◇5 とある魔術と科学にお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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学園都市襲撃

 ある日、珱嗄はほんのささやかな違和感を感じ、目を覚ました。

 彼がいるのはアイテムの仮拠点住宅。

 彼はベッドから起き上がり、外の光が差し込む窓から空を見た。空は薄暗い曇り模様で、今にも雨が降り出しそうな程、どんよりと鬱屈な空気を漂わせている。

 時計を見れば、既に夕刻を過ぎていた。赤みの差した曇天模様に、寝すぎたと若干苦笑した。

 

 そんな空に珱嗄は軽く溜息をしながら、ベッドから足を下ろした。立ち上がれば、眠っている間に凝り固まった体を伸ばすことが出来る。ぐいぐいと身体の筋肉を解しながら、珱嗄は大きく一つ、息を吐いた。

 

「さ――ってとぉ……ふぅ、今日は何か起こりそうな予感がするな。首筋の辺りがなんだかチリチリするね。もう夜になりそうだけどさ」

 

 一室を見渡すと、アイテムのメンバーはもういない。フローリングの床にある、おそらく絹旗のものと思われるショートパンツや、フレンダの黒タイツ。これらは、彼女らが着替えに立ち寄ったことを示している。

 寝ている珱嗄の目の前で着替えていたのだろうか。そう考えると、珱嗄が起きないかそわそわしながら着替えたのだろう。想像力猛々しければ、素晴らしいシチュエーションだ。

 

 とはいえ珱嗄は過去既に心に決めた相手もいれば、彼女らの様な若い少女の着替えに興奮するほど、けして若くもない。

 手早く脱ぎ散らかされたソレを洗濯籠に放り込むと、外へ通じる扉から外へと繰り出した。

 

「今日は何処へ行こうかな」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ―――その頃、学園都市の某所に黄色い修道服を着た女が立っていた。

 

 ジャラジャラと、先にロザリオの付いた鎖を舌にぶら下げた、顔に入れ墨かペイントか模様も書かれている女。風貌だけでなく、舌をだらんとだらしなく出しているのも人の目を引く。

 鎖を伝う唾液が、ロザリオを濡らし、地面にぽたぽたと落ちている。献身的な宗教徒であれば、大凡しないような立ち居振る舞いだった。

 

 その瞳は曇った空模様をそのまま映したようで、視界に映る光景よりもずっと遠く、どこか違う何かを見つめている。表情は狂気にも似た笑顔であったが、その実その瞳に宿る怨嗟の念が、周囲の人々に気味の悪い恐怖を抱かせた。

 

「あー……ウザったいわねぇ、こんなクソみたいな場所にいるだけでも身の毛がよだつってのに……」

 

 ぽつり、呟いた言葉は誰の耳にも届かなかった。

 けれど言葉の内容から、彼女はこの学園都市を良くは思っていない事が分かる。寧ろ、何が大きな憎悪すら感じさせる声色は、地獄の底から唸り声を上げる獣のようでもあった。

 

 ぽつり、ぽつりと、曇天の空から雫が落ちてくる。

 

「あン? ……雨、か……ハッ、神様でも泣いていらっしゃるのかしら? なんちゃってね……さて、始めましょうか――」

 

 次第にそれは乾いた地面を濡らしていく程に、連続した雨音を響かせるようになる。

 黄色い修道服がじわじわと雨によって色を変え、鎖を伝う唾液が雨によって押し流された。

 彼女はまるで狂ったようにキヒッ、と引き攣ったような笑い声を漏らすと、両の腕をまるで空に掲げるように広げる。空を仰ぐように顔を降り注ぐ雨に向けて、冷たい空気を弾くようにその瞳は熱く、ドロドロの憎悪を光らせた。

 

 そして彼女の舌から伸びるロザリオが、誰にも分からない程に鈍く光った瞬間、彼女の仕掛けた術式がこの学園都市を襲った。

 

 

「――"天罰術式"……墜ちろ、科学の罪人達よ。お前らの罪は全て、私がこの手で裁いてやる」

 

 

 曇り空の間から覗く、一筋の鉄槌。一際大きな強風が、彼女を中心として学園都市全域へと駆け抜けた。

 

 これから始まるのは、科学と魔術の戦争

 

 舞台は学園都市。世界に許された科学の最高峰にして、人間の英知の詰まった街。

 

 牙を剥く魔術師は、この黄色い修道服に身を包んだ彼女一人――その名は、

 

 

「ローマ正教が禁断の切り札、神の右席が一角――前方のヴェントがね」

 

 

 彼女は一枚の紙を取り出し、その内容を読む。この紙に書かれた内容こそが、彼女がこの学園都市にやってきた理由。仕事であり、復讐であり、戦争である、その内容は、ローマ正教による依頼。

 

 

 "――ローマ教皇の名において、神の右席に命を下す。

 

 上条当麻、泉ヶ仙珱嗄

 

 上記二名を観察し、主の敵となり得ると認められし場合は、確実に殺害せよ"

 

 

 禁書目録、法の書事件、刻限のロザリオ、数々の事件においてその力を振るってきた、珱嗄と上条当麻。この二人の殺害を依頼する書類であった。

 ローマ正教にとって、この二人は既に見過ごせない脅威になりつつあるのだ。

 

 特に、上条当麻。

 

 彼の周りには既に一個勢力と言っていいほどの人材と組織がいる。

 十万三千冊の魔導書を記憶し管理する禁書目録、イギリス清教『必要悪の教会(ネセサリウス)』、聖人の神裂火織、天草式十字清教。

 更に言えば、件の法の書事件でイギリス清教に保護されたオルソラ=アクィナスは、魔導書読解の専門家(スペシャリスト)だ。禁書目録と組めば、解き明かされずに残っている魔導書の数冊は解き明かされてもおかしくはない。

 

 危険。最早上条勢力という、世界そのものを歪めかねない程の強大勢力になりつつある。

 

 彼は此処で潰しておかなければ、やがて確実にローマ正教に牙を剥く龍となる。

 

 

「……それに、この泉ヶ仙珱嗄」

 

 

 そしてローマ正教が上条当麻と同等に危険と感じた男――珱嗄。

 

 上条当麻の周りに集まった人材の一人として数えるには、その力の大きさが見過ごせない実力者。

 法の書事件でも、刻限のロザリオでも、事件を引っ掻き回すだけ引っ掻き回した男。何を考えているのか、何が目的なのかも分からず、単騎にして勢力と呼べる男。

 

「ハンッ、ぶっ殺してやんよ。幻想殺し(イマジンブレイカー)も、この意味不明野郎も!」

 

 天罰術式は発動された。

 周囲で彼女を見ていた一般人は全員昏倒し、彼女に道を上げるように頭を垂れている。これはそういう術式なのだ。

 

 彼女に敵意を少しでも抱いた者は、例外なく天罰術式によってその意識を狩り取られる。

 

 

「クハッ……ハハッ、ハハハハッ……! アハハハハハハハ!!」

 

 

 笑う彼女はまるで狂人の様で、倒れていく人々を踏み越えながら、学園都市を悠々と浸食していく。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「だからね、今日は下位個体と追いかけっこしてたのって、ミサカはミサカは説明してみる!」

「へー、君迷子なんじゃないの?」

「違うもん! って、ミサカはミサカは否定してみたり!」

「だって、一緒に家を出て、セロリが飲み物買ってる間にちょうちょ追いかけてたらはぐれたんでしょ?」

「違うよ!? 幾らなんでも私そこまで幼くないよ!! これでもミサカネットワークは常に進化してるよ!! って、ミサカはミサカは反論するよ!」

「じゃあなんだ、前回りしてたらセロリを轢いちゃって、転んだセロリを放ってコロコロ転がってきたのか?」

「どんなはぐれ方!? まず私が路上で前回りし始める様な子に見えるの!? って、ミサカはミサカは憤慨してみる!!」

「うん」

「即答だよこんにゃろう!!」

 

 ヴェントが侵入して天罰術式を発動してからしばらく、珱嗄は一方通行(アクセラレータ)と別行動して彷徨っていた打ち止め(ラストオーダー)に遭遇していた。首に掛けている軍事用ゴーグルを見るに、どうやら彼女は誰かクローンの一人からゴーグルを奪って逃げているらしい。

 雨も降っているのに、その途中でバス停の椅子に座っている彼女と遭遇して、現状付き纏われている訳だ。

 彼女を押し付ける先である一方通行を探すも、どうやら膝を擦りむいた彼女の為に薬局に行っているらしい。故に帰ってくるまで相も変わらず彼は打ち止めを弄っている。

 小気味よくリアクションを返してくれる元気な打ち止めに、珱嗄の弄る攻撃が勢いを増していく。どうやら反応が楽しくなってきたようだ。

 

 空は曇り空だが、しかし夜にもなるとあまり変わらない。雨はしっとりと空気を冷たくする。珱嗄は傘がなかったので、普通に『逸らす』能力で雨を逃れていた。

 打ち止めはどうやら防ぐことなく雨に降られたのか、来ていた白いYシャツが濡れている。薄着の彼女はこのままだと普通に風邪を引きそうだ。

 

「ほれ、これ着てな」

「ん? わーい! ありがとう! って、ミサカはミサカは渡されたパーカーを羽織りながら感謝してみたり!」

 

 というわけで、子供に対して優しさを見せる珱嗄。濡れたYシャツを脱いだ打ち止めは、その上から珱嗄のパーカーを着て、前を閉じた。サイズの関係で下に来ているワンピースがほぼ隠れているが、それも愛嬌だろう。

 しかもこのパーカー。珱嗄が過去着てきた着物が神の手によって変質したものなので、頑丈さは折り紙付きだ。上質な防弾チョッキ並の防御力を誇るのである。弾丸なんて効きやしないぜ。

 

「あったかーい♪」

「そりゃよかった」

 

 パーカーを渡したことで、珱嗄は黒の長袖ヒートテック(ユニ○ロ製)に、下がグレーのチノパンというラフな恰好になっていた。夏は七分のズボンだったのだが、寒くなってきた季節、しっかり長ズボンである。

 まぁ、元々珱嗄に気温はあまり関係なかったのだが、肉体が若干衰えを見せている今、防寒も必要なのだろう。

 

「んーそれにしても……むむむ」

「?」

「貴方の身体って凄い逞しいよねって、ミサカはミサカは服の上からでも分かる筋肉に見とれながらセクハラしてみたり」

「まぁね。ほら、身体は資本だから」

「触っても良い? ってミサカはミサカは既に触って事後承諾してみたり!」

 

 ふぉぉぉ……! と、感嘆の声を漏らす打ち止めに、珱嗄はまぁいいかと好きにさせた。珱嗄の逞しい胸板を小さな手でぺたぺたと触っている打ち止めを、珱嗄は放置して周囲を見渡した。

 

 目覚めた時から感じていた違和感。それが少し前から完全な異変として感じ取れるようになっている。

 特典として『人類の習得しうる全ての技術』を持っている珱嗄からすれば、それが魔術によるものだということも理解している。珱嗄は超能力を得ている以上魔術は使えないのだが、技術の副産物である知識には、発動している魔術の詳細があった。

 ぶっちゃけ、人が行使出来る魔術においてはインデックス並の知識を誇る珱嗄である。まぁ発動出来ない魔術も載っている魔導書を十万三千冊管理している以上、彼女に知識量で勝ることは出来ないのだが。

 

 だが、珱嗄が周囲を見渡して認識したのは、魔術による変化ではなかった。

 

「むぎゅお!?」

 

 打ち止めが変な声を上げるのも構わず、珱嗄は打ち止めをその胸の内に抱き寄せ、その場から跳び退いた。

 

 瞬間、座っていたバス停が爆発と共にはじけ飛ぶ。

 

「は、はわわわ!? なになに? 何が起こってるの!? って、ミサカはミサカは困惑してみたり!」

「さぁ? でもまぁ、何かが起こったんだよきっと」

 

 珱嗄に抱き寄せられたままであるが故に、足をぷらぷらさせたまま珱嗄の服をぎゅっと握りしめる打ち止め。困惑している様子だが、珱嗄の言葉に現状を認識しようと周囲を見渡した。

 すると、爆発した地点の周りからぞろぞろと武装した人間が表れる。銃を持っていることから、学園都市の暗部か何かだろうと予想する珱嗄だが、打ち止めにとっては唐突なことで分からないままだ。

 

 とりあえず珱嗄は打ち止めを下ろし、その頭にパーカーのフードを被せた。こうしておけばとりあえず銃で撃たれても大丈夫だろう。パーカーは無敵の防御アイテムなのである。

 

「さて……狙われてるのは多分お前さんだよね?」

「やっぱりそうなのかな……ってミサカはミサカは怯えてみたり」

「帰っていい?」

「此処で見捨てられるなんて!? ってミサカはミサカは思わぬ裏切りに驚愕してみたり!?」

 

 いや、関係ないし、と珱嗄は呟くも、武装者の一人が珱嗄に一発撃ってきたので、目撃者は逃がさない系の話なのだろう。とりあえず弾道を逸らして回避。

 

「んー、てかこれってさ、どう考えても計画的なモノじゃん? セロリの方にも絶対誰か行ってるよね、刺客」

「で、でもあの人には能力があるよ? ってミサカはミサカは進言してみる」

「能力っても万能じゃないじゃん? 反射が万全でも打ち破る手段がないわけでもないじゃん? 開発側の研究者とか、弱点ぐらい把握してるもんじゃないの?」

「た、確かに……だとすればあの人が危ないかも! ってミサカはミサカは慌ててみたり!」

 

 珱嗄は沢山の銃に囲まれてなお冷静。というか、この程度の武装で珱嗄は倒せない。それで倒せていたら珱嗄はとっくの昔に死んでいる。

 

 つまり―――

 

「じゃあ、助けに行きますか。お前さんも返却しないといけないし」

「え!? いつの間に!? ってミサカはミサカは驚愕を隠し得ない!」

 

 ―――珱嗄にとっては、危機的状況でもなんでもないのだ。

 

 なんと、打ち止めが気が付いた時には、武装者が全員倒れ伏していた。

 

「空気を掴んで、投げた。それだけ」

「うわー……ぶっ飛んでるかも」

 

 幾ら銃で武装しようと、弾数には限りがある。対して珱嗄は無限だ、何せその場にある空気ですら、彼にとっては弾丸になり得るのだから。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 そして所変わって一方通行は、珱嗄達を襲った武装集団『猟犬部隊(ハウンドドック)』に襲撃を受けていた。

 彼らは学園都市統括理事の保有している武装部隊であり、アンチスキルと違って裏の事情を知っている暗部の武装隊である。

 彼らは統括理事の依頼で殺しでもなんでも、あらゆる汚い手段を以って遂行する、名の通り猟犬の如き武装隊なのだ。

 

 今回の依頼は、侵入者前方のヴェントを迎撃する為のキーとして、打ち止め(ラストオーダー)を回収すること。

 

 その為には、彼女を保護している学園都市第一位、一方通行(アクセラレータ)が邪魔。彼を襲撃したのは、そんな邪魔である彼を潰すための部隊だ。

 リーダーは木原数多(きはらあまた)

 能力開発の研究者として、一方通行の能力開発をしていた人物でもある。染めた金髪に、顔の半分を黒い模様の入れ墨で飾った、一目で悪人と分かるような悪人面。

 殺しも手馴れているのか、第一位の一方通行を前にしても平然と佇んでいた。

 

「久々だなァ、木ィ原君よォ……そンな思わせ振りな登場で、期待させてくれンじゃねェか」

「はぁ、本当にムカつくガキだよなぁテメェは……昔から何度ぶち殺してやろうと思ったか……」

「ハッ、知らねェよバァカ。ンで? 今更こンな演出して襲撃かました理由は何だ? まさか、俺の能力を知らねェワケじゃねェよなァ」

「誰がテメェの能力を開発してやったと思ってんだ? いつまでも最強気取ってんじゃねぇぞ、クソガキ」

 

 木原数多と一方通行――二人は顔見知りであり、お互いに嫌い合っている。可能ならば自分の手で殺してやろうとすら思う二人が、今は敵としてそれが可能な立場にいる。

 

 となれば、殺し合いは必至。

 

「とりあえず――ぶっ殺してやるよクソガキィ!!」

「ハッ、ぶち殺し確定だクソやろぐゥッ!?」

 

 だが、勝負は初手から想定外の展開を見せた。

 一方通行の能力は『ベクトル変換』、襲い掛かってくる障害、災害、弊害、全てを跳ね除け無傷を誇る反射の力。

 更に、原作と違って今の彼の能力はなんの制限もない。

 万全のその能力を突破するには、それこそ上条当麻の様な『幻想殺し(イマジンブレイカー)』や、珱嗄の様な『触れる』能力がなければならない。

 

 なのに、木原数多という能力開発すら受けていない一研究者が、彼の頬を殴り飛ばした。

 

「どォなってやがる……!?」

「まぁったく、いつまで最強気取ってんだ、あぁ? テメェの能力は無敵じゃねぇだろうが……こちとらテメェの能力の計算式! 傾向! 性格ゥ! 全部把握してんだっつぅのッとォ!!」

 

 驚愕する一方通行に、次々とその拳、蹴りを確実に当てていく木原。一方通行は能力頼りの最強であり、体術や身体能力においては虚弱な人間だ。その拳や蹴りは、確実に一方通行の身体に多大なダメージを与えていく。

 

「グッ……ガァァァア!!」

「ッハッハァ!! 無駄なんだよクソガキがぁ!!」

「ごぶっ……グハァッ!!?」

 

 ダメージを受けながらなんとか反撃しようと手を伸ばしてきた一方通行に、木原はするりと躱して更に二度三度、一方通行の顎に鳩尾に拳を叩きこんでいく。

 どうして反射が効かないのか分からないでいる一方通行はやられるまま、迫る鈍痛とダメージに地面に倒れてしまう。

 

 そんな彼を嘲笑う様に、木原は得意げな表情で一方通行の顔面を何度も何度も蹴り飛ばしていく。

 

「ほぉら!! どう、なんだよ! 元最強野郎! 今の気分はァ!!」

「グッ……ガッ……!? ごぶっ……! ウガァ……!!」

「テメェの能力は単純だ……テメェは向かってくるもののベクトルを反対に変えてるだけ……つまりはテメェの身体に当たる前にこっちの拳を引きもどしゃいいだけの話だ。テメェはわざわざ自分から殴られに行ってるって訳だよ……分かったかな? マゾヒスト君?」

「て……めェ……!」

「あーあー、もういいから、オマエの大事なもんもこっちで回収しておいてやるからよ。お前は人知れず、その辺で地面のシミにでもなっててくれや。その方が、テメェらしいだろ?」

 

 大事な物――そう言われて、一方通行はハッとなる。

 大事な物を回収、一方通行の人間関係、所有物の中で、こんな大掛かりに回収されるものといえば一つしか思いつかない。そう、打ち止め(ラストオーダー)だ。

 欠陥電気(レディオノイズ)計画によって生み出され、絶対能力進化計画(レベル6シフト)に流用された妹達(シスターズ)、その上位個体である彼女は、今尚他の研究者にとって旨味のある研究素材(モルモット)なのである。

 

 それは平穏を受け入れがたい一方通行にとって、好意を受け入れがたい彼にとって、見過ごせない事態だった。

 

「ま、あの個体の場所はもう分かってるし、回収班ももう向かったから、もう捕えた頃だろ。生け捕りっていわれてるけど、ウチは中々凶暴なのばっかだからなぁ? もう死んでっかもなァオイ! クッハハハハハハ!!」

「木ィ原ァ……! この、クソやろうがぁぁぁぁぁ!!」

「喚いてろよ一方通行ァ!! テメェはどうせ此処で死ぬんだ」

「ぶっ殺す……テメェだけは……ぶっ殺してやる……!!」

「で、それが遺言ってことでいいか? じゃ、もう死ねよ」

 

 倒れ伏す一方通行に、木原はその足を上げる。

 大人の男が全体重を掛けて躊躇なく踏みつぶせば、一方通行でなくとも人の頭は容易く潰れる。しかも反射が利かないのだ。

 

「(くそ……くそがァ……! 起これよ奇跡(ラッキー)……! なんでもいい、手柄だってくれてやる……! だからあのガキを……!!)」

 

 迫りくる足の裏を、それでも睨み付けながら一方通行は最後まで諦めない。

 

 だが、その諦めずにいた精神を汲んでか知らないが――

 

「あ?」

 

 ――木原の足を止めた男がいた。

 

「誰だテメェ?」

 

 彼は雨に濡れたまま、おそらく全力疾走してきたのだろう。軽く息が上がっていた。

 木原の足を払いのけ、倒れ伏す一方通行の前に毅然と立ちはだかる。拳を握り、闘志をその瞳に秘めて、木原を睨み付けた。

 

 一方通行は目の前に現れたその男を見上げて、呆然した表情を浮かべている。

 

「な……なンでテメェが……?」

「なんで? 決まってんだろ」

 

 何故こんなところにいるのか、という疑問ではない。何故彼が自分を助けるのか、という疑問が、彼の頭の中を埋め尽くす。

 どうして、何故、そんな疑問が頭に浮かんでは、分からずに消えていく。学園都市一の頭脳を持ってしても、この状況を理解することが出来なかった。

 

 だが、その疑問は目の前の男が当然の様に答えた。

 

「助けが必要な奴が居たら助ける、当然だろ」

 

 ツンツン頭に、学ランを着た男。

 

 そう、現れたのは―――上条当麻であった。

 

 

「俺の勝手だ。勝手に救うからな一方通行(アクセラレータ)

 

 

 本来ならありえなかった展開。

 珱嗄があの計画を阻止した時に結んだ関係が今、一方通行を救う奇跡となった。

 

 


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