◇5 とある魔術と科学にお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
珱嗄が忍びこんだ一際大きな船は、実際の所女王艦隊の守護する『アドリア海の女王』で合っていた。そこにはビアージオ=ブゾーニというローマ正教お抱えの司教が乗り合わせており、以前法の書の件で失態を犯したアニェーゼ率いるシスター達が乗務員として働いているのだ。女王艦隊にもそのシスター達が労働員として働かされている。
そして、この女王艦隊の守護する『アドリア海の女王』とは、以前もインデックスが説明した通りイタリアのヴェネツィアに対してしか機能しない大規模魔術だ。だが、今回ビアージオという男が狙っているのはヴェネツィアではない。その『アドリア海の女王』の脅威的な力を『ヴェネツィア以外』に向けられる様に改造すること。
その為に、ローマ正教はある種一枚の切り札を切った。
それが、『神の右席』
ローマ正教の抱える四人の魔術師であり、神を支える四方向の天使に大きな適性を持つ者達だ。人間が生まれてから必ず持っている『原罪』を限りなく薄めることで、人知を越えた神や天使と同等の魔術を行使する事が出来る。ローマ正教曰く、『世界を動かす為に存在する』禁断の組織である。
その内の一人、『前方』の位置で座する四大天使、『
―――前方のヴェント
彼女の助力により、人間を越えた力が今回の『アドリア海の女王』に組み込まれている。それが『ヴェネツィア以外』にその猛威を振るう為の一つの大きな要素、である。
その組み込まれた力というのが、『刻限のロザリオ』という特殊な術式である。
だが、それを発動する為には普通の人間の普通の魔力では無理だった。特殊な魔術には特殊な魔力が必要だったのだ。故に、ローマ正教は普通でない人間を作り出し、その普通でない人間の普通でない魔力で実行することにしたのだ。
その為の生贄が、アニェーゼ=サンクティス。
方法はいたって簡単、彼女の脳を意図的に破壊し、廃人にして魔力を絞りあげるのだ。そうすることで、普通でない魔力を作りだすことが出来る。ビアージオはその計画の担当責任者の様なものだ。
珱嗄は自分の歩いているこの船が、人体実験の会場とは思っていないだろう。
「うーん……人っ子一人巡り合わないなぁ」
珱嗄はそんな危険な場所を悠々と歩いていた。シスター達にも会わず、さくさくとビアージオのいる中心部へと侵入している。こんなにも簡単に侵入を許す様な温い相手ではないと思うのだが、珱嗄は眉をひそめながら進んでいた。
「正直な所、こんなに簡単だとは思わなかった」
そして、本当に誰とも会わずにその中心部へと辿り着いてしまった。気配察知で船の内部構造を大体予測出来る珱嗄、最短ルートで此処まで来たというのに、そのルートを誰も見ていない。馬鹿なのか、それとも船の行動を知らないのか分からないが、元々は敵のいない場所でやる予定であったのだし、珱嗄達の存在が気取られていないのならこの無警戒さは分かる気がする。
「っと……?」
大きな扉に手を触れると、バチッと拒絶される様な音と共に珱嗄の手が弾かれた。魔術的な防御結界が展開しているらしい。
「なるほど、まぁ結界位は張るか」
珱嗄はそう言いながら、扉の横の壁の前に立つ。
「おらっ!」
腰を入れて、壁を殴った。すると、流石に扉では無い壁、結界も無いようで音を立てて壊れた。
「おっじゃまー」
そう言いながら珱嗄は瓦礫を踏み越えて、中に入る。すると、中にはなんだか遠い眼をした中年の男性が立っていた。白い司教の服を着て、変なものを見た様な顔をしている。
珱嗄は首を傾げて話しかけた。
「どうした?」
「……いや、結界をどうこうではなく壁を破壊するなんて方法を取るなんて思わなかったものでな」
「いやー扉には結界があるみたいだったから」
「というより、扉に触れた者は氷に引きずり込まれる術式だったのだがな……何故だ?」
「触れる能力が無効化したんじゃね?」
「意味が分からん」
中にいたのはビアージオ=ブゾーニ。首にはじゃらじゃらと十字架を十数個ほど提げている。アクセサリーにしてはやりすぎだなと珱嗄は判断する。まるで一昔前のギャルの携帯ストラップの様な男だ。
「まぁいい、貴様……何者だ?」
「俺は通りすがりの一般人だ。道に迷ってて……」
「海を徒歩で歩いてきたのか貴様は」
「いやぁ船に迷い込むなんて俺もびっくりした」
「何をしに来たのだ?」
「観光?」
「馬鹿にしてるのか貴様!」
なんだか分からないが怒っている敵に、珱嗄は首を傾げるばかり。聞かれたことに素直に答えているだけだというのに何故怒っているのか分からない。カルシウムが足りていない。
「ところで、此処何するトコ?」
「知らずに来たのか?」
「大きな船だなぁとは思ってた」
「ふん、まぁ見られたからには殺すのだ……ここは刻限のロザリオを作る場所だ」
「………」
珱嗄は考える。刻限のロザリオ……吸血鬼の様な存在が持っていそうな名前だと。その上で、目の前にいるビアージオがどういう存在なのかを確信した。
目を見開き、驚愕した表情を浮かべて口に出す。
「ま、まさか…………ち、中二病……その歳で!?」
ビアージオはまた遠い目をした。