Angel Beats!~ちょ、俺まだ死んでないんだけどオオオオオオオオ!!~ 作:日暮れ
彼がこれからどういう選択をし、誰を護ろうとし、何を成そうとしていくのか。
何を求めているのか――
必見です!
―Day2―
「……なんて言うか、お前って随分と献身的だよな」
俺たちが事故に遭ってから二日目の朝を迎えた。
といってもこの状態じゃ、外に日が昇ってるだの、ニワトリがコケコッコと鳴いてるだの、世話焼きの幼馴染が起こしに来るだの、そんな朝特有のイベントは一切起きない。ちなみに幼馴染って聞いただけで、窓から侵入してくるお隣の美少女が想像できちゃうのは、世界広しといえども日本人だけだと思う。
かろうじて残された携帯電話の数少ない使い道の一つであるところのアラーム機能が、七時きっかりに、トチ狂ったように空間を伝わり響き伝わりやがったのだ。
おかげで折角の睡眠時間を大いに削ってしまった。今度からアラームは解除だなと思ったのだが、どうやら俺とあと一人以外の皆様方は不安で一睡もできなかったらしく、この時間に起こされようが何の問題も無かったそうだ。
それどころか、むしろ朝が来たとわかる分ずっとマシというみんなの思いが、彼らそれぞれの携帯にアラームという形で宿ってしまい、結局、俺の睡眠は今後しばらく侵され続けることとなった。
みんな多数決の原理って知ってる? ホントは少数派の意見も尊重しないといけないんだよ? それができないから日本はダメになっていくんだ。
そんなわけで、間違って早起きして生まれてしまったこの時間で、健康チェックがてら連中一人一人の話を聞いてやる俺なのであった。
そんな状況を見てか、俺と同じく爆睡して眠りこけてた『あと一人』である五十嵐が手を貸す。
「……大丈夫ですか? 吐き気とかはありませんか?」
「え、えぇ。昨日よりは大分楽になったわ」
というか、俺から必要なことを聞き出して勝手に他の奴らの健康診断に行っちまった。何でアイツあんなにアグレッシブなんだよ。もっと沈んどけよ仮にも絶体絶命のピンチな場面だろ今。
そう彼に尋ねると、帰ってきた答えは結構意外なものとなった。
「ん、いや? これでも十分落ち込んだぞ? だからもう大丈夫」
「普通の奴はそこで大丈夫とはいかないんだけどな……」
「じゃあ、オレもお前も普通じゃないってことだな」
ニカッと、思わず擬音が聞こえてしまいそうなくらいさわやかな笑顔とともに送られる言葉。お前、図太すぎだろ……
「て言うか、お前があの時オレを助けてくれてなかったら……いや。お前に会ってなかったら、今だってそこの人らと同じように落ち込んだままだったよ」
「……俺、お前になにかしたか?」
「いいや。けど、なんて言うか、お前見てたらさ、自分の寝る時間まで惜しんで、みんなを献身的に診てるお前と話してたらさ、なんか無性に楽しくなってくるんだよ」
いや目覚まし誤爆しただけなんだけど……
「そうは言っても、まともに寝てたのオレとお前だけなんだぜ? 他のみんなは不安で眠れず、膝を抱えて丸まってたんだ。お前の言った通り、普通はそうなんだよ」
「まぁ、な」
「そんな中で不安をふっ切って、今自分にできることをやってる姿とか、なんつーか、すげぇって思う」
「……」
「不謹慎かもしれないけどさ、こんな、死の瀬戸際って瞬間になって初めて、琴線に触れたって言うか。なんかよくわかんねぇけど、なんとなく今、楽しいよ」
「そうか」
「あぁ。……そうだ、助かったら一緒に飲みにでも行こうぜ。良い店知ってるんだよ」
「いや俺未成年だから……というか、お前も学生だろ」
「恥ずかしながらオレ、二回ほど留年してまして……」
「失礼しました五十嵐さん。もう用が済んだのなら私も仕事がありますのでこれで」
「おいちょっとやめろよ大丈夫だから馬鹿は感染しないから距離置くなって!」
「……はぁ、イチゴ牛乳でなら付き合ってやる」
「おいおいイチゴ牛乳って、子供じゃねーんだから」
「あ? お前今イチゴ牛乳を馬鹿にしたな? ふざけんじゃねぇぞ人生ってのはな、とりあえずカルシウムとっときゃ全てうまくいくんだよ!」
「そのカルシウムがほとんどないんだが……」
「しゃーねぇ、石でも食うか」
「おい待て血迷うんじゃない気を確かに持て!!」
「――ぐぎゃああぁ歯が、歯があぁぁああぁぁあぁ!!」
「だから言っただろーがぁぁあぁぁあぁぁぁあ!!!!」
「ぶふっ……くっだらねぇ」
「牛乳か。私はちょっと苦手だな」
「あ、ワタシもだよ。給食の牛乳とか、いっつも残してた」
「え、給食に牛乳出るの?」
「え? 今は出ないの? 時代の流れってすごいね……」
「今のすごくオバサンくさいっすよ」
「あ、ひどいなぁ。君も石でも食べてると良いよ!」
「なんだなんだ、何の話?」
「えっと、給食の牛乳はアリかナシか。だったはず!」
「え、そんな話だったっけ」
「アリでしょ!」
「えぇーナシだよ」
怒声と笑い声と、あと主に俺の叫び声と。
それらが他の奴らにも波及したのか、周りは、騒がしくて賑やかでうるさくて、笑いが絶えない。この日のここは、そんなどっかで見たような、懐かしい空間に染まっていった。
―Day3―
最近、肩がこる。
こういう状況に陥ったからかはわからないが、知らず知らずのうちに疲れが溜まってきているのかもしれない。このままじゃ気晴らしなんて期待できないし、寝るっつってもこのいつ切れるかわからない緊張の糸の中じゃ、取れる疲労も簡単にはとれない。これは必然だ。我慢するしかない。ないんだけど……
気のせいか、今日は特に落ち着かない。
「はい、これでもう大丈夫です」
「ごめんなさい、毎日毎日……」
「こんな時はお礼の方がいいですよ。男はそーいうのにグッとくるもんです」
「……そういうもんかな?」
「そういうもんです。折角、御綺麗なんですから」
「……君、結構言うねぇ。ちょっとときめいちゃったぜ。実は女ったらしだったりするの?」
「い、いや。別に……」
「ふふっ、冗談だよ……ありがとうございます!」
「ど、どういたしまして」
それでも、みんなのケアだけは続けている。
医者ではないとはいえ、医療の知識を持つのは、この中で俺だけだ。俺が止まってしまったら、その時点でみんなが終わるんだ。気合いを入れなおせ。
食料の管理だって欠かせない。最初は三日もつかどうかだった食料や水も、丹念な電車の捜索によって少しづつではあるが増えてきている。
怪我を負ったみんなも、もう安心できる程度にまで回復してきている。
ただ一人を除いて、ではあるが。
「具合は、どうですか」
「あ、あぁ……大事ないよ」
安原さん。
この事故で、もっとも重い怪我を負ってしまった人だ。右腕は動かず、右目は簡易な眼帯で覆われている。おそらくではあるが、外傷だけでなく臓器にまで深い傷を負っている。立つことも這うこともできずに、この三日、電車から無理矢理はぎ取ってきたシートに座ったままだ。彼だけが一向に良くなる気配がない。
「もうちょっとの辛抱です。すぐ助けが来ます」
「すまない。平気だよ、いつも悪いね……」
「……」
どうみたって平気じゃない。
彼の針金のような笑みは、いつも俺の心を締め上げる。
……そもそも。
この状況で、彼に満足な処置が出来るはずもないのだ。安原さんには水も食料も、僅かではあるが、みんなの了解を得て、多く配分している。それでも普通の病院の四分の一あればいいほうで、当然、身体は弱っていく。
道具も水も食料も。本来の適量を満たしきれていない。
「過ぎたるは猶及ばざるが如し」とは孔子が言った言葉であるが、こうもこの言葉に物申したい気分になったのは生まれてこのかた初めてだった。
そんなものは、及ばない気持ちを知らない馬鹿の戯言だ。
早く助けが来なければ。手遅れになってしまう。
ともあれ、今のところ目立ったことは起きていない。
安原さんの容体も、おそらく今すぐに悪くなるものではないし、食料も水も、あと二日はもつだろう。揉め事も起きていない。みんなの関係も良好だ。と思う。
ほら、今だってあそこで集まってみんなで話をして――
……?
俺がそこに目を向けた瞬間、何故か、話していた人たちと目が合ってしまった。
慌てた様子で目をそらされたが、気がつけばそこから妙な視線を感じる。
隠そうとする作為が込められた、不自然な視線。
何? 何なのこれキモチワルイ。俺なんかしたっけ? 一人だけグースカ寝てたから? いびきとかうるさかった?
★
「――あぁ。そういや昨日から、女の人たちはあーやって集まって話すことが多くなったな」
五十嵐が言うには、昨日の夜――というか今日の深夜も、眠れない女性陣が集まり、いわゆるガールズトークをしていたんだとか。
言われてみれば、よく見るとあの輪の中には男がほとんどいない。事故に遭った女性陣全員が、空間のど真ん中に大きな集団となってガヤガヤ言ってる姿は、やけに異様というか、こんな状態だからか、悪目立ちしていた。
しかし五十嵐。あぁも集まって彼女らは何を話してるんだ?
「しらねぇよ。『
「……ここから出たら、良い奴紹介してやるから」
「ホント!? どんなやつ!?」
「立ち直り早っ!」
こんだけ期待されたら紹介しないわけにもいかないじゃないか……誰にしようか、金髪ツインテのあの娘とか紫カチューシャのあの娘とかどうだろう。なぜかこの話ししたら殺されそうな気もするが。
てか、今はそれよりやることがあるんだよ。
俺は、彼女らから感じた妙な視線について知りたいんだ。なんて言うか、放っておいたら後々面倒なことになりそうで。
そう、五十嵐に伝えると、何故か何の疑いも持たないような顔で女子の集団の中に突っ込んでいった。
アイツ、メンタルすげぇな……
しばらく、というか、数十秒もしないうちに五十嵐が思いっきり肩を落としながらとぼとぼと帰ってきた。
「……今度はなんて言われたんだ?」
「『えー……オジサンにはちょっと教えられないかな、ゴメンネ』って……」
「まぁ、妥当だな」
「お前わかってて行かせたのか!?」
「お前が止める間もなく自分から行ったんじゃないか」
「おぉそっか、すまん」
「納得しないでくれ……むしろ罪悪感が湧く」
まぁそれはいいとして。
圧倒的女性比率が多いあの空間ではあるが、一応男子がいないわけではない。
ちらほらと暇を持て余したチャラい男連中が「飛んで火に入る夏の虫」の如く突入していって、打ちひしがれて帰ってくる姿を、俺はさっきから観察の途中に見つけて来ているのである。
そして、そいつらから俺への視線にも、嫌でも気付いてしまう。
あの輪からの視線とは違い、明らかな敵意が込められた視線に。
俺あいつらに何かしたかな……?
それは置いておくとしても、今度は五十嵐だ。
あくまでもあの男どもは、話に着いていけずにやむなく自然と離れていくように見える。五十嵐と違い、明確な拒絶はされていない。
あいつらは良くて、五十嵐がダメな理由って何だ?
「……やっぱ歳か? 五十嵐がオッさんだから……」
「ねぇ。何でお前といい、オレと関わる奴はみんな、さながら神から授かった天命のようにオレを傷付けにかかるの? 義務なの?」
「よくわかったな、国民の四大義務だ。①納税、②勤労、③子供に教育を受けさせる、④五十嵐への誹謗中傷」
「国ぐるみでいじめられてたのオレ!? 再審だ再審、もしくは控訴を要求する!」
「却下、
「オレに権利はねぇのか!」
そんな五十嵐は放っておいて、俺は今日あったことをまとめにかかる。
が……まだ情報が少ない。仕方ない。
それなら、ちょっと事情聴取に行ってみようか。
★
「今は……二三時、五十分」
流石に三回目の夜なこともあり、みんなの雰囲気が前よりずっと和やかなこともあり、この時間に睡眠をとっている人も多くなってきた。
昨日から目になじんでいたガールズトークも、どうやら今日は休みらしく、みんなの寝息が空気を伝い聞こえてくる。
「――わざわざすみません、こんな時間に……」
「ううん。いいの、君には助けられっぱなしだし」
目の前の女性は、
俺たち、事故にあった面子の中で、女性陣最年長の人だ。
……といっても、ほとんどが学生な俺らの中で。ではあるから、特別歳をとってるわけではなく、むしろ身につけている大人びた装飾品やスーツが浮いて見えてしまうほどの童顔美人だ。俺の見立てではおそらく23、24くらいだろうか(正直、制服を着けさせれば高校生といっても通りそうであるから、当てずっほうだ。彼女の言動を読み取ってみたら、多分この辺りだろう)。
陽の射さないこんな空間で、恒星の如く光り輝きみんなを照らしてくれる素敵な女性だ。状況が状況であるから、ふとした瞬間理性が爆発しそうになる。落ちつけ俺この歳で犯罪者なんて人生終わってしまうじゃないか。
そんなんだから男性陣の中では人気があり、男たちのアイドルとして本人の知る由もないところで活躍してもらっている。変な意味でなく。
あとこれは何よりも言っておかねばなるまい。男どもよ喜べ、おそらくお前らが期待していた通り、彼女は巨乳だ。ロリ巨乳だ。
「それに、こんなときにお礼を言われた方が、女の子はグッとくるんだよ?」
こんないかがわしい思考をフルで行っている俺に、彼女は優しい声をかけてくれる。まさに女神。てかどっかで聞いた台詞だ。
「はい。ありがとうございます」
「うん、どういたしまして。で、用って何かな?」
「いや、えっと――」
「呼び捨てでいいよ、三栗って呼んで?」
「え。じ、じゃあ三栗……………………さん」
「あははっ、まぁいっか。なぁに?」
……なんか調子狂うな。
「三栗さん。あの、結構変なこと聞いちゃうんですけど……」
「うんうん」
「……いつも、女性陣とのガールズトークで何を話してるんですか?」
「――え?」
この時の俺は失念していた。
何故、
この光景を客観的に見ていたらまるで……会話に入る勇気のない非リア充男子が、話しかけられた時に話題を合わせられるようにと情報集めに必死になってるみたいではないか。
はっきり言うと、中々にきもちわるい。
「――いや、えっと!! 決してあのそーいう浮ついたことじゃなく!」
「……じゃあ、何?」
やべーよこれ絶対勘違いされてるよ。色々と可哀想な子だと思われてるよ! 三栗さんの笑顔な視線が痛いよ!!
「あの! 最近そちら側からの視線を感じて……それで。いやそれでっていうかそれだけなんですけど、別にそれは問題じゃなくて。男性側の数人がギスギスしてることもあってなんですが――ええと」
「……」
これを放っておいたら、後々面倒なことになりそう。そんなただの予感を、目の前のほのぼの系天然箱入りお嬢様みたいな女の人にどう説明したらいいんだ。
そんな俺の意図を察してくれたのか、ポン! と手を叩いて電球を出してひらめいてくれた様子の三栗さん。見えないけどね電球なんか。あったら重宝するけどねここじゃ。
「……わかったよ! うんうんもう大丈夫。心配しないで、全部伝わったから」
「ホ、ホントですか!? 流石大人の女性は違う!」
「やーあはは。照れちゃうな、そんなに褒められると。えーと、要するに……」
少し気恥ずかしそうに頬に触れながら、三栗さんは口を動かす。
「もっと女の子と仲良くなりたいんだよね!」
「俺の褒め言葉を返せ!!!!」
あれー違った? と笑いながら話す三栗さん。どうやらガチだったらしい。
天然お嬢様は大人になっても天然でお嬢様だった。おかげで一瞬素に戻っちまったよ。
「いや、ね? 別に秘密ってわけじゃないから話してもいいんだけど……聞いてきたのが君だったから」
「? 俺に聞かれるとまずい話だったんですか」
「うーん、まーまずいというか何というか」
珍しく口ごもる三栗さん。まぁ、俺もまだ、このほぼ三日の間の彼女しか知らないんだけど。
にしても、俺に聞かれるとまずい話か。だから、俺と仲のいい五十嵐はあそこからハブられたんだな。後でちゃんと教えておいてやろう。五十嵐のあんな哀れな姿は一度見れば十分だ。
「で、俺に聞かれるといけない話って……あの、ええと。陰口、とかですか? 俺なんか嫌われるようなことしてました?」
「ううん、むしろ真逆だよ」
真逆、ってどういうことだろう。そう三栗さんに尋ねると、彼女はゆっくりと少し申し訳なさそうに話を始めた。
「えっとね、女の子の中の数人が、君のこと結構イイカンジだなーって。そういう話」
「……? イイカンジ、って言うと」
「うん、なんて言うか……好き、とか?」
「あー……」
ようやく、あの時の男子の視線の理由がわかった。嫉妬か。ざまぁ。
「ホラ。君って結構、イケメンでしょ? 目は死んでるし、時々変なことし出すけど。だけど、熱心に看病してくれる姿とか、わかりにくいけど確かに優しい態度とか、そういうところ女の子的に評価高いみたいで」
「……ありがとうございます」
悪い予感はこれだったのか。
恋愛による男女分裂。女子がそれで仲良くなっても、男子はそれで険悪になる。仕舞にはそれが女子にも伝わり――
道理で、アイドルグループとか会社とかが恋愛禁止にしてるわけだ。何というか、一概に悪いと言えないあたり、普通の喧嘩より厄介だ。
「……というか、女性陣の何人かは彼氏持ちじゃ……? 実際、カップルでここに閉じ込められちゃったって人達もいるみたいだし」
「んーそこなんだよねー。君って結構、罪な男の子だね♪」
「そんなにこやかに言われても……」
でも確かに、この状況での恋愛は罪以外の何物でもない。下手したらカップル間の関係も悪くなって俺に火の粉が降りかかりそうだ。これ以上行ったら罪どころか『詰み』になってしまう。
「明日中に、何とかしないと」
「……」
この問題を解決する方法……まぁ、そんな難しくない。こんな時は先人の知恵を借りればいいのだ。
「目には目を。歯には歯を。」ならば、罪には罪を上塗りすればいい。
「ありがとうございました。こんな夜遅くに話を聞かせてもらって」
「ううん、かまわないよ。それより……」
「何すか?」
「ええと、大したことじゃないんだけど。すごいな、って」
……すごい。って、何だ?
「同世代の女の子から好意を寄せられてるって知って、そうしてる人なんかまずいないと思うよ? みんなソワソワするか、照れて俯いちゃうか、お調子に乗って話しかけに行くか、とか」
「……どうやら俺は、普通じゃないみたいなので」
「あはは、そうかも。君も、五十嵐くんだったっけ? 彼も、ちょっと変わってるよね」
「俺から見れば、三栗さんもかなり普通じゃないですよ?」
「えー私は普通だよー?」
いやこんな状況でそこまで和やかに笑いかけられたら流石にちょっとびっくりするぞ……
そう伝えると、
「あ、それはアレだよ。君らのおかげ」
なんてことないように、そう返された。
「?」
「君らの、馬鹿みたいにはしゃいでる姿見てたらね。自然と笑えてくるんだよ。こんな状況なのにさ。変だよね?」
「さらっとキツいこと言いますね……」
ほのぼの系天然箱入りお嬢様の称号に毒舌も付け加えないといけなくなってくるでしょうが。
「それに、私と君とはやっぱり違うよ。良い意味でも、悪い意味でも」
「? あの――」
「君、ホントに喜んだりしないんだね。女の子が自分のこと好きって言ってるのに」
――何だ? 三栗さんは何を言おうとしてる。
「私ね、これでも大学では心理学専攻してたの。ちなみに首席入学首席卒業!」
……へぇ。三栗さん、ものすごく勉強できるんだな。なんだか今の彼女からは想像もつかないぜ。
「す、すごいですね……ちなみにどこの?」
「オックスフォード」
「へーそーですかーすごいですねー、あのオックスフォーdオックスフォード!!?? 何かの間違いじゃ、ホントはコックサンフォアード大学とか!!」
「コックサンフォアード? そんな大学無かったと思うけど……」
俺だって知らないわ。何だコックさんフォアードって。何厨房放り出して戦地に特攻してるんだこいつは。仕事しろよ。
「なんだか興味深いね……その人が職場を放棄してまで戦場に向かわざるを得ない理由はなんだったのかな? 戦地に貴重な食材でもあったのかな? あは、何だか漫画みたい」
「いやむしろ戦地に大切な人がいてそれを助けに行く、みたいな展開が燃える――じゃなくて、コックサンフォアード大学はもういいんです!」
それより……ガチなのですか?
「うん」
「……いやいやいやいや絶対なんかの間違いだ」
「およ? 私の言うことが信用できないのかな?」
逆にあなたの言うことだから信用できない。あんまりにもポワポワな雰囲気してるもんだから信じるに信じられないのだ。「狐につままれる」とはまさにこのことか。
今だって俺は『ごっめーん、オックスフォード大学じゃなくてフォックスワード大学の間違いだったよーあはは』と三栗さんが言ってくれるのを待っているんだ。てかフォックスワード大学って何だ。右手に異能をかき消す特殊な能力を持ったウニ頭の青年が講師でも務めてるのだろうか。というか独り言多いわ妄想が膨らむやばい動揺してるマジその幻想をぶち殺したい。
「……ないな」
「む。君って結構、頑固だね。本人がそう言ってるのに」
「う。じ、じゃあ。俺が問題を出します。出題は……そうだな、英語から。それに答えられたら全部信じましょう」
「お! おもしろそうー」
なんて乗り気なんだ……だが負けない! 全力で行かせてもらう!
問題はこれだ! 大学の模試の時に俺がどうしても解けなかった奴だ! 解けた時のすっきり感と解答者を小馬鹿にしたような雰囲気漂う完璧な問題! これが解けるか!
「I never saw a saw saw a saw. 日本語に訳すと!?」
「『私はノコギリがノコギリを切るのを見たことがない』」
「あっさり解かれた!?」
ええーこんなの簡単だよー、と零す三栗さんを尻目に、俺は十八年の記憶を必死に掘り返す。てか記憶ない設定じゃなかったっけ俺、何でこんな問題とか憶えてんの? 何というご都合主義。
……そうか、そうだ! 三栗さんはあのオックスフォード大学に行ってたんだぞ!? それなら英語なんて楽勝じゃないか! 日本人に『五月蠅い。これ何て読む?』って聞いてるようなものじゃないか! 解けて当然。ちなみにこれは『うるさい』と読むよ! いや誰に話してるんだ俺それより次の問題を……
「ていうか、その理屈で言うと君、私がオックスフォードに行ってたこと認めちゃってない……?」
「なん……だと……!?」
ま、負けた……俺が?
「す、すごく頭いいんですね……どこの大学に行ってたんですか?」
「だからオックスフォードだってば。君、さり気にまだ認めてないでしょ」
ちっ。バレたか。
「まぁこの話は置いといて。えと、何の話でしたっけ」
「もういいよ別に……あ、だけど一つだけ聞いてもいい?」
「何ですか?」
三栗さんは軽く手を合わせて質問をしてくる。
「好きな飲み物とかって何「コーヒーですね!」食い気味で!?」
だって仕方ないじゃないか。コーヒー大好きなんだもん。泥水とか言う奴は死んでしまえばいいんだ。
「君、前は牛乳好きじゃなかったの?」
「いやいや、俺は根っからのブラック派ですよ。甘い物とかは少し苦手で」
「……そう」
「そんなの聞いてどうするんですか? もしかして心理テストの一環だったとか」
「ん。まぁ、そうだったんだけど、ね」
何でそんな含みのある感じなんだ? 何か変なこと言ってるか? 俺。
「あーもう普段しないツッコミまでしちゃったよー……――ん」
そんな思いに気付いたのか、三栗さんは落ち着き払った言葉を零す。
「……気をつけてね」
気をつけて、って?
そう聞こうとした時の三栗さんは、その感情をどう言葉にしていいかわからずに、一言に全てを集約して、俺に何かに気付いてほしいような表情をしていた。俺の聞きたいことは、彼女が今、一番知りたいことらしい。
「――はい、わかりました。改めて、ありがとうございます」
「いやー、お礼言いすぎだよ。じゃあおやすみ。また明日もよろしくね」
「はい。おやすみです」
さてと、俺も寝るか……
「あー! ちなみに私は給食に牛乳はナシ派だよー?」
何の話だ。
★―次回予告―
「えーさてさて。この急に始まった謎の電車事故編も、ついに残すところあと一話なのでありますが」
三栗「いやーさみしいね。私なんか多分次で出番終わっちゃうよ? みんな私の名前覚えてくれたかな。『みぐり』じゃないよ? 『めぐり』だよ?」
「そろそろ本気で読者に怒られそうな気分なので、ポンポンポンと進めたいんですが……何というか内容が内容なだけあって、ね」
三栗「内容が無いよう? えーと、私はここで笑えばいいのかな?」
「いやダジャレじゃないしそのようなカンペは出てませんからそんな生きる価値なしの虫けらを見るような渇いた愛想笑いはやめてください」
三栗「川宮三栗です! 趣味は他人の新しい部分を見つけること! 特技は料理! 彼氏はいません!」
「どしたんですかいきなり」
三栗「いや、出番増えるかなって」
「何でそんなとこだけガツガツ来るんですか……」
三栗「私って結構、でしゃばりだね! それはそうと、次回はついにHis Memory完結話、パート③です!」
「お楽しみにー」
おしまい
連続投稿第三回いかがだったでしょうか。
今回はかなり長くなってしまいました。書きたいことが多くて多くて……
次回は来週中に投稿したいと思います! 楽しみにしてて下さいね!