◇5 とある魔術と科学にお気楽転生者が転生《完結》   作:こいし

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小萌先生のありがたい授業

 天使、『神の力(ガブリエル)』は水を司る天使であり、常に神の後方を守護する者。故に、その力が存分に発揮されるのは水場及び月の加護が発生する夜である。なので、彼女はその膨大な力で『天体制御』を行ない、強制的に戦場を夜へと変えて見せた。

 対する人外、珱嗄は得意とする戦場など無い。むしろ、どの戦場であろうともその順応性の高さ故に適応してみせる。故に、夜だろうと海辺だろうと関係は無かった。

 

 そして、現在。『神の力(ガブリエル)』はその属性である水を操り、凶悪な水の翼を展開。珱嗄へとその翼を叩きつけていた。連続して響く轟音と、同時に広がっていく『一掃』という、世界を焦土へと変える術式は、世界の終わりへと近付くカウントダウンのようだった。

 だが、翼を叩き付けるだけで浮いた状態のまま動かない天使に対して、珱嗄もまたその場から一歩たりとも動いていなかった。

 

 珱嗄の開発によって手に入れた能力。『逸化精神(リヴァイアススピリット)』が発動しているのだ。

 

 次々と飛来する水の翼の攻撃は全て珱嗄を捉える軌道から逸れ、砂浜にザクザクと刺さるだけ。この状況が現在10分ほど続いていた。珱嗄としては能力の維持に対してかなり意識を取られており、天使としてはその能力の壁を突き破ろうと攻撃を続けるのみ。

 だが、この均衡は直ぐに崩される事になる。珱嗄が地面を蹴って天使に肉薄する。逸らす能力がその効果を発揮し、接近する珱嗄に対して水の翼は一切届かない。

 

「珱嗄式―――いや」

 

 珱嗄は珱嗄式戦闘術を繰り出そうとして―――ゆらりと笑った。あくまでこの状況も珱嗄の娯楽なのだ。そして、現在珱嗄の姿は月詠小萌なのだ。つまり、珱嗄が思い付いたのは、

 

 

「小萌ちゃん式一の奥義―――『幼災張手(ロリビンタ)』!」

「――――!」

 

 

 珱嗄はそう言って、ミーシャの姿をしている天使の頬に、その小さな手でビンタをぶち込んだ。スパァン!! と甲高い音が響く。珱嗄のビンタで天使の身体が空中でぐらつくが、飛んでいる為衝撃が逃され、そこまでのダメージは与えられなかったようだ。

 

「おお……思い付きだったけど、結構いい音鳴ったな……今度小萌ちゃんに伝授させようかな」

「――――!!」

 

 一撃を貰った事で怒りを買ったのか、天使がその翼を動かして今までとは威力が段違いだと分かる巨大な一撃を繰り出してきた。珱嗄は現在、空中に居る。避けるのは不可能だった。普通の人間ならば。

 

「あっぶね……!」

 

 珱嗄は『触れる』能力を使って、空気を蹴った。神による肉体の改変のせいで変わったのは食欲や睡眠の必要性だけでなく、肉体の耐久性においても同様だった。以前の様に身体能力任せで空を蹴ると、その反動で脚にかなりの負荷が掛かる様になってしまっている様だ、今では能力を使用しなければこんな真似は出来ない。

 そのせいか、少しだけ人外染みた身体能力を使いきれない。本来の実力を10とすれば、今の珱嗄が引き出せるのは大体7割程度だ。とはいえそれでも人外染みているのだが。

 

「あー痛ぇな。俺の全力に耐えられる身体じゃなくなったみたいだ。全く、神様も面倒な改変をしてくれたもんだ――――面白い」

 

 珱嗄はとっさの行動だった故にその身に余る速度で空を蹴ってしまった故に、脚を擦りながらそう呟く。案外、珱嗄が思っていたより珱嗄の弱体化は強いようだった。

 

「だからこそ、珱嗄式で更に手加減してんだけどな」

「――――」

「ああ、悪い悪い。無視してたわけじゃないぜ、ほら続きだ。掛かってこいよ天使ちゃん?」

 

 珱嗄の言葉と同時、天使が初めて飛行した。水の翼を羽ばたかせ、唸らせ、飛沫の音を響かせる。そして、珱嗄の懐に高速で潜り込んだ。

 

「――――珱嗄式」

「!」

「『裂駆(さきがけ)』ぇ!」

「――――っ」

 

 だが、珱嗄はほぼ反射で天使が懐に入ってくる前に、天使の低く下がった頭より姿勢を腰を落とし、カウンターの下方回転蹴りを打ち込んだ。だが、天使はそれを翼を動かして珱嗄の上を飛び越える様に躱す。

 

 視線が合う、そして一瞬お互いの身体が硬直し、視界に映る世界がスローモーションの様にゆっくりと流れた。そして、その硬直が解けた瞬間にゆっくりとした世界が元の速度で動きだす。

 珱嗄と天使は前へと飛び、お互い反対方向へ距離を取った。そして、即座に反転。高速で接近する。

 

 速かったのは、天使。本来の珱嗄の速度ならまだしも、今の珱嗄の出せる速度では天使の飛行速度に対して、少しだけ遅かった。

 

「――――」

「いいな、俺とやり合える相手は久々だ。弱体化もそういう意味じゃ――――悪くない」

 

 天使の翼が枝分かれし、大量の攻撃となって珱嗄に迫る。珱嗄はその翼を逸らし、弾き、躱し、薙ぎ払いながら天使に接近する。未だにお互いが無傷。だが決定的に違う点がある。

 

 

 天使の力は尽きる気配が無く、珱嗄の『逸らす』能力はいずれ使えなくなるということ。

 

 

 珱嗄の『逸らす』能力は学園都市の開発によって手に入れた能力だ。故に、その発動は演算によって成り立っている。つまり、永遠に使用する事は出来ず、使い続ければ脳の疲労によって効果が小さくなり、最終的には一時的に使用が不可能になるのだ。それはレベル5であろうと同じこと。

 

「この緊張感、若い頃を思い出すな」

「――――」

 

 迫る珱嗄に、今度は天使がカウンターを繰り出す。背中から直接生えている巨大な水の翼本体を上から叩き潰す様に珱嗄へと叩き付ける。だが、珱嗄はそれを『触れる』能力で掴み、握力で握りつぶす。

 

「まだまだ遅いぞ、天使ちゃん」

「っ―――!」

「小萌ちゃん式奥義、『初めてのお使い(ファーストショッピング)』!」

 

 珱嗄は握りつぶした翼を引っ張り、天使の体勢を崩す。そして、翼を引かれた事で必然的に背中を見せる天使に、珱嗄は掌底をその背に叩き込む。その衝撃が背中から腹へと貫通し、空気を振動させる。天使の口からカハッと空気が吐き出された。

 

「――――……」

 

 天使が海へ落ちる。珱嗄も砂浜へと着地した。

 

「ふぅ……ん?」

 

 珱嗄が空を見上げる。暗い夜だった空は『一掃』の術式が崩れて行くと同時に夕方の茜色に戻っていく。どうやら切り良く神裂が上条宅を吹き飛ばしてくれたようだ。儀式場が破壊された事で、天使も元の世界へと戻っていく。視線を戻せば海に落ちた天使はふらふらと立ち上がり、光の粒子となって元の世界へと昇って行った。そしてそれと同時、珱嗄の姿が小萌から元の姿に戻った。

 

「どうだい天使ちゃん。幼女も中々、強いだろ?」

 

 珱嗄はそう言って、いつもの姿でゆらりと笑った。

 

 

 


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