真・恋姫で地味ヒロインの妹してます   作:千仭

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気が付いたら随分と文字数が伸びたことに愕然。

拙い文章ですが、楽しんでいただけると幸いです。

それではよろしくお願いします。


会談前

あれから黒蓮たち公孫軍は負傷者と捕虜を残し、そのまま南下を再開した。だが兵たちの疲労は濃く、いつもより遅い進軍速度であった。それでも劉備たちの義勇軍の進軍速度より速く、義勇軍はついていくのがやっとであった。

 

もろに正規軍、それも精兵との力に差を見せつけられた劉備たちはやはり諸葛亮たちの判断は正しかったと理解した。

 

そしてその道中では偶発的な戦いはあるが、全ては精鋭である騎馬軍団が蹂躙、官軍の集合地点に一直線で向かう。彼女らがそこにつくと、多くの諸侯の旗が並んでいた。袁紹、曹操、袁術、孫策と言ったものに加え他にも名も知らぬ者たちまで揃っていた。

 

そしてそのことを理解していた白蓮はそのまま堂々とその一角に陣を取り、その足で官軍である官軍総大将皇甫嵩のいる天幕まで向かった。だがその道中、曹操の軍に袁術、特に孫策の軍には負傷者や一息ついているような兵たちの様子……そこから黒蓮は何か大きな戦いが起こったと感じ取っていた。

 

「幽州啄郡太守、公孫仲硅が参りました」

 

そう何代将軍の下で礼をし、しばらくその戦果や報告と言ったことをしている間、一方の黒蓮は他の勢力の天幕へと向かっていた。

 

その他勢力とは曹孟徳率いる軍であり、とりあえず白蓮との会談のためのアポと実際の陣の様子を見るために自ら向かった。

 

その所で問題が発生した。

 

「貴様、一体何者だ」

 

「幽州啄郡太守、公孫仲硅の配下、姓が公孫、名は越、字は仲珪だ。こちらは曹孟徳殿が率いる軍で間違いないか?」

 

「ああ、そうだ。私は華琳様の配下である姓が夏侯、名は惇、字は元譲である。それで我が主に何用か?」

 

そうあのイノシシのような曹操の配下、夏候惇である。その長い黒髪、恥ずかしくないのかと問いたいほどのスリットがが入った赤いチャイナ服の猛将。事実相対した黒蓮は彼女のことを野生のような勘を持ち、まるで闘氣を隠すことのない溢れんばかりの様子に武人としての警戒心を抱いた。そしてその逆の夏候惇も抜き身のような黒蓮の鋭い氣に一切自分の闘氣に怯まない自然体の様子に野生の勘が自然と警戒感を発する。

 

彼女が動の氣を発するのなら相対する黒蓮は静の氣を発する全く正反対の武人であった。

 

そのことが自然と二人の周りを圧迫し、気が付くと周りは一切の手を止め、二人の成り行きを気にし、固唾をのんで見ていた。

 

「我らが啄郡太守、公孫伯珪が貴殿の主である曹孟徳殿との会談を望んでおられる。そのことについて話をしに来た」

 

「会談だと?」

 

「ああ、今回の戦のことやその後のことなど話すことが多くあると思うのだが……」

 

「うむ……」

 

そのことを聞いた彼女が黒蓮の前で腕を組み、う~んと唸りながら考え出す。

 

「私には難しいことは分からん!だからそのことは華琳様には伝えておこう」

 

「了承した、頼むぞ。元譲殿」

 

そう答えた彼女に少し落胆した黒蓮だったが、これは史実ではないことに再認識した瞬間でもあった。あの時代、本物の夏候惇なら厄介極まりないと考えていた黒蓮はこの夏候惇なら付け入る隙もあると感じていた。だがそれよりも彼女の武を感じて演義での夏候惇に近いのではと判断する。つまりそれは武に秀でていると言うことを意味する。

 

そうして一回目の邂逅をはたしたが、立ち去ろうとしたところ今度は異なる女性の声に立ち止まる。

 

「姉者、この者は?」

 

「おお、秋蘭か。こちらは公孫家の仲珪殿だ」

 

「あの幽州一の武人の……」

 

「うん?そうなのか?」

 

「ああ、公孫家にその人ありと言われる程の武人だ」

 

黒蓮のことを噂にしろ知っていると言う夏候惇と同じような青い服の彼女は夏侯妙才その人である。背中に弓を背負っている限りこの世界でも弓の名手なのは疑いようもなかったし、姉の夏候惇と比べるとその眼は知性的であった。

 

「話しているところ悪いが……元譲殿この方は?」

 

「おお、すまんすまん。こちらは私の妹である……」

 

「姓が夏侯、名は淵、字は妙才だ。よろしく頼む」

 

「こちらこそよろしく頼む。今回は貴殿の主である曹孟徳様との会談を開きたいため、こちらに来た」

 

「なるほど……すぐにでも?」

 

「いや、今は私の姉は官軍の方にいる。差支えなければ夕暮れにでもよろしいか?」

 

「了承した、華琳様にそう伝えておこう」

 

「ありがとう……妙才殿、少しいいだろうか?」

 

「なんだ?」

 

「貴殿らの兵、多くが負傷しているように思えるが……」

 

そこで黒蓮は思い切って彼女ら軍のことに躊躇なく踏み込んだ。そしてその事を聞かれた夏候淵の顔から笑いが消え、彼女からも油断ならぬ氣が発せられた。

 

黒蓮side

 

「貴殿らの兵、多くが負傷しているように思えるが……」

 

そう私が口にした瞬間に夏候淵の空気が変わる、どうやら彼女の警戒心をさらに引き上げてしまったらしい。姉とは違う張りつめた氣が発せられた。

 

「……ふむ、貴殿は会談のためにこちらへ来たのではないのか?」

 

「ああ、そうだが……何、これから共に反乱を鎮圧するんだ、我々は情報交換の必要があると思うが?」

 

「確かにその必要はある、だがそれは会談で話し合えばいいと思うが?」

 

暗にそれ以上こちらに踏み込むなという彼女の警告に私は曹操軍に被害が出るほどの戦いがあったと悟った。恐らく私たちが戦った張曼成以外の後の二軍と戦り合ったのだろう、そしてこの様子じゃ同じように死兵となり、損害が出た。

 

だからこそこちらも手札を一枚切る。それは曹操軍だけがそうではないということを示すために。

 

「戦場では知らないことが危険を呼ぶことになる。だがそれは指揮官の怠慢だと私は考えるが……そう、我らの様にな」

 

「ほう……」

 

私がそう言うと彼女は驚いたようにこちらを見た。そして姉の夏候惇に何かを言うとすぐさま夏候惇はどこかへ行った。

 

「ではそちらも三軍のどれかと?」

 

そして私の話に乗った彼女に心の中で安堵した。相手はこちらを敵対するだけではなく、情報交換する、あるいは交渉のできるような相手と認識したらしい。まずは第一段階のアポと顔を知ってもらうことでの交渉ルートができた。

 

「こちらは張曼成の軍と戦った。勝利はしたがこちらもそれ相応の被害が出たところだ、貴殿らのようにな」

 

「そうか……だがこちらの兵と違い、負傷者が少ないように見えたが?」

 

どうやら既にこちらの情報もしているらしい。着いてからまだまもないと言うのにこちらの様子を知っているような感じだ。いや、実際にしているのだろう。誰の指示かわからないが情報収集の手がこんなにも速く回っていたとは思いもしなかった。

 

そのことに数段階警戒レベルを上げる。

 

「歩兵の戦力は代わりがいてな。ちょうど同じ場所にいた義勇軍の奴らを利用しているに過ぎない。正規兵は既に国境へと向かっている、代わりの奴らはただの消耗戦力に過ぎない」

 

「羨ましいな、消耗できるだけの戦力がいて。こちらは代わりがいないから兵たちに無理をさせている」

 

「お互い様だろう、歩兵はともかく両騎兵隊の全てに無理をさせている。日頃の出兵に加えて今回の反乱。如何に精兵とは消耗は避けられん、精兵に代わりはいないと言うのに」

 

「然り、こちらも兵を次の戦でさらに失うだろう。調練に時間をかけることができん、だが兵が足りんのはどこも同じか」

 

「そちらの方がまだましだろう、こちらは辺境。常に実働状態だ、戦力の無駄遣いは本来できんはずだが……それに朝廷はさらにこちらの防衛費削減を切りだしてきたからな」

 

「そうか……その、辺境はまずいのか?」

 

「深刻だ、漢が弱体化すればするほど異民族は手を出してくる。我らは防衛や支援先として幾分の異民族との協定を結んではいるが、それがどれだけ持つか」

 

愚痴のように零した私の言葉に夏候淵は気まずそうな目で見てくる。朝廷にいる彼女の主である曹操にまではこちらの情報が詳しく伝わっていないらしい、いやこちらに手を伸ばすには無理があるのだろう。

 

「こちらも似たようなものだ、腐敗が止まらん上に何進大将軍と十常侍の中が悪い。終わらぬ権力争いは今だに続いている。我が主もその中では苦労が多い」

 

「まぁ、辺境の我らには分からない事だが……」

 

「だろうな、だが我らも好き好んであそこにはいかん」

 

さしあたりのない情報だけ流す。そうすると彼女のも当たり前だが予想できた答えしか返ってこない。どれもほとんど事前に集めた情報通りだし、そこいらの人間なら誰にもわかることだった。

 

「……戦前に一つ、貴殿にお聞きしたい」

 

「……何をだ?」

 

そして肝心なことを私が聞きたいがために切り出す。そうすると警戒したように彼女は少しだけ身構えた。

 

「こちらの官軍は使えるのか?董卓や一部の官軍は敗れたと聞いたが……」

 

「今の皇甫義真将軍はそれなりの人だ。乱を治めるだけの武もある……が十常侍の横やりが気になる」

 

「前任もそれで?」

 

「ああ、盧子幹将軍も賄賂を断り、そのまま左遷だ」

 

「それでこんなにも膨れ上がったと……愚かな」

 

「わかっているだけで最低20万近くはいるだろう、それも一か所にだ。難民を合わせるともっと膨れ上がる」

 

「こちらの戦力は?」

 

「大体の戦力が12万だが実質使えるのは11万ほどと見るのが良いだろう。どうやら袁公路殿の兵はそこまで質が良くない。だがその中でも孫家の者は別格だ」

 

「孫家と言うとあの江東の虎のか?すでに当主は亡くなったと聞いたが」

 

「その長女である孫伯符殿が今は率いている」

 

「なるほど……その様子は如何に?」

 

既に孫堅は死に、長女の孫策が継いだのは変わらない。だが本来なら孫堅は董卓討伐まで生きていたはずだがここでも私の知る三国志と異なる。そしてその孫堅の娘がどんな奴なのかを純粋に知りたかった。

 

「姿は親に似た女性だ……まさに猛虎のような方だったな」

 

「ほう、それは会うのが楽しみだ」

 

「ああ、なかなか楽しい御仁だった」

 

そうして思い出し笑いをした彼女であったが、私も前世の記憶があるのでどのような人柄か知っていたため、大体何があったか察した。恐らく楽しいお話とやらを曹操としたのだろう、私もそこに混ざりたかった。

 

「それにしても面倒だな」

 

「ああ、十中八九各軍は倍の敵にあたる……」

 

「だが相手は元農民、士気も低いし練度も問題外だ」

 

「難しいな」

 

「ああ、難しい」

 

その意味を私も彼女も理解していた。この20万に近い黄巾賊の中を突き進み、張角の頸を取らなければならない。苦戦は必須、ただ先の戦もあり、どれだけの損害が出るのかがわからなかった。だができないとは微塵にも思っていない、それは今までの経験と自らの武、そして何よりも自分たちの兵を信じているからであった。

 

「まぁ、ここでいくら考えても仕方がない。この続きは会談で行うとしよう」

 

「ああ、そうだな。では後ほど」

 

そう言って私は曹操の陣から出ていく。どうやら今回の戦、思っていたほど厳しいものに成りそうだ。

 

夏候淵side

 

立ち去った彼女の後姿をしばらく見送る。どうやら辺境の実力者も色々とあるらしい、その背中は疲れたようにさえないものであった。

 

そうしばらく私に似た苦労人のことを同情していると、ふと背中に視線を感じて振り向くとそこには私の主である華琳様が物珍しそうに私の事を見ていた。

 

「どうしたのかしら?秋蘭。あなたがそのような顔をするなんて」

 

「いえ、辺境にも色々と苦労があるようで……」

 

「そう……私から見てもかなりの使い手だと思うのだけれど、彼女は何者なの?」

 

「ええ、公孫家の仲珪殿です。それと少しだけ情報交換を」

 

「へぇ、それで相手はなんて?」

 

「華琳様との会談の申し込みと現状の確認、それとあちらの情勢です」

 

私がそう言うと華琳様は「ふふ」と笑みを深くしながら頷いた。どうやらあの苦労人のことを気に入ったらしい。いつもの華琳様の悪い癖が出たようだ。

 

「それであちらの情勢は?」

 

「どうにもまずい状態ですね。朝廷の腐敗がこのままだと異民族もさらに活発化するようです。それに辺境の防衛費が削られており、どこまで今のままでいられるのかわかりません」

 

おそらくそれは西涼などの他の辺境にも及んでいるのだろう、彼女の話しぶりじゃ相当まずいことになっている。

 

「この時期に内部の反乱に加えて辺境も圧迫するなんて……もうこの国は終りかしら」

 

どうやら華琳様は既にこの国の終末が見えているらしい。

 

「それと公孫家はすでに我らと同じ功を」

 

「その相手は?北の方だから張曼成?」

 

「そのようです、ですがあちらも我らと同じような損害を。その穴には近くにいた義勇軍を代わりにしているようです」

 

「義勇軍……ねぇ」

 

「如何がしたのですか?」

 

「さっきね、件の公孫家の陣営を見にいったのだけれど、黒髪の美しい女性がいたのよ。その他にも並み以上の使い手が何人かいたわ」

 

「それは公孫家の者では?」

 

「義勇軍の旗がすぐ近くにあったからその可能性は低いわね」

 

どうやら公孫家は情報を簡単に与えるほど馬鹿ではないらしい。先程の会話といい、辺境の軍はどこも総じて練度が高い。そしてただの義勇軍であっても華琳様の目に留まる者が数人いるのは普通ではない。抜け目がないとはまさにこのことだ。

 

「さすがは辺境の軍です、先程の仲珪殿といい、恐らく彼女らの練度はかなりのものでしょう」

 

「あら、あなたがそこまで言うのならかなりのものね」

 

「ええ、特に騎兵の練度には……どうやら公孫家の二槍が来ているようです」

 

「へぇ、あの騎兵部隊が?」

 

あの部隊とは言わずもがな、公孫伯珪殿が率いる白馬義従と公孫仲珪殿が黒馬義従である。今では公孫家の二槍とまで言われ、中華の中でも西涼の騎兵と肩を並べ、それをも越えると言われる部隊である。情報では白馬義従が軽騎兵、黒馬義従は重騎兵だと聞いた。

 

「我らにはない部隊です、そのお手並みを拝見するとしましょう」

 

「そうしましょう。では秋蘭、会談の準備をお願い。春蘭が既に始めているけど、兵たちの方につけなさい」

 

「御意」

 

私はそのまますぐに天幕へと向かい、会談の準備を始めようとその中に入るとそこにはいろいろと四苦八苦した姉さんがいた。

 

「おう、秋蘭」

 

「何をしているんだ?姉者」

 

「いや、会談の準備を」

 

「それはどう見ても会談の準備ではなく、荒らしているようにしか見えん」

 

「何だと!?」

 

疲れたようにそう私が言うと姉者は単純に反応するのでなぜかとても気が抜けた。このようなやり取りがあると自分が考えすぎて馬鹿みたいに思える。だからこそ救われるのだが、反対に苦労も多い。

 

「準備自体は部下にやらせればいい、姉者は兵たちの事を頼む」

 

「これは私が華琳様に命ぜられたことだから断る」

 

「私がその後に命じられた」

 

「そん……な……」

 

驚愕に染められる姉者の顔が目の前にある。私はそこまでのことを言った覚えがないんだが……。

 

「あ、姉者……?」

 

そう問いかけても何も言わずにとぼとぼと天幕を出ていく姉者に思わず腰が引けてしまう。戦場ではあんなにも燃え上がるような感じなのに、今はもうその後に残る炭のようであった。

 

「まぁ、いいか」

 

それよりもまずは。

 

「この荒れた天幕をどうにかせねばならんか……」

 

自然とため息が出てしまう。そして私は部下を呼んで天幕の中を片づけ始めた。

 

黒蓮side

 

とりあえずあの曹操軍の陣地から戻ってきた私はその足ですぐさまあの孫家、孫策の所へと向かった。あの夏候淵がそこまで言った彼女に一目会ってみたかったからだ。後はいつも通りのアポである。

 

私の知っている彼女は戦闘狂の武人のイメージがあり、猫のように仕事から逃げ回り、そして妹の孫権に多大なる苦労を強いる。

 

どう見ても戦い以外ダメ人間じゃないか、この世界の妹はすべからず苦労する運命なのだろうか。

 

いや、認めん!絶対に認められるか!

 

「まぁ、とにかくまずは会ってみなければ始まらないが……」

 

そう思案顔で袁術の陣地を抜けて孫家の陣へと足を運んでいると、その陣の外延部で桃色の髪をした少女の一団すれ違った。見たことがある、それは孫策ではなく妹の孫権であった。

 

「すまんがそこの御仁、少しお聞きしたい」

 

「あ、私ですか?」

 

「うむ、この場にいる士官は貴殿しかおらぬと思うが?」

 

「え?」

 

そうして彼女が周りを見ると本当に士官が自分一人しかいないことに気が付いたようだった。護衛の兵はいるが、甘寧の姿は見えない。氣を探ってみるとすぐ近くの幕舎の隅からこちらをうかがっているのが見えた。

 

「それでいいだろうか?」

 

「は、はい、それで一体私に何でしょうか?」

 

「私は姓が公孫、名が越、字が仲珪という。我が主の公孫伯珪が貴殿の総大将の孫伯符殿と会談をしたいと望んでいる。私はそのために来た」

 

「わかりました、私の姉にそう伝えておけばよろしいのですね?」

 

「姉と言うことは……貴殿は孫家の者か?」

 

初めて会ったのでここは知らないふりをしておく。事実知識では知っているが、本当に会ったのは今回が初めてである。

 

「はい、私は姓が孫、名が権、字が仲謀と申します。伯符は私の姉です」

 

「そうか……ではよろしく頼む」

 

そう言ったところで私は孫家の陣を見る。少なくとも孫家に忠誠を誓ってはいるが……いや、彼女の姉や孫家に忠誠を誓っている者が多いように見えた。それはその熱がどう見ても目の前の彼女ではなく、姉の孫策の熱さであったからだ。そして彼女の近くにいる者にそのような熱さはまだ全然足りなかった。

 

「会談の時間は追って伝令を送る。恐らくは明日の昼ごろになると思うが……」

 

「わかりました……」

 

私にそう答えた彼女は緊張で震えるような声であった。そのことで私は原作を思い出す、確か彼女はこの戦いが初陣であったはず、そのためにこうして気を紛らわすためにここにいるのだ。恐らく戦場での姉や兵の気にあてられたのだろう。

 

「すまんが仲謀殿は今回が初陣で?」

 

「ッ!?……わかりますか?」

 

「ああ、先程から声が少し震えているからな。過度な緊張は自分にとっても兵にとっても害にしかならんぞ」

 

「……はい」

 

落ち込んだようにそう俯いて返事をした彼女であったが、さらに私の言葉で緊張させてしまったのだろう。原作通り責任感の強く、やさしい子だ、自分だけではなく兵の事まで考えてこの場にいるのか。

 

それでいて呉の王族としての任からも逃れようとはしない。それだけの強さを持っていると言うのか、この時で。

 

まったく、器の違いを改めて感じられた、姉さんの時は散々経験を積んでやっとのこと芽生えたものだというのに。やはり教育の差か?

 

初陣にして他の者を考えられるか……良い指揮官にもなれるだろうと感じる。私の時は兵の事は考えずに守るべきものしか考えられなかったと言うのに。

 

「ふむ、少し話をしないか?」

 

「はい?」

 

そこで私は自然とのその緊張をほぐす為、というよりも純粋にこの子がどこまでの者か気になり、声をかけた。いきなり私に問われた彼女は少し裏返った声で返事する。

 

「唐突だが貴殿にとって兵とはなんだ?」

 

「私にとって兵とは……」

 

私は黙って彼女の答えを待つ。確か彼女は王族として兵を守るべきものだと言っていた。それは私にとって逆に王族でなければどうするのか、戦う理由があるのかなど思い、この問いをした。

 

ちなみに私にとっては戦場を共に駆け、勝利を共に分かち合うかけがえのない者たち兼真っ先に殺す者たちだ。生き残ってほしいとは思うが全員が残れるわけじゃない、必ず誰か死ぬ。だからこそ死ぬ理由ははっきりとさせておくのだ。

 

「私にとって兵とは孫家の人間として上に立つ以上守るべきものであり、我らの愛すべき民です。そしてそのことがやがて国をも守ると思っています」

 

「王族の責務として戦うか……」

 

やはり王族の責務のみが彼女の戦う理由。

 

「はい、それが上に立つ者の責任でしょう。私は呉の王族、なればこそ我らの民を大切にせねばなりません」

 

王族としてこの場で立つ、それは王としての理由に他ならないで。彼女自身の『意志』でも『想い』でもないように感じた。自分を殺した上での王族としての理由、そうでなければならないから。それでは戦う意味を本当に見出すことはなく、兵にどんな勝利と死ぬ理由を与えるのかと思う。

 

「なるほど、だがそれは王族としての理由。貴殿の戦う理由ではあるまい」

 

だからこそあえて問う。

 

「そのようなことはありません!」

 

「では聞こう、貴殿の戦う理由は?」

 

「それは先ほども申した通り……」

 

「しかし戦になればその兵は死ぬぞ?貴殿は結局何も守れずに終わる」

 

「ぐッ」

 

私の言葉に彼女は唇を噛んで呻いた。これから戦いだ、そして守ると言うのにお前は兵を守れないと私が言ったからだ。そのことを彼女は理解したからだろう……矛盾だ、それも劉備たちとは違う意味でのことだ。

 

だが彼女は劉備と違い、聡い。そしてただ王族としての責務を果たそうとしている彼女はすぐに気が付くだろう。だからこそ私は老婆心ながら忠告をする、かつて私も戦う理由に迷った末に、そして兵たちとどのように向き合っていくのかを自らの心の内に見つけたのだから。

 

「一つ忠告しておく、兵は貴殿が思っているよりも弱くない」

 

そう、彼らは守られる存在ではない。

 

「え?」

 

「貴殿は兵を守るべき民と言った。だがそれは間違いだ」

 

私も同じだった、彼らを守るべき存在だと思った。

 

「どういうことです?」

 

「良いか?王は民を守るのは当たり前だ、自らのものだからだ、だが兵は違う。兵は共に戦い、共に国を守り、そして王や国よりも先に死ぬ」

 

確かに私たちが無理をすれば彼らは助かるかもしれない。でもそれは余計なお世話だと言われた。戦場では命に優劣がある、戦うために戦場にいる兵は民よりも命の優位はない。

 

国を守るために死に、王のために戦って死ぬ。民よりも先に死ななければならない、そんなことを選んだ誇り高き戦士たちを守るべきものだと彼女は思っている。残酷にも戦場で真っ先に切り捨てなければならない彼らを、だ。

 

かつての私と同じで。

 

「民よりも、そして国よりも、何より自分が信じたものために真っ先に死ぬ」

 

自らこの戦場に立ち、そして君主の大義などのためにその身をささげる戦士たち。家族のためだから、仕事だから、孫家だから、君主の理想だからと千差万別の理由で戦うことを選び死ぬ。

 

だから心配される、守られる必要はないと。

 

「貴殿は兵を守るべきと言った」

 

「……はい」

 

「失礼だが貴殿は誇り高き兵たちを貶めている」

 

「…………」

 

「それではいざとなった時に何を取るか、何を捨てるか分からなくなるぞ?」

 

「自分の兵を捨てることなんて!?」

 

「では民を捨て、兵を取るか?真っ先に死ぬ覚悟をした者たちをあえて生かすのか?」

 

守ることを決めた、戦うことを決めた者たちに戦うなと言う。それは私にとって無礼なのだと思う。彼らの覚悟を無にしている、私はそれだけは嫌だった。だから公孫家は全て地位に囚われず、志願兵で構成されているのだ。

 

「両者が生き残る道もあるはずです!」

 

「それは戦場にはない、民か兵かと先に死ぬのを選ばなければならん」

 

戦場に出てきた以上、兵が死ぬ。逆に兵を出さなければ民が略奪で死ぬ。それを許さぬために戦に出るのに。どちらを切り捨てるのか、戦う理由がない者にそれは判断できない、いざとなったらぶれにぶれるだろう、それが付け入る隙になる。それがさらならぬ無駄な犠牲者を生む。そして何も勝ち取れずに終わるのだ。

 

「それに貴殿は兵の事を本当に考えていない」

 

「そんなはずは……」

 

「ではなぜ、貴殿は兵を見ない」

 

「見ていないことなんてありません!今なお、兵たちが死なないように、そして生き残れるようにと考えています!!」

 

「いや、見ていない。なぜなら貴殿は兵に勝利も、そして死ぬ理由も与えていないからだ」

 

「勝利と死ぬ理由を……?」

 

そう勝利と死ぬ理由。兵が死ぬ、なぜ死ぬのか、なぜ戦って死ぬのか、そして死んだ先にどんな勝利があるのか、それをはっきりさせていない。それで納得する兵がいるのであろうか。自分の命の意味が、死ぬだけの理由が、価値が、それだけのものがその戦場で、その勝利にあるのか。

 

何を一体『勝ち取った』かを。

 

私は知りたい、戦術や戦略など関係なく、ここで戦い死ぬ理由があるということを。そして死んだ先にどんな勝利が待っていて、決して自分の命が無駄死にではなかったと言うことを。

 

そこにあるのだろうか、誇り高き戦士たちが納得するだけの理由が。

 

先の戦いではあった、その明確な理由が黄巾の張曼成には存在していた。この世を作った奴らに俺たちの苦しみを分からせるんだと、そして家族である兵と彼の恨みが、彼だけじゃなく古参兵を戦場へと駆り立てたのだ。そして家族であるような間柄が、彼の命が、古参兵が納得して死ぬに値する理由だったのだろう。その先に雑兵として舐めていた私たちに血の代償を払わせたことによって彼らの勝利でもあった。

 

だが私たちにもあった。この戦いの先に更なる幽州の安寧を。そしてその勝利の先に少しでも私たちが権力を持ち、北の地で勢力圏を築き、守るべきものをより多く守る……戦死した彼らはその礎になったのだ。そう私や姉さんははっきりと勝った後に兵たちに理由を明かした。

 

戦うときもそう、かならず理由を明かす。兵たちに死ねと命じ、ここで犠牲者が出る必要がある理由をしっかりと言う。誤魔化しは一切しない、だから私たちはその理由を明かし、私や公孫家の勝利のために高らかに死ねと命ずるのだ。

 

ここで戦う理由があり、その勝利のためにここで死ぬ理由があるから。

 

「私たちは目指すもののために戦う者、ならば当然兵は死ぬ。だがそこにその兵らが死ぬだけの意味があったのか、そこに兵らの死よりも譲れない理由が、私たちがそれぞれ目指すべきものが、その彼らの死の先にどんな勝利があるのだろうか」

 

「…………」

 

「それを決めるのは私たち兵の上に立つ者しかおらん、ましてや国の中心、君主こそがそれを最も決めなければならない。貴殿はそれがない、王族の責任としての理由は貴殿の戦う理由ではあるまい。そして自ら戦うための『想い』も『意志』さえも持たずに。ただ王族の義務だから、国のためと言って戦って兵を死なす」

 

大義もない、目指すものもない、勝利もない、あるのは王としての義務として守る、正しいことだろう。だがそれは兵を見ない、兵を戦士として扱わない、だからこそ兵はそれ以下のものに成り下がる。兵が戦士にもなれずにただの駒以下として意味もないまま死んでいくだろう。

 

「理想や目指すべきものがはっきりとしているならいい。だがただ正しいことだけでは兵は本当についてこぬぞ?貴殿の姉のような率いる者にはなれん」

 

「姉さんのように……」

 

「そうだ、貴殿の姉は話の聞くところ少々前に出すぎるようだな?」

 

「はい、それでいつも周りの人に怒られています」

 

思った通りこの世界でも彼女はそんな人だった。それでいて恐らく真っ先に兵の死ぬ理由を自然と与えているのだろう。私はここにいる、まだ前に進む、だからお前たちは私に着いてこい、と。そして共に勝利することによって実感させ、目指す場所へと一歩一歩進むのだ。はたから見ればなんて暴君だろうか、しかしそれでいい。理想を求めるだけでは兵はついてこない、いつかは離れるだろう。

 

兵と共に歩き、兵を死なす理由を明確にし、そして目指すべきものと勝利を共有する。

 

それが孫伯符と言う人間なのだろう、しかも天然でそれを行う。恐るべき者だ、だが私が兵であるならなんて魅力的なのだろうか、自身の命すら賭けても良いと思えるほどに。

 

私たちの王がすぐそばで共に戦う、それも最前線で。兵になる者が引き寄せられるわけである……正直格好いいし、憧れも誇りも持つ。

 

「だがそれは兵にとってはどうだ?貴殿の姉は自分の戦う理由を、勝利をごまかしているのか?」

 

「え?それは…………誤魔化してはいません。いつも戦いたいから、呉のため、母様の夢を叶えるがために、と。そしてどんな時でも勝利の瞬間を兵と共にしています」

 

「それが彼女にとっての戦う理由で目指すべき場所への一歩なのだろう。戦場こそが彼女の居場所で、王族としてではなく、彼女が譲れぬからそこにいる。だから他の者に注意されたとしてもそこだけは譲らない、譲れない。そして常に兵と共に勝利の中にいるのだ」

 

「…………」

 

「王族の責務だけでは貴殿が望むものが何なのか、それがわからぬ。それでは無駄な死を積み重ねる、隙を生む、簡単に付け込まれる」

 

だがこれはあくまで私の意見であり、それが正しいとは限らない。でもこれは私が実際に生きてきた中で体験してきたものだ。でも限りなくエゴに近い。

 

「それでは兵は兵以下にしかならん。そしてそれこそが貴殿の器の限界だ、それ以上は先には進めん、迷いに迷い、勝利することもせずに破綻する」

 

王ならば、戦う理由さえがあればそれはない。少なくとも戦場では迷うことなく何かを勝ち取り、選ぶことができるだろう、兵たちを意味のある死にすることができる。そして多くの屍を晒した上で勝利し続け、その果てに目指すべき場所にたどり着くだろう。

 

なんて暴君だ、だがそれでいい。王は一人にして国の指針を示すもの。理想だけや正しいだけでは先に届かず、兵もついてこない。その決定は究極個人の我儘だ、それについてくるかどうか、後は兵や民しだい。

 

目指すべきものを目指して勝利し続けるのなら自然とついてくるだろう。それを叶えるための努力をしているのならなおさら。

 

目の前の少女には王となる覚悟がある……例え仲間を失ってもそれを一身に背負い前に進むことができるだろう、まさしく王道を征くが如くに。

 

「ただこれは私の意見だ、戯言だと思っても構わんぞ」

 

そう最後に言って私は彼女に背を向けた。そして踏み出そうとした瞬間、彼女の腕が私の腰布をしっかりと掴んでいた。しかも絶対に離さないと言わんばかりに両手で、しかもこの私が一歩も動けないほどの強さで。

 

「じゃあどうしたらいいんですかッ!?」

 

彼女の悲鳴のような声が孫策軍の陣地に響き渡った。

 

蓮華side

 

私は初陣の緊張から気をそらそうと陣地の外を歩いていたところ、明らかに只者ではない武人の女性と出会った。

 

そして彼女と話している内に私自身が知らずに戦う理由がない事実に気がつかされた。

 

私の寄る辺であった王族の責務はただ正しいものでしかない、そう言われた瞬間に全てが崩れたような気がした。一体私は何のためにこんな場所まで来て、そして戦おうとしているのか、なぜ私は呉の王族としてこれまで過ごしてきたのだろうか、と一気に脳裏を駆け巡った。

 

今まで積み上げたものが何なのか、私は一体何を望んでいたのかが分からなくなってしまった。

 

彼女に言われた、私が王族ではなく、私自身が目指していきたい場所はどこか、どんな理想や大義なのか、そして勝利とはなんなのか、それをはっきりとしていない。

 

確かにそうだ、私は今まで王族として過ごしてきた。兵を、民を守るとしてきた。それが当たり前で、それが孫家として正しかったから。だがそれは王族だったからにすぎないと思う、そう教えられたし、私もそう思う。でもそれが王としての責務以外で思い当たらなかった。

 

母様のために?それとも孫呉のために?私は王になる……そのためだけに過ごしてきたのだろうか?それとも他のために?何のために私は……。

 

だからこそ、気が付いたら私は彼女の腰布を両手で離さまいと掴んでいた。私の悲鳴のような、懇願にも似た声で叫んでいた。

 

「じゃあどうしたらいいんですかッ!?」

 

と。

 

私は何を目指せばいいのか?何を戦う理由として王となるのかを。

 

彼女は答えた。

 

「それは私が決めることではない、答えは貴殿の中にある」

 

私の中に?何があるのだろうか、いまさっきこの目の前の女性は私には王の理由しかないと言ったはずだ。それなのに……答えは私の中にある?訳が分からない。

 

「貴殿が望むもの、貴殿が目指すもの、貴殿が譲れぬもの、そして勝利とはなんなのか、兵を死なす理由も……すべては自分の中にある」

 

「私の中に……」

 

「嘘偽りなく、王族としてではなく、たった一人、孫仲謀個人として考えるのだ」

 

「私が私だけで、地位や身分関係なく……」

 

「今は見つからないかもしれん、だがいずれは分かるようになる。自分が何を求めているのかを、そしてそのためにどんな勝利を重ねれば辿り着くのかを」

 

「私が求めるもの」

 

確かにそれは分からない。でもそれが私の王族として必要な物だと感じた。孫家ではなく、王族としてではなく、本当に私が望むもの。それが本当の王になるために。

 

「それはどうやって見つければ?」

 

「知らんよ、そんなこと。だが私は常に戦場にいた、そして多くの人に会い、多くの人を殺してきた。そこで兵に死ねと命じたし、罪がない多くの難民を殺し、そして自分が譲れぬものがあることにも気が付いた。そしてその果てに私たちが辿りつく場所を見つけ、今も勝とうともがき戦い続けている。それに幸い貴殿には多くの仲間もいるしな」

 

「戦場で仲間と供に……?」

 

それは彼女の手や体を見て分かる。細く見えるのは極限まで鍛えているから、全身の傷はその最前線で戦ってきたから、彼女の譲れない場所は苛烈に灼熱の戦場だ。まだ感じたことのないところだが彼女の手や体の傷からどういう場所なのかは容易に理解できた。

 

この世の地獄のように凄惨で、灼熱のように熱い場所だろう。

 

考えただけで喉が干上がる。自然と体が震えると同時にそれを喜ぶように体が熱くなる。まるで姉さんが戦場から帰ってきたときのように。

 

そんな所で見つかるものなのか?

 

「貴殿が望むものは宮中にはあるまい、足元の人間にこそ聞くべき、見るべきものがある。決して机上だけではわからんし、自分の中に問うべきものだ」

 

「つまり今まで行ったことのない場所へと?」

 

「それもいい、だがそれだけとは言わん。どこの地位にある者、後方の者、誰もが何かをめざし、努力し、生きている。彼らも全員人であり、人を見て見ぬふりはしないほうが良い」

 

「見て見ぬふりなど……」

 

「上に立つ者が上を見るのは当たり前だ、何をするのか、目指すのか、勝ち取るのか、を決めるのが上の者だけだからだ。だが上だけを見ていると下を見れなくなる。案外重要だと思っていることこそ足元にある場合がある、自分のすぐそばにある場合もある」

 

「私の足元にこそあるかもしれないもの……」

 

「そう、例えば自分がやった策の結果や効果。自分が暮らしている町の人々、普段は聞かぬ裏方の者たちの声、受け継ぐもの、受け継いだもの、自分が幼少のころに住んでいた場所といったとこだな」

 

そう言われて私は今まで上だけを見ていた気がする。王族だからと言ってふさわしい人間を目指して、自然と母様のような人間に、正しい王に成ろうと。でもなんで私は母様のようになりたかったのだろう、なんで私は王族の責務を果たそうとしたのだろう、そもそも私はなんで王となるべく上を向いていたのかすら分からなかった。

 

ただ孫家の王として見られるように一生懸命だった。そして姉さんのようにはなれないことを理解し、その上で皆に認められようと、正しくあろうと必死だっただけだ。

 

そして普段は見ない者、机上の上での数字や文字でしか彼らを見ていなかった。今考えれば人を見ていなかったのはまぎれもなく私だった。

 

「その、あなたはなんのために戦っているのですか?」

 

「私の戦う理由か?そんなもの決まっている、私が守りたいから戦うんだ」

 

「それは国を?それとも民を?」

 

「さあな、それは私にもわからんよ。でも全てを取れないならせめて自分の手の届く範囲だけでも守りたい……そう思った。そのためには戦って戦って勝ち続けるしかない」

 

全てを取ることはできない、ならせめて自分の手の届く範囲だけでも守りたい、彼女はそう言った。救えない命を捨て、守るべき者を守ることを選んだ証拠だ。そして守れるものために勝利し続ける、その先に彼女の目指す場所があるのだろう。

 

「その……きかっけは?」

 

「なんてことない、ただの子供が夢を見たんだ……そして挫折した。それでも嫌だったから、諦めきれなかったからここにいる。ただの一個人の意地でしかない」

 

「たった……それだけですか?」

 

信じられなった、彼女はそれだけで戦場に立つことを。

 

「ああ、それだけだ。でも他に理由はいらないだろう?」

 

そう言った彼女は恥ずかしそうに笑っていた。どうやら本当にそれだけの理由で戦っているようだ。ほとんど我儘にも近いその単純な理由に私は驚きを隠せなかった。でも姉さんも同じなのだろう、だからこそ戦場で兵と共に戦い、危険であるにも関わらず常にあそこにいる。

 

それと同時に恐ろしいとも思った。何かを捨てていくしかないその道が。私は今まで捨てることはなかったから分からない、でも何を捨てるのかを決めるのは私のような上に立つ者であり、私自身の考え、極論でいえば我儘で捨てる。

 

しかもそれが正しいかも分からない。判断する者は私だろう、納得するのも後悔することも全て私の気持ち次第なのだから。

 

そしてその捨てるものは大きい、現に私は兵を捨て、王の責務を優先していた。そう、王族ということで無意識にそうしていたのだ。今はその選択を安易にしていたことが恐ろしく、何よりもその重みが怖かった。そして何を一体勝ち取ったのだろうか、それが姉さんと比べて見えなかった。

 

そんな多く捨ててまでも勝利し続ける意味とはなんなのか、その勝利に一体どんな意味があるのだろうか……私はそれが分からなかった。

 

不安な目でそれを気が付かせてくれた彼女を見る。彼女はこれから捨てに行くのに一切怖がってはいなかった。それどころかその眼には激しく燃え上がる気焔が見え、ただ目指すべき場所への一歩を、ただ勝利だけを目指していたのだ。

 

「あなたは……その、怖くないのですか?その選択が捨てるものが大きすぎて、それでいて間違っているかもしれないのに」

 

「怖くない訳なかろう……でももう逃げないと誓ったんだ」

 

「何に、ですか?」

 

「私のせいで死んでいった者たちに。私の我儘に殉じた輩に、その死は決して間違ってはなかったと、その死には意味があったのだと証明し、勝利し続けるために」

 

私が分かるものでは決してなかった。なぜならまだ私は戦場を体験していない、まだ何も捨てていない、勝利もしていない、それだけを捨ててなお突き進むことのできる『何か』が私には足りない。

 

「それに託されたものが多くある」

 

「死んでいった彼らに?」

 

「ああ、守ってくれと、夢を叶えてくれと、色々とな。それを無視して逃げるなんてできるわけがない、それが共に戦った者たちとならなおさらだ。知らない奴が言うのならどうでもいいが知っている、そしてそれが私たちの部下なら叶えるのは当たり前だ」

 

「逃げることができないほど重いのですか?それは」

 

「わからぬよ、だが私はそれから逃げ出したくなかった。それも多ければ多いほど、捨てるものが大きいほどにな」

 

「私にはまだわかりません、捨てたことも、勝利したこともないので」

 

「慌てることはない、大抵の人はそんなことも考えず、そして気が付かぬままその選択をする。なぜならその瞬間に苦しんでいるからだ」

 

大なり小なり捨てるのを選ぶことは苦しみだと彼女は言っている。そのため、気がつかないほど苦しんで選択するということは人なら誰にでもある。

 

「貴殿は今、苦しんでいるのだろう?ならその瞬間がその選択の時だ。何を捨て、何を取るか、その先にどんな勝利があるのか、それを決めるのは私でも、周りの人間たちでもなく、自分自身の『想い』だ」

 

「私自身の『想い』?」

 

「そう、戦う理由も、捨てる理由も、何を勝ち取ったかも、その判断の基準も全てその『想い』から生まれる。それをはっきりしておかないとさらに苦しむことになる、特に貴殿のような人の死が自分の痛みになるような人間には特に」

 

「そう、なのですか」

 

「ああ、だが曹孟徳殿は少し違うがな」

 

「あの?」

 

「そうだ、彼女は才ある者を愛する。民でも兵でもなく、そして他の者たちは愛さない、統治されるべき者と判断するだろう」

 

「民を統治されるべき存在にとは……」

 

「そして従わぬ才ある者を容赦なく殺す。敵に成りそうなやつも同じだろう、武力や策を使い覇を唱えて進む……そしてそれが当たり前の如く勝利し続けるだろう」

 

「それは……」

 

恐ろしい、私は素直にそう思ってしまう。民や兵は統治されるものであり、愛する才あるものが上に行く。だが敵と味方の境目がはっきりとしている、だから簡単に判断して捨てることに迷いはなく、目指すところのために、勝つことに犠牲を払うことを厭わない。

 

邪魔する者は力で無理矢理でも排除する。目指すべきところのために、自分が望むもののために力ずくで進む。阻む者は全て敵だ、邪魔する者も同じ。

 

それはまるで……

 

「覇王のようですね」

 

「そう彼女はおそらくその覇王であるな」

 

会ったことのない人だが、彼女がそう言うならそういう人間なのだろう。一度その彼女と話してみたい。

 

「まぁ、さっきも言ったがこれは私の意見だ。所詮は戯言、聞く耳を持たんでもいい」

 

「いえ、そのようなことは……」

 

「ふん、貴殿を惑わせるような言葉かもしれんぞ?」

 

それは絶対にない、そう私は彼女の目を見て感じた。この人は敵対していない者にそんなことをするような方ではない。

 

「その時は私がだまされたのが悪いのです」

 

「そうか……そうかもな」

 

「はい」

 

自然と笑みが浮かんでくる。それは目の前の彼女も同じであった。私と彼女は似ているような気がした。不器用で、それでいて自分の甘さを否定している。私も甘えは嫌いだ、だからこそ色んなことを考える。

 

「そろそろいかねばならん、次は会談で会うとしよう」

 

「はい、楽しみしています」

 

「ふむ、楽しむものではないと思うが……」

 

「そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません。選ぶのはあなたではなく私です」

 

「そうだな、私がとやかく言うことでもあるまい」

 

「それで……あの、その、真名を交換したいのですが……よろしいでしょうか?」

 

「ああ、なぜか貴殿とは友人になれる、そんな気がする」

 

「私もです」

 

彼女も同じように思っていたらしい。そのことが今までにないほどうれしく感じる。

 

「では改めて名乗ろう。私は姓が公孫、名が越、字は仲珪、真名を黒蓮という」

 

「私は姓が孫、名を権、字は仲謀、真名は蓮華と申します」

 

「では蓮華殿、また会おう」

 

「はい、黒蓮様。お待ちしています」

 

そう言って彼女は私の前から去って行った。その後ろ姿が見えなくなるまで私は黒蓮様の背を見続けた。

 

「ねぇ、一体彼女と何を話していたの?あの堅物の蓮華が」

 

「それは私も気になるな」

 

そして後ろから姉さんとその軍師である公瑾がそう問いながら現れるが、そんなことは些細な事であった。

 

私の胸の内はまるで頭上に広がる青空のように晴れ渡っていたから。

 

「別に、姉さんたちに言う事でもありません。それと黒蓮様たち公孫家が会談を開きたいとおっしゃっていました」

 

「えッ!?うそぉ~」

 

「これは……」

 

「何か問題でも?」

 

私が彼女と真名を交わしたことがそんなに意外だったのだろうか。二人とも信じられないような目でこちら見てくる。

 

「では準備をお願い、思春!行くわよ」

 

「は」

 

私はすぐそばにいた彼女を呼び出し、自分の幕舎へと向かった。私のやるべきことは多い、なら今この瞬間すらもったいないように思えた。

 

そして私の歩く足取りは彼女と会う前よりも軽いように感じた。

 

++++++

 

「ねぇ、一体蓮華に何がったの?」

 

「私が知るわけがなかろう、お前と一緒にいたのに」

 

「気になるわね……」

 

「まぁ、あんなに嬉しそうな顔は久しぶりだな」

 

「う~、気になる気になる気~に~な~る~!!」

 

「なら話してくればよかろう。お前の妹だろ」

 

「なんかやだ」

 

「はぁ……私はやることがあるから馬鹿をやるなら一人でやれ」

 

「あ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

どこかの天然な君主は今日も変わらなかった。

 




誤字脱字、感想等ありましたら気軽に書いてくれたら幸いです。

今回は王としての在り方とか、兵に対してとかの問題でした。

聖杯戦争に出てくる某王達とかの話で思いついたものです。

今度はワインならぬ酒で話し合ってみるかも?

そこらへんはまだ考え中です。

あとできたら年末に投稿できたらいいなぁ。


修正しました。

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