Angel Beats!~ちょ、俺まだ死んでないんだけどオオオオオオオオ!!~   作:日暮れ

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久しぶりの投稿です。この章はあと一話だけ続きます。



それと、Angel Beats!PCゲーム発売正式発表おめ!!


His Memory③

 囁く声が聞こえた。

 

 他の誰に向けるのではなく、完璧に確実に俺へと向けられた囁き声。

 

 虫がカサカサと這いずりまわる様な気に障る声が、俺の耳の傍から鼓膜を伝い骨を通り340m/sの早さで脳を正確に貫いてくる。

 

 お前に護れるものなんて何一つない、と。

 

 それが夢であることに気付いたころには、俺は大量の汗を滴らせながら起き上がり、いつもの殺風景な光景を見渡していた。夢から覚めても何ら変わりのない光景を。

 

 ある程度落ち着いてきて、みんなが睡眠くらいはしっかり取れている、と思っていた。思いたかっただけかもしれない。

 

 四本足の獣が二足歩行できないのと同じように、希望と期待を失った俺の身体は、ガクンと力が抜け落ち地に伏した。

 

 カサカサと虫が這いずる様な音を響かせながら何度も何度も寝がえりを繰り返し、俺と同じように寝汗と涙で地面を濡らしながら自身の体と心に休息を強要する人たちの姿が、そこにはあった。

 

 

 俺が必死に護ってきたのは、こんなものだったのか?

 

 俺の頑張りは無駄だったってのか?

 

 

 ――じゃあどうすりゃいいんだよ。

 

 ここから出るには俺がしっかりしないといけない。

 

 恋愛? 友情? 好感度なんかいらない。ここじゃそんなもんクソだろうが。何の役にも立たない。求めてもどうにもならない。目の前にちらついたそいつを追いかけて、捕まえた時にはもう俺らは動かない肉になるだろう。

 

 女と恋をして腹が膨れるのか? 友と笑いあって喉が潤うのか?

 

 そんなもんを踏みにじって、人の思いを操ってでも、俺は救わないといけないんだよ。

 

 俺は――を、救わないといけないんだ。

 

 

―Day4―

 

「第一回チキチキ! 閉じこめられたトンネルでの恐怖体験きもだめしツアー!!(ドキッ!素敵な出会いもあるかも☆)」

 

 我ながら大それたことをしたもんだと、トンネル内に響くほどに大きな声を張りつつ思ってしまう。

 

「さぁさぁ始まりました、こんな時だからこそ沈んではいけない上げてこうぜテンジョンMAX!なこの企画でありますが! ルールは簡単、好きな男女でペアを組んでこの先にある壁にサインをつけ帰ってくる。これだけであります!」

 

 流石にここまで説明しただけあって、俺のもとには人が随分と集まってきた。

 

「さぁさぁ記念すべき第一号はどなたかな!」

 

 といいつつ、俺は近くにスタンバイさせてある五十嵐に目くばせする。

 

 流石にこんな状況じゃ、どんなに元気な奴でもきもだめしなんて色んな意味で空気の読めてない企画に参加しようという気にはなれないだろう。参加しようにも男女間のしがらみは払拭されていない。

 

 女性陣の人気の的であるらしい俺は幹事にまわっているし、三栗さんにも同様に幹事を頼んだ。わざわざ険悪な雰囲気の男性陣に声をかける人は少ないはずだし、そのまた逆も言える。

 

 そんなんじゃ、俺の目的は果たせない。

 

 だから、布石を打つ。

 

「あ、あァー! なんかおもしろい企画やってらぁ。どうだいそこのレ、レデー、オレと一緒に参加しないかい?」

 

「え? いや、まぁ別にいいけどさ……」

 

 ……五十嵐お前無茶苦茶棒読みじゃないか。女の子引いてるぞ。一応ちゃんとした作戦なんだからしっかりしてくれよ。

 

 まぁ五十嵐の大根役者っぷりはさておき、効果は出てるみたいだな……

 

「五十嵐くん参加するの?」

 

「三栗さんボクと一緒に!」

 

「ごめんねー私も幹事だから」

 

「あたしも参加しよう……かな。どう?」

 

「……まぁ、久々のデートと思えばいいかもな」

 

 五十嵐には三栗さんとは別に、開幕速攻に先陣を切って企画に参加するように頼んでおいた。こうすれば大なり小なり他の連中も参加はしやすくなるだろうし、空気がなごんでくれればなおOKだ。

 

「じゃあ、男子と女子分かれてくれ! 男子には俺が、女子には三栗さんからマジックを支給する!」

 

 ここで男女を分断し、軽いミーティングの時間を作ったのも勿論詳しい説明のため。ではない。

 

 素敵で綺麗な花の種を配るためだ。

 

「オイお前ら」

 

 俺は楽しみ半分めんどくさい半分な様子の男子に声をかける。

 

「このことは他言無用な。俺が女子をオトすための秘策を教えてやる――」

 

 

「確か、トンネルの出口の方にサインすりゃいいんだよな……ったくかったりぃ」

 

「私のセリフよそれは。なんでよりにもよってアンタなんかと……あ、あれゴールじゃない?」

 

「おぉやっとか。さっさと終わらせて帰んぞ」

 

 ・・・・・・

 

「……これ、は。ヒデェな」

 

「嘘……うそよ、こんな、こんなのって……このまま死ぬんだ、私。このっ、暗い中で。わだし、じんじゃうんだ」

「……ウァァァアァァァァアアァァァアン!!! 死にたくない! 死にたくないよぉ!! 私まだ、やってないこといっぱい――」

 

「……『そんなことねぇ』」

 

「……?」

 

「『俺がお前を外に連れ出す。こんな壁ぶち抜いてお前を陽のもとに帰してやる。だからそんな顔すんじゃねぇ』」

 

「……っ、アンタ、案外言う時は、言う、のね。」

 

「……一言余計だ。じゃ、サインしてさっさと帰んぞ」

 

「うん……」

 

 

「……あの」

 

「あ、何だ?」

 

「帰る時は、一緒だかんね? 責任もって私をずっと護ってよ」

 

「ぅ、お。おう」

 

 

 二組目が帰ってきた。腕を組んでぎこちなくしてるところを見ると、どうやら成功したみたいだ。

 

(……ありがとよ。あんたの世話になるのは癪だが、あのセリフ、結構効いたみたいだ)

 

 二組目の片割れの男が、わずかに耳打ちをしてきた。何を言うか。寧ろお礼はこっちがしたいくらいだ。ここまでやるとは思わなかったよ。

 

 ――そう、これが、俺の布石。

 

 昔何かの漫画で読んだ気がする。頭に溢れかえった感情は、少し衝撃を加えるだけで容易に恋愛感情に変わる。

 

 それでなくても、人間は危機的状況に陥ると本能的に子孫の繁栄のために異性を求めるらしい。

 

 俺はこのきもだめしのゴールを、初日に俺が見てきた出口の岩壁に設定した。

 

 俺だって激しい絶望を味わったんだ。それを見た時のショックは他の奴にとっても相当なものだろう。唯一の希望が消え、そして懸念していた絶望が一気に膨れ上がる。

 

 だが俺はさっき男女に分けた時に、男性陣にだけこの事実を前もって伝えた。そして、

 

『どんなにショックを受けても今から教える台詞を忘れるな』

 

 そう言ってそれぞれに見合った台詞を教えた。

 

 溢れかえった絶望を、この衝撃(台詞)で無理矢理恋愛感情に塗り替える。

 

 

 二番目の連中の仲が変わったのを感じてか、何人かがそわつき始めた。

 

 あのアドバイスがここまで効くとは思わなかったのか、尻込みしていた連中が突然順番を争い始める。全員とはいかないまでも、男女間の仲は急速によくなっていくだろう。

 

 「泥中の蓮」。どんなに汚れた泥の中でも清く正しいいままのものを言うらしいが、なるほどもってこいの言葉だ。

 

 清く正しいものほど、扱いやすいものはない。

 

 

「――今回はありがとうございました」

 

 俺はその日の夜、三栗さんに改めてお礼を言った。

 

 この日、以前から見られていた女子会は開かれず、それぞれがそれぞれのパートナーと夜を過ごしていた。

 

 全員恋愛関係に発展したか、というとそうでもないが(五十嵐含む)、これで男連中の雰囲気も和らぐだろうし、少しでも前向きになれるのならそれで十分成果は出た。

 

「……ううん。いいの」

 

 それでも、三栗さんは何か不満げだった。

 

 昨日俺に何かを言いかけた時の表情で、俺に咎めるような視線を送る。

 

「君は、誰を救おうとしてるの?」

 

 唐突に投げかけられた質問に、数秒固まってしまう。

 

「誰を、って」

 

「少なくとも、ここに閉じ込められて最初の時の君は、みんなを救おうとしてた。けど、今君の眼には何が映ってるの?」

 

 今俺の眼に映っているもの。

 

 心がざわつく。

 

「君、今日は安原さんの看病、他の人に任せっきりで一度も行かなかったね」

 

「それは……今日は忙しかったからで」

 

「見捨てたよね、安原さんを」

 

 心を揺さぶられる。

 

「素人の私が見てもわかる、安原さんはもう長くない。あと二日、助けが来なかったら多分死んじゃうよね」

 

「それを言い訳にして、安原さんを『みんな』から省いたの?」

 

「今の君は確かに『みんな』を救おうとしてる。だけどそれは何のために?」

 

 心の奥の錠に触れられ、奥の奴が怯える。ここに人が入ってくるのが怖いと嘆く。

 

「人の想いまでも操って、道具にして。一体何のために」

 

「みんな一緒に外に出るためですよ。それ以上の理由はありません。安原さんの件にしたって、妙な勘繰りを入れすぎです」

 

 では。と言って自分の寝床に戻る俺の背中に、三栗さんの泣きそうな声が降ってくる。

 

「あぜ道に何が転がってようと、それが自分に何か影響を及ぼすと思ったら迷わず踏み砕き歩く――そんな人の目をしてるよ、今の君」

 

「君は一体、何に怯えてるの?」

 

―Day5―

 

 この日は朝から騒がしかった。

 

 目覚ましの騒音ではない、もっとこう、悪意やら混乱やらが伝わる騒がしさ。

 

 いつもより最悪の寝ざめで見たその光景は、俺の予想と大きく反したものになっていた。

 

 トチ狂ったようなわめき声。

 

 殴られる男。転がるペットボトル。零れ落ちる水。わめく人。わめく人。わめく人。

 

「やめろ!」

 

 数秒の後状況を理解した俺はその騒動を収めようと中心に特攻していった。

 

「こいつがオレらの大切な水を盗み出しやがったんだ!!」

 

 声を荒げてそう叫ぶソイツは、自分がつかんでいた男を俺に差し出しつつそう言った。

 

 殴られ蹴られ青あざだらけの身体で、男はなおも数本のペットボトルを離そうとしない。

 

「……ふ、フハ。ハ。も、もうおしまいなんだよ……何もかも!!」

 

 その代わりと言うように、よだれを飛ばし俺に向かって大声で叫び倒す男。

 

「みんなも見たろ!! 昨日の出口!! あんなところから助けがくるわけがない! こいつは俺らから希望を取り去るためにあんな企画を実行したんだ!! 用意した台詞を言わせ、パチモンで安いパートナーを無理矢理作らせ、俺たちを騙そうとしたんだ!!」

 

「俺は見た! 昨日の夜こいつと三栗さんが話してるのを! 俺ら全員まとめて殺して二人っきりになるつもりなんだ!! 人気者のリーダー様は邪魔な女どもを他の奴とくっつかせて最後の思い出に思う存分三栗さんと乳繰り合いたいんだとよ!!」

 

 今度はみんなの方に向き直り、なおもそいつは声を張り上げる。

 

「助かるとでも思ったか? 何かが変わったと思ったか!? 何も変わんねぇよ! みんなここで死ぬんだからよォ!!」

 

 

 ――何を、何処で間違えた。

 

―Day6―

 

「……昨日、やらかしたんだってな」

 

 五十嵐が俺の隣で小さくつぶやく。

 

「俺は何もしてない……みんながわかってくれなかったんだ」

 

「お前、オレに言ったよな。『みんなを仲良くするために必要だから協力しろ』って。これがどうだ。今や誰も他の奴と喋りやしない」

 

「……俺にはもうわかんねぇよ、何が間違ってたのかなんて」

 

「オレにもそんなのわかんねぇよ。わかるほど頭がいいなら二回も留年してねぇからな」

 

「…………」

 

「だけど、あの時のお前の選択は間違っていた。見る相手を間違っていた。救うべき相手を間違っていた」

 

「お前はみんなを救おうとしてない、みんなを救うことで自分を救おうとしてたんだろ」

 

「だからみんなを顧みない。手段を選ばない。自分しか見てない」

 

「お前は、何に怯えてんだ?」

 

 そこまで話したところで、鋭い悲鳴が耳に届いた。

 

「安原さん……息してない」

 

 ――恐れていたことが現実になった。

 

 

 また失うのが怖かった。

 

 また護れないことが怖かった。

 

 奪われることが怖かった。

 

 そんな自分を救いたかった。怖がりな自分を救いたかった。

 

 もう昔とは違うって。誰かを救う力があるって証明したかった。

 

 だけど無理だったよ、初音。お兄ちゃんはまたダメなお兄ちゃんだった。

 

―Day7―

 

 もう誰も、動いている人はいなかった。かろうじて息をしていても、地面に突っ伏して死を待つだけ。

 

「ねぇ、おねーさんがお話してあげようか」

 

 どこからか三栗さんの声が聞こえた。返事をする体力もないので少しうめく。

 

「神様はさ、大勢の困った人たちを見捨てたり、酷いこともするけど……その分、必ずどこかで釣り合いのとれるように幸福を落としていってくれるんだよ?」

 

「神様は、そんなに悪い人じゃないよ」

 

「…………」

 

 じゃあ、初音の命で訪れる幸福もあるってことか?

 

 初音が死んで、俺は医者を目指した。

 

 なら、今の俺を生んでくれたのは他でもない、初音じゃないか。

 

 俺には初音に訪れた不幸の分の幸福を、誰かに与える力があるってことじゃないか――

 

 けど、どうやって。

 

 そこまで考えて、俺はポケットから一つのカードを取り出す。

 

「……何だよ、それ」

 

「……ドナーカード」

 

 ここの生活では、自分を救うためのここでの時間では最後まで役に立たなかった代物。だが自分ではない。今度は本当に、最後だけは、他の誰かのために――

 

「――へっ、ったく、お前はつくづく……」

 

「えへへ、思った通り。やっぱり君って結構、最高な人だね」

 

 言いながら五十嵐と三栗さんも、身分証の裏に最後の力を振り絞りメモを残す。

 

 他にも、弱々しいが確かに聞こえる、ペンを走らせる音。

 

 

「――見ろよ。お前のおかげで、さっきまで死んだ目をしてた連中が、誰かのためにこの一瞬を生きようとしてる」

 

「オレはそんなお前に救われたんだ」

 

「なぁ、聞いてんのかよ――」

 

 ――全部書けた。最後、あとは、俺の、名前。最後まで思い出せなかった、俺の名――

 

「――音無ィッ……!」

 

 ――音無、ゆずる……

 

 

 

 ……長い夢を見ていた。

 

 あの時、直井のヤローに無理矢理記憶を引っ張り出された時に出てきた男、音無弦結。俺は確かに少しの間そいつだった。そこまで鮮明な夢。

 

「……っとやべ、寝ちま――」

 

 頭を起こそうと力を入れると、温かな温もりに触れた。

 

 鏡のような瞳にあどけない表情。銀色の髪を漂わせる天使のように神々しい姿。

 

「……ただいま」

 

「おう、おかえり。立華」

 

おしまい

 




今回はいかがだったでしょうか。

失うことを恐れ、死に物狂いで自分を救おうとしてしまったこの音無君は、銀さんに助けを求めつつも、最後には結局銀さんの知らないところで勝手に正解を見つけ本当の意味でみんなを救い、報われて死んで行きました。

次の話ではその考察、次の章からはすこしづつですがメンバーの過去についても書いていきたいと思います。原作と大きな差異があるかもしれませんが、そこらへんはご了承ください。

来年も良い年でありますように。

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