◇5 とある魔術と科学にお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
珱嗄と食蜂が対面して座っていたテーブルには現在、食蜂操祈の派閥のメンバーである少女達が二人、同席していた。ちなみに、運ばれてきた食蜂のエクレアは太ってしまわれますわ! という意見の下、少女達に没収された。動揺し、言い訳をその優れた頭脳をフル回転させながら考えている間に、エクレアまで没収された食蜂は、肩を落として項垂れた。
珱嗄はそんな少女達を一瞥しながら、コーヒーを口に含む。どうやら食蜂がどんな悪あがきをするのか見物だ、とでも考えているようだ。ちなみに、食蜂が能力を発動させようとしたら『逸らす』能力で邪魔するつもりである。
「それで、この殿方は何処のどなたなのですか? 女王」
「う……この人は……えーと、友達! そう、私の友人なのよ」
「へぇ、そうなんですか? で、どちらでお知り合いに?」
「何時お知り合いに?」
「えーと……どこでって……常盤台中学で……あっ」
食蜂は言ってみて気が付いた。珱嗄は以前、常盤台中学で講師をしていた時期がある。となれば、珱嗄の顔を知っている常盤台の生徒は多からずいる筈。しかし、目の前の彼女達は珱嗄を知らないらしい。これは非常に説明が面倒臭くなる。何故なら、学び舎の園は『男子禁制』の聖域だからだ。なのに、『男である珱嗄と男子禁制である学び舎の園で出会った』。問題として受け取られることこの上ない。
所謂、秘密の逢瀬と取られてもおかしくは無いだろう。
「そ、それは………私達に隠れて逢瀬を……!?」
ほら見た事か。
「ち、ちちち違うわよぉ! そうじゃなくて、この人は以前常盤台で教師として赴任してきた人で、サボろうとしたら会ったの!!」
「あ、ああ……確か以前殿方の教師が短期間でしたか赴任してきてましたね……て、女王? サボろうとしたとはどういうことですか?」
「あ! ……違うのよ!」
「何が違うんですか? もしかして、今までも私達に能力を使って授業をサボっていたんですか?」
派閥の少女の背後にオーラが見えた気がした。別に何もしていない、ただ笑顔を浮かべているだけなのに、ズゴゴゴ……と威圧音が聞こえてきた。食蜂はそんな少女に怯え、ひっ、と短く悲鳴を上げた。
「そ、そうだ……能力……えい!」
「女王……?」
「あーれー? 効いてなーい?」
リモコンから発せられた能力は、珱嗄によって逸らされた。どうやら最近能力の効果範囲が向上したようで、珱嗄を中心に半径5m以内の空間にあるものなら手が離れていても好きな方向へ逸らせるようになったらしい。とはいっても微々たる成長なので、レベルは4のままだが。
「サボってはいけません……よ……?」
「はい、すいませんもうしません」
「ならよろしいです。では、えーと……幾つか質問してもよろしいでしょうか? 女王は生憎と下手な誤魔化しで真実をお喋りにならないので」
「ん、あぁいいよ」
珱嗄はその少女の丁寧な問いに首を縦に振って出来るだけ優しく微笑んだ。少女はその頬笑みに顔をぽーっと紅潮させたものの、ハッと我に返って首をぶんぶんと振って口を開いた。
「ごほんっ……えー、貴方は女王とどのような御関係で?」
「今は恋人だよ」
「そうでしたか、恋人………ええ!?」
「女王、今のは本当ですか!?」
「え? え、ええ今は恋人だけど……?」
食蜂はてんぱっていて自分が何を言ったのか、何を肯定したのか分かっていない。というより、話の流れに付いていけて無かった。
「明日の恋人繋ぎにも出るんだ」
「あの大恋愛祭とも呼ばれるラブイベントにですか!?」
「出場して優勝したら一生幸せになれるというジンクスがあるあの大イベントにですか!?」
やはりというか、恋愛沙汰には敏感なお年頃の様だ。お嬢様でも、それは変わらないらしい。珱嗄はそれを聞いてらんらんと眼を輝かせて騒ぐ少女達に、苦笑しながら食蜂に眼を向けた。
彼女はというと、先程から頭を抱えてどう言い訳するべきかを考えていた。
「どうしよう………記憶改竄は邪魔されてるっぽいし……そもそも、お、珱嗄さんと恋人っていうのは悪い噂ではないけど……でも私のプライドが……うーうー……」
どうやらしばらく戻ってきそうにない。
「で、では私達はこれで……お邪魔しました」
「ごきげんよう!」
少女達はそう言って、食蜂の気付かぬうちに帰って行った。珱嗄は手を軽く振ってそれに応える。食蜂は未だに悩んでいた。最早言い訳する相手もいないというのに、不憫なことだ。
結局、その日は食蜂がうーうー唸っているのを眺めながら、コーヒーを飲んでまったりと過ごしたのだった。