み出て矢を放つこと、の3つの動作を分担して行なっている。

これにより、一度に放たれる矢の本数は減っているが、絶え間なく矢が射ち出され続けていた。

官軍の保有する弩と比べて大きな飛距離と威力を持つ袁紹軍の弩は次々と官軍の兵士達を打ち倒していく。

すぐ隣や前で死んでいく仲間たちに、官軍側の攻勢速度は低下していた。

 

「こちらの弩兵に敵の弩兵部隊を叩くように命じろ! 連中を何とかしなければ戦いにすらならずに負けてしまう!」

 

皇甫嵩の命令に官軍側の弩兵部隊は袁紹側の弩兵を狙って射撃を始めた。

距離が足りないため曲射となってしまうが、他に選択肢はなかった。

これに対して袁紹軍の後方部隊が一斉に弩を構えて曲射を開始した。

文字通り雨とすら思えてしまう程の矢が官軍側に振りかかる。

皇甫嵩は知らなかったが、これは袁紹軍で力のある義勇兵や豪族の兵に貸し出された3つ目の弩であった。

袁紹軍の『真弩』に使われている弦の張力を小さくして、扱いやすくする代わりに、威力を失ったものである。

『真弩』程の威力と飛距離はないが、曲射によって官軍の弩と同等程度の飛距離は得られる。

こちらに関しては練度が十分とはいえないが、4万の数を準備したことで莫大な矢が官軍をに降り注いだ。

 

「ぐっ! あれだけ射てば直ぐに矢が無くなりそうなものを!」

 

官軍側は想像もしていなかったことであるが、袁紹軍はこの戦場に全部で4千万に達する矢を持ち込んでいた。

作りすぎて余っていた矢が大量にあるから戦場に持って行こう、という友若が提案したのである。

 

――ひたすら矢を射っていれば曹操とか孫堅も簡単には近づいてこれないよね、そうだよね、そうだと言ってよ!

 

そんな考えの元、大量の矢が運ばれることになったが、その輸送手段構築に友若とその部下たちは四苦八苦した。

数千万銭もの大金を日々運ぶ銀行制度により蓄積された輸送ノウハウが無駄に発揮されなければ、これだけの矢を一回の会戦のために使うことはできなかっただろう。

平均して一分間に2発の矢が放てると仮定すると5時間半はひたすらに矢を射てる計算になる。

袁紹軍は矢の温存など考えもせずに有効射程外からひたすらに矢を射ち続ける。

 

「豪族たちの陣形が崩れかけています!」

「っ! 腰抜け連中め! 袁術に命じて、孫堅を動かせ! それと曹操にも攻撃を開始するように命じろ!」

 

皇甫嵩は後悔した。

欲に目の眩んだ豪族を前方に配置するべきではなかったと。

 

――初戦の勝利で油断してしまった……!

――袁紹は初めから官軍との戦に備えていたに違いない!

 

無数の弩と矢を袁紹軍が保有していたことで、皇甫嵩はそう確信した。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

時は少し遡る。

 

「おー、凄いものだなっ!」

 

一方的に犠牲を重ねる官軍を見やった孫堅は気楽な様子で笑った。

 

「感心しとる場合か! このままでは儂達もまとめて押し切られるぞ」

「うむ、その通りだ! おい、袁術に伝えて来い。私たちは好きに動くと!」

「ま、待てい! 勝手な行動をしては袁術や皇甫嵩が黙っていないぞ!」

 

命令を無視して行動すると言い放った孫堅を黄蓋が慌てて窘めた。

 

「今、動かなければ確実に負ける。勘だがな」

 

対する孫堅は平然と言い返した。

 

「勘、か。お主ら親子の勘はよく当たるからな。だが、儂達だけではどうしようもないぞ。率いている兵は1万しかいない」

「なあに、皇甫嵩は負ければ後がないことを理解している。要は袁紹軍を突き崩せばいいだけだ。遠距離から弩を射つばかりの連中など、近づいてしまえば大したことない。そして袁紹軍を撹乱すれば、直ぐに官軍が動き出すさ」

「……致し方ないの」

「まあ、私とお母様が接敵出来ればなんとかなるわね」

 

黄蓋は溜息とともに孫堅に従った。

孫堅軍1万が動き出す。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「砲で耕し兵が前進する、だったかしら、桂花?」

「は、はい。昔、兄が言っていました。大砲で耕し歩兵が前進する、と」

「見事なものね。弩を全面に打ち出した戦闘方法。正攻法そのものだけどその分、生半可な奇策では対抗できないわね……あら、孫堅に動きがあったわ」

 

そう言って曹操は双眼鏡から顔を外した。

荀彧が李典と供に開発した成果の一つであった。

曹操の配下となった荀彧は、冀州での成功を見てかつての友若の発言には理があったのではないかと思うようになっていた。

型にはまらない思考の持ち主である曹操の後押しもあって、荀彧はかつて友若が実家で行なっていた無数の試みに再び脚光を当てたのだ。

幸いにして、荀彧は兄の発言を一字一句過たず覚えていた。

失敗に終わった無数の試みは何らかの不足を抱えていたが、一を聞いて十を知る荀彧であれば、その不足分を補うことができる。

政務の片手間のに友若がかつて失敗した望遠鏡の開発にも荀彧は取り組んだ。

荀彧は就寝前に横になりながら友若から聞いた実像、虚像や屈折等の話を思い出して必要なレンズ形状を暗算し、干渉縞を利用したレンズ形状測定を李典に説明して実用化し、さらに、ふと思いついた全反射を利用したプリズムを利用することで双眼鏡を発明した。

同様に、荀彧は空いた時間を使ってかつて荀彧が失敗したアイデアを次々と現実のものしていった。

さすがに、内燃機関や飛行機などは作製できていないが、多くのアイデアの実用化に成功している。

これらの開発費は曹操が冀州で秘密裏に行なっていた投資による利益が当てられた。

袁紹ほどではないが、曹操は漢帝国や各勢力の動きから今後伸びしろのあると判断した分野に投資して、多額の利益を得ていた。

 

「こちらにも命令が来るでしょうか?」

「いえ、どうかしら。皇甫嵩ならば。私達よりも先に孫堅を単独で動かそうとは考えないはず。恐らく孫堅の独断ね。江東の虎という肩書きは本物だったということかしら」

 

曹操はそう呟いた。

友若が名指しで曹操とともに賄賂を贈ろうとした孫堅との面識は残念ながらない。

曹操としては友若が自分と同じく脅威と考えたであろう孫堅に興味があったが、官軍内部で余計な疑いを避けるためにも、無関係を貫いていた。

 

「さて、皇甫嵩もそろそろどうしようもなくなったわね」

 

曹操がそう呟いた直後、伝令兵が曹操の元を訪れた。

 

「曹西園八校尉! 皇甫左中郎将より中央の官軍と共に袁紹軍への攻撃を開始せよとの命令です!」

「押されている状況で何の策もなく数の多い敵主力に攻撃をして何の意味があるか! 我ら天子様直属の近衛部隊! 我々騎兵1万は右より袁紹軍を叩く! 皇甫左中郎将に伝えよ! 我々が袁紹軍の弩を止めると!」

 

曹操はそう言い放つと絶を高く掲げた。

 

「漢帝国に忠実なる者どもよ! 今この時が漢帝国存亡の分水嶺だ! 存分にその武を発揮せよ!」

 

曹操軍配下の1万の騎兵が動き出した。

 


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