青年が奇妙な人物と出会ってから三日後、二人の姿はとある空き家の中に見受けられた。
家の台所には青年が料理を作っている所が、そして寝室のベッドには翼の生えた人物が眠り続けていた。
「今日でもう三日くらいになりますね・・・、もうそろそろ目がさめてくれるといいのですが・・・。」
自分の命を狙ってた人物を同じ家に居させて、のん気に食事の支度をしている青年。
とその時、突如客人の眠っている部屋からものすごい物音がしたのである。
「おや・・・どうやら彼が目覚めたようですね。」
火をかけた鍋をテーブルに置き、のほほんとした顔で寝室へ向かう青年。
寝室ではベッドの脇で先ほどの人物が倒れていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
どうやら気がついてすぐにここを立ち去ろうとしたらしいが、体がついていかず倒れたようだ。
「いけませんね、今のあなたの状態で外に出たらすぐにまた倒れてしまいますよ。」
再び彼をベッドへ持ち上げようとする青年、その人物は明らかに敵意を持った目で青年をにらんでいる・・・。
「・・・どうやらまだ私を狙っているようですね、そんなに私の命が欲しいのですか?」
「・・・・だ?」
「え?」
「何故私を助けた・・・?私はお前を殺そうとしたのだぞ!!」
「・・・やっと口を開いてくれましたね、なかなかいい声をしているじゃありませんか。」
「答えろ!何故お前は私を・・・!?」
青年はしばし沈黙した後・・・こう答えた。
「あなたの髪と目が気に入ってしまいましてね・・・。」
「何・・・?」
「それであなたを死なせたく無くなった・・・それでは不満ですか?」
「当たり前だ!!誰がそんな理由を信じるか!!」
「そう言われましても・・・理由は本当にそれだけなのですが・・・。」
相変わらずのほほんとした顔で翼の生えた人物を見つめる青年、
目を細くしていたがその輝きは全て真実を言っている目であった。
「だとしたら・・・。」
「?」
「だとしたら・・・お前は相当の馬鹿だな、自分を殺しに来た相手をそんな理由で助けるとは・・・。」
「・・・確かに、そうかもしれませんね・・・。」
再び二人の間に沈黙が流れる・・・。
「・・・本当に・・・他意はないのか・・・?」
「・・・はい。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
その会話の後、翼を持った人物の目に涙が浮かぶ・・・。
「・・・初めてだ、お前のような人間は・・・。」
「私のような馬鹿が世に何人もいたら、それはそれで困った事になるでしょう。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・そういえばまだ聞いていませんでしたね、あなたの名前、なんと言うのですか?」
青年は再び翼を持つ人物に対して声をかける。
「・・・名前など無い。」
「え?」
「ただ人を殺す為に創られた私に、名前など与えられるはずも無い・・・。」
「・・・それはまずいですね。」
そう言ってため息をつく青年。
「・・・せっかくこれからずっと一緒に暮らすというのに名前が無いというのは・・・やはり困りますね。。」
「一緒に・・・暮らす?」
青年の言った言葉に今まで以上の驚きを見せる翼を持つ人物。
「冗談も休み休み言え!どこの世界に自分の命を狙った奴を助けた上に、一緒に暮らすなどという奴が・・・!」
「とりあえずあなたの目の前に一人・・・ですかね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
そして青年は少し考え込み、やがて何か思いついた様に口を開いた
「そうですね・・・あなたとあった日の夜、綺麗な月が出ていましたから・・・ユエというのはどうでしょうか・・・?」
「ユエ・・・?」
「ここから遥か東方の地、私の母が生まれ育った国で月を意味する言葉です。私の最も好きな言葉の一つですよ。」
翼を持った人物は驚愕していた。
自分は創られてから今までずっと他人とのふれあいを持ったことが無かった。
自分を創った人物にしても、暗殺の依頼を受けた時以外はずっと薄汚れた部屋の中へと自分を閉じ込めてばかり・・・
二人の間に情など存在しなかった。
それが・・・わざわざ自分が殺そうとした人物が一緒に暮らすなどといい、更には名前まで付けてくれた・・・。
今までに無い事に、彼の心には今まで無い物が生まれ始めていた・・・。
「・・・お前は・・・?」
「え・・・?」
「私に命令をした奴からはお前の顔しか見せてもらっていない。お前は人に名前を聞いておいて、自分は名乗らないのか?」
「おっと・・・これは無作法をしてしまいましたね・・・。私の名はクロウリード・・・当てのない旅を続ける魔術師です。」
「クロウ・・・。」
そういって青年の名を口にした彼の目に、もはや敵意は無かった・・・。
「さあユエ、早くベッドへとお戻りなさい。さもなければずっとここに足止めを喰らう事になってしまいますから。」
「・・・わかった。」
そう言って自分でベッドへと向かうユエ。
今の彼の中にはクロウに対する殺意など無く、むしろ彼とずっと一緒にいる事が出来るという事実に安心を抱いていた。
初めは暗殺者と、その標的であった二人・・・。
どういう因果か、その二人の間に今、家族の絆というものが生まれた。
そして、魔術師クロウリードの伝説は、この出会いから始まったのだった。