義輝伝~幕府再興物語~ 《完結》   作:山中 一

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第四話

 六角定頼としては、将軍家の人間を本拠である観音寺城に招いたからには、一日や二日で宴を終わらせるわけにはいかない。初日は俺が聞いていた通りの歌会に終始したが、その後は連日いろいろな催しが開かれていた。平成の世では体験することもないような『貴族の遊び』が目の前で繰り広げられ、俺はいつの間にか楽しむということすらも忘れてひたすらに時がすぎるのを待つようになってしまった。ある程度の経験があるとはいっても、疲れるものは疲れるのだし、仮にも足利の家に生まれたからには、失態を演じることはできないと、気張ってしまっていたのかもしれない。

 立場が人を変えるというが、この家に生まれたことで俺にもしっかりしなければという思いが芽生えているのは事実だ。たとえ、前世の意識を持っていたとしても、この環境で育った十年は、俺にそれなりの責任感を抱かせていた。

 

 

 こうした貴族的な楽しみは、俺としては気疲れするものが多いのだが、もちろんすべてというわけではない。

 中には、俺が率先して楽しみたいと思えるものもある。

 例えば、今執り行っている鷹狩りがそれだ。

 

「やっぱりすごいな・・・」

 

 思わず口をついてでたのは感嘆の言葉だった。

 目の前に広がる草原。そして山。自然が切り開かれた時代を生きた俺としては、この景色だけでも驚くことが多い。その時代のことはよく覚えていないという残念な俺だが、胸に切ないものがこみ上げてくるのは失われた自然に対する畏敬の念があるということか。

 

 

「義藤様。そろそろわたし達も行きませんか?」

 

「ん。よし、行くか」

 

 藤孝に声をかけられて、俺たちは歩を進めた。

 狩りの場は、観音寺城から程近いところで、草原のほか豊かな森林を有している。

 このイベントにも数多くの来訪者がいる。

 ビッグネームは近衛晴嗣。近衛家の跡取りである彼は、俺の母上の兄の息子である。つまり俺とは従兄弟ということになるのだが、そんな晴嗣は、鷹狩りにおいてはかなりの才覚があるようで、今は父上たちと共に行動している。

 現将軍である父上が多くの人達を引き連れてくれているので、俺の周りは比較的少数だ。

 藤孝に義賢といういつもの顔ぶれに、六角家の重臣の蒲生定秀らが随従している。 

 定秀は六角家の中でも中心人物の一人と言っていい人材であり、南近江の日野を領する国人だ。

 あの、蒲生氏郷の祖父に当たる人物でもあり、俺は興味が引かれた。なにせ、俺の知識の中にある蒲生は、あの蒲生氏郷だけで、それも秀吉の時代にはすでに衰退の兆しが見えていたという印象しかなかったので、その一族が六角家の配下にいることなど、知る由もないというものだ。

 だからこそ、俺は興味を引かれた。 

 

「ふーん。あれが蒲生殿か。噂では内政のみならず戦でも強いとか」

 

「はい。定秀さんは父上とともに多くの戦で大功を挙げてらっしゃいます。日野の城下も多くの商人でにぎわっていると聞いています」

 

「なるほど。さすがは定頼殿がお認めになられた方。領主の鏡のような御仁ですね」

 

 

 義賢が答え、藤孝が言う。

 義賢は後に六角家を継ぎ南近江に君臨することになるのだから有能な家臣のことはきちんと把握している。定頼が重用しているからということだけでなく、彼女自身の目で見て、定秀の能力は一目置くものであると判断しているようだ。

 

「兵もなかなかよく訓練されているようだな。少し眺めるだけでも統率されているのが分かるよ」

 

 俺たちを護衛するために定秀が連れている兵はおよそ二十。彼らは少し距離をとりながら、周囲を警戒するように俺たちを囲んでいる。

 歩いているうちに、太陽がいい具合に昇っていた。

 鷹狩りをするには鳥が空腹になる頃合を見計らうのがよいとされているので、今はちょうどいい時間帯だ。

 春の過ごしやすい麗らかとした陽光が、木々の新芽を照らしている。

 風はまだ冷たいが、日差しは柔らかく、人肌に包まれているような気温がちょうどいい。

 野うさぎなども食料となる草が生え始めたことで顔を出しはじめ、虫の出現とともに小型の鳥が元気になって飛び回る。狙う獲物には事欠かない、と思っていたのだが、どうにも目ぼしい獲物がいない。

 

 

「それで、義藤様。どのあたりで鷹狩りを行うのか決めてらっしゃいますか?」

 

「特に考えがあるってわけじゃないけど。まあ、適当に歩いてって訳にもいかないか」

 

「な、なにか意味があって歩いていたわけじゃなかったんですね」

 

 

 義賢が苦笑いを浮かべながら言った。俺は、まあそうなんだよね、と生返事を返す。大人たちはあくまでも護衛としてついてくることにしているようで、行動の主導権はこちらにある。この辺りの安全はすでに確保されているということなので、それができるわけだ。

 それにしても、自分の部屋から出ることすら泣いて抵抗する義賢と青空の下を歩いていることがいかにレアなことか。 

 曰く、仕事だから問題ない、だそうだ。

 彼女の手には和弓が握られている。鷹狩りをしつつ、鷹では捕らえられないような、例えば鹿のような大型の動物を射るために持っているのだ。

 

 

「もし、大きな動物が出てきたら義賢の弓を見させてもらえるな」

 

「わたしの弓なんてそんな・・・」

 

「謙遜謙遜。この前、道場で見せてくれた弓術は実に見事だったぞ。なあ、藤孝」

 

 共に義賢の弓を見た藤孝に話を振った。 

 

「はい。さすが、評判になるだけの事はあると感心いたしました」

 

 

 藤孝もまた、弓術の手習いを受ける身。義賢の弓から何かを感じ取ったのだろう。 

 誉められてばかりの義賢は、顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

 

「しかし、どこを回ったら上手く獲物が出てきてくれるのか。まあ、俺としてはこのまま当て所なく歩くというのも悪くないと思うけど、せっかく鷹狩りに来たのだから多少でも獲りたい」

 

 偽らざる俺の本心だ。かごの中にいるオオタカもそろそろ空腹が堪えるころではないかと心配になる。俺は、少し後ろを向いて、槍を持っている女の子に聞いた。

 

「賢秀、だったか」

 

「ひゃいっ!」

 

 噛んだ。

 びっくりして飛び跳ねそうになっていた。 

 蒲生殿の嫡子である賢秀は、これがまた女子だった。が、いい加減慣れたので、その辺りの驚きはもうほとんどない。

 

 

「うん、まあ落ち着いて。この辺りで獲物を獲るにはどこがいいと思うか意見を聞きたいと思ってね」

 

「わ、わ、わたっ、わたっ」

 

 だから落ち着けと。話しかけただけで過呼吸になりそうになってるのはどうしたことなのか。

 俺はとりあえず深呼吸を促しながら、義賢に目配せする。

 義賢は、

 

「義藤様。賢秀ちゃんは少し人より緊張してしまうだけで、とっても優秀な子なんです」

 

 と弁解した。義賢も似たり寄ったりだと思う、とは言わないでおいた。

 

「義藤様が突然声をかけられたので驚かれたのでしょう」

 

「まるで俺が悪者みたいじゃないか」

 

「まさか。この藤孝、如何なるときでも義藤様を悪者扱いなどいたしません」

 

「それは嬉しいけど。・・・諫言の類はきちんとしてくれな」

 

 藤孝にはそういう家臣であってほしい。

 俺の話に誰もが阿諛追従するだけでは、国政は立ち行かないはずだから。むしろ、そんな国はとっとと滅んでしまうだろうと思う。なにせ、俺たちは自分の統治している国にすら入れないのだから。 

 

「で、落ち着いた」

 

「はひ。なんとか・・・。」

 

 賢秀は、顔を羞恥で赤くし、泣きそうになりながらも答えた。 

 

「それで、君の意見を聞いてもいいかな」

 

「は、はい。それなのですが、この辺りは草丈がまだ低く隠れることができないので、お望みのものは獲れないと思います。それに、義藤様はオオタカをお使いになりますが、ハヤブサに比べて長距離の狩りには向かないので、もっと木の多いところを目指すべきだと、思います・・・」

 

 最後のほうは小さくなってよく聞き取れなかったが、言ってることはもっともなことだと思った。

 鳥の能力も考えてポイントを探せということは、言われてみれば至極当然のことだ。幸い、この先には小さな里山がある。その近辺でなら、この鷹丸(俺の鷹)が空を駆けることもできるだろう。

 

 

「よし、であれば賢秀の意見を汲みあの山に向かうとする」

 

 

 

 

 

 

 木々を縫うように黒い影が飛ぶ。

 流れるような飛行。力強い羽ばたきで瞬く間に距離を詰めていく。

 水平飛行で時速八十キロをマークし、一度狙えば捕らえるまで追い続けるオオタカに空で勝つことは到底不可能だろう。

 この日三度目になる狩りも、まったく苦労する様子なく獲物を捕らえて戻ってきた。

 なんとなく、得意げな表情をしているように思えて俺は苦笑した。

 

「よしよし、よくやったぞ鷹丸」

 

 褒美の肉を与えて誉めてあげる。犬猫馬なら誉めれば分かってくれるのだが、鷹はコレで大丈夫なのだろうか。もしかしたら、誉められているということを理解しておらず、ただ餌をもらえるから働いているだけということも考えられる、というかそっちのほうが確実に的を射ているような気がする。

 誉めるということが、飼い主の自己満足になっていると思うと、それも気恥ずかしい。

 とはいえ、働きに応じた褒美を出すのは上に立つものの役割。忠臣であろうと用兵であろうとそれは変わらないのだから、鷹丸が飼い主である俺の望む結果を出してくれているということだけで今はいいとしよう。

 

「お見事です、義藤様!」

 

 

「藤孝、コレはウズラでよかったかな」

 

「はい、間違いなくウズラです。」

 

「俺、本物のウズラってはじめて見たかもしれないな」

 

 鷹丸が仕留めたウズラは体長二十センチほどの大物で、でっぷりとしている。肉付きもとてもよく、良質な肉がとれそうだ。

 

「さっき獲ったキジもあるし、もう少し獲ればここにいる人みんなで分けられそうだな」

 

「みんな、ですか」

 

 不思議そうにしている藤孝。大体予想はできる。みんな、というのがどの範囲のことをいっているのか分からないといったことだろう。

 

「みんなはみんなだよ。いいじゃないか、今日この場にいる人間全員に食べさせられるくらい獲ろうぜってことで。せっかくの鷹狩りなんだからお堅いことは言いっこなしにしようよ」

 

「はあ・・・」

 

 気のない返事。 

 俺もそこまで深い意味で言ったわけではないから穿り返されても困るし、コレでいいかなと思いながら鷹丸を撫でる。何を考えているのか皆目見当のつかないこの子だが、機嫌を損ねるときは損ねるので面倒だったりするのだ。

 後ろを見れば義賢や賢秀が息を荒げているのが分かった。

 舗装されているわけでもない、そのままの形で残る里山だ。いくら小さいからといっても、女の子の体力では厳しいものがあるのだろう。

 そのさらに後ろにいる大人たちはケロリとしている。 

 

「疲れたし、休もうか」

 

 俺はそのまま地面に座り込んだ。俺が立っていては他の者も休むに休めないのだ。

 

「君も座れば?」

 

「え、わたしもですか?」

 

 賢秀に声をかけたのは、この中で最も立場が低いからだ。俺は将軍家の人間でありゲスト、義賢は、次期六角当主、藤孝は俺の側仕えであり名家の出。俺たちの話し相手としてだけでなく、護衛として付き従っている彼女は俺たちと席を同じくするということに抵抗があるはずなのだ。

 案の定、賢秀は俺の誘いに驚いたような表情をした。

 

 

「なにか問題でもあるか?ずいぶん疲れているように見えるし、休むときには休まねばならないよ」

 

「賢秀ちゃん。義藤様もこうおっしゃっているから、休んでもいいよ」

 

「し、しかし・・・」

 

 それでも座ることは申し訳ないとでも思っているのか、なにか理由をつけて立っていようとする賢秀。

 賢秀の武器は素槍だ。木々の生い茂っているこの空間では取り回しが難しく、尚且つ急な奇襲などに対して座っていては対応に遅れが生じる、ということを考えているのだろう。

 賢秀の今のポジショニングは、俺たち三人を同時に守れる上に、槍を効果的にとりまわせる空間を確保するように配慮したものだ。

 護衛としては申し分ない実力をうかがい知ることができるというもの。

 とはいえ、それは体調が万全のときに発揮できるものだから、今のように長時間の徒歩による移動で疲弊した身体では、素早い行動は望めないだろう。

 これから鍛えていって身体も大きくなったなら、この程度の登山では息も切れないくらいになるのだろうが、今の彼女では大人と同じような行動はとれないのだ。

 藤孝も義賢もそして俺も、それは同じこと。

 

「いいかい賢秀。君は俺たちを守ろうとしてくれているのだろうけれど、今の疲弊した君ではいざというときに俺たちを守れるのか?常に万全であれ、というのなら、こういうときにこそ休まないといけない」

 

「う」

 

「それに、俺たちの周りには大人の皆さんが控えているんだ。何を心配する必要がある?」

 

「あうぅ・・・」

 

 俺は畳み掛けるように賢秀に言葉をかけていく。

 今の賢秀の行動は、普通に誉められることであり、彼女なりの考えを持ってのことだ。そしてそれは間違いなく正論だろう。

 しかし、二の句がつげなくなったところにドンドン俺が言葉を重ねるものだから、思考を遮られ、反論もできずにすっかり言いくるめられてしまった。

 極度の上がり症というのも災いした。口では付け入る隙だらけと言ったところか。

 顔を赤くしたり青くしたりしながら、最終的には半ば座り込む、といった感じで腰掛けた。

 

「それにしても、ずいぶんと歩いたな」

 

「そうですね。ほら、あそこですよわたし達が下馬したところ」

 

「半里は離れてますね」

 

「いや、義賢。もう少し離れているように見えるぞ。周りに何もないから距離感がつかめないが、半里以上はあるはずだ」

 

 今俺たちがいるのは山の中腹。斜面になっているところにできた程よく開けた場所で、運よく木も視界を遮るほどの高さのものがなかったので、そこからならば一帯を見渡せるのだった。

 そして、しばらく沈黙が場を覆った。

 みんな、思っていた以上に疲れていたようだ。

 遠く見える桜を眺めるようにして、心ここにあらずといったように茫とした瞳で虚空を見つめている。

 俺たちが活動をとめたことで、大人たちも動きを止めていた。それでも、きちんと配置を考えているところに定秀の統率力が現れている。

 

「やれやれ、なんかこのまま寝てしまいたい」

 

 あと一刻もすれば日が暮れ始める。

 戻るとしたらそろそろなのだが、一度休んでしまうと動きたくなくなってしまうという、どうしようもない衝動が襲ってくる。

 足に根が生えたようとはよく言ったもので、俺のケツあたりから地中深くにその手を伸ばしているかもしれない。

 そんなくだらないことを考えていたときだった。

 

 

 

「きゃあああああああああああっ!」

 

 

 静寂を突き破るように響き渡ったのは、間違いなく悲鳴だった。 

 

「なんだっ!?」

 

「っ!?」

 

「義藤様っ。動かないでください!!」

 

 俺たちはすぐに揺り篭から叩き落されたように目が覚め、状況を把握しようとした。

 周りに護衛の兵が集まってくる。

 飛び起きた賢秀は槍を構え、義賢は矢筒から矢を引き抜いた。

 俺も柄に手をかけて、声のした方向を注視する。

 声は、山の奥から聞こえてきた。距離もそんなに遠くないと思う。

 定秀は、物見の兵を二、三出して、様子を見に行かせた。鎧も着ていない兵は、軽快に山道を行くと、すぐに取って返してきた。

 

 

「どうやら、山賊による物盗りのようです。男が切り伏せられ、連れ合いの女が悲鳴をあげたものと」

 

 その報告を聞いて激怒したのは蒲生定秀だった。

 

「おのれ、賊徒風情がこの俺に恥をかかせおったな!!」

 

 生来の頑固さも相まって、怒り心頭していた。

 特に彼が気にしているは、この一帯を今日のために調べ、安全を確保した上での鷹狩りという手はずだったということだ。主の信任を得てこの役目を仰せつかったというのに、流れの山賊でも、出現し被害がでたとあれば彼の手落ちと思われてもおかしくはない。

 定秀は自ら刀を抜くと、配下の兵と山賊の討伐に向かおうとしている。

 

「賢秀、お前に五人つける。義藤様方の下山をお助けするのだ。しかと申し付けたぞ」

 

「はい、父上」

 

 冷静さも失ってはいないようだ。

 的確に指示を出すと、賊徒の討伐にさっさと向かってしまった。

 

 

「義藤様。ここは危険なので急ぎ下山いたします。先導しますのでついてきてください」

 

 有無を言わさぬ迫力を持って、賢秀が言った。

 この親にしてこの子ありということか。先ほどまでのあどけなさは鳴りを潜め、幼いながらも武人としての姿を醸し出している。

 

 

「わかった。俺がここにいてもなにもできないしな」

 

 俺たちは急いで山道を下った。

 幸いだったのは、道そのものがそんなに急ではなかったことと、木々も鬱蒼としているのではなく、地元の民によって利用されているおかげで管理が行き届いていることだ。

 多少走っても、特に危険ということはなく、ゆっくりと上った行きとは違い、あっさりと下山できてしまった。

 それにしても、山賊というものが実際にでてしまうとはな。

 自前の兵があれば、真っ先に切り込んでいけたものを、と残念に思う。

 これは、改めて、時代の違いを思い知った一幕だった。

 

「ぎゃあああ!!」

 

 山中から聞こえる悲鳴は、定秀たちによって駆逐される賊徒の断末魔。

 事前の調査をすり抜けたことから考えても、規模はそんなに大きくないはずなので、十数人の正規兵を引き連れた定秀に敵うはずもない。

 俺たちが山を下っている間にも決着はついていたのかもしれない。 

 そう思っていたところに、義賢が山の麓を指差した。

 

「義藤様、アレを」

 

「うん、人か?」

 

 少しはなれたところに、蹲っているのは、衣服から判断しても女性のようだ。

 

 

「だれか、あの方のところへ」

 

「はっ」

 

 賢秀の指示を受けた兵が様子を見に行き、二、三言話し、危険がないことを確認した。

 どうやら上で蹴散らされている賊徒に襲われた一行にいたらしい。

 渡りの商人ということもわかり、義賢のもとで保護することにした。

 俺はその女性と共にいた少女を目に留めた。刀を差していることからみて、武家の生まれであろうか。気になって尋ねてみることにした。

 

「この娘は?」

 

「気を失っておりますが、しばらくすれば目を覚ますかと」

 

 

 俺に声をかけられた兵は驚いたようにしたが、すぐに簡潔な説明をしてくれた。少女と女性は、美濃から一緒に旅をしてきた仲間だそうで、少女は滅んだ家の再興のために諸国を漫遊する気でいたのだそうだ。

 そして、つい先ほど、その女性を助けようとして、共に急斜面を転げ落ちたのだとか。

 少女を観察しても、これといったものが見つかるわけでもないし、じろじろと見つめるのも礼儀に欠ける。そう思ったが、気になるものを見つけてしまった。

 

 

「ん?」

 

 俺は少女の差していた刀を取り上げて、眺める。

 華美な装飾の何もない刀ながら、かなりの業物に見える。俺の目は刀に関してはとくに肥えている自信があるので、この判断は間違いではないだろう。

 彼女がたった一つ持ち歩いていた刀の鞘には家紋が掘り込まれている。

 恐らくは一族の離散に際して、家宝として持ち出し、他の物を擲ってでもここまで守り通した魂なのであろう。

 この刀で大体の身元は割れた。

 

 

「桔梗紋、か」

 

 美濃土岐氏。

 それに縁を持つ家柄であることは疑いようもなかった。 


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