ーInfinite Stratosー~Fill me your colors~   作:ecm

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旅に出て三年。

少年から青年へと成長した彼は妖精と共に旅を続けていました。

幾つもの出会いと別れ。

世界中を旅する中で、妖精の力もあってか無病息災でかつ、幾つもの幸運に恵まれました。

そんな中で青年は妖精とよくくだらない事で口論をしていましたが、最終的には仲直りして、次第にお互いに相棒として信頼する仲になりました。

そしてある日、青年と妖精は羽休めの為にそこそこの町に寄る事にしました。

ここで青年は既視感を覚えました。

そう、意外な事にこの町は青年の記憶にあった町と酷似していたのです。そこで妖精にお願いし長期滞在をする事に決めました。

そして青年は町を探索していると、三人の町娘と出会いました。

それは運命的な出会いでした。

青年はこの三人の町娘と触れ合いながら町の探索をします。そして何時しかこの三人の町娘に心を惹かれる様になりました。

青年は自覚しませんでしたが、目ざとく気付いた妖精は青年をからかいます。

――煩い。

青年はこの妖精を鬱陶しく感じながらも、三人との触れ合いを楽しみました。

そしてある日、青年はとうとう記憶にあった言家を見つける事が出来ました。ですがその家はかなり町から離れた所に建っており、既に住人は居ませんでした。

ですが、日記帳が残されていました。青年はそれを懐にしまい、後で読む事にしてこの家を後にしました。

――目的は達しましたか?

妖精の問いに青年はそうだ、と答えます。

――では、徐々行きますか?

青年は直ぐに答えれませんでした。何故なら、胸が酷く痛んだからです。

何故、と青年は思いました。

――別れるのには慣れた筈なのに。

なのに三人の町娘と別れるのがとても嫌だと青年は気付きました。

――恋をしましたか。

――恋……。

青年は初めて自分が三人に恋をした事に気付きました。

青年は悩みます。

これからどうすべきなのか、と。

妖精は悩んでいる青年を見かねたのか、未だ暫くはこのまま町にとどまっても良いと言いました。

青年は妖精に感謝し、町へ戻りました。

そしてある日、想いを告げる機会が到来しました。

それはワインカーニバルと呼ばれるお祭りでした。

皆がほろ酔いの最中、青年も三人とワインを飲みながら楽しみます。

青年は酔いの力を借りて告白すべきか考えます。








第三十八話:蒼天航路

「――しかし青年は思いを告げる事はできませんでした」

 

何故なら、と言って私は口を噤み、頭を撫でるのを止めて簪を見つめる。

 

「……すぅ…… すぅ」

 

規則正しい呼吸をする、愛らしい寝顔。

 

簪は最初、まるで欲しいものが手に入った子共の様な雰囲気で聞き入っていたのだが、話の半ばの時点で睡魔に襲われたのかウトウトし始め、後半の部分に差し掛かった所で完全に眠ってしまったのだ。

 

一方の私と言えば、語りながらも簪の頭を撫で続け、眠そうに目をこすろうとしたらやんわりと防いでいた。そして眠った後も構わず此処まで話したのである。

 

――卑怯と言えば、卑怯だな。

 

そんな事を思いながら噤んだ口を開き、言葉を発する。

 

青年()はとても臆病だったからです」

 

私は今が壊れてしまうのが怖いから。

 

私は彼女達の気持ちを知るのが怖いから。

 

だから、想いを告げられない。

 

「……これで、物語は終わりだ」

 

――つづき、ない?なんで?

 

どうやら雪風は純粋に物語として楽しんでいたらしい。まぁ、私の過去を知らないから当然の反応か。古鷹なら私の事情は知っているから、何か言いうかもしれないがな。と言っても、今回は古鷹は何も言わない。いや、言えない、が正しいか。理由は単純で、話の途中に主任から呼び出しされたからである。まぁ何だ、素直に頭が下がるよ。

 

(この少年の物語は、未だ続きがないんだ)

 

これ以上の話はこれからのこと。だから話す事はできない。例え話せたとしてもそれはただの都合の良い願望であり無意味である。そもそも、簪はもう寝ているので話す必要もないのだがな。雪風には……こればかりは諦めてもらうしかない。また次の機会があれば……完結、できれば良いな。無論、例えどんな結末を迎えようとも、その話を雪風に聞かせあげよう。

 

(どうだった?)

 

暗い過去の部分は殆ど改竄したし、明るい話にしたから、少しでも面白いと思ってくれたなら、嬉しい。

 

――おもしろかった

 

単純だが、素直な言葉。

 

(どういたしまして)

 

私は雪風に礼を述べて、徐々時間だろうか?と思いながら時計を確認してみた。

 

――11時30分

 

微妙な時間である。お昼を摂るには少しだけ早い時間だ。

 

(まだ、起こさないでおこうか)

 

もうそろそろ起こすべきか?とは思ったが、これだけ安心して眠っているのを起こすのは少し気が引けたのだ。それに、時間自体は未だ余裕がある。なら、このまま眠らせてあげた方が良いだろう。

 

私はこの結論に納得し、簪の横髪をひと梳きして、もう一度寝顔を眺める事にした。

 

穏やかに閉じられている二つの瞳。

 

仄かに朱の入った頬。

 

薄く開けられた艶やかな唇。

 

この愛らしい寝顔を眺めているだけで、心臓が早鐘を打つ音が身体の奥から響いてくる。

 

そして感じる甘く、切ない痛み。

 

目を閉じて、胸に手を当ててその痛み感じ取る。

 

……悪くない。だか、こうでもしないと気持ちを告げられない思うと、情けなくて、悔しい。とても惨めだと感じてしまう。あれだけ古鷹と雪風に大見得切った筈なのに、もうくじけそうだ。

 

「なんとも情けない」

 

本当に。 

 

――……つばき

 

(問題無い。まだ始まったばかりだから、な)

 

確かこの場合、悩まない恋愛は無い、と言うのだろう?だから悩もう、精一杯。今のは……そうだな。余りの壁の高さに少し、弱音を吐きたくなっただけ。大丈夫、必ず乗り切って、答えを出す。

 

 

私は雪風にその意図を告げていると、その途中で突然扉を叩く音が響いた。

 

 

簪は一瞬だけぴくりと反応したが、それ以上のアクションは起こさなかった。一方の私はどうしたものかと考えようとして――聞き覚えのある声が耳に入り、驚いて思考加速をするタイミングを誤ってしまった。

 

私はやってしまったと思いながら今後起きる事態に目眩を覚えつつも覚悟を決めて――扉が開くと同時見知った人物が二名入って来たのを見てその覚悟が無駄だと言う事を悟った。

 

……何だろうか、今まで順調だったのに此処に来て踏んだり蹴ったりである。

 

「あら、随分と変な顔をしてるのね。久しぶりなんだから笑顔くらい見せたら?」

「言うな千歳。どうやら私達はお取り込み中だったのを邪魔したからな」

「そう、だったらしょうが無いわね」

「……千歳さんとアーロンさんですか」

 

そう、入って来たのは私の師匠であり川崎の有する最大戦力である峰風千歳と、私の護衛部隊隊長、アーロン・B・グラズノフの二人だったからである。そして二人共スーツを着ており、更にアーロンさんはサングラ掛けているせいか、傍から見ればVIPとSSと言った感じである。

 

「あまり、騒がないで下さいよ」

 

気持ちよく寝ている簪を起こす訳にはいかない。

 

私は言いながら簪を起こさない様にゆっくりと膝枕から普通の枕に変えて、ベットから降り、靴を履いて改めて千歳さん達の方へ移動した。そして来客用の椅子に二人を座らせてから自分も手短な椅子に座って改めて向き合う。

 

「あら、別に止めなくてもよかったのよ?」

「……知りません」

 

もし簪が途中で起きたら、絶対に収拾がつかなくなる。

 

「あらあら、恥ずかしがり屋さんなのね」

 

あ、これ二人分のお弁当ね、と言って千歳さんは袋を机に置く。

 

「……はぁ」

 

ダメだ、頭が痛い。千歳さん相手だと何しても振り回されてしまう。そしてアーロンさん、貴方はサングラスを外しながら明後日の方向を見て我関せずの態度をしないでもらいたい。できれば助け舟を頼みたいのだが。

 

――つばき、だいじょうぶ?

 

どうやら心のオアシスは雪風だけらしい。

 

(あぁ、大丈夫だ)

 

「……それで、何の用ですか?」

 

私は雪風のおかげで何とか乱されたペースを持ち直して用件を尋る。

 

「一言で言えば落ち込んでいるであろう馬鹿弟子に喝を入れに来た、と言った所ね。でも、その必要はないみたいね。前に会ったよりもマシになったじゃない。そう思わない?」

「……それを護衛の私に聞くのか?」

「ちょっと、そこは同意しておきなさいよ」

 

アーロンさんはだがなぁ、と言ってため息をつこうとして――千歳さんに肘鉄をされて軽く咳き込み始めていた。どうやら、この人も千歳さんには敵わないらしい。

 

私は思わず苦笑いをしながらそのやり取りを眺めていると、私の視線と苦笑いに気付いた千歳さんはごほん、と軽く咳払いを一つした。

 

「とーにーかーくっ!貴方は良くなってる。前に楯無ちゃんと来たよりも、ね」

 

どうやら仕切り直しをしたい様だ。そして千歳さんはギロりとアーロンさんをにらみ、その視線を受けたアーロンは一瞬だけ顔を青くして千歳さんのあとを引き継ぐ。

 

「まぁ、初めて会った時よりはまともな面構えにはなったな」

 

何と言うか、締りのない感じだ。仕切り直しをしてるからもしれないが、それも悪くないと、嬉しいと感じれるのは、きっと私がそれだけこの人たちを気を置けない相手だと思えて、それだけ人として好ましく思っている証拠なのだろう。

 

――嬉しい。

 

今なら、素直に感じる事ができる。

 

「ありがとうございます」

 

自然と口の端が釣り上がる。

 

きっと今の私は、上手く笑えているだろう。

 

「ふふっ、もっと良い顔になった。人を好きになるのは、良い事でしょう?」

「そう、ですね」

 

温もりが、確かに在る。

 

「でもその反面で、その気持ちに雁字搦めになっちゃった感じね」

 

―――。

 

「何故、そう思うのです?」

「ヒントは楯無ちゃんと今寝てる簪ちゃん。そして本音ちゃん」

 

……グウの音も出ないな。

 

「名前は、何処で?」

 

楯無はともかく、簪や本音の名前は何処で聞いたのだろうか?

 

「ソースはアーロンの愉快な仲間達」

 

私はアーロンさんの方へ顔を向けると、アーロンさんは一瞬だけ驚いた顔をし、次にはぁ、とため息を付いてこめかみを掻きながら口を開いた。

 

「私は眺めているので充分だったのだが……すまんな。どうやら馬鹿共が勝手に情報を拡散させていた様だ。直ぐに止めさせよう」

「――と言う事よ。納得した?」

 

まぁ、護衛だから私の周辺を探るのも当然だからそれ自体は文句はない。故に納得したか、と言えば納得したが……勝手に吹聴するのはどうなのだろうか?もし情報が一人歩きしていたら、と考えると怖いな。

 

「まぁ、今更あれこれ言うつもりはありません」

 

流石に横槍を入れる事はないだろうから、特に気にするつもりはない。と言うよりかは、一々気にしていると此方が持たない、と言った方が正しいか。

 

「それに、これは自分で解決しますよ」

「そう。でも、困った時はちゃんと周りを頼りなさいよ?」

「はい」

 

もう二度と失いたくない。だから、本当に困った時は周りに頼る。

 

「所で、お二人の関係は一体?」

 

少し気になったのだが、二人はどんな接点があるのだろうか?

 

「2年前――第二回モンド・グロッソでバルキリーになるまで私がアッチ《PASOG》でお世話になった言わば師師弟関係みたいなものよ。戦闘に関して言えば天才ね」

 

ウチじゃ一位二位を争う実力者でもあるのよ、と千歳さんは付けたしてくる。

 

「随分と持ち上げてくれるな。まぁ、褒められて悪い気はしない」

「でも馬鹿で女運が全く無い。バツ3よ?」

 

私は川崎で一位二位の実力を持つと聞いて驚いてしまったが、女運が全く無いと言った瞬間に肩透かしを食らってしまった。そしてアーロンさんは額に手を当て天を仰いで唸るだけで、否定しない。どうやら事実らしい。

 

「昔の意趣返しか?」

「さぁ、どうでしょうね?」

「……はぁ。千歳、同時にブーメランが返って来てるのを忘れていないか?」

 

……私はノーコメントだ。絶対に、触れる事ができない。というか、怖い。

 

――つばき、聞きたい事、ある

 

(何だ?)

 

此処に来て雪風からの質問。二人がどんな人間なのかを聞きたいのだろうか?まぁ、違ったとしても何かに興味を持った、と言う事なのでできる限り答えてあげたいと思う。

 

――ちとせ、いきお(それ以上はいけない)……なんで?

 

(理由は話せないが、とにかく駄目だ)

 

――……わかった

 

絶対に、頼むぞ。というか、その単語をどこで聞いた?何故千歳さんの状況を知っている?……まさか古鷹が事前に吹き込んだのか?もしそうだとしたら……少し話し合う必要がある。

 

「……まぁ、それは置いておきましょ。――さて、本題は此処からよ」

 

アーロンさんの言ってる意味に気付きた千歳さんは一瞬だけこめかみに青筋を浮かべなたがなんとかスルー。私は最悪の事態を回避できた事にホッとできたが、本題はこれからだ、と言う事で素早く位住まいを正す事にした。

 

「要件は二つ。と言っても私が預かってる訳じゃないから―――アーロン、お願い」

「解った。天枷、今回の一件でお前が想定外の事態を引き起こした事について、川崎社長は罰を下す事にした。詳細はこの封筒にあるから、今取り出して確認しろ」

 

アーロンさんは懐から封筒を手渡してきた。そして受け取った私は言われた通りに開き、罰金や減給、ボーナスのカット等について書かてれている内容を吟味しているよ、ふと川崎のパンフレットに書かれていた社長の一文を思い出した。

 

今でも思い出せる、当たり前の様でその実、当たり前でないその一文を。

 

『信賞必罰を信条とし、誰であろうと川崎で働く者である限り、等しく適応する』

 

……あぁ、そうだとも。この文が意味する事は解っている。現実を受け入れ、反省をした。触れ合って、何にも代え難いモノを手に入れた。認めて、本当に叶えたい願いができた。だからこそ、今立ち止まる訳にはいかない。私は、この後に待っている学年別トーナメントで結果を出す。

 

私のできるやり方で、代価を支払おう。

 

私が何時か見つけ出す夢の為に。

 

私がやがて望む、結末の為に。

 

「質問はあるか?」

「一つだけ。罰金の支払いについては弁護士の方に連絡しないと無理なので、そこはどうすれば?」

 

……これはあまり言いたくないのだが、父と母が遺した財産と死亡した事による保険金、そして加害者から毎月入ってくる罰金で今回の支払いは直ぐに払える。そう、払えるのだが、私は未成年なので財産管理を弁護士の方に依頼しているのだ。勿論、川崎に入ってからの給料も全額を預けている。幾らかは自由に引き出せるが、大金となると流石に弁護士に連絡する必要がある。

 

そこで問題になるのが引き出す理由だ。

 

流石にでまかせで引き出すには無理がある額なのである。本当の事を言うなど、この件が機密である以上は選択肢に入る筈がない。よってこの場合はどうするべきかを聞く必要があるのだ。

 

……勿論、解决策を何も考えていない訳ではない。一番早い手が、事情を知ってる人と養子縁組の手続きを取ることだ。これが最も穏便に済ませれるのだが、一つだけ問題だある。

 

それは例え書類上だけの関係であったとしても、私が拒否するからだ。

 

それでは何も解决策を考えていない、と言われるかもしれないが、あくまでも自分の価値観を無視して客観的に解決策を述べただけだ。納得した訳ではない。

 

それに、今までだってそう言った(養子縁組の)話は何度かあったし、孤児院の園長の紹介で実際に会って話したり、何日かその家で過ごした事もある。だが、私はそれでも拒否し続けてきたのだ。

 

理由はただ一つ。

 

――誰も彼も、家族になりたいと思う人ではなかった。

 

上辺だけの言葉、薄っぺらい想い、同情、哀れみ。或いは私が相続した財産目当て。

 

今まで親を名乗り出た人達は誰ひとりとして私を本気で受け入れようとはしてくれなかった。寧ろ、実際に会って私を見た時に気味の悪いモノを見たような目で向けてくる者さえいたのだ。

 

だから私は拒否し続けた。

 

無論、私にも原因があるのではないか?と問われれば、否定はできない。もしかしたら本気で私を子として迎えようとした方も居たのかもしれない。だが、彼等を親として慕う事はできなかった、だから拒んだのだ。これは只の我儘。理解しろは言わない。ただ一つだけ解って欲しいのは、私にとって『家族』とは、それだけ重いのだから。

 

よってもし誰かの養子になる指示がきても、私は拒む。

 

絶対に譲らない。

 

「……そうだったな。解った。その件については追って連絡する」

「お願いします」

「では最後に、今後の予定についてだが、既にお前が古鷹から聞いてる通りなので説明は省く。だが、やはり行う実験が実験なのでお前には今から渡す誓約書に承諾してもらう必要がある。――このペンでサインしろ」

 

私は受け取った誓約書の内容を確かめ、サインを書いて手渡す。

 

「……躊躇いなく書く、か。理由を聞こうか」

「守りたい人が居る。だから、躊躇はしません」

 

これは私の意思と川崎の方針が噛み合っているからこそ躊躇う事なく書けたのだ。そう、古鷹が川崎が私をこの実験で潰す気は無いと言質をとったからだ。勿論、虚偽の可能性は捨てきれなくはないが、私には川崎にとって”利用価値”ある。これは自惚れではなく、確かな事実だ。だからこそ、虚偽の可能性は捨てた。

 

勿論、この実験に協力した上で、楯無との約束は守る。無茶はするが、無理をするつもりはない。それに、この実験で失敗した云々を考えるつもりは更々ないのだ。

 

「それだけか?」

「はい。他の誰でもない、”私が”守りたいから」

 

楯無や簪には家の方で少なからず護衛は居るのだろう。本音は未だしも、それは当然の事だ。だが、それでも私は他の誰かに任せるつもりも、譲るつもりも、無い。

 

――私がこの手で、守りたい。

 

それが書いた理由の全てだ。

 

「フンッ」

「痛っ」

 

アーロンさんに拳骨をされた。

 

「甘ったれた物言い様だったら殴ろうかと思ったが……まぁ、拳骨で勘弁しておこう」

「そう、で――……」

 

今度は千歳さんに両頬を引っ張られた。

 

私は何をするんですか、と問いたかったが、このままではまともに発音できない。無理に話そうとしたら絶対にからかわれるので、仕方が無く無言で訴えかける事にした。

 

「ふふっ、無言で訴えても止めないわ。これは師匠からの罰。それに、楯無ちゃんや本音ちゃんも泣かせたって聞いてるわよ?これはその分も入ってるから、黙って受け入れなさい」

「クククっ、せっかくの格好付けも形無しだな。私も一枚噛んでるが」

 

まさか、最初からその(弄る)つもりだったのか?……一旦置いておこう。

 

そう、一つ気になった事があるのだ。泣かせた、のソースはおそらく古鷹なのだろう。しかし、楯無の件は奴が知るはずがないのだである。これは一体どう言う事なのだろうか?

 

……心当たりがあった。

 

(雪風、古鷹に喋ったのか?)

 

私以外に興味を示さない、と判明した中で、まともに会話を成立させたのが古鷹だ。主任とはどうなったのかは気になるが……今はそれどころではない。後でどうだったか聞くことにしよう。

 

――うん。ふるたかに、いないあいだのこと、きかれた。ぜんぶしゃべった

 

やはり、か。えぇい、あの駄コアが……後で覚えていろよ?

 

(いや、問題無い)

 

あぁ、問題無い。報復は後ほどするからいいとして……せめて、せめて最後まで格好を付けさせて欲しかった。アーロンさんには拳骨され、千歳さんには頬を抓られる。終いには二人に今こうしてニヤニヤされて……何と言うか、あんまりだと思う。私だって、格好を付けたい時ぐらいある。

 

「むー、何で男の癖に肌がこんなに綺麗なのかしら。ちょっとよこしなさい」

 

いや、貴方の肌は充分綺麗なのだが。

 

「いいひゃげんに……「何を言ってるのかしら?」ッ!!」

 

ぐっ、声量を大きくすると絶対にそれでからかわれる……厄介な。

 

『つばきを、いじめるな』

「あら?」

「む?」

 

雪風が初めて外部音声で話した。

 

私は諌めようかと思ったが時既に遅しであり、そもそも二人はもう事情は聞いてるだろう、と言う事で、せめて簪にバレない様に、と思いつつ何もアクションを起こさないでいた。

 

そして二人は雪風の声に一瞬だけ視線を周囲に向け、次に私の首にかかっている古鷹の待機形態――ヘッドフォンを注視し始めた。

 

「……確か報告にあった、雪風だったか」

「随分と慕われてるのね?」

『はなせ』

「はいはい」

 

千歳さんは仕方が無さそうに開放してくれたが……痛い。ヒリヒリする。いや、私に原因にあるから文句を言うつもりは無いのだが……いや、グチグチ言うの止めよう。

 

『つばき、だいじょうぶ?』

「あぁ、大丈夫だ」

 

……何だろうか、慰めてくれるのは嬉しいが、このままではダメな気がする。

 

「ふふっ、まるで娘に骨抜きれてる父親みたいね。どっかのバツ3もそうだし」

「それは私の事か?」

「別に、貴方とは言ってないけど?」

 

千歳さんはアーロンさんに対してニヤニヤしながら言う。

 

「……馬鹿者が」

「聞こえないわ」

 

……私には今千歳さん達がしているやり取りが手のかかる娘と世話焼きな父親に見えるがな。言ったら報復されそうだから決して口に出しては言わないが。

 

『つばき、ふぁざー。ゆきかぜ、うれしい』

 

――嬉しい、か。

 

正直に言えば複雑だ。勿論、父親の様に慕ってくれること自体は悪い気はしない。しないのだが……あぁ、胸がモヤモヤする。決して不快なモノではないのだが、な。

 

「……、……か?」

『つばき?』

「いや、何でもない。……そうか。雪風は私が父親で、嬉しいのか」

『うん』

 

返事は何時もの抑揚がない声だったが、本当に嬉しそうだった。

 

「私も雪風が娘で、嬉しいよ」

 

私はそう答えながら、先程小さな声量で呟いた言葉を反芻する。

 

――私は、不安なのだろうか?

 

今まで頑として『家族』を名乗り出た人達を拒んできた私が、どの様な顔で、どんあ風に反応して良いか解らないから、不安になってしまうのだろうか?胸が、モヤモヤとしたのだろうか?

 

いや、それだけではない。

 

――期待と嬉しさ。

 

――不安と負い目。

 

様々な想いが絡まってしまったから、胸がモヤモヤとしたのだろう。だが、私が口にした”嬉しい”は紛れもなく本心からの言葉だ。例え『過去』を割り切る事ができずに、何時までもズルズルと引きずり続けている様な弱い私でも、これだけは、はっきりと言える。

 

「本当に、嬉しいよ」

 

私が名前を付けた一人の少女。

 

幸福を願い、名付けた少女。

 

私は少女(雪風)を、受け入れたい。

 

『ゆきかぜも、ほんとうに、うれしい。だから、つばき、こんどから、ふぁざーってよぶ』

 

くくく、どうやら、雪風は少しせっかちな様だ。

 

「雪風、私をファザー、と呼ぶのは、少し待って欲しい」

 

未だ、全てを解決した訳ではないから、解決するその時まで、待って欲しい。

 

『わかった』

「……強いな」

「私は、弱いです」

 

今のはただ素直に思った事を口に出しただけ。それに、私よりも強い少女が、此処に居るのだから。彼女と比べれば、まだまだ弱い。

 

「……えへへっ……すぅ……」

 

……まぁ、今は時折幸せそうに寝言をもらす眠り姫なのだが。

 

「ふふっ、一体何の夢を見てるのかしらね?」

「……何故、そこで私を見るのです?」

「べ・つ・に~?」

「っ~~~!!」

 

えぇい、何なのだ。はっきり言えば良いだろうに。それとも何か、私が言えば良いのか?良いだろう。もう我慢の限界だ。この際――いや、やっぱり言いたくない。別にヘタレや訳ではないし、そうであれ(・・・・・)思いたいが……これ以上は墓穴を掘りそうなので何も言いたくない。

 

『ちとせは、てき。ゆきかぜ、きらい』

「あらら、雪風ちゃんに嫌われちゃったみたいね?」

『いきおくれ、さっさと、くっついてから、いえ』

「……何ですって?」

 

……雪風、言うなと言ったのに。

 

『ゆきかぜ、しってる。ちとせは、いきおくれ』

「……ちょぉ~っと教育が必要かしら?」

 

いかん、ヒートアップする前に止め無いと本当に拙い事態になってしまう。だが、今の私に止める術はない。下手をしたら私が雪風に吹き込んだと思われる。そうなった時にはきっと日の光を拝めなくなってしまう。

 

「はぁ……天枷、私達はこれで失礼させて貰おう」

 

この色々と危険な状況でアーロンさんが助太刀に来てくれた。そしてアーロンさんは今にも雪風(と言うか、待機形態を首に掛けている私)に襲いかかりそうな千歳さんの手を取り、出口へ向かい始める。

 

「……離しなさい。私が未だ二十代だって事を含めて――」

「解った解った。続きは私が聞く。それに、お前は雑誌の仕事の休憩に此処に寄っただけだろう?時間はもうそれ程残ってないのではないか?送ってやるからさっさと行くぞ」

 

アーロンさんに時間が残って無い、と言われた千歳さんは冷静になったのか、妙に落ち着いた様子で雪風を見つめる。そして次の瞬間、恐ろしく低い声でつぶやき始めた。

 

「次に会った時に覚悟しなさい。雪風ちゃん」

『そう。でも、いきおくれ、ふるたかから、きいた』

 

おい、然りげ無く古鷹を売るな。

 

「覚えておくわ」

 

自分が対象でもないのに思わず身震いをしてしまった。

 

私はこの時ばかりは流石に古鷹が不憫に思えたな。これから先に起こる未来も予知できそうだ。最も、禁句を雪風に吹き込んだり私の個人情報をリークした時点で同情はしないが。

 

そして二人が去ったあと、妙に医療室ががらんとしてしまった。

 

「……嵐が過ぎ去ったような静かさだな」

 

今の状況を一言で表すとしたら、これが相応しいだろう。

 

『やっといった』

 

どうやら雪風は千歳さんを嫌いになった様だ。だが、あの人の場合、嫌っただけでは話しかけるのをやめないと思う。きっと機会があれば雪風に色々とちょっかいを出すかもしれない。まぁ、古鷹の様に雪風に変なことを吹き込まなければそれでいいのだが、な。

 

私はそんな事を思いながら雪風にはもう外部音声で話さなくていいと伝え、そしてふと時計を見てみると、簪を起こしてお昼を食べるには丁度いい時間帯になっていた。どうやら千歳さん達は引き際も完璧らしい。

 

ありがたい、と思いながら私は簪を起こす事にした。

 

「簪、起きろ。さもなければ――」

 

少しだけ、からかうとしよう。

 

それぐらいは、許してくれるだろう。

 

――その後、簪を起こして少しだけからかった私はお昼をその場で一緒に食べる事になったのだが、ここでも千歳さんに図られた、と追記しておこう。そう、箸しか入っていなかったのである。当然、簪は火傷で上手く箸を使えないので私が食べさせる事になったのだが……まぁ、その描写は割愛させて貰おう。好きだと認めから、その、何だ。とても恥ずかしかったからな。今回だけは、勘弁して欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――医療室前の廊下――

 

時は過ぎて16時。

 

LHRや清掃が終わり、各々でクラブ活動やISの訓練に勤しみ始める時間帯である。一方の私は、廊下で居合わせた楯無、本音、虚の三人に今まで何をしているかの説明中である。

 

さて、そもそも私はこの時間まで何をしていたか、と言えば、私は簪と弁当を食べた後、三時まで色々と話し込んでいた。途中で物語のダイジェストを尋ねられたりしたのだが、其処は教えない、と突っぱねた。まぁ、その時は簪が少しだけふくれっ面をしたがな。……む、少し話が脱線したな。

 

閑話休題。

 

短い針が丁度三時を指した頃、携帯の着信音――を模した古鷹からの呼び出しが入ったので一度医療室を出て、古鷹に何の用か、と説明を求めた。そして話した内容の要点を纏めると今度受け渡しする不知火及びその後に送られてくる古鷹型の二号機に関する書類等にサインをして欲しい、との事だった。

 

まぁ、部署が違うから書類の受け渡しも時間が違うのは当然か、と思いながら私は了承し、簪に仕事と、終わらせたら直ぐに来る旨を伝えて部屋に帰り、手早く片付けた。

 

因みに古鷹への報復は雪風に任せる事にした。そして別れ際に今回の件で千歳さんが覚えてなさい、と言ったら震え声ですっとぼけ様としていたので少しだけ胸がスカッとしたな。

 

まぁ、それはともかく、書類を手早く片付けた私は約束通り医療室に向かい、今に至るのである。と言っても時間が時間なので楯無達と鉢合わせるのは当然ではあるが。

 

「――と言う事だ。解ったか?」

 

嘘は言っていない。但し、簪を膝枕したり、食べさせ合いをした事は伏せさてもらっているがな。古鷹に関しては……主任からは関係者に話しても良い、と許可は出ているので後程、本音や簪に古鷹について話す。まぁ、雪風については未だ機密なので絶対に誰にも話す訳にはいかないがな。

 

(雪風、私が良いと言うまで、彼女達に話し掛けないよにしてくれ。理由は……解るな?)

 

――うん。ゆきかぜ、いうこと、きく

 

うむ、これで準備は完璧だ。

 

なのに何故だろうか、楯無と本音からの視線が冷たい。

 

「……私に仕事するな、って言ったくせに、椿は仕事するんだ」

「仕方が無いだろう。扱うの物が扱う物だから時間が……すまない」

「それに手だって怪我したよね~?」

「いや、もう血は出ていないから……すまない」

 

どう取り繕おうが私が悪い、か。手の怪我はともかく、楯無に関しては解ってて言ったのだろうが……いや、言い訳は要らない、か。心配してくれているのだ、素直に受け取るのが筋だ。

 

「本当に、すまない」

 

「「……むぅ」」

 

……どうしたら機嫌が治るのだろうか?

 

私は何と言えば良いか解らず、冷や汗を流していた。そしてそんな私の様子を見兼ねたのか、虚が苦笑しながら助け舟をだしてくれた。

 

「ふふっ、仲がよろしいのは大変結構ですが、この話は後にしませんか?」

 

正に渡りに船、か?いや、少し違うか。まぁ、何にせよ、有難い。

 

「先にかんちゃんのお見舞いだもんね」

「それもそうね。じゃぁ、行きましょうか」

 

その楯無の一言に私を含めた全員が頷いて、楯無を先頭に簪が居る医療室へと向かった。そして医療室へと辿り着くと、楯無は深呼吸をしてから扉の戸を叩き、私達は反応を待った。

 

すると控えめな反応が返って来たので、楯無は意を決する様に手をギュッと握り、扉を開き、中へと入っていった。そして私もその後ろに続いて中に入ると、椅子に座って驚いた表情を浮かべる簪が居た。

 

「簪ちゃん……お見舞いに来たわ」

「お見舞いに来たよ~」

「お見舞いに来ました」

姉さん(・・・)……それに、虚や本音も、椿と一緒に来たんだ」

 

姉さん……僅かに苦手意識が残っている、か。

 

「あぁ、そうだ。途中で会ったのでな」

 

私がそう答えると、少しだけ寂しそうな、縋る様な視線を向けてきた。そしてその視線が何を訴えているのか、私は解った。

 

――不安、か。

 

だが、それは楯無にも言える事。医療室に向かう間、平然を装っていた様だが、そわそわしていたし、扉を叩く前に深呼吸をして落ち着こうとしていたりもした。

 

私自身は何もしていないが、楯無は不安を押し通して此処まで来たのだ。よって私は簪に対して何もしない。いや、するべきではないのだ。それに、楯無の様子に気付いている筈の虚や本音も何も言わなかったらのだろう。

 

――頑張れ。

 

私は心の中でそう呟き、少しだけ口端を釣り上げる。そして意図が伝わったのか、簪は膝の上に置いていた手を握り締め、楯無の方へ向いた。

 

一方の楯無は、簪からの視線をしっかりと受け止め、口を開いた。

 

「貴方が無事でよかった」

 

最初の切り口。

 

「そして、ごめんなさい」

 

そう言って楯無は一度頭を下げた。

 

「……続けて」

「私は――」

 

――簪が周りと比べられてばかりで参っているのを知っていながら不用意な発言をしてしまったこと。

 

――これ以上嫌われなたくないと思って距離をどうやって詰めるのか解らずにそのままにしてしまったこと。

 

――大事な話があるのに、勝手に決め付けて話すのを後回しにしてしまったこと。

 

楯無は自分の犯した罪を独白した。

 

「だから、もう一度言うわ。ごめんなさい」

「姉さんは、昔から私にだけ変に不器用なのは、知ってる。でもやっぱり、傷付いた」

「……」

「でも、解っててちゃんと言い返せなくて、何とかしようとしてた姉さんから逃げた私も、悪い、よ」

 

――知っていて逃げた。

 

それが簪の犯した罪。

 

「だから、ごめんなさい。私はもう、逃げない」

「簪ちゃん……」

 

楯無は簪の名を呟く。

 

そして名前を呟かれた簪は、手を胸の前に持ってきて、勇気を振り絞るように宣言した。

 

「……もう一度、やり直したい。お姉ちゃんと、仲直りしたい!」

 

その宣言は楯無も望んだ一言。

 

「私も、簪ちゃんと仲直りしたい」

 

そして二人は自然と距離を詰めてお互いにきつく抱き締め合った。今ここに、数年間のすれ違いがあった姉妹の仲直りは済んだ。

 

……これで、大丈夫だろう。簪は強くて、姉想い。そして楯無は不器用だが、その本質は優しく、妹想いなのだから。もうすれ違いは起きない。これからは――いや、私が言うべきではないか。これは姉妹だからこその問題。これからのことは、彼女達が決めるだろうから、な。外野は黙ってそれを見届けて、もし困った時は手助けするぐらいが丁度いい。

 

――つばき

 

(ん、何だ?)

 

――きょうだい、しまい、だいじ?

 

(あぁ、そうだな。父や母と同じくらい、大事だ)

 

生憎、一人っ子の私には兄姉、弟妹とはどう言うものなのかは解らない部分がある。だが、大切な『家族』である事には変わらないから、やはり大事なのである。

 

――……そう。ゆきかぜは、ふるたか、だいじにしないと、だめ?

 

……いい兆候だ。

 

(それはお前が考える事だ)

 

――かんがえる?

 

(あぁ。自分で考えて、そして触れ合って答えを出すんだ)

 

一方的な想いではすれ違いが起きる。だから雪風にはそうならない様に多くのことを知って欲しいし、色んな事に興味を持って欲しい。そして触れ合って欲しいのだ。

 

それが雪風の成長の糧となる。

 

それに、雪風にとっての兄弟姉妹は古鷹だけではないからな。

 

――わかった。

 

(あぁ、頑張れ)

 

私は、見守ろう。

 

「――さて!仲直りも済んだし。その、簪ちゃんにお願いしたいことがあるのよ」

 

涙を拭いて語り始めた楯無。

 

「なに、を?」

「その、ね?簪ちゃんの弍式の事なんだけど、私も手伝いたいの」

「……でも」

 

簪は少し迷う素振りを見せていた。

 

まぁ、それも当然か。元々簪は楯無に対抗する為に独学で未完成機の制作をしていたのだ。ここで楯無に頼ると言うのは少し抵抗感があるのだろう。しかしここで拒否しては次の学年別トーナメントには間に合わない。更に言えば代表候補生としての立場も危うくなるのである。

 

そして簪が口を開きかけた時、楯無はとある事を口にした。

 

「簪ちゃんは、私が一人でレイディを組み上げた、って思ってるかもしれないけど、本当は全然違うの」

「……え?」

「実際は、レイディを作った所の技術者に教えてもらいながら虚と組み上げのよ」

「そう、なんだ」

「だから、簪ちゃんも頼って欲しい。私は力になりたい」

 

楯無の真摯な言葉に、簪はゆっくりとその意味を噛み締め、頷いた。

 

「解った。お姉ちゃんと虚にも、手伝って欲しい。でも、一つだけ、条件がある」

「何かしら?」

「完成したら私と、戦って欲しい。私は、もう頼りなくないって事を、見せたい」

 

それは簪からの挑戦状だった。

 

私は思わずくすりと笑いそうになったが、楯無は大胆不敵な笑みを浮かべ、どこからともなく取り出した扇を広げ、簪に見せつけていた。

 

横から見ていたので解らなかったが、大体予想はつく。

 

「お姉ちゃんに勝ったら生徒会長だぞ~?」

「……絶対に勝つ」

「でも、私としては勝っても負けても生徒会に入って欲しいな」

「解った」

 

――ふむ、これで話はひと段落ついた、と言えるだろうか?

 

「よし、これで本題は終わりね。後は一つだけ」

「一つだけ、とは?」

 

思わず尋ねる。

 

「貴方の事よ?」

 

……いかん、冷や汗が流れてきた。

 

「どう、して?」

「耳を貸して頂戴」

 

おい、絶対にいらぬ事を吹き込んでいるだろう。せっかく良い感じの雰囲気だったのに台無しにするつもりなのだろうか?……逃げるか?

 

そう思って然りげ無く後ろを振り向こうとしたが、目の間には本音が居た。

 

「逃がさないよ~?」

「……別に逃げようとは思っていないが?」

 

何故後ろを振り向いたら本音が居る。お前は私の横に居たのではないのか?

 

「椿」

「……なんだ」

 

どうやら神妙にお縄につく以外の選択肢は無いらしい。

 

「手、だして」

「何故」

「早く」

 

逆らえない雰囲気だったので仕方がなく簪の方に近づいて両手を差し出す。そして簪はおもむろに私の手を掴んで、絆創膏の、丁度患部にあたる部分を少しだけ強く押してきた。

 

「……痛くないが?」

 

嘘である。本当は結構痛い。

 

「……嘘つきは、こうする」

 

頬を摘まれた。少しだけひんやりとした感覚が逆に頬を熱くさせるが――今は関係ない。

 

「謝って」

「こえでは……」

「謝って」

「……ごめにゃさい」

 

「「あはははっ!」」

 

……く、屈辱だ。えぇい、楯無と本音は爆笑するな。虚もクスクス笑ってないで笑い転げている馬鹿無を止めて欲しいのだが。全く、今日は厄日だよ。

 

――おもしろい

 

……私はもうダメかもしれん。

 

「大事なことを、嘘つかないで」

 

私の頬から手を離した簪は言う。

 

「……解った」

 

散々な結果だが、その約束は破らないと誓おう。

 

「ふふ、思いっきり笑ったわ」

「……覚えていろよ」

「いやん。襲われちゃ――痛っ!?」

 

言いきる前に軽く手刀を食らわせる。そして楯無はとても痛い、とアピールする用に頭を抑えてしゃがみ込むが、そんなのは無視する事にした。

 

「調子に乗るな馬鹿者……とにかく、これで用件が全て済んだのだな?」

「女性の扱い方がなってない……まぁ、それで合ってるわ」

「なら、私は一度退出させて貰おう。少し休むから、ここからは同性でゆっくり語らうといい」

 

夜まで時間はかなりある。話し相手はやはり同性の方が弾むだろうからな。時間を見て私もまた此処に来るかもしれないが、まぁその時はその時で暇つぶし道具でも持って来こよう。

 

「では私も一度退出します。生徒会の残りの仕事を片付けてまた来ますので」

 

そして一瞬だけ送られる視線。

 

何を意味するか、と言えば大体は察する事はできる。さて、どう答えるべきか。

 

私はこれからについて考えながら虚は医療室から出た。

 

 

 

 

椿達が退出したあと、楯無、簪、本音は暫く無言であった。

 

彼女達は虚が何故このタイミングで生徒会に戻る、と言っていたのかは大体察していたのだ。だからこそ、お互いにどうやって切り出すべきかをかんがえていたのである。

 

「……お姉ちゃん」

 

最初に静寂を破って口を開いたのは簪だった。

 

「お姉ちゃんは、椿の事が好きなんだよ、ね?」

「……そうよ。でも、本当の名前を教えようとしたら、未だダメ、って言われたけど」

 

楯無は椿に好意がある事を認め、自身の本当の名を教えようとした事も喋った。

 

ここで余談なのだが、更識の女は、異性に対して下の名前で呼ばせる事は自分にとって特別な相手である事を意味する。現当主である楯無は『楯無』と言う名が世襲なのでその限りではないが、本当の名を教える事がそれに意味するのである。

 

閑話休題。

 

簪と本音は楯無が本当の名を椿に明かそうとしていた事を聞いて驚いたが、それだけ本気で好いているのだと認識して、その事実を受け止めていた。

 

そして理解した。

 

強力な恋敵が現れた事を。

 

「うぅ……お嬢様までライバルになったぁ~」

「……一つ聞きたい事がある」

 

本音は嘆くが、簪は冷静になって一つの事実に気付いた。

 

「何かしら?」

「対抗戦前の、午後がまるまる自習時間だった時にお姉ちゃんは、椿と会ってた、よね?」

 

簪は椿が顔を真っ赤にして一組に帰った時に、何があったのかを色々と問い詰めようとしていた一人なのである。当然、異性関連だ、と疑ってそれとなく情報を集めていたのだ。

 

結果はなにも、とまではいかなかったが、楯無がいつもよりもテンション高めで同学年の先輩を弄っていたのだけは掴んだのである。特に関係ないと当時は捨て置いたが、今なら関係あると推理した。

 

「……その通りよ」

 

楯無はどうやって逃げようかと思ったが、まさかここで尋ねられるとは思わなかった様で、はぐらかす事は諦めて素直に認めた。

 

「ヒキョーだよぉ~」

「……ずるい」

 

当然のごとく沸く非難。

 

だが、楯無もただ言われ続ける訳には行かなかった。

 

「いいじゃない!いっつも二人はべったりで―――」

 

あーだこーだと不満をぶちまける楯無。そしてそれに反論する簪と本音。

 

この後は姦しい会話が続くので今回は省略させて貰うが、姉妹とその従者というある種の遠慮は無く、お互いがお互いに対しての不満を言い合っていた、とだけ追記しよう。だが、言い合った後にお互いに同じスタートラインに立ったとして、変なわだかまりが無くなったのもまた事実である。

 

余談だが、暇つぶしとして本音の本棚から漫画を持って再び現れた椿が嘘八百や誤魔化しでのらりくらりと避けてきた秘密について、何故隠したのか、と言い寄られて解答に詰まり、古鷹や雪風、虚の外野組に笑われていたりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――とある輸送船にて――

 

大海に響き渡る銃声。

 

男達の野太い怒号。

 

風によって運ばれる潮の香りと血生臭い臭い。

 

輸送船の人員が海賊と戦闘している最中、甲鈑デッキで一人のアロハシャツを着た恰幅の良い男がサマーベットに仰向けになりながら日光浴をしていた。

 

「クククッ、今日も平和なソマリア沖で呑気に海賊狩りってか」

 

男は断続的に響く銃声をBGMに呑気に呟く。

 

そして上体を起こして折りたたみテーブルの上に置かれたピッチャーを手に取り、鼻歌を口ずさみながらジョッキにビールを注ぎ始めた。

 

そしてそんな男に見かねたのか、野戦服に身を包んだ屈強な男が近づき、話し掛ける。

 

「隊長、流石にソレはのんびりし過ぎでは?」

 

どうやら野戦服を包んだ男はこの男の部下の様だ。

 

「バァーロー、俺達の獲物が来ねぇからこうして優雅に待ってるだけに決まってんだろが」

「いや、それをサボりと言うのですが。と言うか、アルコールはダメでしょう」

「ノンアルコールだボケ。それで?何か報告でもあんのか?」

 

隊長と呼ばれた男はジョッキに注がれたビールを飲み始めながら部下の言葉を待つ。

 

「今のところは何も。暇な連中が何人ヘマ――被弾するか賭けてるぐらいです」

 

部下は隊長もどうです?と言う。

 

「オメェ等も同じじゃねぇか。――二人に10ドルだ」

「はい」

「あん?なんだその手は」

 

賭け金を伝えてから再び飲もうとしたが隊長は怪訝そうに尋ねる。

 

「因みに現時点でヘマした馬鹿は3人です。死んではいませんがね」

 

ジーザス、と隊長は毒づきながら財布から皺くちゃになった1ドル紙幣を10枚乱暴に手渡す。

 

「ったく、油断し過ぎたろ」

「何でも海賊にしては妙に統率されているとか。おそらく奴さんの中に元海兵が居るのでしょう。しかも船に追加装甲があるのが確認されています」

 

お陰でエンジン部分を撃ち抜けないとか、と部下は呆れの入った声で言う。

 

「おいおい……」

 

最近の海賊は装備が豪華だな、と隊長が呟きを漏らした瞬間、一際大きい銃声と、少し遅れて爆発音が轟いた瞬間、銃声が完全に鳴り止んだ。

 

どうやら終わったらしい。耳を澄ましてみれば、被弾した馬鹿共に笑いながら罵声を浴びかけている声も聞こえてくる。

 

「……誰だ、Payloadなんてゲテモノを持ってきた馬鹿は」

 

隊長はそう言いながらジョッキをあおる。

 

※Payload=Barrett XM109 25mm Payload rifle

直訳すると『爆発力のある小銃』。通常弾の他に徹甲弾(AP)榴弾(HE)成形炸薬弾(HEAT)と言った特殊弾も使用可能な対物ライフル(Anti-Materiel-Rifle)である。

 

「へぇ、よく解りますね」

「古巣にいた頃、賭けで負けた時に狙撃班に居た説明好きの馬鹿が俺にAMRについてのうんちくと、SRの火薬の調整の仕方、弾頭の削り方やらなんやらを実に長ったらしく実践しながら教えてくれたんだよ」

 

因みに丁度実践に使ったのがPayloadだったから音で解った、と隊長はネタばらしをする。

 

「成程」

 

部下は隊長のネタばらしに納得し、賭けの結果を明らかにする為に通信機を手に取り、海賊狩りメンバーの指揮官に被害報告の確認を始めた。

 

「――了解。お疲れさん」

「結果は?」

「軽傷四名。俺の一人勝ちです」

 

どうやら参加した全員がブタらしい。

 

「その金で俺に奢れ」

「嫌ですよ。今度結婚記念日10年目なんで嫁の為にダイヤを買う予定なんです」

 

これはその軍資金にします、と部下は言った。

 

「10年過ぎても熱々かよ、死んどけ」

 

隊長は部下をどつこうとするが、部下はひらりと避ける。隊長は舌打ちをしてからビールを飲み干し、一息ついてから愚痴をこぼし始めた。

 

「……全く、ISのお陰でどいつもこいつもあばずれ共のケツを舐めてやがる有様だ。しかも女性優遇だのなんだのと……お陰様で女一人ろくに抱けやしねぇ。ホント、どうになからんかね」

「これから、です。その為に我々は集い、整えたのですから」

「けっ。まぁ、死ぬのも給料のうちだ、精々こき使われてやるよ」

 

もっとも、死ぬ気はねぇがな、と言ってジョッキに再び口を付けようとして――既に空出会ったのを思い出し、再び舌打ちをしてからビールを注ぐ。そしてジョッキに溢れんばかに注がれたビールを一気に半分ほど飲み干し、一息をついた。

 

「しっかし、これで餌まきは何度めだったか?4度目か?つーか、いい加減海の旅は飽きたんだが」

 

こちとら元陸軍だぞ、と隊長はぼやく。

 

「まぁまぁ。取り敢えず、5度目です。因みにかかったのは今回のを含めて海賊が3回」

「そーかい。まぁ、普通(・・)は100回ぐらい襲われても仕方が無いんだがな。だが、俺等がどう言う存在であるかを知っているのであれば襲ってこない。襲ってきたとしても自信家の馬鹿か獲物だけだ」

 

お陰様で俺はこうしてクソまずいノンアルコールのビールを飲める、と言って残りの半分を飲み干して空にした。

 

「だから呑気過ぎますって」

「ほっとけ。これでヘマする程間抜けじゃねぇんだからよ。んで?今回も獲物が来なかったらまた同じ様にするのか?変化球かなんかはないのか?ファストボールだけじゃ観客も飽きるぞ」

「まーたそれですか。これからも続けますよ?護衛をつけないで(・・・・・・・・・)輸送するのも、獲物に対する輸送物の意図的なリーク(・・・・・・・)も」

 

あと、ファストボールオンリーを馬鹿にしないで下さい、と部下は付け足す。

 

※ここで補足だが、ISが登場し、ISコアを配布された各国は研究費用を確保する為に様々な方面から資金を工面する事になった。当然既存兵器に対する費用の削減(女尊男卑主義者主導で)は勿論、真っ先に削減対象となったのは人件費――つまり国家公務員たる軍人(主に兵卒)を中心に始まったのだ。

 

そして職にあぶれた軍人+αは各々で再就職を目指すのだが、今までの環境と異なる為、全ての者が上手くはいかない。そしてそう言った者は大抵、傭兵や私兵となって以前とほぼ変わらない生活を送る者も居るが、中には海賊や山賊といった強盗集団に身を堕とす輩が居るのだ。

 

結果、女尊男卑、引いていてはISによって犯罪組織は訓練された集団となり、集団での犯罪率は増加、逆に検挙率が低下の一途を辿っていったのである。そう、今回輸送船を襲ってきた海賊の中に元海兵が居て、余計な被害(と言っても被害とは言い難いだが)が出た様に。

 

「つーか、今更なんだが怪しすぎると思うんだが?」

 

そこんとこどうなのよ、と隊長は問う。

 

「そこは逆説ですよ」

「逆説、ねぇ?」

「えぇ。我々だからこそできる」

 

随分と自信家な事だな、と隊長は空になっているジョッキにビールを注ごうとして――隊長の腰に挿した通信機に通信が入り、三度目となる舌打ちをしてから通信機を手に取る。

 

『此方通信室。野郎&野郎の皆さん、暫く待たせたな。漸く狩りの時間だぞ。隊長、聞こえているか?』

「おう、聞こえてるぞ。つーかやっと来たのか。漸くこんな生活とおさらばできるぜ。次いでに今までお預け喰らってたお陰で股ぐらがいきり立ったぞおい。今度どうだ?」

 

瞬間、部下がさっ、と尻を隠しながら後ろに下がったが隊長は気付かない。

 

『サラッと性癖暴露どうもありがとう。だが、謹んで辞退しよう。そして二度と近寄らないでくれ。―――周辺区域で哨戒中のseekersより報告。南西より距離3000mで着水音を確認。パターンはレッド。どうやらお客様(・・・)は海中から来店する様だ。このままいけば約25分後に来る』

「了解。穴蔵の方はどうしている?――つーかジョークだ、ジョーク。マジで信じるなよ」

『現在進行形でマークしている。聞けば船の国籍を偽ってたらしい。後はお前達の成果次第で幾つかパターンを用意しているが、そこはまぁお前も聞いてるから説明は要らないな。それとな、ママが昔、ヤンキーのジョークは信じるなって言ってたんだ。ママは何時だって正しい。だから絶対にこっち寄るな』

 

俺のケツはやらない、と通信室の男は言う。

 

「うるせぇよマザコン。いい加減ママのおっぱい卒業しやがれ。あぁそれと、テメェの信じるクソッタレな神様がテメェに天罰を下してくれますように。アーメン」

 

隊長は相手の反応を待たずに乱暴に通信を切り、歪んだ笑みと共に部下に振り向く。

 

「おう、聞いてんな?」

「勿論。隊長がホモと――冗談です。既に待機組は所定の配置に向かっています」

 

隊長が腰のホルスターに挿してあるM9を抜こうとしたのを見て慌てて撤回した部下。このネタに関してはジョークが通じなくなったと理解した様で、事務的に幾つかの状況を隊長に知らせる。

 

「――以上です」

「OK.じゃあ徐々俺らも準備するか。ちゃんと演技しろよ?」

「勿論。オスカー賞ばりの演技を見せてあげますよ」

 

そいつは楽しみだ、と言って隊長はもう一度だけ空を見て嗤う。そしてテーブルの上に置いた麦わら帽子を深くかぶり、通信機のスイッチを押して宣言する。

 

「野郎共っ!これよりKIC.PASOG.EU叢雲教導団『Straw hat(麦わら帽子)』はオペレーション『Pop-Up Pirate Game(黒ひげ危機一発)』を開始するっ!!さっさと終わらせてバーに向かうぞ!俺の奢りだっ!!」

 

『『Yes, sir!!』』

 

――男達の雄叫びがソマリアの海に轟いた。

 




さて、新年初投稿です。今年もこの作品にお付き合いいただければ幸いです。

さて、これで一巻分が終わりです。文字量だけ見れば三巻分以上はいってるんじゃないんですかね?……うむ。二巻はもっと上手く纒められる様に精進します。

そんでもって今回の補足

更識の女は~のくだりですが、オーバーラップのP158の一文を拡大解釈しています。なんか一文ですませてるけど、すっげぇ重要じゃね?と言う事で入れときました。

KIC.PASOG.EU叢雲教導団

所謂教官部隊。EUと銘打たれている時点で察するかもしれませんが、地域ごとにこの様な教官部隊がいます。当然練度が高い集団で、優先的に新兵器なんかが回されます。

そして何やってるのかは秘密と言う事でw

次いでに表と裏の空気の差が違いすぎるのは仕様です。主人公側はぬるま湯ですが、裏側は息を吸うように殺し合います。

どうでもいいですがこの教導団の隊長、めっちゃくちゃワンピー●にはまっています。

それでは次回もお楽しみに!


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