ーInfinite Stratosー~Fill me your colors~   作:ecm

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第四十一話:疾きこと島風の如く

――第三整備室――

 

川崎の技術班達がパーツ状で運んできた不知火を組み立てている最中、私は主任に対して自分の主観による今回の一件の経緯を説明していた。

 

尚、廊下を移動中にアーロンさんも合流し、彼は彼でIS学園側の職員として第三整備室に運び込まれた不知火のパーツや武装の検品を作業員と協同で行っている。

 

「――報告はこれで以上です」

 

――完了しました

 

そうか。

 

「ふーむ、やっぱり興味深いねぇ……よし、じゃぁレポートの提出をお願いするよ。これから忙しくなるけどさ、できる限り早めに頼むよ」

「いえ、今すぐ提出は可能です」

「ほむ?どうしてだい?」

 

主任は首を傾げた。

 

「古鷹と雪風に先程話したのと当時の出来事を記録したデータを報告中に纏めさせていたので、今すぐ出せる状態になっています」

 

もう一つ手品を明かせば、私も思考加速を行って齟齬が無いかどうかを確認している。と言っても、元々この一件は古鷹と何度も話し合っていたのだ。

 

そう、自分の状態と古鷹の状態の変化に具体的な変化があったのかを事細かくだ。

 

理由としては単一仕様能力――『Color me』の発動に至るまでの最低限度を満たす基準、抜け穴が無いかどうか、発動による身体への影響はどうかが挙げられる。

 

「便利だねぇ。正に君達だからできる訳だ。ま、後でじっくりと読ませて貰うよ」

「それと、もう一つ渡す物があります」

「君の制作した武装の設計図、だね?聞いてるよ」

「……そうです。そして、申し訳ございませんでした」

 

私は頭を下げた。

 

古鷹に言われ、気付いた――否、思い出したのだ。

 

当たり前の筈なのに、知っていた筈なのに、ただ役に立ちたいと考えて、ただそれだけで彼等が必死に積み上げた実績を盗用してしまったのだ。古鷹は主任が気にしていない、と言っていた。そして確認を取らずにデータを提供した自らの非を謝罪してきた。だが、実行したのは私だ。故に、責任は私にもある。

 

「ま、いいさ。恋は盲目になるものだからねぇ。だからって許す理由にはならないけどね。でもそれはあくまでも一般論。私は『作品』さえ作ってくれればちゃんと認めてあげるさ」

 

身内の中で済んだし、ネチネチ言うつもりは無いさ、と主任は付け足した。

 

「……ありがとうございます」

「礼を言うのは未だ早いねぇ。ほら、君の作品を見せておくれ」

 

私は頷き、予め用意していた設計図入りの端末を主任に手渡した。そして主任は設計図を閲覧しながら時折質問を投げかけてきたので、それに答えていった。

 

「ふむ、纏めるとプラズマ炸薬を使える様にしたんだね。加えて携行弾数もそれなりで反動抑制もしっかりしてるし製造も容易……椿君は専用武装にしようとは考えていなかったんだね?」

「はい。量産を考えていました」

 

取り扱いが容易であれば訓練の時間も省略できる。それに、この106㎜プラズマ炸薬式対応型無反動砲はできる限り既存の生産ラインでも製造できる様にしているので、弾と専用部品以外は入手しやすいのだ。

 

「うん、ちょっと粗は目立つけど、ちゃんとした『作品』にはなってるね。まぁ、私個人で言えば面白みに欠けるけど……うん、これなら充分叢雲用の分隊支援火器にも使えるね。あの連中も気に入るんじゃないかな?」

 

叢雲……実物は見たことが無いが、試作のパワードスーツと聞いている。その分隊支援火器としても使えるのであれば、上手くいったと言えるだろうか?

 

「それでは……」

「うん、合格だね。他の開発部が作ってるのとトライアルで競う事になるけど、これなら正式採用も望めるね。仮に採用されなくても少数生産は確実だ」

 

合格。

 

その単語を聞いて、私は肩の荷が降りた様な気がした。

 

「ふっふっふー実に嬉しそうじゃないか。まぁ、細かい所は手が空いてる部下に命令出して調整してあげるよ。この設計なら生産もすぐにできるから……そうだね、一週間ぐらいで完成品は届けれると思うよ。それを彼女にプレゼントすれば良い」

 

あ、もう一つ言い忘れてたよ、と主任は言葉を続ける。

 

「良く頑張ったね」

「ありがとうございます……!!」

「いやぁ、部下を褒めるのは上司の仕事だからねぇ。でも、今度は勝手にデータを使っちゃダメだよ?ちゃんと申請したら、考慮した上で許可出すからさ」

「……ありがとうございます」

 

そして私は、もう一度謝罪の言葉を述べ、深く頭を下げた。

 

私の作った武装を認めてくれた事に対する感謝と、甘えてしまった事による己の不甲斐無さ。そして何よりも申し訳無さが複雑に絡み合った気持ちを抱きながら。

 

「あぁそれと、雪風の扱いだけど、君に一任するよ。今回の報酬だ。で、その代わりと言ってはなんだけどさ、定期的にデータの提出だけはしておくれ。サンプルデータは欲しいしからね」

 

私はそれに対して了解の意を示し、懐にしまった雪風のコアを服越しにそっと触れた。

 

(改めてよろしく頼む)

 

そう伝えると、僅かに雪風のコアが震えた様な気がした。

 

「機体の方は……そうだね、不知火をそのまま使うといいよ。流石に今はISの新規開発には余力が割けないから、応急処置ってことでね」

「解りました」

「――さて!じゃぁこれで報告は終了!そして心機一転!第一回!チキチキ!椿君質問攻めタイム入りまーすっ!!者共ッ!鬨を上げぇいっ!!」

 

「「「いぇえやぁあああああああっ!!」」」

 

「っ!?」

 

主任の宣言といきなりの歓声に私は驚いた。

 

いきなりすぎる。

 

周りを見渡せば不知火は既に組み上がっており、仕事が終わって屯していた作業員達が諸手を挙げて主任の宣言に嬉々とした表情を浮かべていた。

 

「なに、を……?」

「いやぁ、私はお咎め無しにしたいと思ったけど、やっぱりそれだと周りに示しがつかないよねぇ?だから罰ゲー……うぉっほん!今更だけど、懇親会を兼ねて君は今から私達がする事に絶対答える様に。いいね?」

 

うっ、と詰まりながら助けを求めて視線を左右に巡らすが――視界に映るのは先輩である作業員達とアーロンさんのニヤけた笑顔だけだった。

 

と言うか、アーロンさん、貴方もか。

 

『主任!私も参加させていただきますよっ!』

「よろしい!君も参加したまえ」

「なっ!?古鷹、貴様ッ!?」

『あーそうそう、雪風も承諾しましたよ?たのしみ、と伝言を預かってます』

 

買収されただと……っ!!

 

「古鷹、雪風の事は――」

「大丈夫。此処に居るのは皆私の信頼する部下達だよ。問題ナッシング」

「そう、ですか」

「それじゃぁ早速質問行ってみようか!ある人挙手!」

 

そして皆、一斉に挙手をする。

 

「じゃぁアーロン君!いってみようか!」

「ククク……天枷、早速だがお前が好きな女を教えて貰おうか。勿論異性としてだ」

 

その質問に周りから黄色い歓声が上がる。

 

……いきなり、それか。

 

「……三人、です」

「人数ではなく、名前だ」

 

……あぁもう、やけくそだっ!!

 

私は思いっきり息を吸って声を高らかに宣言する。

 

「――私はっ!更識楯無がっ!更識簪がっ!布仏本音がっ!好きだっ!!」

 

この想いに決着をつけるは未だ先。

 

だが、好きだという気持ちに嘘偽りは無い。

 

そして私が大声で答えた瞬間、男性陣の野太い歓声と女性陣の甲高い歓声がユニゾンし、同時に割れんばかりの拍手喝采が沸き起こった。

 

――あぁもう、最悪だ。

 

今の私は顔がとても赤い。自分でもはっきりと解るぐらいなのだから相当だろう。動悸も激しいし、あまりにも恥ずかしくてまともな思考ができない。

 

だが、何故だろうか?

 

こんなに恥ずかしいのに、最悪だと思っているのに、自然と顔がニヤけてしまう。

 

あぁそうか、頭がイカれたからか。

 

「いいねぇ!いいねぇ!次逝ってみようか!」

 

矢継ぎ早に下される死刑宣告の如き指示。

 

いいだろう、ならばとことん付き合ってやる。

 

「……忘年会の時、覚悟してもらいます」

 

私の漏らした一言に全員が一瞬だけキョトンとしたが、直ぐに意地の悪い笑みを浮かべ、「受けて立つ」だの「かかってこい」だのと口々に言い返してきた。

 

あぁ、面白い。

 

後先考えずに馬鹿をやって楽しむのは、久しく忘れていたよ。

 

その後30分に渡って私のプロフィールや性癖が殆ど暴露されてしまったが、この短い様で、しかし長く感じられた時間は私が知る中でも最も充実した時間の一つであると言えた。

 

さぁ、やる気は充分。

 

午後も頑張るとしよう。

 

 

 

 

――第3アリーナ・ピット――

 

私は第三整備室での一件の後、大破した古鷹を作業員達に引渡し、古鷹を不知火に、そして雪風を拡張領域に収納してから主任と共に第二整備室へ戻った。そしてエメリーさんに準備完了を伝えてこの第3アリーナに来ている。

 

現在この場に居るのは楯無、簪、本音の3名+私。

 

虚は管制室に、エメリーさんは反対側のピットに居る。そして主任は第二整備室から出る時「ちょっとにフランスに行ってくる!」と言ってアーロンさんに道案を頼んで別れたので居ない。

 

何の目的でフランスに行くのだろうか、と思ったが、その嬉々とした表情に何となく触れてはいけない様な気配が漂ったので何も問わずに見送ったのだがな。

 

――真意は私も解りませんよ。予想は付きますが

 

そう、か。

 

――あぁそれと、主任から課題とその課題に必要な道具を受け取っています。既に部屋に運び込まれている手筈となっているので、後ほど確かめてください

 

了解した。

 

「……しかし、人が多く集まったな」

 

第3アリーナは現在満席である。

 

「見るだけでも、勉強になる」

 

確かにそうかもしれん。

 

そもそもの経緯なのだが、私が第三整備室に居る時に第二整備室でエメリーさんが午後に私と一戦交える、と話していたそうなのだ。そして聞いたメンバーの一人、もとい黛が許可を貰ってからその情報を拡散、結果的に多くの人間が集まった、との事らしい。

 

そして人が集まった理由としては実力者であり、この学園の先輩でもあるエメリーさんの機体やその動きを見たいからなのだろう。簪もまた後学の為に作業を止めてこの場に来た一人だからな。

 

「肩透かしにならない様、できる限り食い下がるとしようか」

「あら、そこは勝つ!って言わないの?」

 

そう言いたいのは山々なのだがな。

 

「言わんよ。まぁ、全力で挑むのだけは確かだが……少し、離れてくれ」

 

私は三人が離れたのを確認してから、不知火を展開する。

 

「あら、前と頭の形状が違うわね」

「あぁ、開発部の方で威圧感を出す為、と言う理由でフレームを新規に作ったらしい」

 

私が今纏っている不知火は以前の不知火と変わらぬ鎧武者の形であるが、楯無が言う通り頭部が違っている。以前は如何にも機械然としていたのだが、今はデュアルアイの仕様となっている。

 

因みに性能差は無い。あくまでも視覚効果の有無によって敵性戦力の戦意をどれだけ上下できるかの実験らしく、それ以上は手を加えていないそうなのだ。

 

「まぁ、反応を見る限りは失敗かもしれん」

「格好良いもんねぇ~。かんちゃんもそう思うでしょ~?」

「……うん。格好良い」

「まぁ、確かにな」

 

私もなかなか良いと思っている。

 

(……ふむ)

 

考えて見たが、もしかしたら戦闘中に真価を発揮するのかもしれないな。最も、その場合は私自身の実力も必要となるだろうし、効果を検証するにはかなり曖昧なものになるかもしれんがな。

 

「さて、もっと離れてくれ。徐々時間だ」

 

そう言って私は出撃態勢に移るが――

 

「椿!」

 

楯無が私の名を呼んだので振り向く。

 

「「「頑張って!」」」

 

―――。

 

振り向いた先にあったのは、三人の笑顔と声援。

 

「あぁ、行ってくる……!!」

 

私は彼女達の声援に強く返し、安全な所まで離れた所でピットからアリーナへ躍り出た。

 

――いいもんですなぁ。では、私も微力ながら応援しますよ

 

――ゆきかぜも、おうえん、する

 

(……そうか)

 

ありがたい、と素直にそう思える。今なら観客席からの歓声も視線も、その何もかもが気にならない。今の私なら、最高のパフォーマンスを発揮できる筈だ。

 

私はそんな事を思いながら既に待機していたエメリーさんの正面に立ち、不知火から送り込まれてくるエメリーさんの駆る機体――『島風』のデータを読み取る。

 

エメリーさんの機体は機動特化型。

 

元々のベースが不知火であり、極限まで装甲を薄くし、鋭角化。推進機器を至るところに増設している。特徴的なのは二本のセンサーマストと、島風独自の腕部のナイフシース。他にもその背には回転体――ドーナツの形をした非固定浮游型ユニットがある。

 

PIC強化装置『月輪』

 

文字通りPICの性能を強化する装置である。聞けば主任達はPICを模倣した時に生まれた産物らしい。そして単純に強化するだけでなく、幾つかの副産物もあるらしいのだが、生憎私は知らない。もし注意するべき点があるとしたら、やはりこの副産物なのだろう。

 

「椿君、用意はできましたネー?」

「えぇ、お陰様でやる気は十分です」

「それじゃぁギャラリーの皆さんには申し訳ないけど、先ずは準備運動してきて下さーい」

 

その時にも課題は出す、とエメリーさんは付け足す。

 

……そうだったな。正直、この申し出はありがたい。何故なら機体を乗り変えたせいで違和感があるからだ。以前ほどの酷さは無いのだが……やはりタイプが異なると認識のズレがあるのは否めない。

 

――まぁ、私はそれ程でもありません。寧ろ、あっちよりかは馴染みやすい

 

(と言うと?)

 

――おや、もうお忘れですか?私は白騎士のデットコピーですよ?防御型よりも機動型の方が適性があるに決まってるじゃないですか。実際、現在製作中の機体も機動力を念頭に置いた万能機です。だからこそ今回Ms.エメリーが貴方に機動訓練を施しに来たのですよ

 

成程、一理ある。だがな。

 

――解っていますよ。ただ事実を述べただけす。それだけで私のアイデンティティが揺らぐ訳がありません。私は古鷹。貴方から貰った私の、私だけの名前。それ以上も以下もありませんよ

 

そもそも、私は姉上を模倣しようと思った事はありませんから、と古鷹は付け足す。

 

(……そうか)

 

――そう言うもんです。雪風もそうでしょう?

 

――そう。ゆきかぜ、つばきのもの。だれにも、ゆずらない

 

……反応に困るな。

 

――問題発言どうもありがとうございました

 

「さぁ椿君!今から指定したルートを基準値以内の速度±10以内でお願いシマース!」

 

そう言って私の視界には仮想ルートとルートごとの基準速度が表示される。

 

「……中々、厳しい」

「当然デース!粗探しは徹底的にシマース」

 

まぁ、元よりそのつもりだ。

 

私は加速の態勢に入り、エメリーさんの合図で飛ぶ。そして何度か基準速度をオーバーしたり下回ったりしたが、どうにかコースアウトするのだけは防ぎ、10分程で準備運動を終えた。

 

「……どうです?」

「それは正式に始める時に伝えマース。今は何も考えず、全力で挑んでくるネ」

「元より、そのつもりです」

 

私がそう伝えると、エメリーさんは唐突に後ろを振り返り、オープンチャンネルに切り替えて当初より多少熱が冷めた様に眺める観客達に向けて宣言をした。

 

「さぁ皆さーん!お待ちかねの時間デース!これから私の実力、見せてあげるネー!!」

『ワァアアアアッ!!』

 

その宣言に再び熱を取り戻すギャラリー。

 

「さぁ椿君!Are you ready?」

「I'm ready……!!」

 

武装展開

 

R:七十七式汎用突撃銃

L:九十式短機関銃

 

今現在不知火に積まれている武装はこの二種類の飛び道具+零式戦術長刀のみ。後は私個人の裁量で学園にある物を使え、と指示が来ているのだ。

 

「椿君、格好良いヨッ!!」

「……ここにきて茶化さないでください」

 

エメリーさんは私をからかう様な口調でそう言いながら左腕のナイフシースから九十式戦術短刀を取り出し、右手には銃――九十二式空間圧砲を呼び出す。

 

……空間圧砲。つまり鈴の甲龍が持つ龍咆と同じ。何とも厄介な。だがしかし……!!

 

開始の宣言をするブザー音。

 

「ッ!!」

 

開幕と同時に汎用突撃銃を格納し、二重瞬時加速(ダブル・イグニッションブースト)を発動。

 

正直に言えば初撃は確実に捉えたいと思っていた。故に私は予め設定して置いた二重瞬時加速を発動し、エメリーさんの駆る島風を抑えようと画策したのだ。

 

仮にも不知火は高機動型。島風にこそ劣るが、肩部非固定型スラスター二基と背部メインブースター、腰部ブースター二基より生み出される速さは確かなものである。

 

「わぁーお」

「ッ!」

 

読まれた。

 

初手の射撃に対して回避機動を取ると私は予想したのだが、見積もりが甘かった。そう、エメリーさんは私の動きを予想していたかの如く開幕と同時に瞬時加速を使っての垂直降下で避けてみせたのだ。

 

私は急いで汎用突撃銃を呼び出し、腰だめで短機関銃と共に弾幕を張りながら死角を無くすべく壁際へと後退、同時素早く高度を下げる。

 

最初からジリ貧だが、あの機動力の前にして空中で戦うよりはマシな筈だ。

 

しかし私の張る弾幕はエメリーさんのまるで踊っているかの様な機動によって避けられる。私は内心、やはりか、と思いながらお返しとばかりに撃ってくる空間圧砲を射線を読んで最小限の被弾に抑え、射撃のリズムを変えて応戦する。しかし、どんなに射撃のリズムを変えようがエメリーさんは着実に避け、彼我の距離を徐々に詰められていった。

 

古鷹であればここでStrikerを選んで距離を詰められぬ様に牽制射もできるのだが、と思わずにはいられない。普段はそれぞれの距離に対応した武装があったが故に、ないものねだりをしてしまう。

 

「椿君!もっと積極的に攻めるネー!」

 

まるで挑発するかの様に月面宙返りをしながらの曲芸撃ち。

 

当たりこそしなかったが、手前の地面が抉られ、その拍子で舞い上がった砂埃に一瞬だけ視界を遮られて狙いが逸れ、お陰で曲芸撃ち中のエメリーさんに当てる事が出来無かった。

 

「解っています……!!」

 

私は内心舌打ちをしながら短く返し、再び撃ち合いになったところで私は流れを変えるために次の動作を考えた。

 

――離脱し、機動戦に移るべきか

 

――突撃し、近接戦を仕掛けるかべきか

 

前者は挑戦し、粗探しをしてもらうのであれば一考の余地はある。だが、それは後の訓練でもできる事だ。今は全力で勝ちをもぎ取りに行く。であれば後者を採るべきだろう。

 

(……近接戦か)

 

能力を過信する訳ではないが、可能性は僅かでもある筈だ。

 

方針を決め、然るべきタイミングが訪れるまで射撃を続行。そしてエメリーさんに距離を詰められ、ある程度の距離になったところで私は汎用突撃銃をしまい、零式戦術長刀を呼び出して突撃。

 

「Come'on!!」

 

待ってましたとでも言わんばかりの声。

 

私はその期待に応えるべく、戦術長刀を腰だめに構える。

 

「っ!!」

 

片手による刺突。

 

思考加速を行い、回避機動をとるエメリーさんの中心に吸い込まれていく様に軌跡を修正するイメージを固める。そして思考加速を解除同時にイメージ通りに戦術長刀を突き出す。同時にできる限りダメージを与える為に短機関銃の引き金を引いて――いないっ!?

 

嫌な予感がし、急いで背後へ振り向きざまに斬撃を加えようとするが――

 

円陣瞬時加速(サークル・イグニッションブースト)

 

背後に居たエメリーさんのその一言と共に衝撃で吹き飛ばされた。

 

「グッ……」

 

素早く起き上がり、振り返る。

 

「椿君にはこの瞬時加速も覚えてもらいマース」

「左右どちらかから瞬時加速で背後に、ですか」

 

正確には半円陣なのだろうが……成程、有用だ。

 

「応用に螺旋瞬時加速(スパイラル・イグニッションブースト)があるネー」

「覚えておきます……ッ!」

 

私は戦術長刀を格納、突撃銃を呼びたして再度弾幕を張りながら距離を離しにかかる。

 

動きを予測、或いは誘導する様に撃つ。

 

そして周囲を把握しながら向けられた砲口から射線を読み、ギリギリのタイミングで凌ぎながら次の一手をどうするべきか思案する。

 

今は未だ多少の距離があるが、僅かずつ迫ってくるその姿は一種の焦燥感をつのらせた。

 

(何故ここまで当たらん……!!)

 

理由が解っていても思わず毒づいてしまう。

 

――当然でしょうな。Ms.エメリーが避けて来たのはMs.千歳の弾幕。当てるにはそれ相応のリスクを犯してでも確実に当てる方法を導き出しませんと

 

一か八か、か。

 

現状、私の射撃は時折まぐれ当たりかの様に掠りはしているのだが、有効打を全く与えられていない。対するエメリーさんは距離を詰めながら射撃をしている。これに対して私は幾つかが避けられずに被弾している。時が経てば経つ程状況が悪くなるのは明白だった。

 

(……やるか)

 

――おや、何か策でも?

 

(あぁ、そうだ)

 

今しがた思いついた。但し、決して策とは呼べんものだがな……!!

 

私は弾幕を張るのを止めて反転、そのまま空中へと踊りでる。

 

「お散歩なら付き合いマース」

 

エメリーさんはそう言って島風の持つ高い機動力を持って直ぐに追いついて来た。

 

そして同時に鳴り響く耳障りな警告音。

 

振り切る為に幾ら乱数機動を仕掛けてもぴったりと背後に張り付き、確実なサイティングを続けてくる。これが戦闘機同士の模擬戦ならロックされた時点で撃墜判定だが、生憎これはIS同士の戦闘である。

 

襲いかかる不可視の弾幕。

 

焦らず、背後を知覚しながら避ける。島風の機動力であれば簡単に追いつく筈なのだが、どうやら追いついて落とすつもりはないらしく、一定の距離を保っていた。恐らくエメリーさんはこの場合び回避機動の様子を見ようとしているのだろう。対する私は高い集中力を要求する高速機動と襲いかかる弾幕を凌ぐのに対し、頭では解っていても感情では積極的な攻撃を要求していた。

 

(本来なやるべきではないが……今だけはっ!)

 

私は依然として背後に張り付くエメリーさんへに対し、前傾姿勢のまま手を後ろに逸らし、手首を曲げて突撃銃と短機関銃で牽制射撃を行う。当然、無理矢理な姿勢故にリコイルをロクに抑える事もできずに出鱈目な弾幕を張ることとなった。

 

知覚する事で狙いは定めれても、こればかりはどうしようもない。そして結果は偶々直撃コースに入った数発の銃弾のお陰でエメリーさんに回避機動を取らせる事に成功した。

 

私はそれを確認したと同時に肩部非固定型スラスターと腰部ブースターを全開、一気に上昇する。

 

「待つネー♪」

 

エメリーさんも続いて上昇してきた。

 

(……ここでっ!)

 

反転瞬時加速(リバース・イグニッションブースト)

 

私は腰部ブースターを左右にあるそれぞれを前後に振り分け、一瞬で180度反転する。

 

(次っ!)

 

瞬時加速。

 

反転中の動作で突撃銃と短機関銃を収納し、変わりに戦術長刀を展開。反転が完了したと同時に肩部非固定型スラスターによる瞬時加速で垂直降下、同時に戦術長刀を振り下ろした。

 

私はこの動作を僅か1秒にも満たない時間でやってのけることができた。

 

「雄ォッ!!」

「ッ!!」

 

しかし、エメリーさんが恐るべき反応速度をもって戦術短刀をかざした事で防がれてしまった。だが、私にとって防がれるのは想定内。本命は押さえ込む事。そう、幾ら不意打ちの斬撃は防ぐ事はできても――

 

(突撃そのものまでは防ぐ事は出来まい……!!)

 

私は推力を全開にして地面に押さえつけるべく、戦術長刀を更に押し込んだ。

 

「……フッ!!」

 

このまま行ける、と思ったが、エメリーさんは焦らずに私が押し込んだ戦術長刀を浅く斬られる事を代償に流しきり、地面に叩きつける前に逃げられてしまった。

 

私は着地し、振り返ってエメリーさんを見上げる。

 

「正解はブレードをしまって組み付く、デース」

「……成程」

 

最後までつばぜり合いをせず、組み付くのも一つの手か。

 

「しっかし驚きましたネー」

 

驚いた、と言うのは反転瞬時加速からの瞬時加速だろう。

 

正直に言えば分の悪い賭けだった。古鷹ならば反転瞬時加速を成功できる様にはなったのだが、不知火では殆ど成功した事が無い。ましてやそこから瞬時加速など、古鷹でもやった事が無いのだ。酷いとしか言い様がない。

 

――ですが、一撃を与える事ができましたよ

 

確かにそうだ。だが、千歳さんが見たら折檻ものだろうな。今回こそ上手くいったが、そもそもこの動作をやるまでが雑だった。もう少し考えれば上手く出来た筈ができたのにと思わずにはいられないのだ。

 

「……未だ、確実にできせんよ」

 

しかし、防がれた以上、次の一手をどうするべきか……?

 

「土壇場で成功したならNo problem.直ぐにモノにできマース」

 

さて、とエメリーさんは言いながら先程防ぐのに使った戦術短刀と空間厚砲をしまう。

 

「大方実力は見させて貰ったネー。ここからは――」

 

私の戦い方を見せるネ。

 

その一言と共に先程とは比べ物にならない圧倒的な加速力を持って一瞬で彼我の距離を詰めてきた。

 

これが本来の島風か、と思いながら私はギリギリで反応する事に成功。戦術長刀を横薙に放つが――すくい上げる様に放たれたアッパーカットに戦術長刀の腹を叩かれ、あらぬ方向へ飛んでいった。

 

無手になる。

 

このまま徒手格闘に移るのかと思い、身構えたのだが、エメリーさんがそのままラガーマン顔負けのタックルを仕掛けてきた事により体勢を崩し、そしてそのまま組み付かれてしまった。

 

「私の戦場へお一人様ご招待デース!」

 

二重瞬時加速。

 

まともな抵抗が出来ぬままエメリーさんの戦場――空中へと放り出された。私は内心冷や汗をかきなが突撃銃と短機関銃を展開するが――

 

「行きますっ!!」

 

掛け声と共に突撃したエメリーさんと、ブースターが内蔵された超大型の突撃槍。

 

覚えは無いが、恐らくその突撃槍こそがエメリーさん本来の武装なのだろう。正確な大きさは解らないが、楯無の持つランスとは比較にならない程の大きさがある。恐らく前傾姿勢になればその突撃槍に身を隠す事もできるかもしれない。そしてこの一撃を受けてはいけなというのが半ば直感的にだが解った。

 

「ちぃっ!?」

 

私は悪態を付きながら弾幕を張る。

 

だが、エメリーさんはその全てを先程とは比べモノにもならないくらいの――一切の無駄を省いた、いっそ惚れ惚れするぐらいのキレのある機動をもって弾幕を避けてきた。

 

私はその機動に惑わされ、エメリーさんを突撃の態勢へ移らせてしまった。

 

「疾きこと島風の如く!!」

 

まずい、と思った瞬間に側面を取られた。

 

――個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッションブースト)ですか。よくもまぁ綺麗に決めてきますね

 

「はぁ!!」

 

突撃槍に内蔵されたブースターから漏れる白亜の光と共に迫る鋒先。

 

(……!!)

 

私は思考加速を行い、恐るべき速さで放たれた突きの到達地点を見極める。そして見極めたところで思考加速を解除し、右手に持った汎用突撃銃を盾にして且つ、勢いに逆らわずに流した。そして私は今度こそ動きを封ずるべく、突撃槍を掴もうとするが――

 

「甘いっ!」

 

甲高いブースター音と共に姿が消え――否、円陣瞬時加速で側面を取られ、今度は避けらずに土手っ腹に直撃、そのまま一気に押し込まれてしまった。

 

「かはっ……!!」

 

壁に激突し、肺の空気を殆ど持っていかれた。

 

激痛に悲鳴を上げる肉体。

 

霞む視界。

 

混濁する意識。

 

だが――

 

(未だ、戦える……!!)

 

たかだか一撃喰らっただけで何が満身創痍だ。痛み?我慢しろ。シールドエネルギーは未だ残っている。武装?知るか。無くても倒す方法はある。体当たりでもなんでもいい。私はもう――

 

「……負けたくは、ないっ!」

 

未だに押し込み続けている槍を掴み、全推進器を出力全開にして抵抗する。

 

「それでこそ男の子っ!!だけどっ!」

 

当然槍を格納され、勢い余った所で組み付かれ、再び空中へ放り投げられる。

 

そして甲高いブースター音。

 

濁った意識の中、最後に見た光景は――

 

「侵掠することぉ、バーニングぅ、ラァアアアアヴッ!!」

 

その宣言と共に島風に装備されている月輪の発光現象だった。

 

 

 

 

「――痛ぅ……!!」

 

目が覚めると、そこは更衣室の天井だった。

 

――目が覚めましたか

 

――だいじょうぶ?

 

あぁ、大丈夫だ。

 

「お、目覚めたんだな」

 

見覚えのある声と共に、男の顔が視界に入った。

 

「……一夏か」

 

何故、目覚めの一番に野郎の顔を拝まねばならんのだ。

 

私は痛みで身体が悲鳴をあげているのを無視して起き上がる。

 

「なんかすげぇ不満そうだな」

「まぁ、目覚めの一番に男の顔が目の間にあったらな」

「俺は心配してるんだけどな」

「知っている」

 

そうでなければとっくに距離をとっている。

 

「へいへい……じゃぁ今から皆を呼んで来るから待っててくれ」

 

そう言って一夏は扉の向こうへと消えた。

 

――しかし、負けましたね

 

(……あぁ、そうだな)

 

言い訳はしない。今できる全力をもって挑んで負けたのだ。

 

――補足するのであれば、貴方が意識を失った後も貴方は立ち上がろうとしてましたよ

 

意識を失っても、か。

 

(……最後のアレは、何だったのだ?)

 

思い出すのは島風に装備されている月輪の発光現象。あれは一体何だったのだろうか?

 

――突撃瞬時加速(チャージ・イグニッションブースト)、と呼ばれる技です。

 

突撃瞬時加速。

 

聞けば、月輪を装備した事による副産物らしい。原理としては簡単で、シールドエネルギーを前面に集中、ある種のフィールドを形成させて二重瞬時加速で体当たりをするものだとか。発光現象はその時に起きるらしい。そして通常、そのまま瞬時加速で体当たりをするのは自身にもそれ相応の代償を払う必要になるのだが、フィールドを形成する事でその代償が要らず、尚且ある程度の攻撃も防げるのだと言う。

 

(厄介だな)

 

――因みに、月輪は売り物にするらしいですよ?

 

尚更厄介極まりないな。対策は……思いつかないな。いや、しようがないのが正しいか。

 

確かに、発光現象をタイミングにするのならば解りやすいのかもしれない。だが、態々避けやすいタイミングで行う愚か者がいないと言う事を同時に指し示しているのだ。やはり、使うとしたら確実に決まる時だろう。そうなれば、対策も何もしようがないのだ。

 

――もっとも、イメージするのが凄まじく難しいとか。聞けばMs.エメリーも相当な訓練を積んだそうです。と言うか、超高速で正面衝突を平気で行う者なんてそうそういませんよ

 

(居るだろう?我らが主人公が)

 

雪片一本で正面から突っ込んで来るんだ。奴なら問題無いだろう。

 

――あぁ、成程。すぐ近くに一人居ましたか

 

(最も、白式――白騎士が受け入れる訳が無いがな)

 

後付け武装を一切受け付けないからな。

 

――いえ、正確には兎が白騎士の再来を彷彿とさせる為に武装を制限している、ですよ

 

(……初耳だが)

 

――寧ろ簡単に推理できませんか?

 

劇場型の篠ノ之束ならやりかねない、か。

 

(と言う事は二次移行次の武装は白騎士とほぼ同じか?)

 

流石に雪片が変わる事は無いだろうが……そうだな、白騎士のデータにある武装と言えば荷電粒子砲とプラズマブレード。やはり、二次移行すれば新たな武装として追加されるだろうか?

 

――ほぼ確実かと。まぁ、最後まで解りませんがね

 

確かに。

 

私は同意し、一夏達が戻ってくるまで雪風も会話に加えて雑談に耽った。そして10分程経った頃に再び更衣室の扉は開かれ、一夏がエメリーさん達――何時ものメンバーと鈴やセシリアを伴ってやってきた。

 

「椿君、気分はどうですかー?」

「問題ありません」

「本音は?」

 

……無駄か。

 

「身体中が悲鳴を上げて辛いです」

 

じきに慣れるのだが、な。

 

「最初からそう言うネー」

 

――あーあ。後で説教確定ですねぇ

 

――うそ、だめ

 

……言うな。

 

視界の先にはご立腹な三人が私をジト目で見ている。

 

成程、説教されそうだ。いや、確かに無理はするなと言われているし、無理をしないと宣言した。だが、こんなボロボロの状態で私がすぐに何かをする訳が……いや、思っていた。思っていたから、反省しよう。だが、せめて強がりぐらいはさせて欲しい。これでも一端の男なのだから。

 

――実に言い訳がましいですなぁ。それでも男なんです?

 

喧しい。

 

――むり、だめ

 

……すまん。

 

「まぁいいデース……さて、椿君が気絶してた間何をしていたのかを説明シマース」

 

其処からエメリーさんによる説明が始まった。

 

どうやら私が突撃瞬時加速を受けて気絶した後、ピットまでエメリーさんが、其処からバトンタッチで駆けつけた一夏が更衣室まで運んだそうだ。

 

此処までは古鷹から聞いた話。

 

その後、エメリーさんが一夏の実力を見たいとの事で更衣室まで運んだ後に対戦、結果は突撃槍を出さずに一夏の攻撃全てを軽くいなして終わったらしい。そして対戦後に一夏を私の看護役に任命してエメリーさんは楯無達を引き連れて管制室へ向かい、戦闘記録データを入手して楯無達に感想を聞いて今に至るそうだ。

 

「椿君達への課題発表は月曜日に行いマース。なので今日は此処で解散!一夏君、ちょっと椿君に大事なお話があるので彼女さん達と先に帰っててヨッ!」

 

ボンッ、と爆発したのは二箇所。

 

「なっ!?ち、違いますよ!!」

 

否定したのはザ・無自覚。

 

エメリーさんはそれをごちそうさま、と返して一夏に鈴とセシリアのエスコートを指示。その際にも一夏が抗議をしたが、エメリーさんの笑顔と頼みました、の一言で一蹴され、まるで警察に両脇を固められた容疑者の様な顔で二人をエスコートしながら更衣室を去った。

 

――報われないですねぇ

 

――かわいそう

 

ノーコメントだ。

 

「さて椿君、改めてgood game,良く頑張りました!」

「ありがとうございます」

「正直に言えば実力を見誤ったネー。思わず岩穿を使っちゃいましたー」

 

岩穿――あの巨大な推進器内蔵突撃槍の事だろうか。

 

「……それは良かった」

 

本来の得物を使わせただけでも、素晴らしい結果の筈だ。だが、私はそれで満足する訳が無い。未だ、伸びしろはある。不足している部分だって解っている。私は――

 

「ですが、未だまだです」

 

私は、未だ強くなれる。今回は何も出来ず負けたが、次は食い下がってみせよう。

 

「ふっふっふー、負けず嫌いの男の子は大好きデース」

「ありがとうございます」

 

美人に大好き、と言われて悪い気はしない……後が怖いが。

 

「さて、本題に移るとするネー。椿君、これからの予定は解っていると思いますが、それはあくまでも表向き。本命は単一仕様能力の自由な発動ネ」

 

無論、表向きの操縦技術の強化も本命だ。だが、私にとって今一番重要なのは単一仕様能力。良い意味でも、悪い意味でもこの能力の自由な発動こそが重要なのだ。

 

戦場で使えないなら未だいい。最初から無いものと考えて実力を底上げするだけで充分だからだ。だが、感情や思考をトリガーとする為、何時如何なる場面で単一仕様能力が発動、状況を更に悪化させる危険がある故に、安全に且つ、安定的に使える様にする必要があるのだ。

 

「では、実験場所は?」

「No problemデース。既に『特別枠』で話を付けてるヨ」

「あぁ、成程」

 

特別枠は言ってしまえば学園の外部からの不干渉を利用した学園内でのIS実験に対するありの優先貸出制度である。最も、余程の理由がない限り申請は通らないのだが……まぁ、其処は全く問題無いな。

 

「本格的な機材を運ぶ頃には私もお役御免デース。なので、それまでの間は実戦形式で実験や計測を行いマス。勿論、私がお役御免になると同時に代わりが来るので大丈夫ネ」

 

……成程。

 

「そして実戦相手は私と楯無ちゃんが務めマス」

 

――。

 

「それはっ!!」

「使えるモノは使う。ソレが川崎のやり方デス」

 

それに、とエメリーさんは言う。

 

「楯無ちゃんも同意しました」

「そうよ。私も、手伝う」

「……楯無」

「今度こそ、止めてあげる。私は、椿の力になりたいの。だから、一緒に頑張りましょう?」

「……」

 

思い出すのは、ただ感情の赴くままに暴れ、そして手にかけようとした記憶。

 

痛い。

 

思い出すだけで、胸が締め付けられる。

 

「私は……」

 

――嫌だ。

 

楯無は確かに強く、何よりも器量が良い。

 

学生の身でありながら、暗部の長でありながら、国家代表の地位にいる。それは彼女の実力の証明であり、誰も彼もが認めるモノであるだろう。きっと訓練でも役立つ。その実力を遺憾なく発揮して、貢献してくれる筈だ。

 

だが、私はそれでも嫌なのだ。

 

彼女が居ればよりスムーズに実験ができる事は頭では理解している。だが、記憶にある出来事が、楯無をこの手でかけ、殺しかけた事が頭から離れないのだ。

 

また、繰り返してしまう。

 

暴走た結果、また同じ事を繰り返してしまう。

 

「……酷い、な」

 

本当に、酷い。

 

「本音を言えば、楯無には引いて欲しい」

 

もう、あの光景を見たくないから。

 

自らの手で、想い人を手にかけたくないから。

 

だが――

 

「だが、乗り越えなければ、今度こそ前に進めなくなる」

 

今後、絶対に暴走が起きないとは限らない。その時隣に楯無が、簪が、本音がいないとは限らない。だからこそ、私は成さなければならない。

 

単一仕様能力の制御を。

 

この訓練で暴走する事は、きっとあるだろう。その時、傷付けてしまうかも知れないと思うと、胸が締め付けられる痛みを感じる。だが、私はそれでもこの訓練を乗り越えて見せよう。

 

止めてくれる人が居る、心配してくれる想い人達が居る、頼りになる相棒達が居る。あぁそうだとも、状況は、条件は既に揃っている。であれば、拒むと言う選択肢は存在しない。

 

だから――

 

「人のことを言えた義理ではないが、絶対に、無理はしないでくれ」

 

私はもう、失いたくないから。

 

「頼む」

「約束するわ」

 

楯無の真摯な一言に、私は少しだけ安心した。

 

「……エメリーさん」

「はい、何ですか?」

「よろしくお願いします」

 

私は頭を下げた。

 

「当然デス……さて、もう一つ重要なお話がありマス」

「何でしょうか?」

「今月末にイベントがあるネ。その時何をするか覚えてますか?」

「えぇ。その時にお偉いさん方の前で古鷹の完成披露宴をしますが……それが何か?」

「そのお偉いさん方の為に露払いをするお仕事があるのデース」

「露払い……社長の護衛ですか?」

「ちょっと違いマース。楯無ちゃんお願いネ」

 

まぁ、素人に護衛を任せる訳が無い、か。あるとしても千歳さんやPASOGの人達を呼ぶだろう。では、この場合の露払いとは、一体何の事を指すのだろうか?

 

「言ってしまえばスパイや反政府団体に街を拠点にされるのを防ぐお仕事よ。一ヶ月前だから、動きが活発になってるの。今年は男性操縦者――椿達が居るから特にね。お陰でウチも人手が足りないから、轡木のおじさま経由で川崎に手を貸して貰う事になったのよ」

 

聞けば隣町やそのまた隣町を根城にする輩も居るそうだ。要するに、それぞれが離れたところに拠点を構えようとしてるせいで割ける人数が少なっているらしい。しかも一般人にうまく溶け込んでいるらしく、尻尾を中々出さない様で、探し出すのも一苦労だとか。

 

そこで白羽の矢がたったのが川崎のPASOG。

 

成程、と私は思う。アーロンさんを見たからこそ理解できる事だ。それに、今回の一件で使用した剥離剤も彼等がどこぞの非合法組織から奪ったと聞いているから、その実力は折り紙つきだろう。

 

「だが、私は何の役にも立たないぞ?」

「貴方が一般人ならね」

 

……あぁ、私を餌にして釣るのか。

 

「もう解りましたネー?と言う訳で、日曜日に作戦を実行シマース」

「……随分と急な。一つ聞きますが、毎週行うのですか?」

「それには及ばないネ。今回は急だったからその繋ぎデース」

「成程」

 

明日だけ、か。

 

「納得してくれて何よりネ。でも、椿君一人でお出かけするのは余りにも不審!余りにもリアルじゃない!と言う訳で!」

 

失礼な。

 

しかし、私のそんな思いなど通じる訳もなくエメリーさんは演技がかった仕草で腰に手を当て、次に私を指差して満面の笑みで宣言した。

 

「椿君にデー……簪ちゃんと駅前の街を巡り歩いててもらいマース!!」

 

――は?

 

私の脳がその言葉を理解を要するまで、少々の時間を要した。






読了、お疲れ様でした。そして読んでくださってありがとうございます。
さて、いかがでしたでしょうか?
金剛……じゃなくてエメリーさんはレース専門。速さ活かして槍でぶっさす一撃必殺屋です。
あと、避けるのが得意なのですが……あんまり上手く描写できなかったorz

取り敢えず次回はデー……裏のお仕事回です(すっとぼけ)
なので主人公の椿君と簪のイチャ……熱心に仕事に取り組む姿が見れるでしょう(笑)


【挿絵表示】


不知火(デュアルフェイスVer)を描いてみました。
OOのスサノオ参考にしました。通常タイプはよりスサノオに近い形だと思ってください。
画力はレベルアップしてる……はず!!

――解説――

機体名:島風
世 代:第二世代
エメリー専用IS。不知火がベースの機体。
極限まで装甲を薄くし、軽量化を図っている。但し機体各所にブースターやスラスターを増設してるので外見はそこそこのボリュームがある。更に言えば頭部のセンサーマストからどことなく兎を連想させる。尚、速さだけを求めているため、防御力は皆無。

武装
・九十二式空間圧砲
所謂衝撃砲。龍咆のライフル版。

・九十式戦術短刀×2
腕部のナイフシースに収納されている短刀。
非常に高い強度を誇る。

・三式大型推進器付突撃槍『岩穿』
エメリー専用武装。非常に巨大な突撃槍であり、内蔵されたブースターによって高速の突きを可能とする。また、槍自体が非常に硬く、いざとなれば盾の様な扱いもできる。

特殊兵装
PIC強化装置『月輪』
PICを模倣する過程で生まれた特殊装置。
従来のPICよりも効率が良くなり、対G、推進器なしでの加減速、反動抑制等が軒並み強化される。また、装備した事による恩恵で多少のシールドエネルギー制御が可能となり、前面にエネルギーを展開して発動する瞬時加速『突撃瞬時加速』が使用可能となる。

――技的な――

円陣瞬時加速
回り込む瞬時加。側面とったり背後とったりするのに有効。

螺旋瞬時加速
円陣瞬時加速の応用。名前の通り螺旋を描きながら瞬時加速をする。
きっと目が回る。有用性は未知数なり。

反転瞬時加速
初登場は三十三話。旋回瞬時加速から名称変更してます。
文字通り反転。その場でできちゃう優れもの。でも失敗したらISベイブレード

突撃瞬時加速
A●Ⅴのブー●トチャージ。もしくは機動戦艦ナ●シコのディス●ーションアタック
テッカ●ンのクラッシュイントルー●でも可
とにかく体当たり。使用するには月輪の装備と心臓に毛が生えているのが条件。




と言う訳で次回もお楽しみに!
近日中に設定の方を整理する為に上げ直すかもしれません。
それでは


※追記
もしかしたらタイトル変更するかもしれません。
その時は、よろしくお願いします

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