◇5 とある魔術と科学にお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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崩れ落ちた二人

 ――前方のヴェントは内心焦っていた。

 

 というのも、暗殺対象でもある主の敵――珱嗄があまりにも強かったからだ。

 仮にもローマ正教の暗部、まさしく切り札とでもいうべき四つの戦力の一角を担う彼女だ。それなりの自負はあったし、それ相応の実力に見合うだけのプライドや信念と呼べるものもあった。

 それがたった一人の男によって打ち砕かれようとしている。それが彼女に焦燥と恐怖を与えているのだ。

 

 しかも、彼女のソレを加速させる要因として、自身の天罰術式が証明してしまう事実があった。

 

 彼女の天罰術式は、簡単に言えば『彼女に敵意を持った人間を昏倒させる術式』である。その効果はどんな強者であろうと例外なく発揮されるものであり、イギリス清教の禁書目録の持つ『歩く教会』でもなければ防ぐことなど出来はしない筈なのだ。

 だが、現に目の前にいる珱嗄は昏倒する素振りも無ければ、何か防御術式を展開している様子も、防御霊装を見に付けている様子もない。

 

 それはまさしく、何の敵意も抱かれていない(・・・・・・・)証拠だ。

 

 この前方のヴェントを前に、敵意すら抱かず圧倒してくる相手。しかも、漫才染みたやりとりを幼女と繰り広げながらだ。

 ヴェントにとってそれは、絶望的ともいえる格の差を見せつけられている気分だった。

 

「あの人さっきから様子を伺っている状態で止まってるんだけど。何? サファ○ゾーン的な感じ? ターン制なの? サ○ァリボール投げて捕まえるべき?」

「ポケ○ンじゃないから! 此処現実だから! って、ミサカはミサカは突っ込んでみたり!」

「いや昨今では現実世界でもポ○モン捕まえる時代じゃん。ポケモ○G――」

「言わせないよ!? って、ミサカはミサカはメタ発言ギリギリを行く貴方に驚愕してみる! 最早アウトだし! ってミサカはミサ」

「そっか、興味ないや。でさ」

「最後まで言わせてよ! でさ、じゃないよ! 何その強引な話題の変え方!? 揶揄うのもいい加減にしろこのおバカ――いたたたたたた!? ってミサカはミサカはアイアンクローに耐えながら貴方の心の狭さに涙目になってみrいたたたたた!?」

 

 そう、こんなやり取りを未だ目の前で繰り広げる二人を、ヴェントは今までにないくらい警戒し、そして隙を探している。

 こんなやりとりをしながらも、どこから攻撃を仕掛けようと返り討ちに遭う未来しか見えないのだ。馬鹿げているにもほどがある。

 

 勝てない、と判断したヴェントは一旦退くべき、という考えに至り、目標を一先ず『幻想殺し』の方へと変えることを決めた。

 珱嗄と戦って死ぬのは別段怖くはない。元より死ぬことなどヴェントにとって恐怖にはならない。

 彼女にとって今最も避けるべきなのは、今何も成すことが出来ずに此処で息絶えることだ。

 

 珱嗄がダメなら、せめて幻想殺しだけでも殺す。

 

 それがヴェントの出した結論だった。その後珱嗄に殺されたとしても、それはそれで一矢報いられたことになるだろう。

 

「あれ? 逃げるのか?」

「ッ……!」

「まぁ、追わないし逃げても良いけど――そこから一歩でも動いてみろ、どうなるか分かってんだろうな?」

 

 ほんの数ミリ、ほんの僅かに重心を後ろへと傾けただけだ。なのに悟られた。撤退しようとしたその心を、行動を、実行に移す前に止められてしまった。

 何故分かる――ヴェントにしてみれば、ほんの僅かな心の動きすら読み透かされている様な気分だ。珱嗄の此方を見る青黒い瞳は、吸い込まれそうな程深く、そして雨の中、日も出ていないのに鈍い眼光を映し出している。

 

 動いたら、殺られる。

 そう理解するのに、時間は要らなかった。目と目が合っただけで、理解させられた。

 

 だが、それでも――ヴェントは気持ちで負けるつもりはなかった。

 彼女には覚悟がある。科学に弟を殺され、そして復讐に身を投じたあの日から、彼女の内には強固な意志と死をも恐れぬ覚悟がある。

 それは如何に強大な敵が現れようとも関係ない。臆すことはあれど、それでも誓った復讐の炎と強固な覚悟が、彼女の気迫だけは崩させなかった。

 

「動いたら……どうなるってのよ……ッ……!」

 

 故に、気丈に返す。言葉を紡げば紡ぐだけ、肉体が、本能が、恐怖という警鐘を鳴らし、嫌な汗を全身に噴き出させた。雨のせいではなく、彼女は己の汗で感じる生温い恐怖に身を震わせた。

 膝が笑っている。肩も震えている。それでも瞳だけは揺れず、一点を見つめていた。

 

 それを見た珱嗄は、一つ笑みを浮かべながら言い放つ。

 

 

「動けば、俺達は、帰る!」

「ッ勝手に帰れよクソがぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 ヴェントは遂に膝から崩れ落ちた。泣きたい、それだけだった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ―――原作という本来の流れであるならば、この日起こったヴェントの襲撃は、後々にヒューズ=カザキリと呼ばれる天使擬きとも呼べる存在を顕現させる筈だった。

 

 しかし、この世界においてソレは起こりえない。

 無論、珱嗄が居たからだ。

 アレイスターの予想とは大きく外れていく事態は、珱嗄によって打ち止めが安全圏にいることや、一方通行の能力が万全なままであること、ヴェントが誰よりも先に珱嗄と遭遇してしまったことなど、珱嗄によって変えられた歴史の積み重ねによって、変わってしまった現実。

 本来ならば、ヴェントの襲撃によって九割方機能停止に陥った学園都市で、対ヴェント策であるヒューズ=カザキリの顕現を引き起こし、その為に打ち止めを介したウイルスによるミサカネットワークの支配、木原数多と一方通行の衝突による一方通行の覚醒、その後の一方通行の暗部入りなど、事態はより深淵へと進んでいく筈だった。

 

 珱嗄という最強の個が、世界を変えている。

 

 これは最早、アレイスターにとっても無視出来ない波紋となっていた。

 

「前方のヴェントが倒されたも同然の状況に加え、打ち止め(ラストオーダー)も安全圏内にいる。となれば、事態は収束に向かっていくだけだろう……」

 

 アレイスターは考える。己の持つプランを修正していき、どう行動すべきか、どう駒を動かすべきかを考える。

 だが、ありとあらゆる道筋の先で、やはり珱嗄という存在が介入してくる可能性が、プランの破綻を匂わせていた。

 

「ふむ……やはり、君は私にとっては障害にしか成り得ないらしい」

 

 故に、アレイスターは決める。

 それは、前方のヴェントを送り出してきたローマ正教と全く同じ決断。

 

「君には、この辺で消えて貰うことにする」

 

 

 ―――泉ヶ仙珱嗄(いずみがせん おうか)の、暗殺。

 

 

 この瞬間、珱嗄は魔術サイドと科学サイドの両陣営から敵として認識された。

 魔術サイドの最大勢力であるローマ正教と、科学サイドの最高峰である学園都市、その両方が珱嗄という個を潰す為の姿勢を取った。

 

 つまり、世界の半分と半分を占めてきた両サイドが同じ敵を見つけたということ。

 

 そして、珱嗄は世界から敵として認識されてしまったということ。

 

 珱嗄の力は最早無視出来ないレベルまで高まっている。このままでは、世界にどんな影響を及ぼすかも分からない存在を、人類は放っておくことなど出来なかったのだ。

 

「故に、プランとは少々違うが――ヒューズ=カザキリは切らせて貰う。但し、ヴェント対策ではなく……"泉ヶ仙珱嗄抹殺"の為に」

 

 目の前に移るウィンドウには、打ち止めと共にじゃれ合いを繰り広げる珱嗄の姿がある。アレイスターは不敵に笑った。

 行動を実行に移す為に、アレイスターは持ちうる駒に指示を出そうとする。

 

 そして気付いた。

 

「……」

 

 Q、ヒューズ=カザキリの顕現に必要な条件はなんでしょうか。

 

 A、打ち止めの確保が必要です。

 

 アレイスターは試験管の中ゆえに呼吸を必要としていないにも拘らず、どうやったのか大きく息を吸った。そしてわざわざ口を大きく開けて気泡と化す空気を吐き出す。

 そして何秒かウィンドウを眺めた後、ぽつりと呟いた。

 

「……どうしよう」

 

 ――その打ち止めは今、珱嗄と共に居るのである。

 

 頓挫してしまったプランに、またも修正を加えるべく頭を抱えたのだった。

 

 

 


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