ーInfinite Stratosー~Fill me your colors~   作:ecm

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第四十七話:成長

――第2アリーナ・観客席――

 

「――では、本日より実戦訓練を開始する。ふとした油断も事故に繋がる。最後まで気を抜かず、よく学べ」

「「「はいっ!」」」

 

二組と合同ということで、今日は何時もより返事に気合いが入っている。しかしそれも解らなくもない。何故なら二組の生徒にとってみれば一夏と接点を持つチャンス、逃したくはないだろう。一方、一組の生徒といえば、一夏との交流もそうだが、密かに椿の前髪がめくれるのではないか?と期待をして、でもあった。

 

「さて、先ずは諸君らがこれから使うISを使っての戦闘を見てもらおう。オルコット!戦闘準備をしろ」

「はい!」

「特別にここでISを展開する許可をする。戦闘準備をしろ」

 

セシリアはブルー・ティアーズを展開し、シールドが切られた観客席からアリーナの空へとゆっくりと舞い上がり、主武装であるスターライトMk-Ⅲを展開した。

 

「せっしーやる気満々だねぇ」

 

本音が隣に座ってる椿に話しかける。

 

「まぁ、一夏が見ているからな」

 

惚れた男の手前、良いところの一つや二つ、見せたくなるのだろう。

 

それもそうだねぇ~、と本音の返しを聞きながら椿は視線を近くに居た鈴へと移す。すると案の定と言うべきか、視線の先にいた鈴は自分が、とでも言いたそうな顔を浮べていた。最も、それは椿も鈴と同じである。当然、セシリアの動きを見ることに意義はあるが、どうしても下心が出てしまうのは仕方が無い。椿は己の小さな嫉妬に内心苦笑しつつ視線をセシリアの方へ戻した。

 

「フン、やる気がある様で結構だ。――山田先生、お願いします」

『はい!よろしくお願いしますね、オルコットさん』

 

生徒全員に聞こえる様にしたのか、アリーナのスピーカーから真耶の声が聞こえ、上空から緑色の機体――学園が打鉄の他に採用した第二世代IS、ラファール・リヴァイヴが現れた。

 

『こちらこそよろしくお願いいたしますわ』

 

セシリアは器用にも空中でスカートをつまんで挨拶し、その動きになぞらせる様にブルー・ティアーズを本体から切り離した。同時に真耶もアサルトライフルを展開し、構えをとる。

 

「10分経過ないしシールドエネルギーが3分の1削れた時点で終了とする。それでは、始め!」

 

開始と同時にセシリアがスターライトMk-Ⅲによる射撃を行い、真耶が難なくそれを回避することによって戦闘の火ぶたが切って落とされた。

 

『やりますわねっ!』

『生徒のお手本になるのが教師の務めですから!』

 

真耶は初手からのスターライトMk-Ⅲとブルー・ティアーズによる怒涛の攻めを幾度となく的確に回避し、ほんのわずかの間を逃さず、一気に攻守交代、今までのお返しと言わんばかりの反撃を開始する。

 

時に兵装を、本体を、あるいは両方を。

 

ラファールの特性を十二分に活かした遠・中・近――全ての距離において集中力を掻き乱す様に計算され尽くした射撃は少しづつセシリアに苛立ちとダメージを蓄積させ、着実に追い詰めていく。時折反撃を受けるが、軽くいなし、攻めの構えを崩さずに続行する。

 

第二世代というハンデキャップを負いながらも、それすら感じさせぬ技量。

 

普段は少し自信なさげでおっとりとした、しかし生徒から非常に親しみやすいと人気のある真耶はIS乗りとしても優秀であり、その実力は確かに生徒のお手本となるそれだった。

 

(やはり、オルコットにしたのは正解か)

 

真剣な表情で戦闘を見つめる教え子達を見て判断する千冬。

 

そう、この模擬戦は例え世代差や性能差のあるISであっても技量や戦術によって充分補える事、そして何よりも教師が最も頼りになる存在であると言葉だけではなく心に深く刻み付ける事を目的としていたのである。そこには彼女なりの自己評価の低い後輩への配慮も伺えていた。

 

余談ではあるが、そもそも何故セシリアを選んだかといえば、理由はとても単純なものである。

 

――第三世代であることと、インパクトの与えやすさ。

 

計画当初は対戦相手に鈴や椿、一夏も候補にあった。だが、この二点を条件に入れた場合、当て嵌ったのが誰が見ても解りやすい第三世代兵装を持ち、それを上手く使いこなすセシリアだったのだ。そして結果は千冬の読みは確かに当たっていた、言えよう。

 

閑話休題。

 

(……さて、問題は、だ)

 

千冬は視界に収めている特徴的な銀髪の眼帯少女――ラウラを見る。千冬はラウラとはドイツで教官時代をしていた頃の教え子であり、思い入れがあるという点では一夏に次ぐものがあった。

 

(猫かぶりばかり上手くなった、か)

 

無表情で戦闘を眺めているようで、その実は見下しているそれ。朝のHRもそうだったが、力が全てだと思い込んでしまったラウラが何を思っているかは千冬には手に取るように解ってしまうのだ。無関係な生徒には手を出さないだろうし、寧ろある程度フレンドリーにするが、こと戦闘の類や一夏に限れば――といった具合に。

 

IS乗りとしての実力があっても教える立場としての能力不足によって生まれてしまった結果。

 

千冬は正しい道へ導けなかった悔しさをその胸に秘めながら、どうにか更正させる機会を作れないものかと思いつつ気持ちを切り替え、時間切れが迫る戦闘の行末を見守る事にした。

 

『はぁっ!』

『っ!!』

 

真耶から降り注ぐ至近弾に冷や汗をかきながらも戦術を組み立てるセシリア。

 

(……先生が元代表候補生というのも頷けますわ)

 

ここまで実力があったと推し測れなかったセシリアは真耶の攻めに自分の思い通りの戦いができず、寧ろ押さえ込まれてしまっている状況に歯痒い思いをしていた。だが、同時に得るべきものがあるとして素直に真耶の実力を称賛していた。

 

(確か日本には胸を借りる、と言う言葉がありましたね)

 

かつての己の過ちを認め、強くなりたいと思った。想い人の隣に胸を張って立ちたいと思った。だからこそ、今ある己の全力を出してぶつかるべきなのだろう。だからこそ、今できる自分の全てを魅せるべきなのだろう。

 

――今の自分がどこまで通用するか、試してみる価値がある。

 

『これでっ!』

 

セシリアは迫りくる時間切れを前に勝負を仕掛けるべくブルー・ティアーズが唯一持つ実弾兵装――ミサイル型のブルー・ティアーズを発射し、同時に自らは全BT兵器の操作と射撃に集中する為に立ち止まる。

 

『っ!!』

 

今までとは段違いの正確無慈悲な射撃に回避に専念さぜる負えないと素早く判断した真耶は加速し、距離を稼ぎつつ反撃の機会を伺う。

 

(あまり、この手を使うのはよくありませんが……!!)

 

生徒のお手本となる動きを心がけながら戦っていた真耶。しかしセシリアとの戦いが、クラス対抗戦での一件で自分があまり役に立てなかった事の悔しさが、忘れて久しかった闘争心に火をつけ、より積極的な攻撃を選択させる。

 

真耶は差し迫るミサイルと絶え間なく続くレーザーの弾幕の前に特攻を決意。手持ちの武装――アサルトライフルの他にとあるモノ(・・・・・)を追加、被弾を最小限にすべく前傾姿勢になりつつ標準装備の盾を構えて推力を全開、一気に距離を詰め始めた。

 

『窮しましたかっ!』

 

口ではそう言いつつも、教師である真耶がそんな事をするはずがないと思考。どんな事態になろうと万全の体勢で迎え撃つとしてセシリアはトリガーを引く。そう、幾ら真耶が狙いにく位置に盾を構えているとはいえども、落ち着いて撃てば盾の範囲外を当てられぬ訳ではないし、当てれば、当て続ければそれで終わる筈なのだから。

 

(……くっ)

 

しかしセシリアは思うように(・・・・・)ダメージを稼げず、着実に詰められる距離。

 

そして真耶は――行動に出た。

 

眼前に迫ったミサイルを紙一重で交わし、同時に追加したモノ――手榴弾を後方へと放り、素早くアサルトライフルで撃ち抜く。撃ち抜かれた手榴弾はその爆風と破片でミサイル型のブルー・ティアーズを誘爆、真耶はその爆風を利用し、更に加速して彼我の距離を詰めた。

 

『はぁっ!』

 

真耶は裂帛の気合と共に手榴弾を放ると同時に展開したブレット・スライサーで斬りかかる。セシリアは一瞬だけ驚いたものの、スターライトMkⅢを格納すると同時にインターセプターを素早く展開、勢いの乗った斬撃をなんとか受け止めた。日々の一夏や椿との対近接訓練の成果がここで活かされた事をセシリアは内心ほくそ笑みながら、このまま近接格闘でも何枚も上手であろう真耶の技術を盗むため、敢えてこのまま近接格闘で挑む事にした。

 

一合、二合、三合――。

 

例え勢いに押されて不格好な形になろうが、練習した通りにセシリアはインターセプターを振るう。対する真耶はいつでも距離を離す事もできたが、セシリアの意図を悟ったのか、この現状を維持した。

 

(強く、なりますわ!)

 

勝って良いところ見せるという当初との目的とは違ってしまったが、それ以上の魅力がそこにあるのなら貪欲に飛び付いてみせる、と意気込みを見せるセシリア。以前なら泥臭さを嫌っていたが、強さを求める目的を得て、更にその為に付き合ってくれる友や教師が居る環境を得て高飛車なお嬢様から一人の大人の女性へと一歩前進していた。

 

『これで、終わりです』

 

真耶はセシリアと幾度となく行った斬り合いの中、限界を引き出すように上手く攻めたてる。最後に致命的な隙を見逃さず、インターセプターをすくう様に弾き飛ばしつつ素早く懐に潜り込んで首筋にブレット・スライサーを突きつけた。

 

「そこまでっ!」

 

同時に千冬から時間切れを告げられる。

 

真耶はブレット・スライサーを格納し、距離を離してセシリアと共に生徒に対して一礼した。

 

『ふふふ、お付き合いして下さり、感謝致しますわ、山田先生。ありがとうございました』

『はい、ありがとうございました。声をかけてくれたらいつでもお付き合いしますよ、なんたって先生ですから!』

 

拍手とともにそれぞれの健闘をたたえる声を聞こえる中、真耶はこの模擬戦で自信がついたのか、年不相応な――まるで少女の様な笑みを浮かべていつでも頼って下さい、と言った。セシリアは真耶の笑みに思わず釣られて笑いつつはい、と答え、千冬の指示で真耶と共にエネルギー補給へ向かった。

 

そして観客席に居た生徒は千冬の指示に従い、授業を受けるべくアリーナへと向かった。

 

尚、この時の千冬はセシリアと真耶の凛とした空気にあてられてキビキビと動く生徒達を見て人知れず普段はきつく結んだ唇を緩め、微笑んでいた。そしてたまたまそれを目撃した一夏が見惚れ、更にそんな一夏を見た鈴が一夏の脇をつねり悲鳴を上げ、その悲鳴に気付いた千冬に折檻されたのは別の話である。

 

 

 

 

――1年1組――

 

午前の授業は途中、ちょっとしたハプニングがありつつも無事終わり、生徒達の至福の時間である昼休みとなった。着替えを終え、女子生徒が完全に着替え終わったのを隣のクラスの生徒に確認してもらってからクラスに入った一夏と椿はそれぞれ自分の席へと向かう。

 

――6時方向、注意ですぜ。

 

早速予定していた2、3年生に対して商品(ISスーツ)をPRすべく用意をしていた椿に古鷹からの突然の警告。普段なら即座に反応する椿だったが、警戒感の欠片もない声音であったため、思わずはぁ?と疑問符を浮かべた。

 

ほんの僅かな間を置いてのふんわりとした衝撃。

 

「隙あり~」

 

続いてのほほんとした声と共に、無防備だった椿の腰周りをホールドした。そう、古鷹からの警告は椿に背後から抱きついてきた本音の事だったのである。本音は抱き着いた勢いのまま、自分よりも大きく広いその背中にここは自分の居場所だと言わんばかりに頭を押し付けた。

 

「ちょっと汗くさ~い」

「…………」

 

突然のスキンシップにこの光景を見慣れてないシャルロットは目を見開いて動きを止め、ラウラはほんの少しだけ小首をかしげるが、直ぐにクラスから出ていった。そして他のクラスメイトはいつも通り(・・・・・)傍から見守る事にしていた。

 

「えへへ~」

「…………」

「……椿?」

 

周囲の反応をよそに、だらしなく頬を緩めていた本音だったが、椿が全く反応を示さないのに気付く。

 

「あ、あれ?」

 

何か不吉な予感が本音の脳裏を過ぎ去り、不安が胸を満たす。しかしどうすればいいか何も分からず、こんな事しなければよかった、と後悔が鎌首をもたげてきた。

 

「本音、離しなさい」

 

普段は自分に向けない平坦で、丁寧な口調。

 

本音は何も言えず、腰から手を離した。いつの間にか静かになったクラスをまるで意に介さず、自由になった椿はゆっくりと振り返り、本音を見下ろす。

 

相変わらず前髪で表情の解りづらい顔を見て怒られる、と本音は罪悪感で身を竦めそうになったが、次に椿の取った行動は本音の予想とは違う結果になった。

 

椿は口の端を僅かに釣り上げ、徐ろに両手で本音の頬を包込んだ。

 

事情を知らなければ傍から見れば背の高い男性に女性が頬を包まれるという、一種ロマンスを感じるシーンが出来上がる。椿の笑みがどこか憂いを感じさせるのもそれに上乗せされているのだろう。

 

外野がにわかに沸き立つ中、本音は想い人に頬を包まれて胸がときめき、頬を赤く染めたが――次の瞬間、別の意味で(・・・・・)頬を赤く染める事になる。

 

「お仕置きだ」

 

憂いを帯びた笑みは嗜虐的な笑みへと変わり、宣言と共に親指と人差し指で本音のもっちりとした頬が思いっきり伸ばされる。

 

本音は突然のことに驚き、直ぐに振りほどこうとするが――できない。そして傍から見守っていたクラスメイト達はこの展開にあぁ、とため息混じりの声を漏らしてしまうが、この微笑ましい光景を見守るのを継続する事にした。

 

「う、うにゃぁ~」

 

本音は嫌われていなかった事への安堵と、無反応だったのが自分の反応を見るためだと知ってほんの少しの怒りを覚えるが、喜べばいいのか怒ればいいのか迷う微妙な心境だった。だが、取り敢えず現今は上手く言葉を発せないので猫の鳴き声の様な呻きと視線で早くやめて欲しいと訴える事にした。

 

「こっちは驚いたんでな」

 

口では迷惑だったと言いながらも表情は台詞とマッチせず、その嗜虐的な笑みを隠しきれていない。我が意を得たりと言わんばかりに本音の頬を堪能しているかの様に見えた。

 

――なんでこんな性格に育ってしまったんですかねぇ。お兄さんは悲しいですよ。素直になれない事情は察してますが……まぁ、見ている分には面白いんですがね。ヤローのツンデレはあまり需要はないですが。

 

――つん、でれ?

 

――簡単に言えば素直に慣れない事を指します。今の椿は割合で言えば1:9のでれっでれですけどね。

 

――……がくしゅう。

 

この状況に古鷹は愚痴めいた呟きを漏らし、雪風は怪しげな知識を習得する。

 

普段なら古鷹の物言いに言い返す椿だったが、今回は何も言い返さず、雪風におかしな事を吹き込むな、と言った。言い返したら墓穴を掘るのを知っているからである。

 

「……よし、今回はこれで勘弁してやろう」

 

ある程度満足したのか、最後にもう一度だけ頬を優しく包み、名残惜しさを誤魔化す様にポン、と優しく叩いて手を離した。

 

「うぅ、ひどいよぉ」

 

ヒリヒリと痛む頬を押さえ、改めて抗議の言葉を言う本音。椿は少しやりすぎたか、と僅かに罪悪感を覚えながらもだったら不意打ちはしない事だ、と返して荷物チェックを始める。

 

「これから何するの~?」

 

自分の話はまだ終わってない、と本音は椿を振り返らせようとしたが、普段よりキビキビとした動きに少し気になり、その誘惑に抗えずにこれから何をするつもりなのか尋ねてみた。

 

「ん?あぁ、これから仕事だ。2、3年生で脈がありそうなのに声を掛ける」

 

そう言って手に取ったカタログを見せつけらえた本音はそれで納得した様で、ならば邪魔するまいと先程までの抗議をあっさりと放棄する。改めて思うと自分は単純だ、と思ってしまう本音だったが、椿に迷惑をかけるのは嫌だし、自分を納得させた。

 

(あ、そうだ)

 

本音はある事を思い付き、それを実行に移した。

 

「いってらっしゃい」

 

それは誰もが幾度となく口にした事があるであろうありふれた見送りの言葉。何の捻りもない、ただ天真爛漫な笑顔と共に出された言葉だった。しかしその言葉は、椿にとってはどんな宝石よりも価値があった。

 

「あぁ、行ってくる」

 

想い人に見送りの挨拶一つ貰うだけでこんなにも足取りが軽くなってしまう――そんな自分の単純さに思わず苦笑する。案外二人は似たもの同士でる。

 

椿は本音に手を軽く振りながら二、三年生の居る棟へと向かって行った。

 

そして椿が去った後、これからどうしようかと本音は考えていたが、今の今まで見守っていたクラスメイト達がニヤニヤしながら本音を取り囲んだ。

 

「今日もお熱かったねぇ」

「え、えへへ……」

 

頬に手を当て、照れ笑いをする恋する少女。そんな様子に各々が手を団扇のようにして仰いでる中、先程驚いて状況を見守っていたシャルロットが気になった事をぶつけてきた。

 

「えっと、本音は天枷さんと付き合ってる……の?」

「……ううん」

 

しかし返ってきた返答はNOだった。シャルロットは再び驚くが、それも仕方が無いだろう。椿と本音は傍から見ればどう見ても付き合っている様にしか見えない。付け足すなら椿の方も好意があるのは明らかなのだ。告白すれば良い返事が貰えるのでは?とシャルロットは思うが、本音の台詞を引き継ぐ様に口を開いた相川の言葉によって納得する事になる。

 

「本音の他にも4組の更識さんとその姉の生徒会長も……まぁ、ぶっちゃけ四角関係だね」

 

相川の言葉に納得するのと同時に思わず目を見開くシャルロット。驚いてばかりの彼女は椿との挨拶のタイミングを逃しており、それ故もあって改めてビジネスパートナー(・・・・・・・・・)となる人の人物像が全くわからなくなっていた。

 

「あ、でも誤解しないでねっ……て言うのも少しおかしいけどさ、天枷さんはとってもいい人だから。それは私達が証明するよ。いつもお世話になってるからね」

 

学園にたった二人しか居ない男子生徒。それ故に普段の素行は誰よりも注視されるし、良くも悪くも比べられる。それこそ噂だけで普段交流の無い生徒はそういう(・・・・)人なんだと思わせてしまう。

 

――そんな事を考えたのか、相川はこの場に居ない椿を弁護しようとする。だが、シャルロットは苦笑しながら両手でそれを制する。

 

「別にそんな事思ってないよ。ちょっと驚いただけ」

 

まるで恋愛ドラマの様な事が現実でおこっているのだから仕方が無い、とシャルロット。しかし彼女とて一人の少女。恋愛にも憧れはあるのだ。だからこそ目の前にいる友人には是非とも恋敵に打ち勝って添い遂げて欲しい、と月並みながらも素直に思った。

 

その後、件の簪がクラスに訪れ、シャルロットは本音と簪が親友であると知る事となる。そして会話の過程で簪が負けず劣らず魅力的な少女だと知り、本音の恋敵がいかに強敵なのかを同時に理解し、友人の健闘を密かに祈っていた――。

 

 

 

 

――屋上――

 

さて、一方でIS学園の少女達に『ザ・朴念仁』の称号を贈られている一夏はセシリアと鈴の三人で屋上に来ていた。目的は昼食。陽気な陽射しと見栄えよく配置された花壇に植えられた花々からの香りが訪れた者をまるでピクニックに来ているかの様に思わせていた。

 

「偶には屋上で食べるのもいいもんだな」

「えぇ、そうですわね。はい、一夏さん、これが貴方の分ですわ」

「私からはこれね」

 

どうやらセシリア達は一夏分の弁当を用意していたらしく、セシリアはバスケットを置き、鈴はタッパーを投げて渡した。食べ物を投げて寄越すな、と一夏は注意しつつも、早速タッパーを開けて中身を見てみる。

 

「おぉ、酢豚だ!」

「そ。アンタ、前に食べたいって言ってたでしょ?」

 

そう言って鈴は自分の弁当を取り出しながらふふん、と勝ち誇った笑みをセシリアに見せる。セシリアはカチン、ときながらも貴族としての余裕を見せつけるかの様に美しい笑みを称えながらバスケットを手にして一夏に見せつける。

 

「一夏さん、酢豚だけではきあるでしょうから、私はこの様なのを用意致しましたわ」

 

バスケットの中身はサンドウィッチ。確かにおかずである酢豚だけでは物足りないだろう。そう、セシリアの判断は的確だったと言えるの。言えるのだが――。

 

「お、おう。ありがとう、セシリア」

 

しかし一夏の反応は悪かった。

 

――そう、何を隠そうイギリス代表候補生であるセシリアは料理がからっきしダメなのである。しかし見た目だけは完璧であり、それに騙されて身をもって体験した一夏の反応はある意味当然といえよう。

 

しかし一夏はお人好しである為はっきりと不味い、と言えなかったのだ。それを聞いた鈴は呆れ顔をしていたが、それでも言えなかったのだ。そう、わざわざ時間を割いてくれた事だけでも有り難く、何より自身も姉の為に手料理を作っているのでセシリアの感謝されたいという気落ちが嫌というほど解ってしまうからであるからだ。

 

「大丈夫ですわよ、以前は少し失敗して(・・・・・・・・・)しまいましたが、椿さんの助言に従い、基本に忠実に作りましたわ。ですので感想を頂きたいのです」

 

――椿ナイス!

 

セシリアの物言いに突っ込みたい部分もあったが、一夏が心からそう思ったのも仕方が無いだろう。それだけ味覚を根こそぎ壊滅させる様なものを味わってしまったのだから。

 

「じゃぁ、頂きます」

 

一夏は改めてアドバイスした椿と、作ってくれたセシリアに感謝の念を食事の挨拶へ込めてサンドウィッチを一つ取り――一瞬躊躇をしたが――豪快にかぶりついた。

 

具材の少し強すぎる酸味が舌を刺激する。

 

「……いかが、ですか?」

「うん、ちょっと使った調味料の酸味が強すぎるかな。俺はもっと薄味してもいいと思う。でも、美味いよ」

「ありがとうございます。努力致しますわ」

 

一夏の正直な感想にセシリアは破顔した。そう、美味しいと言って貰う、ただそれだけの為に友人である椿に恥を忍んでどうにか出来ないか頼み込んだのだ。結果、助言に従わなければ一夏のマル秘写真を供給するのを止めるという半ば脅しに近い制約の元、自己流のアレンジをせず基本に則って作った。

 

――何時か、私の手料理を味わってほしい。

 

セシリアが望むのは誰にも頼らず、自分の実力で作った手料理。今は至らぬ所が多いが、何時かその胃袋を掴んで見せる、と奮起する。そう、将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、男をつかむならまず胃袋をつかめ、と日本の諺を有言実行するが如く。

 

(勿論、それ以外でも私の虜にしてみせますわ)

 

――容姿も性格も全部、骨の髄まで。

 

恋する少女はどこまでも強かだった。

 

「ほら一夏、次は私の酢豚を食べて」

 

セシリアに対抗するかの様に鈴が自分の箸で酢豚を掴みそのまま口元に差し出す。所謂あーんである。セシリアは出し抜かれましたわ、と内心焦り、鈴は勝ち誇った様な笑みを浮かべる。

 

「自分で食べれるんだけどなぁ……」

 

恋する少女の水面下での戦いを知ってか知らずか、一夏は特に抵抗せず差し出された酢豚を口に入れた。最も、下手に嫌がれば無理矢理口にいれてくるだろう、という経験則に基づく色気もへったくれもないものだったが。

 

「んっ!やっぱりこの味だ。懐かしいし、美味いぜ」

「ふふ~ん、当然でしょ」

「もっと食っていいか?」

「当たり前でしょ、それアンタの分なんだから」

「おう!」

 

男の胃袋の掴みには二通りある。

 

――女の丹精込めて作った料理と、故郷(お袋)の味。

 

一夏は家族は千冬以外行方知らずなので家族の手料理を食べた事はない。しかし周りには恵まれており、友人の――五反田弾の実家が営む五反田食堂、そしてセカンド幼馴染たる鈴の夫婦がかつて営んでいた中華料理店で客としてではなく友人としてその料理を味わってきたのだ。

 

それこそ家族の手料理の如く。

 

そう、図らずとも鈴の作った酢豚は前述の条件を両方とも満たしていたのである。

 

一夏が自ら美味そうに箸を進めているのをしり目に、鈴はどうだ、と言わんばかりに再び笑みをセシリアに向ける。セシリアは素直に敗北を受け入れ、しかし小さなプライドを守る為に表情はすまし顔のまま、内心悔しさを噛み締めつつ自分の分の弁当に手を付けていた。

 

(……箒が居たら、もっと賑やかになったなぁ)

 

自身の争奪戦が激化して殺伐になる、とは露とも思わない一夏。ただ彼はいつも隣に居た幼馴染の不在に改めてちょっとした物寂しさを覚えていたのだ。だが直ぐに辛気臭い、と思考を止めてこの時間を楽しもうとするが――。

「一夏、また辛気臭い顔してるわよ。ホント、これで何回目よ」

「……す、スマン」

 

一夏は何も言い返さずにすぐ謝罪する。

 

「前にも言ったでしょ?今度あったらぶん殴る勢いで――いや、寧ろぶん殴りなさい。どうせ今のアンタと同じく辛気臭くしてんでしょうから、一発活入れてやって無理矢理にでも行動させればいいのよ」

 

そう言って自分の手を殴りながら好戦的な笑みをうかべる鈴。セシリアは苦笑しながらも言葉を引き継ぐ。

 

「まぁ、鈴さんの過激な発言はともかく、今はやるべきことがありますわ。そうでなくて?」

 

だから考えるのは置いておくべきだ、とセシリアは暗に示す。

 

無論、セシリアとて一夏の心情を理解していない訳ではない。あの一件に関わっていた身として、箒を友人として目一杯叱りつけてやりたいとさえ内心では思っている。それとは別に一夏がこのままではいけないと、強くなりたいと思っていることも。

 

――理解してるし、出来うる限り力添えしたい。

 

しかしそれは一個人としての感情。将来的に本格的に組織の長となる身として別の感情を――考えを持っていた。故に表情を引き締め、敢えて言葉を選ばずに発言した。

 

「……今のうちに、いいえ、今だからこそはっきり言いますわ。一夏さんが本気で強くなりたいと思うなら、今のまま箒さんの事を引きずるのでは無理ですわ」

「なっ――」

 

驚き、次に眉をひそめる一夏をセシリアは正面に捉えて離す。

 

大失敗をしても表面上はめげずにしっかりとしているつもりの部下程危ういものはない。何時か必ずより大きな失敗をするのだ。故に、ここでかけるべき言葉は現実を突き付ける、厳しい言葉なのだ。

 

「一夏さん、貴方は心のどこかで箒さんの事をあの一件から逃げる為に使ってませんか?」

 

それは核心を突く言葉。

 

「ちがっ「そんなに」……」

 

一夏の台詞をセシリアが途中で遮る。

 

「そんなに、私達が頼りになりませんか?これまで一緒に今まで頑張ってきたではありませんか。……それとも、今の今まではただのお遊戯に過ぎないと?」

「違うっ!」

 

一夏は乱暴にタッパーを置いて立ち上がり、声を荒げる。

 

「では、何故一人で自己完結しようとするのですか?」

「…………」

「理由を当ててみましょうか?」

 

セシリアは芝居がかった仕草で人差し指を一夏の心臓部分に突き付け、答えを告げた。

 

「一夏さん、貴方は椿さんが怖いのですね。そしてそれは自分一人で立ち向かうべきだと思っている」

「……っ」

 

目を見開き、冷や汗を垂らす一夏。

 

解りやすい一夏の反応を見てセシリアはやはり、と思う。そう、モニター越しにとはいえ椿の憎悪に塗れた雄叫びとその後に見せた驚異的な、ただただ獲物を残忍に嬲る程の力。これを見て恐ろしいと思わない者はまずいないのだから。だが――

 

「私に言わせれば、それがどうしたというのですの?」

 

椿の事を何も知らなければセシリアも一夏と同じ状態になるかもしれない。しかしセシリアは知っているのだ。理解しているのだ。見ているのだ。あの年上の友人は優しい事を、あの力が決して本位ではないことを、倒れる直前に想い人の一人に駆け寄ろうとしたところを。

 

「私は貴方のトラウマを理解できません。ですが、貴方も椿さんがそうではない理解はしていらっしゃるのでしょう?」

「……あぁ」

「なら」

 

そう言いながら、セシリアは一夏の右手を両手で包み、胸元の位置まで持ち上げる。

 

「なら、一緒に強くなりましょう。椿さんとも、箒さんとも向かい合って、後ろめたい事を無くして彼らと接しませんか?」

「―――!」

 

一夏はセシリアの言葉に目を見開く。

 

セシリアが発したこの言葉は自身の願いも含まれていた。

 

――自分の隣に立つ一夏には堂々として欲しい。そして誰よりも、何よりも強くなって欲しい。そしてそんな一夏の隣に居るのに相応しいのは自分だ、と。

 

その為にはこんな所で立ち止ませる暇など与えないし、これからもそうさせない、とセシリアは心の中で呟く。結局なんだかんだ言って最後に甘い言葉をかけてしまった事にまだまだトップに立つ自覚が足りない、と内心苦笑しつつも一夏にはにかんだ笑みを浮かべて見せた。

 

「ちょっと、私も居るの忘れないでよ!私だって協力するわよ!」

 

このまま押し切る――と、いったところで鈴がセシリアに対抗擦るかのように一夏の反対の手を掴み、宣言する。

 

「あら、今まで黙っていたのでもう帰ったのかと思いましたわ」

「あ、アンタね――」

 

当事者の一夏を置いてけぼりにして鈴とセシリアは舌戦を始めた。やれ早い者勝ちだのやれ抜け駆けするなetc……。一夏はそんな二人の様子を見て目をパチクリとさせ、次に肩を震わせて――。

 

「ぷっ、くくくっ、あはははっ!」

 

憑き物が取れた様に笑った。

 

鈴とセシリアは一夏が笑ったを見て何を爽やかに笑っているんだ、と米神をひくつかせたが、これで一先ずは大丈夫だろうと思い直し、溜飲を下げ、次に一緒に笑う事にした。

 

「……正直、セシリアにああ言われたけど、どうしても怖いんだ」

 

ひとしきり笑い合った後、一夏はそう切りだした。

 

「今でも思い出すと反射的に身が竦んだりするし、集中が途切れたりする。だから、かな。それから逃げる為に箒の事を考えてたのも確かにあったと思う」

 

一夏が本気で箒の事を考えているのは火を見るよりも明らかだ。しかし頭では立ち向っていきたい、いくべきなんだと解っているのに心のどこかで弱気になり、その原因を探ろうとして箒の事に行き着いていたのだ。言ってしまえば逃げ――責任転嫁。そう、先程のセシリアの台詞は正鵠を射ていたのだ。

 

「それに、椿は俺よりも大変な筈なのに俺や皆に気配りしながら自分のやるべき事が出来てるのを見ると……やっぱり、対抗したくなるんだ。負けてられないって」

 

俺もやれるって思ったんだ、と自嘲気味に一夏は笑う。

 

そう、自己完結しようとしていた理由は恐れからくる対抗心だけではなく、ただ好敵手に追い付きたいと思う単純な、それでいで純粋な願いも含まれていたのだ。

 

「それ、一人で一気に全部やろうとするのが間違ってるわよ」

「返す言葉もございません。ただの自惚れだっだよ。でも、何時かはそうなりたい」

 

大きな器になる事を望む。

 

しかし今は自分だけで抱え込める程の器は未だないと一夏は理解した。悔しくもあったが、同時に事実であり、取り返しがつかなくなる前に正しく認識できて良かったと思っている。

 

「勿だからさ、一緒に強くなろうって言ってくれて嬉しいんだ。セシリア、鈴、ありがとう。これからもよろしく頼むよ」

「ふふ、勿論ですわ」

「ふっふ~ん。任せなさい!」

 

――先ずはその前に腹ごしらえ。

 

誰が言ったのか、それともこの場にいる全員の心が一致したが故の幻聴か。しかしそれは彼等にとっては些細なことに過ぎず、今はただこのひと時の幸せを教授するだけだった。

 





ども、ecmです。最近寝違えて首が痛い。
と言う訳(?)で一か月ぶりの更新。鈍亀更新もいいところです。
さて、ホントは一夏の件はもっと引っ張ろうとしたんですが、早い段階で気付かせる事にしました。まぁ、解決するのとは別問題ですけどね。

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