ーInfinite Stratosー~Fill me your colors~   作:ecm

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第四十五話:闇の中で蠢く者

――フランス・マルセイユ――

 

陽気な午後の昼下がり。フランス最大の港湾都市マルセイユに住む人々が余暇を過ごしている中、場に自然と溶け込む一人の老いた日本人男性が歩いていた。

 

しかし、その老人はただの一般人と言うに難い存在だった。

 

上質なビジネススーツを着こなし、老いた身でありながらも真っ直ぐ伸びた背。そして何よりも特徴的なのは、半世紀以上生きても尚衰えることのない覇気に満ちた”目”だった

 

この老人の名は川崎五十六。

 

甘枷椿が所属する大企業・川崎インダストリアルカンパニー社長であり、裏では世界の弱みを握り締めた男よ呼ばれる人物である。

 

「中々どうして、少々身に堪える、か」

 

弱い70を超えた身は既に全盛期の様な体力は皆無であり、日々の激務をこなした後に飛行機に乗り込んでの移動も含め、表情にこそ出していないが、今こうして街並を歩くのは疲れるのだろう。周囲に溶け込む様に気配を消している(・・・・・・・・・・・・・・・・)のだから尚更である。

 

そして暫く五十六が街並みを眺めながら歩いていると、隣に一人の黒服をまとった男が追いつく様に並んだ。傍から見れば黒服の上からでも分かる程の筋骨隆々で赤茶色の肌の中年男と老いた日本人という組み合わせはこの上なく違和感を感じさせるものがあるが、彼等を気に留に留める者は居なかった。

 

「ふん、もう追いついたか」

「……本当に貴方は神出鬼没だ。何故、我々を置いて一人で歩いているので?」

「歩いて感じることもある。日本人というのはな、風情を楽しむのだよ――ドミニク」

 

答えになっているようでなっていない答え。

 

「今回”は”そうだと?」

「そうだとも」

「……毎度毎度、よく屁理屈が思い浮ぶ」

 

どこか疲れた様な声音で問うドミニク。どうやら五十六は海外に行く度に連度の高い屈強な男達の包囲網を抜け出し、こうして人知れず街中をふらりと歩き回っている様である。

 

「それで、本当の目的は?」

 

この老人が無駄なことを決してしないと知っているからこその一言。

 

「レストランに予約を一つ、ケース3だ。それとだが、私だって人間だ。楽しみの一つや二つ、こうした機会に教授しても構わんだろう?」

「ハァ……それをダシに海外に行くたびに行方をくらませないで頂きたい。そもそも――」

 

そこから続くマシンガンの如く吐き出される小言。普段からドミニクを知る人物が見れば思わず同一人物なのかと一瞬疑うほどの別人振りである。そして当の五十六といえば、経験上、口を挟めば小言が延長されるのを知っていおり、黙って聞き続けていた。

 

「――決して、我々の目を盗んで何処かへ行かぬように」

「……そうしよう」

 

流石に一日に二回この小言を聞くのは身が持たん、と内心全く反省していない五十六。ドミニクが疑わし気な視線を送るが、腕時計を確認しながら携帯を取り出し、一言二言呟いた。

 

「迎えが来たから私は戻る。あぁそれと、いい加減あの人に昔の愛称で呼ばない様にに言って欲しい」

 

ドミニクの愚痴と共に――恐らく近くに待機していただろう――黒塗りの高級車が五十六の前に止まった。無論、ただの高級車ではない。川崎の技術班によって生産性、整備性を度外視した耐弾、耐爆仕様を高めた魔改造VIPカーである。

 

対物ライフルだってどんな角度からでも受け止めれる、と技術班が豪語するほどの改造を施したにも関わらず見た目が殆ど変わっていないその姿は技術班の職人技が伺えた。

 

ガッ、と小さな音友に後部座席のロックが外れ、ドアが開く。ドミニクがまた後ほど、と一言告げて立ち去るのを乗り込みながら見届けた五十六はゆったりとリクライニングシートに背を預けた。

 

「あの心配性め……」

 

唐突にポツりと漏れた一言。

 

「はっはっはっ……ドム坊やは相変わらずのようですな?」

 

五十六の呟きに反応したのはまさに好々爺と言っても相応しい柔和な笑みを浮かべる日本人運転手だった。発言からして五十六、ドミニク両名とはかなり長い付き合いであることが伺える。

 

「それはドミニクを未だに昔の愛称で呼ぶお前もだろう?朝比奈。毎度の如くメッセンジャーを頼まれるのも面倒だ。いい加減やめてやったらどうだ?」

 

痛いところを突かれましたな、と言いながらさらに笑みを深める朝比奈。

 

余談だが、ドミニクを愛称で呼んでいる――否、呼べるのは彼、朝比奈だけである。当人であるドミニクは呼ばれるに関しては止めさせるように頼んいるようだが、ご覧の通りである。もし他の者がその名を口にした日があったならば、その者は明日の朝日を拝むことは決してないだろう。

 

「ドム坊やはいつまでだってもドム坊やです。ただ、気持ちは解からんでもありませんなぁ」

「だからあれは馬鹿なのだ。昔からちっとも変わらん」

 

何を持ってドミニクを馬鹿と呼ぶのか。それは彼らのみぞ知ることである。

 

「昔からべったりでしたからな」

「あれもたかが街を歩く程度で死にはせんのは解っているはずだがな」

 

気配を完全に周囲に溶け込ませ、腕に自信がある集団の護衛の目をいとも簡単に抜け出すほどの腕をもつ事が何よりの証明。よほどの排他的ないし、治安が悪い地域でもなければ五十六にとっては庭を歩く感覚に近いようである。解っていても部下はたまったものではないのだが。

 

「不肖ながら、私が社長の近くが(・・・・・・)安全地帯だと理解するのは時間がかかりましたなぁ」

 

どうやら、朝比奈は過去にかなりの苦労をしてきた様である。溜め息と共に吐き出された台詞には、それを感じさせるのに充分だった。

 

「とは言え、あれだけ口煩くても手元に置き続ける社長も社長ですがなっ!」

「喧しい」

 

此奴も全く変わらん、と内心毒付きながら五十六は朝比奈を睨み付ける。対して笑い続ける朝比奈。

 

上司に対してあるまじき態度ではあるが、お互いに長年の付き合いであり、お互いに気心が知れている。となれば上司と部下のみの関係でなく友人同士の間柄になるのはある意味当然の流れ。この掛け合いもその一つ。なんら不自然なものではない。

 

ただ、一つだけ注釈を入れるとしたら彼等は時折皮肉の言い合いをしており、今回は朝比奈に軍配が上がった、と言う事である。妙に子供臭い一面であった。

 

「朝比奈」

「おぉ怖い怖い……さて、予定通りデュノア本邸でよろしいですかな?」

 

肩を竦め、手帳を取り出し、一瞬で仕事の雰囲気に切り替える朝比奈。

 

「あぁ、予定に変更はない。追加で夜にレストランに出向く。場所はリヨン通りにある高級フランス料理店だ」

「はい確かに。……根回しと手土産は?」

「抜かりはない。後でお前も合流してもらうからそのつもりでいろ。用意はしてある」

「おぉ、久しぶりに本業に戻らせて頂きけるのですかな?これは腕がなりますなぁ」

「夜の予定もある。手早く済ませる」

「委細承知」

 

実際に腕を回し、先程とは種類の違う笑みを浮かべる朝比奈。

 

「おっと失礼」

 

朝比奈は耳に取り付けた補聴器の様な小型通信機に集中し、幾つかの会話を交えたあと、五十六へと振り返った。

 

「ドム坊や達が配置についた様です。我々も行くとしますかな」

 

朝比奈の報告を聞き、目を閉じて頷く五十六。

 

彼は元々とある目的の為にこの界隈に踏み込んだ人間である。その行動原理はとても単純で、幾つもの失敗を重ねても尚、当初の目的から一度もぶれることなく今日この日まで生き残ってきた。

 

権謀術数の中で鍛え抜かれた脳裏に描かれる未来は、果たして如何なるものか?

 

再び開かれた瞳は作業的に流れる街並みを写し、その表情には何の感情も浮かぶことは無かった。

 

 

 

 

――デュノア邸・書斎――

 

薄暗い部屋に入り込む三方から光を受けて浮かび上がる、猫背で椅子にもたれかける一人の中年男性。彼の名はルドルフ・デュノア。かの有名な第二世代IS傑作機の一つ、ラファールの製造元のデュノア社社長である。

 

(社長と言う肩書きがこんなにも滑稽に見えるとはな)

 

視線の先にあるのは机に無造作に置かれたとある計画書。

 

「……懐かしい、か」

 

チラリと視線を横に動かすとその先には新聞の切り抜きと思い出の写真の数々。

 

彼が若い頃は技術者として己の力を存分に振るってきた。彼が産み出した技術――半導体メモリの大容量化技術は当時のPC業界に革命を起こし、今も尚その技術は形を変えてISに活かされているのである。

 

小さな研究室は期待と打算から資金を提供されて大きな研究所へ、更なる成果を上げていつしか研究所は大企業へと変わっていった。そして彼自身にもその恩恵が授けられ、一人の女と出会い、娘を一人授かっていた。

 

順風満帆な人生。しかしそれは最早過去の栄光だった。

 

敢えて言うなれば盛者必衰の理。ISが登場してから如実になり、第二世代の開発には成功したものの、第三世代ISを作るだけの力は彼には残されていなかった。

 

やがて小さな研究所から始まった一大企業は最早風前の灯にまで追い込まれていった。一方で彼の家庭もまた――否、既に崩壊していた。

 

妻が急な病で他界したのである。

 

その後、茫然とした所に財界で有名な資産家の娘との半強制的再婚させられる事になった。もしその娘が良妻だったなら彼も救われただろう。だがしかし、再婚相は非常に自己中心的であった。そして彼女はルドルフと同じくこの結婚をよく思ってはおらず、それ故か、ルドルフの精神の拠り所としていた愛娘を迫害し始めていたのである。ISの登場と同時広まった女尊男卑思想もそれに拍車を掛けていた。

 

己の限界、経営困難、そして二人目の妻。

 

高く積み上げられた問題に精神的に追い込まれた彼は今――

 

「……これで」

 

その後を続けることができずに口を開いて閉じるの繰り返し。その表情は後悔と言う名の苦痛が深く刻まれており、ただただ哀れに思えた。

 

「――時間通り、来ました」

 

扉が叩かれるのと同時に、中性的で控えめな声が響く。

 

声に気付いてはっ、として顔を上げたアドルフは腕時計で時間を確認し、すぐさま表情を引き締め、姿勢を正して入れ、と声の主に短く命じた。

 

失礼します、と聞こえるのと同時に扉は開かれ、濃い金髪を首の後ろで束ねたIS学園の男物の制服(・・・・・)を身に纏った人物が現れた。

 

「よく来たな、シャルル」

「はい。おと――社長」

 

お父さん、と言いかけ、アドルフに睨まれて慌てて呼びなおすシャルルと呼ばれた少年――否、少女。恐る恐るといった風にルドルフを伺うその姿は、どこか庇護欲をそそるものがあった。

 

ルドルフはこの状況で公私混同しているシャルルに対し、本来ならば叱りつけるべき立場なのだが、しかし睨みつけるだけで終わり、咳払い一つして話を進める事にした。

 

「お前には前もって通達したとおり、来週からIS学園に三番目の男性操縦者として編入してもらう」

 

彼等の目的はこうだ。

 

『アドルフ・デュノアが実子、シャルロット・デュノアを男性操縦者としてIS学園に編入させ、織斑一夏及び天枷椿と交流を持ちつつIS学園内にある各国の第三世代機の各種運用データを入手する事』

 

デュノア社はラファールで成果を出してはいたが、そもそもIS開発に参入が最後発であった為、第三世代機の開発に大幅に遅れている。必死に技術を研鑽し、努力を重ねていたが、結果として欧州連合が進めている次期主力機開発計画――通称第三次イグニッション・プランで結果を出せないようであればISの開発権利を剥脱されるまでに追い込まれていたのである。

 

そこで生まれたのがこの計画。しかし、あまりにも荒唐無稽で穴だらけな計画。

 

しかし追い込まれた人間というのは何をするかわからないのが世の常である。特にISが絡んでいるのであれば尚更顕著になるのはある意味当然だろう。そしてそれは後ろからデュノア社を支持していた者達をもその気にさせ、結果、今日この日を迎えたのである。

 

(私も随分と落ちぶれた。これでは技術屋の端くれすら名乗れない)

 

しかしこれは元々ルドルフ自身が出した案。慣れない腹芸を、危ない橋は幾度とも渡り、今までの自分を否定する行為を行い続け、漸くここまで漕ぎ着けたのである。

 

(だからこそ、引き換えに守れるものもある)

 

妻にさえ面と立ち向かえず、ただ距離を置くことで最早眼中に無い思わせる事しかなできない自分でも出来る事なのだから。何、誇りを捨てるだけでそれが得られるのなら、安いものだ。

 

そう、自ら折れかけた心に喝を入れた。

 

「この計画の為に、お前は名を偽ってもらい、少年としての振る舞うための訓練および、女性的な部分を誤魔化す為に技術班が開発したスーツを装着することになった。……着心地はどうだ?」

 

平坦な声で告げられるのは確認の言葉。

 

「大丈夫、です」

 

シャルロットは健気に頷いた。

 

「なら、いい。さて、本題に戻るが、ここに来て貰ったのは注意事項の再確認と追加の情報を説明するためだ。後程ラファールの方にも添付しておくが、よく聞け」

「はい」

「まず、最初に警戒すべきは織斑千冬と更識楯無。お前に伝えた通り、前者は世界最強。後者は日本が有する古くから続く諜報組織のトップだ。この時期に編入してくるお前を疑うのはまず間違いない」

 

疑問に対し、押し通せるだけの屁理屈はある。だが、そもそも彼女達はIS学園の最高戦力である。万が一にでもまともに戦った場合、勝てる訳もなく、されとて非道に走ることができない娘の性格を知っているルドルフはよって暫くは学園に馴染む様に専念しろ、とだけ言った。

 

「そして次に川崎の存在だ」

「二番目の男性操縦者の、後ろ盾」

「そうだ。あのブリュンヒルデよりも、諜報部のトップよりも警戒しなければならない。あそこの社長――川崎五十六は、特にな」

 

手元にある資料にはフランスの諜報部より得られた川崎五十六が過去行ってきたとされる行動の数々。そして繋がりがあるとされる人物のリスト。

 

この計画の言い出しっぺは自分だし、失敗も勘定に入れてるが、よもやあの社長がこれ程危険な(・・・・・・・・・・・)人物だったとは思いもよらなかった。

 

これを知った時、五十六が何もアクションを起こさない訳が無い。根掘り葉掘り調べ尽くすだろう。だが、それに対して無策で挑む程ルドルフは甘い考えを持っている訳ではなかった。

 

(あとは、シャルロット自身か)

 

妻の忘れ形見。愛しき我が娘。

 

父親として接する事を自分の弱さ故にいつしか放棄してしまった。だからこそ、自分に課せられた問題全てを終わらせるその時まで、誰の手も届かぬ場所へ遠ざける。

 

(これしかできなかった父を許してくれ)

 

心の中で謝罪し、意を決して口を開いた。

 

「何故なら「血も涙もない悪魔だから、か?」なッ!?!?」

 

ルドルフの会話を遮るように部屋に入ってきたのは老人――五十六だった。

 

企業の存亡を賭けた極秘裡の会話をしてる途中、突然扉が開かれ、最も警戒するべき人物が目の前に現れたことにルドルフは思考が停止した。シャルロットも驚いていたが、すぐにISの待機形態である首に下げたペンダントに手をあてながらルドルフを庇う様に前に出ようとした。

 

しかし、彼等(・・)にしてみればそれは、あまりにも大きな隙でしかなかった。

 

「Go」

 

どこからか発せられた短いサイン。寸分の間を置かずにルドルフの後ろにあった三方の窓ガラスが突然割られ、耳障りな音と共に三機の強化外骨格『叢雲』が突入してきた。

 

「な、あがっ!?」

 

いきなり背後付く形で襲われ、悲鳴を上げる暇なく一機の叢雲に拘束されるルドルフ。一方のシャルロットは二機の叢雲に取り押さえられるものの、己の得意技である高速切替でISを展開して二機の叢雲を強制的に弾き、同時に五十一口径アサルトライフル『レッドバレット』を五十六に向けた。

 

「お父さんを離して!!じゃないと……」

 

恐怖を顔に貼り付けながら、叫ぶシャルロット。

 

その表情に刻まれた恐怖の意味は、彼女しか知らない。だが、父であるルドルフは、絶望に染まってた呆然とする事しか出来なかったとしてもその意味を理解できた。

 

「シャ、シャルロット……!!」

 

今までの演技すら忘れて、声を振り絞る様にその名を呼んだ。

 

――さて、話は変わるが、この状況において通常であればどのような対処が適切だろうか?

 

恐慌状態になった者に下手な刺激を与えるのは下策である。しかも人質に取られたのは彼等にとっての最重要人物なのだから下手ことは出来無い。

 

取り敢えず素直に要求に従い、機会を伺うべきか?

 

それとも強硬な姿勢を取り続けるべきか?

 

相手を落ち着かせ、交渉の舞台に立たせるべきか?

 

巧みな話術でその意思を折り、武器を下ろさせるべきか?

 

相手の精神状態然り、人数然り、装備然り。状況によって様々だろう。ただし、それはあくまでも通常の対応。そう、彼等にはそれらの選択は存在しないのだ(・・・・・・・・・・・・)

 

彼等が取る選択はただ一つ。

 

「ソフィア」

 

己に向けられた銃口に眉ひとつ動かさず、五十六はその名を呼んだ。同時に五十六とシャルロットとの空間が突然歪み始め、女性的なシルエットを持つ全身黒塗りのIS――月影が立ち塞がる様に現れた。

 

「電子光学迷彩……」

 

白騎士が持ち、他国では未だ実用化されてない技術を目の当たりにしたルドルフ。もし普段の状態なら目を光らせるだろうが、最早そんな気すら起きなかった。

 

「状況は理解したな?さぁ、ISを解除してもらおう、シャルロット・デュノア」

 

呆然とつぶやくルドルフを尻目に発言する五十六。シャルロットは一瞬目の前の機体が自分の父親と同じパワードスーツかと希望的観測を抱いたが、ハイパーセンサーのそれが無慈悲な現実を突きつけていた。

 

父親を取り押さえられ、目の前に居る交換条件になりうる人物はISによって守られている。

 

彼女にもはや抵抗の意思はなかった。

 

銃をおろし、ISを解除してその場に座り込んだ。

 

「待機携帯、渡して」

 

シャルロットはこの場の雰囲気にそぐわない透き通った声に一瞬だけ肩をピクリとさせたが、すぐに首にかけたペンダントを外し、そのまま目の前にいる月影に投げつけた。そしてシャルロットの両サイドに先程弾かれた二機が付いた。

 

「……さて、ミスタ・デュノア、何故私がこの場にいるか理解しているか?」

 

咳払い一つして五十六はルドルフに話しかけてきた。

 

「この計画とソマリア沖の件、ですか。部下が失礼な事をした様で」

 

最も、ソマリア沖の件はルドルフ自身が関与していないし、そもそも古い付き合いの同じ技術畑の部下から秘密裏に伝えられた情報ではあるが。

 

「ふむ、この状況でも情報は得られる様だな」

 

五十六の一言にルドルフは五十六が状況を全て把握してこの場にいるのだと理解するのと同時に、何故知っていて尚自分の前に現れ、この様な事をしたのか?という疑問が頭を過ぎった。

 

「拘束を解け、不要だ。そろそろ奴が来る」

 

五十六の指示に三機の叢雲が二人から離れ、五十六の後ろまで下がった。そして月影は映像を逆再生するかの様に再び電子光学迷彩を起動し、静かに風景に紛れた。

 

一方、ルドルフは突然の自由と奴、とは誰かと疑問に思いながら駆け寄ってきたシャルロットを抱きしめ、安心させる様にその背中を優しく叩いていた。

 

しかし直ぐに答えは現れた。

 

「ただいま参りました。交渉人、朝比奈でございます」

「ネ、交渉人(ネゴシエーター)朝比奈……!!」

 

交渉人朝比奈

 

資料の入ったカバンを携え、五十六の横に立つ朝比奈は普段は運転手をしているが、本職は交渉人。実力でのし上がった人物であり、若りし頃は五十六と共に世界を渡り歩き、卓越した交渉術を武器に世界にその名を轟かせていた。

 

「覚えていただき至極恐悦」

 

ルドルフは己の不幸を嘆いた。経営学を少しかじっただけの自分でも知ってる人物が現れたのだ。彼らはとことん搾取するつもりなのだろう。

 

(……当然か)

 

決して許させる行為ではないのだから。

 

しかし、嘆くの同時にどんな無茶な要求を付けられても飲んでやる、と半ばヤケクソな気分にもなっていた。最も守るべき存在が傍にある。我が娘さえ守れればそれでいいのだから、と。

 

「さぁ、商売の話をしようか」

 

五十六は全てを見透かした様な瞳に不幸な親子を映し、この日一番の嗤いをその顔に浮かべた。

 

 

 

 

――レストラン――

 

マルセイユの夜景が一望できる完全予約制の高級フランス料理店のテーブルの一つに3人の女性が座っていた。しかし、その様子は決して穏やかではない。

 

「――ったく、挨拶したいって言われたから来たのにまだ来ねぇのか」

「落ち着きないわねぇ、エムみたいに静かにしたら?オータム」

「……」

 

3人の正体は亡国機業実働部隊『モノクローム・アバター』のメンバーである。何故、彼女等がこのマルセイユのフランス料理店に居るのかといえば――

 

「スコール、とっとと帰っちまおう」

「そう言わないの。私だってそうしたいのは山々だけど、相手はウチのお偉いさんなの。勝手に帰ったら何をされるか解らない(・・・・・・・・・・・・・・・・・)。わかった?」

 

子供を諭すかの様にオータムに語りかけるスコール。

 

「……解ったよ」

 

スコールが語ったその言葉の意味。それは彼女等が実働部隊として最高機密を扱うのと同時にその命を直接握られている事に起因する。そう、彼女等には監視兼処分用のナノマシンが体内に流れているのだ。

 

故に彼女等は決して亡国機業には逆らえない。

 

「まぁそれはそうと、貴方の方はどうなの?預言者――今はメァラージュ(梯子)ね。で、メェアラージュと上手くやってるの?」

「あぁ、仕事をするには問題ねぇよ。アイツの陰気臭くさを除いてだけどな」

 

スコールは褐色肌の女性が余計な世話だ、と目の前の愛人に突っ込むのを幻視しながらクスリと笑い、組ませて正解だった、と頭の中で結論付けた。

 

「ふふっ、仲が良さそうで嫉妬するわ」

「ば、馬鹿じゃねーのっ!?私はお前一筋だっ!!」

 

顔を真っ赤にして喚くオータムと、それを笑うスコール。これが普通の店なら迷惑千万だが、ここは予約制でさらに言えば客が彼女等しかいない。故に問題は無いのだ。ただ一人の傍観者を除いて。

 

(……下らない)

 

エムにとって二人の馴れ合いはあまりにもつまらなかった。かと言って他にする事もなく、大人しくこの状況を傍観するだけ。ただ黙って胸のロケットを撫で続けるだけった。

 

「「「……ッ!!」」」

 

突然襲いかかる殺気。

 

それは退屈していたエムや、乳繰り合ってたスコールとオータムを黙らせる程のものだった。そして殺気を感じた場所に視線を向けると、一人の老人がゆっくり歩いて来るのが分かった。

 

「ご機嫌よう、少し待たせてしまったようだな。亡国機業の諸君」

 

そう言って殺気を収める老人。

 

「……お偉いさんってのは間違ねぇーな。なぁ、川崎社長(・・・・)さんよぉ!」

「あぁ、間違いないぞ、小娘。一つ付け加えるなら、ここに来る予定の御仁には永遠に退場(・・・・・)してもらった。最も、最初から私が仕組んだのだがな」

「テメェ、巫山戯やがって!!」

 

殺気を放った正体が敵の総大将のものであり、顔や名前すら知らんう上司の一人を消されたと知ったオータムはあまりにも舐めた態度にキレた。自分達をここに誘き寄せる為に仕組んで事も更にキレされる要因に入っているのだろう。オータムは立ち上がり、IS『アラクネ』を部分展開して銃口を突き付けた。

 

「全く、最近の娘は血の気が多くて叶わなん。そうは思わんか?スコール」

 

しかし、銃口を眼前に突きつけられても五十六は全く動じなかった。あまつさえ突きつけられた銃口を素通りし、彼女等の対面の席に座ってスコールに呆れるような声音で切り出したのである。恐るべき胆力といえよう。

 

「あら失礼ね、レディーにそれを問いますか?ミスタ」

 

話を振られたスコールはあくまでも冷静に流す。オータムはこの展開を予想していなかったのか、口をパクパクさせながら頭を片手で掻き毟り、何で呑気に会話してんだよ、とでも言いたげな視線をスコールに向けていた。

 

「オータム、貴方も座ったら?予定は違ったけど、”挨拶”には変わらないわ」

「……ったよ」

 

アラクネを解除し、ドカッと椅子に座るオータム。スコールはその様子に苦笑する。一方、一言も喋っていないエムは殺気を向けられた当初から五十六を睨みつけていたままであった。

 

「それで、私達に何用で?」

「急かすな、先ずは食事だ。一応は格式ある店だ。マナーは大丈夫かね?」

「はっ、誰が食うかよ」

 

オータムの反応は正しい。敵と食事をするのもそうだが、ましてや敵が用意した場。何をされるのかたまったのではないのだ。警戒するのは当然だろう。

 

「問題ありませんわ」

「スコール!」

「いちいち喚くな小娘。やるつもりなら最初からそうしている。それで、そこの遺伝子強化体――織斑円夏と言ったな。お前も大丈夫だな?」

「貴様……!!」

 

エムの睨み付けるだけの視線に殺気が込められる。

 

「……ご存知ですのね」

「織斑夫妻より得られた受精卵を意図的に織斑千冬に似せるように操作し、尚且つ強化・調整を行った素体。事実上の織斑家三女、織斑円夏。コードネーム『エム』。持つべきは友人だとは思わんか?」

 

亡国機業の中でも機密扱いされている情報をあっさりと口にだした五十六。仲間に裏切り者がいる事を示唆し、そしてその発言によってどういう反応を示すのか、目を細めて3人を眺めているその姿はあたかも楽しんでいる様にも見えた。

 

静寂が場を支配する。

 

殺気を込めて睨みつけるエムと、今にも襲い掛かりそうな気配を出すオータム。スコールは依然として平静を装い、五十六の一挙一同を観察し、対する五十六はその全てを無表情で受け止めていた。

 

一発触発の状態だったが、意外な人物の一言によってそれは打ち砕かれた。

 

「……問題ない」

「っ~~!!……私も問題ねぇよ」

 

エムの一言により、戦闘態勢に入っていたオータムはお前もかよと思いつつ渋々この状況を受け入れた。目の前に敵の総大将を目の前にして何のアクションも起こさないのは歯痒いものがあるだろう。

 

しかしオータムも馬鹿ではないのだ。感情的になりやすい分、気付くのが随分と遅れたが、何もこの目の前の敵が何の備え無しに目の前にいる訳がないのだと。

 

「ならば良し」

 

そう言って五十六は呼び鈴を鳴らし、店員を呼びつけた。これだけの騒ぎを店員はというと、この手の状況(・・・・・・)に慣れているのか、営業スマイルを浮かべて予約通りのコースを出すかの確認をしてきた。

 

そこからは流れる様な作業だった。

 

小前菜、前菜と続き、ポタージュ、魚料理etc……と、伝統的な高級料理(オートキュイジーヌ)の名にそぐわぬ複雑な味付けと手の込んだ飾り付けがされた料理が次々と順序よく運ばれ、それらを食しつつ時折オータムとスコールが世間話に花をさかせ、それをエムは黙って耳を傾け、五十六は相槌をうっていた。

 

そして最後にデザート片付け、一息ついた4人。最も、エムはともかく、スコールとオータムは会話内容もさることながら、やはり目の前の五十六が気になって仕方がなかったが。

 

「それで、ミスタ。何用で私達に?」

「何も。ただ食事に誘いたかっただけだ」

 

あくまでも軽く流す。

 

「だがまぁ、老人の寂しい夜のひと時を過ごしてくれた礼ぐらいはしよう」

 

そう言って五十六はテーブルの中心に資料の束を置いた。

 

「イギリスで動く時に必要になるだろう?持っていくといい」

「……被害をあまり出すな(・・・・・・・・・)、と?」

「そうだな。最も、お前達にも言えることだが」

 

探り合い。

 

お互いに相手のを理解し、そして有効足り得る手札を有しているからこそ、何をされるのが嫌なのかを、目的を正確に把握する必要があった。

 

「えぇ、確かに。ですが、ミスは付き物ですわ」

「そうだな。誰しもミスの一つはやらかす。私もそうだし、仕方がない事だ」

「ミスタ程のお人でも?」

「そうだ。私は精密機械ではない。だから保険ぐらいは掛ける。プロならば当たり前ろう?」

 

それから幾つかの言葉を交わした後、スコールは一つの結論を出した。

 

(ついで話、ねぇ)

 

今回の五十六の申し出、自分達がイギリスでの行動の際、被害が大きくなろうが小さくなろうがどうでもいい(・・・・・・)らしいという事だった。では何故、と問われれば恐らく、どこからか察知したイギリス側が打診してきた、という事である。

 

この男にとってみれば関係の無い話。せいぜい揺さぶりに使えれば、とでも思っているのかもしれない。無論、別の可能性も否定できないが、この男についての情報は多くは過去の出来事。現在進行形のものは雲を掴むが如くである為、真の目的を推して測る事ができない。一つ言えるとしたら、この話を付ける為に貸しを作ったのは確かだ。

 

(疑問は多く残る、ね)

 

この男の目的はさて置き、何故イギリスが態々面倒な手で話を通す様に打診してきたのか?三枚舌の彼等ならありえなくもない話ではあるが、どうにも腑に落ちない。

 

「ふふっ、それでは有り難く頂戴致しますわ」

 

――考えは後にしよう。

 

スコールは思考を切り、異性を魅力する笑みを浮かべながら資料の束を手に取った。彼女にとってみれば偽物であれ本物であれ、仕事に支障をきたす訳でもないのだから。敢えて言うのであれば、情報流出の出処を掴む為に余計な仕事が増えてしまったぐらいだろうか。

 

スコールが資料を鞄にしまったのを確認した五十六は立ち上がる。

 

「さて、これでお暇させてもらおう。Au revoir(さようなら)、亡国機業諸君」

 

そう言って五十六は踵を返して歩き出す。だが、直ぐに振り返り、対面に座っていたスコールを真っ直ぐ見つめ、一言呟いた。

 

「スコール、私は15年前の事、決して忘れてはおらんよ」

 

意味深げに、そして平坦な口調で述べられた一言。それを受けたスコールは、その頬に伝う冷や汗を意識しながら先程まで浮かべていた笑みを別の意味合いのモノへと変化させた。

 

「精々、道化の如く踊るといい」

 

今度こそ五十六はその場から去った。

 

 




前回とは空気が違う。おじいちゃん大暴れな回。
シャルは守ってあげたくなる、と原作に描写だったのでそれを利用してお父さんっ子に性格改変。元々この部分突っ込みどころ満載だったのでこうする事にしました。それでも無理矢理感は否めないですが。

次回はIS学園に戻ります。それでは

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