ーInfinite Stratosー~Fill me your colors~   作:ecm

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第四十二話:I'm yours/You're mine 前編

――日曜日――

 

昨日のエメリーさんの宣言から一夜明けた。

 

「……はぁ」

 

昨日のことを思い出してため息が出てしまった。だがそれも仕方が無いのだ。何故ならあの宣言後、とにかく気まずかったからである。

 

あの時の楯無と本音はそんな話は聞いてない等と文句を言い、簪は口をパクパクとさせて混乱していた。そして元凶であるエメリーさんはいけしゃあしゃあとこれが一番良い方法だと言いながら楯無に暗部として別行動してもらう事を、本音には虚と書類仕事があることを伝え、最後に簪に対してこれが私の助けになると言って了承を得ていた。

 

まぁ、確かにエメリーさんの主張は一理ある言えばあるのだ。

 

楯無は国家代表として顔が広く知れ渡っており、裏事情に詳しい者ならば私の護衛だと判断し、行動を起こす事はないだろう。よって今回は私と行動するべきではない。本音はそう言う意味では適任だが、楯無の抜けた分をカバーする為に虚と共に更識家の方で書類仕事をしなければならないのだ。そして消去法で適任とされたのが簪。言い方は悪いが、簪は代表候補生であるものの、暗部としての実績は皆無で専用機は未完成。傍から見れば護衛としては先ず見えないし、いざとなれば彼女自身も人質として使えるのだから、な。

 

因みに、この時の私はエメリーさんから何も言われなかった。まぁ、例え言われたとしても混乱していて何も言う事が出来なかっただろうから、結果は変わらんがな。尚、エメリーさんは日曜日――つまり今日は雑誌の仕事が入ってるので作戦には参加しないと言った。仮に参加したとしても怪しいので逆効果になってしまうのだとか。

 

閑話休題。

 

とにかく、終始エメリーさんが会話の主導権を握ってこの話が終わった。その後、楯無達は弍式の開発に戻り、私はエメリーさんから軽く講義を受けて時間を過ごし、夕食時となったのだが……まぁ、楯無と本音の機嫌が悪かった、とだけ伝えておこう。必死に機嫌を治そうと画策したのだが、どれも中々うまくいかなかったのだ。簪とは……いや、これ以上はよそう。

 

そしてなんやかんやで現在に至るのである。

 

現在の時刻は8時半。待ち合わせは10時であり、既に朝食を済ませてある。因みに朝食は三人と一緒に摂ったのだが、やはりと言うべきか、表情こそ普通だったが少し対応がトゲトゲしかった。

 

「……どうしたものか」

 

右も左も解らなくなってしまった。

 

――まぁ、そこは頑張ってくださいとしか言えませんよ

 

――つばき、がんばれ。ゆきかぜ、おうえんする

 

……悩んでも仕方が無い、か。せめて今日ぐらいはこの悩みを忘れるとしよう。そしてやるべき事が終わったら今回の埋め合わせを考えれば良い、か。

 

(……やるか。このまま煮え切らないでいるのは性に合わん)

 

今はただ簪が楽しいひと時を過ごせる様に努力しよう。彼女が楽しんでくれたら、それが私にとって何よりも嬉しい事なのだから。だから、例え何があっても守って見せよう。

 

――その調子です。では、その為にもきっちりと戦闘装束を身に纏いませんと

 

――おしゃれ、だいじ

 

(あぁ、その事なんだが――)

 

少し相談に乗ってもらえるだろうか?と言いかけたところで扉を叩く音が響いた。私は本音か?と思って扉を開けたが、目の前には本音ではなく、代わりにダボっとした服を着たエメリーさんが立っていた。

 

「……椿君、おはようございマース」

 

改めて姿を見れば、髪はしっとりと濡れ、頬は僅かに蒸気している。

 

何と言うか……だらしなのない格好だ。髪が濡れているとはいえ、髪がボサボサとしているお陰で色気も何もあったもんじゃない。整っても欲情せんが―――とにかく、人気が無かったからこそ良かったが、この姿を生徒に見せるのは少し憚れる。と言うか、勘違いされてしまう。

 

「おはようございます。それで、何が御用ですか?」

「……髪の毛をセットしてくだサーイ」

「……は?」

 

少し呆気に取られてしまった。しかしこのまま廊下で立ち話をする訳にもいかず、誰にも見られぬ様に部屋に招き入れて何故そうなったのか事情を聞いてみる事にした。

 

「これには深い事情があるのデース」

 

聞けば普段は髪の手入れを旦那さんに頼んでいたらしいが、当然旦那さんは居ないので困った、と言う何とも言え無い答えが返ってきた。次いでにエメリーさんは旦那さんはそれが本職だと言っていた。つまり、旦那さんの職業は理容師と言う事になる。

 

「昨日の事は聞いてマース。頼れるのは椿君だけネ!」

 

お願い、と手を合わせるエメリーさん。

 

あぁ、根掘り葉掘り聞かれた時にそんな事も言ってしまったな。成程、誰が広めたのかは知らないが、道理でエメリーさんが私のもとに訪れてくる訳だ。

 

「……まぁ、やってあげますよ」

「ありがとデース!」

「その代わり、条件があります」

 

丁度いいから、エメリーさんに服の事で少し相談してようか。

 

――まぁ、妥当な判断ですな

 

――てきざいてきしょ

 

「条件……NO!!私にはコウ君が――Ouch!?」

 

馬鹿な事を言いかけたので思わず手がでてしまった。

 

全く、どうしてその話に発展させるのかが理解できん。そもそもだだが、エメリーさんは私が……いや、これ以上言ったらただの馬鹿になるから止めておこうか。

 

――既に馬鹿じゃないですか。但し、馬鹿は馬鹿でも頭に恋愛の二文字が……って、だから何で私の世界にいつの間にか居るんですかねぇ。私のプライバシーは一体何処に行ったのでしょう?雪風、そこのところどう思います?

 

お前がプライバシーを語るか、お前が。

 

――ふるたか、だまる。だまらないと、おしおき

 

――……はい

 

最初からそうしてれば良いものを。

 

「うぅ……暴力反対デース」

「文句は受け付けません。とにかく、条件と言うのは服装選びについてです。せめて服ぐらい、まともにしたいので……協力してくれませんか?」

 

以前、千歳さんが勝手に用意した服や、楯無が選んだのを買ったのはいいが、未だ着ていない服がある。しかし、困った事にどんな服装にしたら良いか解らなかったのだ。

 

「それならお安い御用デース。じゃぁ早速髪のお手入れをお願いシマース」

「ありがとうございます。では、鏡台の前に椅子を―――」

 

その後、私はエメリーさんの髪を梳きながら幾つかの会話を交わした。そして梳き終わった後に今度は自分で手入れする事を約束させてから服のコーディネートをしてもらい、待ち合わせ場所に向かった。

 

 

 

 

――駅前・待ち合わせ場所――

 

朝の日差しが少し眩しくて、思わず目を細めてしまう。

 

私――更識簪は約束の三十分以上前から待ち合わせ場所で待っていた。

 

(……初めて)

 

思い返せば、本音が生徒会の用事で居なかった時に二人きりで作業したり、ご飯を食べたり、お話したりする事はあった。でも、こうやって二人きりでお出かけするのは、初めてだった。

 

改めて意識すると、胸の奥が熱くなる。

 

これがお仕事なのは解ってる。椿と、次いでに私が囮になって敵を洗い出すのが役目。でも、それでもエメリーさんが口にしたデート、と言う単語が頭から離れなかった。

 

昨日からお姉ちゃんや本音が椿に対して少しだけ機嫌が悪いのは仕方がないと思う。私だって逆の立場だったら同じだから。同じ、椿を好きになったからこそ、その気持ちが解るから。

 

でも、譲りたくない。

 

私だって椿と一緒に居たい。私は本音の様に同じクラスじゃないし、一緒の部屋じゃない。お姉ちゃんの様に強く無いし、今のままじゃ一緒に戦うことさえできない。でも、それでも、椿の隣だけは譲りたくない。

 

(……変な格好じゃない、よね?)

 

改めて自分の格好を見てみる。

 

……精一杯おしゃれは出来たと思う。包帯を巻いた手は隠せる様に本音から袖余りの服も借りたから大丈夫だし、季節外れの服装じゃない。お化粧は……少しだけした。

 

うん、大丈夫。きっと椿は可愛いって、言ってくれる。

 

「――へーいそこの彼女、今暇かい?」

 

声の方向に顔を向ければ、チャラチャラとした格好の男の人が二人。一人は茶髪で、もう一人は黒髪。どちらも今流行りなファッションをしていて、俗に言うイケメンな人達だった。

 

……。

 

少しだけ、ポカンとした。

 

今時、こんな古風なナンパをする人が居たんだ、と思ったから。同時に少しだけ感心もした。だって、初対面の人に声がけできるのもそうだけど、女尊男卑の中で、こんな公の場所で女の人にナンパできる程の胆力があるから……少し、違う?でも、感心したのは、確か。

 

「……暇じゃ、ない」

 

けど、それとこれとは話が別。私は、椿を待ってるから。

 

「えぇー、いいじゃん、俺達と遊ぼうよー」

「絶対に楽しいって!」

 

その後も遊ぼう、と言うニュアンスの言葉を続けてくる。

 

正直に言えば怖いと思った。元々、異性との付き合いは薄い。中学生までは女子校だったし、精々お屋敷で高齢の師範代の人ぐらいしかない。今は椿や織斑君と交流はできたけど……でも、それだけだから。

 

(……そう言えば)

 

少し前に、それなりに容姿が良ければ権力者――女性に愛される、と言う考えが広まっているのを小耳に挟んだ事があった。確かに、今は男の人の立場は弱いと言われてるし、そんな考えになってしまうのかもしれない。でも、それと恋愛をイコールで結んでは駄目だと私は思った。

 

(……見た目だけの人は、嫌い)

 

確かに見た目も大事。でも、それだけじゃ絶対に好感は持てない。どんなに甘いマスクで微笑みを向けられても、どんなに甘い言葉を囁かれても、私はときめかない。

 

それに、私はもう出会えたから。

 

困っていた時に手を差し伸べてくれた、ヒーローの様な人に。

 

私は、椿が好き。

 

だから、早く断らないと。

 

「……椿が、待ってるから」

「椿……ちゃん?だったら「男」――え?」

「椿は、男。だから……ごめんなさい」

 

彼氏、と言えれば良かった。でも、そうじゃない。そうじゃないから、言わなかった。言ってしまったら、卑怯だから。言ってしまったら、椿が何処か遠くに行ってしまいそうな気がするから。でも、これだけ言えば後は勝手に誤解してくれると思う。きっとこれで諦めて――

 

「でも、遅刻してんじゃん」

「……え?」

 

そう言えば、時間を確認してない……今は何時だろう?

 

「俺、実は君のこと結構最初から見てたんだよねー。40分ぐらい前だよね?君がここで待ってたの。どうせ10時に待ち合わせの約束だったんでしょ?」

「お、もう十分以上過ぎてんじゃん!マジサイアクー」

 

黒髪の人が腕時計を見せてオーバーリアクション。

 

見れば、時計の長い針は3を――15分を指していた。

 

「だからさ、そんな男ほっといて俺達と遊ぼうよ!」

「そうそう!絶対に退屈させないよ」

 

勢いに飲まれて、何も言い返せない。

 

椿が遅れている。

 

この事実に、私が動揺してしまったから。

 

そして茶髪の人が勢いのまま私の手を握ろうとして―――

 

「ほら、行こう―――え?」

 

突然横合いから茶髪の人の手に誰かの手がかかっていた。同時に今一番聞きたかった声が耳に届いで、私は思わず顔が綻んでしまった。

 

(……来てくれた)

 

ヒーローはヒロインがピンチになったら、必ず助けに来てくれる。

 

やっぱり、椿は私のヒーローだ。

 

「……連れに何か?」

「ち、もう来たのかよ……」

 

茶髪の人が悪態を付き、鬱陶しそうに手を払おうとするけど――

 

「何か用があるのかと聞いてるのだが?」

「っ~~~!?!?」

 

椿に思いっきり握られて声にならない悲鳴を上げた。

 

声は平坦なのに、表情も口調も何時ものままなのに、雰囲気が、行動がまるで違う。それを見て私は思った。椿は私の為に怒ってくれているんだって。

 

普段の落ち着いた雰囲気を全く感じさせない、静かに怒っている椿。

 

(……また、迷惑かけた)

 

嬉しい、けど……申し訳ないと思った。

 

「レンジ!クソ、離しやがれって――うぉっ!?」

 

椿は掴み掛られる前に茶髪の人を黒髪の人の方へ突き飛ばした。

 

「望み通りにしたぞ……早く要件を言うか、目の前から去れ」

「舐めやがってッ……!!」

「痛ぅ……ケン、よせ!もう無理だ。とっとと行くぞ」

「……解った」

 

そして二人組は憎々しげに椿を睨みつけながら逃げる様に街中に溶け込んで行った。

 

「トラブルには事欠かない、か」

 

その後に声には出さないず、口だけが動いていた。

 

「……椿?」

「いや、何でも無い。しかし、準備に時間がかかってしまったとは故、最低でも10分前行動を心がけてはいたのだが……どうやら少し待たせてしまった様だな」

「……遅刻」

 

責める気持ちは無い、けど――

 

「何を言っている?まだ10時ではないが?」

 

……あれ?

 

おかしい。確かあの男の人が見せた時計は、もう10分以上過ぎてた筈。私は確認する為にカバンにしまっていた携帯を取り出そうとするが――椿がその前に腕時計を見せてくれたのでそれを確認してみると9時55分。私は、それを見て確信に至った。

 

「……騙された」

 

あの人達は、わざと時間をずらして……恥ずかしい。

 

「次からは出かける時に腕時計を身につける事もお勧めしよう……あるか?」

「な、ない……ごめんなさい」

「いや、無いならそれでいい……そうだな、今から買いに行こうか?」

 

椿からのプレゼント……欲しい、な。

 

「いいの?」

「あぁ。お昼まで買い物でもしようかと思っていたからな。確か通りの向こうにある服飾屋があるのだろう?簪は利用した事が無いと聞いてるし、どうせなら冷やかしも兼ねて色々と見て回ろう」

「……ありがとう」

 

私がお礼を言うと、椿は淡く微笑んでくれた。

 

「ん……さぁ、行こうか」

 

そう言って椿は手を差し出してくれる。でも、私はその手を取れない。手がまだ痛いから、もある。でもそれ以上に、包帯で巻いた手で椿の手を握りたくなかった。例え握れたとしても、椿が遠慮してしまうから。

 

(……どうしよう)

 

何て、断ろう。

 

「手が……そうだったな、すまない」

 

申し訳なさそうな声。

 

……そうだ。

 

「大丈夫、だよ。その代わり……こうするから」

 

私は椿の隣に立って、腕を組んで、その腕を少しだけ抱き寄せる。

 

服越しから伝わる鍛えられた腕の感触。

 

手は握った事はあるけど、腕までは組んだ事は無いから、凄く恥ずかしい。でも、こうすれば手を握らなくても隣を歩ける。だから、大丈夫。

 

見上げれば頬を赤く染めた椿の顔。

 

「い、行こう?」

「っ、そう、だな……あぁ、一つ言い忘れていた」

 

少し上擦った声で椿は言った。

 

「簪、よく似合っている……可愛い、と思うぞ」

 

不器用な、でも、精一杯の褒め言葉。私が、一番聞きたかった言葉。

 

「……ありがとう。椿も、格好いいよ」

 

きっと、私は今までの中で一番いい笑顔を浮かべれてたと思う。でも、椿はすぐに顔を前に逸らして行くぞ、と言葉を短くして歩き始めてしまった。

 

(……照れてる)

 

ほんの少しだけ、可愛いと思った。でも、口に出しては言わない。言ったら、絶対に不機嫌になるから。椿は変な所で頑固で、ほんのちょっとだけ、子供っぽいから。

 

「……ふふっ」

 

年上の筈なのに、こうやって見ると、やっぱり、子供っぽい。

 

「何だ?」

 

ちょっと不機嫌な声。

 

「何でもない、よ」

 

もう少しでバレる所だった、かな?

 

私はそう思いながらこの考えを止めて、ゆっくりとアクセサリーショップへ向かった。道中、椿はあんまり喋ってくれなかったけど、胸の奥で響く高鳴りが心地良く響いて、ただ一緒に歩くだけでも楽しかった。

 

 

 

 

――商業ビル・屋上――

 

「よし、あのガキどもにお茶を誘ってくる」

《此方α3、付き合うぜ》

《此方α4、飯は任せろ》

 

若干違う発言が1名。次いでに何かを咀嚼する音が響く。そして二人の煽りを受けたアーロンはこめかみに青筋を浮かべ、指を鳴らしながらいざチャラ男二人組の方へ向かおうとした正にその時、彼の行先を遮る者がいた。

 

「いやいや、アンタ絶対殺るでしょう。落ち着いて下さいって」

 

遮ったのはα2――この部隊で一番の苦労人であるジェイソンだった。

 

「退けα2!ロシア人が怒ったら怖いと言う事を骨の髄まで――」

「喧しいわっ!」

 

(全く、何でこんな時ばかり私が……!!)

 

普段のアーロンの素行は至って普通だが、こと身内やそれに近しい人物に関する事柄には異常な行動力を示す事を知っているジェイソンは心の中で己の不幸を叫びながらアーロンを羽交い締めにする。対するアーロンは振り払おうとしたが、少しして無駄だと判断したのかすんなりと大人しくなった。

 

「……もう行かん。離せ」

 

ジェイソンは抵抗の意思は無いと認めて溜め息をつきながら開放した。

 

「全く……只のナンパぐらいよくあることでしょうが。彼女はとても魅力がある。私だって若い頃だったら絶対に声を掛けてますよ……一番はウチの家内ですけどね」

 

ジェイソンがそう言った瞬間、一斉に死ねと言う返答が返って来る。だが、発言した当人であるジェイソンは眉一つ動かさずに軽く流して次の言葉を紡ぐ。

 

「それで、無事王子様は合流できましたし、このまま予定通りに?」

「あぁ、α5が直接の護衛に、残りは不穏分子を片付ける」

 

α5――伊藤は純粋な日本人。今回の様な任務ではうってつけの男である。尚、この作戦を彼等――ATWMTが任務を遂行するにあたり、楯無を含めた更識家の者以外にエメリーの護衛も最低限の人員を残して参加するのが事前に伝えられている。よって今現在この駅前の街には10名以上のPASOGの隊員達が活動していることになるのだ。

 

「了解……そう言えば一つ」

「どうした?」

「6月末にお偉いさんが来るせいで仕事が増えたのは置いておいて、女性権利団体は随分と静かですね?彼女達も比較的穏やかだとは言え、同じく活動が活発になる筈なんですが」

 

ジェイソンは流石に絡まれたら余程の事態にならなければ此方から手を出しにくいと主張する。彼の言い分は確かに正しい。余程の事が無い限りとは言え、彼等とて話を下手に大きくする訳にいかない事情があるのだから。しかも相手が女性権利団体となれば彼等にとって最も厄介な存在であり、彼女等の動向は気になるのが当然と言えよう。

 

ISが世に出回って10年。

 

この10年で世の中は大きく変わった。だがしかし、本来であれば革新的なモノが世に出回ったとしても此処まで急に、そして大きく変わる事はない。何事にも順序があるのだ。受け入れる為の準備期間と言い換えてもいい。それが例え意図的に全世界に見せつける様なデモンストレーションがあったとしても、だ。

 

しかし、それは通常であれば、の話である。

 

そう、ISを絶対の象徴にし、世に女尊男卑の思想を広げたのは人為的な操作があったからなのである。その張本人の一人とも言えるのが正に件の女性権利団体。彼女らは日々女性の更なる優遇措置を主張しており、各国の政治家、または財界の著名人等が一同にして集まる6月末の大会で行動を起こさない訳が無いのだ。

 

「あぁ……それについてだが、何も問題は無い」

「問題無い?」

「……HQ,此方α1、秘匿事項A-9について発言の許可を求める。もうそろそろ他の者達にも通達可能な情報だと聞いているのだが……構わんか?上に掛け合って最終確認をして欲しい」

 

HQ――マリウスから少し待て、と短く答えが返り、5~6分の間を置いた。

 

《此方HQ,先程上層部の連中に確認をとった所、許可が出た。この際だ、全員が聞こえる様にしておく――各員、秘匿回線に変更し、緊急の場合のみを除き、任務を遂行しつつ傾聴せよ》

 

ATWMTとエメリーの護衛メンバー全員が了解の意を示した。

 

「秘匿事項A―9、まぁ、これは女性権利団体に関する情報だ。詳しい話は省くが、端的に言えば既に我々川崎は女性権利団体上層部全員の詳細情報を把握し、身柄を抑えている――要はあのあばずれ共のトップとそれに連なる主だった幹部連中は既に社長によって傀儡にされている、と言う事だ」

 

女性権利団体は手駒。

 

隣で直接聞いていたジェイソンは目を見開き、通信機越しにも何人かが息を呑む気配が伝わって来た。だが、それも当然だろう。今まで目の敵の存在だった女性権利団体が、その実、社長――川崎五十六の手によって既に都合の良い手駒となっていたのだから。

 

「目的は亡国機業と繋がる政治家、軍人等に対する布石の一つだ。まぁ、これほど適任の存在は他には無いだろう。なんせ、公の場で堂々と動ける連中だからな。潰すには勿体無い、と言う事だ。尚、女性権利団体が急速に大きくなり始めた9年前からこの作戦は遂行されており、完全に把握したのが1年前で現在に至る」

 

古今東西、既得権益に群がる連中がどの様な存在であるのかは周知の事実。ただ時と場合によって彼等、そして彼女等の取る手法が異なるだけであり、目的だけは決して変わる事はない。それ故に非常に狡猾で厄介な存在ではあるが、一度付け込む事ができれば何処までも利用しやすい存在だ。栄華を極めていた国が腐敗し、衰退していく原因を見れば良く解るだろう。そしてそんな者共を逆に食い物にするのが川崎――引いてはPASOGであり、そのPASOGを掌握する五十六なのである。

 

無論、それ相応のリスクは伴う。狡猾故に首輪を付け続ける事は出来ない。弱みを握られたら全てを失うのだ。だからこそ対応は常に細心の注意を払っており、今まで秘匿されていたのだから。

 

秘匿しなくなったのはリスクが大きく、そして得られるリターンが少なくなった時、確実に排除できる用意ができたからこその判断。彼等は、そして五十六は、目的の為なら手段は厭わないのだ。

 

「よって、女性権利団体は我々の都合の良い手駒となっている。だが、仲間ではない。奴らの根底にあるのは女尊男卑だからな。その事を頭に叩き込み、各員は任務を遂行せよ――以上」

 

アーロンの声に、一斉に返答が返った。

 

「……驚きましたね」

「この状態に持って行くだけに決して少ない者達が犠牲になった……解るだろう?」

「亡国機業、ですか」

「そうだ。連中も同じ事を考えていた。それ故、過去に何度も衝突があった」

 

まるでつい昨日の様な出来事だ、とアーロンは語る。

 

「随分と詳しいですね」

「あぁ、女性権利団体の一件は私も関わっていたからな。因みに私は今から15年前――PASOGが正式に発足する前から社長に付き従っている。まぁ、お前達が集まるまではこき使われた記憶しかないがな」

 

アーロンは目を細めながら過去を思い出していた。

 

あの時からもう15年も経ったのか、と。

 

「……最初期のメンバーですか。では、どの様な理由で経緯でここに?」

 

補足だが、五十六が率いる『PASOG』と言う名の部隊はISが登場し、多くの軍人を取り込んだ時に命名された名であり、それ以前は『社長の子飼い』と呼ばれていた。

 

「言えんな。少し事情が込み入っていてな……ふむ、少し話が過ぎたな。徐々仕事に戻るぞ。せめてこのひと時ぐらい、天枷が心置きなくデートを満喫できる様に全力で排除する」

「随分と気になる事を……了解、任務に戻ります」

 

そしてアーロンとジェイソンは商業ビルの屋上を後にした。

 

 

 

 

――アクセサリーショップ――

 

(トラブルには事欠かない、か)

 

私は簪と店内を散策しながら自分の発言を思い出す。

 

確かに、普段の私は時間に余裕を持って行動できる様にしているのだが、今回はエメリーさんに服を選んでその余裕もなくなり、ギリギリになってしまった。

 

そうしたらどうだ?

 

駆け足で待ち合わせ場所に向かったら、簪が見知らぬ男二人組に話し掛けられて必死に何かを言おうとて、しかし何も言え無いでいたのだ。挙句、茶髪の男に手を――袖余りの服で隠れているとは言え、怪我をした手を掴まれ様としていた。その時は何とか間に合ったから良いが……思い返せば思い返す程忌々しい。

 

(……酷いな)

 

あの二人組に、そして私に対してもだ。あの二人組に対しては最早何も言う事は無い。次に出会ったら簪を騙したことを加味して叩き潰してやりたい程の怒りを感じているからだ。

 

問題は私。

 

私はどうにも怒りやすく、そして嫉妬しやすいらしい。怒りはこの際置いておくが、嫉妬しやすいと言う事は初めて気付いた事実だ。同性と言えば一夏が真っ先に思い浮かぶが、しかし嫉妬の対象にならない。何故なら一夏は鈍感であり、奴を好いているセシリア達が居るからこそ、何も感じる事はないからだ。

 

だが、それは男子生徒が私と一夏しないIS学園だからこそ通じる話。

 

当然、IS学園から出れば普通に男は居る。そして彼女達はとても魅力的のだから、話し掛けるのも普通だろう。これは女尊男卑云々に関係なく、男であればお近づきになりたいと殆どの者が感じるからだ。現に、あの二人組もそうだったのだから。

 

『私だけを見て欲しい。私以外を見ないでくれ』

 

自覚した時、この嫉妬心を隠したいと思った。

 

私は、その醜さ故に器量の狭い人間だと思われたくなかったから、自分でもおかしいと解っていたから、他人に求めて、しかし自分がそうではないからだ。そして隠そうとする時点で醜くて、そんな自分に嫌悪していた。

 

今、こうして平静を装っているのはただの見栄。

 

簪と居れるのは嬉しい。普段は中々この様な場所に来れないのだろう、視線を向ければ、店内にある品物に簪が女の子らしく目を輝かせているのだから。その様子は実に微笑ましくて、自然と私も笑顔になってしまう。だが、それとは別にこの身で燻る嫉妬心がどうしようもなく、気持ち悪かった。

 

「次は……あっちに行きたい」

 

そう言って簪は小さな力で腕を引っ張てくる。

 

……徐々考えるのも止めよう。いい加減、自己嫌悪に浸ってこの時間を無駄にするのは損だ。それに、簪がこんなに嬉しそうにしているのに、私だけ何時までも引きずっている訳にもいかない。

 

私は解った、と返して簪に道案内を任せる。そしてたどり着いたのが女性向けのパンクファッション――つまり、女性らしさを残しつつ格好良い女性を演出する為の装飾品が売っているコーナーだった。

 

私はそれを見て少し反応に困った。

 

趣味や興味を否定する訳ではないが、何と言うか、簪にその手の全くイメージが沸かないのだ。しかも、パンクファッションにはあまり良いイメージを抱いてないから尚更だ。

 

「お客様、何かお求めですか?」

 

現れたのは女性店員。

 

「その、どんなのがあるのかなって思って」

「それはそれは。丁度お客様にお似合いのがありますよ?」

 

あるのか、と思わず聞き返しそうになったのは私だけだろうか?

 

「――此方になります」

 

店員の誘導に従って辿り着いたのは様々なデザインが有る――

 

「首輪か」

 

ペットにつけるのと同じ。

 

「チョーカー、だよ」

 

どっちも変わらん。

 

「それではごゆっくり」

 

店員はそう言って去った。

 

そして店員が去った後に簪は興味津々、といった具合に手にとって物色し始めていた。一方の私と言えば、元々場違いであるが故に簪の様子を眺めているだけしか出来なかった。

 

(しかし、首輪、いや、チョーカーか……ふむ)

 

前世の頃は昭和の残り香が色濃くの残る時代だった。男は仕事、女は家庭、と言う発想が未だ根強く残っていた頃である。当然、ファッションの流行も今から見ればかなり古めかしいし、派手では派手でも方向性が違った。そして様々なチョーカーを見て真っ先に思い浮かぶのがやはり犬や猫に使う首輪だ。先程も言った通り、そのまま犬や猫に与えても全く違和感が無いのだ。寧ろ、そう言う風に狙っているのだろうか?

 

……。

 

実に、馬鹿馬鹿しい。

 

(いや、だが……少しだけ、見てみたい……様な気がする)

 

馬鹿馬鹿しい、とすぐに否定したものの、中々どうして、店員が簪に似合う物があると言った理由もよくよく考えたら頷けるものがあったからだ。

 

簪は小動物の様な雰囲気を持っている。

 

この事実があるからこそ、簪がチョーカーを付けたら似合うかもしれない。無論、チョーカーを付けずとも充分魅力はあるのだが……とにかく、私はチョーカーを付けた姿を見てみたいのだ。しかし、口に出して言えそうにない。言ってしまったら流石に引かれてしまう。だから、指を咥えて見ているだけ。

 

「……あ」

 

簪が一つの首輪を手に取り、声を上げていた。

 

「む、どうした?」

「っ!?な、何でもない……これを、買いたいと思った、だけ」

 

そう言って差し出してくれたのが二つの黒い帯と銀色のメダルの様なモノで構成されている首輪。

 

私はパンクファッション故に、簪が身につけた姿を見たいと思っていても少しだけ警戒してしまった。だが、どうやら杞憂だった様だ。意外にも落ち着いたデザインで、付けたら良く似合うと思う。

 

「そうか。しかし、何故声をあげ「な、何でもないから!」……解った」

 

そうやって隠されると余計に気になるのだが。

 

「じゃ、じゃぁ、お会計してくるから此処で待ってて」

 

簪はそう言って小走りにレジの方へ行ってしまった。

 

私は少し呆気に取られながらも、取り敢えず言う通りにして先程簪が見ていた陳列棚の所を見てみる事にした。だがしかし、特に奇抜なモノがある訳でもなく、そして声を上げる様なモノも無かった。実際に手にとっても解らない。本当に、簪は何を見つけて即決だったのだろうか?

 

少し時間を潰した後、簪が戻ってきた。

 

「……その、お願いが、ある」

「何だ?」

「こ、このチョーカーを、付けて、欲しい……だ、だめ?」

 

簪は顔を真っ赤にしながら先程買ったチョーカーを差し出してお願いしてきた。

 

私は差し出されたチョーカーを見てみると、フックは留めやすいカニカンで、その気になれば一人で留めれるものであると解った。勿論、今の簪ではその作業は酷であるは承知している。お願いしてくるのはある意味で当然なのかもしれない。

 

「それは……私でなければ、駄目なのか?」

 

私が付けて、いいのだろうか?

 

言葉とは真逆の本音。

 

私は本音を悟られぬ様、つい確認をとってしまう。

 

「……うん」

 

簪が頷いたのを確認した私は、差し出されたチョーカーを受け取り、正面に捉える様に向き直る。そして改めて正面に立った時、私の心の中に不思議な感覚が湧いてきた。

 

――この渡された首輪を、チョーカーを着けたら、簪が私のモノになる。

 

今の私には、チョーカーつける行為がそんな風に思えてしまい、頭ではそれを否定しようと思っていても、心の中の何処かで受け入れて、そして歓喜していた。

 

この感覚を、一体何と呼べば良いのだろうか?

 

(……あぁ、そうか)

 

思い当たるモノがある。これは、背徳感というものだろう。

 

顔を真っ赤にしながら私を見つめる簪。

 

羞恥心にみまわれても尚、今か今かと期待している様に待ち続けるその姿はとても扇情的に見えて、心の奥底から情欲が湧き上がってきた。このまま抱き締めて耳元で愛を囁き、僅かに開いているその唇を貪って私だけのものにしたいと、そう思ってしまう。

 

(ッ……落ち着け)

 

一人相撲をしている場合ではない。

 

私は暴れ狂う心を宥める為に深呼吸を一つしてチョーカーを広げ、ゆっくりと首元に持って行く。同時に身長差があるために膝を僅かに折ってより付けやすい体勢を取った。しかし、膝を折るという事は同時に簪にも顔を近付ける事であり、自然と至近距離で見つめ合う事になった。

 

思わずごくり、と生唾を飲み込んでしまう。

 

「……あっ」

 

首元に僅かに触れた時、簪はビクン、と肩を強ばらせた。同時に声を出してしまったのが恥ずかしかったのか、赤らめた顔を更に赤く染め、目を固く瞑った。

 

心臓に悪い。

 

(……早く終わらせなければ)

 

私はそう思いながら何とか邪念を振り払い、作業に集中する。そしてどうにかこうにかチョーカーを留める事に成功し、素早く距離をとって未だに目を瞑り続ける簪に終わった事を伝えた。

 

「あ、ありがとう。その……に、似合う、かな?」

 

身に付けたチョーカーをそっとなぞりながら簪は不安げな声で私に問う。

 

本当に、心臓に悪い。

 

「よく、似合っている」

 

私がそう言うと、簪は小さな声で良かった、と呟き、淡くはにかんだ。

 

……正直に言えばこの台詞を言うのでいっぱいいっぱいだった。さっきから頬が熱いし、さっきから私の意思を無視して暴れる心臓が痛かった。

 

「では、次の場所に行こうか」

「……時計?」

 

何処か不満そうな声で問う簪の顔には、時計を買ったら、もう別の店に行くのか?と書いてあった。どうやらこの店が気に入ったらしく、まだ出たくないらしい。

 

「それもある。だが、別にそれだけでなくても良いだろう?そうだな――」

 

服飾は当然。ではそれ以上に何か無いかと言えば……ふむ。

 

「例えば、眼鏡とかだな」

「眼鏡?」

「あぁ。簪が今付けているのはディスプレイ用のものだろう?壊れたら困らないか?」

 

今にして思えば、よく眼鏡が壊れなかったと思う。仮に壊れたとしても私が今貸している空中投影型ディスプレイで代用はできたが、やはりモノは大切に扱うべきだ。次いでにお洒落もできるのだから、一石二鳥だ。

 

「そう、だね」

 

納得してくれたか。

 

「お昼までかかっても構わないから、ゆっくり見てまわろう。私だって欲しいモノはある……かもしれないし、その時は簪にも選ぶのを手伝って欲しいからな」

 

ゆっくり見てまわろう、と言うのは自分に対する言い聞かせでもある。先程は勝手に一人相撲をして暴走しかけたが、大丈夫。もう独りよがりを押し付けようとは思わない。だから――

 

「……うん!」

 

だから、楽しもう。今度は簪と一緒に私も楽しみたい。

 

そして私は簪と一緒に眼鏡を選んだり、勿論、本来の目的である時計を買ったり、その他服飾を見て回ったりした。特に眼鏡を選んだ時は少々熱が入りすぎて簪に少し引かれたり、逆に簪が私に変なサングラスを渡してきたりと、お互いに意外な部分を晒して笑いあったのは良い思い出だ。

 

あぁそうだとも。

 

私は只々簪と共に過ごせる事を純粋に楽しんでいた―――

 




二週間ぶりの投稿。読了お疲れ様でした。

今回はピュアなデートじゃなかったですね、はい。
最近のナンパは頭脳戦の様です(すっとぼけ)
主人公は少々支配願望がある様な?チョーカーを付けた簪に興奮していましたね。
性癖も少し明らかになりましたね。

……お互い好感度マックスだから一歩間違えると酷い事になりそうです。
R-18な展開になったらどうしよう。ま、いいか(適当)

アーロンは重要人物のひとり。ほんの少しだけ過去に触れました。
今後は裏と絡めて進めていきたいです。

それでは次回もお楽しみに!できる限り早く投稿できる様にします。

※追記※

お気に入り1000件突破&UA100000突破ありがとうございます!
今後も精進していきますので、お付き合い下さい!



――補足的な――

・女性権利団体
正直これの扱いをどうしようか迷ってました。
噛ませ犬にしようかと考えましたが、思い切って手駒にしてみました。
ちょくちょく名前は出すつもりです。

――おまけ――


【挿絵表示】


簪ちゃんマジ天使。異論は認めない。

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