◇5 とある魔術と科学にお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
食蜂操祈は地獄巡り茶の当たり、領域変化の水を飲んだことによって感覚が珱嗄と同等にまで引き上げられている。つまり、今の食蜂操祈には不意打ち、奇襲、罠、攻撃等々、様々なことが通用しないことになる。
まず、感覚という漠然としたものがどういう部分まで含まれるのか、記載していこう。感覚というのは、知っての通りの五感と一般人には殆ど感じられない第六感がそれに当たる。一般人の場合、地獄巡り茶を飲んで引き上げられる振り幅が一番大きいのは第六感だろう。
第六感とは、人の気配や動き、場の雰囲気など、物の本質を見抜く能力である。人が普段到達出来ない領域を察知する直感でもある。これが更に強化されていくと、予知や霊感といった物になると言われている。
だがこの場合、食蜂操祈の様に急激に第六感が研ぎ澄まされると、その振り幅が大きすぎて錯覚を起こす。引き上げられた感覚が大きすぎる故に、慣れるまでその感覚以上のものを知覚してしまうのだ。つまり、地獄巡り茶を飲んでまだ時間が経っていない間は、実質珱嗄以上の感覚になる訳だ。
そんな状態の食蜂操祈が挑む競技は、複数人のチームで行う銃撃戦だ。ルールは簡単、事前に配布される水鉄砲に水を入れ、敵対チームを全員倒した物の勝ち。所謂サバゲーの様な物だ。
現在、食蜂操祈達のチームはその競技で窮地に追いやられていた。元々、食蜂操祈のチームは食蜂の派閥のメンバーで塗り固められていたのだが、そのメンバーが何故か食蜂を狙った凶弾を、食蜂を庇う様にして当たって行ったのだ。結果、残ったのは食蜂操祈唯一人。対して、相手校のチームは残り4人と来たものだ。絶体絶命とはこのことだろう。
そんな中で希望を持てという方が無理がある。食蜂操祈は心許無い水鉄砲片手に項垂れていた。元々運動自体苦手なので、大覇星祭というイベント自体彼女は否定的だった。
「………はぁ」
といっても、こんな状況下でも彼女の能力さえあれば普通に逆転が可能なのだ。だが、競技内に不要物は持ち込み不可らしく、リモコンは没収されてしまった。この時点で食蜂は既になんの力もない少女である。水鉄砲? そんなモノが何になるというのだ。
「それじゃあ適当に流そう――――……いや、此処で負けたら……あの男に徹底的に馬鹿にされるんじゃ……」
食蜂は諦めようとして、思い出した。この戦いを珱嗄が見ている可能性を。胸中に生まれるこの不安と馬鹿にされた時の悔しさを思い浮かべ、絶対に負けられない戦いが此処にあることを思い知った。
諦めるには、まだ早い。
「負ける訳にはいかないわぁ」
「見つけた! 喰らえ――――えっ?」
「『見えてる』わよぉ?」
食蜂操祈が決意した時、敵校の男子生徒が水鉄砲を構えて背後から飛び出してきた。残る生徒は食蜂のみ、その男子生徒はこれで終わりだと思った。あの名門常盤台、それもレベル5を擁する構成チームに勝ったと思った。
だが、それは違った。幾ら残りのメンバーが食蜂一人とはいえ、まだ一人も残っているのだ。そう、レベル5の力を没収されていても、レベル5と言って差し支えない力を授けられている少女が、一人も。
食蜂は飛び出してきた男子生徒の気配を察知していた。飛び出してくる以前から分かっていた。だから、飛び出してきたと同時、食蜂は男子生徒に水鉄砲を向けていた。そして、引き金を引く。打つ弾は一発だけ、それで十分だ。放たれたごく少量の水は男子生徒の心臓部分に直撃する。食蜂はこれで一人を撃墜した。
だが、異常な事態はこれだけでは留まらない。打たれた男子生徒はまさかの事態に付いていけず、咄嗟に水鉄砲を放っていた。食蜂に向かって放たれた水が、食蜂の胸の部分に迫る。しかし、食蜂はそれすらも見えていた。ゆっくりと、最小限の動きで身体を動かし、男子生徒に対して半身になる。すると、それだけで迫る水は食蜂には当たらずに地面を濡らした。
「なっ……」
「なんだか今の私――――何でも出来そうな感じよぉ?」
食蜂はそう言って、男子生徒の持っていた水鉄砲を回収した。このゲームでは倒した相手の装備は剥ぎ取っても良いのだ。故に、これで食蜂操祈の装備は水鉄砲が二丁になった。
そしてそのまま食蜂は一丁を建物の影に、一丁を茂みの影に向けた。そこには、人の気配があったからだ。そして、潜む影に息を呑む様子が伝わってきた。間違いなく、そこに居る。
「おおおお!」
だが、その二人は囮。狙いは建物の上に潜んでいた男子生徒の方だ。彼の能力は圧力を操作する能力、レベル3だ。彼はそれを使って水鉄砲内の圧力を操作し、水の勢いを強化した。それにより、より遠距離からの射撃が可能となるのだ。とどのつまり、今の男子生徒はスナイパーという訳だ。
「でも、それも見えてるわぁ」
だが、珱嗄の第六感はそれを上回る。食蜂は今この時だけはその第六感を行使出来る。研ぎ澄まされた気配察知能力と動体視力、そして高速で回転する思考がこの状況を打破する。
先ほど言った言葉は何一つ偽りなく、本当だ。今なら、『なんだって』出来る気がした。
食蜂は上から降ってくる水の射撃に対して、一切の焦燥も抱かない。あるのはただ純粋な余裕と、絶対的な勝利への確信。食蜂はその水を同じく水鉄砲で打った。精確に当たったその射撃は水を拡散させる。食蜂は自分に降りかかってくる水滴を全て躱した。そして姿を現した男子生徒を打ち抜いた。
「二人目☆」
瞳を煌めかせ、食蜂は足を動かす。水鉄砲を構える必要すらない。危険は全てこの感覚が教えてくれる。何か能力が発動すれば、それで空気は動く。圧力が働く。音が鳴る。世界に揺らぎを与えず、何かをするというのは、どんな存在であろうと不可能だ。だから、その揺らぎを感知出来る今なら一切の奇襲、攻撃を許さない。
食蜂に向かって囮だった二人の女生徒が駆け出してきた。食蜂はそれを対処すべく両方に水鉄砲を構え、撃った。しかし、
「あらぁ?」
両方とも自身に迫る水を自身の能力で対処する。片方は水流操作、片方は身体強化。一人は打たれた水を能力の干渉範囲内に入れた瞬間に操作、地面へと叩き落す。一人は身体強化で普通に躱す。食蜂はそれでも慌てない。まず、身体強化で片方より速く接敵する女生徒の方を対処することを判断し、腰を落とした。
「ハァ!!」
「―――ふっ!」
近接格闘の経験は無い。が、相手の動きが全て先読み出来るのならそんな経験はいらない。相手の攻撃を躱せばいいのだ。
手を伸ばせば届く距離まで近づいた食蜂と女生徒は、お互いの水鉄砲の銃口を相手に向けた。だが、女生徒の銃口はその弾を外させられる。食蜂は向けられた銃口を自身の水鉄砲で弾いたのだ。そして、反対側の手で持っていた銃で女生徒を打ち抜く。
「きゃあっ!?」
濡れた事のショックで女生徒が悲鳴を上げるが、気にしてはいられない。敵はまだ居るのだ。
食蜂は瞬時に切替え、視線を水流操作の女生徒に向けた。だが、その視線を向けた先、食蜂に向かって水は打たれていた。
「!」
だが、まだ対処出来ないレベルではない。食蜂はその水を体勢を低くすることで躱した。
「まだよっ!」
忘れてはいけない。この女生徒は水流操作の能力を持っているのだ。故に、躱した水は地面に落ちず、ブーメランの如く戻ってきた。食蜂は向かってくる水に対してギリギリまで逃げた。女生徒がいる、『前へ』。
「!?」
「当たる前に打ってしまえばゾンビ行為として無効になるわよねぇ?」
食蜂は女生徒の水鉄砲を蹴った。意表を衝かれた女生徒は水鉄砲を放してしまった。カラカラと音を立てて転がっていく水鉄砲へ視線を向けようとして、女生徒は思いとどまる。手放してしまった武器を拾っている時間は無い。ならば、今は手中にある武器を最大限活用すべきだろうと判断したのだ。
打った水を操作して、打たれる前に操作した水を食蜂に当てるべく集中した。
「そう来ると思ったわぁ☆」
「え?」
だが、食蜂は女生徒の目の前でスライディングした。大きく足を開いていた女生徒の股下を通り抜け、背後へ回った。そして、女生徒はその行動に驚愕し、つい食蜂を視線で追ってしまった。
直後、バチャッと音が鳴った。ひんやりとした感覚が女生徒の背中を伝う。
「あ!?」
自身の操った水で自身を攻撃してしまったのだ。自殺行為もありなこの競技では、この場合も失格になる。
「残念だったわねぇ、貴方の能力を利用させて貰ったわ」
「くっ………!」
食蜂は余裕淡々、とても上品な笑みを浮かべてそう言った。そして、これで相手チームは全滅。食蜂一人で、残った敵を殲滅してしまった。
これがレベル5、常人の辿り着けない境地に立つ最強の天才だ。
「案外、簡単だったわねぇ☆」
食蜂はそう言って、髪をふわっと靡かせた。