ーInfinite Stratosー~Fill me your colors~   作:ecm

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第三十九話:Доброе утро

――朝――

 

「……」

 

不意に目が覚めた。

 

時間か?と思ったが、辺は未だ暗く、目覚ましも鳴っていないので早く起き過ぎてしまった、と寝ぼけた頭でも理解する事ができた。よって私はもう一度眠ろうと思って布団をかぶりなおそうとしたのだが、動いた拍子に筋肉痛の痛みが寝ぼけた頭に非常に宜しくない刺激を送ってきた。

 

……とんでもない目覚ましだ。まさか筋肉痛で睡眠を妨げられるとは思わなんだ。耐えれないわけではないが……改めて振り返るとよく私は楯無達の前で筋肉痛を隠し通せれたと思う。いや、もしかしたら筋肉痛で痛がるよりも質問攻めに対応する方が忙しかっただけなのかもしれないが――どうなのだろうか?

 

「……ぬぅ」

 

頭を振ってバカバカしい、の一言で一蹴しようと思ったのだが、昨日の出来事を改めて振り返って見ると否定する材料が見つからなかったので思わず呻いてしまった。

 

――もう触れない様にしよう。

 

素早く結論を出してから痛みに耐えつつ身を起こして頭を振り、窓越しに外の様子を見てみれば朝霧で薄暗く、少しだけ視界が悪い状態であった。

 

時計を確かめて見ると4時30分。

 

随分と早くに起きてしまった様だ。何時もならもう一度寝よう、となるのだが今回は……ダメだな、眠気はもう吹き飛んだ。多少ベットが名残惜しくは思うが……さて、どうするべきか?

 

私は少しだけ考え、答えを出した。

 

「少し、出歩くか」

 

所謂散歩だ。時間は特に気にしなくても良い。今日から6月で、しかも土曜日だからである。当然学校は休みなので朝の支度事態はゆっくりでも何ら問題は無いのだ。

 

それに、これから先は暇さえ惜しくなる――事情を知っている者なら解ってくれるだろう――から、今自分が置かれている状況等々の整理でも付けようと思ったのだ。

 

『戦闘訓練と単一仕様能力の制御』

 

今後の予定を大雑把に纏めるとこうなる。一見すればやるべき事自体は単純だが、しかし難しいのは一目瞭然だ。肉体的、精神的にも限界まで追い詰められる事になるだろう。当然時間も多く割く。

 

閑話休題。

 

さて、今日の予定だが、午後になれば主任達が不知火を持って学園に来るので、午後は不知火に慣れる+訓練を、午前の予定は散歩をしながら決めてしまおうと思っている。勿論、主任に会った時は私が簪の為にと作った武装の設計図を渡すのも忘れない。

 

尚、この件については昨日の夜に古鷹が伝えてきた。その時の私は随分と早い、と思い理由を尋ねたところ、古鷹曰く、早急な私の身の安全の確保の為と、以前武装テストで使った不知火がそのままだったから、らしい。まぁ、少し考えれば理解できる理由だった。それに雪風の存在もある。事を動かすには早い方が良いだろう。無論、この件は楯無達にも伝えた。そして次いでに、言ってはなんだが、このタイミングで私は簪と本音に古鷹の存在を明かし、古鷹に二人に対して自己紹介をしてもらった。

 

もう隠す必要はないし、彼女達にも知ってもらう必要があるからな。因みにあの時の二人は……そうだな、最初こそとても驚いたり赤くなったりと百面相の様な反応を示していたが、すぐに本音は鷹さん、と愛称を付けて馴染み、簪は簪でコアと通じ合いたい、と意気込んですぐに適応していたので少し意外だった。てっきり、もっと驚くものだと思っていたのだが。

 

「決め付け過ぎ、か?」

 

自分の価値観は周りとずれているのだろうか?と軽く疑問を持ったが、すぐに雑念を振り払い、立ち上がって軽く体をほぐしながら隣のベットに視線を送る。

 

視線の先にあるの私の居る方向に体を向けて寝ている――所謂横寝の体勢で寝ている本音。

 

仏頂面で考え事をしていても、そのあどけない寝顔に思わず顔がほころんでしまう。

 

同時に胸の奥が確かに熱くなっているのが解った。

 

「……もどかしいな」

 

以前の私なら、そっと手を伸ばして髪をひと梳きしていたのかもしれない。

 

だが、できない。

 

触れてしまえば消えてしまう、そんな気がしたから。

 

自分でもこれは筋金入りだと思う。ヘタレ、と言い換えてもいい。

 

――何処までが、境界線なのだろうか?

 

もっと彼女達の事を知りたい。触れ合いたい。できれば、傍に居たい。否、できればではなく、ずっと傍に居たいのだ。だが、これからそう振舞おうと考えると、尻すぼみしてしまう。

 

変わっていく関係に、変わってしまう関係に恐れを抱いてしまったから。

 

本当に、もどかしいな。

 

「……そろそろ、行くか」

 

何時までもここで悩んでいても仕方がない、と区切りを付けてベットのとっかかりに掛けている待機形態のヘッドフォンを肩にかけた。

 

――おはようございます。今日は早いですね

 

――おはよ。つばき、はやおき

 

(おはよう。まぁ、偶にそんな時もある)

 

――しかし随分と独り言が多かったようで?

 

……どうやら無意識のうちに幾つかの言葉を外に漏たしていたらしい。

 

(朝だからだ)

 

取り繕おうと思ったが何も言い返す事が出来無かったので強引にこの話を打ち切った。そして矢継ぎ早これから散歩に行く旨を伝え、肌寒さで風邪を拗らせぬ様、ジャケットを羽織って部屋を後にした。

 

「行ってくる」

 

本音のベットを通り過ぎる間際、その一言と共にもう一度だけ寝顔を目に焼き付けてから。

 

 

 

 

――部室棟――

 

早起きは三文の徳、と言うことわざがある。意味は周知の通り朝早く起きると良いことがあるということではあるが、実際にはわずか三文だとしても、得るものがあるということで、朝寝を戒める意味を込めて使うらしい。まぁ、私としては朝の新鮮な空気を吸いながら物思いに耽れたので前者の意味を使うのだがな。

 

実に有意義であった、と言えよう。

 

お陰で今の出来事も、自分の立場も、これからの身の振り方も再認識する事が出来た。だからこそ、己の力不足が浮き彫りになってしまう。言い訳ではないが、裏の世界を知って未だ3ヶ月で殺しも知らない素人なのだから、それは仕方が無いと思う。

 

私は未だ、力不足なのだから。

 

無論、それを理由に何時までも甘えるつもりはない。逃げるなぞ、以ての外。私は強くなる。強くなる為の理由を見つけれた。故に私は私の役割を全うしてみせよう。

 

言葉だけはないと、証明してみせる。

 

(……しかし、偶には良いものだな。散歩というのも)

 

何も物思いに耽る為だけに散歩をしようと思った訳ではない。気分転換も兼ねているのだ。まぁ、最初は裏庭だけ、とは思っていたがのだが……何時の間にか普段は行かない部室棟があるエリアまで来てしまったぐらいには良い、と言う事にしておこうか。

 

――まぁ、ありじゃないですか?ですが、私個人としては平時ならまだしも、あれだけ疲労していたのに4時半起きで散歩、と言うのは褒められたものじゃないとは思いますけどね

 

どうやら言外に私の身を按じてくれているようだ。

 

――ゆきかぜも、しんぱい、する

 

(今日だけだ、目をつむってくれ)

 

流石に身に堪える。

 

――訓練も、ですよ?無理し過ぎないでください

 

(……善処しよう)

 

難しい相談だ。

 

何故なら私は自分をどこまでも追い詰めるのだから。しかしそれは当然の事。言葉では無理をしないと約束したが、無理でもしなければ、何もできずに終わってしまいそうが気がしてならないから。

 

だから、多少の無理は見逃して欲しい。

 

――あーはいはい解りましたよ。ですがこれだけは覚えておいてください。今貴方が倒れて困るのは最早貴方自身だけではない、と言う事を。予定はぎっしりと詰まってるんですからね

 

私は解っている、とだけ返して――風きり音と聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

(……一夏、か)

 

聞こえてきた方向――道場の裏側へ回って見ると、予想通り一夏が道着姿で竹刀の素振りをしていた。

 

尚、一夏の事は虚と本音経由で色々と聞いた。端的に言えば、あの一件で役に立てなくて凹んでいた所を鈴とセシリアが元気づけ、そして最後に織斑先生と会話をして元気づけるのに成功したらしい。それは今の様子で充分に証明できるだろう。

 

(よく、やる)

 

――解っていますよね?

 

何が、と聞く必要はない。

 

(解っている)

 

私はあの一件を覚えていない、と言う事になっているからだ。次いでに今まで怪我をして寝込んでいた事にもなっているのだ。だから最低でも今は会うべきではないし、後に会った時でもこの話題は避けなければいけないのである。

 

……まぁ、たとえ流れで喋る事になったとしても先生から聞かされた、と言えば取り繕う事は可能だがな。それに、そもそも箝口令が敷かれているのだから二人きりならまだしも、一夏とて周囲の目がある場所では喋りはしないだろう。無論、私とて思う事はある。だが、それだけで軽率に話題に上げて面倒な事態にするつもりはない。

 

 

私は古鷹の言葉に会釈を返し、そっと物陰から素振りを観察する事にした。

 

気合の入った声と共に無心で放たれる真っ直ぐな軌跡。

 

素人目ではあれこれ言え無いが、とても綺麗な素振りだと思う。それに、白式を駆り、雪片を振るう時とはまた違う真剣さを感じられた。

 

――継続は力なり、ですか

 

――どりょくふんれい?

 

(あぁ、あそうだな)

 

私やセシリアにボロ負けしていても立ち上がり、何度でも挑んで、その度に実力が上がっていたのだ。その根底は純粋に家族思いから、そしてこの素振りもまた、含まれているのだろう。

 

正直に言えば、それだけ愚直なまでに一本筋なのは羨ましいと思う。何も知らないから、というのもあるかもしれないが、例え一夏が全てを知ったとしても変わらずに一夏のままでいられるだろう。

 

真っ直ぐな、それこそおとぎ話の騎士の様に。

 

成程、篠ノ之束が主役にしたがるのも頷ける。一方の私はと言えば――いや、別に良いか。私は私。自分で言った言葉を忘れるつもりはない。だがやはり私とて男だ。時代も環境も価値も、果や世界さえも違うが、私も幼い頃は騎士の様になりたいと思ったのだから。

 

幼い頃の夢。

 

……まぁ、今となっては騎士になれなくても良いがな。騎士でなくとも、守れるだけの力さえあれば、障害を振り払うだけの力があればそれで――

 

「……ほう、何を見ているのかと思えばの素振りか」

「っ!?」

 

いきなり背後からの低い声に思わず心臓が止まりそうになったが、聞いたことがある声だったので冷や汗をかきながらに振り返えった。

 

「何故此処に居るんですかアーロン……さん?」

 

思わず疑問符になった。

 

「護衛が護衛対象の周囲にいるのは普通だろう?」

「いえ、そうではなく何故ギリースーツ、の様な物を着ているんですか?」

 

そう、疑問符になった原因が正しくこれだ。しかも緑色でなく灰色である。

 

「これはステルス迷彩だ。情報は全て、とまでいかんがお前でも閲覧可能な筈だ。気になるのなら後で古鷹にでも聞いておけ。さて、それはさて置き、оброе утро,天枷」

「……ドーブラィエウートラ」

 

確かロシア語で、おはよう、だったな。しかし、ステルスか。驚きの連続で徐々反応に困る。まぁ、ステルスに関しては……まぁ、後々尋ねるとしよう。

 

「ふむ、発音はまぁまぁだ。だが、ノリは及第点をやろう」

「ありがとうございます――ではなくて、先程の続きなのですが」

「解っている。その辺も含めて話すから少し付いて――いや、見えないだろうから裏庭まで来い」

 

そう言ってアーロンさんはステルスを起動、周囲の風景と溶け込んでいった。その間、私は少し呆気に取られていたが、すぐに気を取り直して道場の裏庭を小走りで後にする事にした。

 

――すいません。散歩を行く旨を聞いたと同時に同行をお願いしていました。そして貴方が考え事もひと段落、時間的にも色々と話せる、とタイミングがマッチした結果こうなりました。あぁそれと、彼が今の貴方は隙がありすぎるから気を引き締めろ、と言っていましたよ

 

小走りしている最中、古鷹が言う。

 

……隙が多い、か。自覚はしているつもりだし、治そうとはしているが……やはり緊張感が足りていないのだろうか。いや、現実として足りないのだ。どうにも、浮ついてしまうらしい。

 

(……そんな筈が無い、と言い切れんか)

 

私は己の非を認め、気合を入れる様に頬を思いっきり叩く。そして言われた通りに裏庭へ辿り着くと、其処にはステルス迷彩服のフードの部分を脱いだアーロンさんが待っていた。

 

「来たな」

「はい。それで話、とは?また何か新しい指示が?」

「いや、流石に昨日の今日でお前個人に追加の指示は来ていない。だが我々に来た。そこで部隊内で話し合い、お前に幾つかの情報を伝えるのを決定した」

 

情報を、か。

 

「なに、そう気構えなくてもいい。これは絶対に覚えろ、という事ではないし、精々頭の片隅に置いておけと言った具合のモノだからな。本当に必要ならお前にも指示が来る」

「と言うと?」

「先ずは聞くことがある。天枷そして古鷹。お前達は銀のリスを見たことはあるか?」

 

一応の確認、か。だが、生憎私もそんな奇っ怪なリスは見たことがない。と言うか、恐らく生き物ではないのだろう。雪風はともかく、一応古鷹にも聞いて見たが、与えられた情報に類似した個体は確認できていません、と返答がきたので私はその旨をアーロンさんに伝えると、一度相槌を打って再び言葉を紡ぐ。

 

「これはつい最近の目撃情報だが、川崎の研究所、特にIS関連の研究所周辺で銀色のリスが確認されている。薄々勘付いているだろうが、これは無人偵察機だ。しかも篠ノ之束の偵察機である可能性が高い。いや、ほぼ確定だろう。捕縛する前に逃げられている事によりある程度の機動力を有するの解っている。だが、戦闘能力の有無は不明だ」

 

戦闘能力があれば、驚異。

 

「よって我々には学園内でも存在が確認できるか調査しろと指令がている」

 

尚、研究所内部にまで入られた形跡は現在のところ確認されてない、とアーロンさんは付け足したが、今確実に言えるのは篠ノ之束が川崎に対して既に何らかの行動を開始している様なのは確かだ。

 

しかし、リス――小型の無人偵察機、と言う時点で驚きなのだが、配色は明らかにミスではないのだろうか?篠ノ之束の遊びかどうかは知る由も無いが、こうして見つかっている時点で……意図が解らんな。

 

因みにだが、川崎の研究所、特にIS含む軍事関連の所には軍事基地とでも言わんばかりの高性能レーダーを設置している。しかもハイパーセンサーの技術の一部を解析して流用しているのだとか。

 

目的は言わずもがな、若干やり過ぎな様な気がするが、今こうして実際に役立っているのだからレーダーの設置は正しい選択だった、と言えるのだろう。

 

「アレの性格を考えれば、今の段階”では”なりふり構わず消しにかかる事はしない、と言い切れる。直接的な害は無いと思ってもいい。だが一応は注意をする必要があるな」

「解りました」

 

確認次第、連絡を入れよう。

 

「そして次にだが、今日から私は用務員と言う名目で常駐する事になった。川崎の人間を置く話については既に話してあるから経緯は省くが、私にはIS強制停止権限が与えられている」

「……よろしく、お願いします」

 

この単一仕様能力は簡単に暴走する。実験の状況次第では、何度もお世話になるだろう。もっとも、私が自分の意思で自由に制御できる『色』を出せることができればその必要もないのだが、な。

 

「スイッチ一つ、と言うのが今ひとつ信用できんが、な。ではこれで伝える事は以上だ。何か質問はあるか?何なら私的なものでも構わんぞ?時間は……うむ、余裕があるな」

「……なんと」

「あぁそうだ。普段は生徒の目につかぬ様用務員室に居るが、タイミングを見計らって顔を出すといい。なに、悩み事の一つや二つは聞いてやらんこともない」

 

言葉ではアレだが、寧ろどんとこい、と顔に書いてあった。

 

……何と言えば良いのだろうな。随分と生き生きしてる、か?今のアーロンさんはどう見ても歴戦の古強者には見えず、『好々爺』と言えばぴったりな雰囲気を醸し出していた。

 

掴み難い、か。

 

まぁ、かと言ってアーロンさんは私にとっては付き合い難い人ではない。いや、寧ろゆったりとできる気がした。それに、どことなく千歳さんと同じ気配が……いや、寧ろ千歳さんがアーロンさんに似ているのか。

 

納得できる。

 

成程、目の前に居る人物がどう言う人間なのかよく理解できた。

 

「ではお言葉に甘えて」

 

私は全身の力を抜いて楽な姿勢になるために壁に寄りかかった。そして私の行動を見たアーロンさんはふむ、呟いてから笑みを浮かべて私に倣って壁に寄りかかった。

 

――話をしたい。

 

アーロンさんは、そう思える人物だ。

 

だから気兼ねなく、気負いもなく話そうと思う。それに、人柄の他にも同性で、何より『年齢』も近いからなおさらだ。肉体に精神が引っ張られて不安定な時期もあったし、今も幾らかあるが……ともかく、楽な話し方にできないのが残念で仕方が無いな。まぁ、それはそれ、これはこれと言う事で割り切ることにしよう。

 

「以前、千歳さんを鍛えていた時――」

 

取り敢えず、当たり障りのないところから始めようか。

 

そして其処からちょうど良い時間になるまでアーロンさんと色々話をした。中でも千歳さんの少女趣味(本人の前で話題にはすまい)についてが印象だったな。他にも愛娘に対する話(強制)があった。因みに筋肉痛に関して話してみたが、古鷹と一緒になって幾つかのアドバイスを貰えたので早速後で試そうと思う。……あぁ、もう一つ言い忘れていたな。

 

――とても有意義な時間だった。

 

また機会があれば話したい、そう思えるくらいに。

 

 

 

 

――自室――

 

「ただ、い……ま?」

 

既に6時を過ぎた時間に部屋に戻ったのだが、戻った瞬間思わず固まってしまった。

 

その、何と言えば良いか。部屋を出る前は全く異常は無かったのだが、今こうして部屋に戻って見るとだな、こうも変貌?を遂げてしまうとは流石の私もどうすれば良いのか解らん。

 

――いや、呆気に取られすぎでしょう

 

えぇい喧しい。……解った。

 

「本音、何故私のベットに寝ている?」

 

そう、部屋に入った時に視界に捉えたのが私の布団に潜り込んで眠っている本音だったのだ。

 

別段、本音が私のベットに居るのは問題無い、と言えば少し語弊がある――そもそも男女同衾の時点でおかしい――が、「私、不機嫌です」とでも言うべき雰囲気を纏っていたので呆気に取られたのだ。

 

しかし声を掛けても反応が無いな……もう一度声をかけるか。

 

「……本音?」

「……」

 

僅かに身じろぎするだけで無視された。どうすればいい?

 

――ここは不肖、私めが解決案を出しましょう!

 

……凄まじく不安があるが、一応聞いてみるべきか。

 

――簡単です。今のMs.本音は亭主が構ってくれなくて不貞腐れている女房そのもの!ここは一つ叩き起してとびっきり熱いベーゼを(雪風、古鷹は地面と熱いベーゼを所望の様だ)……Oh!母なる大地よ今貴方といや、雪風、ちょっとま、いや!ファーストキスはあの人と決め

 

次の瞬間、鈍い音と共に悲鳴が聞こえ、更に少しした後に気持ち悪い啜り泣きが聞こえてきたのでそっと意識を切り離し、こめかみに手を当てて心の中でため息を吐いた。

 

……雪風に古鷹がバカな言動に走ったらやりすぎない程度に制裁をしろ、と言っておいて良かった。それに今の奴に聞いた私も馬鹿だった。何時なら、気付けた筈なのだがな。私は――いや、何も言わないでおこう。

 

――だったら、ねる。もういっかい、いっしょに

 

古鷹に制裁をし終えた雪風が提案してきた。有難いとはおもう。だが、そもそもの話だが、私は本音を無理矢理言いくるめて別々に寝る事にしたのだ。理由は察して欲しいが……私の度胸の無さを嘆けくしかない。いや、度胸があったとしても――えぇい。

 

(すまん。その提案は受け入れられない)

 

その選択は、今は最善ではないだろう。

 

――ざんねん

 

雪風はそう言って引き下がった。

 

――私、復活!おう、待ちなさい雪風……全く、あからさまな態度の急変は疑心暗鬼を生みますよ?それに、この提案云々は別にして毎日一緒に寝てたんですから今更でしょうが。まぁ、察せない事は無いですが?

 

……言い返せないのが癪に障る。

 

――とにかく、このまま放って置く方向は無しにしてくださいよ

 

――みぎに、おなじ

 

当然だ。

 

私は覚悟を決めて一歩一歩踏みしめながら本音の方へ近づく。途中『いや、気負い過ぎです』と聞こえた様な気がしたが、今の私には周囲の雑音など耳に入らない。

 

ベットまで辿りついた私は横寝の本音を正面に捉えて視線の高さを合わせる為に屈む。そして視線の高さを合わせると、僅かに頬を膨らませながら眉に皺を寄せていた顔があった。

 

「本音」

「……なーに~」

「何故、不機嫌なんだ?その、私が悪い事をしただろうか?」

 

心当たりが無い。だから、私は今できるのは事実の確認とその対処を素早く行う事だ。

 

私の問いかけに、本音は身体を起こしてから答える。

 

「何で外に出たの?」

「……何故、とは?」

「つばきはいっつも何か隠し事をしてるよね」

 

……心当たりが多すぎるな。

 

「それは、仕方が無いと思うのだが」

「お仕事の事じゃなくて、身体だって本当は痛いのに隠してるってこと!」

「……気付いていたのか?」

「それぐらい、解るよ」

 

そう、か。

 

「これから忙しくなるのは解るけど、休む時は休んで、無理はして欲しくない」

「……すまない」

 

私はあの散歩に意味があったからこそ、後悔はしていない。それに、行動が軽率だったのも認めよう。だが、どうやら私は未だ考えが足り無かった様だ。

 

それは私を身近で心配してくれる人の事を考えて居なかった事だ。

 

客観的に考えてみれば病み上がりである筈なのに何も言わず一人で出歩いて、彼女が起きた時に私が居ないと気付いて心配をさせた、と言うのはどうだろうか?散歩中に古鷹が言ってたとおり、そして本音が今暗に指している様に、褒められた行為ではないのは確かだ。だからこそ、そこもきっちりと反省しなければならない。

 

「本当に反省してる?」

「あぁ、反省した」

「じゃぁ、許してあげる~」

 

そう言って本音は何時もののほほんとした表情に戻った。私はその表情を見てどうにか穏便に事を済まされたのに安堵の息を吐き、立ち上がろうとして――次の本音の発言に別の意味で固まることになった。

 

「でも、お仕置きはします」

 

……何故に。

 

「しんしょーひつめつ、だよ~」

 

信賞必罰、だ。消してどうする。まぁ、それはともかく――

 

「急に腰が」

「逃がさないよ~?」

 

逃げ様とする前に手を握られ、あえなくベットに座る羽目になった。但し正座ではなく、あぐらで、だ。どうやら彼女なりの配慮らしい。まぁ、正座よりはましなのは確かだが……できればお咎めもなしにして欲しかった。

 

「罰を受ける前に、一つ、聞きたい」

 

別に時間稼ぎではない。しても逃れれる様な奇跡は起きやしないのだから。

 

「な~に~?」

「最初にも言ったが、何故私のベットで寝ていた?」

「……次は前向いて~」

 

黙秘らしい。

 

――いや、言わんでも解るでしょう。察してあげなさいよ

 

(……それは)

 

何と、言えば良いのだろうか。

 

――けっ、初心の根暗野郎が。

 

(喧しい、駄コアが)

 

「……解った」

私は本音に悟られぬ様、古鷹と口論しながら指示に従って―――

 

「えいっ!」

 

本音が後ろから抱きついてきた。

 

「ッ!?!?」

 

何をされるのか全く意識してなかったが故に思わず悲鳴をあげそうになった。同時に背中に当たる確かな膨らみと女性の特有の香りに脳をやられてしまい、著しく思考能力が低下してしまった……様な気がする。

 

だが、何故だろうか?

 

混乱している思考とは別に、安心感が込み上げてきた。

 

――……っち、今日のところは此処までにしてやりますよ。とっとと爆破しろ

 

そんな言葉など頭には入らない。ましてや口撃する気すら起きない。

 

今、重要なのは――

 

「なに、を」

 

本音は、何をしたいのか?

 

「花も恥じらう乙女を心配させたバツだよ~」

 

……どこから突っ込んで欲しいのだろうか?いや、全て否定する訳ではないが……言葉と行動が一致していないのを指摘したら治してくれるのだろうか。

 

―――寧ろ(お前が突っ込まれたい様だな)まだ言い切ってないのにっ!?――ってあら?ちょっと雪風さん?何故貴方は氷柱なんて物騒なものを持ってるんでしょうか?え?それを刺突に構えて何をし……おおっ!?

 

其処から先は分かりきった結末なので私は意識を切り離した。

 

「あ、後はつばき成分補給中あんど~本音さん成分供給中だよ~」

 

そう言って本音はあろう事か顔を横――私にとって左側――に付き出して頬ずりを始めた。

 

これには思わず飛び上がりそうになった。だが、本音がそれを防ぐ為か抱き締める力を強めてきたので失敗に終わり、胸の高鳴りが際限なく大きくなるのを感じながらされるがままになってしまった。

 

「お髭がじょりじょり~」

 

私は肉体的には十八歳。未だ髭が濃くなる様な年齢ではないが、肉体が精神に引っ張られているのか、はたまた体質なのかは知らんが、髭の伸びは早い方なのだ。

 

何が言いたいのかと言えば、これでも男の端くれ。身なりを整えてから出掛けておくべきだった、と少し後悔まった。だが、今はそんな些細な事はどうでも良かった。

 

――温かく、柔らかい。

 

今こうして居るのが、何よりも至福。

 

以前、抱き締めた時は周囲からの視線と羞恥心に勝てず、その後の授業にもあまり集中出来なかった。後で振り返っても『そんな事があった』程度にしか覚えていなかったのだ。本音の体温も香りもその肢体の柔らかさも、何も覚えてはいなかった。あの時はそれを残念に思っていた。

 

だが、今こうしていると、忘れてしまったあの感覚が蘇って来る。あぁ、この感覚だと、懐かしさも込み上げてくる。だから、今はこの時間を、堪能したい。

 

「でも、気持ちいい」

 

本音の表情は現在顔が頬に張り付いているので伺う事はできない。だが、いつものあの柔らかな微笑みで、とても気持ち良さそうにしているのは言葉からも伝わって来た。

 

――あぁ、そうだな。

 

同意したい。でも、口には言わない。恥ずかしいからだ。故に私はただ、身じろぎせず、無言を貫く事にする。印象が悪いかもしれないが、きっと私の意思も伝わるだろうから。

 

だが、されるがまま、と言うのは少し性に合わないな。

 

「ふぇ?」

 

本音が頬ずりをしながら素っ頓狂な声を上げた。

 

それは何故か?

 

答えは私がそっと本音の顎に手を添え、そのまま猫をあやす様に優しく頬と顎のラインを往復させ始めたからである。素っ頓狂な声を上げてしまったのは、視界に私の手の動きが入って無かったから解らなかったのだろう。

 

詰まる所、ささやかな不意打ちである。

 

「てひひ~」

 

本音は気持ち良さそうな笑い声を漏らし、手の方に顔を寄せてきた。

 

必然的に頬と頬が離れる。

 

私は頬が離れた瞬間、途轍もない空虚さを感じ、すぐさま頬を寄せる。寄せて、しまった。そしてその行動を受けた本音はまた――然し小さく声を上げた。

 

やってしまった。

 

凄まじく恥ずかしい。反射的な行動だったので何を言われても反論できない。指摘されたらしどろもどろになるだろう。もしそうなったら……逃げる、が一番の選択か。いや、そうすると――

 

「~♪~♪」

 

本音は何かの歌を鼻歌で歌いながら私の頬に頬ずりをする。私は抵抗せず、押されるのに従って首を倒したが――そうすると今度は手の方に寄っていった。

 

私はそれをまた反射的に寄せてしまい、自分の行動に羞恥心で苛まれてしまう。そしてまた本音が頬ずりをして――先程の動作を繰り返してきた。

 

何度繰り返しただろうか?

 

恥ずかしさのあまり数えてなかったので知らないが、漸く私は自分がからかわれている事に気づいた。まぁ、学習しないで何度も繰り返している時点で……ともかく、そうすると少しむかついてくる。仕返しをしようと思ったが、一瞬、羞恥心と天秤にかけてしまい、タイミングを見失った。

 

そして先程の繰り返し。

 

しかも今度は少し笑ってきた。

 

許さん。

 

私は恥を捨てる事にした。

 

「うにゅぅ~~!?」

 

私がした行為は手と自分の頬を使ったプレス。

 

ちょうどまた私の頬に寄せてきたタイミングだったので会心の一撃だった。流石に唇には触れていないが、きっととても良い形のアヒル唇になっているだろう。ざまぁ見るがいい。

 

私は少しの間、そのまま頬ずりと頬撫でを実行する。

 

そして満足したあとに本音を解放すると、恨めしい唸り声を上げたが、直ぐ本音は笑い始め、私もそれに釣られて笑ってしまった。

 

そして重なり合う笑い声。

 

奏でられる二重奏。

 

何時しか胸の高鳴りさえ聞こえなくなり、すぐ横に居る本音の息遣いしか耳に入らなくなった。

 

――ずっとこのままでいたい

 

今はそれ以外、何も考えられなかった。

 

 

 

 

あれから少しして、本音が身を引いてしまったので至福の時間は終わってしまった。その時の顔は本音にみられなかったが、今まで黙っていた古鷹曰く親から無理矢理離された子犬の様だ、と言われた。きっとその時の私に尻尾と耳を付けたらさぞ似合っただろう。全力で断るが。

 

閑話休題。

 

私は取り敢えずシャワーに入る事にした。そしてその時鏡で見た自分の顔は……まぁ、見事なまでにゆでダコだった。どうやら私は重度の顔面赤面症を患ってしまったらしい。次いでに相変わらず死んでいる様に濁った瞳は、少しだけ清んだ様な気がした、と追記しておこう。子犬だな、私は。

 

そして今現在何をしているかと言うと――

 

「どうだ?」

「気持ちいい~」

 

私は鏡の前に椅子を寄せて座った本音の髪を梳いているのである。

 

鏡に映る本音は上機嫌であり、鼻歌を歌いながら上半身を揺らさない程度に脚をパタパタさせていた。一方の私といえば口角がつり上がるのを必死に抑えようとしているのが確認できた。どうにか微笑みレベルまで抑えれているが……変になってはいないだろうか?

 

――努めて冷静に振舞おうとしてるつもりが抑えられない、ですか?

 

――しあわせ?

 

(……その通りだ)

 

――おうおう、惚気フルスロットルですかこんちくしょうめ

 

惚気でも何でも構わんさ。それだけ嬉しいのだから。

 

「ねぇねぇ、つばきー」

「何だ?」

 

鼻歌を止めて本音が私に声をかけてきたので、一旦手を止める。

 

「午前の予定はどーするの~?」

「あぁ、その事か。午前の予定は……そうだな」

 

アーロンさんや古鷹から筋肉痛をどうすれば良いかを尋ね、幾つかの方法を教えられたのでそれらを実行しようと思っていたのだ。しかしまぁ、それは一時間程度で終るものなので少し時間が空いてしまう。

 

「一時間ほど身体を動かして、そのあとは座学、か?」

 

知識として蓄えておくべき事は幾らでもある。それに、午後に激しく動くのであれば体力は温存しておくべきだろう。ならば選択肢としてはこれが妥当か。

 

『あーその事ですが』

 

唐突に古鷹が割り込んできた。

 

――次の台詞に合わせてください

 

「あ~、ふっちーおはよ~」

『おはようございます、Ms.本音。午前の予定ですが、この機体から使える武装を引き出すのと、今までの稼働ログの回収と編集をしておいて欲しいのですが』

 

――次いでに雪風の回収をお願いします。と言うか、これが本命です。まぁ、表向きの方もちゃんとやっておいてくれれば助かりますけどね。あぁそうだ。雪風、専用回線への接続方法を前に教えたでしょう?身体がなくてもできますから、それを通してログの編集を手伝ってくれませんか?

 

――わかった。てつだう

 

(ありがとう。それで、だ。と言う事はお前は午後まで用事があるのか?)

 

――えぇ、私の身体とは別件にやる事がありまして。詳細の方は未だ貴方には話せませんのでご了承下さい。では、これで話は以上です

 

私は了解した、と短く返してこの会話を終えた。

 

「そうか、ならその後に……本音、私も簪の手伝いをしようと思う」

『それが良いかと。Ms.本音もよろしいですか?』

 

実際何度か古鷹に手伝って貰いながら機体のデータを編集をしたのだが、これが少々時間を要するのだ。特に単一仕様能力が発動した影響もあるから、機体を詳細に調べ上げなければいけない。それに終えた後に戻っても座学の暇は無いだろうから、だったらこのまま簪達の手伝いに回った方が良い。午後に主任達と落ち合う場所も整備室だから都合も良いだろう。

 

「いいよ~」

『ありがとうございます。では、私はこれで』

「簪には朝食の時に私が伝えよう……さて、これで髪梳きも終わったぞ」

 

話していたので途中で手を止めていたのだが、あと少しで終る、と言う所だったので2、3回程梳いて良い感じに仕上がったので終了を宣言した。

 

「ありがと~……ねぇつばき~」

 

私はヘアブラシを洗面台に持っていこうとしたが、本音に話しかけられた。

 

「何だ?」

「またぎゅっとして欲しいなぁ~」

 

……。

 

「断る」

「えぇ~なんで~」

 

ショックだ、とでも言わんばかりの表情をする本音。

 

「先程罰と称してお前がやっただろう」

 

それに、恥ずかしいからやらんに決まっているだろう。口に出して言えんが。

 

――ツッコミ待ちですか?

 

喧しい。雪風、少し黙らせろ

 

――わかった……ふるたか、だまらせる

 

「記憶にこざいません」

「……さて、片付けて食堂に向かうとしよう」

 

私は古鷹の断末魔を聞きながら今度こそ洗面所にヘアブラシを置きに行く。そして戻ってくると本音が私に向かってぶつぶつとまるで呪詛を吐くかの様に文句を言ってきた。

 

「うぅ……どけち~いけず~あんぱん!じゃなくてあんぽんたん!」

 

どうしてそうなるのだろうか。

 

「喧しい。理由もなくするものか」

「……じゃぁ理由があればいいんだね~」

「さてな……その前に時間切れの様だ」

 

言質を取られたのでどうやってはぐらかそうかと思ったが、丁度いいタイミングでドアを叩く音が響いたので私はそれを有難く利用させて貰う事にした。

 

そして私は本音のジト目の視線を避ける様に扉を開ける。

 

「お、おはよう、椿」

「あぁ、おはよう、簪」

 

私は挨拶を返して部屋から出て―――視界が塞がれ、背中に柔らかい感覚が伝わってきた。

 

「だ~れだっ」

 

……今日は朝から不意打ちされ過ぎてあまり驚かなか――無理だ。心臓に悪すぎる。それにこんな事をする輩を私は一人しか知らないので尚更である。

 

だが、だからと言って思い通りになるのは癪に障るのも確かだ。

 

「何か御用でしょうか、更識生徒会長」

「え?」

 

私が無反応で、しかも他人行儀で接した事に驚いた様だ。

 

――あーあーそう言う事します?普通?

 

――つばき、いじわる

 

……耳に入らんな。

 

「視界を塞ぐのを止めていただきたいのですが」

「……はい」

 

妙に気落ちした声で手をどけて――その瞬間に私はその手を取り、素早く振り返る。

 

「おはよう、楯無」

「え、え……おはよう」

 

私は今とても素晴らしい”笑み”を浮かべているのだろう。証拠に楯無はしてやられた、と言う表情で挨拶を返してきた。本来ならここで笑いの一つで終わらせたら良いのだろうが……私はここで終わるつもりはない。より一層口角を吊り上げ、問う。

 

「さて……言い訳は?」

 

先の展開を予測できたのか、楯無は逃げようとするが、私が既に手を掴んでいるのでそれはさせない。そして私は先程同じ文言を一文字一句ゆっくりと口にしながら手刀を構える。

 

「こ、こんな筈じゃ―――あ痛っ!?」

 

悪・即・斬、である。……ただ頭に軽い手刀を食らわせただけだがな。

 

――いや、今の貴方の方がよっぽど悪人面だったのですが

 

(面だけだろう?なら問題無い。正義は必ず勝つ)

 

――いやな正義もあったもんですね

 

――かったほうが、せいぎ?

 

そうとも言うな。

 

「うぅ、乙女の頭になんてことを……」

「朝から心臓に悪い事をするからだ馬鹿者」

 

そして私が手を離すと楯無は私が苛めてくる、と根も葉もない事を言いふらしつつ簪と本音の二人に慰めにもらいに行った。

 

……もう一度手刀を見舞うべきだろうか?いや、止めておこう。しかし困ったな。このやり取りのせいで遠回しに眺めている者が多くなった。しかも扉を開けて態々見る者も……あぁ、そうか。ただでさえ人望が高い楯無と私がこのやりとりを……面倒な。

 

さっさと行こうかと考えたが――声をかけられてその思考を中断した。

 

「あらあら、見ないと思ったらやはり此処ですか」

「見ての通り、だ。おはよう、虚」

 

簪と本音も私に続き、遅れて頭を抑えていた楯無も虚に挨拶をする。そして虚はそれに返しながら私の隣に立ち、楯無達の様子を眺めつつ小声で話し掛けてくる。

 

「今日から大所帯になりますね」

「お陰で周りの視線が酷いがな」

「ふふっ、良いじゃありませんか」

「……知らん」

 

私は素っ気なく返す事にした。

 

全く、人の気苦労も知れないで、と思う。いや、虚は解っていて言っているのだ。

 

『貴方は、誰が好きですか?』

 

これは昨日、虚と共に医療室から出た時に言われた言葉だ。そしてこの時の私は、はぐらかす事なく、自分の、楯無達への好意を告げた。

 

誰か一人、ではく、三人へ好意を抱いている事を。

 

何故虚に対して告げたのか、と言えば、彼女が真剣に尋ね来たからである。そしてその理由は流石の私でも理解はできた。これはそう、『更識』と言う家の問題でもあるからなのだ。

 

そして後付けの理由見たいに聞こえるかもしれんが、私が恋愛感情を認めようとしなかった事にはこれもある。そう、簡単に言えば既に許嫁が居て、下手に好意を抱いて迷惑になるのではないか、と。

 

最も、今は好意を認めたし、その想いを告げたくはあるが……ともかく、更識の側に居る人間としてこの好意は認められるかどうかが確かめたくて答えたかったのも理由にあるのも確かだ。

 

そしてあの時の虚は私の事を察してか、私が最も望んだ、しかし本当にそれで良いのだろうか、と思う内容を告げてきた。

 

『許嫁はおりません。お嬢様方が決める事ですので』

 

聞くと、どうやら先々代が止める事にしたらしい。あの時の私は……安心した。あぁ、そうだとも、見ず知らずの赤の他人の元へ行くかもしれないと思っていたから、な。

 

だが、だからこそ虚に尋ねたい事があった。

 

『不純ではないだろうか?』

 

三人に好意を抱いて、抱くならまだしも、一人に絞らずにしている事を。

 

普通に考えるならば、楯無達だって自分だけに向いて居て欲しい筈なのだ。私だって楯無達には私だけを見て欲しい。他の男を見なくていい。ただ私だけを見て欲しいのだ。なのに私だけが、三人”を”見ると言うのは、余りにも身勝手ではないだろうか?。

 

そして虚はこう返した。

 

『それを決めるのは椿さんです』

 

結局は自分で決めろ、と言う事らしい。

 

『私もその意見に共感出来る部分もありますが……私は応援しますよ、お嬢様方や、本音をでなく、椿さんを。どんな結末を迎えても、椿さんなら幸せにしてくれると信じていますから』

 

……この言葉は卑怯だと思った。

 

つまり、言い方を変えれば『貴方を応援すれば誰かを贔屓せずに全員を応援する事になる』と言う事なのだから。それもそうだろう、虚は主である楯無や簪、そして妹である本音も、何よりも大事なのだから。お陰で何も言う事ができなくなってしまった。

 

故に私は苦し紛れに虚にも良い出会いがあると良いな、とだけ返した。あの時のクスクスと笑わった虚の顔は……別の意味で忘れられない思い出となるだろう。そして絶対にネタにされるとげんなりした。

 

「おや、何です?椿さん。私の顔に何か?」

「いや、昨日の事を思い出しただけだ」

「昨日の事?何の事かしら?」

 

いつの間に復活していた楯無が問い返してきた。……地獄耳め。

 

「ふむ……どうする、虚。話すか?」

 

私はチラリと視線を流すと、虚は含み笑いを返して一言。

 

「さぁ、どうしましょうか?」

 

――からかいます。

 

――了解した。

 

アイコンタクトでの会話の成立。

 

「お姉ちゃん~?」

「……虚」

 

本音と簪もジト目で虚を見つめてくるが、苦笑するだけで受け流していた。

 

……成程、少し、良いな。

 

――あーあー、悪い遊びを覚えちゃいましたか

 

――からかう、だめ

 

……今だけは、無視しよう。

 

「さて、ここで屯するのも何だ、食堂へ行こうか」

「そうですね、先に席を確保しておきましょう。会長達はゆっくり来ても良いですよ?」

 

私と虚は並んで食堂へ向かい始める。

 

「ちょっと虚!どう言う事よ!」

「どう、とは?」

「それは……その……」

 

尻すぼみする楯無。そしてその横でオロオロしている簪と本音。

 

「言いたい事は……ダメですね、限界です」

「ククク……そうか、わ……俺もだ」

 

楽しい。そして何よりも、嬉しい。

 

色々な思いが重なって、私は笑い声を抑えられなくなってしまった。

 

そして私と虚がいきなり笑い始めて、三人は唖然していたが……次第にからかわれていたと気付いて私と虚により一層のジト目を向けてきて――今にも襲いかかってきそうだったので素早く回れ右をして虚共に食堂を目指した。

 

周囲の視線も、驚きの顔も、何もかもが気にならない。

 

私は笑った。

 

今この瞬間が、最も楽しいひと時なのだから。

 

そこに余計な考えを持ってくるのは、何とやら、だ。






どうも、サブタイのネタが尽きてるecmです。

一ヶ月振りの更新です。遅れてすいません。それと、リアルの事情で暫くは執筆の時間が……なので、また一ヶ月以上間が空いてしまうのをご了承下さい。

それはともかく、どうでしたか?

朝の散歩の目的である振り返りはぶっちゃけ一巻の総復習見たいなもんだったので端折りました。でも、一応その部分は別途に用意してあるので、追加するかは皆様の反応で決めます。

そして私が今できる精一杯のイチャイチャ。
あれで付き合ってないとかマジで壁殴り代行呼びたい……!!

でも最後を持っていったのはまさかの虚でした(笑)

しかし、相変わらず内容を上手く纏めれない……結局1万5千オーバーになってしまう。
まぁ、それはともかく、次回はオリキャラで千歳とは別の川崎のIS乗りが登場します。

それでは、次回もかなり時間が空いてしまいますが、お楽しみに(`・ω・´)ノシ

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