ーInfinite Stratosー~Fill me your colors~   作:ecm

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第四十話:Hi!!

――第二整備室――

 

「―――よーし、一旦作業止め!皆、お昼にしましょう!」

『はーい!』

 

最初に台詞を発したのは楯無。彼女の鶴の一声によって先程まで弍式の修理に携わっていた本音、虚を含む複数の生徒達(・・・・・・)が大変よろしい返事を返し、手早く機材を片付け始める。

 

一方の私はもうそんな時間か、と思いながら自身が請け負った役割――荷電粒子砲『春雷』の調整を見直して納得がいったので作業を止める。

 

「予定通り一門のみ、か。まぁ、誤差はあるが」

 

役割分担した時に算段した通りの結果。

 

春雷は古鷹に積んでいる大型荷電粒子砲のデータを参考にしている部分があるから調整しやすかったのだが、誤差については実際に撃たなければ解らないので手のつけようがない。

 

私は立ち上がって凝り固まった筋肉を解し、機材を片付けてから移動、そして周りの喧騒を一切無視してマルチロックオンシステムの構築に集中している簪に声を掛けた。

 

「簪、お昼だから休憩にしよう」

「……もうちょっとだけ」

 

お決まりの返し文句。因みにだがこの問答、少し前にも行った。その時は水を差すのは悪い、と思って素直に引き下がった。だが、今回は食い下がらせてもらう。

 

「休憩をとらないのは駄目だ。本調子ではないだろう?」

 

一度声をかけた時に気付いたのだが、簪は手が正常な時と同じ様な速度で投影型キーボードを建打しようとして時折顔を顰めていたのだ。火傷をしたら解るだろうが、中々どうして、身に堪えるものだ。それが広範囲となれば、言うに及ばずなのは当然の帰結だろう。

 

しかし作業を止めて治るまで安静にしていろ、とまでは言わない。

 

本音を言えば私自身、簪にそうして欲しいのだが、彼女の並々ならぬ思いを妨げるのも望まないのも確か。だから食事をするついでに同時に小休憩させよう、と食い下がっているのである。それに、もう一つ私情がある。

 

「それに、だ。俺は、簪と共に昼食を摂りたい」

 

自分勝手な望みだ。だが、これから触れ合う時間が減っていくのが解っているからこそ、少しでも多くの時間を簪に、勿論、楯無や本音と共に過ごしたいのだから。

 

「駄目、だろうか?」

「……解った。少し、待って」

 

簪は了承の意を示し、丁度区切りが良かったのか、直ぐに作業を止めた。私はありがとう、と言い、簪の負担にならぬ様、簪が使用した機材を持って――このタイミングで黛が私達の方へ声をかけてきた。

 

「へいお二人さん、そっちの進行具合はどう?」

「その、マルチロックオンシステムは難航中、です」

「一門終えた。無論、簪の要望通りのエネルギー配分と収束率に調整してある。そして残りの一門も調整済みのを元にすれば良いから時間はかからない、と言った具合だな。まぁ、結局はデータ上の数値でしかないのだから、後は試射によるデータの収集と再調整が必要だが」

 

何故ここまで早くできたのか、と言えば先程も述べた通り、春雷には川崎の大型荷電粒子砲のデータを使っているからだ。そして春雷自体の設計が幾つか共通部分があったし、そもそも簪がある程度機体作成の合間合間に調整していたのも含まれている。

 

(更に言えば、春雷は万全を期す為に雪風に細かいチェックをしてもらったがな)

 

当然その事を伝える事はない。まぁ、結果的には問題無かったので良かったのだが、やはりチェックして大丈夫だとお墨付きを貰えた時の安心感は大きかった。一人より二人、とはよく言ったものだ。現にこうして二人に対し、私は自信を持って荷電粒子砲は問題が無い、と言い切れるのだから。

 

尚、雪風は朝に古鷹と話した様にデータ取りの際に通り抜き出してあるので、本体は今現在、私の懐にある。先程までは作業用端末を通して文字入力で意思疎通をしていたのだが、端末の電源を消しているので意思疎通はできない。ISに載せて最適化をすれば古鷹の様に自由に意思疎通ができるのだが……ともかく、何らかの拍子でバレてしてしまったら、と思うと内心ヒヤヒヤしている。

 

「おぉ、早い。流石は天枷さんだねー」

「……本当に、出来たんだ」

「まぁ、な」

 

……なかなかどうして少し、痛いな。私はそんなつもりは更々ないのだが、雪風の存在を言え無い以上、必然的にこれは私の実力と言う事になる。

 

あぁ、胸がモヤモヤする。

 

確かに達成感はある。程よい疲れも感じた。これは己の力を十全に発揮出来た結果だろう。だが、今この胸に宿るモヤモヤとした気分は何と言えば良いか……うむ、そうだな。

 

「見栄、か」

 

簪の横顔を視界に捉えながら、そう思った。

 

「何か、言った?」

「いや、何でも無い」

 

漏れてしまったか。しかし、我ながら頭がぶっ飛んでいる様だ。全て己の力で行った訳ではないのに、想い人が評価してくれただけで、嬉しいと思ってしまったのだ。

 

思い返せば過去にも何度か似た様な展開があった。

 

あの時はただ流していた筈なのに――えぇい。

 

(実力を追いつかせればいいだけか)

 

あぁそうだ。足りなければ、努力して追いつき、追い越せばいいだけだ。現に私はミスをしなかった。それはそれで充分な実力の証明になるのかもしれないが、未だ伸ばす余地はある。であれば悩むほどでもあるまい。

 

「それで、天枷さんはソレが終わったら此方を手伝ってくれるんだよね?」

「そうしたいのは山々なのだが……すまんな、午後は川崎の方で仕事があるから手伝えん。故に春雷は其方で進めて欲しい」

「あ、そうなんだ?だったら仕方がないねー」

 

そう言えば、黛達に伝えるのを忘れていた。

 

「すまない、伝達ミスだ。……頼めるか?」

「任された。じゃぁ報酬の件(・・・・)、忘れないでね?」

「解っている。必ず注文しておくし、個人取材も受ける。約束は果たそう」

 

私がそう言うと、黛はよろしくねっ、とウィンク一つ決めて休憩に入り始めた他の生徒達の輪に混ざっていった。私はそれを見送り、内心ため息をつきながら此処までの経緯を思い出した。

 

 

 

 

「じゃぁ、私も手伝おっか?何なら他の子にも声かけるし」

 

これはそう、朝の――何時も以上に視線を浴びながら箸を進めて居る時の事だった。

 

様々な思惑が働く(と、私は思っている)視線に辟易していたところに、含み笑いを浮かべながら黛が話しかけて来て、楯無と幾つか言葉を交えた後にこの台詞を簪に言ったのだ。

 

これは虚から聞いた事なのだが、どうやら黛は楯無とは仲が良く、所謂親友の間柄らしい。初耳である。まぁそれはともかく、黛は楯無が簪と上手くいっていない事情を知っており、そして今簪と共に楯無が朝食を摂っている様子を見て仲直りする事ができたのだと察した様なのだ。

 

そして会話を続けていくうちに私は黛の情報収集能力に気付き、驚いた。

 

端的に言えば、先の一件を情報統制されいる中で朧げながら全容をほぼ掴んでいた事である。黛は私の古鷹や簪の弍式が大破した事を正確に把握していたのだからこの推測は外れていないだろう。……最も、少し推理すれば直ぐに解るのかもしれないがな。

 

尚、黛も自分の領分を弁えているらしく、深く問いただす事はない様に振舞っていたし、それを楯無や虚が黙認している節があった。よって黛に関しては私が警戒する必要はない、としていくのが妥当だろう。まぁ、それでも注意しておく人物のリストに載ったのには変わりはないのが。

 

閑話休題。

 

まぁ何にせよ、この申し出は非常に有難かった、と言える。楯無や虚の加入したとは言え、本来精密機械であるISを少人数で修理する、と言うのは時間も手間も無駄に掛かるのだ。

 

そしてこの申し出を簪は絶対に自分が譲りたくない部分――マルチロックオンシステムと弍式本体の未調整部分以外をお願いする事を伝えて――黛は承諾――受け入れた。

 

これで弍式も当初想定した以上の速さで修復・完成まで漕ぎ着けるだろう、と私は心の中で締め括っていざ再びおかずに手を出そうと思ったのだが、此処に来て黛が条件を出してきたのだ。

 

「その代わりと言ってはなんだけどさ、個人報酬として天枷さんに取材と――そうだ、他の子を釣る為に天枷さん名義で色々と融通して欲しいんだけど、いいかな?」

 

色々と、言っても何もやましいことではない。単純に私経由で川崎の製品を安く買いたい、というものだ。特に私が持つ川崎の特点――特別商品割証明証はかなりお得だからな。

 

さて、ここで一度割証明証について話そうと思う。と言っても単純だがな。

 

『一年間、川崎に一定以上の貢献をした者に特別商品割引証を発行する』

 

該当者に渡される一年限り有効のカードであり、評価は4月1日から3月31日の間のデータを下に行う、言うなれば努力賞、といったところか。通常の社員割引と併用する事ができるので、この特別割引+社員割引で通常の商品をかなり格安で買う事ができるのだ。

 

そしてこれを何故私が持っているのか、と言えば私が入社したのは3月。つまり他よりも一ヶ月早く働いているのである。よって、特別割引の評価の基準を照らし合わせるのであれば、私の評価は去年の4月に入るのだ。

 

何が言いたいのか、と言えば、私がISが動かせると発覚して世に知れ渡った時、随分と川崎に投資が入り、潤ったので、これを上層部が私の功績として評価し、結果として割引証が手に入った、と言う事だ。

 

ISに乗れると発覚→恩恵にあやかろうとした投資家による投資の集中により資金が潤った→私の功績とする→三月の出来事なので去年の貢献として評価する→条件をクリア→割引証の発行→入手

 

入手した経緯を図式で表せばこんなところか。他にも、手に入った理由として川崎が私を重要な人物として知らしめる為に、細かい面でも色々動いていたから、もあるかもしれんな。

 

とまぁ、此処まで言ったのだが、私自身、今まで第一研究所にこもりっきりだったので実はこの割引証を利用したことはなかったりする。楯無とデートをした時?使ってないな。理由は使うときに少々面倒な手続きを踏むからだ。時間が惜しかったからな。……まぁ、それ以上に見た目が地味だから、せめて払いを良く見せよう、と思わせたかったのかもしれん。

 

閑話休題。

 

結果を言えば私は黛から出された条件を飲んだ。簪が申し訳無さそうにしていたが、この程度の代価で労働力を得られるのであらば安い買い物だと思っていたので気にしない、と伝えた。そもそも、私がする仕事は買うときの事務手続きを行うだけだからな。

 

因みにだが、朝食時には一夏とセシリア、そして鈴に会った。まぁ、当然だろう。だが、話した内容について特筆すべき点はない。ただ、一夏達が私(この時に当時の記憶がないと伝えた)や簪を本気で心配してくれた事と、一夏がもっと強くなると宣言したのと、それをセシリアと鈴が支える、と言う旨を聞いただけだからだ。

 

箒については触れなかった。いや、人前で触れてはいけない話題なのだ。だから、私はこれ以上深いった話にならない様に話をできる限り自然な形で打ち切る様にして礼を述べて、この話を終わらせた。

 

随分と汚い、と思う。実際に話したからこそ尚更だ。これは真実を話さないから云々ではなく、心情的な問題である。だからこの話もあまり触れたくないと思ってしまうのだろう。

 

自分を卑下しているつもりはない。

 

ただ事実を述べているだけ。偽り、欺き、影の側に居る、しかし影の側に入りきれない中途半端な私にとって、彼等はただ眩しく、そしてその純粋さ故に、心が痛んだだけなのだから。

 

そしてこの時感じた痛みは二度と忘れる事はないだろう。

 

だからこそこの痛いを抱いて、私も強くなる。方向は違えど、目的は違えど、今私にできる最大限の努力をする。それが一夏達と面を向いて言える、唯一の誓いなのだから。

 

さて、話を戻そうか。

 

整備室に最終的に集まったのが黛を含めた10名(私達除く)。中には虚の仲介もあった様で、3年生の生徒が4名居た。メンバーの質は上場。取り敢えず私は全員の名と要望する商品を聞き出し、紹介を出す為の手続きを後ほどする事にして簪、楯無の主導のもと、役割分担をして作業を開始して現在に至るのである。

 

「皆、待ちなさい」

 

いざ食堂へ向かわんとした時、再び楯無の一声。

 

「食堂へ向かうのは面倒でしょう?だからちょっと用意していた物があるの」

 

用意したもの?と首を捻る。簪の方へ視線を向けるが、簪も何の事かわからない、と言った表情をしていたので、どうやら楯無が何か準備をしていたらしい、としか解らなかった。

 

「ふふ~ん、徐々来るわよ」

 

そして楯無が言った瞬間、まるで計ったかの様なタイミングで整備室の扉は開かれて割烹着を来た生徒が10人ほど弁当らしきものと折り畳んだ敷物を持ってぞろぞろと現れた。

 

「ほう」

 

私はそれを見て疑問が氷解した。

 

そう、楯無は料理部の人間にお昼の件を依頼していたのだ。

 

目的は時間短縮か。次いでに料理部の料理は非常に美味いと聞くから実益も兼ねているのだろう。成程、素晴らしい案だ。それに、大所帯で和気藹藹と食べるのもそれはそれで良いものだ。だが、紅一点、もとい白一点なのでどうしても私だけ浮いてしまうし、そもそも今日の朝から視線が色々と気になって仕方が無い。まさか私が楯無と親しげにしていただけでまさか此処までになるとは思わなんだ。

 

(……どうしたものか)

 

皆と共に居れる事は嬉しい。だが、それ以上に楯無との関係が明るみに出て更に視線が集中がするせいで何時、なんの拍子で誰かと視線がかち合ってしまうかと考えると、恐怖心が来てしまうのも確かだ。

 

(この病もいい加減、治したいとは思うのだが、な)

 

今までは一生このままでも良いと思った。だが、今は治したい理由を見つける事ができた。しかし心とは裏腹に、身体の方が参ってしまっているのが現状。そう、視線が合った時に感じるあの心臓を直接握り潰される様な痛みと、その痛みで息ができなくなってしまう事に、いざ行動に移そうとすると、身体が震えてしまうのだ。

 

あと一歩、あと一手が足りない。

 

(……今は考えるのはよそう)

 

考え事で何時までも立って居るわけにはいかない。私も手伝わなければ。それに、食い意地を張るわけではないが、やはり美味しい物は早く食べたいと思ってしまうのは仕方がない事だ。

 

「……椿」

 

ぼそり、と簪が私の名を呼ぶ。

 

「何だ?」

「その、今度時間があったら、ふ、二人で、食べよ?」

 

そう言えば、二人きりで食べたのは数える程しかない。

 

「必ず。では、少し待っててくれ」

「う、うん!」

 

嬉しそうにはにかむ簪。

 

今にも小さくガッツポーズをしそうな雰囲気に思わず抱き締めたい衝動が走ったが、どうにか理性によって押さえ込む事に成功し、できる限り自然を装った笑みを一つ返して敷物を敷いている者達の中に加わった。

 

 

 

 

「へー」

「でね、この前――」

 

耳を澄ませば聞こえる、いかにも年頃の少女らしい会話。

 

やはり、女子はお喋りが好きなようだ。まぁ、私としては微笑ましい限りだし、程々の声量なので耳に優しい。内容は……まぁ、私の知らない世界だ。やれ流行のファッションだの化粧品だのと、知る必要が無いな。いや、この場合は今後の参考の為に小耳に挟んでおくべきなのだろうか?

 

(……そんな場合ではない)

 

現在私は反応に困った状況にある。

 

整備室の一角――無論、近くに機材は無い――に敷物を敷いて各々友人同士で座って弁当に舌鼓を打っていた。当然、私達5人もその例に漏れず、整備室の入口に近い左端を占拠していたのだが……まぁ、此処まで言えば解ってくれるだろう。

 

そう、私の両隣には楯無と簪が、正面には本音と虚が居るのだ。

 

楯無と簪は上機嫌なのだが、本音は少し不機嫌。虚は笑顔。だが、だからと言って私が何かをすべきか、と言っても考えて思いつくものは結局事態が悪化するものばかりなので困っているのである。

 

因みにだが、朝食の時は隣に虚が居て、3人が対面に居たので問題無かった。その代わり、朝食前のからかいもあってか、少々反応が刺々しく、機嫌を直してもらうのに苦労したがな。

 

「……ぬぅ」

 

しかし、本当に困ったな。

 

「あら、どうしたの?突然唸っちゃって」

 

ぬ、どうやら声に出てしまったらしい。

 

「あぁいや、この後について少し考えていただけだ。気にする程でもない」

 

嘘は言ってない。

 

「……ふ~ん。あ、このミートボール食べる?タレがとっても甘くて美味しいわ」

 

そう言って楯無は箸でタレがたっぷりのったミートボールを差し出してくる。

 

「では貰おうか」

 

弁当箱を開けた時に気付いたのだが、弁当の内容は数種類に別れているのだ。私のにはミートボールがないものなので、有り難く弁当箱を突き出して頂戴しようとした。

 

「……楯無」

 

少し待ったが、何時まで経っても弁当箱にミートボール投下されず、思わず名を呼んで抗議する。だが、それも変化は訪れず、絶妙な持ち方で箸に挟まれたミートボールはタレを落とさずに静止していた。

 

「ふふっ♪」

 

笑い声を漏らす楯無。

 

何が言いたいのかはその顔が物語っている。無論私は嬉しい。嬉しいが、今ここでそれをするのは勘弁して欲しい。それに、楯無の方を見てるので周りの様子は見えないが、視線が集中しているのが肌を通して感じるし、何よりも二人ほど不機嫌なオーラの様なものを漂わせているから尚更だ。

 

「……」

「……貰おう」

 

根比べか、と思い長期戦に持ち込もうとしたが結局私が根比べに負けた。開始十秒にも満たない負けである。情けない、と思いつつ、私は羞恥心を感じながら宙で静止しているミートボールをそのまま咀嚼した。

 

「どう?」

「……美味い」

 

私が口に入れた瞬間、小さく歓声が湧き上がった様な気がしたが、聞かなかった事にした。

 

「……もっと、食べたい?」

 

簪からの一言。ある意味予想通りである。

 

「あぁ、そうだな。弁当箱が少し小さいから、どうにも満足できん」

 

嘘ではない。午後を考えて、腹八分目――いや、六分目以上は食べたようとは思わなかったのだが、弁当箱が小さかったので物足りなさを感じたのは確かだ。……まぁ、それ以上の理由もあるが、言葉にするのも馬鹿らしい類の代物なので言うつもりはないがな。

 

「じゃぁ、この卵焼き、あげる」

 

簪はそう言って卵焼きをフォークで刺して私がそのまま食べやすい位置まで持ち上げた。

 

(……犬になるか)

 

これはもう、吹っ切るべきなのだろう。周囲の視線と、何より頬に片方の手を当てて笑みを深める虚が実に癪に障る。これが4人だけの空間なら、どれだけ良かっただろうか、と思う。

 

現実逃避は止めよう。

 

毎回毎回初々しく反応して醜態を見せる訳にはいかない。ならばやけくそになるしかあるまい。今の私は餌付けされている犬。今なら犬耳や尻尾だって付けてもいい。きっと盛大に尻尾を振っているだろう。似合わんがな。鳴き声は……駄目だ、そこまでやったらい首を吊ることも辞さない。

 

「あ、あーん……」

 

おどろおどろしく差し出された卵焼きを私は口に入れた。

 

「美味いな」

 

私はしっかりと味わいながら一言返す。

 

だが、言葉とは裏腹に楯無のと比べると劣る、と感じるのは何故だろうか。

 

――それは愛ゆえです

 

……失念した。厄介な奴が最悪のタイミングで帰ってきたか。

 

――いやぁ、実に微笑ましいですねぇ。不肖この古鷹、この名場面とも言うべき瞬間をしっかりとほぞゲフンゲフン。温かく最後まで見守らせていただきますよ。えぇ、それもじっくりと

 

えぇい、喧しい。

 

(……雪風)

 

この畜生を黙らせろ。

 

私は喧しい駄コアを黙らせるべく、雪風の名を呼ぶ。

 

――ククク、甘いですね。以前までならまだしも今の雪風は外!私の世界に簡単に――あれ?何で私が感知しないうちに白い悪魔が……ちょっと貴方、色々とおか

 

瞬間、響く耳障りな悲鳴。

 

どうやら一方的にだが、意志の疎通はできるらしい。後で主任に報告しておこう。

 

「……今度、料理部にいってみよう、かな」

 

小さく、ぼそりと簪は呟いていたが、私の耳にはしっかりと届いた。

 

(楽しみに、しておこうか)

 

これ以上、私から何も言う事はない。ただ、何時かその時が来たら、味わって食べようと思う。

 

さて、次は――

 

「……んっ!」

 

何かを口に含んで突き出す本音。

 

ここで補足なのだが、本音と私の弁当は中身が同じである。そして弁当箱の中にはデザートに少々季節外れなのだが、さくらんぼが一つ(実が二つ)が入った可愛らしいものである。私は未だ食べていたいのだが、本音の弁当箱を見ればさくらんぼが消えており、現在進行形で口の中に入っている。

 

さて、此処まで言えば状況はもう解るともう。

 

そう、このままいけば非常に宜しくない事態になる。と言うか、実が思いっきり顎の部分があるだろう。超至近距離で、食べろと言うのか?

 

「あらあら」

 

えぇい虚よ、お前は頬に手をあてて呑気に傍観するな。何があらあら、だ。この場合は妹を諌めるだろう?明らかにおかしいだろう。頼むから止めてくれ。視線が、気配が――ッ!

 

「黛……何をしている?」

「いやぁ~、お気になさらずに」

 

そう言ってサッとカメラを隠す黛。私はソレに対してキッと睨みつけようとするが、生憎前髪のせいで上手く伝わらない。初めて前髪の存在を呪った瞬間である。

 

「ん~!」

 

本音自身も恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしながら催促してきた。

 

「本音」

「んっ!」

 

やめてくれ、と言うニュアンスを含めて名を呼んだのだが、通じない様だ。

 

……やるしかない、か。

 

私は覚悟を決め、ゆっくりと近付きながら目標へ狙いを定める。

 

野次馬が息を呑む気配。

 

耳の奥で荒々しく響く胸の鼓動。

 

ゆっくり、ゆっくりと近付く。

 

「……」

 

徐々に視界が本音で埋まっていく。

 

愛らしい、顔。

 

私の視界に映る本音は、頬を朱に染め、その瞳を僅かに潤ませていた。

 

「……ん」

 

そして本音は私が近づいてくるのに合わせて、まるでキスを受け入れるかの様に目を瞑り、そっと唇を突き出してきた。

 

本音の瑞々しい唇から出ているさくらんぼの実。

 

どこか扇情的に、且つ艶やかに映り、私の思考を単純化させる。

 

このままいけば、どうなるだろうか?

 

もし、当初の狙いが外れたら?

 

残りの距離は15cmもあるかどうか。

 

あと少し、あと少しで―――

 

「だ、ダメっ!」

 

簪か、はたまた楯無の声か。

 

私はその声を合図に、私の顔と、本音の顔の間に手を割り込ませ、さくらんぼの実を引っ張り、自らの口に入れ、素早く身を引いた。

 

「……ふぅ」

 

やりきった。

 

『えぇっ!?』

 

私が行動を終えてた後、一瞬だけ静寂に包まれたが、直ぐにブーイングの嵐が起きた。視界から得られる情報から判断するなら、楯無と簪が胸を撫で下ろす様な仕草を、本音はショックを受けた様な表情を、虚は含み笑いを、その他大勢が有り得ない、と言いたい様な表情を浮かべていた。

 

喧しい、見世物じゃないんだぞ――と言いたいところだが、逆の立場なら私もブーイングする。だが、恥ずかしいのには変わりはないので、全てを無視した上で次の行動に移る。

 

「本音、口を開けろ」

「ふぇっ!?う、うん」

 

驚きながらも本音が口を開けたのを確認した私は、再び近付いてその口に自分の弁当箱にあったさくらんぼの片割れを入れ、定位置に戻る。

 

それ以上のアクションは起こさない。

 

当然だ、今の私には余裕がないからな。そして私の行動に対し、ざわざわと周りが煩くなっていくが――私は周囲の雑音を無視し、残り僅かとなった自分の弁当箱に再び箸を伸ばす。

 

「うぅ……」

 

不満あり、と言った具合に本音は声を漏らすが、流石に今のはダメだ。今はこうして努めて何事もなかったかの様に振舞って、平常心を保とうとしているが……頬の熱がなかなか冷めてくれない。しかも、未だに胸の高鳴りも収まってくれない。

 

――イチチ……全く、雪風も容赦がない

 

古鷹の声。どうやら雪風のお仕置きが終わったらしい。

 

(黙って静観してれば良かっただろうに)

 

見ているだけなら、別に非難する訳でもないからな。

 

――それじゃ面白くありませんよ

 

(……面白い面白くないの勘定で振り回されるのは御免被るのだが)

 

――なに言ってるんですか。恋愛は振り回されてなんぼです。現に貴方も振り回してるでしょう?織斑一夏とその周囲を、です。それに、朝の一件を忘れたとは言わせませんよ

 

要は鏡を見てから言え、か。まぁ、否定できないからな。……立ち振る舞いを改めるべきか。

 

――するな、とは言え無いですねぇ

 

だろうな。

 

私は古鷹と会話をしつつ、2回戦が始まらぬ様、そして周囲からの視線等々から逃げる為に素早く食べ終え、立ち上がり、料理部の部員に感謝を述べてから弁当箱を返した。

 

――そう逃げなくても

 

(この場は私がアウェーだ)

 

とにかく居心地が悪い。原因は私にあるが――この場から離脱するのが急務だ。そして主任達が来るまで暫く頭を冷やそう。そうでもしなければ、絶対に面倒なことになる。

 

「……では、後ほど」

 

私は振り返り、楯無達に一言述べてから立ち去ろうとして――突然扉が開かれた。

 

「やぁ椿君、これからどこへ行こくんだい?仕事の時間だよ☆」

「Hi!椿君お久しぶりデース!」

 

……あぁ。

 

どうやら私の運は尽きたらしい。唐突に開かれた扉の先には、主任達が立っていた。

 

 

 

 

「――じゃぁ改めて自己紹介しようか。川崎第一研究所局長兼特殊防衛機器開発部主任、吾妻晴臣。主任って呼んでおくれ」

「第二研究所所属テストパイロット第三席、提・K・エメリーデス!皆さん、何時も椿君がお世話になってマース!」

 

突然の来訪者。しかもそれが世界的にも有名な大企業のトップエリート達が突然やってくるとなると、今までのんびりとしていた者達が一体どうなるかは推して測るべきだろう。

 

一言で言えば荒れた。

 

まぁ、事前に知っていた楯無達によって直ぐに落ち着きを取り戻し、お昼はそのまま解散、手早く弁当箱や風呂敷を片付けて料理部が退散した後、主任達が自己紹介をした。

 

唯一救いがあるとしたら、ドタバタと慌ただしい時に、頬の熱が冷めたぐらいか。

 

「……それで、どうやってここに?」

 

古鷹に黙っていたな、と詰問をしたが古鷹は主任とは別行動だから把握していない、と返答されたので、何故此処に――第二整備室まで辿りついたのか訪ねる事にした。

 

「ワタシがココの卒業生なのをわすれましたカー?」

「……初耳ですが」

 

しかし、確かにありえる話だ。寧ろそれが普通なのだろう。だが、初めて会った時は、名前と既婚者である事以外は聞いてない。後は訓練の時に徹底的にのされたぐらいだ。

 

――懐かしいですねぇ

 

あぁ、そうだな。

 

特に既婚者だったのには驚いた。私の頃は普通だったのだが、やはり今の時代を考えれば早い思う。それに、あの時の千歳さんの苦虫を潰した様な表情は今でも忘れられないな。

 

「そう言えばそうネー。それに、ワタシ以外皆学園出身じゃないから……うん、仕方がないネ」

 

千歳さんは会社内で受けた検査で発見された叩き上げで、ソフィーは教えてくれなかったが、エメリーさんと同い年の22歳だが、今の会話で少なくともIS学園には通っていないのだろう。

 

「まぁ、それはどうでも良いデス!椿君はとっとと第三整備室に主任と行ってくネ。丁度、訓練機とその他諸々の装備が搬入されてるデース」

「……エメリーさんは?」

「椿君の準備が終わるまでここで皆さんと色々とお話してるネ」

 

エメリーさんは一瞬だけ楯無達へ視線を送り、含み笑いをしながら答えた。

 

「そう、ですか」

 

この時の気分を何と言葉で表せば良いのだろう。

 

――な・ま・ご・ろ・し☆

 

黙れ、駄コアが。

 

やはり、一度じっくりと話し合うべきだ。

 

「と言う事らしいね。じゃ、行こうか。やる事が沢山あるからねぇ?」

 

主任は眼鏡をクイッと押上げ、案内を頼むよ、と言って身を翻す。

 

「解りました」

 

私は小走りで主任に追い付き、主任を第三整備室へと案内した――。

 

 

 

 

「これでもう大丈夫ネー」

 

エメリーは椿達が去って少しした後にそう呟いた。

 

「提さん、ついて行かなくても良かったんですか?」

 

余りにも急な事態で取り残された感がある中、何とか気を取り直した楯無が皆の心情を代弁するかの様にエメリーに話しかけた。

 

「No problem.私のお仕事は椿君と織斑一夏君を鍛える事デース」

 

機体云々に関しては全て主任が行う、と言外に言う。

 

「織斑君も?」

 

情報に聡い黛がその単語に食いついた。楯無はエメリーに対し、目で「未だ早いのでは?」と問いかけるが、エメリーはニコやかな表情のまま黛の疑問に答えた。

 

「貴重な男の子!データを集めてIS委員会に提出するのも勿論、悪ーい組織に狙われると困るから、二人の使う機体に合わせて私が特別講義をシマース!」

「でも、天枷さんは違うのでは?」

「椿君はテストパイロット。専用機は別途開発中デース」

 

それを聞いて黛達は成程、と納得した。そして何故エメリーが指導をするのか、と疑問を持つ者は此処には居ない。それ、千歳こそ川崎が代表するIS乗りではあるが、エメリーもまた名の知れた実力者だからである。

 

補足をするならば、エメリーは毎年行われるキャノンボール・ファストの国内大会で常に上位成績であり、しかも此処最近では専用機も完成し、彼女自身の実力も相余って機動部門国家代表に最も近い位置にいるとされる。

 

「そんな事よりも!私には最優先事項があるのデース」

「そんな事より?」

 

そう言えば何で残ったのだろう、と本筋から話がズレていた事に気付いた楯無達は改めてエメリーが何故此処に残ったのかを疑問視した。

 

「それはデース」

 

むふふふ、と若干気持ち悪い笑みを零しつつ、ビシィッ!と指を楯無二向け、高らかに宣言した。

 

「どうやって椿君を堕としたのか、聞かせて貰う為デース!」

 

恋バナ宣言。

 

ボンッ、と爆発が起きたのは三箇所。

 

同時に黄色い歓声が湧き上がった。

 

「楯無ちゃん!簪ちゃん!本音ちゃん!じっくりと聞かせて貰うネー?」

 

狙った獲物は放さない、とでも言いそうな目で楯無達を見つめエメリー。

 

(どうすれば……ッ!!)

 

対象となった三人の中で、取り繕うべきか、逃げるべきか、いっそ開き直るべきかと考えていた楯無であったが、ガッシリと後ろから肩を掴れ、思わず悲鳴を上げそうになりつつも振り向いた。

 

「たっちゃん♪」

 

楯無の肩を掴んだのは獲物を狙う猫の様な瞳を宿した薫子であった。

 

そして楯無は抵抗は無意味だと悟った。

 

(……椿の馬鹿)

 

己の想い人を心の中で罵った後、肩の力を抜く。

 

一方の本音達は完全にゆでダコ状態。

 

そこから先は、彼女達の名誉の為に伏せておこう。

 

 








どうもecmです。四十話、お届けしました。

……うん、さじ加減が上手くならない。

早く展開進めたいのにどうしても文が多くなるだけで進まない。
正直に言えば、アドバイスとか欲しいです。
あれやこれやと大事だと思って細かく書きすぎてしまう……!!
どうやったら上手く纒めれるでしょうか?

まぁ、ともかく、次回も更新が遅いです。忙しいです。ごめんなさい。
次回はエメリーの専用機が出ます。椿君ボコボコにされるの巻。
それでは、気長にお待ちください。


提・K・エメリー(ツツミ・ケイ・エメリー)

IS学園卒業生の第三席。川崎のIS乗りと言えば真っ先に名があるのは千歳だが、もう一人名前が挙がる人物が居る。それがエメリーその人である。

元々エメリーはイギリス人なのだが、IS学園卒業時に川崎にヘッドハンティング後、自由国籍制度を用いて日本人となり、川崎のISを一機預かっている立場にある。そして前述の通り、既に結婚しており、結婚したのは二十歳の頃で、結婚三年目の今でも旦那さんとは今でも熱々らしい。

実力としては千歳にこそ遅れを取るが、自他共に認める確かな技量を持つ。

元ネタは艦これの金剛。容姿は金剛を白人よりにしたもの。相違点はアイスブルーの瞳と服装、カチューシャに変なアクセサリがついてない事である。

エメリー→金剛砂

因みに旦那さんの名前は提督輝(ツツミ・コウキ)
過去にエメリーからはテートク、とあだ名されたことがある。


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