◇5 とある魔術と科学にお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
さて、問題なのはここからだ。珱嗄によってシリアスな雰囲気が一気に軽い雰囲気へと変わってしまった後の話。法の書と解読者が両方同時に失われてしまった事は前にも行ったが、その内の一つ、解読者である修道女の名前は、オルソラ=アクィナスだ。実は彼女が逃げたのは『天草式』と呼ばれる日本の魔術組織に助力を求めた結果なのだが、ローマ正教はそれを彼女の解読法を狙った天草式の誘拐と捉えている。また、法の書の方も天草式が盗んだのではないかと予測されている。まぁそれはそれとして、彼女は上条当麻がバス停で珱嗄並に振り回されたあの修道女と同一人物である。
そして、その彼女は上条当麻と共に現れたのだ。他でも無い、彼女を探しているローマ正教の修道女代表、アニェーゼ=サンクティスの目の前に。
「オルソラ……アクィナス……!」
「!」
そして、アニェーゼは当然の如くオルソラを見つけて目を見開いた。こんなにも簡単に見つけられた事と、目的の相手が見つかった事に拍子抜けしたのだ。とはいえ、オルソラの方はそうでもないようで、アニェーゼの姿を見た瞬間に表情を固まらせて立ち止まった。
「おい、どういう事だよ! なんで誘拐ごっこなんてしてんだ!」
「ああ、なんだ狂言誘拐ってバレてたのか……まぁ行方不明の探し人の捜索を頼もうと思ってたんだけどね」
「はぁ? 俺にそんなスキルはねーぞ?」
「ああ、大丈夫。君の隣に居る彼女を引き渡してくれればそれでいいから」
「は?」
「だーかーら、君の「隣の愛する」彼女が行方不明の探し人、オルソラ=アクィナスだ―――っておいコラ話の腰を折るな!」
ステイルと上条当麻が話していると、珱嗄は普通に茶々を入れた。そして、ステイルがそれを嗜めると、珱嗄はべっ、と舌を出してそっぽを向いた。
すると、珱嗄は当麻の隣の女性、オルソラ=アクィナスと目が合った。
「初めまして」
「あら、これはどうもご丁寧に。初めまして、私オルソラ=アクィナスと申します」
「俺は泉ヶ仙珱嗄だ。気軽に珱嗄様と呼んでくれ」
「そうでございますか。では珱嗄様、少し聞きたい事があるのでございますが」
「何?」
「バスの運行表の読み方を教えて欲しいのでございます」
「ああ、あれはね横読みと見えて縦読みなんだよ。基本的に全部『歩け馬鹿め』と読めるんだ」
「なるほど、ありがとうございます。お礼と言ってはなんですが、麦茶をどうぞ」
「お、ありがとう。んーやっぱり暑い時は熱いお茶だよねー、何かお菓子ない?」
「飴玉ならございます」
「ありがと。お、渋柿味じゃんうまー。じゃあお礼に俺もこれをあげよう」
「コレは?」
「地獄巡り茶」
「それはそれは、御大層な名前の紅茶でございますね。何という葉を使っているのでしょうか? あらあら、これはとても美味しい紅茶でございますね!」
「おお、当たりを引くとは運が良いねー。外れたら死ぬのに」
「「ごめんちょっと話止めて貰って良いかな!!」」
珱嗄とオルソラがボケにボケを重ねる会話を繰り広げていると、ステイルと当麻がハモりながら会話に介入してきた。どうやらボケの質が良過ぎたらしい。
「なんだよ」
「あら、どうしました?」
「うん、分かってたけどボケまくるなお前ら!」
「平凡な会話の中に常識を覆す瞬間や昔を感じさせる瞬間や命のやりとりが行なわれている瞬間があったよ……なんだこの会話、異常すぎる………!!」
当麻はうがーっとツッコミ、ステイルはわなわなと戦慄した。そして、この展開は予想していなかったのか、アニェーゼは言葉を発せずに手をふらふらと彷徨わせるばかり。インデックスに至っては歯に引っ掛かっていたモヤシを取ろうと悪戦苦闘していた。普段からカオスだった空間だが、オルソラという要素が加わって更にカオスと化した。珱嗄+オルソラではない。珱嗄×オルソラなのだ。いや恋愛的な意味では無く、数学的な意味で。
これでオルソラの天然が最大に発揮され、珱嗄が全力でボケ始めた場合、これが珱嗄のオルソラ乗、もしくはオルソラの珱嗄乗という無限大のカオスが生まれるだろう。
「……ま、まぁいい。とりあえず……彼女を引き渡せ」
「……ん? オルソラ、どうした?」
上条当麻の言葉にオルソラは少し焦った様な雰囲気で一歩引く。すると、その瞬間、低い男の声が響き渡った。
「――――いやいや、そう簡単に引き渡されては困るのよなぁ」
魔術師達は直ぐにその者が何者なのか、理解した。オルソラを攫い、法の書を奪った日本の隠密魔術組織、
天草式
「天草式……!」
「オルソラ=アクィナス。お前も分かっている筈よな? 我ら天草式と来る方が、有意義に過ごせるという事が」
男の声がそう響くと、地面からジャキッと剣が三本突き出てくる。そして、その三本は三角形を描く様に動くと、その三角形の中心に立っていたオルソラを地面の下へと引き摺む―――
「えーい、ついでにおりゃ」
が、失敗した。珱嗄がオルソラの身体を抱えて落ちるのを避けたのだ。そして、ついでとばかりに先程オルソラへ渡した地獄巡り茶の残りを放り込んだ。勿論全て外れである。
元々、珱嗄は地面の下に人間の気配が幾つかある事に気付いていたのだ。故に、普通に対応出来たという訳だ。
「なっ―――かっらぁあああ!!?」
「残念だったな天草式、オルソラちゃんは頂いたぁ! わーははははは!!」
どうやら上手い事天草式のメンバーの数名が地獄巡り茶を口に放り込まれたようだ。最初にやってくる激的な辛さに悶える声が聞こえた。
そして、そこから珱嗄はオルソラを抱えて走り去っていく。その速度は、音速を超える。『触れる』能力で空気を踏み、『逸らす』能力で空気抵抗で向かってくる風と空気の壁を逸らす。ノーダメージでスイスイ進んで行く珱嗄は、すぐにその姿を天草式とステイル達から消して行った。
第三勢力、珱嗄勢力が生まれた瞬間であった。
◇ ◇ ◇
珱嗄はその後、空気を踏んで空を歩いていた。今までは珱嗄自身にしか『触れる』能力を使えなかったのだが、今は他のものにも付与出来る様になったので、オルソラにもその能力を行使しているのだ。
なので、オルソラは驚いていたものの、珱嗄と共に空を歩きながら会話していた。珱嗄は能力が切れる度に発動して連続使用しているので、多少違和感はあるものの、空中散歩を普通にこなしていた。
「何故、私を攫ったのでございますか?」
「んー……まぁ大した理由は無い」
「無いのですか」
「ああ、まぁ強いて言うのなら―――その方が、面白いから」
「……どういう事でございましょうか?」
オルソラは珱嗄にそう言う。すると、珱嗄はその問いに対して楽しそうにくつくつと含み笑いをしながら答える。
「だってさ、どうやらあの赤髪ロリコン神父と空気ちゃん、それにインデックスちゃんもか、それとあの天草式とかいううさんくさい宗教団体はオルソラちゃんを狙っているみたいじゃないか。なら、俺が君を攫った場合、アイツらこぞって俺を狙ってくるぜ? 天使ちゃんまでとは言わないが、そこそこ楽しめそうだ」
「楽しめる……珱嗄様は戦いを楽しんでいるのでございますか?」
「いや、そういう訳じゃない。俺は戦いを楽しんでるんじゃない、世界を楽しんでるんだよ」
そう、珱嗄は世界を楽しんでいる。この世界に転生し、起きる展開やイベント、事件や戦闘、悲劇に喜劇、日常回やギャグ回、全てにおいて楽しんでいる。故に、珱嗄は彼女を攫った後の事など考えてはいない。相手がどう動くのかも考えていない。ただ、その後の展開がどうであれ、後悔する事もしない。楽しんで楽しんで、その結果戦闘で負けて、死んだとしても別に良いのだ。
「――――………」
そして、そんな生き方にオルソラは少しだけ身震いした。それはつまり、自分自身の命すらも、娯楽の糧としているという訳ではないか。自分が楽しんだ結果、死ぬのなら本望というわけだ。
楽しかったから死んでもいい。
人間、喜びを感じた時、そう比喩することもある。もう死んでも良い位嬉しい、とかだ。だが、それを受け入れる事が出来る人間はいない。いないのだ。
だからこそ、異常。珱嗄は人生観から狂っている。まぁそうでなければ、人外などやってられない。
「さぁて、どうなるかな」
オルソラの隣でそう言う