荀シン(何故か変換できない)が恋姫的世界で奮闘するようです   作:なんやかんや

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呂布は俺に任せて先に行け

袁紹 字を本初、真名を麗羽。

彼女は一族から幾度も三公を輩出した漢帝国でも比類なき名門の生まれである。

庶子の子と言うハンデを背負いながらも、持ち前の才能により袁術以上の出世を果たし、冀州の州牧に叙せられた。

名士との幅広い付き合いを持ち、党錮の禁で弾圧された清流派の多くを匿っている。

冀州では荀シンの奇抜な献策を採用し、株式制度や銀行制度を策定。

その制度の有用性について当初は疑問を持たれるものの、投資によって財力を激増させながらも、冀州を大きく発展させた。

家柄、名声、資金力、そのいずれをとっても一級たる人物である。

さらに、袁家を受け継いだ袁紹は幅広い人脈を持つ。

余程の理由がなければ、逆賊などと貶められる人物ではない。

そもそも、皇帝が権威を失い、清流を自称する豪族たちと濁流と呼ばれる宦官派に別れて争っている状況である。

余程の危機を前に取り敢えずでも彼らが手を結ばねば袁紹討伐の勅などあり得るはずがなかった。

 

だが、ここ最近の袁紹の言動は余程のことを引き起こした。

まず、商売に傾倒する政策は仁を失うと当初から強い批判を受けながらも断行した事で、儒学者や清流急進派との関係を悪化させた。

もとより、彼らからは袁紹の事を濁流寄りではないかと批判する声があったのである。

多くの有名な清流派を匿っていた袁紹の影響力を削ごうと、清流急進派は強烈に袁紹を糾弾した。

中立派や濁流派もこれ幸いと袁紹を批判した。

袁紹は皇帝に賄賂を送り冀州州牧に本来の任期を超えて居座り続けていた。

官吏達は莫大な収益の望める冀州州牧の地位を望んでいたのである。

 

また、袁紹の冀州統治が成功したことにより、職にあぶれた多くの人員が自らの故郷を捨てて冀州に集まった。

流民の多くは地方で荘園などを営む豪族たちの奴隷や農民である。

流民を受け入れたことは、豪族たちにしてみれば袁紹が彼らの財産を強奪したに等しい。

この時代、国力、権力とは人口だ。

必要な税収は変わらないため、流民として抜けた人員の分の税負担は他の構成員にのしかかる。

当然ながら、そんな負担に耐えられない民草は流民となり冀州を目指す。

豪族たちにしてみれば死活問題である。

彼らは団結して袁紹に流民受け入れを止め、民を返還するように求めた。

しかし、袁紹はこれに応じなかった。

実状としては応じられなかったというのが正しい。

道無き道を通って冀州へと来る流民を統制する術を袁紹は持たなかったのであるから。

そして、株式制度及び、銀行制度の肥大化に伴う経済発展が都市の出入り制限を難しくしていた。

流民をそのままにしておけば、盗賊となって冀州で暴れまわる。

袁紹とその配下は否応なしに流民に仕事と住む場所を与えなければならなかった。

だが、民を失った豪族たちにしてみれば袁紹が故意に流民を受け入れているように思えた。

 

宦官を始めとする都市部の富裕層も面白くない。

袁紹の経済政策は漢帝国に緩やかなインフレーションを引き起こした。

自己資産の多くを貨幣として所有している彼らにしてみれば、インフレーションは資産価値の低下を意味するのである。

そのため、彼らは袁紹を強く非難した。

同時に、背後では株式市場に投資して自己資産の増大を目指したが、彼らの多くが大規模な株式会社が破産したことをきっかけに始まった連鎖倒産により、投資資金を失った。

その一方で莫大な利益を出し続ける袁紹。

袁紹の投資信託を利用すればほぼ確実に利益は見込めるものの、それは袁紹に従属することに等しい。

実際、袁紹はその制度を利用して冀州における絶対的な権力掌握に成功していたのだ。

それを嫌った富豪たちは歯噛みをしながらも、袁紹の成功を指を咥えて見続けるしかできなかった。

彼らが何かと理由を付けて袁紹を廃するべしと求めるようになるまで時間はかからなかった。

要は、袁紹だけ儲けていて妬ましくてしょうがないという事である。

 

こうして、皇帝に漢帝国を構成する支配者層である清流急進派を始めとした官吏、豪族、宦官から袁紹の批判や、その勢力を削ぐべしといった意見書が提出された。

積極的に改革を推し進めながらもそのほとんどが失敗に終わり、権威を喪失していた皇帝はこれに飛びつく。

皇帝は袁紹を恐れていた。

反皇帝であることが疑いようもない清流を袁紹が大量に匿っていたからだ。

 

着任して間もない頃、300銭あげるからと宦官に言われてついうっかり玉璽を押したせいで、党錮の禁が起こった。

そのせいで、清流は現在の皇帝を憎んでいる。憎しみまでいかなくても、白い目で見られている。

その清流でも特に反皇帝である連中を大量に匿っているのが袁紹である。

更に、冀州州牧となってから袁紹は自分自身の支配力増大に努めている。

数万を超える私兵を雇ったという話もあった。

その兵士たちに厳しい訓練を課して、精鋭部隊を育て上げているとも。

ぶっちゃけ、何時袁紹に反乱を起こされるかと怖くてたまらない。

反乱が成功すれば間違い無く皇帝の首は飛ぶだろう。

袁紹配下の清流は嬉々として復讐に乗り出すはずだった。

袁紹は皇帝に忠義を尽くすと言っているが。

 

「何でだろ……私、麗羽ちゃんのこと信じたいのに。嘘つきだなんて思いたくないのに。どうしてだろ……私には麗羽ちゃんの言ってることが本当だって思えないの……」

 

不幸中の幸いというべきか、漢帝国で一人勝ち状態である袁紹に対して清流、豪族、宦官は手を結んだ。

衰えた現在の皇帝の権力では以前は名門袁家を敵に回すことができなかったが、今なら出来る。

むしろ、率先して彼らは袁紹排除を皇帝に勧めている。

 

やられる前にやれ。

 

「孫子も先制攻撃を薦めているし仕方ないよね」

 

そんな考えから皇帝は袁紹討伐を命じた。

 

ただし、袁家そのものを逆賊と認定することは拙い。

袁術など袁紹以外の袁家も大きな力を持っている。

下手に袁家を逆賊と認定すると彼らが一斉に皇帝に反旗を翻しかねなかった。

という訳で、逆賊認定をするのは袁紹のみでなくてはならない。

儒教的禁忌を散々に犯している袁紹であるから、批判することはたやすいが、それを袁家と結びつけるわけにはいかなかった。

と言うか、袁術から強烈な反発があった。

 

ということで、皇帝とその取り巻きは袁紹の下で経済政策を推進した荀シンに目をつける。

荀シンという天下の佞臣を重用して冀州から仁を喪失させた、といったストーリーにすれば良い。

袁紹の罪状を荀シンと折半させることで、袁家との繋がりをないものと出来るのだ。

おあつらえ向きに荀シンは袁家の譜代ではなく新参者。

荀シンを非難した所で袁家への非難には当たらない。

そんな論理である。

 

王朝終演時に宦官が散々批判されるのと似ている。

いくら失政を重ねたとはいえ、皇帝を全否定することは難しい。

何だかんだで人間は高貴な血に弱い。

そこで、宦官を槍玉としてあげるのだ。

悪の宦官を重用している皇帝はけしからん、とかそんな感じである。

 

ともかく、そんな提案が出された。

何故か十常待からの強烈な後押しもあった。

 

「荀シンと言う者は天下を食い物にし、他者の富を盗み、その財を成しています。かの者の蓄えた財は天下から盗んだもの。決して許してはなりません」

 

親の敵とでも言わんばかりの宦官の態度に若干引きながらも皇帝は答えた。

 

「じゃあ、最大の戦犯は荀シンとか言う奴で、麗羽はその暴走を止められなかったから罰すると。そういう感じでよろしく」

 

荀シンは天下の大悪人になった。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「どういうことですの!」

 

袁紹は叫んだ。

円卓の上座から立上り、激しく机を叩く。

激怒していた。

田豊や沮授、友若を始めとした袁紹の重臣たちが列席している。

 

「この私! 三公すらも輩出した名門中の名門の当主、この袁本初を逆賊ですってえ! こんな屈辱初めてですわ!」

「その通りや! 麗羽様! これはきっと宦官共が能無し皇帝を誑かした結果に決まっとるで!」

「実際、その通りなようですね。まだ情報を集めている途中ですが、この一件は宦官が主導したようです」

 

審配が憤り、許攸が冷静に現状知り得た情報を伝達する。

列席している人物達の表情は様々だ。

主君と同様に激しい怒りを示す者。

苦々しい顔で黙りこむ者。

冷静な表情を保つ者。

そして、友若は固い表情こそ崩さなかったものの、内心では真っ白だった。

 

――どうしてこうなった。

 

その一言に尽きる。

確かに袁紹の成功はここ最近の漢帝国では抜きん出ていた。

事後判断だが、その事を妬ましく思った小人が良からぬことを企むというのはまだ理解できる。

だが、友若までが名指しで逆賊指定されると言う事態は何故そうなったのかすら理解できなかった。

 

――そもそも、何で皇帝は俺なんか小物の名前を知っているんだ

 

大きな成果を上げた友若に対して袁紹が漢帝国から爵位を叙勲されるように取り計らおうかと尋ねて来たことが幾度かあった。

だが、友若はそれらを全て拒否してきた。

袁紹の部下として名声が広まることは友若にしてみれば自殺行為としか思えなかったからである。

 

――それなのにどうして! ……いや、確かにやりすぎたかもしれないけど……

 

とは言え、友若にはちょっとばかり大きなことを引き起こしてしまったという自覚はある。

そんなつもりは全くなかったとはいえ、結果として冀州の税収を十倍以上にしたのだ。

漢帝国から何らかの反応があるということは多少覚悟していた。

いきなりの逆賊扱いは想定していなかったが。

むしろ、漢帝国を復興させた名臣とかそんな感じで持て囃されたらどうしよう、等と友若はお花畑的な妄想して悦に入っていた。

 

「一応、朝廷は荀友若殿の首を差し出して、麗羽様がその財を全て国庫に『返還する』ならば、その生命は保証すると言っておりますが」

「冗談ではありませんわ! どうして何の否もないこの私と友若さんがそんなことをしなければなりませんの!! これは強欲な宦官共の謀略なのでしょう!?」

「では、朝廷軍と事を構えるということで話を進めます。よろしいでしょうか」

「ううう~ぎぎぎっ! 仕方ありませんわ。名門中の名門たるこの袁本初がやむを得ずとはいえ皇帝陛下に弓をひく形になろうとは……亡き母さまに何と言えばいいのでしょう」

 

袁紹は先程の激昂が嘘のように俯いた。

 

袁紹にとって漢帝国とは絶対的に存在するものだった。

なるほど、この時代の漢帝国は傾きかけているが、袁紹は漢帝国が滅亡するなどとこの時は考えてもいなかった。

高祖に始まり、光武帝により再興された漢帝国は袁紹には絶対的存在と思えてならなかった。

 

袁紹だけではない。

この時、ごく一部の人間や転生チート知識を持っているどこぞのオリ主を除いて近いうちに漢帝国が滅亡するなどと思っている者はいない。

むしろ、北方で異民族が大暴れしていた少し前の方が漢帝国滅亡の可能性が濃厚だった。

北方の遊牧騎馬民族が有力指導者の死がなければ漢帝国が滅んでいたと思う者は皇帝を始めとして多かった。

だが、かつての脅威はもはや存在しない。

これで漢帝国は一息つけたと人々は考えた。

 

更に、袁紹にしてみれば漢帝国の前途は盤石と思えてならなかった。

何しろ、袁紹の治める冀州が凄まじい勢いで発展を遂げ、税収を大幅に上げているのだ。

自分の手によって漢帝国はかつてを超える栄光を手にする、と袁紹は考えていた。

袁紹にとって、自らの栄光とは漢帝国という組織における立身出世、栄達である。

 

その漢帝国に名門袁家の当主たる袁紹が反旗を翻すという事態である。

袁紹は歯噛みした。

 

「麗羽様、この度の皇帝陛下の勅は陛下を背後で操る宦官の企みでありましょう。天下を私物化し欲望の限りを尽くす宦官を苦々しく思っている者はこの天下に多く居ります。しかしながら、今回の勅が宦官の陰謀と知っているものは多くありません。忠義あふれる漢帝国の臣下達は皇帝陛下の勅が宦官の企みによるものと知らず、麗羽様を討ち取ろうと動き出すでしょう。麗羽様、何よりも天下に宦官の悪逆を知らしめるべきです。そして、麗羽様の御身の潔白を。そして、皇帝を宦官の手から救うよう諸侯に呼びかけましょう」

 

田豊の言葉に袁紹は顔を上げた。

 

「そう、ですわ! 私が逆賊だなんて根も葉もない戯言を認めるわけにはいきませんわ。そして、このような巫山戯たことをしてくださった宦官共を討ち取らなければいけませんわ! 元皓さん。そして皆さん。華麗に宦官共の悪行を世にしらしめるのですわ!」

 

袁紹の断固とした言葉に部屋の緊迫していた空気が和らいだ。

取り敢えず目的が定まったことで袁紹の配下達の議論は活発になる。

 

「宦官の悪行は我々の人脈と商人を使いましょう」

「我々の人脈はともかく、商人は信用できるのか? 連中には宦官相手に莫大な利益を上げている者も居るのだろう?」

「洛陽の商人は宦官と付き合いのあるものが多いですが、ここ冀州ではそうではありません。むしろ、麗羽様との付き合いのほうが多いです」

「まあ、連中としても麗羽様統治下の冀州で散々稼いできたはずや。統治者が変われば今までのようにやれない可能性の方が高いんやから、連中も必死で協力するやろ」

「それに、最近彼らは近隣の州へとその活動範囲を広げています。つまり、彼らは近隣の豪族や官吏とも付き合いがあるのです」

「ふむ。近隣の州牧や豪族の動きにはとりわけ注意が必要ですね。麗羽様の華麗なる投資信託や銀行を利用している豪族たちは損きりを嫌って朝廷に与しようとはしないでしょう。しかし、冀州にも未だにこれらの利用を拒んでいる豪族たちがいます。彼らの警戒をするに越したことはありません」

「まあ、連中は明らかに反麗羽様やからな。敵、少なくとも味方でないと分かっているだけ対処は楽や。問題は、現在麗羽様に従っている豪族たちの中に裏切り者がいないかっちゅうことやな」

「それには商人を使いましょう。彼らの情報網はかなり正確で有効です。幸いに友若殿が作られた情報収集制度があります。これにテコ入れして、商人たちへの報奨金を増やすなどすれば、豪族たちの動向はかなり把握できるでしょう」

 

張バクがその様に締めくくった。

田豊が口を開く。

 

「ふむ。足元の冀州に関してはそれで良い。少なくとも一先ずは戦えるだろう。だが、それよりも先に差し迫った問題を対処せねばならない。官軍の情報は?」

「今回の勅と前後して、麗羽様と関係のある何進は大将軍を解任されています。恐らく皇甫嵩を中心とした官軍及び皇帝陛下がこの度組織された直属軍が動きを活発にしているとの情報が入っております。更に、恐らく一月後には動員を完了して冀州へ攻め入るでしょう。……それと、袁豫州州牧も軍を集めているそうです」

「そんな……私の可愛い美羽まで敵となるというのですの!?」

 

袁紹が再び怒りの声を上げた。

ちなみに、袁術の参戦に驚き嘆いているのは袁紹のみである。

他の人間は袁紹を嫌っていたあの袁術がこの機会を逃すはずがないと思っている。

 

「しかし、皇帝の常備軍、常備軍のくせににやけに遅いなあ」

 

審配が露骨に話題を変えた。

 

「既存の官軍の配備に時間がかかっているようです。常備軍だけなら恐らくすぐにでも攻めてくることが出来るでしょう。数は1万程度と少ないですが、指揮官である曹孟徳、麗羽様のご学友であった方ですが、かなりの俊英と聞いております」

「ブフッ!?」

 

許攸の言葉に友若は吹き出した。

曹孟徳。

あの三国志の覇者の一人である曹操の事である。

友若の脳裏にかつての洛陽で曹操を見た時の光景が蘇った。

妹と同じ年齢でありながら常軌を逸した覇気を感じさせた少女である。

確実に妹の同類、つまりバケモノだと友若は曹操を評価していた。

 

――冗談じゃないぞ!

 

友若は内心で絶叫する。

バケモノ相手に勝つことは不可能だと割り切っている友若にとってそのバケモノと向かい合わなければならない状況というのは断じて避けるべきものだった。

 

「どうしたんや、友若。いきなり吹き出して」

「い、いえ、何でもないです。ただ、曹孟徳殿は昔洛陽で色々と噂を聞いていたもので、驚いてしまいまして」

 

友若は審配の問をごまかした。

曹操相手に勝ち目なんてあるわけ無い、等と言えるわけがない。

 

「というか、曹孟徳に仕えている荀彧は友若、貴方の妹ですよね」

 

許攸が思い出したようにその様な事を言った。

曹操にあのバケモノ妹まで居るのかよ、と友若は心の中で天を呪った。

袁紹が納得したように言う。

 

「なるほど。友若さんは妹の事が心配なのですわね。肉親同士で争わねばならないとは悲しいことですわ。私も可愛い美羽と戦わねばならないかと思うと気が滅入ってしょうがありませんわ」

「いえ、それはないです」

 

真顔で友若は即答した。

 

「そ、そうですの」

 

袁紹が若干引いた様子で答えた。

 

「そのようなことは今考えるべき問題ではない。何よりも対処しなければいけないのは北の公孫賛だ。辺境を守る奴の騎馬隊は強力。更に、南と北から同時に攻められては守ることも難しくなってしまう」

 

田豊が脱線した話を元に戻す。

 

「それと西の董卓も中々の武を持つと聞き及んでおります。天下の飛将軍呂布などの豪傑を抱えているという話ですし」

「まあ、敵が来るなら倒せばええ。ただ、南西から来るであろう官軍と北の公孫賛に同時に攻められるのだけは避けなきゃあかん」

「その通りです。董卓も公孫賛も辺境の武将。どちらも強力であることは疑いようもありません。そして、位置関係から何よりも優先するべきは公孫賛です」

「分かりました。公孫賛に使者を送りましょう。万金を積んででも公孫賛の参戦は阻止しなければなりませんから」

「ちょっとお待ちなさい、張バクさん! それは白蓮さんに頭を下げるということですの? 私は何ら恥じることがありません。今回の件は全て宦官の企みなのですからその通り伝えればよろしいではありませんか!」

 

張バクの言葉に袁紹が噛み付いた。

 

「ごもっともです。しかし、公孫賛の参戦は絶対に避けなければなりません。袁紹様が頭を下げる必要はありませんが、資金援助くらいなら約束するべきです。麗羽様とは異なり、多くの人間は金に目を眩ませるものです」

「……分かりましたわ」

 

田豊の言葉に袁紹は渋々頷いた。

田豊は会議に参加している人員を見回した。

 

「使者ですが、麗羽様の快刀として有名な友若殿を筆頭に構成するべきだと思うが、他に意見はあるか」

「……」

 

田豊はしばらく間をおいたが意義を唱えるものはいなかった。

 

「それでは、――」

「お待ちください」

 

既に決まりかけた空気を読まずに友若が言葉を発した。

 

友若はどのようにしたら生き残ることが出来るかを必死に考えていた。

曹操がいる以上、官軍には勝てない、と友若は思う。

同僚や主が必死に勝つ方法を考えている最中、友若は必死に降伏して命を全うする方法を考えていた。

ではどうするか。

皇帝から今回の件について恩赦を獲得すれば良い、と友若は考えた。

そのためには何らかの方法で皇帝、漢帝国中枢と話し合いの場を設けなければならない。

現状では直接皇帝と話す場を設けることは不可能に近いだろう。

名門の袁紹を討伐せよと勅を出した以上、皇帝も簡単には引けないはずだ。

と言うか、佞臣扱いされている自分は問答無用で殺されかねない。

漢帝国中枢とつながりがあり、なおかつ友若にいきなり斬りかかったりしないだろう相手に仲介してもらうしかない。

友若はそう思った。

 

「お待ちください。公孫賛との交渉は私が行く必要があるとは思えません。私は董卓との交渉を行いたいと考えております」

「何を言っているのだ、友若。何よりもまず公孫賛だ。北のあれを動かせなければ他の諸侯をいくら寝返らせた所で意味は無い」

 

田豊が疑問を投げかけた。

 

「公孫賛の領土の商人の殆どが既に銀行や株式制度に組み込まれております。公孫賛が彼らを切り捨ていることは難しいでしょう」

「確かにそうや。公孫賛の治める幽州の商人らはうちらとの公益で相当儲けとるはずや。やっこさんもそう簡単にうちらを見捨てることはできへんとちゃうか」

 

公孫賛が商人寄りの政治をしていると聞いていた友若はそう答えた。

審配が気楽な様子で同意する。

田豊は苦い顔をした。

 

「公孫賛は真面目なことで知られておる。例えこれまでのやり方を台無しにすると分かっていても、皇帝の権威に従う可能性が高い。そもそも、公孫賛は異民族との公益が活発になっている現状に度々不満を漏らしている、と言っていたのは荀友若殿、貴殿ではないか」

「だとしても、公孫賛が皇帝に従うことはないでしょう。必ずや、公孫賛は袁紹様の側に付きます。ですが、董卓はそうではありません。彼の者を味方とすることが出来れば本初様の勝利は盤石となりましょうが、それに失敗すれば勝敗が分からなくなるのです。董卓は呂布を始めとした有力な武将を多数抱えているのですから」

 

田豊の疑問の言葉に友若は断定的に答えた。

友若は朝廷側に曹操が居る以上、公孫賛が参戦するかしないかに関わらず、敗北は必至だと考えていた。

なるべくなら戦わないうちに何とか朝廷と講話するべきだと友若は思っている。

 

だが、逆賊となってしまった友若相手に交渉の席に付きそうな有力者はかなり絞られる。

袁紹の敗北によって不利益を被る人物でなければ話し合い自体が成立しないだろう。

幸いにして、冀州は他州との交易が盛んである。

その利益が失われる事を嫌う者も少なくはないはずだ。

最近冀州で毛皮を利用した衣服が流行したため、異民族との毛皮交易が活発化している。

その中継交易によって辺境の豪族たちはかなりの利益を得ている。

辺境の諸侯であれば話し合いくらいはしてくれるに違いない。

友若はその様に信じた。

 

そして、朝廷との講話の渡りをつけるための相手として友若は董卓が最も相応しいと判断した。

軍人として異民族を打ち破ってきた名声と皇帝と縁戚関係を持っている董卓ならば朝廷に話を通すこともできるかもしれないと思うからである。

公孫賛では洛陽から遠ざかってしまうし、皇帝に話を通すだけの人脈も持っているようには見受けられない。

だから、友若は何としてでも董卓の下へ行くべきだと考えていた。

 

もちろん、友若はこれが袁紹を始めとした冀州指導部に受け入れられるとは思っていない。

そこで、友若はでまかせを言った。

公孫賛との交渉がどうなるかは微妙だと友若は判断していたが、それを言っては意味が無い。

 

「ふむ。荀友若殿がそこまで言うのならば董卓との交渉を任せよう。公孫賛との交渉は張孟卓殿、許子遠殿に任せるとしよう」

 

田豊は友若の言葉に自らの意見を翻した。

冀州の大発展の第一人者である友若の事を田豊は一人の天才だと思っていた。

そして、これまでの田豊の経験によれば、天才というものは凡人の理解を超えた最適解を導き出すものである。

天才である友若が断定するのであれば、自らの疑念など意味は無いだろう。

田豊はそう判断した。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「頭の痛いことになったなあ……」

 

公孫賛はぼやいていた。

 

「あの麗羽の奴が宦官なんぞにいいようにやられるなんて……朝廷工作とか得意だったと思うんだがなあ」

 

袁紹はこれまで朝廷に対して強い影響力を発揮してきた。

清流の有力者とも親しく、幅広い人脈を持ち、多数の名臣を抱えている。

本来であればこのような自体になる前に収拾をつけられるはずであった。

それができなかったのは、冀州の異常な速度での発展に伴い生じる問題を対処するために忙殺されていたからである。

まあ、ちょっとした不幸であった。

公孫賛にしてみればたまったものではないが。

 

「幽州も折角税収が増え始めていたのに……」

「白蓮ちゃん、愚痴を言っていてもしょうがないよ。これからどうするかを考えなくちゃ」

 

愚痴り続ける公孫賛に劉備が声をかけた。

 

「その通りです、白蓮殿。事は一刻を争いかねません。何よりもまず今後の方針を決めなくては」

「ふむ、確かに誰に私の竜牙を誰に向けるべきか決めぬことには戦うことすら出来ませんからな」

 

関羽と趙雲が劉備に同意した。

趙雲は面白そうな様子だったが。

 

「うううっ、どうすればいいんだ……まさか天子様に弓をひくわけにはいかないし、かと言って麗羽のやつがいなくなると折角回復してきた幽州が台無しになってしまう」

「がっ、がんばろう! がんばって一番いい方法を見つけないとっ! いい方法、いい方法……朱里ちゃん、いい方法は無いかな?」

 

悩みに悩む公孫賛を励ました劉備は諸葛亮に解決策を求めた。

 

「は、はわわ、桃香さま、ここは袁紹さんの側について戦うべきです」

「そ、それでは皇帝陛下と事を構える形になってしまうではないかっ!」

 

諸葛亮の言葉に公孫賛が泣きそうな声を上げる。

 

「ふむ。確かに天子様に矛先を向けるというのはやはり思うところがありますな」

「ええ、確かに。袁紹も潔白とは言い難い。他州から人を攫っている等悪い噂にも事欠かない。天子様に歯向かってまでして袁紹に味方するべきなのか」

 

趙雲と関羽が公孫賛に同意した。

 

「それでも袁紹さんに味方するべきです。冀州の発展により集まった富を横から掠め取ろうという宦官たちの意図のもとに今回の一件は起きました。朝廷側に味方するということは他人の富を盗む側に与するということです。さらに、朝廷側は幾つもの勢力が袁紹さんの財を奪おうと協力しているに過ぎません。彼らが勝利すればそれぞれの勢力がそれぞれ最大の利益を得ようと画策するでしょう。そうなれば、冀州が遂げた豊かな発展は台無しになってしまうでしょう」

「そ、それは確かにそうだが。しかし、異民族と商売をしなければいけないほど落ちぶれるとは……」

 

公孫賛が嘆きの声を上げる。

対異民族においては超タカ派に属する公孫賛にしてみれば異民族と商売をするという状況は理性では大事だと分かっていても感情的には納得しがたいものである。

とは言え、公孫賛は劉備の頭脳である諸葛亮に説得され異民族との交易を疑問に思いながらも認めた結果、幽州の税収が増大して景気自体も回復した様子を目の当たりにしている。

異民族達との交易が有用であることは認めざるを得なかった。

納得できるものではなかったが。

諸葛亮は淡々と話を続ける。

 

「それは現在冀州と異民族の中継交易の利益で多くの人が暮らしている幽州にも影響します。いえ、それだけではありません。防衛費が削減されている今、袁紹さんの治める冀州と異民族の交易中継によって軍を賄っている方々は多いのです。仮に、これらがなくなれば国境線を守る軍の維持が難しくなります。目先の欲望に駆られた朝廷が勝利すれば漢帝国そのものを危機に陥れかねないのです。ここで朝廷の側につくということは多くの人々を殺し、漢帝国中興の種を潰し、引いては漢帝国の滅亡へとつながりかねません。たとえ朝廷に弓引く形になったとしても、ここは袁紹さんに味方しなければなりません」

 

内心を隠しながら諸葛亮はそう言い切った。

 

「なるほど、ここは天子様に逆らってでもその間違いをお諫めしなければいけないというわけか」

「ふむ。それで白蓮殿はどうなさるおつもりですかな」

「ううっ、で、でもなあ。いや、確かにそうかもしれないけど! それじゃあ私も逆賊になっちゃうじゃないか!」

「だ、大丈夫だよ。私も一緒にいるからね」

 

苦悩する公孫賛。劉備が肩をたたいて励ました。

 

「いえ、白蓮さんが直接天子様に歯向かうのは問題が多すぎます。それにここ最近は大人しくなっているとはいえ異民族の脅威はなくなったわけではありません。袁紹さんと朝廷の戦いに彼らが動く可能性があります。この幽州から異民族と戦えるだけの白馬隊を持っている白蓮さんが離れるのは拙いです」

「それでは、袁紹に与するという話はどうなるのだ」

「そうだよね。袁紹さんが負けちゃったら拙いんだよね」

「桃香様、私達が義勇兵を集って参戦しましょう。これならば、白蓮さんは反逆という形にはなりません」

「わ、私だけ仲間はずれなのか」

「はわわ、すいません。幽州の防衛戦力を余り動かす訳にはいかないので、異民族とまともに戦える白蓮さんにはここに残っていただかないと」

「ううっ、分かったよ。仕方ない。私は一人寂しく幽州を守っているさ。ははは。うん、私は真名を呼んでもらえただけで満足さ。もう思い残すことはない」

「は、白蓮ちゃん落ち着いてー!」

「そ、そうですぞ。幽州を異民族の脅威から守る。公孫賛殿にしかできない立派な役目ではありませんか」

「た、確かに、馬を自在に操る騎馬民族に対抗できるのは幽州において白馬隊を率いる白蓮殿」

「幽州を守るのも大切な役目なのだー、公孫のお姉さん!」

 

一行で死んだことにされそうな様子で虚ろに笑う公孫賛を劉備が慰める。

趙雲と関羽も慌てて公孫賛を励ました。

張飛はいつも通りの気楽な様子である。

そんなほのぼのとした日常を眺めながら諸葛亮は覚悟を決めた。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「この様に話し合いの場を設けていただきありがとうございます、公孫殿。私は許子遠と申します」

「うちは審正南や」

「うむ、よくぞ参られた。私が公孫伯圭。今現在幽州の統治を陛下より委任されている」

 

許攸と審配の自己紹介に公孫賛は答えた。

そのまま公孫賛は横に座った人物たちを指し示す。

 

「彼女たちは私の客将という立場になる。手前から順に劉玄徳、関雲長、張翼徳、諸葛孔明、趙子龍だ」

「なんや、客将風情を同席させるなん、いてっ!」

「正南が大変失礼しました」

 

場を弁えない審配の足を思いっきり踏みつけた許攸は笑顔で謝罪した。

非の打ち所のない笑顔だった。

ゆったりとしたウェーブを描く長い金糸とよく似合っている。

そこはかとなく迫力がある。

 

「う、うん。大丈夫だ。気にしていない」

 

公孫賛は若干怯えた様子で答えた。

許攸はありがとうございますと答える。

 

「もうお分かりかと思いますが、私達がこうして公孫殿と話し合いの場を設けていただいたのは先日の天子様の勅について話したいことがあるからです」

「おう、あれはとんだ言いがかりや。どうも宦官の企みみたいやな」

「そのことについてだが――」

「麗羽様――袁本初様のことですが、あの方は税の横領などしておりません。むしろ、困難にある人々に自らの財を投げ打つ大変徳のある方です。また、民を攫うという噂ですが、その様な事実はありません。むしろ、麗羽様は流民に対して故郷へ帰るよう勧めています。この様に朝廷の言い分は全て事実無根のものです。かつて、宦官は天子様に対して清流が反逆すると事実と異なる話を伝え、党錮の禁を引き起こしました。あれから年月がたちますが、党錮の禁により失われた人材に代わる人間達を漢帝国は未だに用意できていません。そして、今日、宦官はまた白を黒と言い張る道理に通らない事を強行しております。これを座視すれば漢帝国の基盤自体を揺るがしかねません。何卒、公孫殿には徳にかなった決断をしていただきたく――」

「そ、そのことなんだがな! す、済まない、随分と一生懸命話してくれたようなんだが――」

 

許攸の言葉を遮って公孫賛が言う。

その不吉な内容に許攸と審配は身構えた。

予め予測していた事態である。

公孫賛が朝廷の側につくという可能性は。

それは何としてでも回避なければならない。

何としてでも公孫賛の意見を翻させなければならない。

2人は覚悟を決めた。

 

「元々、私たちは麗羽の奴に味方するつもりだったんだ」

「「………………え?」」

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

許攸と審配が飛んだ肩透かしを食らっている頃の話である。

 

「なんですって!? あの荀シンと名乗る者が会談の席を求めているですって!?」

 

賈駆が部下の言葉に驚きの声を上げた。

 

「如何いたしましょう」

 

部下の言葉に賈駆は俯いて数瞬思考した。

 

「……取り敢えず、話し合いの席を設けるわ。屈強なものに武器を持たせて潜ませておきなさい。私の合図があったらすぐに荀シンを刺し殺すように」

 

賈駆は冷たい眼差しで答えた。

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「呂布って奴の話は結構聞くけど、どうせ三国志の覇者には敵わないんだろうなあ」

 

友若はそんな事を呟いていた。

 


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