◇5 とある魔術と科学にお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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シリアスの裏のギャグ

 一方通行(アクセラレータ)が危機的状況に陥っている状況に遭遇したのは、上条当麻にとっては本当に偶然のことだった。

 珱嗄の探し人ゲームに付き合わされたり、御坂妹や御坂美琴とちょっとしたいざこざがあったり、インデックスが勝手にはぐれたり、様々な出来事があった一日であったけれど、それでも一方通行のピンチに駆けつけられたのは、本当に偶然である。

 

 たまたまインデックスを探している途中で、一方通行が殴打されているのを見つけただけのこと。

 不幸体質故か騒動に巻き込まれやすい彼ではあるけれど、それでもこの時、打ち止め(だいじなもの)を護るために戦っている彼の姿は、どこか自分に重なって見えた。

 

 だからだろうか、ちょっとだけインデックスの気持ちが理解出来て、ちょっとだけ助けられた自分が誇らしく思えた。

 

「……一般人は下がっててくんねぇかなァ? そいつを殺したらすぐ撤収すっからよ」

「ふざけんな、目の前で知り合いが殺されそうになってんだ。はいそうですかとはいかねぇだろ」

「はー眩しいねぇ……お前、人殺したことないだろ? そういう奴に限って、無駄に正義感強くてムカつくんだよな」

 

 唐突に表れた一般人を前に、邪魔されて少々面倒くさげな木原数多。上条のことは一切知らない彼ではあるが、見られたからには殺す。そう判断して、パキパキと拳を鳴らした。

 銃を持っていれば簡単に殺せるのだが、如何せん一方通行対策でやってきたので、車の中に銃は置いて来てしまった。

 取りに行くのも面倒と判断したのか、とりあえず上条に関しては殴殺することにしたらしい。

 

「余計な真似……すンじゃね……ェよ……三下ァ……!」

「ハッハァ! お友達かな一方通行! テメェみたいな化けモンにもまだ救いはあったってワケか? 滑稽だぜ! クハハハハハ!!」

「木原ァ……!」

 

 木原と上条が対峙する後ろで、呻きながら一方通行は上条に逃げろと告げる。確かに奇跡を願った一方通行だが、この状況は何も変わっていない。

 上条当麻は無能力者(レベル0)であり、『幻想殺し(イマジンブレイカー)』は物理的な攻撃に対してなんの効果も持たない。つまり、どうあがいても木原に上条は勝てないのだ。

 

 しかも、周囲には武装した『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』が囲んでいる。木原の指示一つで上条は蜂の巣になってしまうのだ。

 

「(クソ……どォなっても知らねェぞ……!)」

 

 そんな状況で寝転んではいられない。そう思った一方通行は、上条の作り上げた僅かな均衡状態を使って立ち上がる。ふらつくものの、痛みや出血はそれほどでもない。戦闘にはそれほど影響は出ない筈だ。

 

「オイ三下ァ……テメェ分かってんだろォな……命の保証は出来ねェぞ」

「分かってるさ、でなきゃわざわざ助けになんてこないだろ」

「ハッ……良いか、俺が先に周りの雑魚を潰す……幾らオマエでも銃相手じゃ手も足も出ねェだろ……出来るだけ早く片付ける。だからその間、木原の相手はオマエがやれ」

 

 上条の隣に立った一方通行は、上条の言葉に呆れた様な、それでもどこか嬉しそうに鼻で笑うと、すぐに木原を見据えながら役割分担を伝えた。

 重火器の相手は、一方通行が。その間の木原の相手は上条当麻が。雑魚を片付けた後、一方通行と上条当麻の二人で木原を叩けば、勝つことだって出来ると踏んだのだ。

 

 木原の攻撃に対して一方通行は防御の手段を持たないが、一方通行の攻撃が通用しないわけではない。今まで通り、一方通行に触れられれば木原とて一溜まりもないだろう。血液の逆流、生体電気の逆流、神経信号を乱したって良い。

 とにかく触れれば勝負が付くのだ。

 

「作戦会議は終わったかァ?」

「待ってくれてどうもありがとなァ、木ィ原クンよォ……ぶち殺し確定だ」

「吼えてろクソガキ……んじゃ、二人まとめて殺すけど良いな?」

 

 同時、駆け出す二名。上条と木原が互いに向かって走り出し、一方通行は周囲の風を操って周りで銃を構えていた者に襲い掛かる。

 一方通行の攻撃は一瞬だ。周囲に居るのは精々十数人。遠くにいる者は風で吹き飛ばし、近くにいる者は己の拳でスクラップにしていく。一人ひとり、殺しては移動して全員を迅速に殺していく。

 

 対し上条と木原はお互いの拳が届く距離に入った瞬間、その拳を振るった。

 

「ぐぁッ……!」

「ハハハハハ!!」

 

 やはり戦闘訓練を受けているからか、またリーチの差もあるのだろう。最初の一合は木原の拳が上条の頬を捉えた。

 大の大人の繰り出す拳は重く、上条もある程度躱して芯は外したものの、一瞬視界が揺れる攻撃に後ずさる。

 

 だが、木原の追撃に対して上条当麻は冷静だった。

 

「もう一丁――なっ!?」

「お返しだ!!」

 

 後退った上条に、更に踏み込んで蹴りを繰り出した木原だったが、上条はそれをしゃがんで躱すと、打ち上げるように木原の顎に拳を叩きこんだ。

 

「ぐッ……がぁ!?」

「おおおおおおおおお!!」

 

 それは自身が踏み込んだことが裏目になり、アッパーによってふらついた隙を更に二度三度、上条に攻撃を与える隙を作る。腹に、顔面に、上条はその拳を叩きこんだ。

 木原も予想外だったのだろう、体勢を立て直すべく一旦大きく後退する。上条はそれを追わなかったが、木原の顔から余裕が消えたのが分かり、構え直した。

 

「(なんだこのクソガキ……やけに戦い慣れてやがるな……そこらのゴロツキとは動きが違ぇ)」

 

 上条を睨みながら、木原は冷静に頭を回す。

 彼にとって異質なのは、上条当麻が戦い慣れしていることだ。明らかに一般生徒とは違う空気に、もしかしたら風紀委員(ジャッジメント)か何かかと思ったが――

 

「(違うな……それなら最初から馬鹿の一つ覚えみたいに能力を使う筈だ……それに、こいつの纏う空気は――)」

 

 ―――まるで命懸けの戦いを経験したことがあるようだった。

 

 上条当麻の目には、命のやりとりをしている自覚があった。

 如何に風紀委員(ジャッジメント)やアンチスキルでも、命懸けと言われて本当にその覚悟がある奴は稀だ。その証拠に、本当に命が惜しくなれば直ぐに逃げ出す奴が殆どだからだ。

 だが上条当麻は違う。本当に殺し合いをしている自覚がある目をしていて、そういう戦いを潜り抜けてきた空気を纏っている。

 

 木原にはそれが気持ち悪かった。

 

 殺し合いをしている覚悟があるのに、人を殺したことがないような甘い戯言を吐く。

 

「なんなんだテメェは……!」

「……」

「ヤケにあのクソガキに肩入れしてるじゃねぇか。そんなに化けモンが大事か? アレと本当に友達になれるとでも思ってんのかオイ」

「……」

「チッ……ムカつくなァ、テメェは一方通行よりもイライラするぜ」

「言いたいことはそれだけか?」

 

 上条の言葉が木原の勘に障ったのだろう。木原は一気に駆け出し、上条に迫った。握った拳を振りかぶり、鋭く速く、ソレを振るった。

 上条はその拳をなんとか躱し、時には防御するも、油断のなくなった木原の猛攻は凄まじい。反撃しようにも出来ない拳の嵐に、上条は防戦一方だ。

 

 だが、それでも上条はあえて笑みを浮かべた。

 

「何笑ってんだクソガキが!!!」

 

 木原はそんな上条の顔面に、一層力のこもった拳を叩きこもうとする。

 

 ――だが、上条の視線は木原を見ていない。

 

 それに気づいた瞬間、木原はハッと我に返る。忘れてはいけないものを忘れていたことを、思い出す。自分が誰を殺すためにやってきたのかを思い出す。

 上条当麻に気を取られて、背後を取られていることに気が付かなかった。

 

 そう、

 

「しまッ――」

「お返しだァ!! 木ィ原クンよォォォ!!」

 

 学園都市最強のレベル5、第一位『一方通行』、その拳が今――木原の顔面を捉えた。

 ベクトルを操作して、その威力は普通に殴る威力の二倍以上。顔面からぐしゃっという鈍い音が響き、木原の身体は大きく宙を舞う。

 鼻血が出たのだろう、宙を舞う身体の勢いに、血液も同じように宙を舞った。背中を打つように地面に倒れた木原は、まだ生きているらしく呻き声を上げる。

 

「ハァ……ハァ……!」

「やった、みたいだな……」

「ゥ……かはっ……!」

 

 息を荒くして、拳を振り切った状態の一方通行。視線の先で、木原が気を失ったのを確認すると、ガクンと膝を折った。

 

「っと……大丈夫か?」

「……」

 

 だが、それを上条が支える。一方通行は思いがけず上条に寄り掛かるような体勢になってしまったが、それを振り解こうとはせず、自分の腕を掴んでいる上条の右手に視線を移した。

 反射は常時展開している。木原のようなやり方でもなければ、一方通行に触れることなど出来ない筈だった。

 

 

 ――それでも、コイツには関係ねェンだな……

 

 

 ハ、と短く笑った一方通行は、上条の肩を借りて折れた膝に力を入れた。人に頼ることなど知らなかった、しなかった彼が、唯一上条の差し出した手を取ることが出来た。

 

「ウチのクソガキが狙われてンだ……俺はもう行く」

「助けは必要か?」

「要らねェよ……だが、助かった……悪ィな」

 

 一方通行はそう言って、勢いよく空を飛んでいく。残された上条の方へ振り返ることはなかった。

 

「……ハハ、素直じゃない奴」

 

 だがそれでも、彼の伝えたいことは伝わったようだ。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「んー……どうしたものかな」

「そんなこと言われても困るよって、ミサカはミサカは呆れてみたり」

 

 一方その頃、珱嗄と打ち止めはといえば、一方通行との合流は勿論出来ていなかった。上条当麻が助けに入らなければやられていたというのに、何故珱嗄ともあろう者が足踏みしているのか。

 その理由は、途中で襲い掛かってきた新たな刺客による妨害があったからだ。

 珱嗄の目の前で倒れ伏している、黄色い修道服の女。

 

 そう――前方のヴェントである。

 

 珱嗄が打ち止めと共に歩いている所に襲撃を掛けてきた彼女。風の砲弾ともいえる魔術攻撃を連打し、更に天罰術式を行使する為の挑発行為、もっと言えば手持ちの巨大なハンマーでの直接攻撃すら行った。

 完全な奇襲――少なくとも打ち止めは初撃が自分達の身を襲うまで気が付かなかったし、珱嗄が気付いていたが放置したそれは、完全な形で決まった筈だった。

 

 にも拘らず、気が付けば彼女は良く分からないままに倒れ伏す形になったのだ。

 

「……!?!?」

「えっと、修道服っぽいし……魔術関係の人かな? 小手調べに送り込まれた雑魚って所か……ってことは纏め役のリーダーがいる筈だよな」

「ッ」

 

 困惑するヴェントだが、珱嗄の言葉にその困惑は怒りにシフトした。

 確かに奇襲を仕掛け、容易く捻られたが、小手調べの為の雑魚と思われるなど、彼女のプライドが許さない。何より、彼女の辞書に否定の言葉は存在しないのだ。

 

 ハンマーを杖代わりに立ち上がり、ヴェントはギョロリと大きく目を動かし、珱嗄を睨み付ける。その瞳に宿るは憎悪と怒り。

 

「言ってくれんじゃない……誰が雑魚だって?」

「お前」

「ハッキリ言い過ぎかも!? って、ミサカはミサカはマイペースな貴方を窘めてみたり!!」

「いやだって……これなら流石に法の書の時の名も知らないシスターの方がマシだったし……」

「法の書……? 良く分かんないけど、この人絶対主要人物だと思うよ!? って、ミサカはミサカはってあぶなぁ!?」

 

 いちいちヴェントの勘に障るような言い方でコケにしてくる珱嗄。優しい打ち止めはそれを窘めるが、既に切れているヴェントは会話の途中で風の砲弾を打ち出した。

 まるでギャグの様に飛び退いた打ち止めだが、半分もろに貰ってしまう。だがその体に傷はない。珱嗄の素敵防御パーカーが全ての衝撃を受け流していた。

 

 ヴェントはそれを見て『歩く教会』的な物かと判断するが、思い違いである。ただちょっと頑丈なパーカーなだけだ。

 

「ブッコロス」

「ぎゃー!!? ってミサカはミサカはおよそ女の人がしていい形相じゃない顔に悲鳴を上げてみたり!」

「おちょくってんのかガキィ!!」

「その通りだ」

「違うよこのお馬鹿ぁ!! って、ミサカはミサカは弁護士を呼べって要求して見る!!」

「どうも、弁護士の珱嗄です。えー、打ち止めさんに情状酌量の余地はありません。よって、死刑で行きましょう」

「弁護士の意味!!」

 

 カオスな空間になった状況。流石に一方通行を助けることが出来なかったのも、納得できた。

 

 





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