◇5 とある魔術と科学にお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
珱嗄がこの世界で好き勝手に暴れた結果、原作とは変わってしまったことが多々ある。
まず第一に、
つまり、依然として学園都市最強の能力者という事実は一片の傷もない。今後の原作内容を鑑みれば、中々後に影響を残す変化だろう。
そして第二に、レベル5の大半が顔見知りになり、それなりの親交を深めてしまったこと。原作通りならほぼ初対面、かつ立場上敵対関係になる可能性が高かった彼らは、珱嗄という存在を挟むことでその可能性を極めて低くした。
ましてこの先敵対関係になろうものなら、確実に面白がって珱嗄が関与してくると、聡明な彼らはすぐに予想を付けた。そしてそれが彼らの敵対行動を大きく妨げている。
さらに第三、暗部組織の無力化。
珱嗄がアイテムに加入してしまったことにより、暗部にいる実力者の大部分が珱嗄に丸め込まれてしまった。レベル5勢が珱嗄に絆された以上、それ以上の戦力はほぼ無力化されたと言って良いだろう。如何に科学の力を駆使しようが、レベル5の面々に連携でも取られようものなら、すぐさま灰塵と化すこと必至だ。
ついでに第四、魔術サイドの侵略阻止。
珱嗄がこの学園都市にいる以上仕方がないのだろうが、神の右席を筆頭に、この学園都市で起こった大体の攻撃や魔術師達の思惑が悉く阻止されているのだ。
夏休みの『
軽く挙げただけでもこれだけの原作改変が起こっている。
その結果が、世界中のローマ正教徒と学園都市暗部を敵に回すという事象を引き起こしているのだが、珱嗄からすればそれでも大して問題はない。
いや、現在珱嗄の肉体は転生を繰り返した結果、全盛期ほどの性能を発揮出来ない状態。物量で攻められた場合は体力切れで敗北する可能性もないわけではないが、それでも珱嗄は個人で世界中を相手に出来る存在なのだ。
そしてこれからの話だ。
珱嗄に出された抹殺命令を聞いた結果、当の珱嗄によって『ブロック』と『メンバー』の暗部チーム構成員が返り討ち、全員拘留されてしまった。
そして
そう、つまりアレイスターへの交渉権を獲得すべく動く筈だった『ブロック』が消滅したこと、
それはつまり、
原作では
『スクール』との戦いの中、麦野沈利によって粛清され死亡したフレンダ。
抗争中に『体晶』を使い過ぎて衰弱した滝壺理后。
暴虐を尽くし始め、浜面仕上によって撃破され重傷を負った麦野沈利。
これら全てが無傷のままになるということに他ならない。なんなら、珱嗄という過剰戦力がいる以上、浜面仕上がアイテムに来る必要がないまである。滝壺もフレンダも麦野も無事、どころか珱嗄のおかげでアイテムの結束はより固くなっているのだから、不幸なことにはならない。
よってアレイスターの計画は、以上の事柄から殆どが破綻に向かっているのだ。ヒューズ=カザキリの出現が阻止されたせいで、かの『法の書』をアレイスターに伝えたとされるエイワスと呼ばれる霊的存在も顕現出来ていない。
全て珱嗄のせいで、破綻した。
「……これは、どうしたものかな」
アレイスターはぽつりと呟く。
こんなことは予想外だった。珱嗄の出現は確認していた――突如学園都市内に現れ、その身に良く分からない能力を保有していた怪物。
それがまさか此処までプランをしっちゃかめっちゃか掻き回していくとは思わなかった。人の身である以上は、なんら障害にならないとすら思っていたのに。
狙いすましたかのように邪魔してくる。
しかも、根本からごっそり邪魔してくるのだから手に負えない。殺そうにも彼を殺せそうな手段が現状見当たらない。
この世界の流れは、アレイスターの脳内に詰みの文字すら感じさせていた。
「……神の右席による彼の殺害も、期待値は半々といったところか」
残る手段は、魔術サイドの干渉を利用することだが……それでも可能性は半分以下。いっそ神頼みしたくなるほどだ――科学サイドの長としては、皮肉な話ではあるが。
「全く、魔神とは別の意味で、厄介だな……」
彼は焦っていた。
◇ ◇ ◇
その後、珱嗄はアイテムの面々と別行動を取る。
その夜、一人誰もいない場所へとやってきていた。学園都市の外の道路上。人もおらず、夜遅く故にそこを通る車もない。学園都市に行くためだけの道故に、イレギュラーが起こらない限り他の人間が来る可能性はまずないだろう。
そんな場所で、珱嗄はプラプラと右手を振る。
そして発動するのは『触れる能力』。
これは『逸らす能力』とは違って、神によって直接与えられた力だ。あらゆるものに触れるという効果は、本当にこの世界の"あらゆるもの"に干渉することが可能な代物である。
そう、つまり――"この世界そのもの"に触れることだって可能だろう。
「よっ」
珱嗄の手が空中の見えない何かを掴んだ。
普段使っている空気を掴む能力行使とは、何かが違う。その証拠に、ソレに珱嗄が触れた瞬間、この世界そのものがぐらりと揺れた様な衝撃が生まれた。
珱嗄は今、世界そのものに触れているのだ。
無論、このまま珱嗄が掴んだソレを滅茶苦茶に振り回せば――至極当然、世界は粉々に砕け散ることだろう――珱嗄を残して。
だが珱嗄の目的はソレではない。
「やめろ」
珱嗄の行動を阻止しようとする声が、誰もいない場所に響く。
珱嗄の口端が吊り上がり、珱嗄の手がソレを放した。
そして声がした方へと振り返ると、そこには先程まではいなかった筈の存在が、冷や汗を流し、警戒するように佇んでいた。
眼帯を付けた隻眼、なんとも露出の多い革の衣装、鍔広の帽子を被った金髪の少女。
珱嗄はゆらりと笑みを浮かべ、彼女に対面する。
「さて、お前さんは何処の誰かな?」
「……私の名前はオティヌス、魔術サイドにおける魔神と呼ばれる存在だ」
「へー」
「お前、今何をしようとしていた?」
「ちょっと世界をひっくり返してみようかと思っただけだよ」
「……お前、一体何者だ?」
現れたのはオティヌスと名乗る少女だった。
珱嗄は別にこの少女に用があったわけではない。だが、この世界に来てからそういう存在がいることは理解していた。
珱嗄は転生特典で「人類の習得し得る全ての技術」を保有している。
それはつまり、人類が現在過去未来において行使することの出来る技術とその知識を脳内で検索し、知識と共に行使することが出来るということだ。
それは科学においても、魔術においても同じこと。
"魔術書の原本の知識"だって例外ではない。
この世界において魔術書の原本の数々を解読、分析し、魔術の究極に至り、神の領域に足を踏み入れた者を『魔神』と呼ぶのなら、珱嗄は既にその資格を得ているといっても過言ではない。
珱嗄は使わないだけで、遠い未来に存在する、超能力を保有しながら魔術を行使する技術すら持っているのだから。彼はその気になれば、魔神と同等以上のことが出来る。
故に、先ほどやろうとしていたことの理由は単に、魔神を呼び寄せるためだ。
「俺は泉ヶ仙珱嗄――面白いことが大好きな男だよ」
そして同じく魔神であるオティヌスと呼ばれる少女は、そんな珱嗄の放つ圧倒的なプレッシャーに息を飲んでいた。
彼女はその気になればなんだって出来る力を持った少女だ。現状は弱点や欠点もある不完全な状態ではあるが、それでも内包する力は世界を自在に消滅、創造することが可能な程の力なのだ。
そんな彼女が、珱嗄を前に警戒心を最大まで引き上げているのだ。
「その力……魔術ではないな? かといって超能力でもない……私も理解出来ない力など、明らかに常軌を逸している」
その最たる理由は、世界を容易く破壊することの出来る力が、何の儀式も、霊装も、呪文もなく、ただ指先を動かすだけで行使出来るということ。それがどれほど危険なのか、想像すれば子供でも分かる。
珱嗄が軽く指を振るだけで、この世界が壊れるのだ。
「何が目的だ?」
オティヌスは慎重に、珱嗄に問いかけた。
―――その目的はなんだと。
珱嗄はゆらりと笑みを浮かべ、そしてその問いにこう答えた。
「いや、なんか暇だったから」
オティヌスはその答えに、ぽかんと口を開けた。