ーInfinite Stratosー~Fill me your colors~   作:ecm

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第五十話:変わりゆく関係

――2062号室――

 

『――戦術教育課程a-1、a-2を修了。体調管理を怠らぬ様に。以上だ』

 

低いテノールから発せられる言葉を聞いた椿はVR拡張現実から現実世界へと帰還を果たした。途端に言葉にし難い不快感が腹の奥底から沸き上がり、余りの酷さから近くに置いておいたエチケット袋を手に取って内容物を吐き出す。

 

「グゥッ……ッ」

 

胃液の味と嘔吐の不快感に顔をゆがませていると、不意に背中を優しくさすってくれる感触と目の前の机にスポーツ飲料が置かれるに気付いた。

 

「飲むのは後だ、今はゆっくりとするといい」

「……ありがとうございます。アーロンさん」

「なに、それが私の役割でな。さて、気分が悪い他に自覚症状はあるか?」

 

アーロンはエチケット袋を回収し、事前に用意した専用のごみ箱に捨ててから見下ろす形で椿に問う。彼はこのVR訓練に置いて訓練中の警護及びに緊急事態が発生した場合、強制的に椿を現実世界に帰還させる役を担うことになっている。また、基本的な医療も過去の経験上嗜んでもいるのでこうしたカウンセリングもこなしているのである。

 

「強いて言えば最後に組手をして肩を外されたので少し違和感が」

「……人体破壊、か。まぁいい、着替えとうがいをしてこい」

 

人体破壊とは聞こえが悪いことこの上ないが、要は身体のどこが弱いのかを知る為に身をもって知らされたのである。そしてこれが必要なことか否か、と問われるならば、アーロンは素直にYES、とは答え辛かった。

 

(せめて意表を付けるように、か)

 

アーロンは生身での椿の戦闘力は期待していない。仮にIS操縦に活かすことができたとしてもそれが活かされる場面が余り想定できないとも考えているのだ。

 

何故なら前者はともかくとして、ISには人にはないブースターという”推力”があるのがひとつの要因だ。取っ組み合いは余計なリスクを背負い兼ねないし、そもそも椿の場合1対1の状況であることや相手が人の形状をしている事すら怪しいのも要因の一つだろう。

 

であれば対人用として最低限の知識を痛みで覚えておけ、という事なのだろう。もしくは精神的鍛錬という側面が強いか。

 

(何にせよ、加減はしている様だな)

 

洗面所から戻ってきた椿の動きをじっくりと観察して改めて無理のある動きをしていない事をアーロンは確認しつつさて、と椿に手を差し出した。

 

「その手は?」

その手にある物(オムツ)も回収する」

「……自分で捨てますよ」

 

しかめっ面になりながらも椿はその手をスル―して専用のごみ箱に捨てた。まぁ、誰だって恥ずかしいか、と思いながらアーロンはさてどう話し掛けようかと数瞬考えを巡らせる。対する椿はごみを捨てたその足で一組の椅子を持ってきてどうぞ、と一言勧めてきた。

 

「気が利くな。いや、この場合は気を使わせた、と言うべきか?……日本語は相変わらず厄介だ」

「日本人でも時々解らなくなりますよ」

 

相手の行動を気にして相手のために行動をすることを「気を使う」と言い、相手の行動を気にはしないが相手のために行動すると「気が利く」と言う。よって今回はアーロンが何か考え事をし始めたのを見て楽にして欲しいと思って椅子を用意したのでこの場合は前者が正解である。

 

「それはそうと、ソフィーから言伝を預かってます」

「ほう?」

「『久しぶりにお母さんと買い物できて楽しかった。今度は私と二人で行こう?』、との事です」

「……そう、か」

 

アーロンはホッとしたような、それでいて寂しげな笑みを浮かべた。普段は任務の都合で全く連絡を取れないからこその伝言。彼の心情は察するべきであろう。椿は漠然とした感覚で羨ましいと思いながら言葉を続けた。

 

「そういえば親しげに話しかけている若い男性がいましたね。聞けばアーロンさんの後任だとか。……アーロンさん?」

 

親しげに話しかけている男性がいる、と聞いた途端にアーロンは先程まで浮べていた笑みを一転、能面の様に無表情へと変えた。椿はその様子を見て選択を間違えたか、と内心冷や汗をかきつつもう一度アーロンの名を呼びながらさてここからどうするか、と考えを巡らせる。

 

「あ、あぁすまんな。……で、どうだった?連中の印象は」

「凄い、の一言に尽きます。口下手ですいません」

 

そっちから話を逸らしてくれるなら今後は不用意にこの話題には触れないようにしよう、と椿は思いながら先程までの出来事――最初に行われたデモンストレーションを思い浮かべる。

 

――それはある種の芸術だった。

 

集団行動の究極系。完全に統率された動きとは一見すると不規則に見えるが、その実幾千幾万の積み重ねによって培われた完全に計算された動きなのである。それはあたかも群にして個、一つの機械のごとく。もし古鷹がその場に居合わせたのだら自分よりも機械らしい、と皮肉を述べていただろう。

 

故にそれを漠然としながらも感じる事が出来た椿は凄い、と答えたのである。無論、その後に行った訓練での彼等の実力もそこに含まれている。代償はそれなりにあったが。

 

「いや、その一言で十分だ。我々がお前の後ろにいる、それを改めて認識してくれたのだからな」

「……はい」

「さて、そろそろ出ていこうか。私が居てもリラックスできんだろうし」

「いえ、そうでもありませんよ。……言ってはなんですが、会話相手が居れば落ち着きます」

 

その一言にアーロンはほう?と口にする。

 

「なら、退屈凌ぎに我が祖国ロシアについて話をしようか」

「……何故?」

「知りたくないか?好きな女が所属する国のことを」

「――ッ!?」

 

それは悪魔の囁きだった。

 

男とは大なり小なり好きな異性を困らせたい生き物だ。困らせて、少しでも自分に振り向いてもらいたいのである。その逆もしかり。今後何らかの形でロシアについての話題が出てこないとも限らない。そしてその時に自慢げに話す彼女に既に知っていると話し、更にその先を話したらどうなるだろうか?

 

「クク、興味があるようだな?」

 

微かな衝撃を受けている椿を見てニヤニヤと笑うアーロンの様子はさながら悪魔。しかしながら椿にとっては神の啓示にすら思えただろう。椿は頬を微かに朱に染めながらも半ば食いつくようにこくり、と頷いてみせた。

 

時刻は20:30分。

 

年齢差20以上の、まるで親子の様な男二人による会話は静かに続いた。

 

 

 

 

「……コーヒーでも買うか」

 

椿は時計をチラリと見て、寮長である千冬が巡回し始めるまでかなり余裕があるのを確認してフロアにある自動販売機でコーヒーを買うことを決めた。

 

余談だが、先程までの椿とアーロンの会話だが、いい加減長話をする訳にもいかないと言う理由で40分程で区切り、次回に持ち越しという事で会話を終わらせていた。これはアフターケアを兼ねたアーロンの判断である。

 

閑話休題。

 

財布を持った椿は先程の会話で得た知識を反復しつつ2階から1階に降りる。途中、自室に戻ろうとしていたのであろう顔見知りに軽く手を振りつつフロアにたどり着くと、自動販売機に先客がいる事に気付いた。そしてその先客のことを椿はよく知っており、自然とその名を口にしていた。

 

「本音」

 

少し癖のある茶髪のロングヘアー、狐を模した着ぐるみの様な寝間着を違和感なく着こなすおっとりとした雰囲気を持つ少女。椿が想いを寄せる一人、布仏本音である。

 

「っ!……あ、椿だ~」

 

名前を突然少し驚いた顔した本音だったが、名前を呼ばれた方向を見て椿が呼んだのだと分かった瞬間、手を振りながら椿の名を呼ぶ。

 

余った袖を左右に振り回す愛くるしい仕草と甘い声に椿は思わず頬を緩ませながらも本音の隣に立つ。そして何を選ぶのに悩んでいるのか?と、訪ねる。

 

「いちごオーレとレモンサイダーのどちらかにするのか悩んでいるのだ~」

「……なら、先に選んでもいいか?」

「うん、いいよ~」

 

椿はコインを入れ、予め決めていた無糖のコーヒーを選んだ。

 

「渋いねぇ~」

「この味は是非ともお前に解って欲しいものだ」

「苦いのは嫌いだからわかりたくないなぁ~……。よ~し、いちごオーレにしよ~っと」

 

以前食べ物を喉をつまらせた時にコーヒーを飲んだことを思い出したのか、本音はそれを打ち消すかの様に甘いいちごオーレを選んだ。椿は残念だ、と肩をすくませるが、特に気にした様子もなく自動販売機の隣にあるベンチに腰をかけ、本音もそれに倣うように右隣に座った。

 

二人の間には僅かな間しかない。

 

もしどちらかが寄れば肩先が触れ合う様な距離であり、それが彼等にとって最も心地良い距離であり、二人の関係を表している様でもあった。

 

まったりとした心地良い空気が流れる中、椿はコーヒーの缶の蓋を開けて一口飲む。口内が特有の苦味で満たされるが、それを味わう様にゆっくりと嚥下して一息つく。

 

「ところで、私が居なくてもちゃんと一人で起きられているか?」

「なんでここでそれを言うかな~」

 

折角の雰囲気が台無しだ、とでも言わんばかりに頬を膨らませて抗議する本音。半ばヤケクソになる様な形でいちごオーレの缶を開けて中身を一気に半分ほど飲み干す。椿は酔っ払いか、と半眼になりながらも問いに答える。

 

「私が何時も起こしてただろう?後半あたりは一緒に起きてたが。まぁなんだ、まただらけていないか心配になった次第だ。他意はない」

「ちゃんと起きてるよ~。……私だって何時ものんびりしてる訳じゃないもん」

 

どの口が言うのか、と椿は口に出さなかった。

 

「そうか。それは失礼した」

「でりかしぃが欠けてると思います」

「気を付けよう」

「ばか」

「すまん」

「……おたんこなす」

「おいおい……」

 

今日は普段と比べて随分と辛辣だ、と椿はコーヒーを半分ほど飲み干していると、不意に肩先に重さを感じた。気になって視線を横に向けると、本音が椿の肩に自分の頭を預けていたのである。

 

「独りになって、寂しいなぁ」

 

小さな声で、一言。だが、それを椿は聞き逃さなかった。

 

椿と出会ったその時から長い時間共に居たは間違いなく本音だ。彼女にとって1045室での二人だけの時間とは、何よりもかけがえのない時間だった。何時までも続いて欲しい、そう思い続けていたのだ。

 

だが、突然その時間を椿の部屋の移動と言う形で失ってしまった。

 

本音は当然のことだから仕方が無い、と自分を納得させていたが、そう簡単に納得できるものではなかったのだろう。否、事実納得できなかったのだ。だからこそ漸く手に入った――例えそれ偶然の産物であったとしても――その時間を無意味に過ごしたくなかったのだ。

 

彼女の珍しい罵倒の連続はそんな気持ちの一端を表していたのだろう。

 

「……あっ」

 

小さな悲鳴。

 

椿は本音の意図を汲んだのか、何も言わずに左手を本音の頭の上に置いた。

 

たったそれだけだったが、気持ちの代弁には充分だった。

 

(あったかい……)

 

暖かい、自分のよりも大きな手のひら。

 

この手のひらが何よりも好きだった本音は、自分から頭を擦り付ける事でもっともっと、と意思表示をする。そしてその願いは届いたのか、微かな苦笑いと共に椿は自分の肩に押し付ける様に、しかしながら優しく、いたわる様に撫で始め、沈黙が訪れる。

 

初対面の第三者から見ても明らかに解るであろう好意の寄せ合い。

 

しかしながら当事者である彼等は好意を例えそれが建前でも気付かない振りをして今の微妙な関係を保つづけている。だが、最早限界に近づいている事も二人は既に正しく認識していた。

 

――何時までもこの日常が続いて欲しいという想いと、今まで以上の関係でありたいという想い。

 

しかし残酷な事にこの二つの想いが共存する未来は無い。時間の経過と共に変わりゆく日常と同じ、二人の関係にも必ず変化が訪れるのだ。良くも悪くも、それが現実なのである。

 

故に辛くても、悲しくても、やがていつかは決断を強いられる日が来る。

 

だからこそ心優しい少女は決意した。少しでも良い変化が訪れる様に努力しよう、と。

 

だからこそ『椿』の名を持つ青年は決意した。決して後悔だけはしない、と。

 

短い沈黙の中、先に動いたのは少女――本音だった。

 

「……明日の夜も、ここでお喋りしたい」

 

――二人っきりで。

 

視線は下にむけたまま、余った袖から手を出し、椿の右手の上に重ねながら本音は言った。

 

台詞そのものは他愛の口約束そのもの。普段のスキンシップと比べればこの程度、何とも無い様にも思えるだろう。だが、改めて意識しながらでは話が違うのだ。

 

これは未だ好意を面と向かって告げれない本音にとって今できるの精一杯の誘い――逢引きの誘いなのだ。

 

(うぅ……)

 

胸の鼓動が際限なく高鳴り、頬が朱に染まっていくのを自覚しながら半ば祈る様に本音は目をつむり、不安と期待の両方を胸に宿しながら椿の返答を待った。

 

そして――

 

「本音、今日の様な時間帯になってしまうが、それでも……それでも、良いだろうか?」

「……うん、良いよ。待ってるから」

 

欲しかった答えを得られた本音は、顔を椿の方へ向けてこの日一番の笑みを浮かべた。

 

あどけない恋する少女の笑み。

 

本音の笑みにつられるように椿は顔をほころばせた。だが、嬉しさとは裏腹に、胸を締め付けられるような切ない痛みを覚えながら、そしてそれを隠す様に話題を提供するべくして口を開いた――。

 

 

 

 

――フランス・マルセイユ――

 

マルセイユの一角の立つ高級ホテルの最上階の一室で、主任――吾妻晴臣がノートパソコンを前にしてブツブツと独り言を漏らしながらもせしわなくキーボードを叩き続けていた。

 

「これで以上だけど、どうかな?」

 

その呟きに反応するように画面に文が浮かび出てくる。

 

『――遅延を確認。誤差はコンマ1以下でお願いします』

「はぁ、これもか。……まぁいいけどさ。ただ、あんまり遊びがなさ過ぎるのもどうかと思うんだよね。椿君が扱いこなせるか疑問だね。そこんとこ、どうなんだい?古鷹」

『No problem.私の相棒は乗りこなせます』

 

パソコンの画面に映る文字からでも解る憎たらしい程の信頼。奇しくもそれが事実であり、古鷹と雪風のみが知りえる他者には秘匿している椿の強みがそこにあるからだ。

 

「適正S、だけじゃぁないんだろうね」

『おや、解りますか?』

「確信に至ったのはつい最近さ。具体的にいえば、時折見せる化物じみた反応速度がまさしくそうだろう?しかもここぞというばかりのタイミングでそれが顕著だ」

 

椿が隠し持つ特殊能力とも言うべき思考加速。それを主任は定期的に受け取る膨大なデータを律儀に一つ一つ検証してほぼ正解の形で看破したのである。

 

『何故隠していたのか、とは聞かないのですね』

「したところで意味がないよ。なんか条件とかもありそうだし。それに、活かすのは戦闘中だろう?こっちから何かする必要はないよ。他は……そうだね、一人や二人、私みたいなのが居てもいいんじゃないかい?彼にとっても、君にとっても都合がいいだろう?色々とね」

『……感謝しますよ』

「ハハッ、これから薬漬けにしようとしてる側としてはその言葉は心が痛いよ」

 

事実、2週間後には椿は単一仕様能力の制御という名目で薬の投与や後催眠暗示による思考誘導と言う名の感情制御の実験が控えている。薬漬けという言葉は、冗談や比喩などではないのだ。そしてその責任者は主任なのである。

 

『……それに関しては敢えて何も言いませんよ』

 

椿にその事を伝えたのは他ならぬ古鷹だ。しかし、相棒と呼んで憚らない椿を実験台にするのをはいそうですかと流すほど、この件に関しては内心穏やかではないのだ。

 

「何度も言うけど、椿君を廃人にするほど我々も馬鹿じゃない。君とは敵対したくないからね」

『正確には私と雪風、ですが』

「承知しているよ。……さて、取り敢えずは今の進捗状況と予想段階での性能の確認は終了だね。本当、君の要求仕様が技術屋泣かせだよ」

 

画面に映るデータには未だ名も無き機体の各スラスター出力や採用する装甲材質等についてこと表示されている。そしてその殆どには古鷹による不足部分に対する指摘が細々と赤文字で表示されていた。

 

「特にエネルギー許容量の限界拡張がねぇ。シミュレート段階で自慢の製品が消耗品扱いされてるって結果が癪に障るって部下が言ってたよ。ま、私も同じだけど」

 

エネルギー許容量の限界拡張。要はさまざまなエネルギーを機械的な動きに変換し,メカトロニクス機器を正確に動かす駆動装置――アクチュエータ及び各装置を繋ぐ回路自体の強化である。

 

単一仕様能力が不安定である以上、将来的に安定化に失敗したと仮定した場合に想定されうる最悪の状況は能力使用後の碌に整備を受けれない状態での戦闘である。周知(語弊はあるが)の通り、通常の機体では能力の効果によるエネルギーの過剰供給に機体自体が耐えれず、能力の使用後に機体が使い物にならなくなるのである。故に彼等技術班は数値化された能力の出力に耐えうるだけの機体を目指したのだ。しかし現実は失敗の数々。未だ良い芽を出せていなかったのだ。

 

「まぁ、最低限他は許容範囲内だけどさ。最悪、代案は幾つか用意してるけど。」

『代案……古鷹二番機と雪風ですか』

「そしてもう一つ。消耗品と割り切って部品を丸々一式拡張領域に入れておく」

『あぁ、その手がありましたか』

「と言っても、完成できればそれが最善なんだけどね」

 

技術者には技術者の誇りがある。できないから仕方ない、で彼等は済まないのだ。だが、同時に本当の目的を忘れてはいない。時には悔しさを噛み締めて妥協するのだ。それは、プロとして当然の事だからだ。

 

『ところで、二番機に関しては未だ私はノータッチでした。データを閲覧しても?』

「見たいかい?なら、閲覧を許可するよ」

『ありがとうございます』

 

いいよいいよ、と主任はのんびりと鼻歌まじりに腕を組んで古鷹の反応を待った。その姿はさながら新しく手に入れたおもちゃを友人に自慢する子供の様である。

 

そして暫くの間を置いて古鷹より反応があった。

 

『随分とまぁ……』

「ンフフッ、ンフフフフフ、フ………おやおや?」

 

古鷹の呆れた様な呟きに主任はその反応を待ってましたと言わんばかりに笑みを深めるが、突然その笑みを止めて好奇心の色を宿した瞳をパソコンの画面に向けていた。

 

そしてパソコンの画面には、こう表示されていた。

 

『これ、ほしい』

 

どうやら古鷹に許可を出したと同時に雪風も勝手に閲覧したのだと主任は理解する。古鷹も同じの結論に至ったのか、勝手に見てはいけない、と軽く注意をしていた。

 

『聞きますが、お願いしておいたのは終わりましたか?』

『おわった。これ、ほしい』

 

主任は苦笑せざるおえない。ただ、機密データを無許可で閲覧された事を危険視はしていなかった。何故なら雪風の行動原理は全て椿に帰結するからだ。本人がそう宣言しており、それ以外には基本的に無関心なのである。故に古鷹はそれを逆手にとって椿の為だ、と唆してこうして色々と手伝わせている訳だが。

 

(相性が良い、という事かな?)

 

興味を示したという事は椿の為である他に相性が良いという事であろう。

 

基本的にコアとの相性の良い装備を探るのは手探りである。もし相性が悪ければ展開速度や出力等に明確な”差”が出るのだ。もし本気でそのコア専用に機体を作り上げるのであれば、馬鹿にならない費用がかかるのだ。しかしながら例外は――古鷹と雪風は言葉にして好き嫌いを伝えれるのだ。このアドバンテージは非常に大きいと言える。

 

(なら、少し冒険してみようか)

 

主任は一つ考えを思いついた。

 

「そういえば、君に関しての情報は提供してもらってないんだよね」

 

雪風の管理を椿に任せている。定期的なデータの提出も求めていたが、それは未だ先の事であるため、一切の情報がないのである。よって現状は雪風が一体どの様なコアであるかが不明なのだ。

 

『みせない。デリカシー、ない』

『ふむ、小さくても淑女(レディー)、ですか。ですが貴方のデータ提供なくしてこの機体を任せる事はできませんよ?』

 

古鷹は意図を瞬時に察して主任に同調する。

 

「そうだね、私も古鷹と同意見だ。ウチもそんなに余力はないからね」

『……そう』

「だからこうしようか。二週間後、二番機は椿君に渡されるんだけど、今君がデータを提供してくれるんだったら君専用にしてもいい。私達としてはそれが望ましい」

 

改めて言うが、コアの好みはISの好みである。元々コア『古鷹』はIS『古鷹』との相性が悪い。現状では古鷹が我慢しているだけなのだ。ならば相性の良いであろう雪風に与えた方が有意義である。月末に控えているお披露目(学年別トーナメント)に関しても万全な体勢で迎えれるであろう。他にも実験とは別に古鷹二番機の慣熟訓練を並行して行う事が可能となり、機体を遊ばせておく無駄を無くせるのだ。

 

主任は打算的な考えで雪風にこの話を持ちかけたのだ。最も、雪風の存在が周知されるリスクも承知しており、より多くの実益を取る為に敢えて条件付けをしたのである。

 

「どうかな、椿君の役に立ちたいんだろう?」

 

とどめの一言。

 

『わかった』

 

雪風は言葉に即答し、自分が有するデータを転送する。

 

主任と古鷹はこの判断の素早さに利用している罪悪感を僅かに覚えるとは別に危機感を覚えた。多少ごねるかと思いきや迷いなく実行出来るあたり、本当に一途である事がよくわかる。だが、余りにも周りが見えていなさすぎると逆にそれがリスクになりかねないのだ。

 

(……流石に少しは教育しないとダメだよねぇ)

 

本来ならばその役目は椿が担うべきなのだが、学業とは別個に過密スケジュールで時間を組んでいるためそれが出来ない。仮に任せたとしても寧ろ逆効果になりかねないのである。

 

(けど、子供のお守りはあんまり得意じゃないんだよねぇ。千歳君に手伝ってもらおうかな)

 

主任は日本に帰ったら待っているであろう千歳にも協力してもらおうと考えているが、実は雪風は既に千歳と接触しており、その際のちょっとした一件で嫌っているのだ。

 

そんな前途多難が待っているのを知らず、主任は呑気に鼻歌を歌いながらデータの受信完了を待った。

 

『おわった』

 

雪風からデータの受信が完了する旨が伝えられる。

 

『では早速』

「拝見しようか」

 

雪風は古鷹の単一仕様能力の影響かどうかまでは不明だが、椿と接触する以前のデータを全て失っている。そちらに関しては主任と古鷹は期待していなかったが、最も気になる項目を何よりも優先して選び出し、閲覧する。

 

そして笑みを深めた。

 

『……やはり、ですか』

「偶然じゃぁないんだろうねぇ。本当、仕事が増えて嬉しい限りだよ」

 

主任達が見ている項目はIS適正。画面にはこの様に表示されていた。

 

――IS適正S、と。

 

 

 





祝本編五十話達成。

これからもよろしくお願いします。

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