真・恋姫で地味ヒロインの妹してます   作:千仭

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こっそりと投下。

やっとリアルが落ち着いたから書き溜めたものを投稿します。

随分と時間が経ってしまいましたが楽しんでくれたら幸いです。

よろしくお願いします。


黄巾賊 前哨戦(3)

黒蓮side

 

 

私と彼は同じタイミングで大地を深く踏み込み、そして一瞬でトップスピードに達した。しかし、そんな高速の中でも私の眼には彼の動きがスローモーションのように見えていた。

 

彼の矛が空気を突き破り、真っ直ぐに私の胸に迫ってきている。その狙い、突きの鋭さは今までのとは比ではない。

 

それは紛うこと無き彼の乾坤一擲、最初で最後の一撃。

 

そしてそれは私も同じ。

 

賭けるのは互いの命と譲れぬ想い。

 

負ければ互いにそれを失うだけ。

 

だが、それは私も彼も自分の命を賭けることよりも嫌だった。

 

だから私は……この場所で、この瞬間、そしてこの手で、こいつを殺す。

 

互いの意志がぶつかり合う。

 

その中で狙うは彼自身ではなく、直槍の矛の部分。彼の武器を破壊し、無防備なところをぶった切る。

 

私は彼の矛先に向かってちょうど良いタイミングで戦斧を振り下ろす。

 

私自身もゆっくりと動く、刹那の時間がとても長く感じる。まるでこの世界が止まっているように。

 

「ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおッッッ!!!!!」

「はぁぁぁぁぁああああああああああッッッ!!!!!」

 

徐々に近づきつつある私の戦斧と彼の矛先。彼以外見えない真っ白な空間で、ついにその二つが衝突した。

 

今まで以上の衝撃と甲高い金属音、そして飛び散る膨大な火花と鉄片。

 

私の戦斧が彼の槍を木端微塵に粉砕し、その破片がゆっくりと目の前で四散した。それと同時に私の戦斧も限界を迎え、刃の部分だけが崩れて吹き飛び、ただの鉄塊と化す。

 

だけどそれだけじゃ終わらないッ!!

 

私も彼もそのことだけはなぜかはっきりと理解していた。

 

それは――

 

ここで退いたら後はないから。

 

そして――

 

どちらも譲れないからだ。

 

彼と私だけのたった二人だけの空間で、ただの鉄塊となった戦斧を切り返し、横一閃に振りぬこうとする。

 

だがそれよりも一瞬早く、ただの棒となった直槍を捨てた彼が私の目の前まで踏み込み、固く握った拳を振りかぶった。

 

避けようにも振りぬこうとしている私の身体はもはや止めることができない。しかし、彼の命を燃やした氣が込められた一撃は致命傷に値する。

 

この状況で取れうる行動はただ一つ、私は迷いもなく覚悟を決めると彼の腕が伸びきる前に上半身を前に出し、自ら拳へと額をぶつける。

 

それと同時に全身の関節を捻り、鉄塊となった戦斧を加速させる。

 

「「ッ!?」」

 

戦場に響いた爆音に、飛び散る鮮血。

 

それはこの場で私と彼の勝敗を決めたことを意味していた。

 

 

張曼成side

 

 

俺の拳は彼女の額で受け止められた。そして彼女の戦斧は俺の脇腹へと深くめり込んでいる。それは自分の身体が上がる苦痛の悲鳴と上半身の熱さが物語っていた。

 

「…………俺の……負けか……」

 

今もなお体中を走る激痛の中、俺は彼女に問いかけた。

 

「…………ああ、私の勝ちだ」

 

彼女の声が聞こえる。そしてその言葉の意味も理解することができた。薄々は気が付いていた。この全身を駆け巡る痛みは俺が彼女に敗北したと意味していることを。

 

……ざまぁ、ねぇな。

 

これが俺の最後か。

 

そしてそこで気が付く。俺は彼女に支えてもらうかのよう寄りかかっていたことに。

 

踏ん張る力も俺に残っていないのか……。

 

そう思った瞬間、本当に体から力が抜け、地面に崩れ落ちる。迫る地面に目をつむり、その衝撃に身構える。

 

としても、もうどこにも力なんて入らないし、動かすこともできないけどな。

 

地面にぶつかる衝撃に身構えたが、一向にその衝撃は来なかった。そして俺は何かに支えられていることも。

 

ゆっくりと目を開けると、そこには額から血を流した彼女がいた。そしてその流れ出た血は彼女の顎先から俺の頬へと落ち、地面へと流れていく。それが妙に暖かく、まるで彼女が流した涙のように思えた。

 

「……何か言い残すことはあるか?」

 

これは戦場で散る俺への彼女の優しさか。それとも憐れんだ故の同情か。

 

後者だったら余計なお世話だな。

 

そういらんことを考えていると、再び暖かい血が俺の頬へと滴り落ちる。その暖かさが彼女のこの言葉が後者ではないことを示していたような気がした。

 

そう、その気がしただけだった。

 

でも今の俺にはそのことが本当のように思えた。

 

だから最後の願いとして彼女にあの子たちのことを託す。

 

力のないあの子らが、無残にも殺されないように。

 

力のない声で俺は彼女に言った。

 

「…………………ああ、分かった」

 

彼女はそう言って俺の頭を地面に置いた。

 

もう言い残すことはない。

 

そう思い、目をつむると、色んなことが瞼の裏に駆け巡った。そしてそれを掴むように手を伸ばす。

 

もう死んでしまった親の記憶。

 

そういや、こんな顔していたな。

 

次に始めて槍を握った時の記憶。

 

……あの時はまだしょぼかったな

 

流れの武人となって色んなところを旅した記憶。

 

…………あそこにまたいきてぇな。

 

黄巾の将になった時の記憶

 

………………ここが死に場所と決めた。

 

そして、あいつらの顔が浮かんだ。

 

一緒に笑い

 

一緒に泣き

 

一緒に喜び

 

一緒に悲しみ

 

一緒に怒り

 

一緒に戦った

 

家族ともいえるあいつらの顔が。

 

「……あぁ……畜生」

 

諦めきれない。

 

ここで終わりなのか。

 

あいつらを残して死ぬのか。

 

まだ……俺は

 

あいつらと一緒に俺は

 

この腐りきった国に

 

この非情な世に

 

苦しみを、怒りを思い知らせるんだ。

 

だからッ!

 

「……まだ……まだ…………俺は」

 

 

 

 

 

戦える。

 

 

 

 

自分の身体に力を入れる。だがピクリとも動かなかった。

 

動けと、自らの身体に活を入れる。

 

でも少しも反応はしなかった。

 

あまりの悔しさに涙が勝手に溢れ出す。

 

 

 

俺は――

 

 

 

あいつらの苦しみを

 

 

 

この世に知らしめてやることができただろうか。

 

あいつらの想いも

 

あいつらの願いも

 

あいつらの怒りも

 

あいつらの感じたこと全てを――

 

 

 

 

この理不尽な世界に知らしめてやることが本当にできたのだろうか。

 

 

 

 

その問いは誰も答えてはくれない。

 

……もう

 

どうでもいいな。

 

もう何も見えないし。

 

視界は真っ黒に染まっている。

 

感覚もない。

 

眠ろう。

 

ああ、そういえば……

 

あいつとの最後の約束。

 

 

守れなかったな。

 

「……すま…ぃ(すまない)……」

 

 

黒蓮side

 

 

私は強烈な衝撃により、頭を揺さぶられた。額に激しい振動と熱い何かが顔を通った。目の前の景色がぼんやりとし、はっきりと見えない。だが、私の身体に何かが触れていることだけはわかった。

 

それは暖かく、そしてほのかに重みのあるもの。

 

混濁した視界が段々と鮮明になる。徐々にクリアになる視界の中で見えたものは、口から血を流して私の身体に寄りかかっている彼の顔だった。

 

「…………俺の……負けか……」

 

掠れた声で彼は自分の敗北を私に囁いた。彼は悲しそうに笑っていた。

 

「…………ああ、私の勝ちだ」

 

そして、私は自分の戦斧が彼の脇腹へと深くめり込んでいることをその手の感触から悟った。彼はそのまま徐々に力尽き、最後に糸が切れたような人形のように地面に崩れ落ちた。それを私は自分の腕と膝で受け止める。

 

額から流れる血が私の顎を伝い、彼の頬へと落ちていく。そして彼の涙のように地面へと流れた。

 

「……何か言い残すことはあるか?」

 

私がそう問いかけると、微かに反応した彼は閉じた瞼を辛うじて開く。そして微かに聞こえる小さな声で話し始め、私は彼の口元へ耳を寄せた。

 

「…………………」

 

「…………………」

 

「…………………」

 

「…………………ああ、分かった」

 

私は彼の最後の言葉を聞き、静かに地面に頭を置いた。そうすると彼は力の入らない震えた手を天へと伸ばす。

 

「……あぁ……畜生」

 

微かに聞こえる彼の悔恨の声。

 

「……まだ……まだ…………俺は」

 

私は腰に差してあった剣を抜き――

 

「……すま…ぃ……」

 

彼の心臓へと突き刺した。

 

「……」

 

そう静かに呟く。彼は私にその生を終わらせられる最後は、誰かに謝っているように泣いていた。

 

そしてとどめを刺すと同時に周りにいた公孫の兵たちは揃いも揃って勝鬨を上げ、逆に黄巾の兵たちは自分たちの大将の最後に悲しみ、涙を流しながらその眼は怒りに燃えていた。

 

どうやらこれで終わりではないらしい。

 

私はそのことを確信していたが、それでも彼らに投降を呼びかけるために重くなった身体に鞭を打ち、息を大きく吸った。

 

「敵総大将、張曼成はこの公孫仲珪が討ち取ったッ!!。黄巾の兵たちよ!武器を捨て、大人しく投降せよッ!!さもなくば敵として貴様らを討つッ!!」

 

しかし、目の前の黄巾の誰もが復讐に取りつかれたような眼をしていた

 

どうやら私の投降を促す言葉は彼らには届かなかったようだ。誰もがその手に持った武器を捨てることなく、彼ら全員が今にも襲いそうなほどに高ぶっている。

 

「…………」

 

私が黙ってその様子を見ていると、雲が少しあるとはいえ晴れているのに空からぽつぽつと雨が降りだした。まるでこの戦場の業火を鎮火させるように静かに降り注ぐ。しかし、それだけでは鎮火させることはできそうになかった。それほどまでに目の前で倒れた張曼成という男が生んだ炎は激しかったのだろう。

 

雨が私の熱くなった身体を外側からゆっくりと冷やしていく。だが、それでも私の身体の内にある熱さは、彼に灯された炎は、熱を保ったまま燃えていた。

 

私も彼の影響を受けたのだろうか。彼との命を燃やすような戦いの中で。

 

そう一人で感傷に浸っていたところで、姉さんがいるほうから一人の大声が聞こえてきた。

 

「……我らの大将の戦友たちよ、大将は討ち取られ、この戦いの勝敗は決まったッ!!。この先の戦いは一切生き残ることができない戦だッ!!。命惜しむ者あれば、今ここで武器を捨て、投降せよッ!!」

 

その言葉の内容は彼らの誰もに生と死の選択を与えたのであった。そのことは相手もわかっているのだろうが、彼らはその手の武器をしっかりと握り、そしてその中の一人も武器を捨てようとはしなかった。

 

「しかし、それでも我らの大将に付き従うのならッ!!」

 

恐らく最後まで命を燃やし尽くすような死の選択を彼らは迷わずにするだろう。その手に武器を持っていることが何よりも雄弁にそのことを物語っていた。

 

「その命尽きるまで我らが大将に続けぇ!!」

 

そしてその確信はすぐさま現実へと変わる。彼らは自ら死兵となることを選び、大将である張曼成とあることを選んだ。

 

まったく、本当に――

 

「……馬鹿野郎共が」

 

そう呟きながらも私は抜き身の剣で迫りくる一人を無造作に斬り殺す。斬られた男は血を吹き出して私の目の前に倒れた。

 

「……全軍、敗残兵を一掃せよッッ!!!」

 

その男に一瞥せずに横を通りすぎ、そして私のその言葉が戦の再開であった

 

白蓮side

 

何合か彼と戦っていると遠くの方で大きな歓声が上がった。その声の上がった方を見ればどう見ても黒蓮の兵たちが勝鬨を上げていたものだった。

 

どうやらあいつの方は終わったようだ。

 

その様子をじっと見ていれば、特に黒蓮の部隊が槍を上に掲げている。そこが一騎打ちの戦場だったのだろう。今もなお響き渡る歓声はやがてこの戦場に伝播し、自然と闘いが止まっていた。

 

また、あいつはいつものように部隊の先頭に立って突撃していたのだろう、私には真似できそうにない。我が妹ながらさすがだ。

 

そう思いつつ、その歓声に一息ついていると、晴れているにも関わらず、雨が急に降り出した。

 

その雨の下では自分の大将が死んだことを理解した趙弘が悔しそうに下唇を噛みながら俯いる。そして無言で顔を上げた。

 

その顔に流れているのは無念の涙か降り注いでいる雨か。

 

その答えは私にはわからなかったが、それでも彼が自らの大将と同じ道を選んだことはわかった。

 

それはそういう眼をしていたからだ。

 

私それを説得しようと近づくと、突然彼は顔を上げ、周りを見渡し、そして口を開いた。

 

「……我らの大将の戦友たちよ、大将は討ち取られ、この戦いの勝敗は決まったッ!!。この先の戦いは一切生き残ることができない戦だッ!!。命惜しむ者あれば、今ここで武器を捨て、投降せよッ!!」

 

それを聞いた黄巾の兵たちは黙って彼の言葉に耳を傾けていた。それは戦いの止まった中で黄巾の兵にも、無論私たち公孫の兵たちにも聞こえていた。

 

それと同時に私の頭に何か嫌な予感が走る。

 

まさか、ここで死兵にでもなるつもりか!?

 

趙弘がその命を捨て、ここで死ぬことはその眼を見てわかっていた。だが周りの兵たちも巻き込むとは思ってもいなかったのだ。もし、彼がここのまま一人で討たれていれば彼の近くにいた一部の兵たちだけが彼の後に続くだろう。戦況のわからぬ者たちは諦め、降伏するか逃げ出すはずなのだ。

 

それ故に今、ここで彼の言葉で敵の意志に少しの火も灯させてはいけない。少しでもその心に火が灯れば、彼の言葉をやめさせなければ、ここにいる多くの黄巾の兵は自ら進んで死兵となり、命が燃え尽きるまで私たちと戦うことになるだろう。

 

だからこそ、私はこれ以上無駄な争いやめさせようと趙弘の下へ駆け出す。手に持った剣を構え、斬りかかる。だが私が動き出すと同時に彼の周りに分厚い壁ができたように黄巾の兵たちが立ちはだかった。

 

「くッ!?これ以上命を無駄にするつもりかッ!?」

 

阻まれた私は敵兵を斬り裂きながらそう趙弘に叫ぶ。だが私の言葉を無視した彼は止まらずに口を開いた。

 

「しかし、それでも我らの大将に付き従うのならッ!!」

 

やめろ、それ以上は言うなッ!!

 

「その命尽きるまで我らが大将に続けぇ!!」

 

この――

 

「馬鹿がッ!!」

 

彼らは私の言葉に構わず、自らの大将と共にあることを選んだ。もはやその業火は燃え尽きるまで消えることはできない。

 

ならばやることは一つだけ。

 

私は手に持っている剣を空高く掲げ――

 

「「全軍、突撃ッ!!」」

 

その言葉と共に振り下ろした。

 

戦場が再び業火とその熱さで包まれた。互いの兵たちがただ相手を殺すためだけにその矛を、剣をふるっている。

 

そこには大義も、正義も、何よりも目的すらなく、ただ死に場所を求めた敵と生きることを望んだ私の兵たちが互いに殺し合っている。

 

先程まで流された血は決して無駄なものではなかった。互いに譲れぬものがあり、それを曲げられないからぶつかり合い、戦った。

 

そしてそれを終わらせたのが黒蓮だったまで。

 

しかし、今も目の前で繰り広げられている光景は一体なんだ。

 

死に場所を求めた敵と生きることを求めた私たち公孫の兵。その双方がただ目の前の敵を殺すために、その矛を振るっている。それはまるで戦ではなく、弱肉強食の慈悲もないこの世界をそのまま映しているかのようだった。

 

それはもう意味のある戦でも、ましてや互いの意志がぶつかり合ったものでもない。

 

無駄な戦い、無駄な犠牲、無駄な血が流されている。

 

やり場のない怒りが私の中からふつふつと沸き上ってくる。目の前の敵の頸に刃を滑らせ、一気に振りぬく。

 

飛び散る鮮血、顔に跳ねた生暖かい血。

 

それがさらに私の怒りを沸騰させる。全身に灼熱が駆け巡ったように熱く、今にも発火しそうだった。

 

「おぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」

 

そして彼らにその火をつけた張本人の趙弘も、死に場所を求めて雄叫びを上げながら私に向かって駆けてきた。

 

「くそがッ!」

 

私も彼に向かって駆け出す。

 

何も考えられず、私はただ彼に向かってその怒りの矛先を向ける。

 

徐々に迫りくる趙弘、そして一瞬の交差。

 

 

私は趙弘という男の頸に刃を滑らした。

 

 

桃香side

 

 

私たちがその場に着いた時には、もう日が暮れようとしているときだった。前に放った斥候が前方で戦闘中の軍あり、と知らせてきたため、急いでその場に急行してきたのだ。

 

 

そこで私が見たものは――

 

 

乱世というものが現実化したものだった。

 

その場所に着いた義勇軍の誰もがその光景に唖然としていた。戦っているのは白蓮ちゃんの公孫軍と黄巾賊。そこだけは以前と変わらなかったが、その他は全く違っていた。

 

まず私が感じたのは圧倒的な熱がそこにはあった。

 

私が触れたものなら焼き尽くされるような灼熱が。

 

遠くから見ているのに眼前が揺ぐ。

 

そして空までが地獄のように赤く染まっていた。

 

互いが武器を持って、矛を構えて、剣を振り下ろしている。

 

怒号と絶叫が響き合い、命のやり取りがいたるところで戦場を覆う。

 

それは一方的な虐殺ではなく、双方に出血を伴ったものだった。特にそれが酷かったのが、白蓮ちゃんと妹の仲珪さんの旗がある場所なのがすぐに分かった。なぜならその二人が率いている部隊がこの戦場で最も激しく動き、血の雨を降らしていたから。

 

白蓮ちゃんの方は騎兵の部隊を忙しなく入れ替えて、その騎兵の機動力と打撃力、弓騎兵の騎射を有効に活用している。騎射しながら引いては敵を誘きだし、突出したところで別部隊の騎兵が横から突撃して容赦なく黄巾賊の命を狩る。それを何度も繰り返し、相手の勢いを削ぎながら効率よく敵の戦力を減らしている。

 

仲珪さんの方はまず重装騎兵が敵の集団に突撃し、無理矢理前線に穴をあけてすぐに離脱する。そして離脱した後に混乱している敵に別部隊の騎兵が突撃し、殲滅してはまた離脱していく。それを幾つもの場所で行い、騎兵の機動力と打撃力で敵を蹂躙していた。

 

どちらも高度な指揮であることは間違いない。今の私たちでは到底できそうにないものだった。そもそも騎兵の扱いが全く私たちと異なっているのに加え、その部隊の誰もが馬術に長けているように感じる。

 

だがそんな巧みな戦術で攻撃している公孫軍に全く怯まず、黄巾賊は立ち向かっていた。誰が死のうが関係なく、仲間の屍を超えてただ敵に向かっていき、その手に持った武器を振るい、そして力尽きたように果てていく。それはまるで自ら死に場所を求めているかのように。

 

何が彼らをそこまで駆り立てたのか、私にはわからなかった。

 

飢えや貧困などで仕方なく賊となり、村や町を襲うような元農民などの集団。それが私の中での黄巾という者たちの認識だった。だから包囲されたり、練度の高い軍と戦ったりして負けそうになれば逃げだすのは当たり前、現に私たち義勇軍と戦った黄巾たちがそうだった。

 

でもここではそれが違った。むしろ黄巾の兵は自分から敵を求めて前進し、死を恐れずに練度の高い公孫軍と戦っている。その戦いっぷりはまるで自分の命を燃やしているかのように熱く、そして熾烈を極めていた。もはや、この場所に命のやり取りしていない場所はどこにもなく、どちらも多大な犠牲を出しながら戦っていた。

 

ここにいる黄巾賊はただの黄巾賊ではない。それは目の前の光景を見ただけで簡単に理解できる。

 

だからこそ、私はこの中に入ることが怖かった。

 

でもここで黙って見ているような選択はできない。

 

何もしないで救える命を見捨てるのはもうやめたのだ。

 

私はゆっくりと一歩、皆の前に出る。

 

「皆、行こう」

 

この戦場の空気に呑まれた義勇軍の皆の視線が私に集まった。

 

「私たちはこんなことをやめさせたいから、この場所にいるの」

 

救えるものを救うために。

 

「もう黙って見ているのは嫌でしょ?」

 

あの時、私たちは見ていることしかできなかった。一方的に白蓮ちゃんたちが黄巾賊を殺している場で。

 

「私はもう見捨てられないんだ」

 

残された死のみが広がるあの戦場で、私はただ歯を食いしばっていることしかできなかった。

 

それが白蓮ちゃんたちの選択だった。

 

その選択は理屈では理解できた。

 

それは何を捨て、何を取るかということを。

 

でも私はそんなことはしたくない。

 

「たとえそれが捨てられていく小さな命でも」

 

しかし、それは力がなくてはできないこと。

 

それは苦しんでいる愛紗ちゃんや鈴々ちゃんを見ていて痛いほど理解させられた。

 

力がなかった私はただ見ていることしかできなかったということを。

 

でも今は違う。

 

私は後ろを振り返り、ここまでついてきてくれた皆のことを見渡す。不安そうな顔や強張っている顔で私のことを見ている。

 

私も皆と同じような顔をしているかもしれない。

 

今にでも泣きそうで、震えていて、そしてへたり込みそうな感じで。

 

「怖いのは皆一緒だよ。……でも、大丈夫」

 

ここまで一緒に戦ってきた仲間がいるから。

 

「だって皆がいてくれるから」

 

だから怖くても進むことができる。

 

「だから行こう、あの場所まで。誰かを救うために」

 

私は再び視線を戦場へと向けた。

 

「ああ、行こうぜ、皆ッ!」

 

そして私の言葉に誰かが答えた。その声はすぐ隣から聞こえ、思わず私はその方を振り向いてしまう。

 

そこにいたのは顔を青くしているご主人様だった。

 

きっと私と同じ気持ちなのだろう。怖くて逃げだしたいけど、捨てられていくものを救いたいのだ。

 

「ふむ、我が主の申す通りだ。我らもあそこに行こうぞ」

 

「ああ、私たちがいかなければ」

 

「星と愛紗だけじゃなくて、鈴々も行くのだ」

 

「行きましょう、桃香様。私たちにもまだできることがあります」

 

「……私たちも頑張ります」

 

皆が私の言葉に答えてくれた。そしてそれは次第に義勇軍全体へと広がっていった。

 

「それじゃあ、皆、行こう!」

 

『おうッ!!』

 

そして私たちは白蓮ちゃんたちがいる戦場へと駆け出して行った。

 

 




誤字脱字、感想等ありましたら気軽に書いてくれたら幸いです。




また「真・恋姫で地味ヒロインの妹してます」の休載をお知らせをします。

実はすでに黄巾賊編を終了し、日常編が終わり、反董卓連合編の足掛かりまで8月中に書いていたのですが、そこでいきなり壁を作者が発見してしまいました。

そう、モバゲーの「真・恋姫†夢想~乙女乱舞~」とか「英雄譚」とか死んだはずの孫堅いるとか、太史慈出てくるとか、皇甫嵩とか、何進とかいるし、他にも新キャラとか出てくるし、書いてしまった人物がいるしどうしようか迷うし、どうすればいいのかわからんし、書き直し始めているし、と作者のプロットが根底から崩壊みたいになってしまったので、呉の英雄譚してから決めます。

またご意見板として活動報告にてありますので何かありましたらそこにお願いします。

お手数おかけしますがよろしくお願いします。

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