Angel Beats!~ちょ、俺まだ死んでないんだけどオオオオオオオオ!!~ 作:日暮れ
『ガガッ……ォ昼の楽曲放送を始め……す。』
壊れかけたスピーカーから、いびつな音声が流れ出る。
その内容はとりとめのないもので、毎日聞いているものだからもうとっくに聞きなれてしまった。静かに食堂でご飯を食べるなんてとてもガラじゃないけれど、飽きもせず毎回同じ声が流れてくるんだもの。
「今日、月曜の放送はパッヘルベルのカノンを――」
『今日、月曜の放送はパッヘルベルのカノンを――』
台詞までしっかり暗記してしまっている。
一通りの説明の後、いかにもな調子の音色が放送される。壊れてて音質が悪いから、何だか流れると言うよりはズルズルと這い出てくるような感じだけれど、なんとか聞き取れはする。何度も聞いて憶えているから、自分の中で補正がかかっているのかもしれない。
「……あれ? でもカノンってこんな曲だったっけ」
言われ尽くした名前、奏で尽くした音色のハズなのに、どこか偽物のようだ。そういえばここにきた時からずっとかな。何度立退き要請を出しても、その違和感は私の頭を不法占拠し続ける。
心臓は動いているのに今ここに生きていないような違和感。時計は動いているのに世界が止まっているような不協和音。
灰色の音色は私たちが元居た世界と比べるとあまりにも残酷で、さびしいものだ。
もしかしたら私は、そんな世界で壊れずにいるため……色のまやかしを作るために、あんな集まりを作ったのかも知れない。
色の残像を追って、人を集めて、みんなでバカなことをして回った。そうまでして、この残酷な世界にしがみついた。
ここが偽物でも、虚構の世界でも。ここがあの現実でない以上、私の心を潤わすには十分だったから。
あの時のたった数十分で、私は既に世界から取り残されていた。私を包む色がとても眩しくて、痛々しいほどに眩しくて――残酷で。
どうせ残酷なら、少しでも軽い方がマシじゃない?
だから私はこの世界が好き。この世界で感じる春夏秋冬喜怒哀楽にホントの色がなかったとしても、それがどんなに残酷なことだとしても。
私にとってはその方が慰めになるから。
『――アー、テステス』
あれ、何この放送、聞いたことない……てかこの声、
「銀さ」
『……入ってる? これ入ってる? ……えー青春を謳歌しようとする悪ガキどもに次ぐ。十分以内に体育館まで集まるようにー。コンマ一秒遅れでもしたやつは去勢するんでよろしく』
『……ねぇ、去勢って何?』
『あん? 悟りの極致のことだよ。こう、男の股の下のだな』
『ふむふむ』
「校内放送ジャックしてまで何下ネタぶっこんでんじゃこらぁぁぁああぁあぁあぁぁああぁあ!!!!!!」
『あ、やべ今仲村に怒られた気がする。そんなわけで以上ー』
あの陰毛教師、人がせっかく冒頭から感傷に浸って神秘的な雰囲気作ってたのに台無しにして!! 何がしたいのよ!
『そんなにおこってっとしわがまた増えんぞ。以上ー』
「ないわ!! こちとらぴっちぴちのJKだってのよ!!」
『実年齢h』
パァン!!
「おいあのスピーカーついに壊れたぜ。」
「マジかよ、なんだかんだで結構もってると思ったんだけどな」
「いや、てか砕けてね?」
「てか銃声しなかった?」
青春を謳歌しようとする悪ガキ、って……
「この前まで落ち込んでたと思ったらもう……!! 行きゃいいんでしょ体育館!」
手に握りしめた銃をホルスターに戻して、体育館へと足を向ける。
★―体育館―
「おーテメーら。がん首そろえてよくきやがったな」
「アンタが去勢するーなんて言いやがるから急いできたんだろうが!!」
十分を待たずして、彼の前には戦線の大部分のメンバーが揃っていた。おそらく彼が『幹部連中』と言わなかったのも、全員を集めたかったからだろう。
汗を飛ばしながら舞台上の銀時先生に噛みつく日向君。昼食中だったのだろうか、髪の毛にトンカツがついている。え、何それどんな状態!?
「今いない野郎どもは……大体顔覚えてねーからいっか。んじゃぼちぼち始めましょーかね」
「何を、始めるというんですか。まぁ、何が来ようとも、この肉体の前に恐れなど――」
ちょいちょい、と彼が手招きをすると、舞台袖からトテトテと見慣れた制服の見慣れた女の子が歩いてくる。
我ら戦線と長きにわたり文字通りの死に返す死闘を繰り広げてきた天使。そして……今では戦線の大切な仲間になってくれている、立華奏。
「……そう。奏ちゃん、治ったのね」
「みてーだな。いいのか? 飛びつかなくて」
「二人っきりになったときにそりゃねっとりとぬめぬめと飛びついてやるわよ」
「……」
おおう奏ちゃんが怯えている……。今はみんなの前だし少し自重自重っと……
「んで、この俺がガキども勢ぞろいで何をするかってーとだな」
意味の分からない重みがみんなを襲う。少しだけ息苦しい中で、息をのむ者、汗を拭う者、頭のトンカツを頬張る者……って捨てなさいよ汚いわね。とにかく全員がかたずを呑んで次の言葉を待った。
「立華」
「うん……」
! 奏ちゃんが何かを取り出した? いったい何が始まるって
「第一回、銀時先生のドキドキ★特別授業ー」
「ドンドンドンドン、パフパブゥー……これでいいのかしら」
「あぁ上出来だ。見ろ。奴ら目が据わってやがる」
「それって逆効果なんじゃないかしら」
「いーんだよテキトーで。白けられてもつまんねぇしな」
「いや逆の意味で白けてんだろおおおおおおおおぉぉぉおぉお!!??」
「いや、ちょうるさい黙ってマイクに入ってるから『おおおおおおおおぉぉぉおぉお!!??』が増強されて二倍うるせぇから。真夏の雪だるま大作戦ですかテメーは」
「うっさいのはあんたのほうよ! い・い・か・ら真面目にやりなさい!!」
「へーへー……んじゃそこの地味っぽいの」
「は? え?」
「え? 『僕の名前は
「言ってないですから! なんですか!」
得意げに掴んだマイクにハウリングするくらいの声量で、音をぶつける白髪教師。
「消えるって何?」
銀さんは、おそらく顔も知らない喋ったこともない平メンバーにこの質問をぶつけた。
質問された側は、頭の中心で答えを用意しつつ、頭の端っこでなんでこんなわかりきったこと聞くんだよといった顔をした。
「消えるとは、成仏することです」
「せーかい。じゃとなりのお前。成仏って何」
「え? 成仏って何、って……ほら、ふわーって」
「はいじゃあ反対のやつ。そのふわーってどんなの? 気持ちいい?」
彼はそんな質問を延々とし続けた。それこそ全員に当たるくらいに。
しばらくして、一人のメンバーがしびれを切らしてこう言った。
「なんなんだよ! くだらない問答はもう飽き飽きだ! 言いたいことがあるならはっきり言えばいいじゃないか!!」
おそらく大半の気持ちをそのまま表したものだったであろうから、誰も止める者はいなかった。
「へーへーわかったよ……んじゃー最後、仲村」
色が、崩れる。
「この世界、楽しかったか?」
必死に積み上げたものが少しほころぶ音。それはまるで、夕方を告げる鐘のようで。もう帰らないといけないという焦燥をもはらんでいて。
「楽しかったわよ」
「……あぁ。正解だ」
そこで彼はマイクを離した。私たちの、本当の耳に届くように。魂に届く音を、各々に投げつける。
「要するに俺が言いたいのは、いつまでもフェニックスの如くダブり続けてねーでさっさと卒業しやがれクソガキどもってこった」
「それって……消えろってこと?」
「まぁそうなるな」
「んだとテメェこら知った口ききやがって!!」
幹部以外の、彼と関わりの薄い男が舞台上にあがり彼につかみかかる。
「テメーらは知らな過ぎたんだよ」
しかし、なおもその言葉は続く。止まらずに流れる
「テメーらは知らな過ぎたんだ。この世界のことを」
「自分たちの理解を超えた現象にもがき、苦しみ、その矛先を過去の自分ごと神に向けた。そしてその過程で出た立華を天使と決めつけた」
「結果、何十年たっても神様なんかでてこなかったろう?」
「だがそのことで仲村を責めちゃいけねぇ。そんな奴がいたら俺がここでぶっ潰す」
「ここまでテメーらを引っ張ってきたのは紛れもねぇ、仲村なんだから」
「そもそもこの世界はそんな大層なもんじゃねーんだ」
「時間がなくて遊ぶ余裕のなかったクソガキどもを集めて囲って好き勝手させる公園みたいなもんだ」
「てめーらの過ごせなかった青春ってやつを取り戻すための場所。そして送り出す
「んだが、そんなとこにいつまでもズルズルいるわけにもいくめぇよ。なんだっけ? 本末転倒ってやつだ」
「せっかく時間はたっぷりあるんだしよぉ、」
「ここらで現実逃避はやめて、自分の芯をもう一度見てこようぜ」
「てめーらの魂に聞いてみろ」
「何がテメーらをここに残している? 何がしたい? 何がそんなに心残りなんだ?」
「俺がそれを全力でかなえてやる」
「卒業式で点呼とるのは、担任の役目だからな」
彼をつかんでいた男の手が固まる。そのまま膝から崩れ落ちる。
シンと静まり返る中、広く野太い声がまた、みなの耳に届く。
「ただ楽しいじゃ……ダメなのか?」
「松下くん……」
「この世界にきて、生前できなかったいろいろな事ができるようになった。天使との戦いは辛く、長かったが総じて楽しいものではあった。それでは、ダメなのか?」
「ダメだね」
その、松下くんの懇願ともとれる言葉さえも今の銀さんは押しとめる。
「それじゃただの現状維持じゃねーか。何かハラに抱えながら食う飯がうめぇか?」
「テメーらには明日が待ってんだ」
「その胸につっかえてるもんとって生まれ変わってよぉ、名前も変わって性別も変わって人間ですらなくなったとしても、こんなちっぽけな灰色の世界で見るものよか、ずっとましな景色なはずだろうよ」
「そうか……そうであったな」
――この世界で見る景色は、どうにも色が欠けている――
必死に胡麻化していても。
どんなに楽しくても。
脳裏にあの光景が蘇るたび吐き気がする。
あの自分はやっぱり、どんなに胡麻化しても、償いのまねごとをしても、自分なんだ。
救われたい。心からそう思った日は、おそらく後にも先にもこの瞬間しかないだろう。
「そこでこれだ! バン!」
銀さんはまるでさっき作ってきたようなボロボロのプレートを掲げる。
「ばんじ、や……?」
「バカ、ちげーよ
「悩みがあったら俺のとこに来い。相談に乗ってやる」
「テメーらが抱えてるもんぶちまけてくれたら、俺が腕力握力脚力知力視力精力その他もろもろひねり出した全力でそれを解決してやる」
「俺みてーなのに救われるなんざ癪だろうが、イチゴ牛乳冷やして待ってるぜ」
そういって彼は舞台袖に消えて行ってしまった。
奏ちゃんもまたそんな先生についていくように、お辞儀をして、とてとてと消えていった。
カチリ、と。
止まっていた時計が、動き出す音がした。
お久しぶりです。
色々と落ち着いたのでまたこうして投稿してみました。お待たせして申し訳ありません。
いや気付くと前回投稿から軽く半年以上たってるわ、2015年残すところあと4か月ぽっちだわで、時間の流れはとても早くて正直びっくりしています。
Angel Beats!のゲームもなんだかんだで手元にあるもののプレイできていないし夏休みが夏休みしてないし家は落ち着かないし頭痛いしで大変なのですが、何とか周りの人と和気あいあい楽しみつつ……とかやってるとまた半年が一瞬で過ぎてしまうあああああぁぁ……
みたいな感じの今日この頃です。
次回をお楽しみに!