ーInfinite Stratosー~Fill me your colors~   作:ecm

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お待たせしました。最新話です。


第四十八話:特訓

――第三アリーナ――

 

放課後のアリーナは決して少なくないギャラリーによってにわかに活気づいていた。

 

それもそうだろう、現役IS乗りによる男性操縦者への特別指導という珍しいイベントに対しての興味もそうだが、向上心のある者にとっては現役IS乗り――エメリーの言葉は、そして動きは何物にも勝る財産となるのだから。

 

「attention!!これより貴様等ひよっこ共の――と言うのは置いといて!二人とも、休日はrefreshしましたか?」

 

アリーナの中央、その黄金のロングヘアーを後ろにまとめたハイテンションなエメリーに対し、椿と一夏はついてこれないのか、苦笑しつつも頷いていた。

 

ノリが悪いネ、とエメリーは子供の様に頬を膨らませて不機嫌さを表すが、直ぐにそれもひっこめてコホン、と咳払いをして仕切り直しをする。

 

「トレーニングをスタートする前に、今回の目的を話そうと思ってますが――一夏君、今アナタに足りないモノはズバリ何?」

 

突然話を振られた一夏だったが、常日頃から課題にしている事を解答とすることした。

 

「回避技術、です」

「じゃぁ椿君は?」

「格闘技術と、対複数の立ち回りです」

 

椿の解答を聞き、エメリーは二人ともちゃんと自分のビジョンを持っていてよろしい、と頷く。

 

(一夏君は現在直面している事を、椿君は来るべき時に備えて。まぁ、差が出て当然ネ)

 

寧ろなければならない。ただ、決して一夏の向上心が高いのは悪い事ではない。椿にはそれを踏まえたうえで(・・・・・・・・・・)それ以上を求められる、それだけなのだから。そして椿自身もその事を正しく認識している。

 

両者の違いは――極端に言ってしまえば一夏はその場しのぎの受け身の姿勢で、椿は未来思考で自ら働き掛ける姿勢なのだ。受け身であればそれしか得ることしかできないが、自ら働き掛けるのであれば、それ以上のモノを得る事ができるのだから。

 

無論それが全てとは言わない。まだまだ人生経験の足りないの一夏にそれを求めるのは酷と言うものだろう。エメリーもそれはしっかりと弁えているようで、上手く煽ってお互いに成長し合える環境を作ろうと考えていた。

 

「うんうん、そうやって直ぐ言えるのは普段努力してる証、これからも続けるネ」

 

人は考える生き物である。考えるからこそ、人は常に成長できるのだから。

 

「さて、この質問にはちゃんと意味はありマス。既に解っているかもしれないけど、今この場で胸に刻みつけるネ」

 

そしてエメリー不敵な笑みを浮かべては言った。

 

Maneuver――機動、と。

 

機動とは戦闘を構成する最も基本的な要素の一つだ。攻撃であれ回避であれ、常に機動が根底にある。例に挙げるとすれば、一夏が自分の間合いに持ち込む事も含まれ、これは敵に対して戦術的な優位を占めるために実行される機動――接敵機動と呼ばれる。

 

「窮屈な機動は相手からしてみればいいカモ。主導権を握られるし付け入られる隙も多いネ。逆を言えば、主導権を常に握られる事はなく、取れる選択肢は格段に増える、という事ネ」

 

エメリーから見て椿と一夏は高いポテンシャルを秘めている。伸びしろは十分あるのだ。故にエメリーは今回の目的を『機動』としたのだ。そう、彼等の持つ可能性を、選択肢をより多く引き出すために。

 

「本当は航空力学の基礎から叩き込みたかったデスが、贅沢は言わないネ。とにかくこれから2週間、私の『機動』の技術を伝授するヨ。後、戦闘そのもので何か知りたい事があったら見て盗むか質問するネ。Do you understand?」

「「はいっ!」」

 

二人のキレの良い返事を聞き、満足げに頷いたエメリーは訓練を開始すべく二人にISを展開する様に指示を出し、自らもIS――島風を展開した。

 

「じゃぁお待ちかねの訓練の時間ね。先ずは一夏君、今から指定するコースをPICの設定をオートからマニュアルに切り替えて挑戦するヨ。あ、その次は椿君ネ」

「えと、椿は設定を切り替えないんですか?」

 

椿の状況を知らない一夏の疑問はある意味当然だろう。そしてこの展開を既に予測済みのエメリーはどこか意味深な視線をなげかけながら問いに返す。

 

「椿君は既にマニュアル制御ネ。千歳さんから聞きましたが、筋が良かったからかなり早い段階でモノにした、と聞いてますヨー?」

「……えぇ、そうです」

 

焚き付けるつもりか、とエメリーの意図を察する椿。彼自身はそれを悪くは思っていないし、寧ろ一夏がこれを機に更に力を付けてくるのであれば良い意味で刺激になるだろうと理解していた。

 

(……まぁ、焦っても仕方がない)

 

椿はこの貴重な一分一秒を無駄にしたくなかった。

 

――少しでも技術を磨きたい。

 

しかし現実は一夏と共に特訓するのであれば、必然的に一夏のペースにもある程度合わせる必要があるのだ。最初から解っていた事を、椿はとやかく言うつもりはなかった。それならそれで時間の使い方はある。それに、自分が解っている部分を――同性だからこそ理解できる部分を伝えて成長を促せば良い、と納得していたのだから。

 

「さぁ、物は試しと言うネ。勿論意味はあるヨ!マニュアル制御に慣れればより細かい動作もできるから、格闘専門の君にはうってつけネ。Let's try♪」

 

一夏はエメリーに促されるままPICの設定をマニュアルに変更、初めてという事でいつの間にか力んでいた体をほぐすかの様に深呼吸をし、ゆっくりと上昇を始めた。

 

(なんだ、結構普通に――)

 

どんな事態になるのかと内心おっかなびっくりの一夏だったが、普段と変わらないと感じ、行けると思っていたが、その認識は直後に覆される事になる。

 

「うぉおおおおっ!?」

 

前傾姿勢でスタート位置に向かおうとしたが、普段とは段違い(・・・・・・・)の感度の良さにバランスを崩た。然しその天性の才能故か、驚異的な反応速度ですぐさま体勢を立て直そうとして――それがいけなかった。

 

一夏は忘れていた――否、未だ身に染みついていなかったのだ。

 

今自分がマニュアル制御で操作している事を。

 

「うわぁああああああああっ!?」

 

結果一夏は空中でコマの如く勢いよく縦に回転した。しかもパニック状態に陥り、体勢を立て直そうとしていつもの感覚で行おうとして再びバランスを崩す事を繰り返している。

 

情けない悲鳴がアリーナに響く中、エメリーは笑みを隠しながら助けようとしたのだが、思いのほか勢いが強く、

下手に手を出せば危険な為に手をこまねいていた。

 

一方、椿は自分も似たような事があったな、と過去の事を思い出し笑いをする――フルフェイスマスクなのでバレる事はない――が、助けようと思いつつさてどうするか、と考えていた。

 

だがしかし、エメリーや椿が手を出す事無く状況は終息を迎えた。

 

「ぐへぇっ」

 

結果だけ言えばどうにか落ち着いた一夏が無理矢理PIC制御を停止、浮遊能力を失った白式は回転しながら墜落し、一夏は墜落の衝撃で優男にあるまじきカエルが潰れたような声を出したのであった。

 

「よ、酔いそう……」

 

一夏は絶対防御によって怪我一つ負うことは無かったが、回転しすぎて平衡感覚が麻痺、酔いからくる気持ち悪さを訴えていた。

 

「一夏君、もっとcoolになるネー。いつもの感覚でやろうとするから……ププッ」

「っ、笑わないでくださいよ!……落ち着いて、やります」

 

顔を真っ赤にしている一夏を見てエメリーは怒っても絵になる、と失礼な感想を思いながらsorryと謝罪する。そしてコホン、と咳払い一つして弛緩した空気を元に戻す。

 

「初めてのマニュアル制御だから仕方ないネ。さっきの失敗だって誰もが通る道デース。所謂通過儀礼ネ!椿君も、ついでに私も経験あるから引きずらなくてもNo problem!」

「そ、そうですか」

 

チラリと一夏は視線を椿へと流し、椿は肩を竦めながらも頷いた。

 

「最初はゆっくりでいいネー。遊びが殆どないのはたった今理解したと思うから、その感覚をしっかりと身に染み込ませる様に意識するヨ」

「はいっ!」

 

一夏は真剣な表情で、改めてゆっくりとスタート位置に付き、ナビゲーションに従って指定されたコースを慎重に飛び始めた。

 

《――椿君、ちょっといいデース?》

 

エメリーは一夏に時折アドバイスを投げかけながら、椿に個人間秘匿通信を開いた。

 

《どうしました?》

《社長からの確認デース。シャルロットちゃんと挨拶を済ませましたか?》

《えぇ、午後に命令通り。それが何か?》

 

椿は企業方針としてデュノア社のテストパイロットであるシャルロットに予め挨拶を済ませておけ、と指示を受けていたのだ。と言っても椿からしてみればビジネスマナーとして当たり前の事なので特に疑問を抱かず、寧ろ普段の口調を使えるという事で自然体で挨拶を済ませていたのだが、シャルロットが僅かに表情を強ばらせていたので何かあったのか、と一つ疑問を抱いていたのだ。

 

《椿君に追加で指示デース。不穏な動きをしたら報告するように、と》

《……そうですか》

 

やはり何かあったのか、椿は思う。

 

しかしそれを問い詰める程椿は愚かではない。聞いてもそれに意味はないのだから。今はただ黙ってエメリーの話の続きを促す事にした。

 

《まぁ、アーロンさん達も居ますからいつも通りにしても大丈夫デス。それにシャルロットちゃんもそんな気は起こさないだろうし、Isurance――保険ネ。不満を感じるのも無理ないけど、椿君にもしっかりと認識(・・)してもらう必要があるからこその指示だと思うネ》

 

川崎インダストリアルカンパニーは慈善団体ではない。川崎五十六を頂点に置いた巨大な利益追求集団である。ありとあらゆ分野に精通し、それ故に自然と多くの敵を作っている。末端の社員は暗い部分に決して触れる機会は無いが、機密を知る一定以上の――特に軍事部門に携わる多くの社員はそれを認識し、そして自覚するべきなのだ。

 

深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているという事を。

 

この言葉は決して比喩ではない。万が一その自覚を忘れようものなら、何時か必ず災いとなってその身に降りかかるのだ。故に技術者やIS操縦者――特に椿は心に刻み付ければならないのだ。

 

《解りました》

 

エメリーが態々こうして言ってくれるのは、それ程心配してくれているということの証左。そしてそれを正しく認識した椿は、真摯に頷くことで返した。

 

《伝えたい事はこれで終わりネ。さぁ、次は椿君の番ネ!》

 

椿がエメリーと同じ方向を見ると、丁度初のマニュアル制御での飛行を終えてきた一夏が近寄ってくる所だった。椿はお疲れ、と言葉を投げかけ、スタートラインに立つ。

 

「一夏君は私のアドバイスを聞きながらよく見ておくように。椿君、今か指定するコースを飛ぶネ。Are you ready?」

「いつでも」

 

GO!と、エメリーの声と共に椿の視界には複雑な仮想ルートが現れる。少しでもルートから逸れると大幅にタイムロスする様な代物だったが、椿はそのくらいは当然か、と内心苦笑しつつ不知火の非固定浮遊ブースターに火を入れた――

 

 

 

 

――第三アリーナ・ピット――

 

椿達が訓練に勤しむ中、アリーナのピット内のベンチにて椿の護衛の一人、臨時用務員としてIS学園に潜入しているアーロンの姿があった。

 

大柄で筋骨隆々、白髪交じりの銀髪碧眼という、乙女の花園(IS学園)ではこの上なく異質な存在だが、その性格故か、それとも職業意識の高さからくるのか、用務員として赴任してわずか数日のうちに既に一定の地位を築き上げていたのだ。

 

閑話休題。

 

そんな彼は普段は朗らかな笑みを浮かべ、少し訛りの強い(・・・・・・・)日本語で生徒達と交流していたが、今はその朗なかな笑みは鳴りを潜め、取って代わる様にすべてを射殺す様な鋭い眼光が碧い瞳に宿り、その瞳はただ一点を――ノートパソコンの画面を見つめ続けていた。

 

『▼システム起動。対象者、天枷椿の生体情報、記録開始』

 

タイピングの音が静かなピットに響く。

 

『▼バイタルサイン、チェック』

 

意識レベル、正常。血圧、上昇中…etc.

 

アーロンが操作するノートパソコンには現在訓練中の椿の生体情報が詳細に映し出されており、逐次分析、記録が行われていた。

 

そう、古鷹が単一仕様能力を発現させて以来、能力の特性もあって、より詳細に椿のありとあらゆる情報を収集する必要があったのだ。そしてその情報を収集するのに適任だったのがIS学園に常駐するアーロン。彼は基本的に椿がISを起動すると同時に近くで記録を開始する役目を担っているのである。

 

しかし本来であれば(・・・・・・)古鷹が居れば充分だが、何故アーロンが担っているのだろうか?

 

それは今彼が操作しているノートパソコンは、不知火とリンクしており、いざとなれば緊急時にISを強制停止(・・・・・・・・・・・)する権限を付与してあるからである。

 

単一仕様能力の特性上、椿が暴走する可能性が高く、それを防ぐ為のストッパーは古鷹では現状不可能。よって外部からの介入が必要があるのだ。寧ろこの役割を担う為にアーロンは選ばれたと言っても差し支えがない。生体情報の記録は寧ろおまけと言っていいだろう。

 

《――こちらold hawk、α1、聞こえているか》

「聞こえているぞ。どうした、古鷹?」

 

耳元のインカムに古鷹が唐突に通信を入れて来たのに対し、普通に応対するアーロン。

 

《つれないですねぇ。まぁいいです。それで、誤作動はありませんか?》

「あぁ、異常な数値は見られない。至って正常だ」

《なら良いです。不知火には急造で組み入れたと聞かされていたのでね》

「それが不知火の良い所なのだろう?それに、先日のもお前独自のデータとも誤差はなかった筈だが」

 

実証実験機不知火。

 

椿が現在操る機体は、ありとあらゆる戦闘スタイルへの拡張が可能な優秀な構造を持ち、且つ実証実験機でありながらも実戦に耐えうる川崎が隠してきた第二世代ISである。そう、アーロンの言うとおり、観測器具を組み入れる程度、キャパシティを超過するものではないのだ。

 

《念には念を、ですよ》

アレ(単一仕様能力)を考えればあまり意味は無いがな」

 

職業観念上、古鷹の念入りさにはアーロンも同意する。だが、その観念すらも捨てさるほど――軍用機を一回で使い物にならなくさせる単一仕様能力は常識を逸しているのだ。

 

《……そこを突かれると痛いですねぇ。所で、そちらの反応はどうなってます?》

「あの能力の運用方法が解決できれば変わるだろうが、この件を知る連中は封印派多数――妥当、と言うべきか」

 

アーロンの言葉を意訳すれば、誰が好き好んで暴走の可能性がある味方と共に戦うか、である。ならば最初から使えなくさせた方がまだまともに戦える、と考えるのは当然だろう。

 

《まぁ、出来ればの話ですがね》

「封印できない、と?」

《では聞きますが、貴方はどんな状況でも如何なる感情も動かさない自信はありますか?》

「動かさないのは無理だな。表情に出さずに堪えるのはできるが」

《そういう事です。ところで――っと、生徒が一人、こちらに来ます》

 

特別講習の為に、と銘打ってここは一般生徒の立ち入りを禁止していた筈だが、とアーロンは眉をひそめ、ノートパソコンをベンチに置き、ゆっくりと立ち上がる。

 

《――データ照合。あぁ、ドイツの黒兎ですか。約30秒後に来ます》

「個人的な私情、か?」

《織斑一夏に関するのであれば楽なんですが》

「……フン、人気者は辛いな」

 

呆れ顔は次の瞬間、獲物を狩る狩人のそれとなり、軽く肩を回していかなる状況にも対応できる様、楽な姿勢を取る。そして古鷹の報告通り、きっかり30秒でスライド式の扉が開かれ、ラウラが入ってきた。

 

「止まれ」

「……」

「現在ピットは一般生徒の立ち入りを禁止している。この場から立ち去れ」

「……やはり、イワンか」

「フン、ドイツの連中も口が軽くなったな。まさかこんな小娘程度に教えるとは」

 

その意図は、とアーロンは考えるが――

 

「私が適任だからだ。私は私の力でのこの立場に居る、それが証拠だ」

 

アーロンはそれを聞いて声を上げて笑った。ラウラは睨みつけるが、アーロンはお構いなしだった。そして一通り笑った後、侮蔑を込めた視線をラウラにぶつけた。

 

「ククク、随分と笑わせてくれる。出来損ないがそれを言うか」

「貴様……!!」

「沸点が低いな、少佐。サワークラウドを食ってる場合じゃないぞ?」

 

まさに傲慢不遜。先程とは全くといい程の別人な態度を取るアーロンに対し、古鷹はまるで二次移行だ、と感嘆を覚えつつ、状況を見守ることにした。

 

「っ、まぁいい。確認は取れた、失礼する」

 

捨て台詞を残し、ラウラは踵を返した。

 

「……行ったか」

 

アーロンはゆっくりと息を吐き、ゆっくりとベンチに腰掛けた。

 

《肯定。どうやら彼女はあなたの存在を確認するのが目的だったようです》

「まったく、アレ(イワン)を演じるのは疲れる」

《『灰色歩き』等と呼ばれていたそうで》

「よく調べたな、と褒めておこう。だが、昔の事だ。陰謀ごっこはもう懲り懲りなんでな」

《今では娘を溺愛する親ばかですか》

「どうしようもない父親だが、な」

《私の母親に比べればましかと》

「違いない、と思いたいところだ」

 

アーロンと古鷹は低く笑った。

 

通常であれば元諜報員ともなればその言質は怪しい、と疑うだろうが、古鷹はそれをしなかった。そもそも、そうであれば川崎五十六がそれを許すはずがないし、大丈夫だと直感したからだ。

 

《あぁそうだ、ついでにもう一つ聞きたいことが》

「どうした?」

《何故ここまで協力的なので?》

 

古鷹は気になっていた。

 

この男は実力と言う一点で言えば間違いなくトップクラス。この場に居るのには惜しい人材の筈だ。なのに何故この場に居て、更に必要以上に協力的なのだろうか?そもそもだが、本来用務員として来る筈だったのは椿の護衛である中でも日本人であるα5-―伊藤だったのだ。しかしそれにアーロンが異を唱え、己が適任である、として今現在に至るのだ。

 

仕事は手を抜かない主義だと言われればそこまでだろうが、古鷹には何か秘めたる思いがある様に思えた。

 

「一つは恩。もう一つは……さぁ、なんだろうな?精々考えていろ。仕事に戻るぞ」

 

人は誰しも他人には言えない秘密がある。過去に関連した心の傷であれ何であれ、優秀な元諜報員でも例外ではないのだ。だからこそその秘密に宿す想いは、純粋であれば純粋であるほどどこまでも強くなる。

 

(……それが気になるんですけどねぇ)

 

何がこの男を突き動かすのか。

 

それが解ればあるいは――と考えるが、古鷹はその思考を途中でやめた。どちらにせよ、今はやるべき事がたくさんある。それを全て片付けてから考えるのも遅くはないだろう。

 

古鷹は情報の海へ、アーロンは再び静かにモニタリングを再開した――。

 

 

 

 

――第三アリーナ――

 

舞台は再びアリーナ。

 

初日とあってエメリーは二人には特に細かい事は教えず、二人の動きの癖を露呈させるべく様々な訓練を短時間で複数のトレーニングを連続して行ってきた。

 

寧ろこれが本当の目的だと行ってもいいだろう。

 

エメリーは教えるとは言ったが、機動とは基礎であり、応用ではない。ある種のルーチンワークにも等しい行為なのである。その根幹をなすのは経験の二文字。こればかりは言葉では教えられないのだ。故にエメリーは現時点での粗探しと是正、将来良い影響を与える為の訓練方法を染み込ませる事をメインとしたのである。

 

閑話休題。

 

さて、一通りの訓練を終え、二人の何が悪いのかをエメリーは記憶にとどめつつ、二人に最後の締めであるとある訓練を言い渡し、現在それを実行していた。

 

そしてその訓練とは――

 

「Hey!鬼さんこちら!」

「こ、この……!」

「一夏、俺が回り込む!そのまま……チィ!?」

 

それは一つの伝統。子供の屋外遊びとしては最もポピュラーなものであり、狭義には、メンバーからオニ(親)を一人決め、それ以外のメンバー(子)は決められた時間内に逃げ、オニが子に触ればオニが交代し、遊びが続く――所謂鬼ごっこであった。余談だが、類似する遊びは世界中に存在し、オニと子の呼び方も多様で、日本では追う側が鬼、追われる側が子と呼ばれるが、ヨーロッパの「狐とがちょう」、中国の「鷹と鶏」、イランの「狼と仔羊」、ネイティブアメリカンの「コヨーテとおやじ」などさまざまな呼び名がある。

 

閑話休題。

 

エメリーは通常の二時間の特別訓練の内、30分をこの時間に宛てる事にしていた。ルールは簡単であり、二人がかりでエメリーにどちらか一方でも近接攻撃を当てる事ができたら即練習終了、というものであったが、逆を言えば攻撃を当てれなければ30分ぶっ続けのハードな練習となるのである。

 

この練習のクリアの要となるのは連携と、やはり機動の巧さである。

 

エメリーも流石に本気ではないが、現時点では二人の実力を見積もっても現時点では捉える事は不可能。そう、端からクリアされるつもりも、させるつもりもないのである。

 

要は飴と鞭である。

 

尚、その意図を察した椿は内心苦笑いをし、一夏は純粋に喜んでいた。この二人の反応は一致していないが、早く訓練を終えれる=それだけ上達した、という図式は一致しており、やる気を出したのには変わりなかった。そう、変わりはなかったのだが――

 

「よし、これで――」

「甘いデース」

「う、うぉおおおお!?」

「馬鹿、こっちに突っ込んで来るな!?」

 

現実は非常である。

 

どうにかタイミング良く側面をとり、雪片で斬りかかった一夏だったが、当然馬鹿正直に斬られるエメリーではない。既に取り出していた九十式戦術短刀でいなし、素早く回り込んで先程まで背後に迫った椿へとその背中を押したのである。

 

結果、僅かに日が傾いた空にISを纏った二人の男性が熱い抱擁を交わす構図が出来上がった。

 

この事態にエメリーはけらけらと笑い、観客席で先程まで真剣にメモを取りながら訓練を見学していたギャラリーは黄色い歓声を上げる淑女の集団へと変貌、あれやこれやと逞しい妄想を展開していた。

 

「椿……」

「一夏……」

 

見つめ合う二人。そして――

 

「さっさと離れんかど阿呆がっ!」

「ぐへぇ!?」

 

椿はぼけっとしている一夏の頭にげんこつを落とした。ただのどつき。しかしそれすらも淑女たちの琴線に触れた様で、にわかに黄色い歓声が上がった。

 

厄介な、と椿は毒付き、これからの展開に頭を悩ませながら一夏に秘匿通信を開き、態勢を整える旨を伝えて目の前で口元をニヤけながら挑発するエメリーを捕まえるべく頭をフル回転させるのであった――

 

 

 

 

「――Time upデース。今日はここまでっ!」

「く、当てれなかった……」

「……ふむ」

 

結局二人はエメリーに攻撃するができず、時間切れで訓練が終了した。悔しさがそこにあったが、充実した訓練には変わりなく、充実感が二人を満たしていた。

 

「さて、一夏君はこのまま帰ってもいいデース。椿君は30分休憩後にまたアリーナにくるヨ!」

「はい」

 

椿はゆっくりとピットに向かうが、一夏が声を聞いて立ち止まる。

 

「あの、それって俺も参加していいですか……?」

「向上心は大いに買うネ。デスがー……sorry!一夏君、この後の訓練は企業秘密の部分があるから参加させてあげることはできないデース」

 

そう、この後は椿の単一仕様能力の実験を行うのだ。故に一夏を参加させる訳にはいかない。ただ今は実験はできない為、この後二式の製作を途中で抜けてくる楯無を交えての実戦形式での戦闘訓練が待っているのであるが、それでも建前上、認める訳にはいかないのだ。

 

「そうですか……解りました」

「そんなにやる気があるなら、千冬さんに教えて貰ったらどうデス?」

「それは……はい、そうですよね」

 

一夏としてはあまりその選択肢を取りたくなかった。

 

弟して、千冬が教師として振舞うのに四苦八苦しているのを感じ取っており、更に負担をかけるのはどうなのか?今でさえ自分のせいで山田先生に負担を掛けているのに、と申し訳なさがそこにあった。

 

「身内だからといって遠慮しすぎデース。教師とは生徒の為に在りマス!燃え滾る熱いsoulがあるなら!迷惑掛けてでも!結果をだして報いればいいだけデェエエエエエスッ!!」

「落ち着いでください」

「椿君、これが落ち着いていられますかぁああああああ!NO!断じてNO!」

 

何のスイッチが入ったのか、この思い、まさしくバーニングラァアアアブ!と、突然熱血キャラへと豹変したエメリーを椿が冷静になだめているのを見て、一夏は思わずくすりと笑いながらもエメリーの言葉にその通りだと思っていた。

 

(そうだよな、昼にセシリア達にも言われたよな)

 

一緒に強くなろう、と。

 

一人で抱え込もうとするな、と。

 

だから――

 

「……解りました。織斑先生に、お願いしてみようと思います」

 

一夏は自分の決断をエメリーに伝えた。

 

(今は頼るけど、何時か必ず見返して見せるぜ)

 

見返したその時、感謝を込めて世話になった人達に思いを伝えようと一夏は決意を新たにした。

 

「うむ、boys be ambitious!気合入れていくネ!」

「はい!今日はありがとうございました!」

 

思い立ったが吉日だと言わんばかりに一夏は挨拶をそこそこに飛び出す勢いでピットへと向かった。そしてそんな一夏を椿とエメリーは苦笑しながらも見送った。

 

「一夏君、びっくりするほど真っ直ぐデース」

「……まぁ、羨ましいと思うくらいには」

「ふふ、椿君も負けてられないヨッ!」

 

悪戯が好きな子供の様な笑みを向けられ、椿は何を思ったのかはフルフェイスマスクに隠れて察する事はできない。ただ、椿は体ごと視線をエメリーへ向け、一言。

 

「当然」

 





考えましたが、今後は三人称メインで行くことにしました。
後、今更かもしれませんが順次各話を文章の校正していきます。
それでは。

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