ーInfinite Stratosー~Fill me your colors~   作:ecm

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第四十六話:転校生

――早朝5時――

 

織斑一夏の朝は早い。

 

携帯に設定された目覚ましが鳴ると同時に一夏は目を覚ました。体を起こし、自然と横に視線を横に送るが、当然そこにはいつも同じタイミングで起きていた幼馴染はおらず――否、ベットすらなく、そこには壁ががあるだけだった。

 

「……そうだった。一人部屋になったんだよなぁ」

 

そう、今の一夏は一人部屋で生活しているのだ。

 

昨日――日曜日の夜、未だ二人部屋だった頃の一夏の部屋に、引っ越しする旨を山田先生から申し訳なさそうな声音で連絡を受けたのである。唐突過ぎるタイミングに一夏は驚いたが、元々こうなるのは当然だったので直ぐに荷造りをしたのだ。その際には数少ないの男性用務員(アーロンの事である)に手伝ってもらい、ついでに同じく一人部屋に移動する事になった椿の荷物運びを手伝い、現在に至る。

 

「行こう」

 

布団の温もりに甘えたいという欲を堪え、寝間着から素早く運動のしやすい服装に着替え、剣道部から借りている竹刀をタオルを手にいつもの朝練場所に向かった。

 

因みに、彼にとってのいつもの朝練場所とは剣道場の裏側にある空き地であり、初めて訪れたきっかけは箒の案内であり、ここに通されて以後、練習場所として固定となったのである。寮からそこそこ遠いので何故ここで?と一夏は箒に問いを投げかけた事があるが、当の箒は答える事は無かった。最も、箒にとってすれば一夏との二人機の時間を誰にも邪魔されたくないという単純な思いつきではあるが。

 

閑話休題。

 

小鳥のさえずりが耳に心地よく響く中、準備運動で体を軽くほぐした一夏は腹筋、腕立て、背筋と、筋力を付ける為に筋トレを何セット可繰り返した後、竹刀を握り締め、その感触を確かめながらゆっくりと構えをとった。

 

「素振り1000回、だな」

 

一夏の耳に同様の台詞をいう幼馴染の幻聴が聞こえた。思わず苦笑しながら解ってるぜ、と返して緩んでいた頬を引き締め、真剣な雰囲気で素振りを開始した。

 

――剣道には一本になる打ち、とうものがある。

 

剣道の有効打突の条件を満たした――言うなれば気・剣・体の三つの要素が完全に一致した時の打ち込みである。その原点こそが素振りである。切り返し、正面打ち、左右面、正面打ちであれ、全てが一本になる振りの繰り返し、積み重ねにより完成されるのだ。

 

「……998、999、1000!!」

 

一振り一振り丁寧に、それでいて気合をいれた声で1000回の素振りを終えた一夏。乱れた呼吸を整える為に深呼吸をし、持ってきたタオルで汗を拭きつつ、携帯を取り出して時間を確認した。

 

「っし、未だ時間はあるな」

 

一夏は携帯とタオルをその場に置き、右手で竹刀を持ち、左手を添える様に竹刀に――ではなく、白式の待機携帯であるガンドレットに手を添えた。

 

「…………」

 

ゆっくりと深呼吸をし、目を閉じる一夏。

 

これは一夏が新たに始めたイメージトレーニングである。一人でやれる事に限界がある以上、やはり重要になるのはイメージだ。これからの展望、と言い換えてもいい。

 

そもそもISの戦闘に於いて、一夏は殆ど勝った事がない。

 

かつての姉――千冬の機体と同じ武器と単一仕様能力を持つ、同世代では並ぶ機体はほぼ存在しない機動方型・白式。射撃武装がないのと極悪な燃費が弱点であり、千冬の戦闘法を真似する様になるのはある意味当然の流れであろう。しかしそれは千冬が自分に最適化した戦闘法であり、一夏にとって最適化された戦闘法ではない。幾ら兄弟、そして似た機体と言えど、異なる部分があるのだから。

 

故に自分に合う戦い方を見つけるためのイメージトレーニング。

 

そしてその相手はもう一人の男性操縦者、天枷椿だった。

 

(……っ、攻めきれない)

 

イメージの中で激闘しながら呟く一夏。

 

そう、一夏にとってみれば椿は気の置けない年上の友人であり、何より未だ二人としかいないISの男性操縦者として様々なアドバイスをくれる好敵手。普段から負け続けており、絶対に勝ちたい相手だったからだ。

 

無論それだけが理由ではない。

 

椿が持つIS――古鷹は一見すれば図体のデカイ鈍重な機体だが、鈍重に相応しい装甲と武装を有し、その見た目からでは想像もできない程の瞬発力は驚異と言っても過言ではない。古鷹を操る椿の腕もまた然りで、過去に一夏が用いた素早さを活かした絶え間ない一撃離脱を、緩急つけた斬撃を、思いつく限りのありとあらゆる攻撃を防ぎ、そして出来た隙を突いて見せたのだから。

 

(けど……勝つ!)

 

今の一夏には以前には無かった気迫があった。

 

一夏は模擬戦で負け続けるのが当たり前の様になっていたが、それでもアドバイスを受け、知識をつけて着々と実力がついてくるのが解る事に喜びを見出していたのだ。だが、ある事を――クラス対抗戦のでの出来事を境にその価値観を変えたのである。

 

(足手まといのままで、たまるか!)

 

そう、あの時の一夏は無力だった。中途半端な実力と、その中途半端な実力からくる中途半端な思考。暴走した椿を前に姉が倒されるのを見て感情的になり、雑になった動きを突かれて撃墜されるお粗末な結果だったのだ。

 

悔しく、そして何より一夏は自分を許せなかった。

 

もっと力があれば、結果は変わった筈だ、と。

 

事態の収束後、仲間に優しくされて尚更その想いが強まっていった。そう、無人であれ有人であれ、平和を脅かすテロリストと言う、全く予測もつかない災害を前にして一夏は強くなる事を今まで以上に求めていたのだ。

 

だが、一夏は一つの問題を抱えていた。

 

(あの能力は……)

 

一夏の言うあの能力とは、古鷹のcolor me(私を染めて)という特殊な単一仕様能力である。

 

この能力は簡単に言えば、搭乗者の強い感情をトリガーとし、そのトリガーとなった感情を増幅させながら能力を行使するのである。補足をすれば、感情によって能力や色も異なる。効果は機体性能の向上と特殊能力の追加、とデタラメな仕様だが、当然デメリットも存在し、感情を増幅させる為、場合によっては暴走の危険性がある、エネルギーの過剰供給の代償として内部に深刻なダメージを与える等があるのだ。

 

閑話休題。

 

当時、椿が能力を発動させる為のキーとなったのは憎悪。怒りすら超越した、ただただ大切なモノを傷付けた相手に復讐したいという暗い感情なのだ。そしてそれを増幅させた場合、一体どういう事になったのかは既に結果が全て物語っていた。

 

そしてそんな増幅されて際限なく高まった憎悪を最も近く、そして長く肌身で感じていたのは一夏だった。

 

「あっ」

 

呆けた声。

 

イメージの中で激闘するのとは別に、突然湧き上がってきた僅かな恐怖に一夏は思わず集中力を乱してしまい、その隙を突かれて呆気なく敗北を喫してしまったのだ。

 

「あぁ、クソッ」

 

――そう、一夏が抱えている問題とは、あの能力に軽いトラウマを植え付けられてしまった事である。

 

一夏自身、一度テロリストに誘拐された事もあってそれなりの耐性はあったつもりなのだが、その比ではなかったのだ。思い出すだけであの時の自分の弱さと感じた恐怖が蘇り、身を竦ませたのだ。

 

「……乗り越えないとな」

 

こんな所で折れている暇はない。今度こそ、大事に至る前に自分が止める。だからこの恐怖に乗り越えなければならない。そして乗り越えてもっと強くなる、と一夏はいつも以上に意気込んだ。

 

(今日から本格的に、だな)

 

そう、今日から川崎専属の操縦者が特別講師として放課後の時間に鍛えてくれるのだ。一度手合わせしてもらった時、遊ばれる程の実力差があったが、それは別段悔しく思ってはいない。寧ろ一夏にとってすれば正に渡りに船、吸収できるものは全て吸収するつもりなのだから。

 

一夏は竹刀を立てかけ、携帯で時間を確かめながら今日の朝練は終わりだな、と呟く。最後に体を軽くほぐしてから汗を軽く拭き、駆け足で自分の部屋へと向かっていった。

 

 

 

 

――1年1組――

 

「んー、やっぱりハヅキ社製がいいなぁ」

「デザインがいいから?」

「そうそう!」

「私はミューレイ、かな。デザインも個人的に好きだし、性能もいいし」

「あー。でも高いじゃん」

 

朝から少女達は賑やかに談笑していた。そんな少女達の手にはカタログが握られている。そう、この時期になるとIS操縦者向けにISスーツの新モデルが発売されるのだ。故にあれやこれやと意見交換を盛んに行っているのである。

 

そしてそんな談笑を椿は本音と会話しながら耳を傾けていた。

 

(稼ぎ時、ではあるが)

 

当然だが、椿が所属する川崎もまたISスーツの新作を出している。所属しているIS操縦者達は勿論、今年は椿という新たな広告塔も加わっているので、ここで勝負に乗り出さない訳がないのだ。

 

――ほぼレディースですからねぇ。できるので?

 

(まぁ、問題あるまいよ。昼から動くつもりだ)

 

手札も用意されたし、幾つかの宛もある。この件に関しては早い段階でこれに関する連絡を受けていたのだ。出来る限りの努力はして見せようと思う。

 

――なら、期待しましょうか。

 

――もーかり、まっせ?

 

雪風が何時の間にか妙な言葉を覚えている事に椿は内心冷や汗をかく。そう、アウェーではあるが、そこは彼が持つ経験である程度カバーできるのだ。学園での信用もあると自負しているし、宣伝材料が無い訳ではないのだから。強いて言うなら言葉選びに慎重にならざる負えないぐらいだろうか。

 

「そういえば、今度駅前に猫カフェ、とやらができるらしいな?」

 

椿は川崎から送られてくる情報誌や古鷹達を通して情報を集めるのに余念がない。これは生前からの新聞を読む習慣に基づいており、特にIS学園周辺の最新情報はほぼ正確に把握しているのだ。

 

「お猫さんかぁ……えへへ」

 

想像しただけで幸せそうな笑みを浮かべる本音。椿は釣られて頬が緩んでいる事を自覚しながらも、話題を提供したかいがあったと思っていた。

 

「流石に今は忙しいから無理だが、暇ができたら今度一緒に行こうか?」

 

「うんっ!」

 

――しっかし、こうもさらっとデートのお誘いを成功させますか。これだからはい黙ってます。

 

――……さいしょから、そうする。

 

――Yes,ma’am.

 

この子には逆らえませんねぇ、といつの間にか真後ろにいる雪風に対して両手を挙げて降参の意を示す古鷹。ヒエラルキー最底辺になっていても止めないのは彼なりのある種の矜持なのだろうか?

 

(此奴は私が指摘されて動揺している反応を楽しんでいるだけだ)

 

隙を見せようものならば弄りにかかるのはそういう意味なのだろう、と断言する椿。とは言っても流石に最近は少々不憫過ぎるか、と考えながらも談笑を続けた。

 

「ねーねー天枷さん、ここに載ってるのって本当?」

 

そう言ってクラスメイトの一人がカタログにある千歳とエメリーがモデルとなっているISスーツの説明欄を指してきた。椿はそっちから来たか、と思いつつ思考を切り替える。

 

「あぁ、そうだな。今年はIS学園の生徒に対して特別価格で提供だ。品質は保証しよう。因みにだが、そのカタログにあるのは普段俺が着てるISスーツはその試作品を俺用に転用したモノなんだ」

「へぇ、そうなんだ。これは悩むなぁ」

 

いつの間にか周りに集まって聞いていた生徒もそれに頷く。

 

ISスーツは一生モノ、とまでは言わないが、IS操縦者にとっては商売道具の一つなのでモノは選ぶべきである。デザイン然り性能然り。ブランド力もうそうだろう。そしてブランド力で言えば川崎は上位に位置するし、デザイン、性能共に優秀である。故に好んで使う者も多くいのだが、如何せんモノがお高いのだ。幾ら安くなったとは言え、金銭面で要相談、といったところなのだろう。

 

しかしそこは商魂逞しい椿である。

 

自身が着込んだ時の感想を交えつつ言葉巧みに自社の製品を宣伝した。

 

「――こんなところだが、どうだろうか?」

「んぅ~~……よし、決めた!私、お父さんに拝み倒してでも買うよ!」

 

無事顧客のゲットに成功した椿。

 

「げっへっへ、毎度ありだぜぇ~」

「……なんだそれは」

「椿の心の声~」

「おい」

 

心外な、と椿はお仕置きのつもりでで本音の頬を引っ張ろうとするが、本音は寸のところで避けて友人の一人である鷹月静寐の背後に隠れながら襲われるぅ~、と気の抜けた叫び声を出し、周囲の笑いを誘った。

 

「……本当に仲がいいよなぁ」

 

一夏は椿達の様子を見て思う。お互いに好意があるのは周囲から見ても明らかであり、鈍感な一夏でも早い段階で気付いた。一夏個人としてはそれが椿の強さの秘訣なんだな、と思っている。

 

余談だが、一夏も含めて、クラスメイトからしてみれば良く似合った二人組であり、時折見せる二人だけの世界は何とも甘ったるいものなのだ。対抗馬には4組に在籍している簪の名も挙がっており、更に最近では多くの生徒に好かれている生徒会長――簪の姉でもある楯無との関係性も相余ってよく少女達の間では会話の肴になっている。

 

閑話休題。

 

――大切な存在が近くにいるから、最大の努力ができる。

 

然し同時にそれは諸刃の剣となる事をつい最近知った一夏は、先ず結果を出している事に純粋に感心し、それでは自分は?と自問する事にした。

 

(違う、か)

 

真っ先に想い浮かぶのが姉である千冬で、次に出てきたのは箒だった。唯一の家族と親友。心のウェイトを占めるのはこの二人だった。だが、これは意味合いが違うと言う事でこの思考を切り捨てた。

 

(……そうだ。箒が帰ってきたらちゃんと話さないとな)

 

箒、と言う名で思考が移る一夏。

 

箒はあの事件で罰を受ける形で懲罰室で授業を受けている。名目上はケガで休んでいる事になっているのだが、今日この日まで一切の面会許可は取れずじまいだったのだ。

 

あの時の箒の行為は決して褒められたものではない。それは誰が見れも解る事だし、事実として一夏は受け入れていた。だからこそ、直に話を聞いてもう危険な事はしないで欲しいと約束させたかったのだ。

 

「そういえば織斑君のISスーツってどこのやつなの?」

「あー、確かイングリット社のストレートアームモデルをベースにしたって聞いてる」

 

突然学友の一人である相川清香に話を振られた一夏は思考を中断し、同時にISスーツに関する記憶を掘り起こしながら答えた。そう、一夏も周囲の助けを借りながらの猛勉強の甲斐があってか、今では多少の専門知識――特に自分に関係のあるモノはスラスラと答える事ができる様になっているのだ。

 

「へぇ。天枷さんは未だしも、よく織斑君のISスーツが用意できたよね」

「最悪体操着でやる、なんて事も千冬姉に言われたからなぁ」

「あー。でも、それだと反応鈍っちゃうもんね」

「それに制服も。業者の人達には頭が下がるよ」

 

一夏の頭の中では必死に時間と戦いながら自分の制服のデザインと型を作る職人の姿が思い浮かんでいた。日本人は感謝の念を忘れないのだ、と一夏が思ったままの事を言うと、それを聞いた清香は苦笑しながらも頷いた。

 

「皆さん、おはようございます!」

「諸君、おはよう。とっとと席に付け」

「「「お、おはようございます!」」」

 

担任と副担任である千冬と真耶が登場し、千冬の鶴の一声によって雲の子を散らすが如く談笑を中断し、一斉に慌ただしく席に着いていった。

 

全員が席に着いてのを見計らった千冬は今日から本格的な実戦訓練が始まる事を宣言し、各人で用意する予定のISスーツが届くまでは学園指定のものを使用する様に、と言った。その際、忘れた者は学園指定の水着――スクール水着の着用ないし下着姿で訓練してもらう、とも言ったのでクラス一斉に心の中でツッコミを入れていた。

 

因みにこの時の椿は特に反応せずスルー、一夏に関してはツッコミを入れた一人ではあったが、自分が出した夏用スーツを千冬がちゃんと着てくれた事に関心を向けていたので水着や下着の話は特に反応しなかった。

 

「それではホームルームを始めます……と、言いたい所ですが」

 

真耶のもったいぶった言葉に何名かがおぉ?とノリのいい反応をする。

 

「今日はなんと、二人の新しいお友達を紹介します!」

「「「えええっ!?」」」

「うわっ」

 

突然あがる女性の甲高い声に思わず顔をしかめる一夏。椿は既に予想していた様で、既に耳に手を当てながら事の成り行きを見守っていた。

 

「……全く、少し静かにしろ。他のクラスに迷惑がかかる」

 

出席簿を手で叩きながらの一声に、クラス内のざわめきが少し収まる。

 

だが、騒ぎたくなるのも当然だろう。これが普通の高校ならば未だしもここはIS学園。ISを扱う唯一の教育機関である。故に編入試験――再受験は入試試験よりも更に難易度が高く、ISの操作技術も一定以上の水準を要求されているのだ。最も、乙女の感性ではこの様な事は考えてはいないのだが。そう、ただ純粋に驚いて、ただ騒ぎたかっただけである。

 

ここで余談だが、転校に関してちょっとした裏話がある。

 

そう、今年は一夏と椿の入学もあって、各国から多くの申請があったのだ。そこには男性操縦者を自国に引き込みたい――そう、幼さを残す少女を利用してでもと言う見え透いた政治的な意味合いも含まれていたし、実際に圧力もあった。だが、学園側はそれには屈しず、逆に今年は極めて特殊な事態であるとして再受験を5月末までと強気な態度に出たのだ。

 

結果、純粋な実力で突破する事が出来たのは2組のクラス代表である鈴と、件の二人の計三名だけである。

 

「あはは……ごほん。では、二人共入ってきてくださーい」

 

自分も生徒だった頃はちょっとした事で同じく騒いでたなぁ、と真耶は昔を思い出しながら苦笑いし、咳払い一つして廊下で待機している件の転校生に入ってくる様に促した。

 

「失礼します」

「……」

 

教室の扉が開き、転入生が入ってきた。

 

一人は濃い黄金色の髪を首の後ろで束ねた、人懐っこそうな顔の少女。華奢な身体だが、出るとこは出ており、マイクロミニスカートから出るすらっとした足がとても眩しい。そして裕福な家の出らしく、非常に礼儀正しい立ち振る舞いをしていた。

 

もう一人は輝く様な銀髪を無造作に腰まで伸ばした左目に眼帯をした異端の少女。背は低いが、身のこなしは洗練されていて無駄がない。恐らく軍事教練を受けた経験があるのだろう。

 

因みに、年頃の少女が軍事教練を受けた経験があると言うのは昨今では珍しい部類ではない。ISの影響により、特にIS適性が高い者は英才教育の一環として軍事教練をこなす事が多いのだ。身近な人物を例に上げるならば、セシリアや鈴もそれに当たるのだ。例外は古くから続く暗部の家の出である簪や楯無ぐらいであろう。

 

「初めまして、シャルロット・デュノアです。フランスから来ました。これからよろしくお願いします」

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。この国の文化には興味がある。よろしく頼む」

 

明るい声と、どこか冷たさのある声。

 

太陽と北風の如く対照的な二人に対し、クラスメイトは”守ってあげたくなる”、”お人形さんみたい”、”デュノアってあの?”、”軍人っ娘?”等々と口にしながら、笑顔で拍手と共に彼女達を出迎えた。

 

「――では、HRはこれで終わりだ。午前の授業は二組と合同でISの模擬戦闘訓練を行う。各人着替えて第二グラウンドに以前通達した班ごとに集合しろ。遅れるなよ」

 

千冬は必要事項を伝え、真耶と共に教室を出た。

 

一夏と椿は途端に騒がしくなる声を背に急いで第二アリーナの更衣室へと向かおうとする。そう、教室は女子の着替え場所になるし、そもそもアリーナまでの距離が遠い故にのんびりする暇はないのだ。

 

「…………」

「え、えーと?」

 

しかし、扉の前にラウラが一夏の行く手を遮る様に現れた。

 

先に行くぞ、と言ってさっさと行ってしまった椿と、クラスメイトの視線を受けて一夏は内心早く更衣室に向かいたくて堪らなかったのだが、生来の性格故か、はたまた転校生だからなのか、とにかく手っ取り早く用件を聞くことにした。

 

「教官――貴様の姉にはドイツに居た頃に世話になった。これからよろしく頼む」

 

そう言って手を差し出されたのを見て一夏は見た感じと違って案外フレンドリーなんだなぁ、千冬姉はドイツに行ってたのか、と二つの事を考えながら差し出された手を握り返そうとして――

 

「っ!?」

よろしく(・・・・)、織斑一夏」

 

華奢な見た目にそぐわない強烈な握力で握りしめられ、一夏は思わず顔が引き攣った。唐突な理不尽に思わずカッとなり、抗議しようとしたが、ラウラの目を見てそれを止めた。

 

憎悪を宿した瞳。

 

これを見て一夏はラウラを理解した。そう、彼女も自分が千冬の弟である事を認めない(・・・・・・・・・・・・・・・・)類の人種であると。

 

女尊男卑となってから、IS乗りの頂点に立つ千冬は女性にとって憧れの一人である。そしてそんな女を姉に持つ男が居たとしたら、彼女等は一体どんな反応を示すだろうか?

 

大半は当り障りない様に接するか、千冬とお近付きになる為に接するだろう。しかし、ごく一部の者達はその羨望から一夏の存在を認めなかったのだ。

 

一夏はそれを目の当たりにしている。故にラウラもそうだと認識したのだ。

 

(……千冬姉の弟で何が悪い!)

 

確かに、姉と比べれば見劣りはするだろう。だがしかし、それがなんだと言うのだ。今はISに乗れる以上、憧れの姉と同じ土俵に立ったのだ。だから証明してみせよう、自分は織斑千冬の弟に相応しい、と。

 

(俺は、俺の家族を守るんだ。だから千冬姉の名前も、守る)

 

セシリアとの戦いの際に口にした言葉。

 

それはただその場の勢いだけではなく、本心からの目標。一夏がISに乗る理由の根幹部分でもあった。

 

そして一夏はその想いから冷静さを取り戻し、未だ強く握り締めてくるそれをまるで腫物を扱うかの様に優しく(・・・)握り返し、余裕の笑みを浮かべて口を開いた。

 

「あぁ。よろしく、ボーデヴィッヒさん」

 

――この程度、椿と比べればそよ風にすら感じるぜ。

 

ラウラは予想とは違った反応に一瞬呆けた。その隙に一夏は自然に見える様に手を振り払い、セシリア達に待たせてしまった事を軽く詫びつつ急いで椿の後を追った――。

 





相変わず長くなりそうなのでここで切りました。
最近、一人称を継続するか三人称にするかで悩んでます。キャラが多いので全体の動きを解りやすくするには三人称の方が楽なんですけどね……。
それでは。

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