◇5 とある魔術と科学にお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
事態は、急展開を見せていた。
事件の犯人を突き止める事が出来たのだ。
翌日、珱嗄のアドバイス通り、上条当麻と土御門元春、そしてミーシャ=クロイツェフは神裂を旅館において上条家族の引っ越し先へ向かった。そこには海外へ数多く出張する上条刀夜、つまりは上条当麻の父親が毎度の如く購入してくるお土産グッズが所狭しと並べられていたのだ。
土御門元春は、魔術師。それも陰陽道のエキスパートである。故に、そのグッズが風水において魔術的な意味を持ってしまっている事に気が付いた。つまり、上条当麻の新家がこの『
そして、上条当麻は気付いてしまった。家に飾られていた写真の中で、上条刀夜の姿が入れ替わっていない事を。この魔術の入れ替わり現象は、過去の記録の姿まで入れ替わらせる訳ではない。現在の姿が魔術によって『容姿A』から『容姿B』に替わっていたとしても、過去に『容姿A』の状態で撮影した写真や動画には、魔術が発動した後も『容姿A』として映るのだ。ここで問題なのは、写真上に移る上条刀夜の姿は元々の『容姿A』でありながら、魔術が発動した後に会った彼の姿もまた『容姿A』だということだ。
この魔術の中で入れ替わり現象が起こっていないのは、上条当麻の様な
つまり、この事件の犯人―――術者は、上条当麻の父親。上条刀夜だったのだ。
そして、現在。上条当麻と土御門元春は急いで旅館『わだつみ』に戻るべくタクシーに乗っていた。何故なら、上条刀夜が術者と判明した途端、あのロシア協会の一員、ミーシャ=クロイツェフが高速で術者を殺しに向かったからだ。
彼女は事件の犯人を始末するべくやってきた者だ。つまり、上条刀夜が一般人であろうとなかろうと、関係無く、術者であるという事実に基づき抹殺する。それを止める為に上条当麻達は急いでいるのだ。
故に、急展開なのだ。上条当麻にとっては最悪の事態、ミーシャにとっては最高の好機、土御門元春にとっては都合が悪い展開、神裂火織にとってはまだ知らぬ事態、そして――――
「やぁ親父さん。ちょっと俺とお話ししようぜ」
「君は――――当麻の知り合いの方だね」
あの人外、泉ヶ仙珱嗄にとっては、いつもと同様に面白い展開だった。誰よりも早く上条刀夜が犯人だと辿りつき、誰よりも早く上条刀夜に接触した。珱嗄はゆらりと笑う。
「なぁ親父さん。アンタ、今めちゃくちゃ酷い状況に巻き込まれてるけど、どう思う?」
「どういう事だ?」
「アンタは命を狙われているってことだよ。そうだな、少なくとも後一時間ちょいでアンタ殺されるんじゃないか?」
珱嗄の言葉は軽い。下手をすれば冗談なのではないかと思える位に簡単かつ軽く放たれた。だが、上条刀夜はその言葉を嘘だと思う事が出来なかった。何かの冗談だろうと思った、嘘だと考えた。だが、その考えが確定するまでに本当だと思えた。
「そうか……それで、君はそれを私に伝えてどうしたいんだ?」
「どうもしないよ。俺は人間相手に戦うのにはちょっと飽きて来ただけだよ」
「……当麻は、どうしてる? なにか関係しているんだろう?」
「まぁね。だがそいつは本人から聞けばいい。なんせ、血の繋がった親子だ。俺にはもうそんな人はいないけど、多分大事にしなきゃいけないモノなんだと思うくらいには、深い絆があると見てるぜ?」
珱嗄は少し視線を後ろに向ける。そしてそれにつられる様に上条刀夜もそちらを見た。そこには、上条当麻が、息を荒くしながら鋭い視線を放ちながら立っていた。
◇ ◇ ◇
「どういうことでしょうか?」
「んーまぁ犯人があの父親さんだったんだよ」
珱嗄と神裂は上条親子が話しあっている中、その光景を眺めながら会話をしていた。神裂にこの現状を全て説明し、しかる認識をさせた珱嗄は、そのくりくりした瞳を動かし、上条当麻達に近づく存在に気が付いた。
「………なぁ火織ちゃん。ちょいと頼みを聞いてもらっても良いかね」
「なんでしょうか」
「上条当麻の新居……まぁ儀式場だね。ちょっと吹き飛ばして来てくれ。儀式場をまとめて吹き飛ばせばこの事件は終了だ」
「まぁ良いですが……その間貴方は何を?」
「決まってるじゃないか」
神裂から見て、小さな矮躯と桃色の髪、そしてすべすべの肌をした幼女、月詠小萌の姿をした珱嗄は、可愛らしく笑って、トントンとつま先で地面を叩く。そして、その可愛い顔に似合わない吊り上げる様な笑みを浮かべてこう言った。
「あのロリを至極個人的な理由で補導するんだよ。俺は今、教師だし」
その視線の先には、バールを構えたミーシャ=クロイツェフが砂を踏みしめて佇んでいた。
◇
ミーシャ=クロイツェフという名の人間は、実はロシア協会には存在していない。本来存在しているのはサーシャ=クロイツェフというなの少女だ。そして、彼女がこの事件解決に動いている魔術師、神裂や土御門に偽名を名乗る理由は無い。
故に、彼女は本来のサーシャ=クロイツェフではない。その正体は、入れ替わった人間である。そう、サーシャ=クロイツェフの姿をした、何者か。その正体は、この大魔術の名前にも出ている。
『
その名は、『
「さて、上条父を殺すのはまぁいいんだけど――――その前に俺といっちょ喧嘩しようぜ天使サマ」
「………」
「珱嗄さん!」
「よー上条ちゃん。さくっと親父さん連れて逃げな。ほら漫画とかによくある、俺に任せて先に行け、って奴だ」
「……っ………悪い! 父さん、こっちだ!」
「と、当麻!? これは一体どういう――――」
珱嗄の言葉に上条親子は逃げた。追おうとするミーシャに対して、珱嗄はただ何もせずに視線を送った。背中を見せたら、殺す、という殺気を込めた視線を。
すると、ミーシャはその殺気に反応し、動きを止める。珱嗄を視界に捉え、一瞬たりとも放さない。彼女の瞳は、天使が入っているのが分かるほど冷たく、そして赤く輝きを秘めていた。ミーシャがその身体を珱嗄の方へと向けると、途端に空が暗くなった。まだ完成していない魔術によって呼びだされたからといって、天使は天使。その力は地球の半分を焦土へと変えられる程だ。
彼女はまず、自身が最も戦いやすい環境を作ることから始めた。つまり、時間帯を夜へと変えること。『天体制御』位、やってのけるのだ。
「おーおー、流石は天使。俺も吸血鬼や人外や蟻や魔王や人間や獣人や神の類なんかと戦った事はあるけど、天使は初めてだぜ。まーだからどうしたってわけじゃねーけど……この展開はかなり、面白い」
珱嗄の言葉と同時、ミーシャの背から水の翼が生えた。巨大な水の翼が広がり、珱嗄個人を殺す為だけに、その力を集中させている。
「さて、始めましょうか天使ちゃん。先生のありがたーい授業の時間ですよ。オーケーですかー?」
珱嗄はそんな天使という名の脅威を眼の前に、月詠小萌の姿で笑った。
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