ーInfinite Stratosー~Fill me your colors~ 作:ecm
その少年の持つ記憶とは、誰かが歩んだ人生そのものでした。
知識と経験。
少年はこれは誰の記憶だろう、と疑問に思いつつもその記憶活かし、幼い身でありながら大人顔負けの博識さと器量の良さ、そして落ち着きによって、町の人からは神童ともてはやされていました。
ですが、そんな少年には家族が居ません。
そう、両親は少年がかなり幼い時に亡くなっていたのです。
少年は両親が遺してくれた家で独り寂しく暮らし、近くに住んでいる両親と仲の良かった人の商売を手伝いながら日々の生活を送っていました。
ですが少年は未だまだ子共。本当は寂しがり屋で、甘えん坊でした。しかし、皆はそれを理解していません。何故でしょうか?
――この子なら、他の子と違うからきっと大丈夫だろう。
何故なら、町の人にそんな風に思われていたのです。しかも少年は変に意地っ張りで、寂しいからといって、自分から誰かに甘える事はしませんでした。
そして月日は経ち、その身に寂しさを宿しながら十五歳となった少年はある日、お休みを貰ったので気晴らしに森の中を散歩していると、道端に不思議な形をした手のひらサイズの石が落ちているのに気付きました。
――何だ、この石は?
少年はその石に興味を持ち、手にとってみました。
するとどうでしょうか、突然煙がその石から出てきました。
少年は驚いて石を落としてしまいました。
――お呼びですか、ご主じ―――あいたっ!?
同時に小さな生き物も出てきたのですが、少年は反射的に叩き落とします。
――何をしやがりますかコノヤロー
そう言って頭を流石ながら再び空中に浮いた妖精。
――誰だ、お前
妖精とは子共以外には見えない、おとぎ話の中だけの存在。
それが常識の世で妖精と出会うと言う事は、普通なら驚いて然るべきなのですが、少年は煙が出た事以上の驚きは全く感じていませんでした。寧ろ少年は不審者を見るような目で見て、妖精に名を問います。
妖精は一瞬だけむっとした表情をしましたが、直ぐに気を取り直し、石宿りの妖精と名乗ります。次いでに心に穴が空いている人物にしか見えない、とも言いました。
――胡散臭い。
そう思いつつも、確かに自分は心に穴が空いてると自覚しながら少年は自らの名前を妖精に告げる事にしました。
そして妖精は少年の名前を反芻する様に呟いたあと、少年にお願い事をし始めました。
少年は普通、逆じゃないのかと思いつつ妖精の言う事に耳を傾けます。
要訳すると妖精曰く、世界を見て回りたい。けど、この石から離れられないから少年に連れて行って欲しい。もし連れて行ってくれたら、旅先で良い事が起きるよ、との事でした。
少年は妖精の話を聞いて悩みました。
――もし町を離れたら、もっと寂しくなってしまう。
少年は別に町自体にはそんな思い入れはありません。何時か機会があったら出て行ってもいいとさえ思う事もあります。しかしそれでも少年が悩む理由とは、そう、両親と過ごした思い出と離れるのが嫌だったからなのです。
そして悩んだ末に少年は、一日だけ考えさせて欲しいと妖精に頼み、またこの場で会う事を約束して町に引き返す事にしました。
そして町に辿りついた少年は、ゆっくりと町を練り歩く事にしました。
――遊び回る子共達
――商売に精を出す大人達
――椅子に腰掛け、談笑する老人達
――決して裕福でない、しかしそれでいて満ち足りている町並み
見回れば見回る程、少年は寂しさを覚えて行きました。
――ここに自分の本当の居場所は無い。
他の子には家族が居て、友達が居る。しかし自分には家族はもう居なくて、友達も、友達とはっきり言える存在が居ない。
――居ても居なくても、同じだ。
少年は居ても居なくても変わらない町と自分に段々と嫌気が差してきました。そしてそんな思いを抱きつつ歩き続けていると、少年はとある老人に呼び止められました。
――坊主、何を悩んでいる?
呼び止めたのは少年が働いている店の常連で、それなりに少年の事を知っている老人でした。そして呼び止めた老人の目には少年が悩んでいる様に見えたのです。
問いかけられた少年は、どう答えようかと悩みましたが、何も浮かびあがらなかったので正直に話す事にしました。
――そうか……それで寂しかった、と。すまなかったな、気付いてやれなくて。
少年は老人に悩みを伝えると、少年の事を正確に理解した老人は謝りました。少年は気にしない、と伝えてから更に旅をするとはどう言う事か、と老人に尋ねました。
――本当の拠り所を探す、だ、坊主。昔、ワシもそうやってこの町に辿りついた口でな
少年はこの話を聞くべきだ、と思い老人にその旅の事を聞かせて欲しいとお願いしました。老人は暇つぶしには丁度いいと快諾し、話を始めます。
盗賊に襲われて死にそうになった話。
旅先で出会った旅芸人の一団との話。
旅先の途中で足を休めていた時に出会った商人との話。
そして旅の果に見つけた、自分にとって本当の居場所とも言える町に辿りついた話。
気がつけば夕暮れになっていましたが、老人が話す内容は少年にとても魅力的な話で、ずっと聞いていても全く飽きませんでした。
――坊主、お前さんは旅をしたいのか?
話を途中で区切った老人は少年に問います。
――自分の居場所を、探したい。
少年は一瞬だけ悩みましたが、迷いなく答えました。
そう、少年はこの身に宿る不思議な記憶だけで世の中を知ったつもりでいましたが、老人の話を聞いてその認識が変わって、更に当たらな目標が見つかったのです。
少年はこの身に宿る記憶が誰の物なのか、記憶にあるある町が何処なのか、自分にとって、本当の居場所を見つけたいと思ったのです。
――そうか。なら、ワシの昔使っていた旅の道具をくれてやる。次いでに店の親父さんにも話をつけておくから、今から準備でもしておけ。
だからとっとと帰りな、と言って少年を追い払い始めます。そして少年は老人に礼を言ってから駆け足で家に向かっていきました。
そして朝になり、全ての準備を済ませた少年は妖精の下に向かい、自らの意思を伝えました。
――ありがとうございます。……石と意思をかけ――あぶぅ!?
変な事を言い始めた妖精を少年は叩き落とす事で黙らせます。
妖精は少年に文句を言いますが、つまらない事は言うな、の一言で黙らせます。そして少年はぶつくさ言う妖精を一別してから妖精の宿る石を懐に入れて家にむけて歩き始めました。
妖精は置いていかないで下さいと言いながら全力で追いかけて、何とか肩の上に止まる事ができました。ここに来て上下関係がはっきりした様です。
そして此処から始まる居場所を探す誰かの記憶をもった不思議な少年と、世界を見て回りたいと願う石に宿った胡散臭い妖精の物語。
さぁ、小さな物語の開幕です――――
――――。
目が、覚めた。
同時に筋肉痛や打撲による痛みが自己主張をしてくるが、難なく身を起こす事ができた。そしてゆっくりと辺を見回すと昨日と変わらない、殺風景な独房が其処にあった。
唯一、昨日と違う点を上げるとすれば、こんな殺風景な独房であっても、私に確かな温もりを与えてくれた人が居ないと言うこと。
温もりが其処になくて、不安になる。
また、独りになってしまったのではないのかと思ってしまう。
「……本音」
自然と口から溢れる呟き。
あの時、私は本音の抱擁に包まれ、泣いた。
以前泣いたのは……そうか、父と母が死に、私だけ生き残った時以来、か。そして同時に胸に秘めていた思いも話してしまったな。最も、呂律が回らず上手く言葉には出来なかったが……それでも言いたい事は伝わったと思いたい。
『ずっと一緒に居て欲しい』
『独りにしないで』
子共の様に甘く、幼い、
隠していたのは、私のつまらない強がり。
確かにあの時、事実に耐えきれず、自暴自棄になった私を慰めようとしてくれた本音を突き放そうとした。だが、本音は傷ついた顔しても、泣いても、それでも私を慰める為に行動してくれたのだ。
嬉しかった。
孤独であった私の、心の空虚さを埋めれなかったかった私の心を埋めてくれたから。
虚勢を張り、拒絶しようとする中、怯まず、本当の私を見抜き、ただその優しさで包んでくれたから。
だから、話してしまったのだろう。
大切な人だから。私にとって掛け替えのない、存在の一人だから。
(……いや)
いい加減、曖昧な言葉で誤魔化すのは、止めよう。
はっきり、言おう。
私は―――
「好きだから」
どうしようもなく、好きだから。好きだから、一緒に居て欲しい。何処かに行かないで欲しい。
そう思って、話した。
認めよう。私は、恋心を抱いている。
本音に、簪に、そして楯無に。
許されないと解ってる。自分勝手だと解っている。不純だと解っている。だがそれでも、私はもう、この気持ちに嘘を付く事はできない。誤魔化す事は出来無い。したく、ない。
この胸で切なく疼く痛みは、高鳴る鼓動は、古鷹が言う通り紛れもなく恋慕の情からくるモノだろう。私にとって、彼女達が向けてくれる微笑みが、温もりが、何よりも愛おしかった。
曖昧な言葉で濁し、否定したのは、只の甘えと逃避。そして――
(……置いておこう)
今は、状況の整理を優先すべきだ。悩み、苦しむのは、その後だ。
私は軽く頭を振り、深呼吸をする。
……さて、話を戻そう。そして暫くして私は落ち着き、突き放す為に酷い事を言ってしまったのを本音に謝罪した。そして許しを貰ってから、あの後どうなったのかを聞いている途中に虚が訪れてきた。そして私は虚と幾つか会話を交えた。
要点を纏めるとこうだ。
・私が独房にいるのは暴走したからと言う、表向きの処置。
・明日の朝、つまり今日の朝に轡木さんと楯無がここに来る事。
この二点だった。本音がここに居られるのは、虚なりの配慮らしい。本来は駄目なのだが、な。それでも、私にとっては有難かった。もし本音が来ていなかったら……と思うと、複雑な気持ちになる。因みに虚が来たのは本音を時間切れだから連れ戻すのと、私が起きていない時を考慮してメモを置きに来た為だとか。
そして幾つか会話を交えて、それも一段落して本音達が去った後、私は特に何も(正確には痛みで何も出来なかった)するもなく眠りについて現在に至る。
(今は待つだけ、か)
本音を言えば、楯無と会うのは心苦しい。私は、楯無を傷付けてしまったから。傷付けた楯無が私をどう思っているのかが気になって気が気でなかった。だが、どんな対応をされても現実を受け止めなければならない。
(謝ろう)
先ずは、そこから始めよう。
そう思いながら時間を確認してみると現在朝の7時。楯無達が来るのはもう少し後だろう。取り敢えず身だしなみを――あぁそうか、私はISスーツのままで、制服は拡張領域の中か。
私は今更ながらに今まで自分がISスーツ姿であった事を思い出しながら机上に置いてある古鷹を取るためにベットから身を起こし、身に付けた。
――おはようございます
まるで見計らったかの様なタイミング。
このタイミングを察するに、どうやら古鷹はずっと待っていたらしい。と言う事は、聞かれていたか。まぁ、隠す必要はないかと思いつつ私は挨拶を返し、椅子に腰を掛ける事にした。
――悩み過ぎて自暴自棄にならないでくださいよ
(……解っている)
無理をしない程度に、考えさせてもらう。
――ふむ……偽りは無い様ですね。残念、もしもの時の為に慰めの言葉を一万通り程考えて来たんですが
(……気持ちだけは受け取っておく)
何だそれは、とは言いたい所だったが、生憎、今はそんな話をするべきではない。私情を交えた会話は後に回すべきだ。私は気持ちを切り替えながら『そんな話をするだけに待っていた訳ではないのだろう?』と言い、古鷹にISスーツを制服に変えてもらってから話を進める様に促した。
――解りました。では、既に解っているとは思いますが現状を再確認します。今回の一件は昨日の内に無事収束しました。被害は
(そう、か)
私が聞いている話自体には特に齟齬はない。ほかの情報はともかく、遅かれ早かれ私にも守秘義務が課せられるだろう。もっとも、ソレは私にとっては意味は無いのではあるが……まぁ、表向きの処置は必要だからな。
そして箒は処分は理性ではそれぐらいが妥当だろうと肯定はしている。だが、感情ではたったそれだけなのか、もっとあるだろう、と否定する自分も居る。彼女を恨んでいるか否か、そう問われれば答えは是。恨んでいる。私情で危険な場所に立ち入り、その身勝手な行動で被害を出す要因を作ったのだから。私が感情的に動いていれば、この話を聞いた瞬間に箒の居る独房室に向かい、扉を蹴破り、殴り、罵る事もあっただろう。事実、今も怒りは感じている。だが、それはしない。してはいけない。勿論、謹慎が終わった後もだ。
何故ならこれは私自身にも非があるし、真に怒りの矛先を向けるべき相手は別に居るからだ。それに彼女とて、自分が友人に怪我をさせた要因を作った事に対し、深く反省している筈だ。聞く限りでは態度にも現れている様だし、謹慎後は一夏も諌めるだろう。ならばかけるべき言葉は最低限で十分だ。
――おや、言ってはなんですが、不服はないので?
(無い訳がないだろう。だが、区別はつける)
目先の事に囚われて多くを無駄にする訳にはいかない。しかし許しはしない。暴力で訴える事をしないだけで、その事実を忘れないだけだ。だが、次にまた同じ事を繰り返したらその時はきっと……いや、語るに及ばず、か。
――……ふむ。では次に機体の状態です。まぁ、ぶっちゃけて言えば乗り換えた方が楽だと言うくらいに酷いです。最も、奇跡的に拡張領域と戦術支援AIが無事でしたがね。まぁそれはともかく、主任に代用機として不知火を要請しました。そして主任からは『次いでに今後の為に高速機動訓練をするから専門家を呼ぶね。あ、因みに私も行くよ』、との事です
(主任とあの人が来る事は解った。だが、何故機体がそれ程酷い状況にある?)
精々肩部の損傷と地面に衝突した事による装甲の歪みや被弾ぐらいの筈(まぁ、同時に武装も殆どが失ってしまったが)。勿論、損傷時の対策として予備の装甲や一部の武装は主任が学園に送ってくれてはいるのだが……と言う事は内部にも影響があるのか。
――お察しの通り、原因は単一仕様能力の代償。お陰で内部の伝達系や駆動系のモノが殆ど焼き切れたりして使い物になりませんよ。PICもまともに動くかどうか怪しいぐらいです
どうやら正解のようだ。まぁ、それはともかく、確かにそれだと仕方が無いかもしれん。流石に内部のパーツは軍用で、しかも川崎の技術云々に関わる物なので送られていないからな。
(そうか。では、短時間の使用ではどうなる?)
起動時に能力の詳細が頭にインプットされているので詳細は分かる。扱いこなせるかどうかは別として、あの力が魅力的なのは確かだ。それに、古鷹も主任に詳細は話してあるだろう。使用方法は幾つか検討している筈だ。であれば、可能な限り此方側でも能力に対しての理解を深めておくべきだ。
……まぁ、私個人としては使いたいとは思わないが、利用価値はあるからな。単純に使いたくないからはいそうですか、とは行かない。様々な視点で能力を検証するのが当然といえよう。
――それは流石に実際に発動して試さなければ解りませんよ
(確かに。最も、発動すら難しいのだがな)
能力の発動キーがアバウトだからな、この一言に尽きる。
――いえ、そうでもありませんよ?
(何?抜け道でもあるのか?)
――それは後程説明しましょう。と言っても、簡単な事ですがね。そして話は戻しますが、機体の方は研究資料となり、AIのみ第2研究所に渡され、二番機と盾の改良型の調整と共にオークトチュールの評価試験が我々に新たな任務として申し渡されます。そして二番機の調整が終わった時、漸く古鷹は完成となります
千歳さんから私が受け継ぎ、漸く完成するのか。ある意味、感慨深い。
――因みに、次の学年別トーナメントでは国外向けに完成披露宴を行う様です
次……確か6月末か。性急な……そして暗に優勝しろと言っているのか。いや、ある意味当然か。今年の一年生には多数の専用機が居るから、撃破して泊を付けるには持って来いだからな。最も、射撃部門ヴァルキリーと男性操縦者が開発に携わった時点で既に相当なネームバリューはあるがな(先日、セシリアと世間話をした時にそう言われた)。
(それで、二番機とは?)
オークトチュールはまぁ、大体予想はついていたので特別驚く事はない。ただロクでもないのを祈るしかないからな。しかし、その二番機と言うのは全く聞いていないのだが。
――私も聞いたのは昨日ですので多くは知りません。ですが聞く限りではMs.千歳や貴方の運用データを基に改良を加えたそうです。本来は私達が乗る予定だったのですがアクシデントがあって……まぁ、詳しい話は主任に直接聞いてください。取り敢えず、基本スペックは一番機を上回る、とだけ覚えておけば良いかと
(そうか)
――そして主任から一言。手に入れたコアは予定通りに、と
……来たか。
(待って欲しい)
――おや、どうかしたのですか?
……どう言うべきだろうか?いや、これに説明は必要ないな。実際に見せた方が早いだろう。幸い、
(雪風、出てくるといい)
――雪風?一体何を?
古鷹は何の事かと疑問に思っていたが、それはすぐに氷解するだろう。そして私が呼んだ後、直ぐに少女の声が響いた。
――つばき、よんだ?
相変わらず抑揚に欠ける声。
……てっきり、男の声のまま聞こえてくるモノだと思ったが、どうやらこの戦術AIは複数の音声を使い分けれるらしい。まぁ、無駄だとは思わないがな。少なくとも今この時だけは。
――……!!まさか、あの無人機のコア、ですか?
(そう言いう事だ。雪風、古鷹に挨拶を)
――ゆきかぜ。なまえ、つばきからもらった
――え、えぇ。よろしくお願いします。……詳細は聞かせてもらえるのでしょうね?
(勿論だ)
そして私は雪風との出会いと会話の流れと、その過程で名前を与えた事を話した。途中、雪風も割り込んできたが、話の補足の様なモノなので円滑に話を進める事ができた。勿論、別れる間際に見た世界の事も話した。
雪風の一言と共に顕れたあの白銀の世界と銀色の風。これが一体何を意味するのかは解らない。だが、一つ言えるとしたら、名前が表す通りの世界だったのは確かだ。
(――こんな所か)
――……成程。しかし俄かに信じ難い話ですね。言ってしまえば、我々は生まれたその瞬間から『個』を持ちます。ある意味自己を形成する根幹と言っても過言ではないのです。そしてそれは『世界』となって表されているのですよ。他の人は解らないでしょうが、貴方なら解るでしょう?
実際にその世界に居たからこそ、か。
――まぁ、『個』の上書きや書き換えが可能であれば、その限りではないのかもしれませんが
(……私としては剥離剤とあの能力で全てを壊してから与えたと思っているがな)
この場合、書き換えに相当するのだろう。
そう、雪風の世界は最初は何もない、空白の世界だったのだ。最初はそれを自分の夢だと思っていた。だが、実際は違った。雪風に名前を与える前の只の名無しの少女の世界だったのだ。
あの時の世界は完全な『無』。
何にも染められていない世界だった。そう、まるで全て消し去った様な世界だったのだ。だが、私が名前を与えた事により雪風の世界はは意味を持ち、白銀の世界へと変わった。先程も言った通り、これは私が書き換えた、と言っても過言ではないのだろう。
――聞く限りではそうなのでしょうね
……申し訳無いと思う。本来の世界が、雪風にもあっただろうに。
――うばった、かんけいない。いま、うれしい。ゆきかぜ、つばきのもの。とてもうれしい
……この場合、どう反応すれば良いのだろうか?
取り敢えず私はそうか、と曖昧に返しておく事にした。だが、古鷹から一瞬、妙な視線の様なモノを感じ、気になった私は古鷹に何か言いたい事はあるのかと言おうとしたが、その前に苦笑と共に古鷹が話し始めた。
――ククク……あいや失礼。実に興味深いですね。やはり、貴方には特別な力があるようです
(特別な力、か)
――えぇ。ですが私はその手の知識はさっぱりなので、今度姉上に尋ねてみますよ。それと、この事は後ほど主任に伝えておきます。こっちの方が解体して解析するよりかはよっぽど有意義になりそうですので……あぁ、そうだ。良い事を思いつきました。これほど雪風が貴方に懐いている様なので、他のコアも口説いて回ってはいかがです?案外上手くいくかもしれませんよ?
古鷹はレイディも貴方に好印象を抱いていましたし、と冗談めかしのように言う。
(……どう回答すれば良いのか分からん)
まぁ、それはともかく。白騎士がどう言う存在なのかは古鷹の語り草でしか知らないが、白騎士が長く篠ノ之束の下に居た事は既に周知の事実だ。つまりは彼女を元にISの研究をしていた篠ノ之束の実験データの数々を記録していたと言う事を同時に意味する。彼女ならきっと何か知っているのかもしれない。であれば試しに聞いてみよう、と言う流れは妥当な所か。
――ですが、姉上は渡しませんよ?
(……そうか)
――いや、そこは流さないで下さいよ
……ノーコメントだ。
(考えておこう)
――つばき、あね、だれ?
いや、考えるって云々と古鷹が私に向けて言ってる最中、雪風が私に一言尋ねた。どうやら雪風は『姉』という単語に少しだけ気になった様子である。
(古鷹、教えてやれ)
――勿論。雪風、姉上と言うのは001の事です。会いに行きたいですか?
私が流し、古鷹が答え、雪風に尋ね――
――いかない。きょうみ、ない
結果は一秒の間も置かない即答だった。私は一瞬、惚けてしまった。そして古鷹も雪風の即答の速さに言葉を失ってしまった様だ。
……これは少し、拙いのだろうか?
――他人に興味無し、ですか。……べったりはいけませんねぇ
そう言いながら私に視線の様なモノを送るのはなんのつもりだろうか。
――かんけいない
――……貴方から何とか言ってやってくださいよ
古鷹は完全に私に投げてきた。いや、確かに私は雪風に懐かれているが……。
(雪風、本当に会わなくても良いのか?)
古鷹は別として、レイディと白騎士。この二体に会うこと自体は別段何ら問題は無いとは思う。寧ろ、私としては、雪風に色々な事に興味を持って欲しいので会うことを推したい。
――いい。つばきといれば、まんぞく
――ロリコ(覚えていろ)……このノリも久しぶりでギャァアアア!?!?
……確かに。少しクスっと笑ってしまったよ。だが、どう言う事だ?私は雪風にも影響があるかもしれないと思って手は出していないのだが……まさか。
(雪風、古鷹の世界に居るのか?)
これ以外に考えられん。
――せいかい。そしてふるたか、しつれい。ゆきかぜ、おこった。ゆきかぜ、こどもじゃない
……やはり雪風が古鷹に直接仕掛けていたか。どういう方法を使ったのかは解らんが、古鷹に気づかれずに接近(?)して攻撃するとは、な。
――申し訳ございませんでした
あぁ、古鷹が雪風に土下座をしているのが目に浮かぶ。
しかし其処まで思って私はある事を思い出した。
(雪風……古鷹の世界はどうなっている?)
これは少し気になる事だ。この際だから聞いてみよう。
――申し訳ないですが、それはトップシークレットですよ。未だ、貴方には教えれません。雪風も、これだけは決して教えてはいけませんよ?
――……わかった
明確な拒絶。
雪風が言う前に古鷹が教えないと宣言した。
何故、と問いただしたかったが、ドアを叩かれる音がした。
そうか、もう来る時間か。
急激に心が冷え心臓の鼓動が高鳴っていく感じながら思考加速をし、雪風に話し掛ける。
(……雪風、暫く黙っていてくれ)
――……つばき、なんで、ついていける?
(そう言う能力があるんだ。とにかく、黙って待っていてくれるか?)
――わかった。ゆきかぜ、いうこときく
雪風から言質を取った後に思考加速を解除すると私は立ち上がり、どうぞ、と言う同時に扉が開かれた。そして虚から話に聞いてた通り轡木さんと楯無が入って来た。しかし違和感があった。だが、何故、とは思うまでもない。
そう、楯無の首には黒のスカーフが巻かれているのだ。
理由は解っている。私が首を絞めた結果、痣となって残ったのだろう。だから隠すために巻いてるのだ。
ソレを見ると、今まで抑えれてきた感情が、再び暴れようとする。罪の意識が浮上してくる。目を、逸らしたくなる。あぁ、そうだとも、私がそうしたのだから。
私が、殺そうとしたのだから。
解っている。現実は受け止める。受け止めれる。本音に癒され、涙を流し、溜めた想いを吐き出し、古鷹や雪風との会話のお陰で笑う事ができた。肩の力も抜けた。なら、後は言葉を紡ぐだけだ。
「……おはようございます」
「えぇ、おはよう、椿」
「はい、おはようございます」
私は何とか挨拶をし、一度ゆっくりと深呼吸をしてから立ち上がる。だが、どうしても視線を合わせる事ができず、軽く俯いた状態になってしまう。
情けない。
だが、今はそれでもいい。
「まぁ、思う所はあるでしょうが、先に此方を優先させて頂きますよ」
「……解りました」
今は……そうだな。
「はい。では、古鷹からもう聞いてるかもしれませんが、君にこの用紙――まぁ解ると思いますが今回の件についての誓約書にサインをして貰います。まぁ、貴方に意味はありませんが形式上、やっておかなくてはなりませんからね。話が終わった後に記入をお願いします」
「解りました。……つかぬ事を聞きますが、織斑先生には何と?」
私は差し出された誓約書を受け取り、机に置きながら轡木さんに尋ねる。
織斑先生もまた当事者。無論、山田先生や他の教師の方々も私のあの状態も目撃し、被害に遭っている。何か問いただされてもおかしくはない。
「全ての手続きは私がやっておくと伝えています。事態が事態ですからね。手は打ってありますよ。それに、複数の教師が楯無君の静止を振り切って貴方に手を出そうとした結果がアレでしたのでね。自業自得、と言えば言い過ぎかもしれませんが、あの状況では下策でした。そしてそれを見過ごした現場の最高責任者である織斑先生にも非がある。所謂責任を果たすのを怠った、と言う事です」
言いがかりにも程がありますが、と轡木さんは苦笑する。
「なのでこの件の一切の責任は私と、補助として現場に居た楯無君が受け継ぐ、と言う事にしました。そして処分は……そうですね、身体及び精神状態に一切の異常は見られないが、記憶の一部に欠如が見られ、対抗戦前後の記憶が無い為、事情聴取は不可。ですが罪は罪。よって今回は保護観察処分と、定期的に学園に対する奉仕活動に従事して貰います。……こんな所ですね」
軽すぎる。
一言で表せなこれがしっくり来るだろう。しかし、理由は解っている。時間は有限、一分一秒も無駄にするな、謹慎されている時間があったら有効に時間を使え、と言う事なのだろう。
「なので天枷君は、明日から授業に参加する、と言う事だけ頭に置いておいて下さい。あぁ、奉仕活動の時間は後ほど日程を調整してから通達しますよ」
「……解りました」
「はい。では次に単一仕様能力ですが、男性操縦者のデータ収集の為に封印処置は施さず、対策として天枷君のISを強制停止させる装置を持った川崎の人間を非常勤の職員として一人常駐する事とする……で、よろしいのですね、古鷹」
ここに来て古鷹が会話に参加してきた。
『えぇ、その様に』
「ですが、此方としても能力は把握しておきたい。説明はしてもらいますよ」
『そのつもりです。では、説明をさせていただきましょう』
そして古鷹は能力について語りだす。
単一仕様能力の名は『
搭乗者のある一定量を超えた感情・思考(以下思考)を読み取り、その読み取った思考を色として再現し、その色によって様々な能力を得る、言わば汎用的単一仕様能力である。また、発動時にはエネルギーを全身から解放する為、副次効果として瞬時加速は全てハイパーセンサーを欺瞞する残像を残す『残像瞬時加速』となる。
欠点は発動時に再現された色――つまりは発動キーとなった思考一色に染まる為、負の思考及び一部の思考で発動した場合は敵味方の区別が一切がつかなくなる可能性がある事。そもそも発動する為の思考の一定量のラインが不明であり、人為的、つまりは自由に発動するのが困難である事。また、発動時、全身からエネルギーを解放する為、機体の負荷は凄まじく、長時間の発動後は内部のダメージが深刻になる事が挙げられる。尚、搭乗者の心身への影響は現段階では不明。
『――とまぁ、こんな所ですか。力自体は魅力的なのですが、使い勝手が非常に悪い能力です』
「古鷹、先程、抜け道があると言っていたな、それはどうなっている?」
轡木さん達が来る前、後ほど説明するとは言っていたから、聞くならこのタイミングがベストだろうか。いや、機密に含まれていたら……私のミスか。
「ほう……聞かせて貰えますか?」
『……まぁ、隠す事ではありませんがね。後々伝える案件でもありましたので。簡単ですよ、後催眠暗示です。戦時では散々やっていた手ですし、今でもやっている所はありますけどね。軍然り、テロリスト然り。具体的に言えば薬物投与や催眠術の使用による意図的な思考誘導を行い、戦闘時に有効な思考――色を引き出し、戦力としての安定化を図る、と言う事です』
……つまりは、モルモットか。成功するまで、良い結果を出すまで、試すと。
「ッ!そんな事!」
今まで黙っていた楯無が非難の声をあげる。一方の轡木さんは何も声を上げず、また態度も雰囲気も一切変わっていなかった。
……楯無が私の為に声を上げるのは嬉しい。私も、言うべきことは言うか。
「古鷹、要は私が自由に扱えれば良いのだろう?」
そうすれば、実験の必要はなくなる。
『勿論。寧ろそれが望ましいですからね。ですが、暗示の実験を行うのは決定事項です』
だろうな。だが、言質は取った。
「……成程。今回、男性操縦者の放課後特別教習にはこの意図も含まれているのですか」
轡木さんが顎に手を当てて頷く。
『えぇ。最も、機材や人員を集める都合上、かなり先の話ですが』
……そうか猶予はある、か。しかし、放課後特別教習?あぁ、あの人が来る名目か。川崎の人間を学園に送り込む手際といい、この名目といい、昨日の今日で主任は随分と仕事が早い。
『一応言っておきますが、川崎は椿をここで使い潰す気はありません。しかし実験の取り止めや能力の封印もしません。利用価値がありますから」
……思うことはある。本当は拒否をしたい。だが、現状維持で下手に味方に被害を出すくらいなら、モルモットになって力を引き出す方が未だマシだ。例え薬漬けになろうが、催眠術で狂いそうになろうが、楯無達を傷付けないのであれば、守れるのであれば、それでいい。
『まぁ、この話は置いておきましょう。Mr.十蔵、続きを』
「解りました。さて、天枷君の録ったビデオカメラの映像ですが、川崎の人間を通して既に送っておきました。なので―――」
其処から10分程私の身の振り方、連携等々について楯無(最初辺で何か言いたそうにしていたが、直ぐに気持ちを切り替えていた)も交えて話し込む。そして最後に私がサインをした誓約書を轡木さんが確認した。
「――さて、これで以上になります。ではあとはこれおどうぞ」
そう言って手渡されたのはコンビニ弁当だった。
あぁ、そう言えば私は昨日の昼以来、食事をとっていなかったな。まぁ、とる暇も無かったのもあったが……何はともあれ有難い。
私は轡木さんにお礼を言ってから弁当を受け取った。
「では、後はお任せしますよ、楯無君」
「解ったわ」
そして轡木さんは出て行き、この独房には私と楯無のみとなった。因みに、古鷹は私がサインを書いてる途中でやる事がありますので、と楯無達に言い、私には雪風を主任に紹介する(雪風は嫌がっていたが、私がお願いすると了承してくれた)と言って現在は主任の下に意識を飛ばしている。
……どうすれば、良いのだろうな。語るべき言葉が見つからない。いや、やるべき事が先にあったな。
「すまなかった」
頭を下げて謝罪。
どんな事情があれ、私は楯無を傷付けた。そこは絶対に謝らなければならない。何を始めるにしても、先ずは此処から始めるべきだろう。
「……本当はね、私はとっても怒っているの。そして今、もっと怒っている」
楯無はその一言を皮切りに、俯向きながら辛そうにポツポツと呟きを漏らし始める。
――篠ノ之博士のせいで、箒ちゃんのせいで簪ちゃんが傷付いたから。
――先生の下手な判断のせいで悪くて椿が暴走したから。
――私が先生を止める事が出来なかったから。
――他人にも、自分にも、怒っている。
「それに、今回の箒ちゃんの処分だって、貴方が拒否しない理由だって組織の立場から見れば妥当だって解ってる……でも、私は不満で、心配で、居ても経ってもいられないの」
私は……黙って楯無の言葉を聞き続けた。
「私は、貴方の、本当の言葉を聞きたい」
楯無は顔を上げて、まっすぐ私を見つめてくる。
……本当の言葉、か。
私は少しの間目を閉じて、一度深呼吸をしてから告げた。
「私だって本当はモルモットにされるのは嫌だ。薬漬けになった上で、催眠術で操られたら『自己』が壊れそうで、不安で堪らない。そうなってしまったら私は……だが、それ以上に、無力のままで、守るべき人を守る事すらできず、逆に守るべき人を傷付けるのは、もっと嫌だ」
頭を過ぎるのは、首を絞められ苦痛に顔を歪める楯無と楯無の首を締めている自分の腕。
私が弱いせいで力に呑まれ、守りたいと思っていた者の存在すら忘れ、ただ感情の赴くままに暴れた果てに楯無を傷付けた。そんな自分が何よりも許せない。憎い。自分で自分を殺したくなる。
前に進もうと思っていても、これだけは、どうしようもないんだ。
「力が欲しい。今度こそ守りたい。だから、モルモットになることもよしと思った」
私は言葉を切り、楯無の反応を待つ。
これが私の紛れもない本当の言葉。言葉や想いだけで守れるのなら苦労はしない。私は弱い。だから、どんな手を用いてでも力を求めなければならない。
そして私の独白を聞いた楯無は何も言わずに近づき、私の胸に頭を預けてきた。何故、と思い、楯無を見下ろして見ると、僅かに肩が震えていた。
……泣かせてしまった、か。
「……全部、一人で背負い込もうとしないでよ」
「……すまない」
「そんなに、頼りない?」
「いいや」
私は楯無の肩に手をそっと置いて否定する。
今の私が『私』で居られるのは、楯無が居たからだ。本音や簪だけでは、きっと今の私は存在しない。無論、逆も然りだ。私は、楯無に頼っている。だから、とても感謝している。
「……馬鹿」
あぁ、私は馬鹿だよ。馬鹿でもいいんだ。
そして少しの間、無言で、楯無の震えが治まるまでこのままの体勢でいた。
◇
「……ん、もういいわ」
暫くして楯無はそう呟き、目尻に浮かんだ涙を拭き、顔を上げて微笑んだ。
陰りのない、優しい微笑み。
「そうか」
私は……何も出来ていない。ただ、その場に立っていただけだ。慰めの言葉さえ掛けていない。いや、掛ける事が出来無かった。こんな時こそ、何か言うべきなのに。
「……椿は、もう少し肩の力を抜いた方がいいわ」
肩の力を抜く、か。
「……そうか」
力まず、冷静でいられたら、今と結果は違っていたのだろうか?……解らない。だが、それは置いておいたとしても、私はもう少し、上手く立ちまわれるようにしなければ、な。これから事も、何より自分の気持ちにも。
あぁ、やる事が多い。
「難しいな」
とても、困難だ。
「……言ったそばから」
どうやら無意識の内に呟いてしまった様だ。
「そんなつもりでは「だったら」……むぅ」
だが、私は不安で仕方が無いんだ。一つミスしただけで全てが終ってしまうのかもしれないから。そんなのは嫌だ。だから考えて、考えて、その果てに答えを見つけたくなる。力んでしまう。
「今だけでもいいから、何も考えないで」
何も、考えない、か。
「だったら我儘を、許してくれるだろうか?」
「あっ……」
私は近づき、楯無に了承を得る前に抱きしめた。
そして同時に女性特有の甘い芳香と、どこか涼やかな香りが鼻腔をくすぐった。
視線を横にずらしてみれば、うなじが赤くなっているのが見える。もし、顔を正面から拝む事ができたら、とても赤くなっているのだろう。そう思うと、少しだけ見たい気もする。だが、それ無理な相談だ。
「……今は只、こうしていたい」
このまま、抱き締め続けていたいから。
何時の間にか震えていた私の体を、不安で仕方が無い私の心を温めて欲しかったから。
嫌がられるかもしれない。だが、それでもいい。温もりが欲しかった。
「……本当は甘えん坊さんなのね」
そう言って楯無は私の行動に嫌がる事はなく、優しく抱き返してくれた。
「……そう、なのかもな」
私は、新しい家族と過ごした時もこうだったのだから。
認めるしかないのだろう。
私は、甘えたがりだ。
それも重度の。
「ふふふっ、意外に可愛い所もあるのね」
「……男がソレを言われて嬉しいとでも、思うか?」
「嬉しいと思ってもいいじゃない」
楯無は私の肩に顎を乗せてクスクスと笑っていた。私もソレに釣られてしましい、ほんの少しだけ笑ってしまった。だが、それだけでとても心が安らぐらから、文句は言わなかった。
「……絶対に、無理はしないでね」
「あぁ、解った」
私は呟き、抱き締める力を少しだけ強めた。
◇
そして安らかな静寂と共に時間が過ぎた。
……徐々止めよう。何時までも甘える訳にはいかない。
「ありがとう」
「……あ」
私は礼を言って身を引く。だが、楯無は私が身を引くのと同時名残惜しそうな表情と声を漏らした。
それを見た私は、楯無のその声と表情に引き込まれ、急激に頬が熱くなってしまうのを感じた。そして楯無も自分の行動を今更ながらに思い出したのか、同様に頬を赤く染めていた。
「「………」」
お互いに見つめ合う。
視線を逸らす事ができない。
安らかな静寂だった無言の間は、先程とは打って変わってに気恥ずかしい無言の空白となった。
どうすればよいのか、全く思いつかない。今の私は、完全に思考がフリーズして、ただ楯無を見つめる事しかできない。このままでは、ただ時間だけが流れるのだろうか?
潤んだ瞳、赤く火照った頬、熟れた唇。
楯無を構成する、パーツ一つ一つが愛おしい。触れてみたい。だが、触れてしまったら、壊れてしまいそうで、どうしても心のどこかで躊躇してしまう。
――もっと近くで見たい。
しかし欲求には勝てなかった。私は、その欲求に従って一歩だけ歩み寄る。楯無も同じ事を考えたのか、私と同じように一歩踏み出す。
超至近距離。
そして自然と顔を近づけ合い―――
『徐々宜しいですかね、熱々なおふた方』
「うぉっ!?」「きゃっ!?」
古鷹が唐突に喋り始め、私と楯無は驚き、互いに距離を離してしまった。
「……それで、何かあったのか」
私は今、自分がしようとした事に身悶えしそうになるのを耐え、心臓がバクバクとする音をBGMに、努めて冷静な声で古鷹に話し掛ける。
『先程の話を一通り主任と社長に説明をし終えてきたので戻って来ただけですが何か?』
空気が凍った。
世の中にはタイミングと言うのがある。いや、だからと言って先程の行動を黙認しろとは言わない。いやして欲し――とにかく、どうやら古鷹には一度きつい目にあって貰わなければならない様だ。
(雪風、少しコミュニケーションの訓練だ。古鷹を実験台するといい)
――わかった
『おっと……少々急用ができたので失礼します』
撤退する古鷹。そして私の頭にのみ響く悲鳴と抑揚のない声。
自業自得だと言いたい。場の雰囲気が一気にシラケてしまった。到底雰囲気の回復は望めないだろう。いや、やり直ししろと言われても無理だが。
「……何を、しに来たのかしら」
「知らん」
全く、意味が解らない。
「……あと少しで」
「……何か言ったか?」
声が小さ過ぎて何を言ったのか解らない。
「罵っただけ」
「……そうか」
溜め息が漏れる。今度は何とも言えない雰囲気になってしまった。だが、そのお陰(非常に遺憾ではあるが)で適度に緊張は解れたので楯無に聞きたい事を聞くことにした。
「楯無……簪は、どうなっている?」
虚や本音から聞く限りでは、怪我自体は命に関わるものではない事と、昨日の内に目を覚ました事は聞いているが、その他の詳細までは聞いていなかった。
「簪ちゃんは火傷以外の怪我はないわ。勿論、痕は残らない。でも、未完成のISで熱線を浴びたから大事を見て今日一日医療室に居るけどね。明日には授業に復帰できるそうよ。今の状態は……一言で言えば落ち込んでいるわ」
除き見したから、と楯無は付け足した。
「何故、話をしようとは思わなかった?」
「……何て声を掛ければいいか、解らなくて。それに、この格好を見られたら、その、もっと落ち込んじゃうかもしれないから、ね」
楯無は首に巻かれたスカーフに手を添えながら歯切れの悪い返答をした。
まぁ、言いたい事は解る。簪は今までの経緯を轡木さん(おそらくは)から聞いて、責任を感じていると思う。そして其処に怪我をした姉が訪れるとなると、気まずくて会話が成り立たないと思って声を掛けれ無かったのだろう。だが、だからと言って……意外に臆病なのだな。
「……ごめんなさい」
「別に、私に謝る事ではない。では、弍式は?」
過ぎてしまったのはもうどうにも出来ないので話を進めた方がいい。
「弍式の状態なのだけど、ダメージレベルD、はっきり言えば深刻よ」
「やはり、か」
篠ノ之束に目を付けられ、箒の盾がわりされて無人機の主砲をまともに受けてしまった。もし一歩でも間違えたら簪ごと……いや、この考えはよそう。
「だから、今のまま貴方達三人……いいえ、簪ちゃんと本音ちゃんの二人だけで修理して完成させるに至るまでは、少なく見積もっても1ヶ月以上は掛かる算段になるわ」
一ヶ月以上。
簪は6月末にある学年別トーナメントに出場したいと言っていた。だが、それは叶わなくなったと宣告された様なモノだった。
「……私はもう、簪ちゃんの暗い顔も、思い詰めた顔も見たくない」
「私だって同じだ」
折角少しづつ明るくなったというのに。
折角人付き合いも上手くなってきたというのに。
ここまできて、ソレを無意味にしたくはない。
「だから私は、仲直りする。仲直りして、整備課の皆にも協力して貰って弍式を学年別大会までには完成させようと思ってる」
……そう、か。
「それは良いが、姉妹だけでちゃんと話し合う時間も用意する様に」
「勿論。じゃぁ、私はもう部屋に戻るからこれで失礼するわ」
あ、椿も自分の部屋に戻ってもいいわよ?と言って楯無は身を翻してこの場を去ろうとするが――
「待て」
私はそれを止めた。そう、一つ気になった事があったのだ。
「どうしたの?」
「部屋に戻っていいのは解ったが、お前はこの後どうするのだ?」
「虚達と合流してから簪ちゃんの所に行くから、放課後まで自室に居るわよ」
因みに簪ちゃんがいる医療室は×××号室ね、と楯無は言う。
「……更に聞くが、昨日、お前は、仕事をしていたのか?」
努めて冷静に言おうとしたが、自分でも怒気が含まれていると解る声音。どうやら私は会話をしている内に無意識に怒っている様だ。証拠に何時の間にかこめかみも震えている(楯無には見えないだろうが)。だが、今はそんな事はどうでも良い。これはちゃんと聞いておかねばならないのだから。
「えーと……その、はい。そうで「馬鹿者」あうっ」
思わず私は楯無のおでこにデコピンをかましてしまった。だが、私は悪くない。悪いのは楯無だ。
「昨日ぐらい、休めば良かっただろうが」
もし、後遺症が残ってそこから悪化していたらどうするんだ?それに、私に一人で全部背負い込むなと言いながら怪我を押してまで今回の一件の処理をするとは一体どういう了見なのだろうか?
「でも、何かしないと「楯無」……ごめんなさい」
「部屋に戻っても仕事をしないでしっかり休んだら、許す」
私は、楯無に無理をして欲しくない。
「そして私はこの後、簪の様子を見に行こうと思っている。次いでに川崎と更識の関係についてあらかた話しておくから、お前は仲直りのことだけに集中しておくように」
だから、負担は減らしておこう。
「……ありがとう。じゃぁ、また放課後に会いましょう」
そして楯無は独房を去って行った。
途端に静かになる独房。
私は、それに寂しさを思いつつも先程轡木さんから頂いた弁当に手をつけようとして―――
――Hey,man。さっきはよくもやってくれましたねぇ
あぁ、そう言えば居たか。
――ただいま
(あぁ、お帰り、雪風)
私は古鷹の文句をスルー、雪風にだけ挨拶を返した。
――いや、何で私だけ無視するんですか
(その前に言う事はないのか?)
――ぐっ……申し訳ございませんでした
よろしい、許す。
複雑な心境ではあるが、何時までも根に持つつもりはない。
――つばき、かんざし?だいじなひと?
(あぁ、そうだな。大事な人だ)
――すき?
(あぁ、好きだよ)
私は雪風の問に返す。
もうこの気持ちを誤魔化す事も偽る事もしない。だが、同じ想いを抱いている相手が他にも二人居るから、な。だからこの想いは不誠実。面と向かってこの想いを伝える事はできない。
――妬けますねぇ
――……やける
雪風はともかく、古鷹が言うと鳥肌が立って仕方が無い。
(だが、今は関係ない。それに、これは自分で決着を付けるつもりだ)
あぁ、一つ言い忘れたな。
(だが、どうしようもなくなったら、
最後にそう付け足す。
私は、馬鹿だからな。独りで考え続けるといつか空回りして取り返しのつかない事態になるからだろう。だからそうなる前に、相棒であるお前達に頼らせて貰う。
そして古鷹と雪風は『喜んで』『そうだん、のる』と言って了承してくれた。私はありがとう、と二人に感謝し、改めて割り箸を手に取る。
そして其処からは一人とコア二人の計3人で会話を交えた少し遅い朝食が始まった―――
◇
――医療室――
「ごちそうさまで――痛っ」
遅めの食事を終えて箸を置き、手を合わせた瞬間痛みが走る。
「……」
空になった弁当箱を片付けてからまじまじと自分の手を見てみる。
火傷を治すためにガーゼの上に包帯をぐるぐる巻いてある両手。まるでミイラ。でも怪我自体はそんなに酷く無い。ただ、手だからちょっと不便。タイピングは……遅くなるけど、どうにかできそう。でも整備は……できない。
――ダメージランクC
それが昨日、轡木さんに教えて貰った弍式の状態。勝手に弍式が動いて、攻撃があたる直前、どうにか主導権が戻ってギリギリ防御姿勢が間に合ったから、腕部以外の損傷は落下時のダメージだけで済んだ(お陰で腕の火傷が少し他の怪我よりも酷かったけど、痕は残らないと言われた)。でも、一部に装甲がついてない部分もあるからちゃんと全体的に整備してあげないと不具合が出るのは確実。しかも、修理して完成させるまでの時間は怪我の具合を鑑みても今からじゃとても足りないから、学年別トーナメントまでの完成に間に合わないと思う。
私は、その結論に至った時、とても落ち込んだ。
折角、椿と本音の三人で作っていた弍式。あとちょっとで完成する筈だったのに、と思うと凄く悔しい。それに、代表候補生で、しかもコア一つと弍式を任されているのに、この大事なイベントで弍式で出場して結果を残せれないと解ったから。
箒を恨んでいない、と言えば嘘になる。でも、織斑先生にその事を告げないで勝手に探しに出て行った私も悪い。あの時通じたのかどうかは解らなかいけど、もしかしたらアリーナ内の放送で止められたかもしれないから。
「……椿」
轡木さんが昨日、色々と話してくれた事を思い出す。
アリーナに被害が出た事、怪我人が出た事、そして、椿が暴走した事。
原因は自惚れじゃなかったら私が怪我をしたから。椿はそれに怒って、暴れたんだと思う。しかも聞く限りでは、敵味方の区別もつかなくて、先生方やお姉ちゃん、織斑君まで倒したとか。
不謹慎だけど、この時ばかりは私はとても驚いた。だって、止めに来たのは間違いなくIS学園の教師でもトップクラスの実力者の筈。中にはブリュンヒルデの織斑先生も居たし、教師じゃないけど国家代表のお姉ちゃん、次いでに織斑君も居たのに、それを退けたから。
でも、同時に申し訳無いと感じてしまった。
「……会いたい」
椿に会って、ごめんなさい、って、私は大丈夫だよって言いたい。
きっと椿は、自分の事を凄く責めてると思う。前髪で表情は隠れてるけど、優しくて、強い、ヒーロー見たいな人。でも、私が軽い捻挫をした時、織斑先生の冗談に怒って返して、自分のせいだって落ち込んでいた(そう見えた)、とっても繊細な人。だから、少しでも、軽くしてあげたい。
そして、椿がお姉ちゃんと何を隠しているのかを、聞きたい。
私は自分の考えを先走らせ過ぎないって決めたから。ちゃんと話し合って、理解したいから。だから、椿がお姉ちゃんと何を話していたのかを、聞きたい。
「だから、早く会いたいよ」
椿の事を想うと、胸が締め付けられる様な痛みがする。不安で心が埋もれてしまう。昨日もそのせいで中々寝付く事ができなくて、もしかしたら目元にクマが浮いてるかもしれない。
私は胸に手を合わせて目を瞑る。
――早く会えますように。
そう願おうとして―――突然扉が叩かれる音が室内に響いた。
思わずビクッとした。しどろもどろになりそうだったけど、何とか普通にどうぞ、と言えた。轡木さんか先生かな?と思った。でも、直ぐにその考えは間違いだと気付かされた。
だって――
「――失礼する」
聞こえてきたのは私が一番待ち望んだ声で、
「簪……お前が無事で良かった」
入って来たのは、私が一番大好きな人だったから。
「私も、椿が無事で、良かった」
私は今、頬が緩んでいるかもしれない。でも、嬉しいのは本当だから、それでも良かった。
◇
医療室に入ると、簪が微笑みを浮かべながら迎え入れてくれた。
私は事前に楯無から落ち込んでいると聞いていたのだが、この対応は少々予想外である。医療室に行くまでの道中、あれやこれやと考えていたのが、どうやら無駄になった様だ。いや、もしかしたら空元気かもしれない。目元にも軽く隈もできているからよく観察して、無理をしていないか見極めるべきだろう。
――いや、そんな訳ないでしょう。全く、タイミングが良いですねぇ
――かんざし、うれしそう。つばき、かんがえてるの、ちがう
二人が私の考えを否定する。雪風は相変わらず抑揚に欠けるが、古鷹は明らかににやけながら言っているのでとても腹立たしい。まぁ、それはともかく、だ。
(横槍は入れるなよ)
変に茶々をを入れられては困るので先に釘を刺して置くことにした。対する二人は素直に返事をしてくれたが、まぁなんだ。古鷹の場合は前科があるので信用できない。そのせいで釘を刺していても不安は拭えないのだが……今は気にしないでおこう。
「さて、色々と話したいが――先ず、簪は今回の一件を何処まで聞いている?」
色々と話したい所ではあるが、先ずは仕事の話。簪と対面の席に座り、今知っている事を尋ねた。
「轡木さんから、大体は聞いてる」
私の真面目な声音を聞いて簪は表情を引き締めて答えた。
どうやら説明の必要は余り無い様だ。では、今のうちに川崎と更識の関係を話しても問題無いだろう。私は良いか、と古鷹に最終確認を取る。
――えぇ、監視の目もありませんので大丈夫です。では、伝えてもいい情報は順次ピックアップします
そして次々にイメージに浮かび上がる幾つかの情報。私はそれを吟味しながら言葉を続ける。
「なら、
「……それが、本当の椿なんだね」
「そうだな」
もう簪にも一人称を偽る必要はない。まぁ、こればっかりは私自身の違和感の問題であるので、これから話す内容に比べて取るに足らない問題ではあるが。
「そして昨日、私が楯無と何を話していたのかもそれに関わるから、しっかりと聞いて欲しい。そして、誰にも口外しないでくれ」
「解った」
私は簪が頷いたのを確認して話し始める。
・川崎との協力関係について
・篠ノ之束との敵対について
・襲撃について
・無人機(剥離剤除く)について
意外だったのはISの人格(古鷹のみだが)についてが未だ伏せる事であった。何故、と聞いたら古鷹がMs.簪が遠慮するから、と言ってきた。しかも雪風もそれに同調してくる。そこに来て私は二人の意図に気付き、いらぬ世話を、とは思ったが、結局話さなかった私も私だと思って後の展開にどうしようかと思いながら心の隅に追いやる事にした。
「――こんな所か」
私は許可されている情報を下に現状を語り終えた。
これがどれだけ重大な話であるのかは簪も解るだろう。最も、川崎は、社長は更識以外にも別の組織の人間と同様の関係で繋がっているとは思うが。
「そして、お前にも協力をしてもらう」
「……解った。でも、一つだけ聞きたい事がある」
「答えられる範囲でなら」
「何で最初から、話してくれなかったの?」
……どう、話せば良いだろうな。いや、正直に話そう。
「本当は、弍式が完成してから話そうと思っていた。それに、必死になって弍式の制作をしてるのを邪魔するのはどうかと思って、身勝手な話だが、話すのを先延ばしにすると言う結論に至ったんだ」
私と楯無は簪や本音にはできる限り危険が及ばない様にしたいと思っていた。だが、そう上手くは行かないのが現実。だから、弍式の完成と楯無との仲直りを機にこの話を切り出そうとしたのだ。
しかしそれが甘かった。
結果は今回の一件で見ての通りで、完全に裏目に出た。言い訳はしない。これは完全に私や楯無の身勝手と甘さから来たミスだ。
「本当に、すまない」
私は頭を下げる。
「……頭を上げて」
簪に言われ、私は頭を上げて視線を戻す。そして簪は私の事をまっすぐと見つめながら、ゆっくりと口を開き、言葉を紡ぎ始めた。
「私は、昔お姉ちゃんに『無能なままでいなさい』って言われた事がある」
……そんな事を。いや、楯無がそのままの意味で言うわけが無い。楯無と言う人間を知ってるからこそ言いたい事は直ぐに解っただが、如何せん使った言葉が悪すぎる。妹に対して不器用にも程がある。
「それで、私はお姉ちゃんがどう言う人なのかを知ってるのに、何時も誰かにお姉ちゃんと比べられて、全然心に余裕が無くて、そのままの意味で受け取った」
そこから始まった姉と、親友を避ける日々。それでも事務的に代表候補としての訓練と、家での基礎教育を受け続けた。そして月日が経ち、織斑一夏が男性操縦者として発見され、結果として弍式の開発チームを奪われた。
「でもその時は、逆にお姉ちゃんに勝てるかもしれない、と思った」
姉は設計図を下に機体を組み上げた。けど私は違う。未完成の部分を自分で作り上げながら組み立てみせる。この分野は得意だから、自信はあった。だから、今までのスケジュールを全部変更して弍式の制作にのめり込む事にした。
「そして、椿に出会って、考えが変わって、余裕ができた」
『私は私』と言ったその一言が、変わるきっかけ。其処から今まで見えなかった視野が、世界が広がった。だから今の『私』が居る。
「だから、椿とお姉ちゃんが、私の為にしようとしてくれたのが解る。でも、やっぱり、除け者扱いされてる様に感じるから、役に立てないと思うから、悔しいよ」
簪は、目を細めて
私は不覚にも、その笑みに見とれてしまった。
同年代の少女ではおそらくできないであろう、大人びたその微笑みに。
以前私に見せてくれた、柔和なその微笑みに。
「……すまない」
再び深く頭を下げた。
何処までも心が真っ直ぐで、強い。私は、危うくソレを自分の都合で曲げてしまう所だった。
もう二度と、同じ轍は踏まない。
そう、心に誓った。
「……いいよ。だから、この話は、これでおしまい」
「解った」
私は答え、少しだけ楽な姿勢を取る事にした。簪も同様に楽な姿勢を取り――そこで何か思い出した様に私に質問をしてきた。
「……そう言えばお姉ちゃんは、今何をしているの?」
あぁ、その事か。
「怪我をしたのに昨日から仕事をして、更には朝に轡木さんと一緒に私の所に来て仕事の話をしたから、強制的に休ませる事にした。だから今は自室で休んでいる」
私が事実を言うと、簪は微妙な表情をした。
「そう、何だ。お姉ちゃんは……」
其処から先が出てこないのか、簪は視線を下げてしまった。
「……楯無なら、朝にお前の様子を見に行ってたぞ」
「え?」
驚いた表情。
どうやら気付いていなかった様だ。まぁ、それも当然か。
「曰く、『私が怪我をしている姿を見れば、会話ができない雰囲気になる』だそうだ。普段は何事も器用にこなしている癖に、こんな時だけ不器用で、臆病らしいな」
まぁ、私も不器用で、臆病な所もあるから、声高にして言えないが。
そして私が楯無を不器用で臆病だ、と言うと、簪はくすくすと笑いを漏らした。私はソレを黙って眺めていと、私の視線に気付いた簪は顔を赤くして取り付くろうとしていた。
「え、えっと、やっぱり、お姉ちゃんはお姉ちゃんだって思って、その……」
あわあわとしてるその姿は、先程見せた大人の雰囲気をまとっていない。もったいない、と思いつつ私は苦笑していると、簪はそれを見てむっとしてきたので、やんわりと話をそらす事にする。
「あぁいや、昔からなのか、とな。少し、昔話を聞かせて貰っても良いか?」
「え?あ、う、うん。いい、よ」
――卑怯くさい
――せこい
どうやら私は二人の不興を買った様だ。だが、気にしない。今は簪との時間。いちいち外野を気にする必要はない。だから、私は簪の言葉に耳を傾ける事にする。
簪が風邪を引いた時に楯無が大慌てしていた事、稽古で怪我をした時にその師範代に仇討ちだと言わんばかりに挑んで、結局負けて、受身に失敗して怪我をしてしまい、逆に簪が心配した時の事、編み物をやっていた時に、簪が教えても楯無は全くできなくて、毛糸を放り投げた事etc…….
聞けば聞く程楯無の意外な一面や、楯無の簪に対する思やり、そして姉妹の仲の良さが伝わってくる。そして何よりも、簪が嬉しそうに語る姿が微笑ましくて思わず頬が緩み、笑い声が漏れてしまう。
「ククク……羨ましいな」
「うん、だから自慢のお姉ちゃん、だよ。それでね――ふぁ」
簪はまた何かを話そうとしたが、欠伸をしてそれが中断された。
「ご、ごめん」
「いや、別に無理して話そうとしてくてもいい。そうか、少し話し込み過ぎた様だな。簪は、寝不足だろう?目元に隈が浮いている。だからお昼まで軽く睡眠を取るといい」
時間としては10時30分を過ぎたあたり。お昼には早い時間だ。だが、少し休憩取るのには丁度良い時間帯でもある。であれば、ここらで話を切るのが妥当だろう。
「で、でも、その」
だがしかし、簪はここで終るのは不服の様で、何かを言おうとして口ごもっていた。
――おわるの、もったいない
――えぇー、そこで終わらせ(喧しい)何で私だけ……!!
それは古鷹だからだ、と毒づいてから私は思考加速をして代案を考える。そして良い案が思いついたので私は簪にソレを伝える為に口を開いた。
「子守唄替わりと言っては何だが、少し、物語を話そう」
「物語?」
簪は首を少しだけひねって疑問符を浮かべていた。
「あぁ。ちょっとした、とある少年の物語だ」
――へぇ?
――きょうみ、しんしん
今度は二人の興味を買えた様で、今まで騒いでいたのが嘘の様に静まった。そして今まで疑問符を浮かべて居た簪だが、何故か急に頬を赤らめ、もじもじしながら私に尋ねてきた。
「……その、だったら、お願いしたい事が、ある」
「何だろうか?」
「わ、私が眠る時まででいいから、その」
「む?」
「ひ、膝枕、して欲しいっ!」
可能な限り、お願いに答えようとは思ったが、一段と大きい声に一瞬だけ惚けてしまった。だが、意味を理解して羞恥心を覚えるのと同時に、思い出したかの様に筋肉痛が自己主張をしてきた。
これは……どうするべきか?
「……だめ?」
「いや、構わない」
……簪の表情を見て思わず即答してしまった私は単純馬鹿だろうか?
私は心の中で自分の単純さに呆れつつ、まぁ、それも悪くないと思いながら立ち上がり、靴を脱いでベットの上で正座の体勢に入る。そして簪も遠慮しがちにだが、私の膝(もとい太もも)に頭をのせて、私を見上げてきた。勿論、掛け布団の存在は忘れずに掛けている。
……やはり太ももが痛い。だが、我慢しよう。
――まさかのどんでん返し
――こんど、おねがい、する
――なら私がしてあげましょうか?
――ふるたか、あっちいけ
――おや、振られましたか
えぇい、喧しい。
「……その、頭も、撫でて欲しい」
「解った」
言われた通り優しく頭を撫で始める。
触れた一瞬、簪はくすぐったそうに身をよじらせたが、直ぐに力を抜いた。一方の私は、簪の柔らかい髪の感触を味わった。
――このまま静かにこの感触を味わっていたい。
そんな欲を一瞬だけ抱いたが、今か今かと期待している簪+二名の雰囲気を察してしまい、簪もなんだかんだで興味があるのか、と苦笑しそうになった。
「では、語り始めさせて貰おう」
「……うん」
私は簪が頷いたのを確認して、ゆっくりと深呼吸をして語り始める。
不思議な記憶を持つ少年と、大きな夢を持つ妖精の、小さな物語を――――
遅れてすいませんでしたっ!!待ってくれた人、ごめんなさい(´・ω・`)
忙しくて書く暇がなかったりこの話が難産だったのを言い訳にしつつ第三十七話をお送りしました。どうでしたでしょうか?
あと、お気に入り900越え、ありがとうございます。これからも精進致しますので、よろしくお願いします。
さて、今回は古鷹にロリコン疑惑がかかったり、古鷹がウザかったり、雪風が可愛かったり、椿が三人が好きな事を認めたりしましたが、本音、楯無で似た様なノリが続いたので簪にはちょっとだけ変化球をつけました(と思っている投稿者)。
ウチの簪は原作よりも強かな少女です(`・ω・´)(←言ってみたかった馬鹿
そして明かされた単一仕様能力。扱いこなせれば恐ろしい程のチート能力です。詳細は本編で語ったのでここには書きません。しかし扱う為に非人道的な実験が行われます。それが手段を問わない川崎のやり方。でも敵ではありません。
そして前書きに関しては……まぁ、ぶっちゃけて言えば椿が自分の過去をファンタジー風(文化レベルは中世ヨーロッパぐらい?)にして、汚い話の部分を無かった事にして色々と盛り込んでいるお話です(触りの部分のみですが)。
次回の前書きにもほんの少しだけ書きます。これは色々と挑戦してみたいと思っている投稿者の実験要素を多分に含んでいるので見苦しいですが、どうがご了承下さい。
さて、4人の恋愛はどうなる事やら。そしてあの人とは?二番機と未だに名前すら明かされない機体、PASOGの動き云々……二巻も原作の流れを踏襲しつつ色々とブレイクします。
次回は仲直り+二巻プロローグとなりますが、どうしても忙しいので更新は遅め。どうにかして早めにお送りしたいと思っていますので、早くて来年の一月初旬となります。
感想、誤字脱字報告、ご意見とは何時でもお待ちしています。
それでは、次回もお楽しみに!来年もよろしくお願いします!