荀シン(何故か変換できない)が恋姫的世界で奮闘するようです   作:なんやかんや

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この戦争、俺達の勝利だ

袁紹討伐の当初の戦略は南から攻める官軍と北の公孫賛による同時攻撃を基本としていた。

袁紹側の兵力がどの程度かは不明であったが、ここ数年で人口が倍になった冀州であれば20万程度の大軍を組織することも不可能ではないというのが大将軍として官軍全体の指揮を任された皇甫嵩の判断だった。

もちろん、袁紹が数を揃えた所で練度の低い兵ならばたやすく打ち破ることが出来るだろう。

反乱討伐によって鍛え上げられた官軍を率いる皇甫嵩はその様に考えた。

だが、練度の優位は時間とともに消失していく。

戦いの中で兵士というのは鍛え上げられるものだからだ。

更に、戦いが長引いて不利になるのは財政に余裕のない朝廷側だ。

辺境軍維持にも十分な資金を送れないほど財政が弱体化している朝廷に長期の戦いに耐えられる体力はない。

だから、皇甫嵩は袁紹討伐に時間をかけてはいけないと判断した。

 

そのために、皇甫嵩は戦いの基本を短期決戦とし、豪族諸侯の援軍が揃わなくとも公孫賛との同時攻撃を断行して、時間をかけずに袁紹の首を上げて戦いを終わらせるという戦略を練り上げた。

漢帝国の余力の無さを強く実感している皇帝は皇甫嵩の案に喜んだ。

漢帝国復興のためには莫大な財源が必要である。

もし、袁紹を素早く討伐出来れば、莫大な収益をもたらす冀州がそのまま皇帝の手に入ることになるだろう。

豊かな冀州侵攻に一口噛みたいと思っている豪族諸侯や彼らから賄賂を受け取った一部の宦官などはこの案に反対したが、皇帝の強い意向もあって、皇甫嵩の案が袁紹討伐の戦略として採用された。

 

だが、皇甫嵩の戦略を土台から覆す問題が発生する。

当然ながら朝廷に味方すると思われた公孫賛が袁紹に与したのである。

普通であるとはいえ、野心が少なく皇帝に忠実だと思われていた公孫賛のまさかの反逆に漢帝国は驚愕した。

そして、公孫賛が袁紹に味方するなら、と袁紹の味方となる豪族諸侯が増大した。

特に、辺境を守る豪族諸侯のほとんどが袁紹に付いた。

異民族相手に鍛え上げられた兵士たちを袁紹が味方に付けたことで官軍の練度面での優位すら危うくなった。

 

この状況変化に皇甫嵩は戦略の練り直しを余儀なくされた。

練度面での優位が確保できない以上、勝利を確実にするためには兵力的優位が必要となる。

だが、のんびりと兵力を集めている余裕は無い。

逆賊とまで名指しした袁紹を野放ししたまま放置するようなことになれば、漢帝国の権威が崩壊しかねない。

かと言って、官軍だけで十分な兵力を揃えるには徴兵から一通りの訓練を行う時間が必要になる。

皇甫嵩は漢帝国全土の豪族諸侯に派兵を求める必要があると判断した。

皇帝はこの案を嫌がった。

 

「豪族諸侯に派兵を求めたりなんかしたら、官軍に逆賊を討伐する力がないって思われちゃうじゃない! それに、戦いに参加した連中が冀州の権益を寄越せって騒ぎ出すに決まっているわ! そんな事はお断りよ!」

「しかし、そうしなければ勝つことすら危ういのです」

「何!? 麗羽ちゃんは今回の事が全く予想外だったんでしょう? 今の冀州に官軍を迎撃するだけの備えはないはずだわ。辺境軍の派兵前に、今までの案の通り速攻で潰せばいいじゃない!」

「公孫賛がいればその芽もあったでしょう。ですが、一方面からのみの進撃では弾き返される可能性が高いのです……陛下に反感を持つものが多い状況で官軍が負けるような事態になれば御身の生命にもかかわりかねません」

 

皇甫嵩は官軍が負ければ皇帝の命に関わると脅した。

 

「うううっ、どうしてこうなるのよ! 麗羽ちゃんと荀シンとか言う奴の首をサクッととって終わりになるはずだったのに……」

 

皇帝は嘆きの言葉を発した。

現在の皇帝はお飾り皇帝が欲しかった有力者が後見人となって至尊の座に座った。

その後、うっかり判子を押したことで後見人は死亡。

後ろ盾のいなくなった皇帝は危うい立場に立たされる。

この状況を何とかしようと色々と試みるもののどれもこれも失敗ばかり。

宦官や清流急進派、豪族の圧力もあって袁紹を逆賊認定したら、何故か自分の命に関わりかねない状況になっている。

 

「……陛下」

「わ、分かったわよ。豪族たちに武曲とかを送るように命令しなさい」

 

決断を求める皇甫嵩に皇帝は嫌々ながら同意した。

かくして漢帝国中に逆賊袁紹を討伐する軍に参戦せよとの勅が下った。

結果として、袁紹討伐の勅は華中及び華南を中心とする官軍側と華北を中心とする袁紹勢側とに別れた大規模な戦争へとつながっていく。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「なんじゃ、これは? 何が書いてあるのかよう分からん」

「やーん。楷書体も読めないなんて暗愚ですぅ。さっすが美羽様!」

「わはは、褒めてたも、褒めてたも。で、これにはなんと書いてあるんじゃ?」

「えーっとですねー、悪い悪い麗羽様とその下僕をやっつけるからみんな兵を送れ、っててなことが書いてありますね」

「む、よう分からんが麗羽のやつを妾がボコボコにすればいいのだな」

「うーん、まあ大筋では間違ってないですねえ。まあ、最初予定したよりももっといっぱいの人に参加して欲しいなっていう話ですね」

「おお、それならば孫堅の奴を連れて行くのじゃ。あ奴は前々から妾に戦いに連れて行けと煩かったからのう。じゃが、下々の願いを叶えるのも妾の役目。孫堅の奴をこき使ってくれるのじゃあ」

「おー、あの孫堅が大人しく美羽様に従うと思っているなんてお花畑ですぅ。さっすが美羽様ですぅ」

 

袁術と張勲は呑気そうにそんな会話をしていた。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「公孫賛が麗羽の味方についたのがやはり痛いわね。これで勝負の行方が分からなくなってしまった……いえ、辺境をここまで素早く味方に付けられるだけ影響力を拡大し続けた麗羽が優勢、と言うべきね」

 

曹操はそう言って不敵に笑った。

面白い、と。

 

「全く、あの馬鹿兄はっ!」

「いい加減に落ち着いたらどうだ。華琳様の計らいで荀シンの血族である事は問題とされなかったのだから」

「落ち着ける訳無いじゃない! 私が散々こうなるからとっとと袁紹の下を離れてこっちに来いって手紙を送っていたのに!」

 

荀彧は地団駄を踏んで激しく憤っていた。

荀彧は友若に向けて幾度も手紙を出して警告していた。

それを全て無視されていたことでフラストレーションが溜まり続けていたのだ。

 

因みに、友若は荀彧の手紙を読みもせずに捨てていた。

どうせ、自分に対する罵倒しか書いていないに違いないと思っていたからだ。

読んでも気落ちするだけだし、忙しいからしょうがないよね、といった感じで。

確かに荀彧の手紙は9割を罵詈雑言で占められていた。

だが、朝敵となる危険性についてなど洛陽で手に入れることのできる重要な情報も荀彧の手紙には含まれていた。

もし、荀彧の手紙をしっかりと読んでいれば友若はこの状況を予め予期できただろう。

予期できたからといって何かが出来たわけではないのだが。

 

「そもそも、何であの馬鹿兄は袁紹なんかの所にずっと留まっているのよ! とっとと華琳様に跪きなさいよ! 発想力だけしかないあいつを使いこなせるのは華琳様ぐらいだわ!」

 

荀彧は相も変わらず怒り散らしていた。

荀彧にしてみれば、自らをも超える発想力を持つ友若が話を聞く限りアホっぽくてしょうがない袁紹に従っている状況は豚に真珠か猫に小判だと思えてならない。

友若にはその類まれな発想を実用化する能力は欠けている。

昔、実家で色々試みていた友若であるが、そのどれ一つとしてまともなものに仕上げることが出来なかったのである。

だからこそ、荀彧は友若の行動を苦々しく思っていた。

荀彧程でなくても優秀な兄が勉学を放り出して結果のでない事に没頭していることには憤りすら覚えたのだ。

そんな無駄な事にその才を浪費するのか、と。

あるいは、実家で友若にもっとも期待していたのは荀彧だったのかもしれない。

 

冀州での成功を見た荀彧は、友若のその発想は本物だ、と素直に認めた。

友若には荀彧の見えていないものが見えていたのではないか、と思うようになったのはこの頃である。

そして、その考えは、友若が試みていた様々考えを政務の片手間に実用化する毎に強くなっていった。

その幾つかは非常に革新的なものである。

余りにも革命的ですらあった。

この漢帝国を根本から変革することすら可能なレベルで。

悔しいとは思うが、発想という点で友若に遙か及ばないと荀彧は認めざるをえない。

もちろん、実際に成果を出すという実現力において負けるつもりはないが。

だからこそ、友若の主には曹操の様なその発想を汲み取って使えるように出来る人物が必要だ、と荀彧は思う。

 

話に聞く限り、袁紹にその才能はない。

袁紹は友若の草案を採用して冀州を大きく発展させた。

 

だが、その程度しか出来なかった。

 

袁紹が元々持っていた名門としての名声、地位、財力。

そこに友若という稀代の天才を採用しての成果が冀州のみである。

衰退の一途をたどる漢帝国そのものを立て直すことも出来ず、漢帝国に代わる新たな支配を築くこともできなかった。

 

この漢帝国において曹操の他に友若の才を十全に発揮させることが可能な人物はいない。

荀彧はそう確信する。

だからこそ、腹が立ってしょうがない。

 

――あの馬鹿兄は何で袁紹なんかに時間を費やしているのよ!

 

「落ち着きなさい、桂花」

「は、はいっ!」

 

曹操の言葉に荀彧は素早く返答を返した。

 

「さあ、出撃の準備をしなさい」

 

そう言って曹操は立ち上がった。

曹操は自身の心が高揚していることを感じた。

 

「荀シン……我が覇道に立ちふさがる敵として相応しい……!」

 

曹操は己の全てを尽くして打ち破るべき敵として友若を認識した。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「りゅ、劉備殿! あ、すいません、興奮して失礼しました。劉……玄徳殿、貴方の参戦に感謝します」

 

あの劉備が冀州にいるということを知った友若は政務を投げ出して、未来の覇王に会いに行った。

長い黒髪をポニーテイルで結んだ女性の発言から劉備を特定した友若は、その手を握らんばかりの勢いで挨拶する。

 

「貴様、何者だ!」

 

黒髪の女性、関羽が劉備を庇うように前に出て友若に誰何した。

同じく劉備に付き従っている孔明と張飛も若干警戒した様子を見せていた。

袁紹統治下の冀州は外部からの人間が容易に侵入できる。

流石に、官軍との戦いを控える現在は多少の制限はあるが、それでも頭のおかしい人間が入ってくる可能性はある。

劉備たちと打ち合わせをしていたらしい顔良と審配は驚きの表情で友若を見ていた。

 

「あ、名乗りもせずに大変失礼しました。私は荀シン、字を友若と申します。友若と気軽にお呼びください」

 

そう言って友若は深々と頭を下げた。

 

「そ、そんな態々ご丁寧にありがとう御座いますっ! 私は劉備、字を玄徳、義によって袁州牧殿の旗下に付きます。よろしくお願いしますっ! えーっと、玄徳と呼んで下さい!」

 

劉備が元気よく挨拶を返した。

 

「え? 荀シン? ……まさかあの荀友若、殿なのですか!? あの袁州牧殿の名臣と名高い!?」

 

関羽が驚きの声を上げた。

友若の異常な様子から関羽は気狂いか不審者か何かと思っていた。

まさか袁紹の快刀と名高い名臣だとは思いもしない。

諸葛亮も唖然としている。

張飛は不思議そうにしていた。

 

顔良と審配も驚いていた。

友若が目を輝かせて挨拶をしにくる等、初めての光景だった。

 

友若はそんな周囲の様子を気にもしない。

 

「では、玄徳殿、と。貴方がいれば千人力、いや万人力です。この度の参戦、感謝します」

 

口説き文句の様な発言を重ねる荀シン。

関羽が再び劉備の前に進みでた。

劉備の美貌に荀シンが口説いている、と思ったためである。

袁紹の下で実績のある荀シンならば劉備と結ばれても良いかもしれない、と思わないでもない関羽であったが、相手の人柄を見極めていない状況で劉備への急接近を許すつもりはない。

劉備と純愛関係を築くならまだ関羽は許容できる。

だが、もし遊び程度の感情で荀シンが劉備に手を出そうというのならば武力を使ってでも排除する、と関羽は内心で決心した。

第一印象がナンパ男そのものだったための不幸であった。

 

「愛紗ちゃん?」

 

荀シンとの間に割って入った関羽に不思議そうに声をかけた。

関羽は努めてそれを無視する。

 

「はじめまして、荀大老師。私は関羽、字を雲長と申します……雲長とお呼びになって結構です」

 

劉備が字を許した以上、自分がそれを許さない訳にはいかない、と言う判断から関羽はそう言った。

 

「関羽!? あ、いや、失礼……関雲長殿ですか!?」

 

友若が興奮冷めぬ様子で叫んだ。

関羽はその様子に普通に引いた。

 

「お会いできて光栄です! しかし、本当によく来てくださいました! 助かります! そうだ、昼食はもう済まされましたか。よろしければおすすめの店を紹介します――ぐえっ!」

 

ドン引きする関羽に気が付きもしない友若の襟首を審配が掴んで引いた。

不機嫌な顔をした審配が劉備を睨みつける。

 

「おい、でかいだけが取り柄の芋女。てめえは大人しく兵の訓練でもしておけや。おい、友若、さっさと行くで!」

 

審配はそう言い捨てると友若を引きずって去っていった。

気道を締めあげられたことで、友若の顔は酸欠で白くなっていた。

 

「す、すいませーん! 後で正南さんにもよく言っておきますから!」

 

審配の罵倒に顔をしかめた関羽達に顔良が頭を下げる。

 

「いや、大丈夫だよ。それにしても、正南さん、友若さんの事が好きなんだね」

 

劉備は笑顔で答えた。

普段、フォローに回ってばかりのであった顔良は劉備にフォローされたことに感動した。

周囲にいるのが冀州の問題児たる袁紹や文醜、審配、友若であるだけに。

劉備の言葉に彼女の配下達も渋々ながら納得した様子を見せた。

 

「よろしければ、食事処に案内いたしましょうか。普段、麗羽様――袁本初様と一緒にいますので、この辺りの美味しい食事処を紹介出来ますよ」

 

顔良は劉備たちにそう提案した。

 

「袁州牧と行動を共にして食事処に詳しくなるとはどういう意味だ?」

 

関羽が小声で諸葛亮に尋ねた。

普段から袁紹が町中を練り歩いてあちこちで物を買いあさっているという事実は関羽の想像を超えている。

州牧なら商人を自分の元に呼び寄せるというのが普通ではないか、と関羽は思い込んでいた。

まあ、仮に街を練り歩くにしても、高級店舗が立ち並ぶ一画から外れたこの場所に袁紹が度々来るとは思わない。

 

「はわわ、顔将軍様。袁州牧様は普段からこうした場所の食事処にもいらっしゃるということでしょうか」

 

袁紹が街中で莫大な額の買い物をするという噂を聞いていた諸葛亮も関羽と同様に驚いていた。

兵士たちがたむろするような場所である。

私兵に厳しい訓練を課す事で知られるようになった袁紹が視察に来ることはあり得るだろう。

だが、食事などは別の場所でするのが普通ではないか、と諸葛亮は思う。

冀州を発展させたことで名を上げる一方、その発展の恩恵に預かれなかった豪族達や宦官達からは恨まれている袁紹である。

こうした場所で食事をする等、暗殺者の格好の標的になりかねない。

護衛も大変ではないか、と諸葛亮は考えた。

 

「え? 麗羽様はこの辺りでも割と食事をされますよ」

 

顔良が何を言っているのか分からないといった様子で答えた。

謎の行動原理を持つ袁紹の配下もやはりどこかずれていた。

 

「そ、そうでしゅか」

 

諸葛亮は若干引きつった様子で相槌を打った。

 

「それにしても、長らくまともな戦いもない平和な土地だと聞いていたが、兵の練度はかなりのものですな。日々戦いに明け暮れていた幽州の兵士達よりも優れている様に見受けられますな」

 

趙雲が話題を変えるようにそんな事を言った。

確かに、と劉備配下の武将や軍師が内心で同意する。

 

「ああ、あそこに見えるのは麗羽様の私兵です。文ちゃんや私が日頃から訓練していますから、結構強いと思いますよ」

 

顔良がそう言って微笑む。

 

袁紹配下の私兵3万は友若の発案した鬼畜訓練により平和な州の兵とは思えないほどに鍛え上げられていた。

毎日、鎧を着た上に体重と等しいだけの荷物を背負い20里を越える距離を行軍訓練に加えて槍や弩の実地訓練をこなすのである。

下手をしなくても練度においては漢帝国で最優の部類に入る。

その厳しさに新兵などは一日が終わると立ち上がる気力さえ残らない過酷な訓練である。

力を持て余した兵なんてはゴロツキと変わらんだろう、という偏見を持った友若が、ならば力を持て余さないようにすればいいんじゃね、と考えて作った制度であった。

 

――朱里の言った通り、袁紹とその配下は朝廷との戦いを予期していた、という訳か。

 

関羽は内心でそう呟いた。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「おかしい。よく考えるとおかしい事この上ないぞ」

 

友若は会議用の議席が並べられた部屋の中でそんな事を呟いていた。

袁紹勢力内において友若は大老師などという謎の役職を任されている。

友若のために特別に用意されたものである。

具体的な仕事は新制度の草案作製、実行された新制度の運営監督、種々の問題解決や新事業の発案などなどである。

要はなんでも屋さん的な立場である。

実際は、要点だけを伝えて後は部下に丸投げというのが友若の基本的スタンスであり、イメージとしてはコンサルタントに近いかもしれない。

まあ、それはいい。

問題は友若の職務に軍師が含まれていたことだ。

 

「行政官が軍事まで担当するとかどうなってんだ。人材が豊富なはずの袁家で軍人じゃない俺がどうして戦場に来ているのかとか訳わからんぞ。戦いとか専門家に任せろよ専門家に。そもそも孫子とか忘れかけている俺に軍師とか無理に決まってんだろ」

 

恋姫的世界では基本的に文官イコール軍師である。

まあ、戦乱の世であるから主要な武将が出払った際の反乱対処などが文官にまで任されるということも無いわけではない。

だが、その道の専門家、田豊や沮授を始めとした有能な軍師がいる状況下にも関わらず自分が戦場に出ている意義が友若には理解できなかった。

恐ろしいことに、友若は筆頭軍師的な立場に立っているのである。

 

「いやいや、文官の仕事って軍事関係じゃないほうが多いじゃねえかよ。兵法とか知らねえよ。というか、優秀な文官なら軍師として優れているはずとかそんな馬鹿なこと言い出したのどこの誰だよ! 知力イコール軍師としての能力とかそういう馬鹿な考えはすぐに捨てろよ。巫山戯んな。どうすんだよ、俺」

 

戦乱の世であれば軍事が全てに優先するというのも分からない話ではない。

だが、未だ黄巾の乱は起こっていない。

平和なはずの世の中で軍事を中心にした物事の考え方が何故広まっているのか友若には理解できなかった。

平時における統治者の業務は大半が徴税とその再分配であるはずだ、と友若は嘆く。

 

しかし、嘆いても状況は変わらない。

友若が袁紹軍と官軍が対峙する最前線に立つという状況には。

 

「あら、友若さん。随分と早いですわね」

「なんだよ、荀のアニキ、こんな所にいたのかよ。随分と探したんだぜ」

「お待たせしました」

 

完全武装の袁紹が文醜と顔良を引き連れて天幕に入ってきた。

その後ろには田豊や沮授を始めとした軍師や将軍が続いている。

 

「すいません、少し考え事をしたかったので」

 

友若はそう言って頭を下げた。

各人がそれぞれの席に座る。

友若は上座に座る袁紹の右隣に腰掛けた。

 

誰か代わってくれないかな、と軽く現実逃避をしている友若に袁紹や田豊が視線を送る。

友若は仕方なしに音頭を取ることにした。

 

「これより、軍議を始めます。今回の議題は明日の戦いについてです……」

 

既に袁紹と友若討伐の勅が下ってから一月半が経過している。

官軍の動きは鈍重で少し前の情報になるが、本体は未だに洛陽を経っていなかった。

南部諸侯の援軍集結を待っている、というのが袁紹側の分析である。

 

今回の戦いにあたって友若は田豊や沮授と同じく持久戦を推した。

田豊と沮授の主張の根拠は補給線の乏しい官軍と華南豪族の連合軍は長期戦に耐えられないというものだった。

相手の将は皇甫嵩などの名将が揃っており、他にも友若が矢鱈と警戒している曹操や孫堅を始めとした粒が揃っている。

これと正面から戦えば大きな被害を被る可能性がある、と田豊達は判断した。

漢帝国から逆賊と指定された袁紹が軽微であっても敗北すれば、彼女の側に味方している豪族たちに動揺が走りかねないという危険もある。

ならば、持久戦に持ち込んで、軽装騎馬部隊で相手の兵站を破壊して敵軍を追い込んだ後にこれを大破する事が理想である、と田豊達は考えた。

 

劉備がいるとはいえ他の2人の覇王を同時に相手取っては勝てないと判断した友若は田豊と沮授の意見に賛成した。

持久戦で一気に負ける事のないように闘いながら董卓を通して朝廷と交渉する、というのがこの時の友若の考えであった。

もちろん、それを正直に言う訳にはいかないから友若はただ田豊と沮授に賛成すると述べただけであったが。

 

これに対して文醜や顔良、審配を中心とした者達は強行に短期決戦を主張した。

 

文醜の主張は敵が目の前にいるのに戦わないなどあり得ないという脳筋丸出しのものだった。

戦わなければ逆賊と指定されている袁紹軍は士気が下がり続けてしまう。

華麗に戦って勝てば士気が上がる、というのが文醜の主張であった。

 

審配とその賛同者は戦争の長期化が冀州の経済に打撃を与えることを問題視した。

袁紹の収入源は農民等が納める税金ではなく株式市場で得られる莫大な利益である。

もし、この莫大な利益が失われれば、それを前提として動いている冀州行政が立ち行かなくなってしまう。

戦いが長引けばそれは袁紹の実質的な敗北だ、というのが審配の主張だった。

 

「今回の不愉快な件は宦官とそれに踊らされた皇帝のアホが引き起こしたもんや」

 

皇帝に対する罵倒の言葉に唖然とする連々を無視して審配は話し続けた。

 

「麗羽様はこんなくだらんことに屈するわけにはいかへん。この戦いで冀州の経済がめちゃくちゃになったら、それはうちらが道理の通らんことで大損こかされたっちゅうことやないか」

「戦いになった以上、損失というものは避けられん」

「だから、その損失を限りなく小さくするように努力するのがうちらの務めやろ。友若がこんな事もあろうかと大量の弩を準備している。異民族と日々戦っている歴戦の戦士たちもうちらの味方に付いた。対する官軍はまともな装備もないしょぼい反乱を鎮圧したくらいしか経験を積んどらへん。豪族連中は自分らの被害を避けて冀州を略奪して濡れ手で粟を掴もうっちゅう魂胆やろ。日頃から散々訓練を積んだ麗羽様の兵が負けるわけあらへん!」

 

審配はそう言うと田豊を挑発的に睨んだ。

両者の不仲、と言うよりは審配が一方的に田豊を敵視している事は袁紹配下にとって有名な話であった。

 

「私も審配の意見に賛同します。現状で日々訓練を積んできた麗羽様直轄の3万は官軍を凌ぐ練度を有しています。更に、冀州の義勇軍もまたここ一ヶ月で訓練を積んでいますし、その武装も決して官軍に劣りません。また、騎馬民族と日々戦っている辺境軍が味方となったことも大きいです。しかし、時間が経てばこの優位が失われる可能性は十分にあります。ここは一気に勝負を決めてしまうべきかと」

「そうだ、そうだ! ここはやるっきゃないでしょ!」

 

審配に賛同する許攸に文醜が賛同する。

友若は焦った。

審配達の主張は余りに袁紹の好みと合致している。

更に、下手に袁紹私兵の武装化を行い、厳しい訓練を重ねたことで、審配達の意見はそれなりの説得力を持ってしまっていた。

実際の所、武装化――鎧の刷新や大量の弩の配備――は布材や鉄材の価格調整を目的としたもので、厳しい訓練は失業対策で増やした私兵を遊ばせておくと治安問題が発生する可能性があったからである。

 

「なるほど、皆さんの考えはよく理解出来ましてよ! そして、私の結論は唯一つ! 冀州の全軍に命じますわ。華麗に前進し前進し前進して憎き宦官共の手勢を打ち破るのです!」

 

案の定、袁紹はそう決断した。

 

「……麗羽様のご命令とあらば」

 

田豊達が袁紹に頭を下げた。

この後、若干の修正を経て、袁紹側の基本戦略が決定される。

 

作戦1. 袁紹側の味方に付いた冀州近隣の豪族に物資援助等

作戦2. 作戦1.と同時並行で袁紹配下の私兵3万及び冀州の義勇兵、辺境軍の増援を速やかに冀州南部に集結する

作戦3. 全戦力を持って冀州を攻めようと進軍してくる官軍と南部豪族の連合に攻勢をかける

 

要は敵の進路に兵を集結して打ち破るという作戦であった。

戦力の集中と言う孫子の基本原則に従ったものであり、特段変わった点はない正攻法である。

 

――終わった……い、いや、まだだ、こっちには劉備がいる! 孫堅と曹操がなんぼのもんじゃい!

 

対官軍の作戦が決定された後、友若は必死にまだ大丈夫だと自分に言い聞かせた。

袁術軍の配下に武名名高い孫堅がいると聞いた友若は怯えに怯えていた。

 

――大丈夫、こっちには最新鋭の弩が8万も揃っているんだ。旧式のあれも引っ張り出せば10万。これだけの戦力があって負けるわけがないって。

 

友若は内心でそんな事を呟いた。

 

その日の夕方、冀州に衝撃が走る。

曹操の率いる騎馬隊1万が冀州国境線沿いの要塞を電撃的に2つ陥落させたと言う凶報が袁紹の元に届けられた。

袁術配下の孫堅も大いに活躍したという。

これにより、冀州の味方に付いた豪族たちに動揺が走る。

これを見逃さなかった皇甫嵩は彼らを脅し、買収し、朝廷側に寝返らせることに成功した。

 

袁紹側の防衛線は崩壊した。

袁紹側当初の案である要塞で敵を足止めした間に兵力を戦線に送るという基本戦略の見直しを余儀なくされる。

 

――い、いざとなったら本初様を引きずってでも逃げよう。

 

友若は悲壮な決意を固めていた。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

曹操の成し遂げた快挙により、官軍は当初の予想を裏切って破竹の勢いで冀州へ攻め入った。

曹操の会心の勝利によって短期決戦の可能性が見えたことで、皇甫嵩は強行軍を選択した。

 

対する袁紹側は大急ぎで兵を編成して、官軍に向けて進軍を行う。

そして、大河を渡った所で両軍は衝突することになる。

皇甫嵩率いる官軍にとって、袁紹側の進軍速度は予想を超えていた。

官軍側の予想をはるかに上回る兵士の練度と、銀行制度を円滑に運用するために冀州の道路や連絡網がよく整備されていたからこそ可能な芸当であった。

 

袁紹側が河に筏を組み合わせて作った橋を渡り終えた所で両軍は対峙した。

官軍側は官軍10万及び豪族勢力の総数10万の合計20万。

袁紹側は袁紹直属の私兵3万及び冀州内の義勇兵12万、辺境からの援軍が計3万の合計18万。

両軍の兵力は官軍がやや有利であり、補給線では袁紹側が有利であった。

 

この状況を見て春愁時代の故事を思い出したらしい袁紹は河に架けられた筏の橋を完全に破壊させた。

友若や顔良は必死に反対したが、袁紹は耳を傾けない。

 

「おーほっほっほ! 背水の陣ですわ! これで私の勝利は揺るぎませんことよ!」

 

――タラッタラッタ!? な、何やってんだこのアホ姫は! 背水の陣って思いつきで河を背にするもんじゃないだろうが! 相手には曹操とか孫堅がいるんだぞ!?

 

後退が不可能になったことで友若は色々いっぱいいっぱいだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「いよいよね」

 

曹操は楽しみを堪え切れない様子でそう言った。

 

「全く、業突張りの豪族どもめ! 華琳様がバカ袁紹とつながっているなど言いがかりを!」

「そうよ! あの馬鹿兄、何華琳様に失礼なことをしているのよ!」

 

夏侯惇と荀彧が背後で憤る。

 

曹操が配置されているのは右翼後方。

戦功を上げるには微妙すぎる配置であり、これまでの戦いで最大の功を上げた人物に対する処遇ではなかった。

因みに孫堅は左翼後方である。

友若の工作の成果であった。

曹操と孫堅への病的な恐怖に突き動かされた友若は両者へ莫大な賄賂を贈ろうとしたのだ。

 

賄賂の総額は1億銭であり、全て友若のポケットマネーであった。

漢帝国において最高位の官職に就くために必要な金額をポンと出せる辺り、友若が天下の財を不当に溜め込んでいるという宦官の言い草にも一理ある。

 

苦し紛れの友若の行動は立ち所に官軍側に露見したが、これに南部の豪族たちが騒ぎ出した。

彼らは豊かな冀州の財宝を手に入れようと考えており、そのための有力な競争相手を排除しようと一致団結したのだ。

凄まじい剣幕で詰め寄る豪族たちに皇甫嵩は曹操及び孫堅を後方に配置せざるを得なかった。

 

「まあ、いいわ。取り敢えず、貴方の初手を見せてもらうわよ、荀シン」

 

曹操は笑みを浮かべながらそう呟いた。

 


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