◇5 とある魔術と科学にお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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第一種目『子守り』

 アナウンスが鳴り響き、そして観衆の恋人がいる参加者に対する怒声が会場を包みこんだ中で、珱嗄達参加者はスタートラインに立っていた。スタートの合図を待ち、各々の参加者が能力をどのように使って駆け引きするかを試行錯誤している。

 とはいえ、珱嗄達には作戦があった。ほぼ確実、かつ絶対的勝利を得られる最高の作戦が。

 

 それは、食蜂操祈の能力『心理掌握(メンタルアウト)』による、参加者のコントロールだ。ぶっちゃけ、レベル5だからとかいう理由で後々いちゃもんを付けられそうだが、この能力は外見からは能力が発動しているかなど分からないので、万事解決だ。

 

「さて……と、それじゃ操祈ちゃん、よろしく」

「任せてぇ☆」

 

 ぴっ、とリモコンのボタンを押した食蜂。すると、周囲の参加者が一瞬身体をビクッと振るわせ、そして無言になる。そしてその瞳には、食蜂と同じ様な煌めきが刻まれていた。洗脳完了である。

 

 だが、

 

「チッ……珱嗄さん、どうやら数組ほど私の支配力から逃れた組がいるわぁ」

「それまた何故だ?」

「どうやら、御坂さんと同じで発電系能力を持っているか、珱嗄さんみたく能力を防御する能力を持っているみたい。それも――――」

 

 食蜂は視線をある方向に送った。そこには、小さな能力者が同じくこちらを見て二コリと笑っていた。そう、平莱小学校の子供役の児童の一人。小学三年生の少女だ。小学生らしく染めていない黒髪を、それでもお洒落になりたいのか、可愛らしいシュシュで括っている。生意気そうな瞳は、どう考えても珱嗄や食蜂を馬鹿にした感情が込められている。

 

「ムカつくわねぇ……あの子」

「なぁ美紀ちゃん、あの子知ってる?」

「え? ……ああ、あの子は同じクラスの島風沙耶(しまかぜ さや)ちゃんです。結構悪戯好きですけど、能力は凄いんですよ?」

「能力は分かるか?」

「すいません、それは言っちゃいけないルールなんです……」

 

 珱嗄は、とりあえず美紀から彼女のことを聞いて、出来る限り情報を引き出す。珱嗄の能力上、特に気に掛ける必要は無いのだが、知っておくにこしたことは無いだろう。とりあえず名前と正確、能力のレベルが高いことは分かった。

 

 それに、

 

 子供役の『幼き覇者』達が、『手を出しても良い』ということも分かった。つまり、長峰美紀らは全員、その能力を十全に発揮して競技参加者を潰してくる。ならば、子供役というのは名ばかりで、実際には情報に隠れた『敵』ということになる。本来なら説明があっても良い筈だが―――

 

 

 ―――これは意図的に隠蔽された情報である。

 

 

 不意打ち結構。彼女達は油断した参加者を攻撃することが許されている。しかも、能力開発の過程で使用する能力の応用や不審者や襲撃者に対する撃退術も習得している故に、その強さは折り紙付きだ。まさしく、幼き覇者。

 

「能力は完全に秘密か……まぁ、いいか。特に支障は無い」

「そうねぇ……それに、私の能力を防げた時点で能力はかなり絞り込まれるしね。おそらく、電子操作系の能力者か……珱嗄さん達みたいな唯一無二(オンリーワン)の能力。可能性としては前者の方が高いわねぇ」

「……」

「うん、美紀ちゃんの表情からして正解みたいだ」

「!?」

 

 珱嗄はめだかボックスの世界で、人の感情や思考をトレースして理解する技術を習得している。嘘か真か程度の読心術など朝飯前だ。

 

「となると……まぁ気にするまでもない雑魚か……操祈ちゃん、気にしなくていいよ。ほっといて」

「了解」

 

 珱嗄の指示で、食蜂は生意気な少女から視線を切った。すると、気に食わなかったのか少女はむっと表情を歪めた。どうやら、無駄にプライドの高い少女の様だ。まぁ、この二人の敵ではないけれど。

 

『それでは、スタートします。参加者の皆様、位置に付いて、よーい……』

 

 参加者全員が身構える。スタートの合図と共に、能力による攻撃が来てもおかしくないからだ。とはいえ、参加者の大部分は食蜂の支配下にある。珱嗄達はなんの警戒も、心配もいらず、ただただ開始の合図を待った。

 

『スタート!』

 

 その合図と共に、珱嗄は食蜂と美紀を抱えて前へと前進した。それも、一瞬で100mという距離を突き放す形で。身体強化、といえば誤魔化せる様にかなり手加減した速度だが、それでも他の参加者の意表を衝くには十分だった。食蜂が支配した参加者47組は指定したペースを乱さずに、時たま能力でお互いを邪魔しあいながら進んでいる。何の違和感もない。

 

 そして、珱嗄達の目の前には既に最初の障害物が近づいていた。

 

 最初の障害物は、『ペイント液の雨』。広い道約10mに及んで設置されたシャワーから流れ出るペイント液を擦り抜けていかねばならない。勿論、通り道は見れば分かる位道として用意されている。だが、ペイント液に触れないようにするにはスピードを落とさなければならないのは必至。ここで参加者と参加者達の距離が大きく開く事もあれば、順位の変動もあり得る。

 

「なら、逸らしてしまえばいい」

 

 珱嗄は食蜂と美紀を抱えたままそのシャワーを直進する。無論、直進すればシャワーに直撃し、ペイント液に塗れることになるだろう。しかし、珱嗄の『逸らす』能力はそれを許さない。

 

 直進し、ペイント液に突っ込む珱嗄達を、落ちるペイント液は全てその軌道を逸らし―――珱嗄達を避けた。そうなれば最早こっちのもの。珱嗄は勝手に避けてくれるペイント液をスルーし、速度を落とすことなくその障害を乗り越えた。

 

 

「サクサク行こうぜ」

 

 

 珱嗄は楽しそうにそう言う。すると、食蜂と美紀は勝手に避けていくペイント液を不思議そうに見ながら、それでも同じように楽しそうに、こくりと頷いた。

 


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