◇5 とある魔術と科学にお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
上条当麻達がやってきた劇場跡地の周辺には、喫茶店と呼べる店が幾つかある。携帯のGPSで確認した所、珱嗄が走って行った方向にある喫茶店は、おおよそ三つ。とりあえずその三つの喫茶店にそれぞれ三つのチームを編成して三手に別れて行く事にした。
一つは上条当麻、インデックス、ステイルを始めとした、天草式数名とローマ正教の修道女数名を組み合わせたチーム。
一つはアニェーゼ=サンクティスをリーダーとした修道女組
そして天草式の建宮斎字をリーダーとした天草式組の三組だ。それぞれのチームに珱嗄への恨みを持ったメンバーが入っているようになっている。ステイルは勿論、空気にされたアニェーゼ、地獄巡り茶を喰らった天草式数名等々、様々な恨みをこの数十分の間に作りあげた珱嗄を褒めるべきか分からないメンバーの多さだ。
とはいっても、オルソラという重要人物が珱嗄という分類上一般人の手にある以上、干渉しない訳にはいかない。それが魔術の世界の常識であり、状況によってはその命を奪う事も躊躇わない。まぁ、殺せるかどうかは、別の話だが。
「っても、あの飄々とした男が何処に居るか把握するのが先ですが……」
という訳で、アニェーゼ率いる修道女チームはオルソラを探して一つの喫茶店に向かっていた。といっても、もう視界にその喫茶店を捉えているが。
一応逃げられない様に修道女達に指示を出して密かに包囲陣形を取っているのだ。
「シスターアニェーゼ、包囲陣形。完了しました」
「了解です……さて、ここに居てくれやがると嬉しいのですが……」
アニェーゼは報告を受けて喫茶店の入り口に立つ。
入るのはアニェーゼを含め、髪型を二つのおさげに結った小さな修道女、アンジェレネと金髪を短く揃えた修道女、ルチアの三名だ。そして、仮に珱嗄とオルソラが中に居た場合、即時確保。逃げた場合は包囲している修道女達が捉えるという寸法だ。人払いの結界で喫茶店を覆ってあるので、店員や客はいないので、多少荒い方法を取っても迷惑にはならないだろう。備品を壊した場合は賠償金でも払えばいいのだから。
「では、行きましょう」
アニェーゼが先導して中に入る。すると、チリン、という甲高い金属音と共にドアが開く。中には当然人はいなかった。だが、入った扉から一直線に向かった先の壁、そこに設置されたテーブルには、珱嗄とオルソラが、向かい合う様に座っていた。
「おめでとう、ここに辿り着いたのは君が最初だよ。えーと……アニェーゼちゃんだったっけ?」
「ローマ正教所属、アニェーゼ=サンクティスです。さて、オルソラ=アクィナスを引き渡して貰えますか?」
「良いよ」
「え?」
珱嗄のあっさりとした反応に、アニェーゼやルチア、アンジェレネ、そしてオルソラまでもが呆然とした。ならば何故攫ったのかと問い詰めたい所だ。
「なら―――「だけど」……」
「タダで渡すのは、面白くないよね。分かる?」
「……つまり、力づくって事ですか」
アニェーゼは珱嗄の言葉に銀色の杖を構えて戦闘態勢に入った。ルチアやアンジェレネも各々の武器を手に構えている。
「へぇ、俺的にはそれでも問題無いんだけど……それじゃあワンパターン過ぎてつまんないでしょ」
「は?」
「だから、俺がなんかする度、戦ってハイ終わり、なんてのはつまらないんだよ。いくら無双好きの読者も飽きるって」
「え、えと……何言ってるか分かんねーですが……つまり、どういう事ですか?」
「ゲームをしよう、簡単かつ明快で、勝敗がハッキリ分かるゲームを」
珱嗄はそう言って人差し指を立てた。行なうゲームは古来より人間が多くの決め事で行なってきた単純なゲームだ。
「それは……?」
「ジャンケン」
「は?」
珱嗄はその手の形をぐーちょきぱーと順に変化させ、そう言った。アニェーゼはそのゲームに対してきょとんと眼を丸くした。
「但し、唯のじゃんけんじゃない。10回俺が勝つ間に、そっちが1回勝てばそっちの勝ちだ。そして、お前らが勝った場合はオルソラちゃんを引き渡そう。だが、俺が勝った場合……アニェーゼちゃんには罰ゲームだ。オーケー?」
「……いいでしょう」
「じゃあ、オルソラちゃん。頼んだよ」
「はい?」
珱嗄はオルソラの背中を押してアニェーゼの前に出した。それはつまり、珱嗄がじゃんけんをするのではなく、オルソラがじゃんけんをするという事になる。
「はい? じゃないんだよ。お前の行く末を決めるんだからお前がやれよ」
「で、でも負けたら私は……!」
「大丈夫大丈夫、今のお前は――――俺と同じ位無敵だから」
珱嗄はそう言って喫茶店を出ていく。アニェーゼ達はオルソラを置いて出て行くという愚行に再度拍子抜けするが、好機とばかりにオルソラを確保に回った。
だが、オルソラの腕を掴もうとして、オルソラに躱された。
「な……」
「あら?」
「この!」
銀の杖を振り回して攻撃するも、やはりオルソラはそれを躱した。
元々、オルソラの運動能力は良い方では無い。走れば人並み以下に遅い自信があるし、喧嘩をすれば十中八九負ける。そんな程度の運動能力しかないのだ。
「なんで……!」
「いえ、私の方こそ聞きたいのでございますが……何故その様に『ゆっくり』と攻撃なさるのでしょうか?」
「は……!?」
オルソラは、言った。アニェーゼが『ゆっくり』動いていると。いくら運動神経が無かろうが、運動能力が低かろうが、3km先からやってくるトラックを事前に認識出来れば避けられない筈が無い。それと同じで、それがどんな攻撃であろうが、ゆっくりと動いているのならば、躱せない筈が無い。
オルソラは、珱嗄の言った通り、『無敵』の境地に居た。動き出す前に察知出来、当たる前に躱せる。そんな領域に、いた。
「どういうことですか……何故お前が……!?」
「いえ……良く分からないのですが、どうも先程の劇場跡地から視界が鮮明なのでございますよ」
アニェーゼは思いだす。劇場跡地、そこでオルソラの運動能力、というよりは感覚を鋭敏化させる様な出来事があったかどうかを。
そして、思い当たる事がたった一つだけあった。珱嗄とオルソラのボケの応酬の中、彼女はとあるものを口に入れていた。
『コレは?』
『地獄巡り茶』
『それはそれは、御大層な名前の紅茶でございますね。何という葉を使っているのでしょうか? あらあら、これはとても美味しい紅茶でございますね!』
『おお、当たりを引くとは運が良いねー。外れたら死ぬのに』
地獄巡り茶。そう名付けられたあの紅茶。それしか思いつかない。外れれば死ぬ、それは天草式の様子を見れば、理解出来る。ならば、当たったら? 外れた場合のリスクを鑑みれば、当たった時のメリットはそれ相応だと考えられる。
「まさか、あの当たりは………!」
地獄巡り茶。
それは、外れれば死ぬほど辛い苦しみを味わい、当たれば無敵の領域に足を踏み入れる。そういうものなのだ。
『地獄巡り茶』、別名『領域変化の水』
珱嗄の作った珱嗄の紅茶だ。その当たりは舌を美味さで刺激し、その延長線上で脳を刺激し、感覚を珱嗄と同等まで一時的に引き上げる。その効果はおよそ一日。つまり、オルソラは感覚的に言えば珱嗄とほぼ同等。故に、防御や回避に徹した場合、オルソラに攻撃を当てる事は、全力で回避に回る珱嗄に攻撃を当てる事とほぼ同義なのだ。
「……成程、今の貴女は確かに厄介な状態の様ですね……では、素直にじゃんけんしてあげましょう。貴女が10回勝つ間に私達が1回でも勝ったら、素直に投降して下さい」
「ええ、分かりました。約束は神に誓って守りましょう」
オルソラが頷くと、アニェーゼは銀の杖をルチアに預けて拳を握った。
「では―――」
「はい」
「「さいしょはぐー、じゃんけん――――」」
修道女二人が誰もいない喫茶店の中で、必死の表情を浮かべながらじゃんけんをする。とんでもなくシュールな戦いが、ここにあった。