真・恋姫で地味ヒロインの妹してます   作:千仭

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修正完了しましたので投稿。

気が付いたら随分と文字数が伸びたことに愕然。

拙い文章ですが、楽しんでいただけると幸いです。

それではよろしくお願いします。


黄巾賊 前哨戦(4)

黒蓮side

 

闘いが終わったのは日が沈んでからだった。あの後、私たちは数時間にわたって死兵となった黄巾賊と戦い続け、今はもう公孫軍の兵たちのほとんどか疲れ果て、移動することもままならなくなっている。

 

途中から劉備たち義勇軍が乱入してきたおかげで敵の第一陣である約10000の生き残り約3000人ほどが投降して残りは逃走。投降兵は義勇軍の下で監視されている。結局、敵の本隊20000のほとんどが死兵となり、この地でその命を燃やし尽くした。

 

そのおかげでこちらの戦力がかなり削られてしまった。そのことに苛立ちながら私は負傷者の救護や戦力の確認をするために指示を出していた。

 

「くそッ!」

 

周りの様子を見ていると自然とそんな言葉がこみ上がってくる。あの後の戦いは全て無駄なものであったからだ。そして今も苦しそうに呻いている兵たちの怪我も同じく意味のない全くの無駄であった。

 

「物資はいくら使っても構わん!!他のことはいい、負傷者を最優先にせよ!!」

 

そう指示を出すと多くの薬草や兵糧などが、荷馬車から吐き出されるように次々に搬出され、負傷者が寝かされている大天幕に運び込まれていく。その様子を見ていると後ろから、治療の手伝いをしている女兵士が私に話しかけてきた。

 

「あの……仲珪様、ご報告が」

 

「なんだ」

 

「残りの負傷者の数が多すぎて人手も物資も足りません」

 

「やはりか」

 

それは私も感じていたことだった。当初、私たちは相手が黄巾賊ということでそういう治療系の物資よりも、矢や剣、兵糧など軍需物資を多く運んできたのだ。そのため、こんなにも負傷者が出るとは想定しておらず、物資が足りなくなってしまった。

 

「仕方がない、薬などは近くの町に買いに行かせろ。人では補給部隊の者で何人か回せる奴を選び出してそいつらを使え」

 

「薬の方はいかほどの量で」

 

「町にあるもの全部買わせても構わん、ありったけもってこい」

 

「承知しました」

 

そう返事をした彼女はすぐさま近くにあった補給部隊へと駆け出して行く。私はそれを見送った後、姉さんがいる天幕へと歩み出す。恐らくもうそろそろ戦力の確認と犠牲者の数の大まかな数字は出ていることだろう。負傷者のほとんども処置し終わっているし、一段落ついたはずだ。

 

「……あっ、仲珪さん」

 

そして天幕の前に着くと、劉備たちが集まってきていた。しかし、一向に中に入ろうとする様子はなく、頼りなさげにこちらに話しかけてきた。

 

「……どうしたんだ?」

 

「いや、白蓮ちゃんのところに来たのはいいんだけど。その……入り辛くて……」

 

私は彼女の言葉にすぐさま気が付いた。なぜなら天幕の中で何かが割れるような音や叩き割るような音が断続的に聞こえているからだ。

 

まぁ、その気持ちは分かるけどな。

 

今にも怒りに任せて暴れたい衝動を抑えながら私は苛立ちを隠さずに答える。

 

「……ああ、今は荒れてるからな。入るなら私の後に続け、さもないと怪我するぞ」

 

「うん、わかった」

 

そう頷いた彼女の横を通り私はすぐさま天幕へと入ると、至るところに物の破片が無造作に転がっていた。そして大きな机の上座で姉さんが頭を抱えながら苛立ちを隠さずに座っている。

 

「……落ち着けよ、姉さん」

 

「ああ、分かってるさ」

 

私が姉さんのことを宥めようと声をかけると、姉さんは苛立ちを含んだ声で答えた。どう見てもそれは落ち着いている様子ではない。

 

「……本当か?」

 

「……ああ、分かってる。分かってるから今は黙れ」

 

私がさらに言葉を発すると、血走った眼こちらを見る。私の後ろにいる劉備たちは、普段温厚な姉さんしか知らないため、その怒気に驚いて声もかけられずにいる。

 

そんな劉備たちはほっとくとして私はこの怒り心頭の姉さんをどうにかしなければならない。なぜなら今は一刻も早く戦力の確認と今後のことを話合わなければならないからだ。この場所はいくら敵を倒したと言っても、敵地の近くである。数日過ごすにしても、どこかの邑や町によるとしてもその方針を決めなければならない。特に軍の立て直しが急務である以上、再編成は必要だし、今は動ける者も少ないのでやることは数多い。そのことを姉さんのことで遅らせるわけにはいかない。

 

全く、世話の焼ける姉である。

 

「いいや、黙らん。いいからその煮え切った頭を冷やせよ」

 

「あぁん?」

 

私の言葉に姉さんが反応して勢いよく立ち上がった。その勢いで椅子が後ろへと音を立てて転がる。

 

「もう一度言ってみろ」

 

「だからいい加減その煮え切った頭を冷せと言ったんだよ」

 

「ッ!?お前ッ!!」

 

私の言葉についにぶちギレた姉さんが、私の胸ぐらを掴みあげ、勢いよく振り上げた拳で頬を思いっきりぶん殴った。

 

私はその拳を避けることなく、黙って受け入れ、殴られた衝撃が頬を尽きぬける。それをすぐ近くで見ていた劉備や北郷たちの悲鳴が聞こえる。

 

そしてそこで私も堪忍袋の緒が切れた。

 

私は逆に姉さんの胸ぐらを掴んで頭を後ろへ反らし、思いっきり姉さんの額へと頭突きをする。包帯が巻かれた額から再び血が飛び散り、顔を通って顎の先から滴り落ちる。

 

「ぐッ!?」

 

私さらに怒りを遠慮なく姉さんにぶちまける。

 

「姉さんだけがそうだとは思うなよッ!こっちだって煮えたぎるほどなんだ!」

 

そうすると劉備たちがさらに大きな悲鳴を上げ、私はなおも姉さんと至近距離でにらみ合った。

 

「だがな、私たちはあいつらを束ねる立場なんだ!そんな私たちが怒りに流されていい訳ないだろッ!!」

 

「ッ!?」

 

その言葉にショックを受けたように私の胸ぐらを掴んだ姉さんの手が緩む。そして徐々にその眼には理性の色が浮かんでくる。

 

「今、私たちがやるべきことはそんな事じゃないだろ、姉さん」

 

「……ああ、悪かった」

 

「気にするな。私も同じ立場だったら同じことしていたさ」

 

私が慰めの言葉をかけると、姉さんは苦笑した。どうやら怒りは収まったのだろう、やはりこういうのには打撃に限る。

 

「お前が暴れ出すと手におえそうにないな」

 

「そうか?」

 

「ああ……それとすまん、ありがとう」

 

「いいってことだ、妹だからな」

 

「そうか……妹だもんな」

 

「あんたら一体何してるわけ?」

 

私と姉さんがお互いに頷き合っていると、ふと声がした。そちらを見ると天幕の入り口に青怜と郁が怪訝な顔をしながら立っている。そしてその横には絃央が無表情でこちらを一心に見ている。その近くにはにやにやした星とぶきっちょ面な関羽、その後ろに隠れている劉備とその一向もいた。

 

「遅いぞ、青怜、郁。それと星、その顔はやめろ、ぶん殴りたくなる」

 

「おやおや、仲睦まじい姉妹愛の前では我らはお邪魔でしたか?」

 

「……ぶっ飛ばすぞ」

 

「ふふふ、冗談ですよ。だからその振りかぶった拳は降ろしてくだされ」

 

深いため息と共に周りからは小さな笑い声が聞こえた。恐らく劉備や諸葛亮あたりが笑っているのだろう。

 

「おいおい、じゃれるのはそのへんにしておけ。それと黒蓮、それ大丈夫なのか?」

 

姉さんは私と星の戯れに呆れると同時に額から流れ出ている血を指差した。姉さんとのやり取りで傷がまた開いたのだろう、まったく気が付かなかった

 

「こんなもの、そのうち止まるから気にするな」

 

「……そうなの?」

 

「そうなんだ」

 

「……ダ、ダメなの、ですッ!!」

 

今も流れ続ける血を気にせず軍議を始めようとすると鳳統が急いで近寄ってきた。そして懐から布を取り出して私の額へと押し付ける。その行動に私が驚いていると、今度は細長い包帯を取り出し、頭に巻きつける。

 

「……手間をかけた、すまない。それと治療してくれてありがとう」

 

「……い、いいえ、その、どういたしま、して……」

 

「あらあら」

 

とりあえず傷の手当てをしてくれた彼女に礼を言うと、顔を真っ赤にしてそそくさと劉備たちの後ろへと隠れるように移動した。そしてそれを見ていた郁がまるで母親のように暖かく微笑んでいる。

 

どうしてこうなった……解せぬ、と頭の中で思案していると、隣の青怜がまたもや怪訝な顔をしてこちらを見ている。

 

「……あんたらいつの間にそんなに仲良くなったわけ?」

 

「……私にもよくわからないんだが」

 

「そうなの?」

 

「ああ、思い当たる節が全くない」

 

思い返せばむしろ彼女に嫌われるような要素しかなかったはずだ。最初は劉備にイラついて威圧してしまったし、私の指示のせいで危険な目にもあった。さらに兵糧のことで色々と面倒を押し付けてしまったから少なくとも好かれてはいないはず……なのだが。

 

「とりあえずそのことは隅にでも置いてくれ。それと桃香たちも遠慮せず座って」

 

おいと私が姉さんに声をかけようとすると、姉さんは目で私を黙らせた。文句言うな、そんな視線が私を貫き、ため息をついて私は黙る。それは青怜も同じで苛々した顔で劉備たちを睨んでいる。

 

まったく、御人好しにはかなわない。

 

「うん、わかった」

 

姉さんがそう言うと劉備と北郷、関羽たちは下座に座った。これで公孫軍と義勇軍の全将がこの場で集まったことになる。

 

「とりあえず青怜と郁を紹介する」

 

「初めまして、姓は公孫、名は範、字は子則。公孫軍第3軍の将よ」

 

「私は姓が田、名は楷、字は子鑑。第3軍の副官をしていますわ」

 

と自己紹介を始め、劉備たちは慌てて二人に返事をし、自己紹介をする。その間も青怜は劉備たちを品定めするように目を細くしていた。

 

「まぁ、お互いのことはこれくらいでいいだろう」

 

お互いに自己紹介が終わり、姉さんが周りを見た。それと同時にこの場の空気が重苦しいように一遍する。その理由はこの場にいる私たち公孫の将がやばい事態に陥っているからだった。だからこそ、今この場ではいつものような軽い空気は誰も許さなかった。

 

「早速だが各軍の状況をできるだけでいい、教えてくれ」

 

「まず第2軍だが騎兵も歩兵も損害がでている。騎兵は再編成すれば大丈夫だが歩兵はだめだ、動ける奴はいるが怪我人が多い」

 

私の言葉に姉さんたちの顔色が悪くなる。私も報告を聞いたときは思わず聞き返してしまったほどだ。なぜこれだけの被害が出たかと言うと、第2軍の兵は第1陣の右翼に展開しており、分裂したあとの指揮を青怜の副官に任せたからだ。青怜の副官は第3軍の指揮をするように彼女に教えてこまれている。そのため、第3軍と同じように指揮したためにこれだけの損害を出したのだ。

 

まぁ、死兵となった相手の勢いにもやられたとこともそれに加わるが。

 

「青怜の第3軍はどうだ?」

 

「私たちも同じようなもんよ。特に重装歩兵の損害が大きいわね、装備の損耗も激しいし、それに負傷者を合わせれば1000を超えるわ」

 

「さらに歩兵の方も長時間戦っていたことで被害は半数を超えています。こちらも負傷者が多いですね、幸いにも死者はそれほど出ていませんが損耗は大きです。あと弓兵には損害はありません」

 

「遠征に復帰できる者は?」

 

「まだ何とも、でもそんなに数は多くないわよ。時間が経てばそれなりに復帰は可能だと思うけど」

 

どうやら長時間前線で展開していた第3軍の被害はかなり出たらしい。おそらく死兵となった者たちを最も受けとめていたのだろう、かなりの損害だ。

 

「私の第1軍も同じようなものだ、騎兵は500も損害はないが、歩兵のほとんどが消耗しきっている」

 

そのことを聞いた私たちの空気は先ほどよりに一層重くなる。覚悟はしていいたが、改めてその被害を聞くと、かなり頭が痛くなる。

 

とりあえず残存戦力をここでまとめておこう。

 

第1軍 総兵6000

 

白馬義従、騎兵部隊 2500

 

歩兵部隊 1000以下

 

損害   1500以上

 

残存兵力 約4500

 

第2軍 総兵5000

 

黒馬義従・騎兵部隊 2500

 

歩兵部隊 1000

 

損害 約1500

 

残存兵力 3500

 

第3軍 総兵6000

 

重装歩兵 3000

 

歩兵部隊 500

 

弓兵 1000

 

損害 1500

 

残存兵力 約4500

 

総残存兵力 約12500

 

騎兵 5000

 

重装歩兵 3000

 

歩兵 約2500

 

弓兵 1000

 

全体損害 4500以上

 

となる。

 

これだけの損害が出ていた。まさに死兵となった張曼成の兵の恐ろしさと矢の温存が裏目にでた結果だった。幸運なことにこの損害のほとんどが負傷と長時間戦っていたからくる消耗である。

 

普段私や姉さんの騎兵による機動戦ではない歩兵主体の戦いのために消耗は大きかった。騎兵>歩兵の公孫家だからこその損害である。

 

「……かなりの損害だ」

 

「ああ、思ってたよりひどいな」

 

『………………』

 

姉さんと私の呟きにこの場にいる誰もが言葉を発せずにいた。特に劉備たちは私たちの軍の損害数を聞いて、顔を青くしている。

 

「……あ、あの、どうしてこんなに損害がでたのですか?」

 

そんな重苦しい空気の中で、諸葛亮が震えた声で私たちに聞いてきた。私たちは互いに視線を交わし、そして姉さんが私にその説明を促した。

 

「……お前らは私たちが戦っていた相手は誰かわかるか?」

 

「……黄巾賊なのでは?」

 

「ああ、確かに黄巾賊だ。だがただの黄巾賊ではない」

 

「それは……」

 

私の言った意味を理解したのは諸葛亮の他に鳳統、それに星ぐらいだった。劉備たちはその言葉に首を傾ており、本郷は困惑しているような顔をしている。おそらく史実の黄巾の乱との違いに気がついたのだろう。

 

「今回私たちが戦った黄巾賊は、黄巾の中でも精鋭の3軍のうちの1つ、官軍を幾度と破っている張曼成と彼が率いた約30000の兵だった」

 

「……張曼成」

 

諸葛亮が彼の名前を呟くが、私は気にせずに説明を続ける。

 

「戦の中盤までは何の問題もなく進んでいた。青怜の第3軍を囮に敵を引きつけ、私と姉さんが突撃、完全に包囲した。だが問題は私が一騎打ちの末に張曼成を討った後だった」

 

「……まさか」

 

劉備たちが息を飲んで私の話に耳を傾けている。だが、彼女らの中でもその先に何が起こったのかを理解した諸葛亮と鳳統の2人の顔色が青く染まっていた。

 

「張曼成の副将、趙弘が自軍を焚きつけ、死兵となったんだ」

 

「死兵になったんですかッ!?なぜ!?」

 

「張曼成がそれほどの将だった。そういうことだ」

 

私が驚いて声を上げた関羽に簡潔にそう言うと、劉備たちは押し黙ってしまった。

 

「正直私たちが黄巾賊だと舐めてかかっていたことは確かだった。それが完全に裏目に出たのだろうな」

 

「ああ、多少は強いとは思っていたがまさかここまでとは思ってもみなかったさ」

 

『………………』

 

私と姉さんが自虐的に言うと、再び沈黙が場を支配する。公孫の誰もが下を向いて俯き、自らの判断の過ちを悔やんでいた。

 

「……ふぅ、いつまでもこんなことをしてる場合じゃない、軍の再編成をしようか」

 

私は頭を振って声をかける。

 

「そうだな、いつまでもこのままじゃいけないよな」

 

「そうね、早く兵たちを休ませなくちゃね」

 

放っておいたらいつまでもこのままの状態になりそうだったので、私がそう切り出すと姉さんと青怜の2人も頭を切り替えるように顔を上げる。

 

「はっきり言って歩兵は全て第3軍に合流させた方がいいと思う。その場合、指揮は郁に一任する」

 

「……それで残る負傷兵はどうする?いつまでもここに置いておくわけにもいかんぞ」

 

「それは軽傷の兵に護衛を頼みましょう。幸いここは幽州の南にある冀州よ、啄郡までそうはかからないわ」

 

頭を切り替え、今後について話し合い始めると、次々に持ちあがった案件がなくなっていく。漢の内乱期でなくても常時異民族相手に戦場にいた私たちの直面したものばかりであった。そのため、どれも対処法や流用の仕方など簡単にできるものであった。

 

「だが指揮官は誰にする?私と姉さん、青怜、郁は抜けるわけにはいかんぞ?」

 

「そうね……絃央はどうなの?」

 

「確かに絃央なら大丈夫だが、白馬義従の副官の一角がいなくなるのは辛い」

 

「それに義勇軍に預けている投降兵もあるぞ?正直そこまで戦力を分けるわけもいかない」

 

圧倒的な指揮官クラスの不在が、この状況を生み出していた。そのことは誰もが分かっていたが、今ここで騒いでいても意味がない。それよりも誰が負傷兵の運搬と共に啄郡へと帰るかが問題であった。

 

だがそれを叶わせる方法は一つだけあった。だからこそ、私は劉備たちに気が付かせないように机を二回ほど指で叩く。

 

姉さん、青怜、郁、合わせろ。

 

そう目で合図すると三人もわかっているようで、小さく頷いた。内心誰もが抜ける歩兵の穴に義勇軍をねじ込みたい、だがそれを言う訳にはいかない。

 

「……いつまでも考えても仕方がない、青怜、頼めるか?」

 

「え?」

 

「……どうゆうこと、黒蓮」

 

私がそう言うと、言われた彼女は驚いて普段出さないような声を出した。そして、姉さんが訝しげにこちらを見る。

 

演技とはいえ、少々わざとらしい。青怜に演劇は無理だな。

 

「この際、歩兵のほとんどには戦線離脱をしてもらう」

 

「何だとッ!?」

 

「……へぇ」

 

姉さんは私の言葉に思わず、腰を上げている。その隣の青怜は鉄扇で口元を隠し、鋭い目つきで私を見ていた。

 

その下では笑っているのだろうに。姉さんは力を入れすぎだ。

 

「それはどういうことかしら?」

 

「今回の遠征は歩兵を返し、後は騎兵主体で行うということだ」

 

「その理由は?」

 

「足の速い騎兵なら今回のような大規模な戦に遭遇することはなくなる。兵糧も少なくなるし、斥候の数を増やして迂回しながら進めるだろう。そして張曼成の頸を取った私たちにはもう恩賞は決まっているから別にここでそこまでして戦力を減らす意味もない」

 

官軍が敗北した張曼成の軍を打ち破ったのだ。それだけでも十分恩賞ものだし、それなりの功績だろう。後の張角の頸を求めて他の勢力との競争ははっきり言ってかなりキツイものである。

 

なら他に奴にくれてやればいい、張曼成の軍は黄巾賊の中でも規模、強さは最強だろう。私たちはそこで官軍が押し切れなかった相手に単独で勝利したのだ。なら恩賞は確実、後は張角の頸を狙っている奴にそれを渡す。

 

だがらと言って誰にでも渡すことはできない、特に同じような功を持っている勢力はダメだ、そこを最低限の兵力で邪魔しよう。

 

「恐らく本拠地に攻め入るのは、曹孟徳、袁本初、袁公路と名高い勢力だ。疲弊した私たちには少々荷が重い」

 

「だからと言って張角の頸をあきらめるの?」

 

「そうは言っていない。狙うのなら突破力のある私たち騎兵がいいだろう、疲弊した歩兵ではキツイはずだ」

 

「舐めないでほしいわね、私たち第3軍がそこまで脆弱だと?」

 

「そんなはずがないだろう、馬鹿者。大局を見ろ、お前の第3軍は北方の守りもあるんだぞ?その戦力を無駄に減らすわけにはいかない」

 

ここで下手に戦力を減らし、北の防壁を突破されては意味がなかった。だからこそ、ここで戦力を温存させる必要があると思う。それに別の理由もあり、だから姉さんも青怜も私の誘導に乗っている。

 

「あなたこそ大局を見なさい。ここで戦功をあげれば今回の遠征に釣がでるほどの恩賞がもらえるわ、それなら再編成も簡単ではないかしら」

 

「……頸が取れる保証はどこにもない」

 

「あら、幽州にその人ありと言われた黒蓮にしては随分と弱気ね?」

 

「……なんだと?」

 

立ち上がって二人でにらみ合う。煽ってきた青怜に怒ったような演技をする私。まさかこんなことをするとは思ってもみなかった。

 

それと青怜、本気で私を煽ってるな、後で〆る。

 

「おい、二人ともやめろ」

 

私と青怜の間に姉さんが割って入る。軍議と言う場なのに、空気が一段と悪くなったような気がした。

 

劉備side

 

今、目の前で様々な物事が次々に決まっていく。兵糧の問題や負傷兵のこと、軍の再編成、今後の方針、ありとあらゆる案件が上がってはその場ですぐになくなっていく。正直、この場において私たちは必要ないかとすら感じた。

 

「ねぇ、朱里ちゃん。正直私たちは必要ないんじゃないかな?」

 

「いいえ、桃香様。確かに今は軍の再編成を白蓮様がなさっているので、私たちの出番はありません。でもこのすぐ後に私たちの出番もきます」

 

そう言った朱里ちゃんはすぐさま再編成を行っている公孫家の方に真剣な顔で耳を傾け始めた。どうやら公孫家の軍の情報を得ようとしているのだろう、その小さな体でしっかりとしている。

 

その時、もう一方の軍師はどうしているのかな、と視線を移すと、なんと彼女は公孫軍の再編成の手伝いをしていた。震えた声で、白蓮ちゃんたちにしっかりと意見している。

 

すごいなぁ~。

 

私はそう思いながらもその様子をしばらく見ていることしかできなかった。

 

◆◇◆◇

 

「あら、幽州にその人ありと言われた黒蓮にしては随分と弱気ね?」

 

「……なんだと?」

 

二人が立ち上がって至近距離でにらみ合う。その迫力は戦場にいるようで、二人とも頭に血が上っているは明らかであった。

 

「ね、ねぇ、朱里ちゃん。大丈夫かな?」

 

「はい、恐らくは」

 

そう言って頷いた彼女がとてもたくましく見える。

 

「二人ともやめろ」

 

そう白蓮ちゃんが言うと二人はしぶしぶと離れ、席に座った。そして、そのまま黙り込む。

 

「まったく、私にあれだけ言ったのに何でお前らがそうなってるんだ」

 

「ふん」

 

「……」

 

白蓮ちゃんが注意しても二人は全く反省する気はないように見えた。そうしてこのまま無言の空気が続こうとしているとき、隣から小さな手が上がり、この場の目線を集めた。

 

「……あの白蓮様」

 

「どうした、何かあるのか?朱里」

 

「はい、その件の。歩兵の補充、それに私たちを使ってはいただけませんか?」

 

「え?」

 

私の口から自然とそんな声が出た。まさか朱里ちゃんがそう言うとは思ってもみなかったからだ。そして朱里ちゃんの方を向き、尋ねようとすると雛里ちゃんが私の手を握り、首を横に振った。

 

……ここは朱里ちゃんに、任せてくだ、さい。

 

彼女の眼がそう言っていた。私はそのことに迷い、周りを見るとご主人様が同じように頷き、まかせろ、と口を動かした。

 

私は朱里ちゃんにこの場を任せることにし、ただ場の流れを読むことに集中する。

 

「……ほう」

 

そして妹さんの鋭い目が朱里ちゃんを貫く。だが、それでも朱里ちゃんは一歩も引かずにその視線に耐え、一切眼をそらそうとはしなかった。

 

「その理由は?」

 

「はい、まず私たち義勇軍には大きな問題があります」

 

「確かに、兵たちの練度や指揮官の不在、色々とあるが……一番は兵糧だろ。違うか?」

 

「はい、その通りです」

 

確かに今ある私たちの兵糧は心もとない。このままいけば、主戦場に着く前になくなってしまうかもしれないほど少ない。そのことは皆知っているし、補充の方は各勢力との交渉で賄うつもりであった。

 

「そこで私たちを使ってもらう代わりにこちらの兵糧や物資を賄ってはもらいませんか?」

 

「確しかにそれは妙案だ。だが、それだけの仕事をお前たちはできるんだろうな?たかだが寄せ集めの兵だろう?」

 

む、そんなことないもん!

 

「はい、ですがダメなら私たちを捨て駒にすればよろしいのです。それなら公孫家に損害は兵糧と物資のみになります」

 

それって……いいの?

 

「でもそれは私たち第3軍でもいいのよね?むしろあなたたちよりもうまくいくわ」

 

そう言った白蓮ちゃんの従妹の子則。彼女の後ろから戦場を見ていたけど、彼女の持つ兵は精強にして、頑丈。まるで岩のように感じ、歩兵たちが見事な技量で相手を倒していた。そのことを思い出してみれば確かにこちらの兵より確実にうまくいく。

 

「そうでしょう、ですが少なからず損害が出るはず。後のことを考えるならここは私たちに任せてみるのも一考でしょう」

 

「あなたたちに渡す物よりもそれは貴重なのかしら?」

 

「はい、精兵を減らすよりは」

 

『…………』

 

朱里ちゃんの言葉に公孫家の皆が黙り込む。自然と緊張感が高まり、私は雛里ちゃんの手を強く握ってしまう。

 

「私は姉さんの指示に従おう」

 

「私も同じく」

 

「……わかった」

 

そう二人が言い、白蓮ちゃんが顎に手を当てて考え込む。どれくらい経っただろう、眼をつむっていた彼女が私に眼を向けた。

 

「悪いな、桃香。義勇軍を使わせてもらう」

 

「いいよ、白蓮ちゃん。困ったときはお互い様でしょ?」

 

私がそう言うと、白蓮ちゃんは申し訳なさそうな顔で頷いた。

 

「そうだな、ありがとう。それで指揮権の方なんだが、大本はこちらに渡してもらうがそれでいいな?」

 

「えっと……」

 

「はい、わかりました。ですが実際の部隊の指揮の方は……」

 

「ああ、朱里たちに任せる」

 

「そうですね、それでは細かな話は明日にしましょう」

 

「そうだな、兵たちも私たちも疲れている。そろそろ休ませたい」

 

「明日のいつごろに?」

 

「こちらから伝令を向かわせる。たぶん昼ごろになると思うが……」

 

「わかりました。さぁ、桃香様行きましょう」

 

「う、うん」

 

そして私は朱里ちゃんに手を引っ張られながら天幕を出る。それに続いて義勇軍の皆が一緒に外に出て、自分たちの天幕へと向かう。

 

その途中、私はさっきのことが気になり、朱里ちゃんに聞く。どうしてあのようにしたのかと。

 

「それは白蓮様たち公孫家の面を尊重したためです」

 

「白蓮ちゃんたちの?」

 

「はい、白蓮様は幽州でも名の通った太守様であり、妹の伯硅様も同じく武名高い。その方々がたかが黄巾程度の相手に苦戦し、そして戦力が足りなくなるほど損害を受けたとなると……」

 

「……それは、武名高い公孫家にとって害、にしかならないの、です」

 

「そしてそのために白蓮様たちは私たち義勇軍から提案するようにあの場を整えました」

 

「……それに朱里ちゃんが乗ったの、です。互いの利害が一致したからこそ、今回はこのようになり、ました」

 

「なるほど……でもまだまだいけそうだったよ?私たちがいらなくなったと思うぐらいに」

 

それは軍の再編成時に見て聞いた限りではということ。怪我をしていても私たち義勇軍では刃の立たないほどの練度はあったと思うほどに士気は高く、兵も充実していたと感じた。

 

「実際にはそうでしょう、ですが公孫家の兵は常に国境沿いでの警備の任に着いています。その戦力が減少すればそれはすぐに幽州国境の治安悪化につながります」

 

「……ある程度の戦力保持は絶対であり、その境目が今回の戦で出た負傷者、です。だからこそ私たち義勇軍がそれに宛がわれた、のです」

 

「そしてそれはそのまま私たちが使い捨てにされることを意味しています、都合のいい戦力として」

 

「それってまずいんじゃ!?」

 

「そうだ!!そんなことに兵たちを!」

 

「ですがそれは承知のことです」

 

……そうなの?

 

そう私たちが疑問の眼で朱里ちゃんたちのことを見ると、二人はしっかり頷いた。

 

「如何にしろ、官軍のいる場所までいけば必ずそうなっていたでしょう。なぜなら私たち義勇軍が示せる、出せるものなどそれくらいしかありませんから」

 

「……他の勢力でも同じような扱いを受けるはず、なら何度かその戦いを経験している、公孫家の方が連携も、戦い方も、扱い方も分かる方がいい、のです」

 

「どのような手でこちらを扱うのかを始めからわかっていればその応手も用意できます」

 

「……それに下手に他の勢力で使い潰されるよりは、すでに大きな功績を持ち、桃香様の親友である白蓮様の公孫家の方が危険は少ない、ですから」

 

なるほど、私たち義勇軍が出せるのは臨時の戦力ぐらいでしかない。それも訓練などをしていない練度の低い兵、前線でただの消耗戦力としてしか使いどころはない。ましてやほとんどが太守のような位の人たちの中で無名の私たちが率いている義勇軍……使えるかを示すのは戦場でしかない。

 

しかもその戦場こそが黄巾賊の本拠地での戦いになるのは可能性は高い。なら始めから公孫家の中で戦った方が色々と楽だし、何よりもその方が危険はずっと少ない。それに私たちも実際に公孫家の実力を知ってるし、知らない人よりかは白蓮ちゃんは信頼もできる。

 

「じゃあ、二人は私たちがどこで何をするのかが分かっているの?」

 

ふとした疑問が浮かぶ。そう言っては二人はまるでどこでどんな役割をするのかが分かっているかのように。

 

「はい……それにしても白蓮様はやさしい方ですね。わざわざこちらに情報を与えてくれるなんて」

 

「「「え?」」」

 

そう朱里ちゃんが言った瞬間に私やご主人様たちの声が重なった。

 

「……気が付いていなかったのですか?」

 

「……まさか鈴々や桃香様はともかく愛紗までも?お主は将であるのだぞ、少々気を引き締めておいた方が良いと思うのだが……」

 

信じられないような顔で朱里ちゃんはご主人様や私を、星ちゃんは呆れ顔で愛紗ちゃんを見ている。そう言われると私は気まずくなって目をそらした。

 

「良いか、愛紗。白蓮殿はわざわざ軍の再編成に私らを入れたことをよくと考えた方が良いぞ?軍の機密をわざわざ漏らす、その理由を」

 

「……白蓮様は、私たちのことを考えた上で、こちら譲歩したのです。軍の内容……それも規模と損害の情報と、そうなると自然と私たち義勇軍がどこに配置されるか、それが分かります」

 

「配置される場所によって私たちの役割は分かります、そして今回の役割は壁です」

 

「壁?」

 

壁と言えば壁だろう、つまりはそういうこと思う。

 

「恐らく我らが義勇軍であり、戦闘経験も練度も低いということを配慮しての事だろう。下手に連携をさせるよりも、ただそこで敵を食い止めるだけにして下さったのだ」

 

「星さんの言う通りです、でもそこは妹の仲珪様や子則様は反対していたと思いますが」

 

「……それを押し切ってですから、今頃怒られているかもしれません」

 

心の中で白蓮ちゃんに感謝する。今まではすっかり変わっていたと思っていたけど根はそこまで変わっていないことに安堵した。

 

そしてさっきの出来事の中でここまで考えているとは思いもよらず、私はそのまま二人の頭をなでる。そうすると二人は少し顔を赤くしながら私の手を気持ちよさそうに受け入れていた。

 

「ありがとうね、二人とも」

 

「いえ、私たちは実際に戦うことはできないので……」

 

「……こんなことしかできない、のです」

 

二人はそう言って黒い顔で俯いてしまう。でもそんなことは関係ないと私は思う。なぜなら二人は私たちができないようなことをやってくれるし、逆に私なんかは剣を持って戦えないし、二人のように何かを考えることはできないのだから。

 

「いや、そんなことはない。戦うことしかできない私から言わせれば羨ましいし、二人に任せれば安心して前だけを向ける」

 

「そうですぞ?お二人のように誰もが思慮深い訳ありませぬ。ほら、そこの愛紗なんてただのイノシシですぞ?」

 

「何だと!?」

 

そうして二人がじゃれあい始めると自然と私たちは笑いがこぼれてしまう。

 

「はいはい、二人ともじゃれるのはそれぐらいにしてくれ」

 

「ご主人様!私はじゃれあってなど……」

 

「そうですぞ、主。私たちはじゃれあってはおりませぬ」

 

「じゃあ、何だよ」

 

「私が愛紗で遊んでおるのです」

 

ご主人様が胡散臭そうにそう星ちゃんに聞くと、彼女は面白そうに満面の笑みで答えた。

 

「このッ」

 

そして再び愛紗ちゃんたちはじゃれあい始める。そのことを呆れ顔で見たご主人様は二人に向きなおった。

 

「ま、適材適所ってことだからそんなに気にするな」

 

「「はい!!」

 

御主人様の言葉に二人は元気よく返事をした。

 

こうやってみんなが私を支えてくれる。そのことに感謝をしながら私は皆と共に夜の中、自分たちの天幕へと歩き出した。

 

黒蓮side

 

とりあえずさっきのことで姉さんを殴っといた。手加減してだ、決して本気では殴っていない。たとえ姉さんの頭に大きなこぶができようが、恨むような顔で頭を押えていようが。

 

こっちみんな。

 

「まぁ、姉さんが厄介なことをしでかしたが……これからどうする?」

 

「私は頸を狙うのは賛成、より戦功が確実なものになるでしょ?」

 

「でも戦力的にはきついのは変わらない、それに黄巾の本拠地は城壁を持っているぞ?」

 

「攻城戦ならよけいに歩兵が必要だな……」

 

「それに無駄な雑魚が壁外に展開していると見ていい、それを排除してからだ」

 

「手詰まりだな……」

 

これから先のことで公孫家上層部が頭を悩ます。歩兵がいれば攻城戦もできるのだが、残った兵に義勇軍では心もとない。

 

「どちらにしろ、状況が分からない限り手の打ちようがないな。あっちに行ってから最終判断しよう、そこは姉さんに任せる」

 

「私は帰るから郁、後はよろしく」

 

「承りました、青怜の分まで頑張りますね」

 

「では、解散だ」

 

そう言って私たちは解散し、天幕から出て行く。そして自分の天幕へと戻る途中、空を見あげるとそこには一切の雲がなく、爛々と宝石のように星々が輝いていた。

 

「星はあんななにも輝いているのにな……」

 

ままならないものであると自覚して私はその場を後にした。

 

 




誤字脱字、感想等ありましたら気軽に書いてくれたら幸いです。

意見板の方にコメントを下さった方々

本当にありがとうございました。

結果、いくつかのキャラを登場させつつ、プロットはそのままで行きます。

現在、文章を改修しつつ、駆逐艦育てながら投稿していきます。


これからもよろしくお願いします。

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